野良医師診療日誌

私は名もない小さな異端児医者、その全力を挙げた診療日記である

はじめに

私がなぜ大学病院でも治すことのできない難治性疾患を次々と治していく医療技術を身に着けることができたのかの理由がこの診療日記に書かれている。この日記を書いたのは10数年前の話である。そのままお蔵入りにするか、公表するか迷ったのだが、公表することで私の治療の信憑性が増すのであれば、多くの方々にお役に立てるだろうと思い公表することにした。読み返すと当時の自分が痛々しく心がえぐられる。私は人が人生でもっとも嫌がるであろう「自分のプライドを自分で傷つける」ということを行ってきた。それが人間をもっとも強くさせると確信していたからだ。人間のもっとも弱い部分であるプライドを強くしておけば百戦で百勝できるからだ。プライドは大きければ大きいほど弱みとなり、戦いの際にその弱みを突かれて敗退する。よってプライドを自分の手で叩き潰し続ければ「弱みのない人間」となれる。これが私の必須の仕事であったことは、私のこれまでの人生は戦いそのものだった証拠となっている。

もう戦うのはやめよう。人は一人でいきているわけではない。と決意した私は、この日記を「最後のプライド潰し」としてここに公表することにした。ここに書かれていることは以前の私の罪深さでもあり反省の意味も含んでいる。


神経根ブロックは民を救う

 私は寝たきりになって車椅子での生活を強いられている人に神経根ブロックを行って歩行可能にした例を何例も経験しています。それほど神経根ブロックは人生を救うことのできる治療です。
 私は実際に55歳男性で左下肢麻痺をきたして杖歩行となった患者を1か月に1回の本ブロック治療で18か月かけて完治させた経験があります。下肢麻痺は手術の絶対適応であり、ブロックでは治らないとされていますが、患者は私の意見を信じ、本ブロックを根気よく受け続けました。そして見事に症状が改善され普通に歩行できるようになりました。このような例はおそらく本邦初でしょう。
 同様にトイレまで歩けないほどの神経痛の症状を持つ高齢者3名を現在本ブロックで治療中ですが、3名とも一人暮らしの日常生活を送れるまでに改善しました。改善しなければ特別養護老人ホームへ入所していた方々です。3人の平均年齢は90歳です。
 神経痛に通常用いる硬膜外ブロックは、90歳以上の変形脊椎には不可能であり、普通はどんな医者も「ご高齢なので仕方ありません」と言って積極的な治療をしません。また神経痛治療に普通に行われている硬膜外ブロックは誤って脊髄麻酔となってしまうことがあり、高齢者では急性循環ショックで命を落とすリスクもあることから、医者は高齢者には積極的に治療しません。
 しかし神経根ブロックは急性循環ショックを起こすリスクがないので超高齢者に対しても安心して用いることができます。脊椎が変形していても可能です。
 つまり安全に高齢者の神経痛を除去できる唯一の治療法が本ブロックです。養護老人ホームに入所するには莫大な費用がかかり、家族は経済的な負担に苦しめられます。
 本ブロックは高齢者に対してもリスクが低く極めて有用ですが、変形した脊椎に本ブロックを行うためには並々ならぬ技術が必要であり、かつ、治療はうつぶせで行うため短時間で行わないと患者が途中でギブアップしてしまいます。さらにブロック手技の痛みが強ければ本末転倒なので治療が成立しません。
 私のところへ来院した患者は以前の病院で本ブロックを受けた経験のある方がいますが、その方々は口をそろえて「あんなに痛い注射を我慢できるはずがない」と言っていました。これでは一度受けたらトラウマになって治療を継続できません。
 安全に正確に変形脊椎に短い時間で無痛で行える神経根ブロック技術を持つ医師はめったいません。それが本治療が普及しない理由の一つです。
 本ブロックは極めて優れた技術を持つ医師が行うと極めて有用性の高い神経痛治療法となります。

神経根ブロックは脊椎由来の神経痛に特効

 現在、保存的治療の中で神経痛にダントツで最も効果があると認められているのが神経根ブロックです。よって神経痛がある人が脊椎の手術を受けるというのなら、本ブロックを行っても改善しないことが手術の必要条件となっています。
 しかしながら本ブロックを行うと神経痛が改善する患者が多く、本ブロックは手術キラーでもあります。本ブロックを全国の医師が頻繁に行うようになれば全国の脊椎手術件数が大幅に減ると予想されます。実際には手術前に本ブロックを行って、痛みの改善があるかないかを検討する医師は多くありません。
 しかしながら本ブロックは手技が大変難しく、末期の変形性脊椎症の患者にこれを行うことは至難のわざとなります。つまり本ブロックを精巧に的確に実行できる医師は全国に多くはいません。
 未熟な医師がこれを行うと、神経根や神経根動脈を損傷するリスクが高く、しかも神経に直接針を刺してそこに造影剤や薬液を注入するのでその時の激痛は耐えられるレベルではありません。造影剤は浸透圧が高く人体には有害なものなので注入するだけで痛みや炎症を誘発します。本ブロック後にさらに痛みが強くなる患者がいますが、それはこの造影剤が関与が考えられます。
 本ブロックは患者をうつぶせにした状態でレントゲン透視により皮膚から5-6cm奥にある神経根の部位に針を進めていきます。モニターでロケーションを確認しながら行いますが、普通のブロック注射とは違い造影剤を用いて神経根を確認して行うなど大掛かりで治療費も20000円近くかかる高価なものです(3割保険で6-7000円)。

 私は抵抗消失法を用いて神経根の外側の隙間に注射し、神経に直接針を刺しませんから、根動脈を損傷させることも、根動脈に薬液を誤注入することもありません。また、造影剤を神経根実質内に入れることもありませんので造影剤のリスクも最小です。そして用いる造影剤は0.5cc以下であり極めて少量です。造影剤に敏感な方に対しては造影剤を使用しなくともブロックができます。
 かつ私は注射の際に表面麻酔薬を用いてゆっくり時間をかけて痛みが発生しないようにブロックをしますのでほとんど痛みを生じさせません。ただし針を刺す瞬間だけはチクとします。患者はブロックを行ったことさえわからない程に痛みを感じません。つまり私は痛くなく、リスクが極めて少なくもっとも効果的な治療を提供できます。 
 神経根ブロックは治療効果が非常に高く神経痛に極めて有用で、これを痛くなく安全行える場合においてはこれ以上の保存的治療法が存在しない程に強力です。

腰痛・神経痛で手術を勧められた方に手術回避の秘策

脊椎固定術を拒否する理由
1、成功率が低い(痛みが改善しない)
症状の原因は椎間孔の狭窄にあります。椎間孔狭窄の原因は主に上関節突起の変形です。が、脊椎固定術は下関節突起を上方に持ち上げて固定する手術なので上関節突起の変形に対して手が加えられません。多少手を加えるとしても椎間孔の最狭部に到達することはほぼ不可能です。よって固定術を行っても椎間孔狭窄は改善されず痛みが改善しないことがあります。改善したとしても狭窄が残っているので再発しやすいと言えます。これが脊椎固定術の問題点です。

2、固定術後に脊椎変形が急速進行する
脊椎を固定するとその部分は屈伸も回転もしません。よって背骨を曲げ伸ばしした際に固定した箇所の上と下の椎間に大きな負荷がかかります。手術から数年経過後、固定個所の上下椎間で新たな椎間孔狭窄が起こるようになります。

3、新たな腰痛発生
固定した箇所の上下椎間の関節は急速に変形します。その際の痛みは腰痛や違和感となり極めて不快な症状の原因になります。
4、何度も手術を受けることになる
固定した上下に新たな椎間孔狭窄が起こることは手術前から予想できます。手術後に新たな椎間に症状が出ればさらに広範囲の再固定術を行います。こうして何度も手術をする最悪なパターンが存在します。
5、固定術後に症状が悪化した場合に見放される
 手術は最終手段です。後がありません。術後は様々なブロック注射が困難となります。手術前ならブロック注射で症状を緩和できていたものが、術後は何もできなくなり医師から積極的な治療を受けられなくなります。
6、固定器具の除去手術をする人もいる
 固定術後の背中の痛みや違和感に耐えきれず担当医に挿入した器具の除去手術を願い出る患者が少なくありません。除去した患者はそれまでより楽になることが多いようですが、除去するとどうなるか?の研究がないため結果は未知数であり医者は否定的です。
脊椎固定手術を受けると上記のような不具合が予想されます。手術を回避できるなら回避すべきです。そこでどうすれば手術を回避できるのかの秘策をお伝えします。考えてみてください。椎間孔狭窄は高齢者になれば100%全員に起こります。しかしたいていは症状が出ません。症状が出る人でさえ、症状が出現した日の前日は症状が出ていません。徐々に症状が出る人でさえ、ある日突然その症状が急に悪化しますが、それまでは耐えることができていました。問題は椎間孔の狭さだけではないということです。原因は神経根の腫れにより狭い椎間孔内で圧迫や摩擦が起こることです。ならば神経根の腫れを引かせることができれば症状が出現する前に戻れるということです。これが秘策です。そのためには神経根ブロックが絶対に必要です。それ以外の硬膜外ブロックなどでは治せません。神経根ブロックについてはこちら→

腰椎椎間板ヘルニア 切らずに治すブロック治療

手術のデメリット 手術は内視鏡で行うと手軽で傷跡も残りませんので担当医に強く勧められると思いますが、デメリットがあります。

1,ヘルニアの除去と髄核摘出により椎体間が狭くなり、椎体が不安定な動きをするようになります。ちょっとした油断でぎっくり腰になりやすくなります。
2,椎体が不安定な動きをするようになった結果、椎間関節にかかる負担が大きくなるので将来的に椎間関節の変形が進みます。平均余命が長いのでヘルニア手術経験者が長生きすると変形は必至となり以下のようなる可能性が高まります。
3,椎間関節の変形が進む可能性が高くなり、いずれは椎間孔が狭窄します。そこを通る神経根が圧迫され、これが新たな坐骨神経痛や歩行障害を発生させます。この症状が進むと運動神経が損傷し、休み休みでなければ歩けなくなります。さらに症状が進むと自力で数メートルしか歩けなくなり、将来的に寝たきり生活になる確率が上がります。

 椎間板ヘルニアの手術は比較的楽にでき、症状も軽快してメリットは大きいのですが、その後、10年以上経過するといろんなマイナス面が起こります。将来のことを考えるとなるべく手術しない方が得策ですが、多くの方は早く痛みを除去してほしいという目先の利益を優先させるがゆえに手術を選んでしまうようです。

 ヘルニアがあっても高齢者の多くは無症状です。またヘルニアは自然に吸収されることもあるので待つという方法は治療法として有用です。どうしても我慢できない痛みは座薬やブロック注射でしのぎ、2週間ほど安静にしていられるのであれば神経の炎症は落ち着いてたいていは元の生活に戻れるようになります。この2週間をやり過ごせれば手術回避が可能です。

 ヘルニアによる神経痛治療としてのブロック注射は神経根ブロックの一択です。硬膜外ブロックでは不十分です。手術するかしないかを決断するのに、効果が低い硬膜外ブロックで「ブロックが効かないから手術」と判断を下すことは短絡的です。神経根ブロックは「どの神経が原因となっているのか?」を正確に診断するためのツールでもあるので、治療かつ診断も行え、これ以上の保存的治療は存在しません。
 神経根ブロックをするにはそれ相応の設備と医師の高度な技術が必要です。高度な技術を持たない普通の医師は神経根ブロックを行う際に神経に直接針を刺します。この時、患者には耐えがたい苦痛が生じます。この苦痛は二度と経験したくないという程であり、手術を受けるよりもこのブロックを受ける方がつらいという方が少なくありません。これでは本末転倒です。
 よって、神経根ブロックを行うためにはそれをほぼ無痛で行うことのできる高度な技術を持つ医師を探すのがベストです。しかし、手術治療を優先する大学病院ではそのような医師はなかなか育ちません。
 私は神経根ブロックを専門とし、神経に針を刺さず、寸止め注射ができます(抵抗消失法という)。また、寸止めなので根動脈を損傷することなく極めて安全です。一般的な神経根ブロックの手技ではは神経損傷と動脈損傷のリスクが高くおすすめしません。私の神経根ブロック手技の解説はこちら→

突発性難聴で耳鼻科医を変える必要性

突発性難聴は患者の3分の1は「全く改善しない」ことが耳鼻科学会で言われている難病です。

「全く改善しない」の定義はおおむね3か月間治療しても改善が認められないことを言います。現医学では3か月の治療で改善しない場合、今後どのような治療を行ったとしても「聴力が回復することはない」ことを宣言します。しばしば有毛細胞の壊死という言葉を用い、「有毛細胞が再生しないので治らない」と宣言します。

 さて、当院では東洋医学であるヒーリングと西洋医学の上頚神経節ブロックを用いて「全く改善しない」と定義された患者たちの多く(7-8割以上)を現状よりもよい状態に改善させる実績を持ちます。その改善幅は非常識であるため、担当医は「奇跡だ」と言います。

 しかしこの実績は耳鼻科学会では信じられないデータですから次のような対処をされる可能性があります。

1,測定誤差 :改善していても「これは測定誤差内」と言われ、「改善していない」と医師が患者に宣告する

2,計測のやり直し :検査者が前回のオージオグラムを見て、検査前に測定値を予測しておき、それ以上の値が出た場合はやり直しをさせ、前回の検査値に落ち着かせる。

3,データ捏造1 :検査者が前回のオージオグラムを見て、その値の前後から測定を開始する。検査のスピードを上げると患者が聞き取りにくくなります。

4,精神異常者と診断 :データが捏造できないレベルまで患者が回復した場合、患者が異常と精神異常者であると診断し、患者の検査成績は「異常な精神行動からのもであり信用に値しない」と判断する。

 これらは実際に当院の患者からの申告により発覚したものでありこれらが耳鼻科医の威信を汚すためのものでないことを述べておきます。あくまで患者の発言であり証拠を追究しない姿勢です。

 耳鼻科学会では定着した突発性難聴は治らないと宣言していることにより、改善した場合は「検査者のミス」と判断されてしまうという悪しき現状があります。つまり改善していると検査者が医師から叱責されます。きちんと計測できていないと判断されるからです。こうした状況によりこれらのデータ捏造が起こると見ています。

 よって突発性難聴を3か月以上かけてじっくり治そうと考えている方は定期的に検査をするクリニックを変え、検査結果の正当性を見ていかなければならないかもしれません。

新型コロナワクチン接種後死亡例に科学的根拠

ワクチン接種後の死亡例に対し、科学的根拠なしという発言をすることは科学的に禁じられています。これをご存じない医者や科学者、マスコミ関係の方が多いようです。

医学的には全ての病態や疾患に「原因が明らかに一つしかない」ということのほうが極めて稀であり、死亡原因には様々な原因がからみあっています。

単独の原因で死亡することはほぼありえず、死亡したのであればその原因やきっかけは基礎疾患や体質、遺伝的なもの、環境、精神状態など様々であり、その一因にワクチン接種が関わっていることは「タイミングで推測」されるものです。

 したがってワクチン摂取直後に死亡した例に対して「ワクチンとの関連に科学的根拠なし」と言うことはあまりにも科学を冒涜した言葉です。

 医学とはわずかな関連性を調べて行く学問であり、関連の度合いを%であらわして、%の高いものから診断名が挙げられていくという診断方式をとります。ワクチン接種後に死亡した場合、その関連性の割合は非常に高く、当然ながら原因の上位に挙げられます。

 その関連性に関しては現代の科学力の全てを結集したところで「関連性がないことを証明することが不可能」という原則があります。これが科学的な原則であり、なんぴとたりとも崩してはいけません。

 関連性があることを予想することはたやすいのですが、「関連性がない証拠を挙げることは科学的に不可能」であるという科学の規則にのっとって私たち科学者が論文を書いています。よって、死亡原因とワクチンに関して「科学的根拠がない」と宣言する者は科学者ではありません。

 では「科学的根拠がない」とは何語なのでしょう? これはみなさんも知っているように「裁判用語」です。容疑者に対しての用語です。

 つまり、この用語を用いることは「死亡させたのはワクチンのせいである」という容疑が掛けられていることが判明しており、すでに科学的根拠がないという用語を用いただけで「関連性を認めている証拠」となっているわけです。

しかし、その罪から逃れるために「証拠を出せ」としらをきっているという状態を表しています。

しらを切るのが一般人ならよいのですが、医者や教授、科学者、マスコミや大臣がそれを言ってはいけません。

医学は犯罪学ではありません。責任逃れを研究する学問ではなく、むしろ責任(原因)を追究する学問です。ですから「科学的に「関連性に根拠(証拠)なし」」とは公人が言ってはいけません。科学が発言を認めていない用語について「科学的に」という言葉を使うことは詐欺に当たるからです。

 また、蛇足ではありますが、「統計学的に関連性が認められる」という言葉をよく耳にしますが、統計学ではそれを「原因」と言ってはいけない決まりがあります。本当に原因になっているかどうかは統計学では白黒をはっきりさせることはできないことが統計学の原則であり、その原則を破ると統計学自体が学問ではなくなってしまい崩壊します。

 つまり、統計学では「原因であること」を言ってはいけない決まりがあり、この決まりを破って「〇〇の原因は××だと統計学的に言える」というようなことを言う教授がいますが、その発言はそもそも統計学の規則を破っており、詐欺にあたります。科学者は詐欺師になったら終わりですから、絶対にそのような発言をしないことが普通です。

 同様に、「科学的に全く根拠がない」という用語は科学を崩壊させる言葉です。崩壊させておきながら「科学的に」というのですから詐欺なのです。

 私たち科学者はこれらの原則を破ることを固く固く禁じられています。それは科学を自ら壊す発言だからです。科学者が自身の土台となる科学を否定したのでは理論を打ち出しても認めてもらうことはできません。だから「絶対に言ってはならない用語」というものが存在し、それが今回の「科学的に根拠はない」という言葉です。

 私たち国民は一人一人が義務教育を受け、科学を学ぶ科学者です。だからこそ詐欺を許してはなりません。今後は「科学的に根拠なし」と言う公人たちを糾弾していかなければなりません。そうでなければ私たちは科学を信用できなくなり、科学が崩壊してしまいます。

 コロナワクチン接種後死亡の家族の方々にお悔やみ申し上げるとともに、死亡者家族には国が率先して見舞金を支払ってほしいものです。その際に国側に「科学的に根拠がない」という言葉を発言させてはいけません。

 疑わしい場合は全て保証するのが当然の義務です。再度言いますが「科学では因果関係が全くないことを証明することは絶対にできない」という原則があることを忘れてはいけません。どうか科学をなめないでほしいものです。この原則を犯すことで科学が非科学的な洗脳の道具へとなっていくのですから。私たちはそうさせないためにも科学を守って行く必要があります。さしずめ今回の用語はマスコミで絶対に使わせてはいけません。

もっと医学の真実を知りたければ日常損傷病学をすみずみまでお読みください。

ストレートネック、側弯を実際に治す

はじめに 

 私は脊椎を研究する者として今日までストレートネック、側弯、人の重心の研究などを行ってきた。
 脊椎を正しい軸に戻すことは全ての病気に対して (内臓や免疫、ホルモン系、精神系にさえ) 有効と思われる。
 そこで私は自身の経営するクリニックにカイロプラクターを招き、ストレートネックの矯正を希望者に行うということを1年間行った。しかし、X線撮影で確認して脊椎の軸が矯正された方はほとんど存在せず、私はカイロプラクティックによる脊椎矯正の限界を感じていた。 しかし、当院ではある方法で短時間で脊椎の軸を改善させることに成功した。 ここにその例を挙げて行く。

ストレートネック治療例1 53歳女性

↑C3-C7の角度で計測したところ、施術前後で17.3°と大幅に改善している。

ストレートネック治療例2 36歳男性

↑6.3°改善した。改善幅には個人差がある。

ストレートネック治療例3 62歳男性

↑この治療例3では一見あまり改善していないように見えるが、実は第7頸椎(下方の黄色のライン)がしっかり前傾している。

ストレートネックの治療例4 61歳男性

↑施術前後で15°と大幅改善。美しい曲線を描き理想的な改善。

ストレートネックの治療例5 52歳男性

↑前弯角度は17.4°改善されているが、頭蓋底ライン(青)が施術前後で約10°背屈しているために正確な比較ができない。しかし、その影響を差し引いても十分な改善幅がある。

次に胸椎を示す。

胸椎弯曲の治療例1 41歳男性

↑施術前後で側弯が5°改善されている(数値はcobb角)。

胸椎弯曲の治療例 2 84歳女性

↑84歳という高齢かつ高度な側弯変形を持ち、改善の望みがなさそうな例であるが、施術前後で6.9°改善され、かつ胸腰椎の区画だけで身長が1.5cm伸びた。高齢者の身長は縮む一方であり、このように瞬時に身長を伸ばすことができるのは驚きである。

胸椎弯曲の治療例 3 9歳男性

↑この写真は胸椎立位側面像である。この例では本来前に曲がるはずの胸椎がほとんど曲がらずストレートになっている(胸椎後屈症)。施術前後で7.5°の改善を認める。

胸椎弯曲の治療例 4 19歳男性

↑施術前後で3.6°の差しかないが、全体的なバランスが整えられている。

次に腰椎を示す。

腰椎の弯曲治療例1 62歳男性

↑腰椎は仙骨に固定されているため頸椎や胸椎のような自由度がなく、そのうえ腰椎の軸が変化すると重心が変化するため弯曲矯正は簡単には行かない。上の治療例1では一見まっすぐで正常に見える。しかし写真右(施術前)をよく観察すると黄色の椎体のラインと赤の棘突起のラインのバランスが悪いことに気づく。黄色のラインの左右の中心に赤いラインが来るのが正常であるが、この例では左にシフトしている。これは椎体が捻れ(回旋し)ていることを意味する。
 施術後の写真(左)では赤のラインが黄色のラインのほぼ中央に来ており、捻じれ(回旋)が改善されたことがわかる。

腰椎弯曲の治療例 2 44歳女性

↑角度の改善は大幅ではないが、腰椎弯曲の形態に変化が見られ、重心がしっかり左にシフトしていることがわかるこうした”形態の変化”は「脊椎の軸治療は角度変化だけでは評価し得ない」ことを示している。


脊椎を自在に操る施術とは

 ここに掲載の脊椎矯正のデータはほとんど本日から数か月以内に撮影したものである。その意味は「この治療を開始して数か月しか経過していない」ということ。治療はほぼ1回きりであり、従来のカイロプラクティックのように毎週1回×半年間というような通院期間がないことである。ほぼ全て、30分から60分の施術1回で脊椎のバランスを変えてしまうことができるのである。しかも、側弯や前後弯、捻じれ(回旋)など3次元的に複雑な脊椎の形態をモニターなどを見ることなく手の感覚だけで治していく。
 その施術はなんと「手を当てるだけ」なのだ。押したり、もんだり、捻ったりすることは全くなく、ただ「手を当てるだけ」。この施術をもっとも近い名前で呼ぶならば”ヒーリング(量子波ヒーリング)”だ。

 私の医院では慈佑先生(真言宗阿闍梨の修行中)にヒーリング(ご加持とも言う)の施術していただき数々の難病患者を救済していただいている。しかし脊椎矯正を開始したのはわずか数か月前のことであり、私は正直言ってヒーリングにこれほどのパワー(生体バランスを変えてしまえる力)があることを知らなかった。ただし誰もができる能力ではないので世の中にこの治療法が普及しようがないのは残念なことである。

脊椎矯正を受けた人の声

本症例の最初に掲載した「ストレートネック治療例1 53歳女性」の方が施術後の体調改善の様子をメールしてくださったので原文のまま紹介する。

「おはようございます。昨日はありがとうございました!
昨晩は久々に鎮痛剤を飲まずに朝まで眠れました!ただ寝た、という感じではなく、地球の裏側から引っ張られたみたいに眠りに落ちました。今までが意識があるような眠りだったので、これ死んじゃうんじゃない?という感覚でちょっと怖かったです笑あと、最近常に歯をくいしばってしまう癖があったのですが、なくなってました。当然、朝、スッキリ。緩んでいた骨格がぐぐっとはまって安定したような感覚もありました。鏡見たら左右の骨盤の高さもほぼ同じになってます

 立ちっぱなし座りっぱなしだと腰とスネに少し痛みと痺れが出ますが、かなり軽くなっています。しかも朝イチよりも今の方が更に治ってる!
久々にお弁当も作れたので、娘も、なんで?なんで?と(よく知ってるくせに)驚いてました。笑
2~3日仕事を休んで更なる回復を実感したいと思います(emoji)またご報告させていただきます。
 いつもながら不思議ではありますが、すごいです。
また経過報告いたします! 」

脊椎矯正と未来の医療、考察

 実を言うと脊椎の軸異常に関する研究は医学的には極めて遅れていて「全く何もわかっていない」に等しい。私は少しでも脊椎の理解を深くするために「脊椎の力学」を徹底的に研究した。その結果、神経が脊髄の正中でクロスして反対側に走行する理由が「神経線維に伸縮性を持たせるためであること」を私は発見した。
 と、同時に脊髄はその直径程の長さの伸縮性しか持ち得ず、それ以上引き延ばされると神経細胞(節前線維)が破損すると理解した。
 ところが脊椎にあの特徴的な弯曲(頸椎が前弯、胸椎が後弯、腰椎が前弯、仙椎が前弯)が失われると、脊柱管の全長が伸びてしまい、その中に容れられている脊髄が引き延ばされてしまい、その結果、脳や延髄までも引っ張られ、様々な脳神経の病気をもたらすと結論付けた。それが私の言う「脊椎・脊髄不適合症候群」である。

 私はまた、安全な上頚神経節へのブロック方法を開発し、それを突発性難聴の患者の治療へ用い好成績を収めていた。そのため私の元へは全国から難聴・耳鳴り患者が集まり、幸運なことにその患者たちの頸椎のXPを研究するチャンスを得た。その結果、私の予想通り、突発性難聴の8割以上の症例でストレートネックがあった。やはり、ストレートネックは脳神経・延髄・自律神経系へもダメージがあるのだと確信した。

 そこで私は米国からCBCカイロプラクティックを学んだというカイロプラクターを招き、難聴があってストレートネックがある患者にカイロプラクティックを受けてもらった。しかし「ほぼ誰もストレートネックの改善が見られない」という結果だった。その上、施術自体に痛みを伴うため苦情もあり、ストレートネック治療自体をあきらめた。私は元々整形外科医であり脊椎を熟知しているが、ストレッチをしようが、物理的に矯正しようが、脊椎の軸異常は「何をやっても簡単には治らない」ことをよく知っているし、実際に思い知らされた。

 ところが当院で量子波ヒーリングを行っていた慈佑先生が「脊柱側弯があって背中がぼこっと出ている人でも私が手を当てれば引っ込みますよ。」と私に教えてくれました。もしかして脊椎の軸異常が矯正されているのかもしれないと思いXPをとると…上記のごとく見事に脊椎が矯正されているのだった。しかも、施術は30分程度。痛みもなく軽く手を当てるだけ。まさに信じられないことが私の目の前で起こったのだった。今後、この治療は多くの人々の不定愁訴的な慢性病を救う手立てとなると確信している。

量子波ヒーリングについて

 量子波ヒーリングでは施術者の手から3次元世界では測定が難しいエネルギー波が出ていると考えられる。測定が難しいのでそのエネルギーは「量子的であろう」と推測され、量子波ヒーリングとネーミングされている。

 その量子波には生体場の情報が含まれており、その情報を元に骨や筋肉はバランスを保つと推測される。しかし、狂った生体場情報をまとっていると背骨が曲がってくるのではないだろうか。そして量子波ヒーラーは狂った生体場の情報を書き換えることができる。そのため一瞬で背骨が矯正されてしまうのではないだろうか。この理論はまだまだ空想的ではあるが、実際には生体場の理論は1900年ころから研究されていて論文も散見する。もしそれらの詳細を知りたい方は「量子医学」のサイトを訪れてほしい。

日本で新型コロナ感染者数が少ない理由 ~神仏論~

 2020年12月18日現在、新型コロナの世界感染者数は7453万人,死亡165万人。米国で1701万人,死亡31万人、インド996万人死亡14万人、ブラジル705万人死亡18万人に対し日本は19万人死亡2793人と低水準で推移しています。日本での同ウイルスによる死者が少ない理由として、過去に罹患しているという説、日本脳炎予防接種説など、そもそも同ウイルスへの免疫を既に獲得しているという説が言われています。

 しかし、ここでは日本を守護する神仏の力によって疫病退散が行われているという科学的なデータを示したいと思います。その信ぴょう性については各自が吟味してくだされば幸いです。

 12月14日、毎日新聞では「忘れられた神「牛頭天王」に光を」という記事がとりあげられ、にわかに牛頭天王が注目を浴びています。牛頭天王は疫病退散の神として江戸時代は祇園社(八坂神社)に祀られ、日本で最もポピュラーで知らない人がいない神様でした。

 しかし明治時代に政府の神仏分離政策のために神社から急激に排除され、ほとんどの像が川に流されるなど私たち国民はこの神様に対し大変大変失礼なことをしてしまいました。都合の良いことに新型コロナ拡大により、再び牛頭天王を崇拝する動きが活発化しました。困った時の神頼みです。

■牛頭天王が慈佑に降臨

 東京都江戸川区「癒庵」で量子波ヒーリングを施術し難病の方々を救っている慈佑(現在は真言宗阿闍梨見習い)は、巫女として様々な神仏を降臨させることができます。私は慈佑に神仏が降臨した記録を可能な限り全てビデオに収めています。その上で2020年3月30日に牛頭天王と思われる方が慈佑に降りて来られました。

■降りた神仏が牛頭天王とする根拠

  • トランス中、頭に角が生えているイメージが浮かんだこと
写真は2020/3/30撮影、角に触れている
  • ポーズが牛頭天王に一致していること
3/30撮影、胸を張り口がへの字に
牛頭天王様像
  • 牛をイメージさせる動きをすること。手をグーにして体重を支えるという特徴的な動作。
手をグーにして4つん這いの姿
牛をイメージさせる
  • 慈佑の産土神社が大分市の弥栄神社であり、牛頭天王が産土神であること。
大分市弥栄神社

■第1回目の疫病退散の行法

 2020年3月30日、慈佑に牛頭天王と思われる方が降りて来られ、約10分間、印を結び地面に印を描くなど、約10分間の行法をされました。

3/30撮影

■第2回目の疫病退散の行法

7/25撮影、前回と同様4つん這いに

 2020年7月25日、前回と同様な動きをされる方が降りて来られました。3月30日に撮影したビデオと今回を比較し、この方は牛頭天王であると判断。約11分の行法をされました。

■第3回目の疫病退散の行法

 2020年12月16日、同様に牛頭天王に特徴的な動きをされる方が降りてこられました。手をグーにして体重を支える姿勢が特徴的です。

12/16撮影
特徴的な姿勢

今回は今まで以上に綿密に行動されていて、手に字を書いたり、糸巻きをして繭のようなものを作ったり、それを伸ばしたりしていました。

手に字を描いているところ
繭のようなものを作って両手で持つ
引き延ばしているところ

■新型コロナの感染者数と降臨日を比較すると

 次のグラフはNHKが発表している国内感染者数の推移グラフに、慈佑に牛頭天王が降りて行法をされた日を加えたものです。

 このグラフから、3月30日と7月25日の2回とも、牛頭天王降臨のほぼ2週間後から感染者数が減少していることがわかります。3回目の降臨が12月16日なので、私たちは12月30日頃をピークとして感染者数が減少すると予想しています。

■牛頭天王の恩恵を受けて感染が抑えられている

 慈佑は3月30日に初めて牛頭天王が降りて来た時点では牛頭天王の御身姿を知りませんでした。よって意図的に牛頭天王を意識してこれらのポーズをとったわけではありません。また、この3回の降臨日以外で四つん這いになってグーで支える(牛頭天王を思わせる)ポーズをとったことは1日たりともありません。

 もしも本当に12月30日前後に感染者数のピークが来れば、牛頭天王降臨の日と感染者数減少の関係性は「偶然ではない」と結論付けられるでしょう(3回とも1日以内の誤差でピークが一致することは偶然では不可能)。その偶然性を強調するために、本日、12月19日に公表することにしました。

 ちなみに、感染した日と症状が出て抗体検査してその結果が出る日までのギャップは、ウイルスの潜伏期間などを考えると2週間前後と考えられます。すなわち、牛頭天王が降臨した日は真実の感染者数(潜伏者を含む)が最大であった日であると理解できます。つまり、牛頭天王の行法の恩恵を受けて感染者数が減少したと言えるわけです。

■牛頭天王に感謝の意を持ちましょう  慈佑に牛頭天王が降臨した日と感染者数の関係性が3度も一致することになれば、これは科学的に考えても「もはや偶然では起こらない」と言えるでしょう。これを事実と受け止めるかどうかは各自に任せますが、少なくとも、「日本のコロナ感染による死亡者数が少ないのは牛頭天王の恩恵に寄与するところがある」と感じた方々は、ぜひとも牛頭天王に敬意と感謝の意を示してください。科学により日本人の信仰心はどこ吹く風となってしまっていますが、今一度神仏への感謝をし、わが国が神の国であることを思い出していただければ幸いです。

腰部脊柱管狭窄症に対するF式ルートブロックの治療成績

はじめに 

私は「他の医者が治せない難治性」腰椎椎間板ヘルニア・腰部脊柱管狭窄症を奇蹟的に治すことを専門としています。奇蹟とは「他の医師がどうやっても治せなかった症状を治すこと」と私は定義しています。そしてこれまで、手術しても治らない、手術するしかないと言われている、有名な専門クリニックに何か所と通っても治らない、という極めて難治性の高い患者を主に治療し、以下のように良好な治療成績をおさめましたので報告します(決して誇大報告をしていません)。

難治性とは「他の医師が治すことができなかった」と定義します。難治性の分類は以下のようにしました。

1A:整形外科での治療が無効 13例

1B:整形外科+鍼灸などでの治療が無効 4例

2A:ブロック注射治療でも無効 5例

2B:ペインクリニックでのブロック注射でも無効 10例

2C:あらゆる専門クリニックでの治療でも無効 5例

3A:手術しなければ治らないと言われている 7例

3B:手術後再発・悪化 4例

3C:手術無効・術後悪化 14例

対象

2015年4月から2019年2月までの期間に神経根ブロックを行った72名中、当院の近郊から来院した15名と、前医での治療が有効であった2名を除いた57名。男女比40:17、平均年齢は61.2歳。

※近郊から来院した患者は治療前歴がない者が多く、難治性を定義できないため除外。前医で治療効果があった者は難治ではないので除外。

判定基準

無効:治療効果が1週間未満

やや改善:数割程度の改善(1週間以上)

良好:症状が半減(1週間以上)

著効:症状が7割以上改善(1週間以上)

全治:症状が7割以上改善(1か月以上)

完治:症状消失(1か月以上)

結果

  • 全体の治療成績
無効 やや改善 良好 著効 全治 完治
4 2 6 3 27 4

無効が8.7%と1割以下。有効が91.3%。前の医師たちが治せなかった症状に対して、9割以上の有効率を出すことは現医学では理解を超えたレベルです。しかも、著効+全治+完治が73.9%。と大半を占め、「単なる有効な治療」ではなく、劇的に効果があります。F式ルートブロックは現代医学の常識を超えた治療効果を期待できます。

  • ブロック無効群に対する治療成績
/ 無効 やや改善 良好 著効 全治 完治
2A 0 0 0 0 4 1
2B 0 0 2 2 4 0
2C 0 0 1 0 1 2

ブロック治療は腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症の治療において保存的に行う最終兵器です。その最終兵器を用いても無効という結果に終わった絶望的な患者群であり、常識的にはこうした患者にブロック治療をしようとする医師はいません。それでも腕に自信のある有名な医師たちが様々なブロックを試みます。が、それでも治らなかった群が2C群です。F式ルートブロックでは2C群5例に対しても無効例がなく、良好1、全治1、完治2、不詳1というような奇蹟的な治療成果をあげています。

 F式ルートブロック上記のグラフのように、ブロック無効群に対して100%有効であり(不詳3例除外)、かつ「やや改善」がなく、全例が良好以上、かつ著効以上が8割以上と劇的な効果をあげています。

 この結果はF式ルートブロックが現代医学のブロック治療技術を超えていることを示しており教科書的なブロック技術が疑問視されるきっかけとなるでしょう。すなわちブロック技術は医師の裁量により効果に大差が出るということを明らかにしています。

・手術待機群の治療成績

 手術待機群(3A群)は「これまであらゆる治療を行ってきたが改善が見られないため、手術以外に治療法なしと言われ、手術を予定している」患者群です。つまり私の元へ治療をしに来なければ、手術をしていた患者たちです。

/ 無効 やや改善 良好 著効 全治 完治
3A 0 0 1 0 4 1

完治と全治が8割以上を占め無効がありません。この結果は脊椎外科界に波紋を投げかけます。「あなたの受けようとしている背骨の手術は、本当に受ける必要があるのか?」という疑問を喚起します。全治と完治が8割以上だからです。

 ただし、これはF式ルートブロックだからこそこの成績を出せるのであり、普通にブロック注射を受けるだけではこれだけの成績は出ないでしょう。

・手術無効群(3B+3C群)に対する治療成績

 手術をして一度軽快した後に再発の3B群と、手術しても改善しなかった3C群への治療成績を示します(手術を複数回行った症例も含む)。

/ 無効 やや改善 良好 著効 全治 完治
3B 1 1 0 0 2 0
3C 0 1 5 2 3 1

 常識的には、手術を何度行っても改善しなかった症例に対し、積極的な治療をしようとする医師はほとんどいません。理由は、手術はブロックよりも効果が高い治療と思われていて、「手術でダメなものにブロックを行っても無駄」という考えがあるからです。また、治療のリスクが大きいこと、脊椎に挿入した固定器具の陰影により透視下のブロックが困難だからです。

 手術しても無効である症例に対し、F式ルートブロックでは無効が16例中1例と極めて少なく、絶望的な症例にも十分な効果を発揮しています。ただし、著効+全治+完治=50.0%であり、他の群に比べると成績が劣ります。これは治療効果が持続しないことが最大の理由です。術後は脊椎の変形が著しく、物理的な圧迫はF式ルートブロックでも解除できないため持続効果が得られにくいこと考えられます。

 しかしながら、症状を軽減させる方法が他にないという状況下においてF式ルートブロックは腰椎治療の最後の砦として成立しています。

・整形外科で無効群の治療成績

/ 無効 やや改善 良好 著効 全治 完治
1A 3 0 0 1 5 2
1B 0 0 1 0 2 0

整形外科+他の代替医療で無効群は未だブロック治療や手術を経験していませんので、難治症例に入れるべきではないかもしれません。ブロックや手術をすれば「治る余地」が残されているかもしれないからです。

 しかし、治療成績は意外にも無効例3例と他の群に比べて無効の率がもっとも高いという結果でした。この理由は次の二つが考えられます。一つは、患者が「自分の重症度を理解していないため、日常生活で腰をいたわるなど努力を全くしていない」こと。もう一つは「腰椎由来の腰痛ではなく、脳由来の腰痛」である可能性があげられます。

 当院では脳由来の腰痛を上頚神経節ブロックで改善させた例が多数あり、現医学では理解できない腰痛が存在することを明らかにしています。

F式ルートブロックの合併症

 F式ルートブロックの合併症は0件です。ブロック中に痛みを訴えた患者は0例であり、「痛みをほとんど感じないブロック」です。ブロック後数日間、強い痛みを訴えた例が数例ありますが、その数日を過ぎると痛みが劇的に軽減し、これは合併症ではなくリバウンドであると判断しています。

 また、F式ルートブロックは造影剤を0.5㏄しか用いません。よって造影剤による悪影響もほとんどありません。さらに照射する放射線量が極めて少なくなる方法をとっており被ばくによる悪影響がほとんどありません。

 直接神経に針を刺しませんので神経損傷や根動脈損傷のリスクがほとんどありません。

まとめ

 F式ルートブロックは侵襲の少なさ、安全面、かかる費用、治療効果などの面から見て、世界最高の腰痛関連疾患治療法であると宣言します。そしてこの治療法が腰椎治療の最後の砦としての役割を担っていると思います。

 ここではF式ルートブロックの詳細は述べません(企業秘密です)。世の先生方は自分の手術技術、ブロック技術を奢らず、本治療法のように患者たちを救う方法があるということを認識し、患者たちを救済するために切磋琢磨されることを希望します。他の医師たちが編み出した定型的な医療技術に頼り過ぎず、創意工夫で常識を超えることができることを知りましょう。

おわりに 若き医師たちへ

 手術をしなくてもルートブロックで治せる腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症の例が想像以上に多くあることを理解し、手術はあくまで、そうした治療が無効だった場合の最終手段とすべきであることを心に刻んだ方がよいでしょう。

 私は手術をして改善しなかった・悪化したという患者をこれまで多く救ってきましたが、「手術をしなくても私のブロックなら保存的に治せたであろう」患者を診てきました。脊椎固定術後にその両端の椎間が激しく変形して行く様子を見れば、手術は万能ではないことがわかります。

 また、整形外科医はリスクに対応できないという理由でブロックをしない医師が多いと思われます。しかし、腕のある医師に紹介すれば治る可能性があることを理解すべきでしょう。外来で治らないから即手術という考え方は乱暴でデリカシーがありません。

 最後にペインクリニック科の医師は、痛みの治療難民を救おうとして頑張っていることを知りましょう。しかし、ブロックは変形した脊椎、術後の脊椎では極めて成功率が低くなり、場合によっては毎回ミス注射になっていることがあるということを真摯に受け止めましょう。ミス注射はやり直しをすればミスにはなりませんが、やり直すためには常識を外れた精神力を持たなければなりません。そして常識を超えたところに「腕を磨くための唯一の道」があると信じ、努力していただきたいと思っています。

 超一流の腕を持つ名医よりも、少し下手でもやり直しをする医師の方が治療成績が上になります。たやすく手術に逃げない医師になるために、がんばってください。

あきらめないことで奇蹟的に回復した突発性難聴

はじめに

 当院には他の病院(大学病院も含む)で改善しなかった難治性の突発性難聴患者が来院します。突発性難聴はあらゆる治療を行ったとしても、約3分の1が難治性であり全く改善しません。この難治性の突発性難聴を医学的には治す方法がありません。

 この全体の3分の1と言われる「治らない突発性難聴の症例」に対し、私は上頚神経節ブロックを行うことでそのうちの60~70%を回復させることができます(詳しいデータはこちら)できます。しかし、逆に言うと上頚神経節ブロックでも改善しないケースが30~40%あります。これは突発性難聴全体の約10%に当たります。つまり医学的には全く回復することがない不幸な突発性難聴が全体の10%です。

この不幸な10%に対し、量子波ヒーリングを施術すると、そのうちの3分の2を改善させることができた(データはこちら)のは驚異的です。

ところが量子波ヒーリングを行っても改善しない超不幸な突発性難聴が全体の3~4%存在します。この超不幸な突発性難聴の症例では、治療をいつあきらめるのか? あきらめず続ければいつかは回復することがあるのか? のはざまで悩むことになります。

今回、あきらめずにご加持の施術を約1か月間受け続けた43歳の患者が奇蹟的に回復しはじめ、発症から2か月と2週間経過した現在も少しずつ回復し続けているので報告します。あきらめなければ回復し続けるという貴重な症例です。

症例 43歳男性

既往歴 左耳難聴(2012年発症)63.8db(4分法)

現病歴 10/3 右耳に難聴出現。10/4~10/15まで都内K記念病院に入院するが全く改善が見られず退院。10/15当院初診。K記念病院では星状神経節ブロック、混合ガス、鼓室内注射、点滴と、日本でこれ以上ないと言われるほどの徹底した最高峰の治療を受けた。しかし全く改善を認めなかった。

経過 10/15から初回治療を行い、10/23まで量子波ヒーリングと上頚神経節ブロックをそれぞれ5回受けるがほとんど改善が見られませんでした。通常ならばこれであきらめるところですが、左耳にも難聴があるのであきらめきれず、本人は量子波ヒーリング(K先生)の力を信じ、治療を継続することにしました。その後3週間、10回の治療を行ったところ、11/14には全体的な回復が認められました。その後も治療を続け、12/4にはさらに改善しました。

考察 本症例は2週間の入院治療で現医学で効果があると思われる治療の全てをし尽くし、そしてそれらが全く無効の超不幸な突発性難聴です。「治る見込みがない」状態をこのように改善させることができたのは、上頚神経節ブロックのおかげであるとは考えられません。なぜならば上頚神経節ブロック単独の治療においても、最初の2週間は全く改善しなかったからです。これまでの私の治療経験では、これほどの難治例が改善したケースは一例もありません。本データは驚くべき結果であり、改善は量子波ヒーリングに依存していると思われます。

 もし、最初の2週間で治療をあきらめていた場合、今回のような奇蹟的回復を経験することができなかったわけで、「量子波ヒーリングを信じて受け続ける」ことがもっとも重要であったことがわかります。私たちを信じた結果の改善と言えるでしょう。

今後

 改善は少しずつですが聴力は改善し続けており、このまま治療を続ければ、どこまで改善するのかが大変興味深い症例です。結果は追って報告したいと思います。

発症20か月後に奇蹟的な改善を認めた突発性難聴

突発性難聴は「1/3が自然治癒。2/3が全く治らないか後遺症となる。」と言われる難病です。現医学では有効な治療法がないと言われており、治療はたいてい発症後約1か月で打ち切りとなります。

星状神経節ブロック、鍼灸、高圧酸素、鼓室内注射など様々な治療が行われていますが、2週間治療しても改善が認められなかった場合は、それ以上治療を行っても改善する見込みはほとんどありません。

私たちは上頚神経節ブロックに量子波ヒーリングを併用し、発症から5か月以上も改善させ続けることに成功した4例を前回発表しました(詳細はこちら)。この4例は医学的には考えられない奇蹟的な改善です。

今回はそれらをさらに上回り、580日間、改善することがなかった突発性難聴症例に対し念入りな量子波ヒーリングと特殊な先祖供養を行うことで奇蹟的な回復を見せた一例を経験したので報告します。

症例 50歳 男性

現病歴 2017年2月28に右耳突発性難聴を発症。ほぼ全域スケールアウトでした。入院し、ステロイド治療や高圧酸素療法を行い、新橋の鍼灸を1日4回×?日行い、ペインクリニックで星状神経節ブロックなどを受け73db(5分法)まで回復しました。しかし、それ以上の回復は見込めないため発症2か月後に当院初診。

経過

普通に考えればこれ以上何を行っても改善することのない重症突発性難聴でした。2017年4月24日から上頚神経節ブロックを行い、約3か月後に65db(5分法)まで回復させました。しかしそれ以降再発と寛解を繰り返し、治療を何度行っても改善することはありませんでした。

 ところが発症2年後に聴力の悪化が起こり、75dbまで低下します。そこで私たちはこれまで行っていた上頚神経節ブロックに加え、念入りな量子波ヒーリング(1回1時間以上)を2回行いました。その結果44dbまで改善させることに成功しました。

しかも驚くべきことはこれまで少しの改善も見られなかった125Hzが70dbから50dbまで改善したことです。

考察

上頚神経節ブロックで多少の改善が見られましたが、それ以降治療を継続しても改善がみられませんでした。それでも治療を継続した理由は耳鳴り、めまい、ふらつき、気分不快、寒暖差でからだがだるくなるなどの症状があったからでした。聴力は多少の上下はありましたが発症後18か月間、改善することはありません。しかし2018年10月9日のオージオグラムで聴力低下が判明したのをきっかけに患者は「ヒーリングをしっかり受けて治療しよう」と考えました。10月10日と10月24日に念入りなご加持を受け、10月28日に特別な供養を行ったところ11月12日の検査で劇的に改善していました。

神経細胞が再生しない限りこのような改善が認められることはありません。つまりご加持は死滅した細胞部分に新たな細胞を新生させたと考えます。医学的には全く考えられない奇蹟です。

慢性好中球減少症を量子波ヒーリングで改善させる

要約

 血液検査で白血球減少を指摘されることがあります。好中球が<1500μlとなる症例を慢性好中球減少症といいますが原因不明で根本的な治療法がありません。今回私たちは数十年間白血球数が正常値を下回り、最近7年の検査でも(最低1900、最高2600、最近7年間の平均2200)白血球数が少なかった52歳の女性に対し、ご加持治療を行ったところ、今年の検査で3600となった1例を報告します。

症例 52歳女性

 30代から健診の度に白血球減少を指摘され、現在に至るまで健診では1000代から2000代でした。最近7年の白血球数の推移は以下。

 この8年間は白血球分画を検査していなかったため、正確な好中球数は不明ですが、仮に好中球が60%と仮定すると2016年以外は、好中球数<1500μlとなり、慢性好中球減少症の診断基準を満たします。慢性好中球減少症は難病に指定されており治療する方法がありません。

 40代の時に一度骨髄穿刺を行い精密検査を行いましたが、異常な白血球像は診られませんでした。彼女は担当医から「この病気は治ることはありませんので数値が低いのは一生続きます。あきらめてください。」と言われ、特に処方もなく経過観察だけでした。30代に足にアテロームの感染巣、40代の時に左右の鎖骨付近にアテローム感染巣が発症し、その3回とも「白血球が少ないと感染が命取りになる」という理由で切除術を受けています。

量子波ヒーリングの結果

 彼女は量子波ヒーリング後に健診に行き、その結果白血球は3600となり、初めて3000を超えました。担当医には「あり得ないですね。何かしたんですか?」と言われました。もちろん「量子波ヒーリングをしました」と言っても信じてもらえないと彼女は思い、黙っていたそうです。

量子波ヒーリングと白血球数増加との因果関係は、今回の1例報告では不確かではあります。しかし数十年間、一度も3000を超えたことがなかったことを考えると、単なる偶然と考えるべきではないでしょう。あくまで推論です。しかし、量子波ヒーリングでアトピーを治した実績から考えると、量子波ヒーリングには免疫系を正常化させるパワーがあると推測します。今後量子波ヒーリングは、免疫疾患、白血病、アレルギー疾患に現医学が起こせない奇蹟的な成果を起こせる可能性があります。今後の報告に期待してください。

気管支喘息をステロイドを使用せず改善させた3例

はじめに

気管支喘息は現医学では完治させることは難しく、アトピー性皮膚炎の治療と同様、ステロイド治療が主流となりますが、使用を中止すると再発することから、治療になっていないことが指摘されています。減感作療法は手間暇がかかること、アレルゲンが一つではないこと、と重大なリスクがあることから、日本ではあまり普及していないようです。

 当院ではご加持(密教に伝わる伝統的な治療法)で瞬時に喘息を改善させた3例を経験しましたので報告します。ちなみに薬剤を使わず「瞬時」に改善させることは現医学では不可能です。

症例1  T.S.さん 80歳 女性

慢性関節リウマチを約10年前から発症し通院中の患者です。両膝痛、肩が動かない(後ろの髪の毛をさわれない)、両手関節痛、両肘痛、両足関節痛があります。それとは別に約20年前から喘息症状があり、深呼吸ができません(深呼吸すると咳が出てそれが引き金になり喘息症状が出る)。当院の翠蓮先生がご加持を行ったところ、即座に肩が動くようになり、深呼吸ができるようになりました。それ以来深呼吸をしても咳が出なくなったと報告を受けています。ご加持を行うことでリウマチによる関節痛も即座に改善させました。

症例2 T.E.さん 52歳 女性

 当サイトで紹介した慢性好中球減少症の症例と同一人物です。当院で翠蓮先生が1時間のご加持を行ったところ、喘息の回数が半分に減少しました。

症例3 翠蓮先生ご自身

 約2か月前より喘息発作が起こるようになりました。発作時に咳が出現し気管支がヒューヒュー鳴ります。自分で自分自身にご加持をすると咳が治まるということを経験します。また、N寺(師匠のお寺)に行くと全く咳が出なくなります。この喘息発作は1日に数十回起こりましたが、現在、喘息と呼べるような発作(気管支がヒューヒュー鳴る)は起こらなくなりました。

考察 上記3つの喘息はアレルゲンが原因であるアトピー型喘息であるかどうかは不明です。しかし、ご加持がアトピー型であるにせよそれ以外にせよ、おそらく全てのタイプの喘息治療にご加持は有効であり、かつ即効性があると推測します。ステロイドなどの薬剤は即効性がありますが、免疫異常を改善させることはほとんどなく、減感作療法はアトピー型でありアレルゲンが全て特定されるのであれば効果がありますが、そうでない場合には治療法がありません。そうした現状の中、ご加持は即効性と改善の両立ができる優れた治療法であると言えます。

 喘息は体内の免疫システムの異常が根本原因ですが、免疫システム自身を改善させることは現在の医学ではなかなか難しい現状があります。しかし、ご加持は免疫のシステム異常を正常化させる力を持つ治療法として注目すべきです。

「脳梗塞は治る」を広めよう

はじめに

脳梗塞はとても軽度なものを含めると100%全員が患う病気です。MRIにも映らないようなごく小さな脳梗塞は毎日のように私たちに起こっています。認知症も「小さな脳梗塞が脳全体に増えていく」ことで発症します。そして脳梗塞は若くして起これば人生に大きなハンディを背負わせます。それはあまりにも残酷です。 

現医学では脳梗塞が完成してしまうとそれを治す方法がありません。今年、私たちは上頚神経節ブロックご加持という治療法で16歳の少女の脳梗塞を見事に完治させた実績を作りました(詳細はこちら)。脳梗塞は克服できる可能性がある! 私たちはそのことを一人でも多くの方々に広めずにはいられません。

一人の少女の人生が救われました

 2018年1月、一人の少女(Mさん)の左眼に異変が起こりました。左眼の瞼が開かず、眼が全く動かず、焦点も合わず、物が二重に見えます。16歳の少女の容貌が醜くなりました。S医大で精密検査の結果、中脳梗塞と診断されますが治療法がないためそのまま退院となりました。Mさんはバスケットボールのプレーヤーでしたが左眼でボールを見ることができないため遠近感がわからなくなり、キャッチボールさえできなくなりました。16歳の夢が崩れていきます。Mさんの母は必死の思いでネット検索をし、私たちのサイトの「脳梗塞後遺症を治す」の記事を見つけ、そして来院しました。

当院で上頚神経節ブロック+ご加持の治療を約3か月間行い、左眼が完全に動くようになり、眼瞼下垂も完治し容貌も元に戻りました。

発症8か月目で再発確認のための検査MRIを撮り、9ヵ月めのS医大の検診の画像診断では、、、

「完全に梗塞巣が消えてなくなっています。眼の動きもMRI画像上も完治です。こんなことは医学的にはありえません。奇蹟です。本当に信じられません。」

とお母さんは担当医から言われました。お母さんはあらためのその娘への治療の凄さを再確認し、すぐに翠蓮先生に

「すごすぎです!本当に娘は幸せものです。本当にありがとうございます。」

と御礼の連絡をしたのです。翠蓮先生いわく、お母さんは

「回復だけでなく娘は病気になる前の元気で明るい子に戻りました。自分自身の世界観もすごい体験で変ってしまいました」

と言っていたそうです。

赤で囲った脳梗塞部分が完全に消失しました。

Mさんは春から軽音楽部に入部しバンドを組み、今はドラマーとして活躍しています。コンクールで優勝したそうです。一人の少女の人生が救われました。

計り知れない恩恵

脳梗塞は他人事ではありません。高齢になり記憶力や計算力が低下する、運動神経が鈍る、歌が下手になる、などは微小な脳梗塞が少しずつ増えて行くせいです。脳梗塞を治せるという実績はこのような脳の老化を防ぐこと、壊れた脳を蘇らせることができることを意味し、その恩恵は計り知れません。私たちはここで簡単に「脳梗塞を治した」と述べましたが、「脳梗塞を治す」という医療技術は医学史上類を見ないほどの偉業であり、現在の医学が全く追いつけないレベルの技術です。

 この技術を利用すれば高齢になっても脳を蘇らせることができるため、90歳で医学部合格、100歳でゴルフトーナメント優勝などということも夢ではありません。まさに現在の超高齢化社会が望む夢の医療技術です。「脳梗塞を治す」とはそれほど世間を驚かせるほどの大ニュースです。若くして脳梗塞になった少女の人生を救うだけでなく、全人類を救える技術です。

再現性をクリア

 問題は今回起こった奇蹟を「誰にでも起こせますか?」という再現性にあります。他の脳梗塞患者にも同様の治療効果を発揮できるなら、まぎれもなく私たちの実績は医学史上の偉業となります。私たちはすでに医学が見放した嗅覚消失、突発性難聴、認知症などを改善させた実績やエビデンスがあり、多くの方々の脳神経の障害を奇蹟的に回復させています。

 今回のように脳梗塞を完治させた例はそのたくさんある奇蹟的実績のうちのたったの1例です。今後、同様の患者様が来院するたびに実績が増えて行くでしょう。

人間の可能性を広げる

 私たちの治療は脳を再生させることに成功しています。しかし「病気を治す」ことだけが利用価値ではありません。私たちの治療は一時的に脳の活動性を高めることができます。例えば、コンテストに優勝する、オリンピックの個人種目で記録を作る、試験に合格するなどの目的を達成するために力を発揮します。脳をよみがえらせる治療技術は人間の能力を向上させることに応用が効きます。計り知れない利用価値があり、これを知る者と知らない者の間の成績に差が出てしまいます。0.1秒、0.1ポイントを競う決勝戦などで圧倒的な力を発揮してくれるでしょう。

心が痛い実情

 Mさんのお母さんは担当医に質問しました。

「私たちのように十代で脳梗塞になるって珍しいことなんでしょうか?」

すると担当医は即座に答えました。

「いいえ、珍しくないですよ。今でも10代の子が脳梗塞で入院していますよ。」

と平然と言います。

 お母さんはふとこんな考えが脳裏に浮かびました。

「今入院している10代の子も、N医院で治療すれば救える可能性がある。このままここに入院していれば、その子の人生は悲惨なものになる。救ってあげたい。でもどうせ信じてもらえない。その前に、その子の名前や部屋番号を担当医に聞きだすことは無理にちがいない。担当医にN医院のことを教えても本人に伝えてくれるはずがない。」

 全くその通りです。

ご加持の知識を広めよう

 私は上頚神経節ブロックの開発者です。このブロックで脳梗塞をある程度改善させることができます。認知症にも効果があります。医学的には偉大な発明であると私は自負しています。しかし、上頚神経節ブロックには脳梗塞を改善させる力はあっても、完治させる力はありません。完治させるには脳神経細胞を完全に再生させる必要があり、それは現医学では不可能です。したがって、完治させることができたのはご加持の力です。

 ご加持は弘法大師様(空海)が日本に伝えた真言密教の医療技術です。1200年以上の歴史のある格式の高い治療法です。ご加持を行うには霊能力が必要ですので一般の人には伝授できません。ですが1200年前から現在に至るまで霊能者の間で脈々と受け継がれています。

 これを世間に広めることには宗教的な、社会的な種々の問題があります。問題があるからこそ1200年もの間、密教のご加持が表舞台に立たなかったのです。

 しかし、私たちの考えは単純です。宗教も政治も関係なく「目の前で溺れている人がいれば手を差し伸ばすのは当たり前」という考え方です。これは読者の方々にも同じことが言えます。真言密教や神仏の存在を信じることができないとしても、目の前に困っている人がいるのなら、治す方法が一つでもあるのなら、救いの情報を差し伸べてあげてほしいのです。この情報をシェアすることで誰かの人生を救えるかもしれないのですから。

誇大広告はしません

 私たちは中脳に生じたMRIではっきりわかる5×13mmの脳梗塞巣を完治させました。眼機能は完全に回復し、画像的にも機能的にも全く元通りにするという奇蹟を起こしました。医学的にはありえない偉業です。しかし私たちが全ての脳梗塞を治せるわけではありません。患者が10代で回復能力が高かったこと、発症してからそれほど日数が経過していないこと(約2週間)、脳梗塞巣が比較的小さなものであったこと、患者も家族も私たちの指示に熱心に従ったことなどが完治した条件としてあげられます。私たちは「脳梗塞を何でも治せる」魔法使いではありません。高齢で発症から長く経過している場合は一筋縄ではいかないことが予想されます。過度な期待はしないでください。

人生観が変わる

 Mさんは複雑な気持ちです。実はMさん、バンドメンバーの友達に10代で脳梗塞で亡くなった人がいるそうです。Mさんは考えます。自分は奇蹟的に助かったけれど普通は助からない。N医院と出会わなければ、そしてご加持治療に出会わなければ私の人生も悲惨なものになっていた。

Mさんは人生観が変わったと言います。それはご加持という真言密教の医療技術を通して「神仏の力で奇蹟が起こること」を体験したからです。Mさんは神仏の存在など考えたこともありませんでした。今でもうっすらとしか信じることができません。しかし現医学では完治するはずがない脳梗塞が完治することを経験してしまうと、科学では解明できない力がこの世に存在しているかもしれないと思わざるを得ません。それがまさに神仏の世界であり、人生の見方が変わってしまいます。つまり目に見えないものを見る・感じる・恩恵を受けるという人生観です。

ご加持の情報が広がらない理由はまさにそこにあります。人は人生観を変えられることをもっとも嫌うからです。それはまるで自分のプライドが傷つけられているように感じることでしょう。

しかし、再度言います。私たちの力を必要としている人がいます。その方々にどうか伝わりますように。

手を差し伸ばした結果

 私たちはこの1年間、難病の方たちに手を差し伸ばし続けました。このサイトにご加持の治療実績を次々と掲載し、奇跡の治療成績を披露しました。その結果は無残です。このサイトに訪れる人の数が半分になりました。

これは「ご加持を広めようとする善意」が、世間一般的には「嘘を広めようとする悪意」と誤解されていると推測します。

私たちは決して真言密教を広めて布教活動をしようとしているわけではありません。この1年間、私たちは患者様をお寺に案内し護摩焚きや二座式供養をお勧めしましたが、それは病気を治すためです。患者様に信者になるように勧誘することは全くありません。私たちは純粋に治すための行為をしているだけです。その治療法の一つにご加持や護摩焚き、二座式供養など、真言密教に伝わる伝統的な施術を行っているだけです。神仏の世界を信じることを強制することはありません。

どうか口コミをお願いします

 私たちは単に病気を治すのではなく、人の人生を救おうとしています。現医学では治らない病気を治し、奇蹟をたくさん起こしています。そして人類の夢をかなえようとしています。しかし奇蹟的な治療は常識からかけ離れ過ぎていて日本と言う国では広めることがとても難しいと考えます。ご加持はマスコミに注目されるには不向きな治療法ですがそれでもこの治療法を待ち望んでいる方がいます。救える人生があります。どうか人助けと思って口コミで広めていただけないでしょうか。

 私たちは16歳の少女を救うことができた記念として、まずは「脳梗塞を救う」ことからキャンペーンしていこうと思います。どうかあなたのシェアをお願いします。

索引ご加持治療ご加持統計密医学
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アトピー性皮膚炎を治す術(免疫治療1)

はじめに

現医学では、アトピーや喘息などの症状を改善させる薬があっても、病気を治す方法は開発されていません。それどころか、免疫が関わる病気のほぼ全てにおいて根本的に治す方法がありません。しかし、私たちは密教で古くから伝わるご加持(プラスの気のエネルギーを手をかざして注入していく方法)を用いて、アトピー性皮膚炎、喘息、顆粒球減少症などの免疫学的な病気を改善させることに成功しています。ご加持は免疫学的な病気の全てを根本的に治す力がある期待の治療です。よって現代の全ての治療法の中で、ご加持は免疫系統を改善させることのできる唯一の治療法と言えます。ここではそれらの治療実績を報告します。

症例 39M

主訴 アトピー性皮膚炎、うつ(食欲不振・意欲減退・脳のパフォーマンス低下)

現病歴 幼少時からアトピー性皮膚炎に悩む。医学・漢方・鍼灸・レイキ・気功・食事療法などあらゆる治療を受けたが改善が認められなかった。最後の望みをかけて当院に来院。

結果 うつ病の症状は上頚神経節ブロックで著しく改善した。しかしアトピー性皮膚炎は上頚神経節ブロックでは全く改善なし。私たちはNov.2017からご加持を開始。ちなみに彼はもともと明らかに粗悪な霊障はないとの診断だった。ただ、アトピー性皮膚炎は重症のままだったのである。アトピー性皮膚炎の症状の重症度を測定する血液検査TARCは5266pg/ml→1516pg/ml(基準値<450,Jly2017-Feb2018)と著明に改善した。

治療前後の写真比較

症状の詳細データ

記載方法はVisual analog scaling

黄色塗りの領域がGokajiで改善した数値(VAS)です。青塗りの領域がSCGBで改善した数値です。SCGBは精神科的、脳神経内科的な領域で著効することがわかります。Gokajiは免疫学的な領域で著効していることがわかります。

併用治療

ステロイド外用薬、プロトピック外用薬はGokaji開始前と比べて使用回数が半減しました。

考察

Gokaji治療により肌の見た目が美しくなめらかになり、TARCは5266pg/ml→1516pg/mlとなり、外用薬の使用回数が半減しました。Gokajiが彼の免疫動態に影響を与えたことは間違いないと思われます。Gokajiが免疫動態を改善させるという事実は全てのアレルギー疾患(喘息・花粉症・蕁麻疹・SLE・シェーグレンなど)に効果があることを推測させます。新たな医学時代の幕開けです。

その後の経過

上のグラフはさらに治療を重ね、上頚神経節ブロックを58回行うまでの症状経過です。ご加持を開始したことと、N寺での護摩焚きへの参加で黄色のラインが段階的に低下していきました。つまりアトピー性皮膚炎が改善していきます。しかし、「物事が楽しめない」「精神的な落ち込み」「脳のパフォーマンスの悪さ」「思ったことが言語化できない」という症状はなかなか改善しませんでした。ところが4回目・5回目の護摩焚きの後から「思ったことが言語化できない」という症状が改善し始め、アトピー性皮膚炎のさらなる改善も見られました。そして特別ご加持(1時間かけて行う念入りのご加持)を開始すると全ての症状が著しく改善し始めました。

考察2

これはご加持の治療効果が高いことの証明であり、念入りにご加持をするのとしないのとでは改善にはっきりとした差があることを示します。ここでは非常に重要な事実を述べます。

 この患者は来院当初、「アトピー性皮膚炎を治すことが目的」ではありませんでした。食欲がなく、やる気もわかず、言葉も出にくい、頭が回らない、という症状をどうにかしてほしいという訴えで、私の上頚神経節ブロックを受けに来られたのです。そして上頚神経節ブロックで奇蹟的にそれらの症状が劇的に改善しました。そこへ翠蓮先生がサービスでクイックご加持をしてさしあげました。するとそこからアトピーが改善するという「考えても見なかった奇蹟」が起こります。これに驚いた患者は翠蓮先生の言葉を信じて、N寺に護摩の火を浴びに行きます。するとさらにアトピーが軽減することを体験しました。しかも、ご加持を受けた後は体が軽くなることを理解し、ついにクイックご加持ではなく、念入りに行う1時間加持を受けることを決意します。さらに翠蓮先生の指示に従い、先祖供養も行うことにしました。すると、上頚神経節ブロックではある程度までしか改善しなかった精神症状がさらに改善していきました。

 患者にとっては精神状態こそが仕事ができるかどうか、社会人として生きることができるかどうかの要です。だからご加持・護摩焚き・先祖供養という一連の行動で、精神がここまで改善したことは、人生が開花する喜びでした。アトピー性皮膚炎も、精神状態も、翠蓮先生と出会わなければ、改善することはありませんでした。これは上頚神経節ブロック単独の治療と翠蓮先生の治療との併用は、大きな成果を出すということの証明になっています。

 翠蓮先生の治療は現在の科学では解明できないものですが、解明できなければ人を救えないわけではないのです。治してほしい人にとって、その原理を解明することが必要でしょうか? 解明されていないから信じないということは本当に正しい考え方なのでしょうか? 今一度皆さまの心に手を当てて考える機会にしていただければと思います。

 しっかりした1時間加持は当然ながらしっかりした料金がかかります。それでも翠蓮先生を信じ、何度も何度も安くないお金をかけて治療しました。だからこそこの結果を生みます。私たちの治療を信じない方にはとてもできる行いではありません。よって私たちは私たちを信じない方を劇的に治すことは不可能です。

 上頚神経節ブロックは大変優れた治療法です。しかし限界があります。ご加持、護摩焚き、供養などの密教の行いはその限界を越えます。そして、このような奇蹟的な回復は、この患者が初めてではなく、私の医院では毎日のように起こります。それを信じない現代日本人の心の貧しさを残念に思っています。

この論文を作成するにあたって、協力してくれた本症例の患者様に感謝の意を示します。

医学が見放した突発性難聴を劇的に治す(2例報告)

赤のラインは前医で治療後のオージオグラム。青のラインは当院で治療後のオージオグラム。数字は250Hz,500Hz,1kHz,2kHz,4kHzの平均聴力。

Case1.11years old female彼女は発症翌日に大学病院に入院。1週間ステロイド点滴治療を受けるがほとんど回復しなかった例。

Case2.17years old male 彼は発症4日目から大学病院へ入院。1週間ステロイド点滴治療を受けるがほとんど回復しなかった例。

治療法 上頚神経節ブロック(SCGB) 2-3回/週+ご加持

結果:大学病院で入院して加療したが、ほとんど治らなかった重度かつ難治性の突発性難聴(SSHL)を劇的に改善させた。

考察 今回の報告は大学病院で改善しなかった重度・難治性症例の治療報告である。これらは軽症例ではない。私はこれまで難治性のSSLHを専門に上頚神経節ブロックで治療を行ってきた。私は難治性SSLHを上頚神経節ブロック単独で回復させる実績を数多く持つが、ここまで劇的な改善は期待できない。

なぜならば上頚神経節ブロック単独治療では、かつて60db以上の回復を私は経験したことがなかったからである。よって60db以上の回復にご加持が寄与していると結論付ける。

突発性難聴の治療には鼓室内注射、高圧酸素療法、星状神経節ブロック、鍼灸などがある。しかし、それらの治療では、大学病院で治らないような難治性の高い疾患を60db以上回復させることは難しいと私は思う。難治性SSHLをこれほどまでに劇的に回復させることができるという事実を私たちは隠すべきではない。

突発性難聴の長期再生治療

突発性難聴の長期再生治療

 突発性難聴は「1/3が自然治癒。2/3が全く治らないか後遺症となる。」と言われる難病です。現医学では有効な治療法がないと言われており、一般的にはステロイド薬でしか治療が行われていません。治療はたいてい発症後約1か月で打ち切りとなります。多くの耳鼻科医たちは1か月以上の治療は無駄であると考えています。

私たちは突発性難聴の治療で、現医学の常識を覆す長期治療成果をあげています。私たちは上頚神経節ブロックと量子波ヒーリングの併用療法によって、5か月以上聴力が改善し続けた奇蹟の4例を報告します。

Case1.発症から11か月経過。現在も治療中。中・低音域が改善を続けている。

Case2.発症から5か月で治療を中断。中音域が上昇し続けた。

Case3.発症から5か月で治療を中断。患者は全く聞こえない状態から再生した。

Case4.発症から9.5か月で終了。8khz以外は完治に近い。

備考:case4は担当医に「聴力が上がり続けることはあり得ないので、あなたは嘘をついているか、または精神異常(ヒステリー)だ」と言われた。

難聴の再生医療について

このような長期の聴力改善は事実上、再生医療です。聴神経、有毛細胞、内耳核の神経細胞などが再生しなければ、長期間改善し続けることはあり得ないからです。上頚神経節ブロックか、量子波ヒーリングどちらかに再生を促す力があると思われます。そこで、私たちは上頚神経節ブロック単独治療群とヒーリング併用治療群の長期改善効果を比較しました。その結果ヒーリング併用群で有意(p=0.0076,<0.01)に長期改善(2か月以上)が認められました。


SCGB単独群ヒーリング併用群
改善が停滞109
長期改善16

長期=2か月以上

詳細文献はこちら(日本語)

結論:量子波ヒーリングには神経細胞を再生させる効果がある。

追記:これは医学の常識を覆す発表です。1例報告ではありません。よって「私は信じない」と言って耳鼻科医たちが安易に否定するべきではない報告であると私は思います。

治らない突発性難聴を治す2017

治らない突発性難聴を治す2017

対象:2017年 突発性難聴(SSHL)で初診で来院した患者120例 

全例が前医(耳鼻咽喉科)で診断をされステロイドによる治療を受けていた

発症から1週間内に来院24例(20.0%)、1週間以上経過後来院96例(80.0%)、発症-初診日数は平均29.2日と発症からの日数が長い例が多い ほぼ全例118例(98.3%)が「前医で治療しても改善が乏しかった」という理由で当院受診

除外:120例のうち治療を自分勝手に中断した22例(1回中断17例、2回中断5例)を除外した98例で治療成績を検討

治療法:上頚神経節ブロック 2%lidocaine 1cc 超音波診断装置下に行う

治療成績

  • Cure:9例、Excellent:19例、Fair:39例、Good:6例
  • 無効25例(うち、改善感4例、一部改善9例)完全な無効は12例

Cure:全域20db以内

Excellent:(500Hz+1k×2+2k×2+4k)/6が20db以上改善

Fair: (500Hz+1k×2+2k×2+4k)/6が10db以上改善

Good: (500Hz+1k×2+2k×2+4k)/6が5db以上改善

考察

私の元へは98.3%が前医での治療効果がない、または効果が少ない方々が来ます。つまり当院の患者は現代医学では難治であることがほぼ確定しているSSHLの方々に限定されます。上記の治療成績は単なるSSHLの治療成績ではなく「病院が見放した難治性のSSHL」の治療成績です。難治性の疾患限定で、98例中73例を改善させた治療成績は現代医学の治療水準をはるかに超えています。

無効症例を有効にするご加持治療

2017年10月よりSSHLの治療には翠蓮先生によるご加持を加えることを開始しました。そしてご加持を行っていない群と行った群の治療成績を比較したところ有効数と無効数の比較ではご加持群で有意に有効数が多い(p=0.0076)という結果でした。詳細はこちら

SSHLは治療が手遅れになると上頚神経節ブロックを用いても改善しません。しかし、上頚神経節ブロックとご加持を併用することで無効例でさえ有効例にできることが判明しました。「何をやっても治らない」というSSHLではご加持を併用することを強く勧めます。

神の手を持つ医師の見分け方

神の手とは

 神の手とは現医学では治せない、または治すのが極めて難しい病気を改善させる技術のことを言います。よって神の手を持つ医師とは「医学書には掲載されていない技能、または文章に書き起こすことのできない精細な技を持つ医師」と定義できます。

 例を挙げると、ほとんど出血させることなく腫瘍を切除できる技能。拡大鏡を覗きながら直径1ミリ以下の神経を縫い合わせる技能などです。そういう技能を得るための方法は医学書には掲載されていませんし、たやすく弟子に継承もできません。

 また、投薬を例に挙げると、医学書的に「この病気には使うことを禁忌とされている薬」を少量用いて劇的に改善させる。手術でしか治せないと医学書に掲載されている病態に対して生活指導で治す。なども神の手の技能です。

 神の手とは「医学を超えた治療ができる手」のことを意味します。そして「神の手を持つ医師」は一人の例外もなく「医学書を超えた独自の技能」を持ちます。文章で伝えることのできる技術、教えればできる技術は神の手の技能ではありません。同じ手術を行っても、神の手を持つ医師はその仕上がりの良さは格段に高く、「神の手を持たない医師」には理解を超えたところにコツがあります。

医学では治らない病気がある

 アメリカ合衆国の国民の過半数は「医学では治せない病気がある」と理解しているそうです。日本ではそう理解している国民は極めて少ないでしょう。医学で治らない病気は医学書通りに治療しても治りません。そういう病気を治すには当然ですが「医学の枠から外れなければならない」のです。

 米国の医師の中で「患者の病気を治すためには医学書には書かれていない治療をしなければならない」と考えている医師は一体何割いるでしょう。統計学的には過半数の医師がそう考えているはずです。しかし、実際に医学書にかかれていない治療を行う医師は過半数いるでしょうか? 絶対にいません。理由は「医学書にかかれていない治療を行って病態が悪化した場合、患者から訴えられれば敗訴する」ことが確実だからです。

 では実際に医学書にかかれていない治療を行う医師は何割いるでしょうか? おそらく1%未満でしょう。すなわち「医師の過半数は医学では治らないことを知っていながら、自分の良心を偽りながら仕事をしている」という大変罪深い状態にあるということになります。

 医師になりたての若者であれば、がむしゃらに医学を学ぶのはよいでしょう。しかし10年以上医師をしているのに「医学で治らない病気は医学を超えた治療が必要」ということを理解しようとしないのなら医師の良心に問題があります。それは健全な精神ではなく、地位や名誉や稼ぎ、生活の安定のために心を売ってしまったことを意味するからです。

 企業戦士が売り上げを上げるために、卑劣な詐欺まがいの営業をするのはまだ理解できます。しかし、人の人生を、命を、預かる医師という職についている者が、医学の傘に隠れて良心を捨てることはとても悲しいことです。そうした医師は晩年になればいずれ自分の犯してきた罪を後悔することになるでしょう。残りの半数の医師は「医学が全て」と考えているでしょうから、自分の良心に傷めつけられることはありません。また、日本の医師も「医学が全て」と考えている者が大多数でしょうから、良心に責められる医師の数は米国よりも少ないでしょう。それはそれで幸せなことです。

難治性疾患専門医

私はすでに医師3年目で「医学では治せない疾患がある」「医学書は嘘が多い」ことを認め、他の医師が治せない患者を熱心に診ようとし始めました。大学病院でいろいろと治療をしてもらっても全く治りませんと言われた患者が来院すると目をらんらんと輝かせました。そしてあらゆる「医学書に書いてない治療」「医学書に禁忌と書かれてある治療」について研究しました。もちろん大学を離れます。大学病院でそんなことが許されるはずがありません。医学を超えた治療の研究は医学界に泥を塗る行為ですので「野に下らなければならない」という法則があります。つまり、神の手は大学では決して身につくことはなく、野の病院でしか構築できないという必然です。ですから、大学病院で温室栽培のようにして育った医師に神の手を持つ者は存在しません。大学病院にも優秀な医師はいますが、それは一度、野に下り、腕を磨き、それが認められて大学に再度呼び戻された医師場合に限られます。。

 医学では治らない病気になった場合、野で修行を積んだ医師を探さなければなかなか改善しません。

 しかし、日本国民の大多数が「医学では治せないものなどない」と考えていますので医師選びに「野に下る医師」を頭に浮かべる人はほとんどいません。

良心に忠実な医師を探す

 大学病院には優秀な医師が多いと言えます。それは医学書に忠実なのでいち早く新しい治療を取り入れることができるからです。医学で治る病気にかかった場合は大学病院に行くことは得策です。しかし大学病院で見捨てられた病気を治すには「神の手」を持つ医師を探さなければなりません。自分の良心を信じ、巨大な国家権力と戦う勇気をもち、人々を救ってきた実績のある医師を。

良心のある医師の見分け方

 良心のある医師は必ず研究をしています。医学を超えた治療をするわけですから、そこに間違いがあれば致命的です。無責任に「患者に自分の治療を試してみる」などということをしません。だから常に研究をしています。

 良心のある医師が必ず言う言葉があります。「私を信じてください。」です。この言葉が極めて重い言葉であるということを患者たちは知らないようです。「信じてください」と発言して治療し、症状が悪化した場合、訴えられると敗訴する確率が高くなります。医師の世界では絶対に言ってはならない言葉の一つが「私を信じてください」です。医師がこのセリフを言うには覚悟と自己犠牲が必要です。よって良心を持ってこれを言える医師は医学書にはない独自の研究成果と実績を持っていることの証となります。

 一方、神の手を持たない医師は「私を信じなさい」とは口が裂けても言わず、「医学を信じなさい」「論文データによると・・・」「統計学的には・・・」「どこどこの教授が・・・」「○○大学の治験で・・・」というように自分の背後にある大きな威厳を前面に押し出してきます。それは本当の意味で患者を改善させる自信がなく、自分の良心に従うのではなく、権威にすがって自分を誤魔化してきたことの証となります。

医師の世界は一般の世界と逆

 一般の世界では「私を信じなさい」というセリフを言う者を信じてはいけないという常識があります。人を騙す者がよく使うセリフと思われているからです。しかし、医師の世界では治療法を説明する際に「私を信じてください」と発言しないようにと私たちは教育を受けます。信じろとは言わず、治療・検査・手術の承諾書を書かせて責任を患者に押し付けるのが医療界の常識です。理由は医療過誤があまりにも多いからなのです。

 ミス・失敗・悪化・術死などはつきものですので「私を信じなさい」と言えば、その過失責任を問われます。ですから医師の世界では「私を信じなさい」と言えるようになるには何十年も修業を積み、過失が過去も未来も一切ないといえるレベルまで達にしなければ無理なのです。いいえ、そのようなレベルに達しても「言ってはいけないセリフ」です。 

ですから医師が言う「私を信じなさい」はとても信じる価値が高いセリフであり、神の手を持つ者証といえるでしょう。これは一般的な概念とは逆です。患者が神の手を持つ医師を探したいのであれば、地位や名誉だけを選考基準にしていると出会えなくなります。「私を信じなさい」というセリフを言える医師を探すのも一つの方法です。

腰部神経根ブロック(手術を勧められたらまず行うべき治療)

 腰部神経根ブロックは腰痛・坐骨神経痛・下肢のしびれ・麻痺・間欠性跛行などに最も効果がある最終兵器です。効果の大きさではこの注射の右に出るものはなく、保険点数で1500点(¥15000-)もかかる大掛かりな(レントゲン透視を使う)ブロック注射です。脊椎の固定術を行うと、硬膜外ブロックができなくなり、どこの整形外科に行ってもブロックをしてもらえなくなりますが、神経根ブロックだけは固定手術後も行うことができます。よって、私は脊椎固定術後に神経痛が悪化した患者を全国から集め、本ブロックで生活水準を向上させるということを長年行ってきました。

 ところが神経根ブロックには多くのリスクがあり、よほど症状が重い時以外はしてはいけないブロック注射です。私はそれらのリスクをカットする技術を日々考案し、そして神経根ブロックが最大に効果を発揮するような薬剤の使い方を行い、合併症を作らず、改善させる実績を重ねてきました(技術の詳細は企業秘密です)。

 そうした技術を持たない医師の神経根ブロックを受けることはかなり危険です。

その理由を述べます。

  • 神経根ブロックは25G以上の太い針を直接神経に刺す手技ですから100%神経を損傷します。神経は再生能力が高いため大事に至らない場合がほとんどですが、神経を損傷するという事実は避けられません。刺し方が悪いと後遺症が出る可能性を秘めています。
  • 神経に刺した上で造影剤を流します。造影剤は体に対して安全性が確立されていない薬品です。レントゲンに移る液体ですからとても比重が高い異物です。それを神経鞘内に入れるわけですから、神経組織を多少なりとも炎症させます。後遺症になることは少ないと思われますが、一時的に症状を悪化させる危険性を秘めています。
  • 神経根に針を刺すと、非常に重要な根動脈を損傷させるリスクがあります。万一根動脈に塞栓を起こすと、神経麻痺の後遺症が起こる可能性があります。
  • ケナコルトという薬剤を神経根ブロックに用いることは禁じられていますが、これはケナコルトが固形であり、根動脈を刺して注入、動脈塞栓を起こして下肢麻痺という後遺症を起こした例があるからです。
  • 注射の痛みが尋常ではなく、場合によっては気絶するほどです。神経に針を刺して造影剤を入れるのですから当然でしょう。

これらのリスクを一つでも回避できない医師に神経根ブロックを任せることは私は賛成しません。すなわち神経根ブロックは「医師免許がある者ならだれが行ってもよい注射」では決してないと思います。

これらのリスクを避けるための唯一の方法は「神経根を刺さずに行う手技」です。私は医師3年目に神経根ブロックの担当を任せられ、その際に年間約200例を行い、以降神経根ブロック手技の改善に努めました。そしてすぐに「神経根ブロックは神経に直接刺さずに行っても効果が変わらないどころか、成績がよい。」ことを発見します。つまり、医師3年目から現在に至るまで「神経根に直接針を刺さないで注射する方法」を研究してきたわけです。局麻薬を使用しながら針を進め、そして神経を直接刺しませんのでほぼ痛みはありません。さらに神経を損傷しない。根動脈を損傷しない。造影剤を神経鞘内に入れない。ので合併症もありません。また、問題となるケナコルトですが、根動脈を刺すことがありませんので使用可能となります。ただし、ケナコルトの使用法は厳格でなければなりません。ケナコルトには副作用が多いからです。私は同時にケナコルトの厳格な使用法も研究を進め、現在の使用ガイドラインを築くに至りましたが、脊椎外科の中には「神経根ブロックでケナコルトを乱用している医師がいる」ことを知っています。

最近になり、私と同じ手技で神経根ブロックを行う医師が出現し始め、私の手技は「抵抗消失法」と呼ばれることを知りました。これは神経根の少し手前で注射薬の流入圧が低くなるポイントがあり、その地点で注射をするという方法です(いわゆる寸止め)。

この方法は解剖学的知識があることが重要で、さらに針の抵抗感覚が鍛えられていなければできません。よって誰にでもできる手技ではありません。私はすでに25年前から抵抗消失法を開発してきたわけです。

通常、神経根ブロックは3回までしかしません。それはこの手技が神経根を傷つける可能性が高いことの証拠でもあります。3回以上連続は危険が高いということです。しかしながら抵抗消失法では何度行っても神経は損傷しません。よって私は難治性の腰椎疾患に根気よくこれをおこなって治療することができ、結果、あらゆる難治腰痛疾患に対応できるようになりました。

神経根ブロックは脊椎術後の失敗例にも効果があるほどに強力な治療法です。しかし、これほど重大なリスクがあるためブロックは軽々しく受けることをお勧めしません。

本当は「腰の手術をした方がよい」と言われた場合、その前に、必ず一度は神経根ブロックを受けるべきなのです。なぜなら、手術の必要がないほどに改善することがあるからです。その割合は私の医院に来たほぼ全員です。最近3年半で手術に至った症例はゼロです。しかも私の医院は全国から「どうやっても治らない」という強者だけがあつまる医院です。ただし、効果がなかった者がゼロではありません。固定手術後に症状が悪化した60代の男性1例だけは数十回の治療の上、治療継続をあきらめました。この男性は「変形が強すぎて再手術は無理」と宣言されています。

神経根ブロックは最強です。しかしリスクを考えると抵抗消失法以外は受けるべきではないと私は考えます。過激な文章で申し訳ありませんが、少しでも患者を救いたい一心です。そうすれば手術を受けなくても一生過ごせる例はかなり増えると思います。

精神医学が敗北を認める日

要約 突然の口蓋・喉の奥・舌根のひきつれ、ふるえ、めまい、吐き気、呼吸困難、不安が出現した27歳の女性は脳神経外科、精神科に7か月間通院しましたが全く改善しませんでした。当院に来院し、当院の僧侶がご加持治療をしたところ瞬時に息苦しさが改善。その後、患者の家系の亡くなった方々の死因を調べると、叔父が農薬自殺、その息子が首つり自殺、実父が精神障害、叔母が精神障害を元に他界という状態でした。そこで2日後、翠蓮先生は師匠のお寺で自殺した従兄の特殊な供養を行ってもらいました。すると供養した夜からほとんどの症状が著明に改善しました。この奇蹟ともいえる治療を行った翠蓮先生(僧侶)は2日間喉から胃にかけて不快を訴えて苦しみ、まさに自殺者の霊がこの症状の原因であると推定しました。このように症状の改善と神仏の力を用いた治療との関係性が極めて明瞭に示された例は稀です。本症例をオカルトとして放置することは科学的に見ても正当ではありません。精神医学が「西洋医学では治せない霊障というものがある」ということを認める日はやがて訪れるでしょう。

症例 27歳 女性

主訴 軟口蓋のてんかん発作(口蓋・喉の奥・舌根のひきつれ)、ふるえ、めまい、吐き気、呼吸困難、両耳補充現象(音がうるさい)、睡眠障害

現病歴 2018年1月、誘因なく突然両耳に破裂音が出現、同時に音がとてもうるさく聞こえ(補充現象)、口蓋、咽頭がひきつれを起こした。その後上記全身症状発現。精神科受診し「適応障害・パニック障害」と診断される。しかし、精神科の治療では症状の改善が全くないため鍼灸・整体に通い、めまい・ふるえ・動悸が改善。それ以外の症状は全く改善しないまま7か月経過。担当医には「治らない」と言われ当院8/15初診。

診断名 不明

適応障害・パニック障害という診断名は主症状である口蓋ミオクローヌスにつけられた病名ではなく、続発するふるえ・めまい・吐き気・不安などにつけられた病名なので実際は診断名ではない。

画像診断 頚部MRI:ストレートネックではあるが明らかな狭窄所見なし

現症 現症は当院の翠蓮(僧侶)の霊能力で検査。

・患者に近寄ると頭重感→憑依霊のサイン

・さらに喉の奥と舌根、胸部から胃の噴門まで強い痛みを感知→組織損傷、または憑依霊からの攻撃を推測 以上より霊障であると確定(翠蓮先生の霊能力検査による)

治療

・除霊 遺恨の強い霊体1体(翠蓮先生による)

・ご加持 後頭部を中心に両手を使って手から出るエネルギーを注ぐ

・カウンセリング(霊障の原因を調べる) 母方の叔父が農薬で服毒自殺、その息子が首つり自殺、実の父と母方の叔母が精神疾患で死去 従兄の首つり自殺は偶然にも彼女と同じ27歳の時 精神疾患が多いことから彼女の家系に強い怨恨があることを推測。

これらにより私たちは一連の病気の原因を「自殺者による霊障」と診断 翠蓮先生がのどから胃にかけて強い痛みを感じたのは服毒自殺・首つり自殺者の霊体から症状を自分の体にコピー、または攻撃されたものと判断。

 これを患者に告げた際に翠蓮先生の上半身に非常に強いぞわぞわ感が起こる→ご霊体からの「肯定」の合図または憑依しようとしているサイン。

・医学的な治療 脳の血流増加目的に上頚交感神経節ブロックを行う。

治療経過

 ご加持直後から上記症状(息苦しさ)が半減。8/17に亡くなった従兄の特別な供養を翠蓮先生の師匠のお寺で行うとその夜から口蓋・喉の奥・舌根のひきつれが著明に改善。

考察

7か月間全く改善しなかった症状がご加持と供養でのみ著明に改善し、しかも改善とご加持、改善と供養の時間的な関係性が一致していることより、一連の症状は霊が憑依していることによる障害(霊障)と断定できました。ただし、叔父の供養をしていないためまだ全快には至らないと思われました。

副作用

 翠蓮先生はこのご加持の後、2日間咳が止まらず、のどから食道にかけてひりひりする状態が続きました。これは霊体からの攻撃、または霊体の苦しみのコピーを意味し、霊体の訴えが強いことを表します(これまで除霊で2日も症状が残ることはなかった)。

因果・因縁

翠蓮先生は「ありえないほど安いお布施」で一連の治療を行いました。それは患者が治療費を出し渋る様子が際立っていたからです。「高いお布施を請求すれば彼女はご加持や供養を拒否し、この病気から救ってあげられない」と考えた末の安いお布施でした。人生を変えることのできる大偉業に対しどれくらいの恩や謝意を感じているかが問題となります。なぜ問題になるのかというと、謝意が大きいほど翠蓮先生の今後のアドバイスに従うことを意味し、謝意が小さければ、従わないことが多いからです。霊障は極めて根深く、一般の方が自分の考えで供養してどうにかなるものではありません。現実に「霊の怨恨によって一族全体に災いが起こっている」可能性があり、自分たちの考えでどうにかなるレベルではないでしょう。

 彼女からは、「もう一度従兄の供養をやってみたい。」との希望をいただいていますが、翠蓮先生は「叔父の供養もするべき」と進言しています。現時点で供養のお布施を節約しようなどという考えは非常に危険なのですが(しかもとても安い供養料金なのです)、どうも彼女にはしっかり信じてもらえていないようです。これほど劇的な改善を目の当たりにしても、依然として人を信じることができない方々を私は残念に思います。その姿勢こそが因縁を招いているのだと思います。

 

おわりに

 すでに亡くなり成仏できていない霊を供養して成仏道へと向かわせることは「一般的な僧侶」には不可能なことです。霊能力を持つ選ばれし僧侶が特別な供養を行わなければできません。翠蓮先生のご加持も特別な能力であり、今回の一連の治療は日本中を探しても「そうそうお目にかかれることではない奇特な治療」だったのです。それほど価値の高い治療が「猫に小判」であったと私は感じています。私たちは猫にさしあげる小判を無尽蔵に持っているほど大金持ちではないことを付け加えておきます。霊障は枝葉を摘んでもすぐに生えてきます。根っこから治していく必要があります。それをしようとしない方は猫です。大変貴重な小判の使い道がわかりません。

ブロック注射の痛さと医師の技術格差

ブロック注射は痛い・怖いは本当か

 私の医院(ペインクリニック整形外科)を訪れる患者が「ブロック注射は痛いんでしょう?」という質問をよくされます。私はいつもこう答えます。

「気絶するほど痛い。二度とやりたくないほど痛い。というのはほぼ真実ですね。」と。「ですが、私のブロック注射を痛いと言った人はいまだかつて一人もいませんよ。」と、これまたおおげさではない真実を伝えます。私が痛くないブロック注射を行うことができる理由は以下の5つのポイントがあります。

ブロック注射が痛いか痛くないかは5つのポイント

  • 運 末梢神経の痛覚受容体に針が触れるか触れないかで痛みの強さが変わります。運がよい場合、太い針で手荒に指しても、受容体を運よく刺激しないことで「ほとんど痛くない」時があります。ですから、医師の技術に関係なく「ブロックが痛くない時」があります。技術の高い医師はこの痛覚受容体を刺激しない技術を持っていると言い換えることができます。
  • 針の太さ 針が太いほど痛覚受容体を刺激する確率が上がりますので細い針を使用するほど痛くないのは当然です。しかしながら安全上の理由(細くて長いと折れてしまう)で60mm以上の長さでもっとも細い針は25Gと決められています。それでも25G針を使う医師は稀です。その理由は、硬膜外ブロックなどでは「抵抗消失法」を用いて注射抵抗が消失したところで液を入れるという方法をとりますが、細い針では抵抗の消失感がわからないという欠点があるからです。細い針で抵抗消失感を得るには洗練された感覚が必要です。よって細い針を使用できる医師はそれだけで高い技術力の証明となります。
  • 局所麻酔 針を刺す前に局所麻酔をすると痛みがやわらぐのですが、実は局所麻酔は技術的にとても難しい注射です。的確な場所に必要最小限の麻酔薬をばらまいて行かなければならず、その感覚は医師が「患者の痛みを我が事のように考えながら治療をしていく」ことでしか得ることができません。一般的な医師は患者の痛みの訴えに「わざと反応しないように」していく傾向にあるため局所麻酔の技術が向上しにくいという現状があります。また、局麻はゆっくり時間をかけないと効いてきません。つまり痛みのない注射をするためには時間的なコストを多大にかけなければならず、それをするとコストパフォーマンスが落ちるという理由でできないことがほとんどです。また、強い痛みを感じる骨膜まで局麻薬を浸透させるにはかなり深く刺さなければなりません。そうしたいくつもある難題を超えて行かなければ局麻の技術は向上しないのでこれを行える医師がほとんどいないという現状があります。
  • 立体感覚 狙った場所(見えない深い場所)に寸分狂わず確実に針を刺して行ける技術は解剖学を熟知し、立体構造を頭に描ける技術が必要です。刺し直しが多いほど痛いブロックになり、出血、組織損傷、感染のリスクを高めます。そこで重要なことはX線で見た2Dの映像を自分の頭で3D(立体)へと変換できる能力であり、この能力が高ければ痛みもミスも少なくできます。しかし、実際のところ脊椎は短縮・変形・ねじれが加わるとX線で見た映像と3Dにしたときの差が大きくなり立体構造を頭の中で描くことが至難の技となります。2D→3D変換技術はそれを教える教科書がないため経験で身につけて行くしか方法がありません。しかし医師は医療現場ではそうした「難しい患者へのブロック」を避ける傾向があるため経験を積む機会を自ら放棄することが多いと言えます。実際、高度変形脊椎へのブロック注射は禁忌とされており、教科書的には「難しい患者にはブロックをしないこと」が決まりになっています。
  • 抵抗認識法 ブロックの常識として骨に針を当て、当たった地点を目安にして目標箇所を推測するという方法をとるように習います。しかし、実際は骨膜に痛覚の受容体があるためこの方法では痛みが強く出ます。これを避けるため最初から目標箇所に照準を定めて刺入する方法があるのですが、この場合、針先が今どこにあるのかを認識するためには注射器の抵抗を感じ取りながら「抵抗で針の位置を知る」という極めて鋭い注射感覚を必要とします。これを抵抗認識法と言います。針先の位置を注射器の抵抗で知るためには特に洗練された技術を要します。一般的な医師が持ちえない高等技術です。

さて、2018年6月に施行された医療法により、クリニックや病院が自分の技術をインターネット上で宣伝することを禁じられることになりました。私は上記のような高い技術を持ちますが、「高い」という言葉を使うことが「優位性を示す」「根拠がない」という理由で違法になります。もちろん「痛くない注射ができます」と記載することも不可能です。この現状においては、もはやインターネット検索で「腕の良い医師」を見つけることは難しいでしょう。

今後の医療不信

 今後、「全国民の医学不信時代」が訪れます。それは西洋医学では治せない病気があまりにも多いことがインターネットを通じて拡散しているからです。医学は科学的に見てまだまだ遅れていると言わざるを得ません。しかし、それが明るみに出ることは国や教授や医師の威信をつぶしてしまうため、国は最後のあがきとしてインターネットの言論統制を行わざるを得ない状況になりました。

 今回はそうした言論統制を皮肉る目的で、わざと自分自身の「痛くない注射の技術」を披露させていただきました。医師の技術には大きな格差があることの一例を示した形です。医師の技術は等しいなどという「国の誇大広告」を信じるべきではないと思います。

 尚このサイトは個人の研究サイトであり、私の経営するクリニックとは関係がなく、クリニック名は一切掲載されていません。あしからず。

脳梗塞後遺症を迅速に奇蹟的に改善させた例

要約

中脳梗塞により左側動眼神経麻痺、開眼不可、右手巧緻性低下、平衡感覚の低下が出現し、後遺症必至と言われる状態の患者(15歳女性)を上頚神経節ブロックとご加持の協同治療により、約2か月の短期で回復させたという異例の治療成績を発表する。


症例 15歳 女性

主訴

左目が開かない、左眼球が動かない、右手巧緻性低下、平衡感覚の低下

現病歴

高校受験を控えた中3の1月28日、上記症状が突然出現。S医大病院MRIで中脳梗塞と診断され入院。特に基礎疾患もなく治療の手段もないため2/8に退院。わずかに左眼球が動くがほとんど瞼が開かず改善なし。困り果て、最後の望みの綱として当院を2/13に初診。


画像診断

赤い矢印の部分(中脳被蓋正中やや左)に拡散強調画像で異常高信号、T2強調でやや高信号。椎骨動脈・穿通枝の脳梗塞と診断された。


現症

自力で左目を開けることができず、強制的に開けると左眼球が外転、かつやや下方を向き、上転不可能。両手の巧緻性が低いが主に右の巧緻性障害のほうが強い。


霊能者による診断

当院では僧侶(霊能力者)による気の流れを診断する。それによると、来院時、患者に近づいたとたん僧侶A先生は手にビリビリとしびれ感と右手のふるえが出現。A先生の後頭部から首筋にかけて強い痛みが出現。同時に悪寒と息苦しさが起こり、「霊障」の存在を確認した。早速本人を加持しても体が温まりにくさを感じる。同時に一緒に来院していた母親も加持。


治療

両側上頚神経節ブロック(2%リドカイン1㏄×2)、僧侶A先生によるやわらかく温かい気による頭頂部、後頭部、側頭部、顔面から左目あたりの側頭部、背骨、両下肢などの全身の加持、さらに僧侶A先生の師匠のお寺で護摩の火にあたってもらう(1度のみ)。ブロック毎、加持治療も平行して行う。また、来院5回めに僧侶A先生の診断により左側頭部、左目より頭頂部あたりにピンポイントに鈍く丸い異物感を感知し、長く加持をする。


治療経過

治療9回目の3/25には巧緻性障害や平衡感覚異常が全治となる。

治療13回目の4/18には自力で普通に開眼ができるようになり左眼球の動きが大きく改善(ただしまだ複視は少し残っている)。

治療16回目(通院5か月)で全ての症状がほぼ完治

発症9か月、S医大の検査(MRIや眼の機能検査など)で完治を言い渡され、担当医に「こんなケースは医学ではあり得ない」と言われる。


考察

治療成績

著者は上頚神経節ブロックで脳梗塞後遺症を改善させた経験がある。しかし、本症例のように治療2か月強でこれほどまで奇蹟的に改善させたのは初めての経験である。脳梗塞後遺症がこれほど短期に全治に近い状態になることがあり得ないことは一般的な意見として既知である。著者は現代医学では治らないとされる難治性疾患を専門に治療する医師であるが、上頚神経節ブロック単独ではこれほどの著効を経験したことがない。よって、今回の奇蹟的な治療成績の背景にはご加持という超自然的な能力の関与が大であることを認めざるを得ない。と、同時に、ご加持と上頚神経節ブロックの治療効果は、この1例に限ったことではなく、現在進行形で多数の偉大な業績を残している。

様々な脳梗塞治療について

脳梗塞と言っても症状は多彩である。片麻痺や言語障害が出現すれば一般的に「脳梗塞」と認められるが、MRIでは検出できない3ミリ以下の梗塞であれば脳梗塞と言う診断は下されず、正体不明の奇病または精神疾患として処理される。つまり微小脳梗塞は現代医学では全く手の施しようがない。今回の症例でも「そのまま退院」となっている。MRIでは映ることのない微小脳梗塞はラクナー脳梗塞とも呼ばれるが、これも脳のあちこちに散在することによって初めて認識される。症状としてはかすみ目、ふらつき、視野狭窄、嗅覚障害、味覚障害、突発性難聴、うなだれ首、パーキンソン病類似、ALS類似、自律神経失調症、うつ、強迫神経症などの精神疾患などがある。が、西洋医学ではこれらが脳梗塞として認識されることはない。当院では上頚神経節ブロックを開発してい以来、これらの微小脳梗塞が原因と思われる様々な症状を既存の医学では全否定されるレベルの治療成績で改善させてきた。

上頚神経節ブロックは頸部の交感神経をブロックして脳や延髄への栄養動脈を開かせて血流を増加させる治療である。脳梗塞に効果があるのは当たり前である。当たり前であるが世界中どこを探しても脳梗塞治療に上頚神経節ブロックなどの頚部交感神経節ブロックを治療法として用いている施設はないことが興味深い。このホームページ上でうなだれ首、症候性パーキンソン、ALS、難聴、などの治療成績を発表してきたが、それらは恐らく微小脳梗塞を治療しているにすぎず、これらの治療成績は「脳梗塞治療成績」であると私は推測している。

ご加持による脳梗塞治療

数日前の出来事であるが、当院のマンションオーナーであるSさんが右目外側の視野狭窄が出現し、眼科では異常なしと言われ困り果てて当院のご加持を受けた。ご加持の最中に視野狭窄は改善されたが、翌日脳のMRIで小さな脳梗塞が指摘された。再びわずかな視野狭窄とふらつきが出現したのでご加持を行い再び軽快させまたが、このようにご加持は脳梗塞の症状を改善させることができることが判明している。16歳女性の本症例ではご加持とブロックを併用したため、どちらの治療がどの程度寄与しているのかが不明だが、症状の改善スピードと改善の幅から考えると、ご加持の成果が加わっていることが推測される。ご加持は誰もが受けることのできる治療ではないが、注目を浴びるべき治療である。

信じないでは済まされない認知症治療

私は認知症を上頚神経節ブロックで劇的に改善させている実績を持ち、かつ、脳梗塞をも改善させている実績をもち、治るはずのない嗅覚障害や聴力障害を改善させ、数々の「脳への血流障害が原因とされる症状」を改善させてきた。が、それを信じる者が少なく、大部分の人が治せるチャンスを失っている。認知症や脳梗塞は老々介護の問題であり、私たちの生活を不幸に陥れ、大きな社会問題と化している。その社会問題を解決する手段があるというのに、「信じない」という行為で救われるチャンスを失っていることに大変悔しい思いをしている。認知症・脳梗塞の介護の問題はどの家庭にも起こる普通の・必須の問題である。国の損失も大きいというのにこの解決策をつぶしてしまうことはもったいないことだと思う。認知症は症状が進んでからでは治療の協力を得られないので手遅れとなる。どうか、症状が進行する前に私たちに相談されることを祈っている。


奇蹟的な改善を見せた両側進行性感音性難聴

当院では突発性難聴の患者が約半数を占めている。その中でも両側の難聴が進む例があり、大学病院では両側進行性感音性難聴と診断されている。両側進行性の場合、改善することはないとされているため、改善することで大学のメンツがつぶされてしまうことは言うまでもない。当院では治療開始ご4か月、5か月と経過していても、さらに聴力が改善し続けている例を経験している。ご加持+上頚神経節ブロックでそのような奇蹟が起こっていると推測される。ここからは笑い話であるが、聴力が何か月も上がり続けている例を見て、耳鼻科医に「あなたは精神異常だ」と言われたそうだ。理論上、聴力が上がり続けることはあり得ないので、聞こえているのに聞こえないと思い込むことで聴力が低下していた。と結論付けたそうだ。これが大学病院の医学である。


最後に、ご加持自体を信じないのは自由である。だが、最低限私たちは患者たちを惑わそうとしてこうした論文を書いているのではないということは理解していただきたい。どうにもならない症状に苦しむ患者をなんとしてでも救って差し上げたいというそれだけの気持ちである。

突発性難聴の神経細胞再生(ご加持併用療法)

はじめに

当院では上頚神経節ブロックを用いて突発性難聴の治療においてこの数年で比類なき治療成績を挙げた(2016年成績2017年成績参)。しかしながら上頚神経節ブロックにも限界があり、完全に死滅した神経細胞を短期間で再生させることは無理である。よって治療は一定期間の後、必ず改善効果が頭落ちとなり、後遺症となる。


ところが、2017年10月中旬より密教のご加持を上頚神経節ブロックと併用し、難聴治療を開始したところ症状固定の時期を超えて回復するという奇蹟を経験した。これはまさに神経細胞の再生が起こっているとしか考えようがない。これまでの上頚神経節ブロック単独治療ではこのように改善し続ける例は1例もなかったことから、症状固定時期を超えて改善し続けるのは「ご加持による神経細胞再生が起こっている」と結論付けた。ここにその実例を挙げる。

※正確には1例ありました。こちらの論文に対比させたものが掲載。


症例1 21歳男性

10/13発症の右耳突発性難聴。外来通院・大学病院での精査・鍼灸治療などを行うが全く改善が見られないため12/2に当院初診。すでに発症から1.5か月経過しており一般的には症状固定の時期であった。


治療月間 12月 1月 2月 3月
治療頻度・割合 3.75日に1回 6日に1回 5日に1回 5日に1回

結果

12月から1月にかけて順調な改善が見られた。しかし1月から2月にかけては高音域が改善するが低音域は悪化するというシーソー現象が起こる。しかし2月から3月にかけては治療3か月目から4か月目というゴールデンアワーを大幅に過ぎた(発症から6か月)時期であるにもかかわらず全体的な改善を認めた。


症例2 44歳 女性

10/15に左耳突発性難聴発症。入院治療の甲斐なく11/1時点で全域スケールアウトで全く何も聞こえない状態で退院。10/20に某大学病院に転院し高圧酸素療法、鼓室内注射などを受けるが改善しない。10/30に当院初診。ご加持と上頚神経節ブロックによる治療を開始。


治療月間 10月 11月 12月 1月 2月 3月
治療頻度・割合 1日1回 2.5日に1回 7.5日に1回 10日に1回 10日に1回 0回

結果

10月・11月は数日に1回という高頻度で治療を行い、ようやく11/10に8KHzがスケールアウトを脱出。その後は仕事復帰したため治療頻度が減り、7~10日に1回という少ない頻度で治療。それでも少しずつではあるが徐々に中音域が改善する。しかしながら2月から3月にかけて治療回数は減り、3/9の時点で改善傾向は頭落ちとなった。


症例3 58歳 男性

9/6発症の左突発性難聴。9/6に発症の左耳突発性難聴。9/8から9/15まで入院加療。全域スケールアウトで全く何も聞こえない状態であったが、入院治療を行いわずかに改善。9/26当院初診。


治療月間 9月 10月 11月 12月 1月 2月
治療頻度・割合 2日1回 4日に1回 7日に1回 7日に1回 10日に1回 15日に1回

結果

発症から3か月経過の時点(治療開始1.5か月)で12/7の状態まで回復。その後も聴力は回復を続け4か月の時点(治療開始2.5か月)が1/18。低・高音の低下はあるものの、それを補う以上に中音が著しく改善している。


考察

これまでも突発性難聴が症状固定した状態から治療を開始し、上頚神経節ブロックで改善させたという実績はある。しかしながら、治療が1か月を超えると頭落ちとなりそれ以上の改善が認められない例がほとんどであった。2か月以上の治療で今回のように改善し続けるのは極めて珍しい。


ただし、治療効果が頭落ちになる理由は時期的な理由だけではない。改善させるためには1か月に5回以上の治療頻度が当然と思われるが(5回でも少ないくらいである)、5回以上の頻度で来院し続けたのは症例1だけであり、症例2・症例3は高頻度で来院したのは約1か月である。


1か月に5回以上の来院頻度を守った症例1は治療を行った3.5カ月間、聴力が改善し続けた。逆に言うと、症例2で改善が頭落ちになったのは「十分な治療回数を確保しなかった」ためと思われた。


もしこの推測が正しければ「十分な治療回数を確保し続ければ、聴力が改善し続ける」可能性がある。こうした聴力改善の可能性はこれまでの耳鼻科学会の常識を完全に覆すものであり大変衝撃的な命題である。


上頚神経節ブロック単独の治療では治療が1か月を経過すると効果が必ず頭落ちとなっていた。頭落ちの原因は「仮死細胞を改善させることはできても壊死細胞を再生させることができない」ことが理由であると推測する。おそらく上頚神経節ブロックは仮死状態の神経細胞を正常な状態に戻す力が極めて高い。しかしながら壊死した神経細胞を再生させることは不可能である。ブロック治療により全ての仮死細胞が正常化させたとしても、壊死した細胞はそのままなので後遺症をもたらす。だからどんなに優れた治療を行ったとしても改善効果は約1か月で必ず頭落ちとなる。一度頭落ちとなるとその後に上頚神経節ブロックを続けたとしても今以上改善することはない。


ところがご加持治療を併用すると、治療の頭落ちの時期を超えても1次関数的に改善し続ける例が出現し始めた。これはまさに「細胞再生」が起っていると考えざるを得ない。すなわち、ご加持には神経細胞を再生させる効力があり、しかも再生スピードも既存の医学理論を超えている可能性がある。


この現象は今後の医学治療の概念を大きく変える可能性がある。壊死した細胞を再生させることが可能であれば、脊髄損傷や脳梗塞後の片麻痺、認知症、失明、味覚・嗅覚障害などにも応用が利く。神経細胞が死滅し、半身不随になっている障害者にも希望を与えられるかもしれない。


ご加持治療の壁

今回のご加持の研究も、「ご加持単独」で行っていないためその効果は上頚神経節ブロックとオーバーラップし、どこまでがご加持の効力なのかを判定できない。さらに、長期経過の患者では治療回数が減少し、社会復帰を行っているため外界からの悪影響がマイナス要因として増加。この二つの悪い影響のため1次関数的に右肩上がりになるのは理論上無理に近い。本来ならばこの手の研究は長期間、同じ条件(治療頻度が同じ、社会環境が同じ)であって初めて効果判定ができるものである。どんなに素晴らしい治療を行ったところで、悪影響分の効果低下があるため右肩上がりに改善を望むことはできない。


今回の3症例では、こうしたハンディがある中でご加持治療併用で1次関数的に長期改善が継続していることを考えてほしい。少しずつしか改善していないが、「少しずつ改善することが奇蹟」であることがわかるだろう。


また、ご加持治療の欠点として受け手(患者)側の感受性がある。感受性が低い場合は効果も低くなる可能性がある。感受性を高めるためには、阻害している原因をつきとめる必要があるが、それがスピリチュアルな問題である場合、根が深すぎて対処できないこともある。


ご加持は、特殊な波動治療であると思われるが治療原理は全く謎である。謎だから認めないというのであれば「勝手にしなさい」である。


まとめ

突発難聴の治療に際し、上頚神経節ブロック単独治療ではなし得ることのない「数か月以上も聴力が改善し続ける」という奇蹟的な改善例をご加持との併用療法で経験した。ご加持が壊死した神経細胞が再生させている可能性を推測した。ご加持は突発性難聴だけではなく、あらゆる難病を改善させるきっかけを作ることのできる治療法であると思われた。


ご加持とは

①諸仏がその不思議な力で衆生(しゆじよう)を守ること。加護。

②密教で,仏の大悲の力と衆生の信心が相応ずること。すなわち仏の力が行者に加えられ,行者がそれを信心によって感得し,両者が一体化すること。

③神仏の加護を祈ること。また,その儀式。初め,密教の修法をいったがやがて民間信仰と混合した病気・災難の除去などの現世利益を願う祈禱をもいうようになった。

三省堂 大辞林より

2017年、年間治療成績(主に新患)

私の診療所では現代医学では治らないとされている症例を治療し改善させています。したがって各疾患別の治療成績は現医学において世界的に見ても全てがトップクラスです。が、たとえその成績を示したところでとても信用していただけないでしょう。また、私の診療所には現代医学では診断がつけられない難病奇病の方が全国から来院されます。診断名がつけられない場合、治療実績を示したところで、それが比類なき成績であっても医学的には無視されるという現状があります。ですが私たちは治療成績を公開する責任がありますので2017年の年間治療成績を公表します。各自、偏見を持って見ないことをお勧めします。


2017年来院数/症例数 人数:新患数401名469症例

症例別治療成績

ここでは私の診療所においてメジャーな症例について治療成績を公開します。成績には完治・全治・著効・改善・やや改善・無効、という評価の表現をしています。科学者として、できるだけ公正な判断で治療効果を評価しましたが、多くは厳正な学会が指定している評価基準を用いていません。この点においてエビデンスとして不十分という意見がありますが、これだけ多種多様な難病のエビデンスにおいて確固たるものを出せば、西洋医学のメンツは保てません。よって不十分のままでよいかと存じます。


また、私は各学会の無機質な評価基準がエビデンスとして十分と考えていません。学会に通用するもの以外はエビデンスとして認めないことの方が医学の進歩を妨げていると考えています。勝手ながら多くは私の主観的な判断基準を用いて判定していますので参考値としてご覧ください。あくまでこの治療成績は難病になった患者様に最後のチャンスを与えるために作ったものとお考え下さい。商業目的でも、自己顕示欲を満たすためでもございません。ただ、一人の医師が1年間にこれだけ多種な難病症例を、これだけ高い治療成績を出すことはたやすいことではないことだけはご理解ください。



ブロックの安全性

上記の疾患は全て各種注射(ブロック)で治療を行っています。年間で約1万回の注射を行い、血腫・感染・神経学的後遺症、脊髄穿刺後頭痛など完全に0件。施術後注射部の違和感・疼痛というような、当然起きる後遺症と呼べないレベルの些細な反応さえ年間2-3件。医療過誤ではありませんが、硬膜外ブロック後に脊髄麻酔となった例が1例のみ。

安全性の実績は比類なきレベルと言えます。おそらく他の施設が追従できないクラスです。


2018年の治療概要

昨年末より医療秘書Aによりご加持治療を併用しています。ご加持とは真言密教に伝わる治療であり、ブロック単独で治療するよりも、早い効果発現、長く持続する、奇跡的に改善、細胞の再生促進が期待できます。私たちはすでに実績を上げることに興味がないレベルにまで治療レベルを向上させており、信じない方々に理解していただくための理論展開もこれ以上は行う必要がないと感じています。ご縁のある方を治療していく方針です。2018年はここに示した治療成績をさらに超える治療成績を収めることが予想されています。

重症ジストニアを腱引きとSCGBのコラボ治療で改善させた例

2017年治療成績


これは2017年9月3日、伝統カンファレンス療法2017 で発表したものです。



25歳男性、ある日突然何のきっかけもなく呼吸困難と呂律障害が起こります。その4か月後、首が前方に著しく屈曲した状態になりました。近くの内科にかかりますが原因不明で診断名がつきません。両親は現代医学では有効な治療法がないと感じ、「うなだれ首」とインターネットで検索し、私にアプローチしてきました。


この写真は最近(初診から1年経過)撮影したものです。このように首は伸展位をとれるようになりましたが、初診時は屈曲拘縮していました。四肢の動きは歯車様で、リラックスしていてこのような肢位をとります。


当院は原因不明の下垂首を上頚神経節ブロックで改善させている実績40例以上ありますが、本症例は全身の筋拘縮が強いため神経ブロックだけで治療することが不十分であると考え、当初から腱引き師の小口先生と治療を協力する体勢をとることにしました。上記は腱引き師の視点からの所見です。

 


私の所見では、大脳基底核に起こった何らかの障害によるジストニアと診断。さらに障害領域は延髄にまで拡大しており、呼吸時の横隔膜と肋間筋の動きまで拘縮し、症状が進行すれば呼吸不全で死に至る危険が高いと判断しました。治療法としては大脳基底核・延髄への血流促進の目的で頚部交感(上頚)神経節ブロック(以下SCGBと言う)を行いました。


 

治療経過です。黄色が初診からの経過日数、(2)カッコ内の数字はSCGBの累計治療回数、赤字のK数字は腱引きの累計治療回数を表します。初回の治療後から頸椎の屈曲拘縮が緩和され、2回には口が開き、頸椎伸展位が可能となるなど、治療成果が上がっている様子がうかがえます。口が開く・声が出る・呼吸が楽になるなどは、明らかに腱引き施術直後に改善していたため、その効果の高さがうかがえます。


通院2日目後、母親と当院、医療秘書(医療コンシェルジュ)とのやりとり

コンシェルジュ:「ブロック後の様子を気になるときは随時ご報告いただき、会話を重ねてご通院のモチベーションを下げないように試みます。いつでも遠慮なくご連絡ください」

母親:「ありがとうございます。今まで冷たい事が多かった息子の手が今日はとても暖かいのに驚きました。昨日の夜、今までより口が開くようになったと本人が教えてくれました。口が開かず何でも小さく切らないと食べられない状態でしたのでとてもうれしい一歩です。今朝は頭が少し上がっているように感じました。まだ治療2回目ですが少しずつでも変化が見られて驚いています。」


 

コンシェルジュ:「患者ご本人さまの苦しみと寛解の葛藤が多くなっていますね。ですが、奇跡に近いご回復力ですから、必ずもっと良くなると思います!すくなくとも、私や院長や小口先生はそう信じています。患者さまがあきらめないかぎり、私たちは絶対にあきらめません」

母親:「本当にありがとうございます。頻繁に通えず申し訳ありません。イライラが止められず物に当たったり呼吸が乱れて強張ったりしています。ブロックと腱引きの後とても楽になったようで帰りは機嫌良く帰りましたが、それも長くは続かず夜にはまた苦しそうでした。首のサポーターもしない日が続いています。」

症例患者は他覚的に明らかに改善していましたが、両親には改善された治療成果と平行してまだまだ続く体の硬直や呼吸しずらさでメンタル的に限界を感じており、不平を訴えていました。完治への期待が大きすぎたためと思われます。両親は我々の治療力を信じきることができず、年末にかけて治療回数が2週間に1回へとペースダウンし、さらに大学病院(精神科)に精査目的で入院させてしまいました。その間に症状が悪化し、初診時近くにまで症状が戻ってしまいました。大学病院の医療というブランドに依存し過ぎている国民の心の弱さが浮き彫りとなりました。


その後、コンシェルジュ交えて患者と両親を説得し、腱引きとSCGBを再開させ、通院頻度を増加させたところ、症状は改善していきます。

さらに、ブロックと腱引きとの治療成果を見続けていたコンシェルジュからの提案により下半身の拘縮を軽減させることを期待し、2度、腰部硬膜外ブロックを行ったところ、その後の腱引きで眼球が動く、言葉がなめらかに出るなど、今までには認められなかった症状の改善が見られました。

その後は週に1~2回の治療を続け、歩行能力や姿勢は改善されました。しかし、言葉が出にくい、呼吸が苦しいという症状は少し悪化しました。理由はわかりません。


ジストニアは現医学では治療法がありません。しかし、腱引きとSCGBで改善することが示されました。SCGBで患部の動脈血流量を増加させ、腱引きが静脈・リンパ灌流を促したころが最大の改善要因と考えます。


 

うなだれ首(下垂首)ではしばしば胸鎖乳突筋の拘縮が認められます。胸鎖乳突筋が強く拘縮している側の静脈は怒張します(この超音波像は本症例のものではありません)。頸椎周囲の筋群をマッサージし、静脈灌流を促すことはジストニアの治療に極めて有効であると思われます。下垂首の症例は改善すればこの静脈の怒張が改善します。


これが上頚神経節ブロックの手技です。上頚神経節の1横指下方からアプローチし、動脈に沿って薬液を上向させます。以前は直接上頚神経節を狙っていましたが、やや下方からアプローチし、薬液を上向させたほうが効果が高いため、最近ではこのようなアプローチ法をとっています。


SCGBは星状神経節ブロックと類似した手技です。最上部の頚部交感神経節を狙います。


上頚神経節ブロックは現在も改良に改良を重ねていますが、これまでの星状神経節ブロックよりも頭蓋内の血流増加の効果が高いと思われます。


当院で行っている突発性難聴に対するSCGBの治療成績です。青ラインは当院に来る前の治療成績(ステロイド点滴、鼓室内注射、星状神経節ブロック、高気圧酸素など、あらゆる治療を行った結果)。一方赤ラインがSCGBの治療成績です。SCGBがいかに突発性難聴の治療に高い効果を発揮できるかがわかります。


SCGBは認知症治療に絶大な効果があります。頭蓋内の血流量を向上させることができますので脳血管性の認知症には効果があるのは当然です。症例は77歳女性で2016年9月からSCGBを行っていましたが、一旦22点から19点まで低下します。2017年6月からSCGBの手技を改良し、より確実に正確に上頚神経節に薬液が達するようにしたところ、2か月間でいっきに24点まで回復した例です。


SCGBは動脈血流量を劇的に向上させますが、腱引きは静脈・リンパ灌流を促すことができる手技であることが証明されています。これを証明しているのが以下のBrain CTです。


これは45歳脳出血の症例です。外科的にはアプローチが不可能と言われ、点滴で経過観察するしかありませんでした。小口先生はこの症例に腱引きを行い、右のCTのように出血層と脳浮腫を完全に消失させました。これが腱引きで静脈・リンパ灌流を改善させた実績です。現医学の発想からは考えも及ばない手技です。


SCGBと腱引きがコラボレーションを行うことでこれまでノーマンズランドであった頭蓋内の様々な疾患を改善させることができる可能性があります。動脈血流と静脈灌流を促す方法は最強タッグと言っても過言ではないでしょう。


医療コンシェルジュの重要性

腱引きとSCGBのコラボレーションは、医療コンシェルジュの存在なしでは実現不可能でした。当院の医療秘書(医療コンシェルジュ)は小口先生のスケジュール管理を行い、当院に招き、そしてSCGBと腱引きをその日のうちに同時に行えるように手配します。西洋医学と代替医療は、多くは犬猿の仲であり、互いに相手をののしりあうことが多いと言えます。

今回のように極めて難治性の重症疾患を改善させたとしても、その手柄がどちらにあるのか不明ですから公式発表しても互いのメリットがあまりないという状況にあります。そうした思惑が飛び交う中、優秀な治療師同志をコラボレーションさせて治療を統合していくには、どうしても医療秘書(医療コンシェルジュ)という第3者の橋渡しが必要です。

医療秘書(医療コンシェルジュ)はあらゆる医療に精通している必要があり、かつ患者やその家族の心のケアをするカウンセリングや治療内容を説明・説得させる技術も必要となります。

難病に挑むにはこうした医療秘書(医療コンシェルジュ)の存在が必要であり、コンシェルジュの育成も行わなければ、コラボレーション治療はそうたやすくないと思われます。

認知症治療に光明(上頚神経節ブロック治療実績)

2017年治療成績

はじめに

認知症の根本的な原因は脳への血流不足(血管障害)です。よって、脳の血流を回復させることができるのであれば、認知症という病気は制覇できると言えるでしょう。また、ごく最近の研究で脳には神経芽細胞が大人にでも存在しており、脳神経細胞は再生することがわかってきました。つまり、血行を改善させることができれば、一度壊死した脳神経細胞でさえ再生の可能性があり、理論上は進行した認知症も改善させることができると言えるでしょう。

今回私は脳の動脈を拡張させることができる頚部交感神経節ブロックを認知症患者に行い、MMSE(ミニメンタルステート検査)で19点を24点まで回復させた例を経験しましたので報告します。超高齢化社会における世界中の困難の一つである認知症に対し、病初期に頚部交感神経節ブロックで治療を開始すれば抑止できる可能性があり大変期待されるところです。


症例 77歳女性

現病歴

数年前から徐々に道に迷いやすい、同じ言動を繰り返すなど認知症と思われる症状が出現。2015.11.9 息子が心配し77歳の母親を連れて私の外来を初診。

既往歴

網膜色素変性症 視神経乳頭浮腫あり、1年に3~4回ケナコルト注射を行っている

症状は目がかすんで見えにくい

現症

朝ごはんは覚えている 100-7=93 OK 生年月日OK 新しい場所は迷いやすい 3分前の同じことを言ったり聞いたり


治療

2週間に1回の上頚神経節ブロック(以下SCGB)を開始する。

当初、1%リドカイン2㏄をC2/3の高さの上頚神経節(頸動脈と頸静脈の間に存在する)をめがけてブラインドで左右両側にブロックする。


経過

治療後に視野が広がり、かすみ目が改善される 認知症は進まず2016.9の段階でMMSE22点

同様に2週間に1回のSCGBを行うが2017.3 MMSE 19点となり認知症が-3点分進行


症状の悪化の具体例

②「結婚させなきゃ」という話を1日に30回ぐらい言うようになった

③「妹から電話がかかってきた」という作り話

④「わたしのせいで・・・」と号泣するようになった


半年で-3点となったことに動揺しネットを検索

「MMSEでは23点が認知症かどうかの基準だが、アルツハイマーは治療しないと1年間に 3点下がる。例えば、20点の方は3年間で11点になる。10点は尿失禁が始まる平均値なので尿失禁が始まる可能性がある。早期に発見してアリセプトを投与すると、最初の2年間は1点程度しか下がらない。」鳥羽研二 独立行政法人国立長寿医療研究センター病院長 の内容を読み非常に動揺し、担当医に相談してアリセプト服用を開始する。 2017.5.末 よりアリセプト服用開始。


SCGB治療強化

2017.6より 1%→2%キシロカイン(薬液濃度を倍)にし、超音波診断装置を用い精密に頚部交感神経節を狙うことを開始。

上頚神経節ブロックを精密に行うと反回神経麻痺→嗄声・呼吸困難・むせるなどが起こるため、高齢者に対してはこの副作用を抑えるために敢えて神経節を直接狙わない。しかし、認知症が進行したため、副作用には目をつぶり、精密に直接的に狙うことを開始した。毎回反回神経麻痺が出現するため、ブロック後は必ずむせるようになったが、辛抱してもらう。


SCGB治療強化の結果

・日時(各1点):時間の見当識を評価

今年は何年ですか。

いまの季節は何ですか。

今日は何曜日ですか。

今日は何月ですか。

今日は何日ですか。


・現在地(各1点):場所の見当識を評価

ここは何県ですか。

ここは何市ですか。

ここは何病院ですか。

ここは何階ですか。

ここは何地方ですか。


の質問を息子さんが3月から毎朝患者にこれらを出題。2017.5月末までは1問もできない状態だったが、5月末にアリセプトを開始1週間後くらいに「今年は何年ですか。」の質問のみ「平成29年」と答えられるようになる。


2017.6末 治験の誘い

物忘れ外来の先生より「アデュカヌマブ」という新薬の治験の誘いあり。しかし、治験を受けるにはMMSEで24点以上を獲得しなければならない。


強化した上頚神経節ブロック注射を開始数回後から、「今は何月ですか。」の問いに、以前は「11月」などと大きくはずれていたのに、「5月…じゃなかった6月!」と正確に答えられるようになる。

2017.8月初旬にはさらに「今は梅雨」「東京都」「〇〇市」「〇〇病院」「2階」「関東地方」とすらすら答えられるようになる。

また同じ話は1日30回→1回に減り、作話をしなくなり、感情失禁は週に1回に減る。


2017.8.23 治療は大成功

アルツハイマー型認知症の治験(治験薬:アデュカヌマブ)のための1次検査が行われ

(MMSE)30点満点中24点以上必要という条件を見事にクリア、その後の別の2種類の知能検査もクリア。短期記憶MMSE19点→24点以上に数か月で改善し、感情失禁などその他の症状も劇的に改善した。


既往に網膜色素変性症があり、視神経乳頭浮腫があり、眼科で定期的にケナコルトの眼内注射を受けている(軽症ではない)。症状は視野がぼやけて見える。進行すると視野が狭くなり、視力を失うこともあるという難病であるが、上頚神経節ブロックをすると直ちに視野がクリアになる(これは治療当初から)。そして強化したブロックを開始して以来、視力は落ちるどころか向上した。視野の狭さを訴えることもなくなり、現時点ではブロックをしていない時でさえ視野がクリアになった。眼科の定期検診では「不思議なことに乳頭浮腫が改善しています」と言われ、眼内注射は中止となった。


考察

2017.3にMMSE19点が2017.8.23.には24点と認知症の症状が劇的に改善しました。この改善の要因として5月末からのアリセプトの開始が考えられますが、アリセプト単独でここまでの劇的な改善はあり得ないため、6月から行った上頚神経節ブロックの強化がこの改善に大きく寄与していると思われます。さらに、視野狭窄や視神経乳頭浮腫も治療が不要なまでに改善していることから、これがアリセプトの効果ではないことは明らかであり、この二つから、上頚神経節ブロックが大きく寄与していると思われます。


このように、SCGBは認知症に劇的な効果があるものの、強化前のブロックでは進行を抑止できなかったことから、「極めて精密に的確に狙うことができなければその効果は発揮されにくい」と思われます。つまり、認知症に効果を発揮させようと思えばSCGBは技術的に難しく施術には訓練を要するでしょう。


さらに、通常は頚部交感神経節ブロックを両側に行うことは禁忌とされるため、このリスクを避けるため、安全のガイドラインを死守必要があり、また、相手は高齢者で合併症も多いことから「医師ならば誰もがたやすく行える」ものではありません。今後私は後輩たちを指導しながら、この技術を広めていきたいと思っています。


奇蹟的な回復の裏に心のフォロー

2017.5月には患者と介護者伴に精神的に非常に落ち込んでおり、認知症の進行に対して深刻に悩んでいました。いわゆる「心の病」も認知症の進行を早めてしまうと思われ、患者・介護者ともに心のケアが必要です。

このため、当院では秘書が心のケアを担当し、ご通院中もカウンセリングしながらより良いご回復への道を指南しつつ、患者さまだけでなく介護者にも加持祈禱を行っていただく(息子さんのご希望もあり8/13にまずは息子さんから本格的ご加持実施)フォローをさせていただきました。心を支えることが回復にどこまで寄与しているのかはわかりませんが、私たちは本当の意味での心のケアも考えながら治療成績を高めていく所存です。非科学的ではありますが、心のケアも治療には重要であると思います。

突発性難聴治療の最先端

2017年治療成績


突発性難聴は現代西洋医学が「原因不明」「エビデンスのある確立した治療法なし」としっかり「治療技術がない」ことを認めている疾患であることを認めなければなりません。

難聴が人生にどれほどの不幸をもたらすかを想像すれば「確立した治療法がない」と堂々と宣言している西洋医学に全てを賭けることは賢明な判断ではないかもしれません。


そのような現状の中、私は「病院で積極的な治療を行ったにもかかわらず治らなかった」「難治性難聴を治せると宣言している鍼灸治療院でさえ治らなかった」という治療不成功例の難治突発性難聴を上頚神経節ブロックでその7~8割以上を改善させた実績を作りました。現代医学においてもっとも優れた治療法です。


私の元へは「発症してから平均して3週間経過してから来院するという大きなハンディキャップ」を背負って患者が来院します。そのハンディを乗り越えて改善させるのですから、事実、治療成績は群を抜いて世界トップであることは間違いありません。他の治療と併用する必要もなく、上頚神経節ブロック単独で改善させます。

今回、ようやく、その全治療データを明示することができ、かつ迷走している突発性難聴治療についてその謎の多くを解き明かすことができたため、ここに記します。


原因は何なのか? 治る見込みはあるのか? 再発はないのか? 本当に永久にこのままなのか? 今後進行していくのか? どうすれば予防できるのか? なぜ医師によって言うことがバラバラなのか? 誰を信じてよいのか? など様々な疑問が沸きおこるでしょう。それらの疑問に答えるべくA4サイズ75ページに渡って記載しています。

私の言う「治療成績が群を抜いて世界トップ」ということがとても信じられないとおっしゃる方は、ぜひこちらのPDFファイル【 突発性難聴治療の最先端】をお読みください。患者だけでなく耳鼻科医の先生方にしっかり読んでいただけることを望んでいます。


さて、私はすでに突発性難聴の治療に興味を失い、治ることがないと言われる進行性感音難聴、難聴が完成してから長い年月が経過した者の聴力、そして残存した耳鳴りを改善させる治療の研究にシフトしています。研究には長期間を要しますが、過去に難聴をわずらい、治療をあきらめた者を対象に治療を行うことを開始しています。


最後に

蛇足ではありますが・・・上頚神経節ブロックでは脳・脳幹への血流を増やすことで神経細胞をよみがえらせ、改善させることができると推測されます。その効果は難聴だけに限らず、脳や脳神経に由来する病気の全てに有効であるという当然の結果を招きます。突発性難聴の治療はその中のほんの一部に過ぎません。この意味をよく考えていただければ幸いです。

本文はこちら→突発性難聴治療の最先端

また、2018年は、仏力の「加持」とのあらたなコラボ治療を確立。2017年の治療成績をはるかに上回る勢いで実績が生まれています。↓

突発性難聴治療における量子波ヒーリングの驚異的成果(3例)

脊髄くも膜下麻酔時の薬剤神経内注入による馬尾症候群発症の脅威

2017年治療成績

はじめに

脊髄くも膜下麻酔では局所麻酔薬(リドカイン、ブピバカイン、テトラカインなど)の神経毒により馬尾症候群を発症する可能性が1万~5万分の1の確率で起こりうることが言われており(日本麻酔科学会HPより)、その症例報告が散見されるようになっていますが、その原因は医療過誤であるのか、神経毒により偶発的に起こる事故なのかあいまいにされ、かつ、自然治癒する症例と永続する症例を区別することなく、後遺症を残す実数を明示していない現実があります(2017.7.23現在)。


こうした状況の中、脊髄くも膜下麻酔では神経内注入を行ってしまった場合、重大な後遺症を残す馬尾神経障害が必発する可能性があることがささやかれているというのに、その可能性が一般医師や市民に伝えられていません。医療過誤は神経内注入を行わないように情報を拡散させ、医師を教育することで防ぐことができます。しかし、現時点でこの情報は医師たちに共有されておらず、危険な状況にあると思われます。


1)脊髄麻酔で薬量が2割多いと発症する馬尾症候群

馬尾症候群の症状は、直腸膀胱障害、会陰部の知覚障害、下肢の運動・知覚障害などです。脊髄くも膜下麻酔を行った患者に馬尾症候群が発症する可能性があることは1991年Rigler MLらの報告がはじまりで、比較的新しい報告です。


2001年Viannaらの報告では9人の脊髄くも膜下麻酔の症例中6例に馬尾症候群が発症し20年間後遺症が不変のままでした。この原因として薬剤(テトラカイン)の製造ミスと結論付けられており、1アンプル20㎎のはずが24㎎となっていたとのことです。この報告から脊髄くも膜下麻酔では薬剤の濃度や量と神経障害には密接な関連性があり、体質に関わらず、本人の持つ合併症とも関係なく、麻酔薬は許容量を超えると誰にでも後遺症になる重大な神経障害を起こすことがあることが示されました。


この報告で重要なことは薬剤の量と濃度がたったの2割増しというだけで9名中6例に後遺症になるような重大な障害が起こったことです。「局所麻酔薬の神経毒性は可逆性で安全」という神話が崩れました。

問題はたったの2割増しというところにあります。5倍や10倍というのなら理解できますが、2割増しでこのようなことが起こるのであれば、この薬剤はそもそも「障害を残すかどうかのぎりぎりラインで認可されていたことになる」わけであり、薬剤の安全性という意味で問題点があります。


薬量がわずか2割増えただけで、普通の患者に永続的な後遺症を残すという報告がなされているわけですから、もしも患者が小児であったり、合併症を持つ者であったりすれば、正常量であったとしても高確率で障害が起こる可能性があると考えます。小児に1㏄で麻酔するところを、誤って1.2㏄にするだけで重大な神経損傷を残すようであれば事態を重く見る必要があります。


2)脊髄麻酔の体位で起こる一過性の馬尾症候群

1993年にShnider Mらによって脊髄麻酔下に砕石位で手術を受けた4名に「臀部、大腿、ふくらはぎの外側に放散する痛みや異常感覚が麻酔後24時間以内に発症、数日~1週間以内に回復」する症状が報告されました。一過性であることから問題提起されることは少ないでしょう。しかし、体位により発生するということは、馬尾神経が体位により張力を30分以上受けると、麻酔薬の毒性によって神経障害が起こることがあることを念頭に置くことは重要です。これは張力に限らず、神経に血行不良や炎症、脊柱管狭窄による圧迫などがあれば、そこに通常量の麻酔薬を注入すると、その神経毒により発症する可能性があることを意味しています。ただし、一過性であり、臨床的には問題にならないことを強調しておきます。


3)脊髄麻酔中の手技(神経外傷・神経内注入)で起こる馬尾症候群

Auroy Yらの報告によると、

A)脊髄麻酔後に末梢神経障害発生が9例、馬尾症候群発生が3例で合計12例でした。

B)12例中 9例は穿刺中に痛みも感覚異常も認められませんでした(すべて3週間以内に完全に回復)。この 9例のうち5人が5%リドカインを使用。

C)12例中3例は穿刺中に感覚異常を呈しました(ブピバカイン使用)。この3例全てに永続的な神経障害が残りました。

D)脊髄麻酔40460例において麻酔後に34例の神経障害が発生し、その3分の2にあたる21例は穿刺中に感覚異常がありました。3分の1にあたる12例は穿刺中に痛みも感覚異常も認められませんでしたが75%の症例が5%(高濃度)リドカインを使用していました。


脊髄麻酔後の永続的神経障害の発生頻度

Horiocker TTらの1997年の報告によると脊髄麻酔を行った4767例中、穿刺時に異常感覚を生じた例は298例(6.3%)。そのうち6名が永続的な神経障害を伴う神経損傷の発生したとあります。つまり1万人の脊髄麻酔で12人の永続的な神経障害が起こることを述べており決して少なくありません。


永続的な神経障害を起こす例、起こさない例

上の論文をまとめたものが下の表です。

永続的神経症を起こした例 一過性のため回復した症例
原因:薬量1.2倍 Viannaらの報告 原因:砕石位 Shnider Mらの報告
原因:手技的 Auroy Yらの報告 原因:高濃度 Auroy Yらの報告
原因:手技的 Horiocker TTらの報告

薬量1.2倍:製薬会社の製造ミス

砕石位:マホメット体位と呼ばれるイスラム教徒の拝礼の姿勢

手技的:穿刺時または注入時に患者が異常感覚を訴えた

高濃度:5%リドカインが使用された


上記の表から脊髄麻酔時の神経学的合併症には次のような結論が導き出されます。

  1. 通常濃度、通常量の麻酔薬での神経障害の報告は少なく、安全な使用量を超えない範囲の麻酔薬の神経毒では大規模な調査においても永続的な神経障害は起こっていない
  2. 安全量を超えた薬剤でのみ永続的神経障害が発生しているが、通常使われている量での局所麻酔では永続的神経障害の発生がない
  3. 通常の脊髄麻酔(製造ミスを除く)で永続的神経障害が発生しているのは、全例で手技的なミス(馬尾を刺す・馬尾神経内注入)が関与している。
  4. 高濃度の麻酔薬を使わず、通常使用の麻酔薬で穿刺時の異常感覚もないにもかかわらず永続的神経障害が発生する確率は、恐らくありえないレベルの低さであり、そういう例は患者の身体的な特殊な事情があると思われる。それは麻酔薬の神経毒性に依存しているのではなく、肥満・糖尿などの既往に依存していると思われる。

局所麻酔薬の神経毒性で永続的神経障害発生はほぼあり得ない

海外の大規模な脊髄くも膜下麻酔の合併症調査の結果、上記1~4の結論が導き出されます。つまり、「局麻剤が通常量で使用され、患者に特記すべき持病やアレルギーがなく、通常の体位で、ミスなく脊髄麻酔が行われた」場合において、永続的な神経障害が発生したという報告は私の調べた範囲では存在していません。


「局麻薬の神経毒性が原因で永続的神経障害が発生する」=「通常量、健全な患者、通常体位、正確な脊髄麻酔で行ったにもかかわらず永続的な神経障害が発生した」ということになりますので、そのような症例は私の調べた範囲ではありませんでした。

万一、そのような症例があったとしても、「患者に穿刺時に異常感覚があったにもかかわらずそれを認識できなかった」場合であると推測します。

痛みを誇張して表現する患者の場合、針が皮膚を通過するだけで過剰に反応しますので、穿刺時に異常感覚があったとしても、それを正確に認識することが不可能な場合があると思われるからです。


海外の文献を分析しますと、永続的な神経障害発生の背景にはほぼ必ず脊髄麻酔時に神経に針を刺す、または針を刺した上で薬剤を注入するという医療過誤が発生しており、神経毒が主原因となって永続的な神経障害が起こることはほぼあり得ないと思われます。この見解は私の個人意見ではないという証拠を以下に挙げます。


麻酔科医たちの率直な見解

「麻酔科トラブルシューティングAtoZ:高崎眞弓ら著」では「なお、穿刺ではなく局所麻薬の注入の際に痛みを訴えた例では、神経組織内への注入を生じた可能性が高い。直ちに注入をやめ、穿刺針を抜去する。残念ながらほぼ確実に神経障害を生じる」p.538。


「麻酔科医のための周術期危機管理と合併症への対応:横山正尚ら」では「穿刺時の放散痛のみでは一過性で神経損傷は軽いが、その後に麻酔薬注入で痛みが出た場合は(神経内注入を意味する)長期にわたり神経障害となる可能性が高い」p.238。

というように私と同じ見解を示す麻酔科の教授たちが少なくないと思われます。


麻酔科学会の見解

麻酔科学会が公表している脊髄くも膜下麻酔の合併症は以下のようです。

馬尾症候群・一過性神経症状(神経根刺激)

脊髄は腰椎上部までで、それより下の脊柱の中は馬尾といい、細い神経が縦に走っています。脊髄くも膜下麻酔は馬尾の部分に麻酔薬をいれるので、通常、太い脊髄は傷害を受けません。しかし、1万人から5万人に1人程度の頻度で、下半身の知覚異常、運動障害、膀胱直腸障害など(馬尾症候群)を生じることがあります。脚の痛みや知覚異常は、通常、24~72時間以内に回復します。(一過性神経症状)が、中には症状が長期間持続する場合もあります。


通常は回復。中には○○の場合もあります」という書き方は○○が起こり得る確率がマレな場合に使う表現です。マレとは統計学的には5%以下に起こることを意味します。よって仮に5%として計算すると、日本麻酔科学会の見解では「脊髄麻酔後に一過性神経障害の起こる頻度は1万~5万分の1、長期神経障害が起こる頻度は20万~100万分の1」と発表していることになります。以下の表に海外文献のデータと日本麻酔科学会の見解の相違をまとめておきます。

日本麻酔科学会 海外の文献 最大格差
後遺症の表現 長期間 永続的
一過性の頻度 1万~5万分の1 1万分の8 40倍
一過性の期間 3日以内 3週間以内 7倍
永続的障害の頻度 20万~100万分の1 1.3万分の1、1万分の12 1200倍
針刺し外傷の頻度 記載なし 6%
神経内注入の頻度 記載なし 8000分の1

医療過誤の実態を暴露することは社会に混乱を巻き起こすおそれがありますので、興味ある者が上記の数字を心にとめておけばよいでしょう。しかしながら外科医は最低でも脊髄麻酔では公表されている合併症の数字は氷山の一角であり、実際は馬尾神経内注入を行うとほぼ確実に永続的な神経障害が起こることを知っておかなければ、医師が告訴される側に立ってしまいます。こうした実態は一部の麻酔科医のみが知る「落とし穴」です。Horiocker TTらの報告によると、こうした医療過誤が起こる確率は8000分の1という高い確率です。知らなかったでは済まされません。外科医は脊髄麻酔に不慣れであることが多いと思われますので我が身の危険と知り、十分に注意しなければなりません。


医療過誤がもみ消される実態

脊髄麻酔の際に患者が異常感覚を訴えた場合、一過性の神経障害が起こる確率は低くなく、神経内注入をしてしまうとほぼ確実に永続的な神経障害を残してしまう可能性があることを全ての医師の共有知識として普及させなければなりません。


医療過誤であれば保険会社から慰謝料が支払われますので被害者が少しは救われます。医師のふところも痛みません。しかしながら、PMDA(医薬品医療機器総合機構)によって「薬害」と認定されてしまいますと、一連の事故は医療過誤ではないとされ、被害者は十数万円の見舞金しかもらえず、訴訟を起こすことさえも封じられてしまいます。


これは事実上、医療過誤のもみ消しとなり、被害者の恨みは一生、脊髄麻酔を行った医師や医師をかばった病院に対して向けられ続けます。恨み続けられる医師も恨み続ける患者も共に不幸な人生を送ります。それよりも医療過誤であることを認めて謝罪し、被害者と和解したほうが医師と被害者の両者ともに幸せになれる道であることを断言します。


脊髄麻酔後の後遺症として足に力が入らないという状況が一生続けば、どれほど悔しいことか少し想像してみてください。走れない、重いものは持てない、スポーツはできない、山にも登れない・・・そういう人生にされた場合、慰謝料はいくらが妥当かを少しだけ考えてみてください。PMDAによって十数万円という金額をはじき出された場合、おそらく恨みは一生消えません。あまりにも残酷な話です。PMDAによる薬害認定は被害者の人生を引き裂きます。加害者の医師は胸をなでおろすと思いますが、真実はそうではないと思います。一生恨まれ続けていることによる因果は巡ってくると思います(科学的ではありませんが)。


PMDAの誤認定

可能であればPMDAにこれまで認定した脊髄麻酔後の神経障害の件数を公表していただければとてもありがたい話です。Auroy Yらの報告によると、後遺症が残った場合、その全例で穿刺時に異常感覚が生じており、「薬剤の神経毒ではなく医療過誤によって起こった」ことが言われています。脊髄麻酔時に真に薬剤の神経毒のみの理由で後遺症が出現した例は一例も報告されていない現状を考えますと、これまでPMDAが認定してきた全ての症例が誤認定である可能性も否定できません。その誤認定の数だけ、医師と被害者の人生を引き裂いてきたと思われ、その遺恨を考えますと一刻も早い対処をお願いしたいところです。


世界レベルの隠ぺいであり誰も悪くありません

海外では脊髄麻酔時の重大な合併症の調査が行われ、その実態が報告されて20年近く経ちますが、薬害ではなく人為的に後遺症が発生することは未だに伏せられたままであると感じます。一部の麻酔科の教授たちは、しっかりと著書の中で神経内注入を行うとほぼ確実に後遺症が出ることを伝えていますが、その事実はPMDAさえ認識していないことから、広まっていないことがわかります。


彼らの著書を読んだ麻酔科医のみが手技ミスで永続的な神経障害が出ることを知るのみであり、脊髄麻酔を行うことがある外科医たちにこの事実は周知されていません。

医療過誤は率先して公表する者がいないせいです。さらに言うと、海外の勇気ある麻酔科医が全力を尽くして医療過誤を報告したにもかかわらず、20年間も「原因をあいまい」にされ続けています。


これは世界レベルの消極的な隠ぺいです。よって、厚生労働省にもPMDAにも麻酔科学会にも施術した医師にもその責任がありません。責任は世界に存在するからです。ただただ、隠ぺいを続ければ被害者は毎年一定数ずつ増えていくだけです。どうか、麻酔科の先生方! 勇気をもって真実を公表し、日本での正しい実態調査を行っていただきたいと願っています。なぜなら、脊髄麻酔は多くの人が一生のうちに一度は経験することがある麻酔だからです。8000分の1に起こるのであれば大変なことです。ことの重大さを理解していただければありがたいです。


脊髄麻酔中の注射手技による馬尾神経障害が「薬剤神経毒が原因」と誤判断された一例

症例 49歳女性

既往歴

H8年に帝王切開。H26年に子宮頸がんの手術で脊髄麻酔(0.5%マーカイン使用)を受けるが異常なし H28年2月 全麻下に縦隔腫瘍・の手術を受ける(持続硬膜外麻酔併用)

現病歴

以前から左膝外側に痛みがあり、整形外科で左膝外側円盤状半月板を指摘されており手術目的でH28年6月入院となる。入院翌日、膝関節鏡目的に脊髄くも膜下麻酔を受ける。その際L2/3より23Gルンバール針を用い0.5%マーカイン高比重液2.2㏄を受けたが、その際、以下のような現象が起こった。


ルンバール針が進み脊髄に達したと思われた時に激痛が刺入部に出現。その数秒後に体が反射的に勝手によじれて飛び上ってしまう衝撃があり、痛みが腰部仙骨部全体に瞬間的に走った。その後痛みは消え3分間左側臥位になり、その後仰臥位に体位を変えて手術を開始。手術は特に問題なく39分で終了。しかし手術翌日左下肢(足関節・足趾関節)がほとんど動かない、また異常感覚に気づく。


現症

左足関節:伸展・屈曲 MMT3~4 左足趾関節:伸展・屈曲 MMT3~4

左L5,S1-5領域の異常知覚 左下肢荷重時に疼痛 長時間歩行不可 膀胱直腸障害として突然の尿意と失禁

腰MRI:L4/5正中にprotrusion typeのヘルニアのみ 他の所見なし

腓骨神経・脛骨神経の神経伝導速度に左右差なし


診断名:以上より医原性馬尾症候群と診断され 身体障害者4級に相応

PMDAに麻酔薬の神経毒性による馬尾症候群と認定され約12万円が振り込まれる予定


消極的な隠ぺいが明らかにされる経緯

今回の私の脊髄麻酔後の合併症の調査は上記の被害者からの投稿がきっかけです。私は神経ブロックを日常に行う医師であり、合併症の実態を独自に調べなければ「わが身が危ない」と考えたために積極的に調査を始めました。


世界レベルで隠ぺいされているものには、隠ぺいされる理由があり、それが明るみになれば西洋医学の信頼性自体を失墜させるがゆえに明るみにされません。しかしながら、実態を知らなければ、明日は私が加害者になっています。そして被害者は莫大な遺恨を生みます。


今回の論文は被害者の方が必死に集めた資料を分析したものであり、被害者の悔しさがいかに莫大であるかがわかります。その悔しさ・恨みが結局私を動かしたと言えます。


麻酔科のハンドブックには本症例のような脊髄麻酔の合併症のことが書かれ、「神経内注入を絶対にしてはいけない」と警告されていますが、それを認識している麻酔科医が多くないことが伺えます。例えば「かけだし麻酔女医の忘備録http://masuiii.com/archives/833」では、なぜ学会のホームページに載せていないのでしょうかと疑問をなげかけています。


また麻酔科専門医試験の口頭試問に「脊髄くも膜下麻酔で手術後の神経障害の考えられる原因を列挙してください。」という質問がありますが、その原因として神経内注入としっかり回答できる麻酔医は多くないと思われます。


このような状況をできるだけ早く打開しなければ被害者は増える一方です。それよりも、このような合併症を医師が知らされていないことに恐怖を覚えてしまいます。私は患者になりたくない・・・脊髄麻酔を受けたくない・・・正直にそう思います。麻酔をする医師がそれを知らないことは恐ろしすぎます。知らなければどんな名医であっても偶発的に合併症を一定確率で起こしてしまう可能性があるからです。


脊髄くも膜下麻酔時の対麻痺、その他の原因

ついでではありますが、脊髄麻酔時に脊髄の栄養血管を損傷し対麻痺を発生させるリスクがあることも赤石ら(日臨麻会誌Vol.71008,2011)により報告されています。馬尾を栄養する大根動脈がL3~5レベルで脊髄に入ってくる例が0.5%の確率で日本人に存在し、脊髄麻酔時にこれを損傷すると対麻痺が起こることがあるという報告です。これも医療過誤の一種であるがゆえになかなか周知されない運命にあると思われます。


神経根ブロックでの神経障害例

神経根ブロックでは神経内注入が原則です。脊髄麻酔時の神経内注入では「ほぼ確実に神経障害を残す」と言われるわけですから、神経根ブロックを行えば、「毎回被害者が出現してしまう・・・」という恐怖と不安がよぎります。

以下に上記Auroy Yの報告を掲載します。

脊髄麻酔(40640例) 末梢神経ブロック(21278例)
神経損傷 24(5.9) 4(1.9)
神経根障害 19(4.7) 4(1.9)
馬尾症候群 5(1.2) 0
対麻痺 0 0

( )内の数字は10000人あたりの発生数

このデータは一過性のものと永続性のものが混同されており、臨床上問題になる永続性神経損傷の実数が不明ですが、一応の合併症の目安になります。


仮にHoriocker TTの報告にあるように6%に馬尾への針刺しが起こるとします。すると脊髄麻酔40640例中244例に針刺し事故が起こっていると推定されます。神経障害の起こる脊髄麻酔のうち3分の2が異常感覚を伴うという報告より上記脊髄麻酔後の神経損傷48例のうち32例が異常感覚があると推定します。


この二つより、脊髄麻酔では244分の32という確率(およそ8分の1)で「針を刺す・または注入する」という行為で神経障害が発生すると推定されます。ただし、そのほとんどが一過性で問題にはならず、しかしながら、そこで薬剤を注入すれば100%に近い確率で永続的な神経障害が起こると考えられています。末梢神経ブロックでの神経障害発生頻度が1万分の3.8であることと比較すると、神経内注入で障害が起こる確率は

脊髄麻酔:末梢神経麻酔=100%:0.04%となり、発生確率は2500倍の差となります。

同じ神経内注入であるにもかかわらず2500倍もの発生率の差が出る理由は神経周膜の強さによると思われます。脊髄内の馬尾は丈夫な神経周膜が存在しないため、注入圧、刺入の外傷などに脆弱。対して末梢神経では神経周膜が頑強であるため神経内注入を行っても神経障害が発生しにくいと思われます。


この考察をさらに発展させると次のような推測が成り立ちます。

「脊髄麻酔後に神経障害が起こる原因として、局麻薬の神経毒性が問題になることはほとんどなく、実際は刺入外傷や注入圧外傷という物理的な要因が主である」

局麻薬の毒性で神経障害が出るとするのであれば、脊髄麻酔と末梢神経麻酔の比較において、2500倍もの発生頻度の差が出ることは考えられないからです。


この考察を真摯にとらえれば、現在PMDAが認定している局麻薬の神経毒性による神経障害のほとんどは見直しが必要という結論に至ります。実際は刺入の外傷や注入圧による損傷で発生している可能性(医療過誤が原因)が高いとなるでしょう。


当サイトに投稿された神経障害の例

Auroy Yらの報告では末梢神経ブロックで馬尾症候群の発生は0でしたが、おそらく真実は0ではないと思われる例です。


例1

「L5神経根ブロックによる、施行前には無かった臀部の強い違和感やだるさが続いています。また、便意がなく便秘が続いています。さらにEDと思われる勃起障害も有るように思われます。ブロック直後から、このような状態で大変不安に思っております。主治医や他の整形外科医もあり得ないとの見解です。」


例2

「神経根ブロック注射後それまでに無かった左足に痺れが少し残りかれこれ一年以上が経ちますがいっこうに直りません。特に指先足裏がピリピリピリする感じです。何回も刺して探したせいか神経根ブロック注射した時の刺した部分もずっと違和感が残っている状況です。あぐらをかくと左足がすぐに痺れる状況です。病院で見てもらいましたが薬とか、痩せるとか、でまったく改善されません。一生このままなのでしょうか?」


例3

母が神経根ブロック注射を打ったのですが痛みが増して眠れなくなりました。 多少痛みを和らげる方法はないでしょうか?


例4

腰部の神経根ブロックなのですが「痺れや頭痛が良くなるといいね」と会話しながら診察台で、お腹の下に座布団を敷きブロック注射を始めました。針を刺すまでは、普通に会話をしていたのですが薬液が入ってきたのか? 胃が熱くなり激痛に それが下がるような感じで腸辺りが激痛に。そのあと両脇腹が激痛に。先生は「足に来んね」って言ってましたので 足にビビッと少し来た時に「来ました」と返事をしたら注射が終わりました。 直ぐに起き上がりましたが、座っているのもダメなぐらいの腹痛 そのあと横に寝て直ぐに嘔吐してしまい看護婦さんが、血圧を計ったり 採血したりしながら お腹を押さえ転がり右に左になり4日間点滴していました。


例5

神経根ブロック後、足のモモ内側斜め上が縦に物凄く痛く一向に治りません。ここは以前から痛みがあり、1年前から感じ無くなつていたのですが2回目ブロック後、特に体を動かした後に酷くなるようになりました。


おわりに

麻酔が安全であるという神話は崩れています。よって手術は安全であるという盲信も正しくはありません。リスクに遭わないためには可能な限り手術を避ける、ブロックを避ける必要があります。西洋医学では「何でもかんでも手術で治す」という傾向にありますので「麻酔は危険」という主張は反社会的に扱われがちです。手術は今や国家を支える産業化しており「麻酔が決して安全ではない事実」は隠ぺいされる傾向にあります。各自が真実を見る目を持たなければ、医療過誤に遭遇するリスクが高まります。どうかご注意ください。そして私のようなブロックを多用する医師たちへの忠告として、安全に関するデータは他人の報告を信用せず、自分の体でリスクを察知する感性を磨いていただきたいと思います。落とし穴はそこらじゅうにあり私でさえ穴に落ちる可能性があります。ブロックをする際にはいくら注意してもし過ぎることはないと肝に銘じておきましょう。神経ブロックで被害に遭われた方々の投稿をお待ちしております。

厚生労働省の個別指導に暗雲

2017年治療成績

個別指導とは

厚生労働省により医療保険制度の健全な運営のため、国民のみなさまに対する良質な保険診療等の提供が行われるよう、保険診療の質的向上及び適正化のために保険医療機関等への指導・監査等の行政指導を行うことです。


個別指導に怒り

個別指導の中身は終止、「カルテに記載が不十分な場合、診療報酬詐欺になります」というものでした。犯罪者扱いです。記載不十分とは薬一つ出すにも、「患者の主訴を書く(いつ、何が、どのように、どれくらい、どうしたか)」「客観的に訴えを数値やテストで示す」「その症状に何の薬を出すか理由を考えて書く」「その薬をどの量でどのくらいの期間行うかなどの計画を立てる」「その薬がどのように効果を出しているか評価する」「患者に質疑応答を求めて、これでよいかの承諾を得る」などのことを一つでも抜けていると不十分だそうです。


十分か不十分かが指導の争点であり、不十分であれば「外来管理加算520円を請求することは不適切である」という言い分のようでした。カルテ記載が不十分であれば、520円を返金してもらいますと言われました。

患者が理解力のない高齢者の場合、主訴でさえ聞きだすことは簡単なことではありません。自分が病気と関係あるだろうと妄想していることを次々としゃべりだすからです。その中から、真に病気と関係あるものを探り出し、多すぎる情報を切り捨てていくだけで5分かかります。真に適切に外来で患者の話を聞きだし、上記のようなカルテを作り上げるには最低でも10分は必要になります。

カルテには患者のしゃべったことを全部書くことはありません。できるかぎり要約しますが、ようやくし過ぎたものは不十分と判断されます。内容は自分だけにわかればよいのではなく、他の医師が見てもわかるようにかかなければなりません。


それがよりよい医療であるという理想はわかります。ですが、カルテ記載のために5分10分を奪われた場合、1日に何人の患者しか診れなくなるでしょう? 私のように処置が中心の医師であれば、15人が限界です。一人に30分の時間がかかるからです。そのような理想を医師に強制させようとする姿勢自体はすばらしいことかもしれませんが、それをたったの520円で行いなさいというのは、私から見れば診療の破壊行為です。


私は今回の個別指導で決意しました。外来管理加算を今後は絶対に請求しないと。国が認める十分なカルテ記載をするためには5分以上の手間が必要で、私の人件費からすれば数千円かかります。これを520円で行いなさいと言われれば、毎回2000円以上の赤字を出すことになり経営ができません。


私は今まで通り、自分のスタイルでカルテに簡略化した内容しか書きません。520円をもらうために患者を診療する貴重な時間を奪われたくありません。それは患者にとって大きなマイナスなのです。これには異論のある医師が大勢いるでしょうから、これはあくまで私の立場です。私は極めて珍しい、「処置がメイン」の医師ですから。


早さを追求させることになる行政

私はブロック注射をメインに行っている医師です。いつも同じ症状でルーチンの患者に対してブロックの必要性を詳しく記載しようとすれば数分を奪われ、ブロックに割く時間を奪われます。これを挽回するために素早くブロックを行わなければならなくなりますが、「素早さ」を追求すると、ブロックでは患者が命を落とすこともあるほど危険になります。そして実際にブロックでは危険なことが毎日起こっています。

お役人はカルテを書かないと医療訴訟で敗訴すると脅すのですが、現場では逆のことが起こっています。カルテを記載してもリスクは減りませんし、ブロックでは1分でも時間短縮をしようとすることで莫大な命の危険にさらされます。

実際には、カルテ記載で自分を守ろうと必死になっている医師の方が医療ミスを侵します。医師の勘を磨き育て、一瞬で全ての情報をつかみとれる医師が治療を成功させます。それは瞬間芸でありカルテには記載できないほどの莫大な情報を一瞬でつかみとっていきます。


私は断言しますが・・・カルテが不十分であろうとなかろうと、訴訟を起こす患者は少しでも気に入らないものがあれば訴訟しますし、事故を起こす医師は患者の背景全体を見通せない医師です。カルテ記載で全てがうまく行くなどという考えは間違っています。お役人が言うには「カルテは訴訟の時に負けないための証拠」と何度も何度も言われました。証拠づくりに時間を割いて、医療事故で勝訴するよりも、私は治療に時間を割いて安全を死守して訴訟をおこされないようにする方を選んでいます。


ですが、私でさえ、「問題がある」と思った患者の場合はカルテ記載を充実させます。つまり、カルテ記載には寒暖をつけています。それが時間の有効な使い方です。問題がない患者にも、ルーチンの患者にもカルテを充実させる必要はなく、それは無駄です。決まって薬を出す患者にも、全てにおいてカルテを充実させなければお金を払わないと断言しているのがお役人です。その極めて大きな無駄が患者の貴重な治療時間を奪っているのだと思います。本来回されるべき安全確保の時間を奪っています。


激怒した膝注射の話

私のクリニックでは膝の注射をすることは赤字を生みます(1本800円にしかならない)ので、現在、膝の治療を放棄しようかどうか悩んでいるところです。膝の注射をすればするほど経営が傾くからです。しかも、私の膝注射は一度の治療で全治となる患者が多く、注射をすると通院患者が減ります。何もよいところがありません。奉仕活動と考えるようにしています。

奉仕活動では医業が成り立ちませんので、多くの整形外科では薬・湿布、リハビリの3点治療で患者を治さず延々と通わせます。私はそれがいやなので、膝患者は赤字を出してでも注射で素早く治してできるだけ通院させない方向にしています。


赤字を出してでも初回から注射を行い、患者を素早く全治へと導くということを行っているのですが・・・個別指導でこんあことを言われました。


「初回から注射をする医者なんていませんよ。まずは鎮痛薬で様子を見るでしょう? もしも初回から注射をするのだったら、初回から注射をしなければならない理由を書かないなら、注射の診療報酬を認めませんよ」と・・・激怒しました。


薬を出す処方箋料は680円、これに対し、注射をするというリスキーで責任を取らなければならない匠の技が800円。ほとんど値段が変わらないというほど極めて安い値段設定をしておいて・・・その値段設定に激怒しているというのに、さらにその安い報酬を覚悟して、ボランティアで患者が切望する注射を初回から行ってさしあげているというのに・・・「初回から値段の高い治療をするなら、その理由を書かないと報酬を認めない」とそう来たのです。私は耳を疑いました。「えっつ?値段の高い治療????」。それは一桁違うんではないでしょうか? 注射料金が8000円という設定なら、そういうセリフの意味が理解できますが、処方箋料が680円という中で、注射がたったの800円ですよ。「えーーーーっ???」。


初回から注射をすることが国の税金の無駄遣いというような逆の認識を持っているお役人たち。そして800円という治療費を「高い治療」と思っているその極めてずれた意識にあきれます。

こんな言い方をされたのでは、「患者に二度と注射をしない」「膝患者は最初からお断り」となるに決まっているではないですか。


「初回から膝の注射をするなら、膝の可動域、他覚所見、痛みの原因と理由、注射でなければならない理由などを明記しなさい」と来ました。800円でそれをするなら、私は、治療を拒否する方を選びます。

私のところに来院する患者は、そもそもここはペインクリニックですから、薬をもらうために来院しているわけではないのです。膝が痛い患者がペインクリニック来るのは、いろんな治療で治らないからであり、その患者に「初回から注射をするなら、その理由を書かないと報酬は払わない」と言ってくる指導員の話は真に受けるべきなのでしょうか? カルテを書かなければお金を払わないと述べて正当化していますが、真意は医師に面倒な作業をさせて、報酬を請求させることをやめさせていこうとしているわけです。私は見事にそれに乗ります。治療もしたくありませんし、報酬もいりません。その方が黒字になります。

もしも、患者がスポーツの選手だったら、初回から薬だけで様子を見ますか?私は相手が誰であれ、初回から全力で治療しますが、全力治療をするならその理由を書かなければいけないのですか? あなたが患者だったらどうなんですか?

 


他人事ではないんですよ

医師への個別指導は国民にとって他人事ではないということを知るべきです。こんな医療現場を考えない個別指導がなされていた場合、被害者は医師ではなく国民です。そもそも800円という注射の報酬では、人に針を刺すことの責任をとれる値段ではありません。しかも、それをするにはカルテに注射でなければならない理由を書け・・・と来れば、誰も注射をしなくなります。まさに薬とリハビリだけの治療となり、それで痛みがとれない患者は手術です。みなさん、本当にそれが望みですか? それが国への希望ですか?


ばね指は270円

ばね指の治療費は270円とさらに安い値段設定です。実はばね指への注射は極めて痛く、一つ間違えれば神経や血管を損傷することもあり、簡単な注射ではありませんが、それがたったの270円。これは明らかに値段設定が一桁違うと思いますが、こんなありえない診療報酬設定にもかかわらず、「初回から注射をするならその理由を書かないと報酬を認めない」などと発する役人の声が、いかに恥ずかしい叫びなのでしょう。こんな治療を医者の誰がするんですか? 親切にも初回からばね指の注射をしてさしあげて、そして指導員にこんなことを言われるわけです。

当然ながらばね指の注射をする医師はどんどん減っていきます。それは患者を、治りもしないリハビリや、リスクの高い手術へ向かわせることになるわけで、他人事ではないのですよ。


私たちは知りませんと捨て台詞

さて、鎮痛薬のロキソニンを処方した日のカルテ記載に私はこう書きました。「歩行ができないほどの腰痛、坐骨神経痛が出現。患者は硬膜外ブロックを切望するが、前回のブロックから1週間以内の来院のため、ブロックができない。よって鎮痛薬を処方する」と。


これを「薬を出す根拠として不十分です。外来管理加算520円をたったこれだけのカルテ記載で請求することは正しくありません」と。

「えっ? この方は歩けない程痛がっていたのを、あなたたちが「1週間以内のブロックはお金を出さない」と診療報酬を支払ってくれないから、やむを得ず薬を出したのですよ。それのどこが不十分なんですか???」

「支払いの有無はまた部署が違いますのでここではわかりません」と・・・

まあいい、ここで言っても無駄だとわかりました。外来管理加算520円というたったそれだけの金額で、ここまで医師の治療姿勢を型にはめようとする意図はよくわかりました。ならば私は外来加算を今後一切請求しません。請求しなければ指導の対象にならないというのも笑える話です。


指導時間2時間10分

気づくと私以外の全員が帰宅し、ホールには私たちしかいませんでした。私のクリニックは最初から目をつけられていたことがはっきりわかりました。通常は50分以内だそうです。なぜ私のような医師が日本では存在しないのか?の理由が行政にあるということを理解していただければ幸いです。

ただ、最後に指導員が私に対して激励してくれたのが印象的でした。なぜ激励?? 何を激励?? それは彼らのやっていることがおかしいことに指導員もうすうす感じているからではないでしょうか?


日本の医療は世界最高

日本の医療は比較的安値で世界最高の医療を提供しています。コストパフォーマンスは最高です。それはお役人がこのようにして医師を管理しているからです。たった520円で医師がお役人に逆らわなくなるのです。笑ってしまいました。「あなたたちはたったの520円でここまで医師をバカにできるのか!」すごい国です。たったの520円を捨てることもできない医師たちの国です。しかし、その反面、お役人のいいなりになっている医師たちに怖さも感じます。国が間違った方向に舵をとれば、それを正す医師はいないことを意味しているからです。どちらにしても、私は日本の医療行政を変えようとは思っていません。全てを自費ですれば何の問題も起こらないからです。

よって残念なことに私の治療はお金持ちしか受けられなくなるということです。それ以上でも以下でもありません。ただそれだけです。

お役人が悪いわけではなく、保険医療が破綻していることを意味しています。医師は医療従事者ではなく、全てカルテ書きの事務員です。全ての国民が事務作業で治るのなら、そんな幸せなことはありません。どうぞやってください。

膝関節骨壊死が治りました(患者様からの投稿)

2017年治療成績

はじめに

私はすでに「膝関節骨壊死」で「手術をするしか方法がない」と言われている患者を手術することなく全治に導くということで数十人の実績を持っています。しかし、実績を示したところで医師たちは信じません。別にそれはかまわないでしょう。しかし、患者たちが信じないことは愚かなことです。何が愚かか? 「手術すれば快適で痛みもない」ということを盲信し、自分の膝に人工関節を入れサイボーグ化することに恐怖を感じさえしないところです。私は本来手術しなくても全治にできる膝を手術して治すことはとても幸せな道とは思えません。もちろんこの意見にご反対の方はどうぞ手術にお進みください。しかしながら手術せずとも救える膝なのに「手術しか方法がない」という話を疑わない方が大多数を占めることに悲しみを感じます。

ここでは、私の治療に感謝の意を表してくださった患者様がその謝意として膝を全治とさせた経過を詳しく投稿してくださったので、掲載させていただくことにしました。文末にMRI画像を掲載しています。どのように治癒したのかをご確認ください。


2017年3月17日付けでコメントを記載しました「なかむら」です。
このたび、F先生による治療が終了(治癒)しましたので、その経過等をここに報告することといたしました(一部、2017年3月17日付けの記載内容と重複します)。


2016年8月17日:
内視鏡下半月板部分切除術をしました。
以後、中々痛みが引かない状態が続きましたが、リハビリを継続しました。
2017年1月27日:
階段を昇ったときに、ガクンと沈み込むような衝撃を膝に受けました。すると、膝の曲げ伸ばし時にひっかかりが生じる(ときとして、ひっかかりのために膝を伸ばせない)ようになり、かつ、膝を伸ばすと「パキッ」という音がするようになりました。
2017年2月9日:
半月板手術した病院とは別の病院でMRIをとり、骨壊死と診断されました。骨切り術(1か月の入院)と、その後、約数か月のリハビリ、そして、約1~2年後に内部に埋め込んだ金属の支持部材を除去する手術をすることを勧められました。なお、手術をしても痛みがとれるという保障はできないが、骨壊死部分が強く当たらないようになるので、痛みがとれる可能性が高いとの説明を受けました。ちなみに、私本人は、変形性膝関節症という自覚はありません。
2017年4月 4日:F先生による初診で、MRIの結果、上記と同様、骨壊死と診断されました。下面にはくぼみがありました。ロフストランド杖による免荷を開始しました。ケナコルト1回目注射。
2017年4月11日:ケナコルト2回目注射。
2017年4月18日:ケナコルト3回目注射。
2017年4月25日:ケナコルト4回目注射。
2017年5月 9日:ケナコルト5回目注射。
2017年5月23日:ケナコルト6回目注射。
2017年6月 6日:MRIの結果、ほぼ完治(治癒)しており、今後の治療は不要と診断されました。下面のくぼみもほとんどなくなったと診断されました。

・初診から完治までの経緯

F先生に診察していただくことを決意し、3月下旬に、T字杖を購入し、初診前に、自ら免荷を試みました。F先生の過去の記事より、初診時に松葉杖による免荷を指示されると想定していました。いきなり松葉杖はハードルが高いと判断し、とりあえずT字杖で歩く練習をしました。
購入したT字杖は、アルミ製で全体がブラック塗装され、3分割されるものであり、3分割される部分が環状にアルミ色となっているもので、杖としてはかなりオシャレなものです。杖のつき方は、ネットで調べ、勉強しました。人生初めての杖でした。痛めているのは右足ですが、この場合、杖は右手に持つものだと今まで思っておりましたが、反対側の左手に持ち、右足が地面に着地する直前に左手で持った杖を地面に付くことにより、右足着地時にかかる負荷を軽減することや、T字杖の免荷率は約20%程度であることを勉強しました。杖のつき方は、約30分程度の歩行練習で、できるようになりました。
初診時、F先生から、ロフストランド杖を渡されました。松葉杖と思っていましたので、想定外で、それまでの練習により、すぐに簡単につくことができました。

・徹底的な免荷

F先生が記載している事項から推察すると、骨壊死における治癒条件としてケナコルトは必要条件ではなく、あくまでも骨壊死の治癒の必要条件は免荷であり、それを前提としつつ、ケナコルト注射は、骨壊死の治癒確率をより高めるものであること、及び/又は、治癒までの期間を短縮するためのものであること、と理解しました。
そこで、徹底的に免荷をしようと思いました。
私は自宅で文章を作成する仕事としており、自席からトイレまではかなり近く、メジャーで測定をした結果、約7メートルでした。
ここで、自席からトイレに行くときであっても、免荷すべきと考えました。自席からトイレまではわずか7メートルですが、往復ではその2倍の14メートルとなります。1日あたり約10時間程度仕事をしていますが、その間、トイレに行く回数は約7回程度です。そうすると、1日あたり、トイレのために要する移動距離は、「14メートル×7回=98メートル」となり、1日あたり約100メートルとなります。よって、1か月あたり、トイレのためだけに約3キロメートル歩くことになります。3キロメールの移動距離を、免荷すべきか否かを考えれば、当然、免荷すべきと思いました。
また、歯磨きですが、それまでは、洗面室で立って行っていましたが、今回、椅子を購入し、着席して歯磨きをすることにしました。歯磨きを、1日朝晩2回、1回あたり約3分とすると、1日あたり6分、1か月で約3時間となります。3時間、立っているのと座っているのとで、どちらが膝によいかを考えれば、当然、後者だと判断しました。同様に、シャンプー後のブロー等も、必ず座って行うようにしました。
また、私は、トイレは大小かかわらず常に座るようにしていますが、今回、骨壊死になってみて、便座からの立ち上がり時に、かなり膝に負担がかかることがわかりました。一般の机と椅子ですと、膝の曲げ角度は約90度程度ですのでさほど負荷はないですが、便座のような低いものに座ると、膝の曲げ角度(膝内側を中心とする内角)は90度未満となり、このような鋭角状態から立ち上がるときは、かなり膝に負荷がかかります。このため、便座からの立ち上がり時にも、必ず補助棒を握って立ち上がるようにしました。

・膝の回復過程

3月22日:初診前の最初の免荷の翌日ですが、1日だけで、膝の痛みが体感できる程度に減りました。免荷の威力を改めて知りました。
4月5日(ケナコルト1回目の翌日):膝裏のむくみが減った感じがしました。
4月7日:痛みをほとんど感じなくなりました。
4月8日:膝内側に、少しチクチクとした痛みがありました。
4月10日:膝内側に少し痛みがありました。膝の屈伸時に、それまであった皿の裏側のギーギー感が減った感じがしました。
4月12日:膝の屈伸時のひっかかりが減った感じがしました。また、膝の屈伸時の音が少なくなった気がしました。しかし、ときどき、膝内側にピリピリ感がありました。また、皿の裏側のギーギー感はさらに減った感じがしました。
4月21日:たまに、膝内側にピリピリ感がありました。
4月22日:膝内側に、わずかな鈍痛がありました。痛んでいる部分以外も痛むような気がしました。皿の上、膝の裏、膝の下などに、痛みというより、皮膚がピリピリする軽度の神経痛のような感じがありました。
この頃、右足が細くなったことが、目視でわかるようになりました。しかし、右足が細くなったことは、憂慮すべきことではなく、むしろ、しっかりと免荷ができている証拠であると受け止めました(筋力低下は完治後に1年程度かければ元に戻ると思っております)。
5月3日:皿の裏側のギーギー感がかなり減りました。
5月11日:膝内側のチクチク感が大幅に減りました。
5月23日:膝の内側後部の筋の軽い張りのような違和感はありますが、現時点で、痛みは全くなくなりました。
5月26日:都内某所まで出張し(当然免荷)、その後、膝内側の筋に少し張りがありました。
以上の経過をたどり、F先生による初診から約2か月、免荷と、6回のケナコルト注射とで、骨壊死がほぼ治癒しました。私個人としては、奇跡的といいますか、ミラクルというような感じなのですが、F先生からすれば、それは「当然」のことなのでしょう。
今回、F先生の指導下で治療をして本当によかったです。手術や入院を回避することができ、本当にうれしいです。
F先生、A秘書様、ありがとうございました。

最後に

実績とは何か?について述べておきます。

今回のように生活指導と治療を厳格に行えば、「手術しか方法がない」という疾患を「手術しないで全治」にさせることができます。しかし、「手術しないで全治にできます」というセリフは私の実績を元にした理論であり、現代医学では不可能とされることを可能にしているわけですから、この理論は極めて高価な理論です。

患者は私の指導の通りに治療を行うだけなのですが、その治療法は私が医師として何年も何年も極めて熱心に治療に向き合わなければ編み出すことのできなかった治療法であり、それが証拠に私以外のどんな医師も実行していない治療法です。いわば秘法・奇跡的な治療法ですが、それは私の実績にのみ裏打ちされています。

この裏技を編み出すには想像を超えた苦労話が幾重にも重なっており(だからこそ他の医師にできないのですが)、私はその秘技を患者に対して特別な料金を徴収せずに行っています。実績とは、それを重ねるためには労力にして何百万円ものコストがかかっています。しかし、その貴重な実績を「信じない」という姿勢のみで無にすることができます。

まさに「信じた者のみ救われる」のですが、ここで一言だけみなさまに忠告しておきます。私の実績をあまりコケにされないほうが皆様の幸せのために重要だということです。実績はそれを達成した人間の地位や名誉・名声・マスコミ力のみで信用度が決まります。だから皆様は何度も騙されるわけです。地位や名誉のない人間の言うことであっても、その人間のこれまでやってきたことをしっかり調査すれば、信用できることがわかるものです。その調査を行う労力を惜しむ人には「信じてよい実績かどうか?」がわからないでしょう。

どうか皆様、地獄を見ないためにも、自分の労力で自分の責任で他人を信用する癖をつけてください。それができれば、自分の力で世の中に落ちている貴重な情報を入手できる可能性が高まります。このサイトには人類を幸せに導くことができる何千億円に相当する情報があります。しかし、そんな高価な情報を「信じない」というだけで無にしてしまっています。それがどれほどもったいないことか・・・私にはどうでもよいことですが。

私はまだ開業して2年2か月ですが、開業初日より黒字であり、開業以来毎日もうこれ以上患者を診ることができないという飽和状態にあります。自分を過度に宣伝し、患者を集める必要はありません。自分の能力を誇張し、他の医師たちと張り合う必要もありません。収入も十分に得ています。ですから、これらの文章は世間に自分を認めてもらいたいという一心で行っているわけではありません。

非常に高価で貴重な情報が目の前にあるにもかかわらず、それを信じないために不幸になる難治性の患者たちに一つの救いとして掲載させていただいています。疑うことは自由ですが、その前に一度ざっとこのホームページに目を通すことをお勧めします。。

上頚神経節ブロックの治療成績(突発性難聴治療例)

2017年治療成績

はじめに

上頚神経節ブロック(SCGB)は脳・脳幹などの血流を改善することにより、これまで治らないとされていた頭蓋内で生じる様々な疾患に対して非常に効果のある治療法です。その実際の効果を数字で可視化するために、一つの例として突発性難聴の治療成績を発表します。突発性難聴の治療効果はデシベルという数字ではじき出せるからです。


突発性難聴とは

原因不明・治療法が確立されていない突然発症する難聴で年間5万人が発病すると言われる疾患です。しかもその3分の2は難聴が元に戻りません。医師の間では「幸いその3分の1は治ります。しかし同じく3分の1は多少は回復するものの治癒には至らず、残りの3分の1は全く回復しません。」とささやかれる難病です。

突発性難聴をしっかり学びたい方はこちら→突発性難聴治療の最先端PDF


初診時の突発性難聴の重症度

突発性難聴の重症度分類

  • Grade1 初診時聴力レベルが40db未満  Grade2 初診時聴力レベルが40db以上60db未満
  • Grade3 初診時聴力レベルが60db以上90db未満  Grade4 初診時聴力レベルが90db以上

当院にはG4の症例(重症度の高い症例)が大学病院より多く来院する傾向があります。


名古屋大学病院369例の重症度別治療成績

初診時重症度別不変の割合(大学病院369例)

※不変の定義は5分法(0.25,0.5,1,2,4kHz平均)が10db未満の回復または悪化をいう

治療成績の定義

治癒 5分法で聴力レベルが20db以内に戻ったもの、健側聴力が安定と考えられれば、患側がそれと同程度まで改善したとき
著明回復 5分法で30db以上改善したとき
回復 5分法で10~30db改善したとき
不変 5分法で10db未満の回復のとき

(厚生労働省急性高度感音難聴研究班)

上のグラフは重症度に無関係に「不変(治療無効)の難治症例」の割合が一定に存在していることを表します。つまり、「何を行っても治らない患者」の割合、現代医学で治療が及ばない難治性症例が突発性難聴には一定確率で存在していることを意味します。


当院に来院する患者の前医での治療成績

当院では前医での治療が無効であった難治症例が76%と大多数を占めます。大学病院では治療が無効であった難治症例は28%であり、当院には現代医学でも治らない難治症例が大学病院と比較して圧倒的に多く集まっていることがわかります。


当院の患者がこれまでに受けてきた治療(重複可)

当院の患者たちは前医でしっかりした最先端の治療を受けてきていることを示しています。


前医の治療法と転帰

このグラフは現代医学の治療に関して「何をどう行おうとも治らない」難治症例が当院の大多数を占めることを意味しています。

DIV:ステロイド点滴 SGB:星状神経節ブロック


発症から当院初診までの日数

発症から当院初診までの日数(全体とDIV)

発症から当院初診までの日数は全体平均19.4±15.3(1δ)日。突発性難聴の治療をする上で「遅すぎる来院」であり、当院の治療は大きなハンディキャップを背負っています。


上頚神経節ブロック(SCGB)の治療成績

SCGB治療前後の回復の程度(厚生労働省の判定基準による)

現代医学の様々な治療を行っても改善しない「不変難治例」49例が18例に減り、回復は10から25例に、著明回復は5から17例に、治癒は0から4例に増えています。これは治療開始時期が約3週間遅れであるというハンディキャップを背負った上での治療成績です。


SCGBと様々な治療群との成績比較

どの治療法と比較してもSCGBは圧倒的な治療成績を出しています。


SCGBの守備範囲

SCGBはすでに症候性パーキンソン病(首下垂症候群)、ALS症例、ALS様症例、三叉神経痛、脳梗塞後遺症、不安神経症、うつ病など、難聴以外の分野で成果をあげています。しかし、これらの疾患ではエビデンスを示すことが難しいため、今回は突発性難聴という「治療成果を数字で示すことができる」疾患でSCGBの治療効果を示しました。

現代医学でも治らない難聴が治るということは、すなわち、治らないとされていた頭蓋内の様々な疾患を治すことができるという証でもあります。SCGBの作用箇所は内耳にだけ特異的なはずはなく、頭蓋内のすべての個所に効果があるからです。

脳・脳幹という頭蓋内の疾患に対して圧倒的な治療効果を出しているSCGB治療は、今までその成果を証明することが難しいという背景がありました。そこで今回は突発性難聴治療という「結果が数字で出る疾患」でSCGBの効果・威力をまとめました。


SCGBはこれまで「治らない」とされていた難病を想像以上に改善させる可能性が高い治療法です。ここでは圧倒的な治療力を数字で示しましたが、このような証拠を示しても信じない人はいるでしょう。

追伸:このデータは2015年10月29日から2017年3月13日まで(約18か月)のデータです。この18か月の間、SCGBは技術的な進歩を遂げ、最近の治療成績はこの18か月間の治療成績のさらに上を行きます。


また、2018年は、仏力の「加持」とのあらたなコラボ治療を確立。2017年の治療成績をはるかに上回る勢いで実績が生まれています。ぜひご覧ください。↓

突発性難聴治療における量子波ヒーリングの驚異的成果(3例)

まことに迷惑な患者の話2

2017年治療成績

敬意のない患者は本当にお断りです

私はこのセリフをすでに何十回もこのホームページをお読みの方に申しておりますが、なぜそこまで「敬意」にこだわるのか? それがわかるエピソードを掲載します。昨日起こったお話です。

 

帰りがけに一言

30代の妊婦の方が帰りがけの会計の際に「あんなにバカていねいなのはおかしくないですか?」と受付に苦情を述べて帰られました。受付の采配で次の予約はとらせることなく返しましたが・・・

私の診療に性的な不快感を示したと判断します。つまり、私が治療行為を装い自分の性欲を満たすために身体に必要以上に触ったりしたということでしょう。敬意があればこういう無礼な判断はしません。どこまで低次元な人間として私が見られているのでしょうか?

 

治療背景

この女性の主症状は耳鳴り・うつ・自律神経失調・首まわりの不快感です。これらの症状を治す方法は現医学にはないことはみなさまもご承知でしょう。妊娠7か月ですのでお腹の赤ちゃんは安定期を迎えていますので使用量に注意すれば薬剤も使えないことはない時期です。

初診時は上頚神経節ブロックを行い、そして上記の症状が軽減したとのことでした。その後治療回数を重ねるうちに「腰が痛い」「手首が痛い」と治療要求が増えて行きました。

私の治療技術が高いことがわかると、多くの患者はこのように治療箇所を増やしてエスカレートさせていきます。特に30~50代女性に「治療要求増加」の傾向があります。

およそ2週に1回の通院ですが、電車で30分くらいの通院圏内の患者なので私に敬意がないことはだいたいわかっていました。感謝の言葉をいただいたことがこれまで一度もなかったからです。

「耳鳴り・うつ・自律神経失調・首まわりの不快感」などという不定愁訴を治せる医師などいないというのに、その価値を全く理解していないと思います。

 

先週の治療

先週私は上頚神経節ブロックではなく、腰痛に対して腰部硬膜外ブロックを行い、そして左手首痛(おそらくTFCC)の治療のために手関節内注射(ケナコルト入り)を行いました。この二つの注射は「本来は妊婦に行うべき治療」ではありません。腰部硬膜外ブロックはミスをして脊髄注射となれば、妊婦の場合は麻酔薬が脳まで到達しやすく(妊娠中は腹圧が高いからです)、血圧が急激に下がって意識を消失したり命に関わることになりやすいからです。私の場合はミスを万に一つも侵さないため「極めて慎重に行えば可能」となるのですが、普通の医師は怖がってやりません。また、手首の注射に使うケナコルトは性ホルモンに関係し、安定期とはいえども赤ちゃんの成長にわずかに影響しかねないため使いたくない薬剤です。

治療を要求されたときに、断ろうかと思いましたが、妊婦の辛さがわかりますので、なんとかしてあげたいという気持ちでこの二つの注射を極めて慎重に行いました。その重責を金銭に換算すれば診療費は10倍とっても割りに合いませんが、私はこの「感謝の意も示さない患者」に対し、普通の診療費でリスクに責任を負う形で治療をしました。

帰りがけに私は「妊娠していると全ての治療行為が危険になるし、治療すればするほど赤ちゃんにも影響してしまう」ことを述べ、「普通ならばこのくらいの苦しみは我慢しなければなりません。普通のお母さんたちはみんな赤ちゃんのために我慢するものですよ。」とお説教しました。半分は怒りです。謝意を示さないことに怒りではなく、赤ちゃんのために体の不調をがまんできないという精神の弱さに怒っているのです。

 

昨日の治療

昨日来院したときは「腰の痛みは収まった」といいます。「で、どこが調子悪いんですか?」と私はこの妊婦に尋ねました。

ただでさえ妊婦というだけで当院には極めて迷惑な存在です。妊婦にブロック注射を平気で行う医師などいません。説教したにもかかわらず、また来院しているものですから「どこを治してもらいたいのか?」たずねるしかありません。

すると「首回りと手首です」と言います。

この返答は普通のようで普通ではありません。前回、「治療は赤ちゃんのためによくない」ことを述べた患者です。ですから、本日ブロック治療を受けたいのであれば、「赤ちゃんや自分の身の危険を侵してまで治療をしてほしい理由」を言わなければならないのですから。こんな誠意のない返答が許されるわけがありません。

まるで私があなたの治療をしたがっていて、患者が来院することを喜んでいると思っているようです。そうでなければこれほどぶっきらぼうな返答になりません。

さて、これほど誠意のない返答をされると、医師としてはどんな気分になると思いますか? 怒り? 違います。恐怖です。

もしも治療にわずかの落ち度でもあろうものなら、この妊婦に訴えられる可能性が高いということを肌で感じるからです。わずかな落ち度とは、注射を刺した箇所が少し青くなる、シールを貼った箇所がかぶれる、注射後に新たな痛みが出る、などのことを言います。

これらは普通に「注射をすればやむを得ないこと」と認識しますが、この妊婦は訴えたり周囲に暴言を吐いたりして評判を落とすなどのことを起こす可能性が高い、と私は推測してしまうわけです。それは恐怖なのです。

 

なぜミスを侵さないか?

私は極めてミスを侵さない医師です。その理由は「患者と精神リンク」ができるからなのです。患者の立場に立って考えるということがさらに発展し、患者のわずかな表情や緊張の度合いで感情を読むという芸当ができるからです。私が注射をするとき、そのセンサーをピリピリと周囲に張り巡らせ、そして患者の容態を自分のことのようにモニタリングできるがゆえに大きなミスを起こさないのです。

当然ながら患者の悪意・邪気も商売上手に取るように見えてしまうため、そのような患者に注射を打つときは恐怖のために精神が破裂しそうに緊張します。

そうした緊張がさらに私の治療技術を向上させてくれます。

そして、今回の上頚神経節ブロックの最中に、妊婦の血圧が急激に上がったのを左手が察知しました。超音波プローベを持つ左手が脈の強さを感じ取ったからです。この場合、患者が恐怖心を抱いていることがすぐに私に伝わります。そして、その原因はブロック注射が上頚神経節内にしっかり入ったことであることを理解しています。しかしながら、その反応が急激である場合に患者は変化に恐怖心を抱き血圧を上昇させます。私の治療技術を信じていない者に多い反応です。

リスクの高い妊婦にそうした血圧の激しい変動を感じた場合、私は治療の手を止めるしかありません。

 

性的に気持ち悪いと思われる

このような血圧の急な上昇を察知した場合、薬液を入れるのを止め、ゆっくり血圧が正常化するのを待ってから入れるしかありません。そういうことができるので私のブロック注射は極めて安全性が高い(ミスを侵さない)のです。

その際に妊婦に「何かありましたか? 血圧が上がってドキドキしているのがわかります。何も言わなくてもわかりますから。そういう異変を察知できる技術を持っていますので安心してください」と述べたのですが、この「何も言わなくてもわかる」というのがこの妊婦を気持ち悪がらせたのだと推測します。心の中にリンクされたからでしょう。他人に自分の心の中に入られることは性的に気持ち悪いのだと思います。

おいおい待ちなさい! 心をリンクしておかなければ危険をいち早く察知できないのです。その技術があるがゆえに妊婦であるのにブロックができているのです。この技術がどれほど高価で希少かかみなさんにわかりますか?

ただし妊婦の悪意も邪気もわかるわけです。心を読まれれば素性の悪い患者は困るでしょう。しかし私に敬意があればこのような不快感を持つことはなかったはずです。

 

ガングリオンに執着

次に妊婦の左手の関節内に注射をしました。手関節の注射は難易度が極めて高く、それ自体を行う医師は探しても見当たらない程希少です。もちろん、この妊婦はそれほど希少価値がある注射であることは認識していないでしょう。

ただ注射をすればよいというのではなく、痛みを与えずに、ミスなく行うこと、それを100%近く毎回成功するまでに技術を高めることが「極めて難しい」と言えます。

ところが、今回は関節面を探すのに手間取り、3分くらい手首を探りました。その3分間、彼女の手首を執拗に触らざるを得ませんでした。彼女にしてみれば「先週はさっと注射したのに、今週はしつこく触る」ことに対して私が性的な欲求を満たすために触りまくったと思ったのだと推測します。

そして、関節内注射後に尺骨と橈骨の間に隆起が少しぽこっと出てしまいました。おそらく小さなガングリオンが存在し、それが内圧によって表面に押し出されたのだと推測しました。

「以前から手首にぽこっとしたものがありましたか?」とたずねると「そういえば以前から少し膨らんでいました」というので「それはおそらくガングリオンですね」と述べました。

すると極めて不安そうな顔をしたので「いやいやガングリオンとは悪いものではなく、誰にでも関節近辺にできるものなんですよ」とフォローしました。

しかし、不安な顔はますます強くなったため秘書が「私にもありますよ」とフォローしたのですが、不安が私への不信に変わってきたのを読み取れたため、秘書はさらに「ガングリオンはできやすい体質の人とかいますね」と必死になってフォローしていました。

私はもうすでにこんな患者とはかかわりを持ちたくないので一挙に無口になりその場を離れました。

 

帰りがけに

この妊婦は帰りがけに秘書に愚痴をこぼしたわけです。

「あんなにバカていねいなのはおかしくないですか?」です。

 

どうですか? みなさん。妊婦にはバカていねいにやらなければ母子ともども極めて危険だというのに、その危険を侵してまで誠心誠意、安い治療費(本当は10倍の料金でなければ割りに合いません)で治療をする希少な医師に対して、このセリフを放って帰るわけです。恩を仇で返すです。

当然ながら秘書も大怒りです。が、「院長はあなたさまが妊婦さまなので相当神経を使っているんですよ」と言い、次回の診察予約をとらせずに帰しました。つまり暫定的な出入り禁止です。妊婦は出入り禁止にされたとは思っていないでしょう。

 

私は明らかに普通の医師とは違います。普通の医師が「危険すぎるのでやりたくない治療」を創意工夫・経験・神経集中・技術力を駆使して安全に行う「あり得ない医師」です。「ありえないくらいバカていねい」なのは私のあまりにも普通な姿勢です。リスクが高いことに飛び込まなければならないからです。その献身的な姿勢をセクハラだと感じるわけです。私はこの怒りをどこに向ければよいでしょう?

 

当然ながら敬意がない患者は最初から診ないようにすうしかありません。そしてますます「敬意があるかないか?」の審査を厳しくするしかなくなってきます。敬意のない患者は一体どれだけ私の心を傷つけていけばよいのでしょう?

 

終わりに

これは全て私の空想です。実際にこの女性患者が性的な嫌悪感を抱いたかどうかはわかりません。私はメンタリストで普通の人間よりも心を深く読む癖があります。難易度の高い治療を毎日行うがゆえに身についた特殊技術です。ですが、私の考え過ぎの部分もあるかもしれません。

最後に、敬意さえあれば何の問題も起こりません。

まことに迷惑な患者の家族のお話

2017年治療成績

先日起こった事件をご紹介します

脳梗塞で視力を失いかけている高齢者の方が突発性難聴になられて左右ともに全く聞こえない状態となりました(片方の耳は30年前に失聴)。これは人生を揺るがす一大事ですので早速、初診時(発症2日目)に上頚神経節ブロックを行いました。


初診時にすでにこの患者の娘が私への不信感を顔に表し、不機嫌な顔をしているのが読み取れました。おそらくその理由は私の診療所のホームページに「私は世界で初めて上頚神経節ブロックを開発し(完成させ)ました」という文章に不信感を持ったからであろうと推測します。


「世界で初めて?」「そんな医者がこんなところに潜んでいるわけがないだろう?」「このハッタリ野郎」と思っていたからであろうことが予測されました。

もしかすると、世界には私と同じようなこと(上頚神経節ブロックもどき)をしている医師がいるかもしれませんが・・・もしもその手技が、本当に的確であれば、奇跡的な治療効果を発揮するため無名ではいられません。現時点で上頚神経節ブロックの効能・効果が世界で無名であるということは、そのブロックのマネごとが行われていたとしても臨床的に適切ではない(完成されていない)証拠となります。


不信感をあらわにした娘さんは私にぶっきらぼうに質問を投げかけてきました。


「抗凝固剤を使っているが大丈夫か?」「これほど酷い難聴の方が他にいるのか?」「治せるのか?」という質問です。私に敬意のある質問の仕方ではなく、「質問に答えてみろ!」というような私を審査する口調でした。


十分に私のことを予習していない方たちだなあと思いつつも、私は


「出血のリスクは高いと思います。ただし、私のところでは特注の極めて細い針を使っているのまず大丈夫だと思います。」

「グレード4の方ですよね。グレード4とは全く音が聞き取れないレベルの方をいいます。そういう患者様は私のところでは全体の38%を占めますので、普通です。」とグラフを見せて説明しました。

「治るか?という質問に対しては、他の病院で何をやっても効果なかったという方49例中31例を改善させることができます。」「逆に言うと49例中18例は治せないということです」と、これもまたグラフを見せながら説明しました。

と、しっかりした数字で回答しました。後になってわかりましたが、質問に即座にあまりにも堂々と回答したことが娘さんをさらに怒らせたようです。


この患者は血液の抗凝固剤を服薬中ですのでブロックには通常の方の何倍もリスクが高く、よって何倍も神経をすりへらすことになり治療には重い責任を負います。通常は治療を断られるのが普通であり、実際に他医で星状神経節ブロックを断られたそうです。それでも見えない・聞こえないとなると、この方の人生が終わってしまうと考え、私には極めて不利ですが、リスクを承知で責任を負う形でブロックを行いました。その態度はおそらく、この患者の家族には伝わることなく、逆に「無謀な医師」と映っていたのだと思います。恩や善意がネガティブにとられていたのでしょう。


翌日の来院で「聞こえが改善していない」とのご返答を奥様からいただきました。実際はふらつきが改善されていて、歩行が安定していたことが観察されましたが、おそらく家族はそのことに気づいていません。


そして奥様は「今日の検査結果で耳鼻科に入院になるかもしれません」と言いました。つまり当院にはもう来ないかもしれないと告げました。


私は患者の住所をちらっと見ました。すると自動車で20分くらいのTというところに住んでいるということがわかったので


「Tの方ですね。ならば私のことを信じなくても仕方ないですね。治療を選択する権利は私にはありませんから。しょうがないですね。非常に残念ですががんばってください」と述べました。

私の診療所には北海道や九州から飛行機で通院する方が普通におられ、そして新幹線通院患者は大勢おられます。そのように遠方から来られる方は、私への敬意を持ち、信頼して治療に来られますが、近くに住んでいる方は「敬意もくそもない」ことが多いというはっきりした傾向があります。

近いから私のところに来たという患者とは信頼関係が結べないことが多いといえます。


本当は引き留めようかと思ったのですが、奥様が私への不信感を顔面いっぱいに出していたので「しょうがない」とあきらめました。私は不信感を出されるような言動は一切していません。


これほどの難病に、合併症に、びくともせず、堂々と患者に立ち向かって即座に治療を行ったこと、グラフを見せて回答したことが逆に相手の気に障ったわけです。家族たちは私を審査するつもりで来院していたのだと推測します。が、堂々過ぎるところがその審査に不合格という烙印を押したのだと思います。おそらく「誇大妄想医師」という烙印を押したのに違いありません。


さらに家族たちは、1度目の治療で効果がなかったので、「やっぱり、この医師は誇大妄想のキ〇ガイ」と判断したのだと思います。


こういう場合は「ご縁がなかった」とあきらめることにしています。私はこのようにプライドを傷つけられることは常に容赦してきましたが、そうではなく患者の人生が家族の判断によって、踏みにじられることが極めて悔しい次第です。


私は昔であれば通常、こういう患者の家族とは大声で格闘していたものですが、最近では口論もせず、極めてあっさりさよならを言います。が、おそらく、私が悔しがっている表情をしたので、その表情を奥様が読み取り、気分を害されたのだと思います。なぜなら悔しがる=「あなたたちの選択は間違っている」と私が主張することと同じ意味だからでしょう。その後に抗議のメールをいただきました。大変びっくりしました。


原文をそのまま掲載することは著作権侵害になるため、箇条書きにします。


メールタイトル:びっくりしました

 

  • 困ってる人に最低な言葉を放ったとの訴え。
  • 信用は時間をかけて築いていくものとの訴え。
  • 医者に人を傷つける権利はないとの訴え。
  • 今までのどんな医者の中でも最低という評価。
  • 人を傷つけて偉そうな態度を取るのは医者失格とのこと。
  • 予約入れるほど混んでない「人気と信用のないクリニック」との評価。
  • ホームページ掲示板には都合の悪いものは載せないと主張。
  • どんなに素晴らしい技術か知りませんという評価。
  • そちらにお世話になるくらいなら家族が支えて生きていきますとのこと。
  • 人の気持ちを何とも思わないとの評価。
  • 医者というか人として終わっているという評価。

このメールは患者の娘さんからのものです。人を傷つけるといますが「人」とは誰のことを意味しているのでしょう? 私からすれば人とは患者ですが、娘さんからすれば「自分」のことなのでしょうか? 私は上記の会話で人を傷つけた覚えは全くありません。私は患者本人を助けるためには患者の家族と最後まで戦う医師です。ですが今回は本人が私の会話を理解することができない(聞こえない・見えない)ので戦わずにあっさりさあきらめました。娘さんはあくまで私を審査したかっただけだと推測します。


私は人の心を読むことがでるメンタリストですのでこういうメールをいただきますと、その理由が手に取るようにわかってしまいます。その娘さんの家族背景や奥様との接し方、普段の日常生活でかかえているであろうストレスなども推測できてしまうのです。


そのくらいの洞察力で患者と接しているからこそ、これだけリスクある治療をしても安全にここまでやってこられているということを誰も理解していないでしょうし、理解されたいとも思っていません。この患者では出血のリスクがあるにもかかわらず、即座に臆せずブロックを決行しましたが、それは私が無謀だからではなく、安全確保に莫大な精神力を注いでいるからです。ですがこの家族には即座に決断=安全をないがしろにする無謀な医師、と判断したと推測します。


これだけリスクある患者ばかりを相手にし、難易度の高い治療ばかりしていれば、普通は必ず大きな事故に出会います。そしてそれがトラウマになって二度とブロックをしたくないという心境になるのです。それが起こっていないことがすでに私が無謀ではない証拠になっています。慢心や過信では事故が必ず起こりますから。


話をもとに戻します。


おそらく耳鼻科入院に舵をとったのは娘さんであり、その責任の重さがゆえに、「最悪の選択をした」との態度を私にとられたことに対して尋常ではない私への憎悪が芽生えたと推測します。ただし私は「最悪の選択をした」とは口が裂けても言っていません。私の堂々とした態度や口調がそのように言っているような雰囲気をかもしだしたのでしょう。


耳鼻科医でもない私が西洋医学や大学病院に治療を任せることを「間違った選択」と思っていることは当然ながら相手に伝わっていると思います。それが「偉そう」という言葉に集約されています。そして「人として終わっている」というセリフから、私が「誇大妄想のキ〇ガイ」と思われていることがうかがわれます。


ですが、私は常に「偉そう」にしないように努めています。偉そうとは、権威の仮面をかぶって権威者を装うことですが、実力もないのに実力を装うと、それが原因で患者を危険な目にあわせてしまい、医師人生も患者人生も崩壊します。


ですから私は常に自分を過小評価することに徹し、世界トップレベルの治療法を数えきれないほど開発しても、このようにおとなしく、患者に小ばかにされようとも黙々と治療をしているわけです。私は常に「偉そう」にしている教授たちを批判的に見つめ、他人の実績をあてにせず、自分で実績を作った治療法だけを信じて治療を行ってきましたので、全ての行いは実際に数字ではじき出した科学的なものです。教授の言葉よりも医学書よりも臨床現場での実績や科学(数字)のみを信じるその態度が偉そうに見えていることはわかっています。これは逆に言うと教授たちの出した治療成功のデータの嘘を暴き、自らそのデータを塗り替えることに等しいからです。偉いのではなく反社会的です。


そして今回は家族とバトルしても無駄だと分かっていたので静かに終わらせました。ですが、結果は逆に出ています。静かに終わらせたことが「さらなる偉そうな態度」に映ったのでしょう。よって「私たちの選択が間違っていたとしても、そちらにお世話になるくらいなら家族が支えて生きていきます」という言葉を言わせたのだと思います。


しかし、「選択が間違いなら支えて生きていく」とはいうものの、患者の人生は地獄に落ちます。生活を支えることなど患者にとっては関係のないことで、患者は死ぬまでの間、音のない世界、ほとんど見えない世界という地獄を生きなければなりません。私ならばその地獄から救えたかもしれませんが、耳鼻科医にはそれはほぼ不可能であることを、私は既に数字で出しています(その論文がこちらです)。もし、患者と私が直接会話できれば、私はこの患者を説得させることができました。しかし、患者本人ではない者に「音のない地獄や弱視の苦しみ」は理解できません。問題はそこにあるのです。


地獄を生きるのは患者本人です。その地獄がどれほどひどい地獄なのかを、わかっていれば私のような医師につばをかけるようなことは、たとえ私に怒りを感じたとしてもしないはずです。人の痛みがわからないことが、患者を地獄に落とし、場合によっては自殺に追い込むことがあります。それを、こうも簡単に自分のプライドが傷つけられたという理由で、人の人生を選んでしまうのか・・・。


どちらかと言えば、家族の罪というよりも、患者が地獄に落ちることをわかっていながらそれを救わなかった私に罪があるのかもしれません。非常に悔しい思いをしました。が、私に敬意のない患者を救うことはできません。敬意どころではなく審査されているわけですから。


さて、私にはこうした「難治性の患者を救うことができる」という自信、そして「耳鼻科に入院することで患者の人生は終わるだろう(音のない世界になってしまう)」と推測することが、傲慢、ハッタリ、自信過剰、医学を冒涜している、とこの娘さんが考えていることは普通にわかります。だからこそ私は「Tに住んでいる人だから仕方ないねえ」と申し上げたのです。近所に住んでいる方々は私がどれほど研究をし続け、患者側に立って必死に治療法をあみだしているか? その治療実績を知りません。よって敬意も何もありません。


私の自信は誇大妄想から来ているのではなく、治療実績のデータ分析から来ているもので、確固たるエビデンスがあります。エビデンスを持って治療予測をすることは傲慢でも誇大妄想でも「人を傷つけること」でもありません。


ではそのエビデンスの一部をご紹介します。まだ公表していないエビデンスです。


私の診療所に来院した1.5年間の突発性難聴の患者72例は、グレード4(ほとんど何も聞こえない)の患者が全体の40%を占め、大学病院や総合(専門)病院・鍼灸で治療が効果なしだった患者が約8割(77%)を占めます。当院の初診日は平均で発症後15.2日。つまり医学が見放した患者で、かつ手遅れの患者ばかりが来院します。そうした悪条件の中で次のグラフのように改善させています。


SCGB治療前後の回復の程度(厚生労働省の判定基準による)

SCGBは上頚神経節ブロックのことです。


現代の医療の全てを尽くしても効果なしだった49例のうち31例を回復に導くという恐らく世界トップの成績を残しています。しかも聴力データは数字できっちり出ますのでごまかすことができませんしケチをつけることがなかなか困難です。青が私の治療を受ける前の治療成績で、赤が私の治療(SCGB)を受けた後の治療成績です。厚生労働省の基準に従って判定した結果です。


現在は治療予後の研究論文を進行形で書いています(近いうちに公開します)。その論文から導き出した予測では上記の患者は大学病院や専門病院ではほぼ救えないことがわかっています。予測の理由はのちに公開します。失聴を避けるための最大の可能性として上頚神経節ブロックがあったのに・・・と思っています。だから「私を信じられないのなら仕方ないですね。」という言葉になったわけです。


娘さんが私を信じられないのではなく、私を信じるために(私を調べるために)日常損傷病学のホームページを隅々まで読む労力をかけていないと思われます。私を調べる手間を省くというそれだけのことが患者から私の治療を受ける選択肢を奪うことにつながります。そういう惨事を私にはどうすることもできませんし、これを惨事と呼ぶことが傲慢であるというのなら、私を上回る治療成績をきちんと数字で出すことのできる医師を世界中を回って探してみてください。そうすれば私が「世界初、世界トップレベル」などと言っている理由が少しはわかると思います。


私は、こういう(世界初、世界トップなどの)セリフを言うほど信用が落ちることをよく知っています。メンタリストですから。ですが、私を理解しようとする者が読めば、真実が見えるように工夫してあります。


私はそれを患者に対するハードルとして考えており、ハードルを乗り越えられた患者のみ診療するようにしています。


つまり、世界トップ、世界初などという言葉のみを取り出して、「何を誇大妄想してるんだこのキ〇ガイ医者」と思う人は、ホームページをしっかり読んでいない証拠とみなして診療しない、というようなハードルを患者たちに課しているわけです。


考えてみてください。前医で高圧酸素・ステロイド点滴・星状神経節ブロック・鼓室内注射・針灸などあらゆる治療を行って、改善しなかった患者が8割という状況を2割にまで減らすことができるのです(データは近々に論文で公表します)。その私が、救えるかもしれない患者を目の前からさらっていく患者の家族に対し、どれほど悔しい思いをするかわかりますか? 患者の痛みがわかる医師にとって、こういう状況は極めてつらいものです。「びっくりしました」は私のセリフです。


もし、入院させて聴力が回復した場合(ほとんどはそうなりませんが)、家族は私たちの選択は正しかったと思うかもしれません。しかし、私は80%の確率でそれ以上に改善してさしあげることができます。それは自信過剰ではなく、研究データがそう主張しているのみです。そして残酷なことですが、研究データでは耳鼻科に入院した場合、まず失聴は避けられないと出ています。それは私の治療で1度目に症状の変化が認められない場合、何をやっても聴力が回復しにくいというデータがあるからです。ただし、「症状の変化」は出ているのに本人がそれを感じ取っていない場合が多々あります。そういうことを加味した予後判断は、データ以上の観察力が必要ですので、数字ではなかなか表せません。


私を信じてほしいなどという言葉は空虚です。信じる者は何も言わなくても私のこれまでの実績や医師としての態度で自ら信じ、信じない者には「信じてもらえないなら仕方ないですねえ」という言葉を言ったがために、たったその一言で「今までのどんな医者の中でも最低でした。」と言われてしまいます。これが現実です。愚かな患者は私を審査しに来院します。1か月くらい前にも内科医(妻が難聴で受診、の同伴)が私を審査しにやってきました。その内科医は「そんなに優秀な治療成績があるのにどうしてこんなにはやってないのですか?」と言い放って帰っていきました。はやっていないというよりも、患者の通院を極力制限しているのですが、それを言っても無駄です。この失礼極まりない言葉を面と向かっていうのですから、彼は最初から私を侮辱するために来院したことがわかります。


この内科医には治療成績をグラフで見せたのですが、最初から「私をなじって妻に治療をあきらめさせる」ために来院したため、グラフなど見ていませんでした。説明したところで馬耳東風です。審査しようとしている人間に対してグラフを見せても信じるわけがありません。すでに来院時から「私を否定するために来院しました」と内科医の顔に書いてありました。こんな無礼な患者に怒っている暇はありません。次の重症患者が待合室に待っているからです。


お願いです。どうか私に敬意を払ってください。それを傲慢と呼ぶ方は最初から私にアクセスなさらないでください。


私も人間ですから、傷つけられれば、今後は診療費をうなぎ上りに上げていき、信用や敬意をお金で頂戴するということを実行しなければならなくなります。そして今後は治療するしないを事前に私が判断し、治療を許可制にするしかありません。治療する前にIDを発行し、IDがない方は診療いたしません。


権威や知名度しか信用できない方は決して私にアクセスしないでください。私は人の心を読むスペシャリストです。信じているフリはすぐに見破ります。そしてすぐさま出入り禁止にさせていただきます。今後は治療する前に、会話する前に診療所に来た瞬間から追い出します。もうすでにその方針に舵をとっています。私は再度いいますが人の心を読めるメンタリストです。かなり短時間で相手の深層心理まで読んでしまいます。だから短時間で追い出します。


これまではわからずやの患者を説得にかかりましたが、今後はそんな無駄な時間を使いたくありません。私の治療は極めて特殊、希少かつリスクの高いものばかり、かつサードオピニオンであり、厚生労働省の定める治療ガイドラインからはずれているものです。私の指示に従えない場合は、極めてリスクが高くなります。ですから、従えない方を門前払いすることは診療拒否にならないことを申し上げておきます。


「予約入れるほど混んでません」、「どうしてこんなにはやっていないんだ?」というお言葉を、私を審査しに来られた患者が良く言うのですが・・・それは勘違いです。もうこれ以上は診られないという限界に達しています。ですから、激しく患者の来院を制限しています。当院は近所にお住いの方が3分の1しかおりません。3分の2は全国から来られます。近所に住む人が3分の1であるというのは「はやっていないから」ではなく、極めて厳しい通院制限をかけているからです。優先順位の高い遠方からの患者を診療するために、近所の患者の来院を制限しています。


この患者の場合、午後に予約が入っているにもかかわらず、予約時間を守らず午前に来院しました。通常ならばその時点でアウトです。帰っていただいています。しかし、この患者の優先順位が高いと判断したため、医療秘書が便宜をはかってさしあげ午前に割り込ませたのですが、すると、「予約するほど混んでいない」と言われてしまいました。秘書も悔しい思いをしたと思います。


私の治療時間は有限であり、誰かが割り込むと他の誰かの診療時間を短縮させるしかありません。しかし、難病で重症な方が多く来院されるため、診療時間を短縮させることができないのです。よって、予約時間を守らない方は、その時点で診療を拒否させていただくという厳しい処置をとっています。キャンセルが出た場合は診療しますが。


当院では予約時間を守らない患者がいろんな問題を起こすことはすでに統計学的に数字で出ています。だから、やむ無き事情がないかぎり、遅刻者は「私に敬意がない」と判断し、診療を制限します。


こうやって少しでも来院患者数を減らす努力をし続けております。敬意のない方は本当に来院なさらないでください。他の重症の難病の患者様に多大な迷惑がかかります。ここはショッピングセンターではなく、一人の患者の迷惑行為が他の大勢の重症患者たちの命を危険に追い込みます。0.1㎜間違えば重大な事故につながるようなブロックをやっていますのでご理解ください。


また、誓っていいますが、「ホームページの、掲示板も都合の悪いものは載せない。」ということはありません。悪口雑言、反対意見、お叱りこそが重要な情報であるということを私はよく知っています。よってこの苦情メールを掲載させていただきました。


再度、私に敬意を払えない、信じられない方のご来院は固く固くお断り申し上げます。患者様と私の互いが時間と労力の無駄になることを防ぐためです。そのため、掲示板に掲載した時点で、敬意がないと判断できる場合、診療をご案内することをしません。


私もなるべく事前に、不信感が強い患者様を来院させないように厳しく吟味していきたいと思います。本当は週に数回診療したほうがよい患者を先送りにして通院回数を減らしています。そこに今回のような患者が割り込んでしまうわけです。つまり今回のような患者(家族)が重症な方たちの治療のチャンスを奪っています。近所にお住いの方には診療回数が少ないことへの苦情を何度もいただいております。ですから、私に敬意を払えない方は絶対に来院しないでください。他の重症患者たちの大切な診療のチャンスをどうか奪わないでください。

波動医学を知る

2017年治療成績

ミラーニューロンと多重人格

前回のブログで、人間には大なり小なりミラーニューロンというものが存在し、他人の感情や行動を「自分のことのように感じ取る」力があることを述べました。ミラーニューロンが極めて発達した人では、おそらく催眠術や暗示に極めてかかりやすく、他人の人格を自分に宿してしまうことや他人の病気を自分に宿してしまうことがあり得ることを述べました。


怒っている人の前にいると自分も怒りに満ちたり、悲しい人の横にいると自分も涙したりするなんてことは普通の人間に普通にできることですが、ミラーニューロンが著しく発達している人であれば他人の雰囲気が自分に感染してしまい、自分を失って他人の思考で行動を起こしてしまうことがあっても不思議なことではありません(多重人格という)。ミラーニューロンはもともと「相手の気持ちや感情を我がことのように感じ取る」ための神経細胞であると言われているわけですから、この機能が強く働けば、一時的に「他人になりきってしまう」ことがあっても不思議ではないという考え方です。


このように人は他人の思考や感情を自分に移植させることができる生き物です。一流スポーツ選手の試合を目の前で見た後に、自分がいつもの何倍もそのスポーツがうまくなっていることを体験したことがあるでしょう。こういう例はミラーニューロンのなせるわざであると思います。ところがよいことばかりではなく、人は病気や体調不良も移植してしまう可能性があります。


もしも、他人の「病に侵された気」「邪悪な気」を移植してしまいそれが原因で病気になった場合、医学では原因不明の奇妙な症状が出る可能性を考えます。そうした「悪い気」の感染で起こる病気が存在することをここでは考え、その対策を考えます。つまり、ミラーニューロンが無意識のうちに肉体に及ぼす障害を考えます。それを「霊障」と呼ぶ人もいます。感染した気(霊障)を取り除けば病気が治り始めるかもしれません。


私は霊を信じない

私は霊を信じない不信心者です。しかし、人間からは現在の物理学で未発見の「波動エネルギー」が出ていると信じています。そう考えるきっかけは「脳の血流量」にあります。脳には全身に流出する血流量の20%が流れ、全消費カロリーの2割を脳が消費する計算になります。消費しすぎだと思いませんか?


20%の消費ということは、脳で体全体の熱の20%を作っている計算になるわけですが、実際には18%くらいの熱しか作っていないのではないかと考えています。残りの2%は波動エネルギーとして外部に放射しているという仮説を唱えます。現在の物理学ではこの波動を発見できていません(一部、波動に言及している物理学者もいるらしいですが)。


この波動エネルギーは放射能のように、物体に衝突すると吸収され、何十年、何百年とその波動を吸収された箇所から微量に放出し続けるという仮説を打ち立てます。ミラーニューロンが著しく発達した人間は、この波動エネルギーを読み取ることができると推測します。


例えば、江戸時代にとある日本刀で殺された人がいたとします。殺された人は死ぬ直前に強い恨みの思念波動を出します。出した波動はその日本刀に衝突すると吸収されます。するとその日本刀から強い恨みの波動が何百年も発せられ続けると仮定します。その刀を持った者は恨みの波動を受けてしまい、殺された人間の思念が移植されて病気になってしまうことがあるかもしれません。


たとえば、死んでしまった人の生前の波動エネルギーがその人の愛用していたものや溺愛していた我が子に吸収され、その波動が人や物から何十年と発され続けることがあると仮定します。ミラーニューロンが発達した人はその波動を自分の意識体の中に取り込むことができるため、死んだ人の感情や行動を再現してしまうことがあると考えます。つまり、自分の意識が一時的に死者の思念に乗っ取られることがあると考えます。死者の霊を降ろすとはこうした現象のことを言うのではないかと推測します。憑依とも言いますが、憑依はミラーニューロンが発達している人には普通に起こることであり、実際に世界各地で憑依が起こっていると思います。ミラーニューロンが発達した人間とおつきあいのない方には信じられないことだとは思いますが、おつきあいのある方は私の話が架空ではないことを認識していると思います。


乗っ取られるのは死者に限らず、生きている人間の思念にも乗っ取られます。催眠術などもその一つであり、また呪術がそうであり、わら人形もそうでしょう。私は、死者が生きていた頃に残した波動エネルギーこそが霊の正体であるという仮説を唱えます。ただし、この仮説には宗教家や教祖・霊能者と呼ばれる人たちは賛成しないと思います。彼らの唱えている世界観・価値観を崩すからです。


思念波動は感染する

「オカルト映画、貞子」ではありませんが、強い思念エネルギー(波動)は物体に吸収されて長年その物体から波動を発し続けると仮定します。その波動が邪悪な思念であれば、ミラーニューロンが発達した人ではその邪悪さを脳で感じ取り、その邪悪に意識を乗っ取られることがあると思います。「貞子」はその媒体がビデオテープという映像に仕立てたフィクションです。が、もしも波動を録音することができて、それを発する装置が開発されれば、人々を波動で催眠術にかけることができます。催眠術で病気にさせることも、死に至らしめることも可能かもしれません。


ミラーニューロンはもともと「他人の感情を我が身のごとく感じるための神経細胞」ですから、他人の波動を自分に感染させてしまうことはあり得ることです。感染させると自分ではない自分が現れてしまいます。言い方を変えると肉体を他人の意識によって操られるわけです。


しかも、波動エネルギーは何百年も消えないものであるとすれば、何百年も前に死んでしまった人の意志を再現できても何の不思議もありません。これが霊降ろし、口寄せ、であり、これがができる人間は、探せば実はそこらじゅうに存在するはずです。しかし、それを口にすると精神異常者と思われるため、隠しているので身近にはなかなかいないと思われています。潜在的な口寄せ能力者は、おそらく全国に何万人と存在し、世界では数百万人規模で存在すると思われます。


死者の思念が邪悪であれば、その思念を受けて病気になる者もいれば、死者の思念が希望に満ちていれば、幸福や繁栄をもたらすこともあるでしょう。宗教家たちはそれを先祖の霊であると述べているのでしょう。先祖を供養すれば繁栄をもたらすのは、先祖の思念エネルギー(有用な知恵や習わし、考え方、愛情)を糧として自分に同化させるためではないでしょうか。


死者には生きている者を動かす力はありません。しかし、思念エネルギーに感受性が極めて高い人では死者の思念に支配され、操作されることがあるでしょう。よって死者の思念が時間を超えて未来の人を動かすことができる可能性を示唆します。


そして、死者の思念に乗り移られた人がさらにその思念を増強できる力を持っていたとしたら、死者の思念はさらに他の人に感染し、感染が拡大していきます。もしもその思念が邪悪なものであれば、人は人を憎み、殺し合いをやめないでしょう。殺された人々の恨みや怒りの思念が蓄積すれば負のスパイラルが渦巻いて誰にも止められなくなる可能性があります。中東の国々ではテロや戦争が耐えませんが、それは邪悪な波動エネルギーが負のスパイラルを巻き起こしているせいなのかもしれません。


 チャクラとミラーニューロン

おそらく、波動は神経細胞から発せられるものでしょう。神経細胞が興奮する際に波動エネルギーを出す。したがって波動は苦痛、快楽、激しい感情、緊張や興奮などがきっかけとなって外部に発せられるでしょう。よって最大に発せられるのは神経の密集地帯である頭頂部や前頭部、延髄部、そして指先などからということになります。


チャクラと呼んでいるものは神経細胞が発するエネルギーと一致するのではないでしょうか。そしてミラーニューロンが発達している者は、当然ながら感受性・喜怒哀楽が激しく、緊張や興奮とともに神経細胞から波動が強く発せられるでしょう。


このチャクラは当然ながら自分の意志で発することができますから、チャクラで人を操作する催眠術、今ここにいない人の残留チャクラを感じ取ってその周囲の状況を見通す透視術、チャクラの流れを感じ取って未来を予測する予言、相手の心を読んでしまうテレパシー、死者のチャクラを再現する口寄せ、などが可能であると思われます。


「そんなことができるわけがない」と考える人にはイルカやコウモリを観察してみてください。彼らは超音波を発してその波動を読み取り、周囲の状況を把握する能力を持っています。波動を読める人間がいてもおかしくないと思いませんか?


思念エネルギーは共鳴を起こす

多くの人が同時に同じ思念を抱けば、その波動エネルギーは共鳴し干渉し、より強力な波動を作るでしょう。例えば人々が願かけにやってくる神社・教会などでは強力な波動が生まれやすく、その波動が石像や彫刻したものに吸収されると、その像からは何百年間も強い波動が発せられ続けると仮定します。その波動はそこにやってくる信者たちに再び感染しますから、信者たちにも異変が起こるでしょう。強い波動を受けた信者は、その像の思念にのっとられることもありえますから、その場合は「私の体に神が降臨した」「神のお告げを聞いた」という体験を起こすでしょう。


人々の持つミラーニューロンには、もともと感染力がありますから、「神が宿る」という体験は、ある意味嘘ではないと思われます。宿ったときには、ミラーニューロンが過去の能力者たちの能力をコピーできますから一時的に強力な能力(チャクラ)を使えるようになっても不思議ではありません。しかし、それはパワースポットでのみ得られる力ですから、いつでもどこでも発揮できるものではないでしょう。ただし自己修練を積めば任意の場所、任意の時間に能力を出せるようになるかもしれません。一般の人も訓練次第ではチャクラを使えるようになると思います。


ミラーニューロンのコピー能力は個々で限界がありますから、誰にでもできるわけではありません。遺伝子的に感度のよいミラーニューロンを多数持って生まれた「選ばれし者」にしか能力を発揮できないと思います。


能力者にとって、過去の能力者たちの思念波動を吸収した偶像は、力を得るために重要な鍵となりますから、その偶像は代々大切に保管されるのが当然となります。


パワースポットと呼ばれる土地土地には、そうした強い思念エネルギーを発する場所があり、そのパワースポットを巡礼することでミラーニューロンに思念波動をコピーさせることができるようになるでしょう。よって能力者は自分の能力を高めるためにパワースポットをめぐるのが定石となります。


これらは私の仮説ですが、科学が進歩すれば、今言ったような波動を全て測定器で計測できるようになり、波動を映像化することもできるようになると思います。まじめにこの手の波動を研究している物理学者もいるそうです。


思念波動の利用法

死者の思念波動(ここでは仮にチャクラという)を読み取れる人間は霊能者と呼ばれます。普通の人間も修行をすれば、おそらく死者のチャクラを読み取れるようになると思います。修行をしなくてもミラーニューロンが遺伝的に著しく発達した者はチャクラを読み取り、発することができるでしょう。チャクラが発せられると精密電化製品が狂わせることがしばしばあります。これは実際にチャクラを発することができる人間と暮らしていれば嘘ではないことがわかります。が、そういう人間は10万人に1人くらいしかいませんから、体験できる人は少ないでしょう。ポルターガイストと西洋では呼ばれていますが、体験したことがある人は、実際は非常に大勢いると思われます。


このように述べると、自称霊能者たちは不快感を示すと思います。霊能者は神に選ばれた人間であり、極めて希少価値の高い存在であると周囲に思わせたいでしょうから。しかし、そう思わせようと画策することは「支配欲のゆがんだ形での表れである」と思います。


物理学が発達すれば、チャクラは測定でき、映像化することも可能であり、そうなれば死者の意志や姿を映像化することもできるかもしれません。チャクラをたどることで警察は殺人犯を容易に見つけ出すこともできるようになると思います。さらに、言葉を用いなくてもチャクラ同士で会話する器械も作ることができると思います。そして、恐ろしいことに、強力なチャクラ発生装置を用いて、民衆に集団催眠術をかけ、人の意志を支配するような軍事利用もあり得ると考えます。教祖はチャクラ発生装置そのものですから、すでに信者たちは集団催眠にかかっているといえるかもしれません。


人間のようにスポーツ、学校、会社、軍隊などで組織的に行動を行う動物には遺伝子の中に「集団行動」をしようとする群衆心理が組み込まれているはずであると考えます。個の人間が団体の力になれば強力なパワーを生み出し、そのおかげで人間は食物連鎖の頂点に立つことができているわけですから当然でしょう。個をひとまとめにする道具として波動の存在あると考えます。よって波動を強く出せる人はリーダーシップを発揮するのだという仮説を唱えます。


人間の文明は発達しすぎたために、音や視覚からの情報が人を支配するようになり波動を操れる人、ミラーニューロンが発達した人が減ってきたのかもしれません。しかし、退化した能力もきっかけ次第で目覚めることがあると思います。


霊と呼ぶことが話を複雑にする

話が複雑怪奇になる原因として、さまざまな思念波動を「霊」と呼ぶことにあります。波動を「霊」という人智を超えた意志としてしまうことで、人を怖がらせ、従わせることができてしまいます。つまり「霊」を出すことで人を支配できます。この支配力や説得力欲しさに霊能者と呼ばれる者たちは「霊の存在」を断言する傾向にあります。


霊能者たちは、その天性がゆえに、様々なオカルト体験をしますが、それを「霊のせいだ」「神が降臨した」などと断言することは不誠実です。推論を述べるのは自由ですが、断言はよろしくありません。教祖と呼ばれる人々、高僧と呼ばれる人々、超能力者と呼ばれる人々、そのほとんどが「断言」します。判明していないことを断言することは不誠実ではないでしょうか?


このような人間の歴史から見てみると、波動は支配の道具であり、能力者が神や霊の存在を断言することは支配欲の表れだと述べてよいでしょう。よって私は「断言」する人間は教祖と呼ばれていようが、高僧と言われようが、利己的な欲望に満ちていると考えます。だから、私は個人的に教祖や高僧と呼ばれる人たちを好きではありません。ただし、支配は人々の平和を維持するために役立つことを否定はしません。


思念波動が次元を超えられる可能性

次元論を述べる必要があるのは波動を宗教と結び付けてほしくないからです。教祖などの能力者は未来に起こることを予言することができますが、それは波動が時間と空間軸を飛び越えられるからではないか?という物理学的な考察があります。


一般の人でも親しい人が死ぬ瞬間を察知したり、デジャヴのような予知ができることがあります。これは波動が時間・空間軸を通過できると仮定すれば説明がつきます。ただし、よほど強い波動でなければ時空の壁を超えることは不可能であると思います。仮説の域を出ませんが、一応、現在の仮定物理学で予知や「虫の知らせ」などを説明できる可能性について触れました。


思念波動で相手を呪う

思念波動は人を支配し操作できるエネルギーであると仮定すると、この波動は自分の都合の悪い人間を呪うために用いられるのはとても当たり前なことです。そして私のように彼らの核心部分をつく科学者は邪魔者ですので彼らに呪いをかけられるかもしれません。思念はエネルギーですから悪用も可能と考えます。


実際のところ、思念エネルギーを破壊的な目的で用いることは世界じゅうで行われていることであり、一般人であっても極めて強い恨みを持つと波動が出せると推測します。そうした邪悪な思念をかけられたために難病になった人々がいると私は推測します。いわゆる生霊です。生霊は念じた相手にとりつくのならまだいいのですが、それは罪のない不特定多数に感染することがあると思われます。未熟な一般人の呪いは1点集中などできるはずもないからです。これは波動の公害です。彼らに言わせれば下級霊、動物霊に分類されるかもしれません(呼び名はどうでもいい)。こっくりさんなどの呪術の遊びは、波動で人を操る遊びと言えるかもしれません。私は「邪悪な波動の公害で難病になっている人々」を救ってあげたいと思っています。


思念波動で人を死に至らしめる

邪悪な思念波動で相手を呪い殺すという暗殺方法は太古の昔からあります。日本でも戦国時代、敵国の武将を呪い殺そうとして呪術が利用された逸話はいろいろとあります。現在も世界各地で人を呪い殺す手法は受け継がれています。やり方が異なりますが「思念エネルギー」を高めるための呪術道具がいろいろとあるものです。木魚、仏像、相撲の土俵から藁人形まで様々です。


呪いで人を殺してしまうことは証拠も残りませんから法律的には無罪ですが殺人であることにわずかの違いもありません。「人を禱らば穴二つ」です。


人は恐怖に支配される

人が神をおそれ、天罰をおそれ、先祖・仏を敬い・・・などをするのは、恨みというものに莫大な負のエネルギーが存在し、それが実際に肉体を蝕むからではないでしょうか。そのオカルトチックな恐怖では人を支配します。


千年以上前からキリスト教徒とイスラム教徒はいがみあい、そして戦争をし続けているのは、人という生き物がいかに思念エネルギーによって支配されやすいか?を物語っているのではないでしょうか。


チャクラを操れる人間はたやすく教祖になることが可能であり、信者は教祖に対し全財産でも寄付します。教祖はその莫大なお金でさらに人々を支配する環境を整え、威厳を示し、信者のチャクラをひとまとめにして自分がその思念エネルギーを吸収して能力を高めようとするものです。


一方、国家は宗教で民衆を操り、軍事力に取り込んで国を守ろうとします。そのため権力者はときに教祖と手を組みます。そして植民地支配のために宗教を用います。


能力者の多くは、自分のことを「無欲」と言い、「支配ではなく人を幸福に導く」と言い、「自分は人間の格が高い」と言いますが、果たしてそうでしょうか? 人間が現世を生きていて無欲でいられるはずもなく、そして修行して能力を高めていると慢心もするものです。そもそも彼らが権力と結びつくことが無欲ではない証拠となっています。


私は人を支配することを否定しません。なぜなら、支配がなければ人は殺し合いを行う獰猛な生き物だからです。戦国時代は徳川家康が全国を平定したことで殺し合いの時代に終止符を打ちました。人々同士の殺し合いをやめさせるためには支配が必要であることは、小学生でも知っていることです。ですが支配は無欲では決してできないものです。教祖が信者を支配している時点で無欲からかけはなれています。ですから、自分のことを無欲と言う能力者たちを私は不誠実であると思うわけです。


教祖ほど権力のある人間はいない

私は自分磨きを常に行い、医療技術を高めて人々を助けようと日々努力し、奉仕活動も行い、世に貢献していると思いますが、どれほど努力して世界の医療界のトップに立ったとしても、「おまえの守護霊は不浄だ。おまえは邪悪に満ちている。」と教祖に一言言われるだけで、「人間をやめて生まれ直せ」と言われるくらいにコケにされてしまいます。


努力して築き上げた財産も地位も名誉も、教祖様の前では意味のないものにされてしまいます。このように思念エネルギーを使える教祖という存在はどんなに強大な権力を持つ者でさえも自分の支配下に置くことができます。


徳川家康も天海上人(日光東照宮に祀られている)には敬服していました。


国王も神の前(教皇の前)では裸の人間にされてしまいます。ならば、思念エネルギーを操ることができる能力者は、世界を牛耳ることもたやすいということが理解できるでしょう。その強大な権力を、能力者たちはいやでも感じます。周囲の者があがめたてまつるので自然に思念エネルギーの恩恵に酔ってしまう運命にあります。


ここで私は「霊能者と呼ばれる者は、その権力に酔いしれない自信があるのか?」といいたいのです。人間である限り、生きている限り、その慢心から逃れることはできないでしょう。能力者は慢心するがゆえに、邪悪な思念にも知らず知らずに侵されていくものです。しかし、教祖様に邪悪な思念が入り込んでいても、それを正せる者はいないため、邪悪であることを教祖自ら気づくことができません。オウム真理教がそうであったように、暴走する例は世界中で見られます。


日本では真言宗の教祖、空海が能力者として言い伝えられていますが、彼は人を支配する欲を制するために密教として山奥にこもったことは歴史の教科書で学びます。


科学は邪悪

科学の多くは邪悪な思念(兵器開発・教授になるためなど)から生まれます。明治維新・富国強兵からわかるように、科学こそが軍事力であり国力であり、人を支配する力になります。戦争を起こすと科学は急速に発達します。戦時中は科学のパワーにより人の命が大量に奪われます。人を殺す力として著しく発達する科学。その科学の恩恵を受けて、平和な時期にだけ人々は科学を幸福に利用できます。そして人間の歴史を見ると、戦争していない時代なんて存在しないほどに人々は殺し合っています。宗教家が科学を嫌うのは当然ともいえるでしょう。宗教家たちが創り上げる神や仏の世界を科学的に分析することは邪悪と言われても仕方ありません。


私はその邪悪エネルギーが強いがゆえに、他の医師が治せない難治性疾患を治せるようになりました。


ですから、宗教家は私の邪悪な思念を感じ取り、近寄りたくないと思います。彼らに言わせれば魂のレベルが低い人間です。しかし、彼らと違うところは「私は自分が邪悪であること」を認めているところです。彼らのように「支配欲が強いのに無欲なフリ」をしません。


邪悪な能力者

他人のミラーニューロンを操作することができる能力者は世界各地に存在します。能力者の多くは「霊能者」と呼ばれます。彼らは常に特別扱いされる運命にあります。気の毒なことに能力者が魔女狩りと称して処刑され迫害された時代もありました。


当然のことですが、科学が進歩していない国ほど霊能者は特別扱いされます。科学が発達している国では、それを科学分析し客観的に利用しようという方向に進みます。このように科学の発展は霊能者を特別扱いしない方向に進めます。逆に科学が発展していなければいないほど能力者は神のごとく崇め奉られるという法則があります。


日本はその中間地点にあるでしょう。私は科学者ですので、能力者たちを特別扱いするのではなく、客観的に有効利用しようと考えています。


さて、能力者は民衆に崇められるため、自分が邪悪に感染していることに気づきにくいことは前に述べました。そして悲惨な事件が起こります。


アフリカのマラウイという国では霊能者によってエイズ感染を広めたことが社会的な問題となり、霊能者が逮捕されたことが世界にニュース配信(2016年1月)されました。


なぜエイズを広めてしまったのでしょう?


世界各地で霊能者は「悪霊払い」の役割を果たしていることは共通しています。アフリカでは疫病が常に猛威をふるっており、それらが悪霊のせいであると思われ、能力者たちは「悪霊払いの役割」を自然と果たします。中でも初夜権と言って少女たちの処女を霊能者に奪ってもらうことで悪霊を払えると信じている部族がアフリカのマラウイ国に存在しています。


マラウイの霊能者(45歳男性)は部族の女性たちからお金を受け取り百人以上と性行為を行い(処女性も大勢いる)、エイズ感染を広めてしまいました。逮捕された能力者は「自分がエイズに感染していること」を認識していたため逮捕されましたが、たったの2年の禁固刑だったという話です。エイズは10年、20年後に猛威をふるいますので霊能者と性行為をした少女たちや、その少女たちの彼氏、夫たちは将来、エイズに命を奪われることが予測されます。その後のエイズの広がりはあまりにも莫大すぎて予想ができません。国が亡びることもあると思います。この霊能者の罪は計り知れません。


女性たちはエイズなどの死に至る病気から開放されたいがために、「悪霊払い」と称して能力者にお金を支払って処女を奪ってもらうという行為に至るわけですが、その行為でエイズを故意に広めてしまうのですから、この男は「悪魔に魂をのっとられていた」と言ってもよいのではないでしょうか。それでも少女たちからは誰一人、被害届が提出されなかったそうです。


霊能者はおそらくミラーニューロンが発達しており、霊能者自身も邪悪に極めて感染しやすいはずです。しかし、人々に崇め奉られると、邪悪に染まっている自分の心を制御する人がいなくなるため、簡単に暴走してしまうものだという例を挙げました。


そのような邪悪に染まった人こそ私のことを「邪悪な科学者」と呼ぶだろうと推測できます。真に神に選ばれし能力者であれば、能力者自身にも大きな邪悪が潜んでいることを認識できるはずだと私は確信しています。


「私には邪悪が潜んでいない」と豪語する能力者がいれば、その者こそ邪悪に染まっていると思います。


守護霊に守られなさい

宗教家・教祖・高僧たちは、仏を敬い、仏を守護霊にすることができるそうです。しかし私は霊の存在を否定します。霊とよんでいるものは神経細胞から発せられる波動エネルギー(チャクラ)であると考えているからです。


慈愛に満ちたチャクラを身につければ、彼らは「霊格が上がる」と言いますが、国民全員が慈愛に満ちたチャクラを身につけて霊格を上げることには大反対です。それでは国が滅びるからです。彼らが嫌う邪悪な科学こそが国を発展させるのですから。


邪悪な思念で兵器を作り、人を支配し、高い税金をしぼりとって国に砦を作るからこそ、人は他国から侵略されずに生きて行けます。国民全員が霊格を上げてしまい、信心深く生きていると、その国家はたやすく他国の人間に侵略されます。


宗教が自治体を収めていると言われるチベットでは民が大変信心深く、巡礼を行い霊格が高いと思われます。しかしその自治行為は中国への反政府行動、テロとみなされ、その結果チベットの民は中国本土の軍人たちによって人口の数十パーセント以上が殺されています。僧侶も数え切れないほど殺されています。命を奪われることになっても信仰心を守り抜き、教祖の命令には従っても、中国共産党に真っ向逆らうからです。宗教は国家に逆らうほどの信念を国民に与えますが、その信念・信心深さのために、国民が地獄に落ちる様を歴史が我々に教えてくれます。


日本でも加賀の一向一揆が有名であり、織田信長に一向宗の教徒が徹底的に殺されています。近年ではオウム真理教が暴走しました。


教祖のアドバイスどおりに信心深くなり、教祖に従うがゆえに政府に反抗し、そして結局命を奪われる様は「守護霊に本当に守られているのか?」と疑問を持たねばなりません。逆に言うと、宗教家や高僧たちは、彼らが邪悪とする国家や科学に守られているからこそ布教できるのだということを頭から切り離し過ぎていると思います。それは愚かであり、決して「意味のある殉死」ではないと思います。


科学は彼らから言わせれば邪悪ですが、邪悪が存在しなければ彼らが存在し得ないことを理解できないようでは人を導く資格がないと思います。邪悪な科学があるからこそ、敵国から侵略されていないのです。


人間界には悪役と慈愛に満ちた人間のどちらも必要です。表は裏がなければ存在できないということに気づかなければ賢者ではありません。


先祖を供養し、神に祈り、慈愛に満ちた幸せな生活を送るためには、実はその下に大きな犠牲が払われていることを知らなければなりません。その犠牲の元に、自分だけが守護霊に守られてぬくぬくと平和な生活をすることに罪悪感を持たなければなりません。 供養をすれば、祈祷をすれば、波動の力で成功が手に入るかもしれませんが、その影で「波動の力によって成功を奪われてしまう人間」がいることを忘れてはなりません。


不信心者と教祖が手を組む

私がこのようなオカルトに言及する理由は、難治性の患者の中には思念エネルギーによって病気になっている人がいることを理解しようとしているからです。


思念エネルギーによる体調不良を彼らは霊障と呼ぶそうです。どう呼んでもかまいません。彼らと医師が手を組まなければ、治せない病気もあるだろうと考えます。だから科学とオカルトが手を結ばなければなりません。


しかし、彼らと手を結ぶのであれば、患者を支配しようとする欲深な教祖から守ってあげなければなりません。


おそらく、科学者と教祖はお互いを「悪」と考えており、油と水の関係にあります。ですがアメリカ合衆国では能力者が科学と手を結び、犯罪捜査などに役立てている様を見ると、日本もそれに追従すべきと私は考えます。それができないような日本であれば、それは開発途上国と同じです。手を結べば救える命が格段に増えると思います。


さて、私と手を結ぶことができる器のある教祖・高僧がいるでしょうか?という難問があります。


彼らにとって大切なのは信者であり、彼らは信者以外を治そうとはしてくれません。それはそうでしょう、信じる者は救われるですから。信じない者を救っている暇はないでしょう。


教祖や高僧の弱点

思念エネルギーを利用できる人間は実は諸刃の剣です。能力者こそ邪念に感染しやすい体質を持つという最大の弱点があります。彼らは修行により邪念に満ちた波動を追い出したり、拒絶したりする技術を得ようとします。それがなければ邪悪な波動に自分の体を乗っ取られるからです。しかし、彼らも気づかないのは、人々にその能力を称えられているうちに、支配欲という邪悪にのっとられてしまうことです。のっとられて慢心すると、その力で政府に反抗し、自分が国家の主になるべきだという妄想を抱くものです。


邪悪な者、どん感な者は波動の恩恵を得られ難いですが、邪悪な波動にも感染しにくいという利点を持ちます。よって鈍感な者はマイナスの思念から守られています。しかし教祖や高僧は邪悪な波動に極めて感染してしまいやすく、いつのまにか自分が邪悪になります。宗教法人を作って財をたらふく貯める教祖はすでに邪悪に支配されています。財を蓄えることが邪悪であることさえに気づかないのですから。


そんな彼らと医学が手を結ぶことを夢見ている私は愚かでしょうか?


波動医学研究

日本には医学では考えられない奇妙で奇蹟的な治療ができる治療師が散在します。気功治療、心霊治療、超能力治療などがそれにあたります。が、実は全て同じ原理の治療法なのではないかと推測します。それは思念波動です。神経細胞から発せられるエネルギーが治療に役立っているのではないかと推測します。


これまで述べたように、思念波動は誰からも出るものですが、治療を行ったり、任意に出したりするレベルに高めるには、遺伝的な持って生まれた才能がなければならず、選ばれし者にしか使えないものであると思います。


ここで重要なことは、「自分が思念波動を用いて治療している」ことに気づいていない治療師が世界に大勢いるということです。


例えば「神の手」と呼ばれるほどの治療技術を持つ外科医です。その外科医が手術を行うと、治療成績が桁違いに高くなり、他の外科医ではどんなに修行をしても同じ治療成績にはならないというような場合です。神の手の外科医からは思念波動が出ていて、その波動が手術の治療成績を高めていることがあるでしょう。しかし本人もそのことに気づいておらず、また気づいていたとしてもそのことを隠さなければなりません。オカルトだと思われれば不信の目を向けられ地位も名誉も著しく落ちるからです。


骨電位の変化を用いて脊髄や延髄などの中枢の疾患を治すことのできる優秀な治療師がいますが、その方は皮膚の表面を触っていると、「電位の切れ目(変化)がわかる」と言います。この能力こそがミラーニューロンが発達している証であり、波動使いであると私は推測していますが、本人は真剣に「骨電位の変化が中枢を刺激して治す」と理論づけています。科学的には信じ難い理論ですが、治療師が自分の治療力を世に宣伝する場合、既存の科学理論を用いて治療原理を説明しなければならないことになるため、このような「仮説的な科学理論」を展開せざるを得なくなります。私から見れば、既存の科学理論を用いて説明することにこそ不信が生まれると思います。


彼は自分の治療を広めようと努力はしているものの、皮膚表面から「電位の変化」を見分けられる人にしか伝授できないため、弟子を多くとろうにも無理という壁につきあたっています。


また、日本では指圧・マッサージでいろんな難病を治せる特別なあんま師がいますが、彼らも思念波動で治療しているのであると推測します。当然ながら彼らも「自分が波動使い」であることに気づいていません。


基本的に波動は人間ならば誰にでも出せるものであり、しかしながら、任意に強い波動を出せる人間はごく限られているというだけのことだと思います。


物理的にこの不可思議な波動エネルギーが解明されるまで、彼らは自分のことを波動使いであることを表には出さないと思います。


唯一、自分が波動使いであることを表に出したがるのは「支配欲に憑依された教祖」であると思います。なぜなら、科学で証明されていない特殊な力があることを表に出せば、一般的に不信がられ、一歩間違えば精神病院に強制入院させられるからです。実際に強制入院させられた話を聞き受けます。そうしたリスクを冒してまでも能力があることを表に出すには、ネガティブなものが根底にあると私は判断します。私がそうであるように。


波動を使える治療師は一歩間違えば精神異常者として扱われ、社会的に地位が失墜する恐れがあります。そして私自身もこのような論文を書くことで信用性を失う可能性があることをよく認識しています。


波動診断学

ミラーニューロンが発達している治療師は「悪いところがわかる」という言い方をしばしばします。また「手が勝手に動く」という言い方もします。優秀な治療師は現代医学の全てを尽くしても診断できなかった病因を見つけ出すことができるようです。それは神の力ではなく、ミラーニューロンの力であると思います。


波動を利用できる治療師は「極めて治療箇所が的確」であると思われます。そして、頭が痛いのに足の裏を治療したり、下痢しているのに頚髄を治療したりして見事に奇跡的な改善をさせます。


それらはマッサージの力というよりも、病因箇所を見つけ出す診断力の秀逸さです。我々医学者は彼らを見習って、真の診断学を志す必要があります。


私は能力者ではありませんが、「真実の探求者」であるために、病因箇所を見つけ出すまであきらめないという精神力を鍛えました。そのおかげで難病・奇病を治療できるわけです。つまり、能力がなくても、能力者の診断学を盗むことができれば、同様に奇跡的な医学治療ができるというわけです。ただし、それをするには医師のプライドが許さないでしょう。私のように自分のプライドを串刺しできる医師にしか、彼らと同じ芸当は難しいでしょう。


私のオカルト体験

オカルトと医学が手を結ぶチャンスが今ここにあります。それは一人の女性がきっかけになっています。私の医療秘書(医療コンセルジュ)が能力者だからです。


彼女といると不思議な出来事がおきます。彼女が車を運転すると、急にワイパーが激しく動きだしたり、車のナビが狂って突如目的地から離れた経路を指示したり、電燈がついたり消えたり、車の窓・トランク・サンルーフが全部同時に開いたり、スマートフォンの画面がいきなりスクロールしたり・・・と、電気製品がしばしば誤作動を起こします。あまりにも誤作動が多いのですべて偶然では片づけられません。やはり彼女から未知の波動が出ていると推測するしかありません。


そして彼女は「霊降ろし」ができます・・・、霊が彼女に降りるのか?と、科学では解説できないような現象を次々に起こします。今年の3月のお彼岸に訳あって30年ぶりに母の供養を一緒にしてもらったのですが、彼女が彼女ではないどうやら母に似た人のしゃべりかたや声、私にしかしなかった呼び方で私を呼んだり、母が好きだった歌を歌ったり、スポーツの仕草をしたりその場でだだをこねるような暴れかたをしたり号泣したりなど、ほんとに科学では解明できないような現象を私の前で起こします。まるで他人の意志が憑依したかのようです。


私は霊を信じていませんので、憑依したものを霊とは呼ばず、それを未知の思念波動と呼んでいます。霊降ろし=未知の波動の感染です。感染はいつも起こるのではなく彼女の周囲で霊的なオカルト話をする、霊力のある人がそばに寄るなどをきっかけとして起こります。すると彼女のチャンネルが開き(思念波動にチューニングが合い)、まるで周囲の霊が彼女の体をのっとるかのようになります。その間、彼女の意識は半分は保たれています。しかし、自分の意識が保てない人もいると思われ、その場合は二重人格として精神病送りになります。


これらの現象は去年、私の診療所に女性の僧侶(真言密教)が来院し、彼女の体を触ったことがきっかけで起こるようになりました。女性の僧侶は強い能力者であると周囲に認められており、その力でいろんな人を救ったり、成功に導いたりしてきたそうです。


このような奇怪な現象を目の前で見せられ、私は波動というものの存在をまじめに考えるようになったわけです。今の科学では全く説明がつかないものです。


僧侶はこのような怪奇現象を日々経験し、除霊のような祈祷を仕事にしているそうです。私には理解ができませんが目の前で起こっている現象であることは否定できません。医療秘書(コンセルジュ)として勤務している彼女にこのようなオカルト現象が起こったことが、医学とオカルトが協力しあえるチャンスになっています。彼女は巫女であると彼女の周囲の能力者たちは口をそろえて言いますが私の理解を超えています。


病気の何割が思念エネルギーによる霊障か?

まず、ブロック注射を1本打てば完治するような病気の原因として、霊障はほぼないか、あってもごくわずかでしょう。現医学のあらゆる治療を行っても全く改善しない病気の中に霊障があるかもしれません。


精神科に入院となる患者の中には、霊障の人がそれなりに高い比率で存在しているかもしれません。そして、以下の法則が成り立つと思います。


○難治性の病気にかかった人は負の思念エネルギーにとりつかれやすい

○負の思念エネルギーで霊障が出た人は、それ以外の普通の病気になりやすい


霊能者(自称他称を問わず)と呼ばれる人が負の思念エネルギーを除去(お払い)できる能力があることを私は認めます。


しかしながら難治性の病気のほとんどが霊障であるというのは「言い過ぎ」です。もしも「難治性の病気のほとんどに霊障がかかわっている」と断言する霊能者がいたとすれば、それは慢心であり支配欲が言わせているセリフだと思います。


私は霊障が存在することを認めますが、それはわずかであると判断します。もしも、彼らの言うように、この世の病気のほとんどが霊障であれば、世界に医者の数よりも霊能者の数の方が増えなければ理屈に合いません。医学は霊を研究する方向にも必ず進みます。そうならないのは、ほとんどの人々が霊能者の手によらなくても、医者の手で健康になることができるからです。


この世に霊障がごまんとあると仮定すると、それらを治すには先祖供養をしたり、高い壷を購入したり、教祖の指導通りに行動したり、入信しなければなりません。それでは霊能者が支配する国家となります。政治家は霊能者の助言で戦争を起こしたり撤退したり、他国との貿易や商売さえ従わなければならなくなるでしょう。それはまさに宗教国家であり、霊能者に支配される軟弱国家になってしまいます。


つまり「霊障がほとんどである」と宣言する発言内容には霊能者たちの支配欲がてんこもりに詰まっているということです。強い支配欲は極めて邪悪な思念であり、それはまさに霊能者が邪悪思念に感染している証拠であると思います。だから私は「この世の病気には霊障がごまんとある。ほとんどが霊障である。」と断言する霊能者の協力を仰ぎたくありません。患者を入信させて彼らの支配欲の中に突っ込ませることになるからです。

重要なことは思念エネルギーによる病気が全体の何割を占めるのか?です。そして、現在霊障で苦しむ人も、全部が霊障ではなく、一部は一般的な病気であること、また、現在、一般的な病気に苦しんでいる人にも、わずかながら霊障が入っている可能性があるでしょう。それらを医師と能力者が協力し合って治していければ最高です。


私と能力者が手を結ぶことを予言する

訓練された極めて優秀な能力者は、おそらくごちゃまぜになった思念エネルギーをひもとく能力があると私は推測します。思念は誰もが抱くものです。そして強い波動だけがその場に残り続けるでしょう。ならば過去に発せられた思念や今発せられた思念まで、思念は過去と現在がミックスされ、さらにそこら中にいろんな人の思念が存在していると考えます。しかしながら波動はラジオの周波数と同じ原理で、いろんな電波がある中、チューニングで任意の周波数帯を選別できるように、能力者は自分の意識の中に入れ込む波動のチューニングができると推測します。


このチューニングの訓練を行うことにより、過去から未来への波動の流れを感じ取ることができたり、予言や易を的確に行うことができたりするものと推測します。さらにオカルト話になりますが、思念波動が次元を超えることができる場合、未来の波動が現代に届くことがあり得るかもしれません。予言はそうした未来の波動とチューニングを合わせることによって可能になるのかもしれません。


予言や易は政治家や時の権力者にとっては貴重な宝、情報となるため、いつの時代も能力者と権力者は蜜月の関係となります。つまり、能力者は権力欲から切り離せない宿命もまた背負っています。


権力者から庇護された能力者が私のような医師と手を組んでくれないとは思いますが、本当の能力者であれば私と手を組むことが繁栄をもたらすことを予言できるかもしれません。


能力者・医師の限界

私が難治性の症状を専門に治療する極めて特殊な医師であることはみなさんもよくご存じでしょう。能力者もまた、現代医学で治らないとされる病気を治す力があることも私は認識しているつもりです。悪性腫瘍でさえ治せることもあると聞き受けます。


しかしながら、神でさえ死んだ人間を生き返らせることは不可能です。よってどんなに超能力があったとしても、絶対に治せない病気があることは認めなければならないところです。そして能力者の治療は一般的に医師の治療よりも効果時間が短いという短所があることも認めなければなりません。


能力者は奇跡的に病気を治せるかもしれませんが、私は科学的に奇跡的な治療成果を挙げています。その私でも治せない病気があります。つまり、互いに「治せない分野」があり、私と手を組めばお互いの限界を超えて今まで以上に難治性患者を改善させられる可能性があります。その可能性に向けて歩み寄っていただければ大変うれしいです。


真に悟りを開いた者であれば、私のような医師と手を組むことに意味があることを理解してくれるだろうと勝手に考えています。


波動を語ることの影響

思念波動の存在を語ることは社会的にかなりリスキーです。その理由は科学者から学会からは除外されて地位・名誉が傷つけられること。宗教界から、教祖から、「神や霊を否定する邪悪な者」と呼ばれて最悪の場合呪術で呪われる場合もあることなどが挙げられます。つまり、科学者と能力者のどちらからも反発を受けることが必至だからです。どちらから見ても都合の悪い存在であり、オカルトを信じたくない民衆からも嫌悪感を抱かれます。


さらにリスキーなのはスポンサーが撤退してしまうことです。


思念波動は民衆を動かすことのできるエネルギーであることは前述した通りです。神や霊、宇宙の意志とも通じています。それを仮説であったとしてもその仕組みに言及することは、「民衆を動かそう」としている者たちには都合が悪いものです。民衆を動かそうとする者は世の中でスポンサーとして随所に影響力を持ちます。よって生かすも殺すも彼らの手中にあります。


私の意見をひねりつぶすなどたやすいことです。そして私が他者と協力して治療法を広めようとしたときに、スポンサー協力を得られなくなります。


思念波動について言及することは、たとえ仮説や推測であってもリスキーです。


そのリスクに私がなぜ飛び込むのか?については、「私は真実の探求者であるから」としかいいようがありません。


真実を探求することで、現在のつたない医学技術でも多くの難治性疾患を奇跡的に治せるようになりました。その探求行動を続けているだけのことです。


来年私は何をしているでしょう?

私は整形外科医として整形外科医が治せない疾患をことごとく治してきました。膝の骨壊死、変形性股関節症、腰部脊柱管狭窄症、へバーデン結節、手根管症候群などなど、手術以外では治らないとされているものも注射で果敢に治してきました。専門としては脊椎でしたが、治療箇所は徐々に「誰も手をつけない胸椎・頸椎、そして延髄」へと上がっていきました。今では脳幹治療の専門となり、難聴治療を主体とし、ALSのような症状やうなだれ首、パーキンソニズム、症候性三叉神経痛、そして精神疾患までブロック治療をするようになりました。


1年先、いや1か月先に私が何の治療を専門としているのか?私にも全く読めません。


今年最大のトピックスは医療秘書が特殊能力に目覚め、そして一般に「霊障」と呼ばれるような不思議な症状に関わらざるを得なくなったことです。真実は「霊」などないと思っていますが、人は波動を介して病気になったり、健康になったりしている可能性にぶち当たりました。それをオカルトと考えるのではなく、「一体難治性の病気の何割にネガティブな波動によるものがあるのだろう?」と考え始めました。その先に何があるのか? これまた全く読めませんが、難治の方々を助けられる可能性があるのなら、私はどこまでも変化していくつもりです。

ミラーニューロンと難治性慢性疾患と密接な関係

2017年治療成績

脳の誤作動

現医学で解明できない難治性疾患は、日常的なものから命を奪うものまで様々な程度で存在し、医学者たちが想像している何十倍もその罹患数は多いでしょう。それは下痢や腹痛から麻痺やしびれ、慢性頭痛、耳鳴りやめまい倦怠感まで医学で解明できないものばかりが堂々と存在しています。


医学書の診断基準にあてはまらない奇妙で特異的な症状は「脳の誤作動」「心因性」と診断されます。そう判断した患者は精神科へと回し薬物治療を受けさせることが医学書のガイドラインで決められています。しかし、実際は「脳の誤作動」と言われた患者の多くは精神科には行かず病院にもかからないようになり、ただ耐える方が圧倒的に多いと思われます。このようにして治療をあきらめた方はマレではなく、莫大な数にのぼると思われます。つまり、現代医学で解明できない症状を持つという人は実はあまりにも大勢存在していて、そのことを医師も知らないというのが現状です。私のように、現代医学で治らない症状を治すことを専門とする医師にしか不可解な患者がどれほど多いか?ということを認識することが不可能だからです。


これらの患者を見捨てるわけには行きません。真実が脳の誤作動であるというのなら「脳の誤作動を解除する方法」を模索し、その根本治療を見つけなければなりません。


精神科薬で「脳の誤作動が解除される」ことがあることは私も医学者として認識しています。しかし精神科薬の使用では単に解除させるだけでは済まず、性格、モチベーション、嗜好、行動パターンまで変えてしまい「人の尊厳の根源部分」を変えてしまう恐れがあります。また、長期服用で禁断症状やとりかえしのつかない副作用が出現することもあり、安易に使用するべきものではないと私は考えています。


ところが、近年は精神科医だけではなく、整形外科医やペイン科の医師が、精神科薬の副作用を認識せずに軽い気持ちで処方するようになってきています。その理由はガイドラインができあがり、ベルトコンベアー式に「慢性疼痛に精神科薬を使いなさい」というマニュアルが近年作られてしまったからです。そうしたガイドラインが作られてしまったことを非常に残念に思っています。ここでは脳の誤作動を薬剤を使わずに改善させる方法がないか?について考察します。


上頚神経節ブロックで脳の誤作動解除

上頚神経節ブロックでうつ状態が著しく改善させることができることを私はこの2年間の臨床データで確認しています。神経症も同様に軽減できます。上頚神経節ブロックは脳の血流を増加させる手技ですから、脳神経の異常には脳の血流障害が関与していることが推測されます。自律神経核(迷走神経核)は外界の刺激や感情の変化に応じて肉体を自動制御する装置ですが、ここの誤作動では外界の変化をもろに受けて体内にあらゆる不具合を起こします。いわゆる自律神経失調症です。これも脳の誤作動の一種と考えられ、治療の中心は精神科で行われています。上頚神経節ブロックでは自律神経(迷走神経)核の不調さえも改善できますので、脳の誤作動には脳幹の血行不良も関与していると推測されます。よって自律神経失調症は精神科薬でごまかすのではなく、上頚神経節ブロックで根本的に治療するべきでしょう。しかし、血行不良だけが原因ではないとも感じます。上頚神経節ブロックが効きにくい人もいるからです。


上頚神経節ブロックが効きにくい場合、免疫・代謝・脳幹-頸髄の形態学的異常など様々な問題が原因として複雑にからんでいると思われます。真に難治性疾患を治療するには「様々な問題全てにアプローチしていく姿勢」が必要になります。その様々な問題を解決するための秘策として、今回はミラーニューロンについて考察します。


ミラーニューロンは模倣・共感能力に関与

ミラーニューロンは他人がしていることを見て、我がことのように感じる共感(エンパシー)能力を司っていると考えられています。霊長類や鳥類などで発達しており、自閉症児ではミラーニューロンが障害されていて発達障害などと関係していると言われています。ミラーニューロンがヒトの脳に存在するという確証は得られていませんが、しかし、機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)による脳イメージング研究によって、ヒトの下前頭回と上頭頂葉が、被験者が実際に行動する時と他者の行動を観察する時の両方で活動を示すことが分かっています。したがって、この領域にミラーニューロンが存在し、ヒトにおけるミラーニューロンシステムを構成していると考えられています(ウィキペディアより)。


私はこのミラーニューロンが脳の誤作動を発動させるかなり重大な鍵になっている可能性について考え、ミラーニューロンが身体の活動に悪影響をもたらすケースとその治療法について述べたいと思います(全ては空想の域を脱しませんのであしからず)。


ミラーニューロンは一種のテレパシー

私たちは何もしゃべらなくても相手の心の動きを読むことができます。顔の表情や態度、雰囲気で相手の感情がどういう状況にあるかを判断できます。テレパシーは誰もが持っているということです。それはミラーニューロンのなせるわざかもしれません。ミラーニューロンの数や鋭敏さは遺伝子により決まっていますが、突然変異により極めて少ない者や極めて多く過剰に鋭敏な者が存在します。極めて少ない者は他人の行動や感情に影響されにくく、発達障害が起こりやすいと言われています。ではミラーニューロンが過多の人はどうなるでしょう。


相手の行動や表情に共感するだけではなく、視力や聴力以外に肌で感じる感覚や気配でいろんなことを読み取れる可能性があります。普通の行動と少し変わった行動をしている人を見ただけで悪意を感じることもできるでしょう。その能力がさらに発展すれば写真や残留物で犯罪捜査ができるかもしれません。それはサイキックと呼ばれるかもしれませんが、医学的には「ミラーニューロンが過敏状態にある」だけなのかもしれません。

このミラーニューロン過多がサイキッカーとして多くの人に役立つ場合があるかもしれませんが、一般的には多すぎるミラーニューロンはその人の健康を害する方に向かわせることが多いと思われます。それはミラーニューロンが少なすぎる人が発達障害に陥りやすいことの正反対であり、多すぎることも障害になると考えるのは当然です。平均を著しく超えた個体は生きるのに不利であることが多いのは進化生物学の定説です。ただ、医学は「少ないと自閉症になる」ということを考えても、多すぎるとどうなるかに論述する学者は私を除いて一人もいないのが現実です。


ミラーニューロンによる反射現象

他人が流血しているのを見て失神する人、恐怖映画を最後まで見ていられない人、他人の吐いた汚物を見て自分も吐いてしまう人、写真や絵に反応して実体験しているかごとくに感じてしまう、などはミラーニューロンの共感作用が自分の体に病的な反射を起こしてしまう例と言えるでしょう。そういう人はおそらく悪意を持っている人をみただけで鳥肌が立ち、吐き気や頭痛が起こるでしょう。


催眠術にかかりやすい人もミラーニューロン過多と言えるかもしれません。おそらくミラーニューロンが少ない(鈍い)人は催眠術にはかからないと思います。逆にミラーニューロン過多の人は一般の人にも催眠術をかけられてしまうと思います。例えば「鉄棒のさかあがりができないなんて、へたくそ!」とののしられれば、そこから一生さかあがりができなくなるというような催眠術のかかり方をする可能性があります。ジンクスも催眠術の一つです。できないという催眠がかかってしまっています。


催眠術にかけられて起こっている不具合であれば、催眠術により不具合を解消できる可能性が高まります。よってミラーニューロンにより脳の誤作動が起こっている人には催眠療法は極めて有効性の高い治療になると推測します。


また、ミラーニューロンはトラウマを容易に作ることが想像できます。例えば、バナナを食べた時に酷い下痢になってしまった人は、ミラーニューロンがバナナを見た時に脳にネガティブな感情を起こし、その感情が自律神経を不安定にさせ、再び下痢を起こさせるというものです。バナナがトラウマになります。

そう考えると、電車に乗ると恐怖感や焦燥感が起こるという神経症もまた一種のミラーニューロンの反射と言えるかもしれません。一度起こった嫌な体験を、電車に乗るたびにミラーニューロンが毎回呼び戻してしまうという仕組みです。


ミラーニューロンと自律神経

ミラーニューロンは自律神経(交感神経・副交感神経)と連動しているでしょう。だから外界の刺激の変化で失神したり、下痢腹痛が起こったり、めまいや吐き気・呼吸困難が起こるわけです。


さて、それが慢性病にどう関係があるのかを考えましょう。自律神経の動きは皆さんが考えている以上に人体に影響を与えます。その影響は細胞死を招くレベルなのです。


例えば、血管平滑筋は交感神経の興奮によって血管が収縮しますが、長時間血管平滑筋が収縮を起こしたままでいると、その血管に支配されている細胞は虚血となり壊死します。例えばそれが心臓を栄養する冠動脈に起こると心筋梗塞が起こり死に至ることもあります。脳底動脈に起これば脳梗塞が起こります。このように自律神経(交感神経)の過興奮は皆さんが考えているよりもずっと人体に脅威となります。そして細胞死、臓器不全を起こす原因となります。下痢や腹痛では済まない場合が多々あるということです。


自律神経を動かすミラーニューロン、そしてミラーニューロンを動かすことができる外界の刺激。つまり外界の刺激の与え方で人を病気にさせることができるということを認識しておいた方がよいでしょう。例えばそれを意図的に心臓の冠動脈に起こすことが出来れば殺人さえも理論上可能です。ワラ人形で人を呪い殺すという儀式が今でも密かに行われており、呪いグッズまで売られています。五寸釘を人形の心臓部分に刺すのは、ミラーニューロンによる反応を冠動脈に集中させるためかもしれません(単なるオカルト話です)。ただし、呪われたとしても、不具合は誰にでも起こることではありません。ミラーニューロンが過多な人だけが呪いにかかりやすいだけですので普通の人はご安心ください。ですが過多の人はそれを認識して生きて行かないと危険です。


ミラーニューロンが過多な人は外界の刺激から自分を守る手段を講じなければ他人によって病気を操作されてしまうこともあるでしょう。つまり悪意を持った者に暗示をかけられてしまうと病気を作られてしまう可能性があるということです。だから人から恨まれないように注意して生きなければならないでしょう。


ただし、今述べたことが仮に事実であったとしても、1万人中9999人にはそういうことは起こらない話です。ならばミラーニューロンが関与した病気があったとしても、それはオカルトとして葬り去られる運命にあります。私はその1万人に1人の特異体質の人を救う研究をしているわけですから、このようなオカルト話さえまともに考察しているのです。


ミラーニューロン過多はキ○ガイと紙一重

外界の刺激(人の念も含む)に反応し、体が勝手に作動してしまうのがミラーニューロン過多の特徴と思われます。現代社会にはポルノやファッション、ぜいたく品など欲望を強烈に刺激するものがあまりにもあふれていますので、ミラーニューロン過多の人にとっては極めて生きにくい社会となっています。性的に強く興奮させられてしまうと、自らを制御できずに、浮気・フェティッシュ・同性愛などインモラルな方に向かいやすいことも理解できます。パチンコや競馬などにもたやすく「やみつき」の状態になり抜け出せなくなったり、その結果犯罪に手をそめるようになったり・・・と普通の人よりも波乱万丈な人生を送ることが運命づけられます。

その結果脳が破綻して統合失調症になりやすいことも推測されます。そして今回のテーマである慢性疾患を作ることもあるでしょう。精神科に通う人の中にはそうしたミラーニューロン過多の人が多いような気がします。

ただし、ミラーニューロン過多は極めて豊かな感性であるので、それを芸術方面やカウンセラーなどに活かすことができれば世界トップの脳力を発揮できる可能性があります。相手の雰囲気だけで家族背景や生活の裏側までわかってしまう能力ですから、それを活かせば有名な占い師になれるでしょう。

自分を制御できない程のミラーニューロンですが、制御できれば霊能者・神と自分を呼び、商売に役立てることも可能です。ですが、ミラーニューロンの力を霊能と呼ぶことに私は全く同意できません。それが真に霊の力であることを誰にも証明できないからです。何でも察知できる能力は、外界の刺激にたやすく影響される悪しき能力でもあり諸刃の剣です。

ミラーニューロン過多の人々は一度や二度は「この世に生を受けたことに恨みや憎しみ」を持つはずです。人と関わることで普通の人の何倍も精神疲労し、そして傷つくからです。その恨みを一般の人達に晴らさないでいただきたい。霊能と呼び、霊感詐欺商法を行い、財を築くことに用いていただきたくないと思っています。その因果が巡り、最後に自分が滅ぼされるおそれがあります。なぜなら霊能者自身が他人からの恨みの念に弱いと思われるからです。


エルム街の悪夢やエクソシストは現実?

瞑想の達人・ヨガの達人は空想だけで自律神経を動かすことができます。空想だけで性的に興奮させ射精することもできます。通常は自律神経は意識的に動かせないのですが、彼らは強い感情・強い空想で意図的に自律神経を動かすことができます。当然ながら、ミラーニューロンが過敏な人であれば訓練などしなくても、生まれつき自律神経を制御できてしまうでしょう。そして他人にも自律神経を操られます。本来、意志によって操られてはいけないのが自律神経のはずなのですが。


「腕が痛い」と自己暗示をかければ、その暗示だけで腕の血管平滑筋が収縮をし続け、そして1か月後には腕が壊死して腐り落ちるということもおそらく彼らには可能です。暗示で病変を局所に作ることは可能だと思われ、夢で腕を切り落とされるシーンを見ただけで、腕にあざができてしまうということもあるでしょう。


しかし、それらは昔から西洋では悪魔のせいであると言われ、そしてエクソシストが呼ばれることが多々あったと思います。呪いと言えばよいのか催眠・自己暗示と言えばよいのかわかりませんが、ミラーニューロンを意図的に操ることが出来る能力があれば、相手に病気を起こすことさえ理論上可能です。日本では霊障などといいます。


ミラーニューロンの相手を操る能力

ミラーニューロンは相手に起こっていることを共感するだけの神経細胞でしょうか? 相手を共感させることにも利用されていると私は考えます。どのような態度をとり、どのような表情をし、どのようにいたわれば相手を自分の思い通りに動かすことができるのか?を教えてくれるのもミラーニューロンの役割であると思います。


「あの人のそばにいるだけで心が安らぐ」「あの人のそばにいるだけで不快な気分になる」「好きにさせられる」などはミラーニューロンに発信作用があるからではないかと考えます。それは波動エネルギーとも特殊な脳波とも言われるものかもしれませんが、ミラーニューロンは相手の感情を操作するためにある種のエネルギー(脳波)を出すのかもしれません。それは「気」と呼ばれるものかもしれませんが、呼び方はどうでもよいことです。どう読んだとしても科学で解明できていないものです。


何度も言いますが、凡人では波動エネルギーは退化しており、人を操る能力にまでは至らないでしょう。しかし1万人に1人クラスのミラーニューロン過多の人は相手を操る波動を出せる可能性があり、訓練や修行によりその波動を強めたり、一点に集中させたりできるかもしれません。その能力があれば、ミラーニューロンによって生じている悪しき自律神経の異常を改善させることができるかもしれないと考えたわけです。もちろん、その能力を持ってすれば相手に不治の病を作ってしまうことも可能かもしれません。


逆に言うと、ミラーニューロンの脳力者はまた自分自身も相手からの悪意を受けて容易に健康を害される可能性があり、外界の刺激から自分を守らなければならない宿命があります。それを知らずに能力を使って治療してあげようと努力をすれば、相手の悪意を受けて自分の健康が障害される可能性があります。


私はオカルト信者ではありません、科学者です

現代の科学は、証明できないことをオカルトであると捨て置くことが決まりになっています。しかし、現医学で言う「脳の誤作動」も全く根拠のない診断であり、非科学の極みです。つまり現代の科学でさえ、わからないものに対しては勝手に決めつけるわけですから、私がミラーニューロンと自律神経の関係を述べることも、現代の科学理論それほどかけはなれていないと思いませんか?


さて、そのような迷走する科学の中、実際にサイキック治療をされている方が日本の至る所におられます。少なくありません。そして彼らは実際に現医学では治らなかった慢性病を治すきっかけを作ることができているようです。できているという事実を科学的に分析することが私の役割でもあるため、このサイキック系を避けて通れませんでした。避けることは難治性疾患の治療から逃げていることになるからです。


心霊と呼ぶべきではない

私はミラーニューロンについて述べてきましたが、敢えて心霊治療という言い方はしませんでした。実際に五感が常識を超えて鋭く、いろんなものを透視し、予言し、言い当てる者が各地にいることは否定しません。しかし、それを心霊と言うことで誤解が生じると思います。ミラーニューロン過多であれば、人の醜さを10倍にして受け入れてしまい、自分の醜さも10倍になって返ってきます。それらの因縁が毎日少しずつたまって行けば、それが理解しがたい症状を発するでしょう(西洋医学ではヒステリーとも呼ぶ)。それはもともと自分が創り出しているものであり、いわば自分自身の業でもあるわけです。自分自身の業を霊の仕業にしてしまえば、本当の意味で解決できません。


霊のせいにすることはおもいやり

下級霊が憑依したなどの言い方をして霊障を述べる方がいます。現医学で治らないものは霊障であると述べる人もいます。しかし、その言い方は「おもいやり」かもしれません。西洋医学的な考え方では、霊障はヒステリーと言われ、心の葛藤を身体に表現しているだけであると結論付けられています。つまり、心の葛藤を昇華できない腹いせに、自分の体に障害を作るというものです。西洋医学的に考えると、霊障を作り出しているのは自分の怨霊(自分自身)であるという結論になります。


障害を下級霊のせいであると述べてあげることは、その人の尊厳を守ることにつながりますが、真実は自分が創り出しているものであるなら、結局悪いのは自分自身であるということを認めなければならなくなり、本人にとってはたいへん厳しいものとなります。


心の葛藤が真の原因であるなら、その原因は子供の頃のトラウマや夫婦間、恋愛、社会など複雑な問題を解決できない自分自身にあるということになるので、それを認めることは極めて難しいでしょう。下級霊のせいにした方が、その人の葛藤をごまかしてさしあげることができますし、精神的に楽であると思います。


下級霊のせいにするならお祓いという他人任せの治療で済みますし、自分の怨霊であるなら心の葛藤を自ら昇華させていかなければなりません。お祓いのほうがはるかに楽で霊のせいにできるわけですから、誰もが前者を選びたくなるでしょう。しかし、それは根本治療ではないため再発を繰り返す可能性があります。


能力者は修業が必要

ミラーニューロンを操る力がある者は現世ではサイキッカーとして崇められるか、精神異常者として病院送りにされるかの両極端にあります。


持って生まれた共感能力が高すぎるため、感情の起伏も激しく、さらに自分の意志で制御できなくなるからです。つまり、能力者の多くは「元々は精神疾患の患者」であった経験があると思います。いやな思いを多数経験し、その苦悩も一般人の10倍感じることでしょう。


そうした能力者たちは現実世界で成功して心の葛藤を昇華させるか、修行により能力を制御できるようになるか?のどちらかを選択しなければならないでしょう。しかしながらどちらもかなり困難なので現実的には能力者は社会から外れてしまい、精神科に頼ることが多くなることでしょう。


おこがましい話ですが、修行をすれば、その能力を次元の高い完成した能力にできるかもしれません。完成した能力となれば、その能力は他人がひれ伏すものとなるでしょう。


しかし、もし能力を高めることに成功すれば、使用には厳重な注意が必要です。他人の人生をたやすく変えることができる力であり、他人の作った財を集める力でもあるからです。他人の財を吸い取って自分の利をなすことが容易にできるだけに、それが本当に相手の幸福につながることなのか?を公正に考えることのできる人格が問われます。欲がある者が他人を操ると、それは自分の利益のために動くことになり、結局他人の人生を陥れ、恨みを買い、その恨みが巡り巡って最後に自分が呪いを受けて因縁を背負うことになるからです。


因縁を防ぐためには能力者は自分の欲を捨てることができるまで修行を毎日欠かさず行う必要があり、それを行っていないサイキッカーは危険な存在に成り得ます。欲を捨て去ることは並大抵の修業では無理であり、多くのサイキッカーは自分の助言で他人を不幸に陥れかねません。それゆえ、慢性の難病にかかっている患者はたやすく心霊治療などを受けるべきではないと考えます。


2017年高僧との治療を提案

私の患者の中に真言密教の高僧の方がおられました。その方は波動エネルギーを操る能力があるようです。これまで様々な心霊治療を行ってきた治療実績があるそうです。それが真に心霊であるのかどうかは私には理解不能ですが、心霊と言って差し上げる方が患者の尊厳を守ることができることだけは真実です。ならば私も患者の尊厳を守るために心霊という言葉を借りることに一旦同意しておきます。


前述した修行僧の先生は患者を私利私欲に導くことはあり得ないでしょう。そこで、「ぜひお力を貸していただけないか?」と私の方から提案させていただきました。ミラーニューロンによる脳の誤作動を解除させ、著しく改善するという可能性にかけてみたいのです。

特にミラーニューロン過多の人に起こる不可解な難治性疾患は修行僧の先生のお力で軽減できるのではないかと考えています。おそらく相手のミラーニューロンを動かすことのできる能力があるのではないかと・・・ミラーニューロンのスイッチイングをする能力・・・

ミラーニューロン過多に心当たりがあるかたは申し出てください。救えるかもしれません。

2016年治療報告

2017年治療成績はこちら

はじめに

西洋医学で治らないとされている疾患・症状を診療することを専門としている私の診療スタイルは一般の方々にとって信じられないものであり、不透明なところが多いと思われます。「他の医師たちが治せないものを治す」ということに不信感をお持ちであることもよく理解できます。そこで、私の治療内容を少しでもクリアにするために、治療内容を公開します。信じる信じないは各自の判断にゆだねますが、少しでも難治性の症状にお悩みの方に光が差しますようにとここに投稿しておきます。2016/12-12から12/17 までの5営業日に治療を受けたのべ130名の来院患者の実態調査です。調査期間は短いですが、データをまとめる時間的な余裕がないためでありご容赦下さい。


最後の砦として機能する診療所

私の診療所には大学病院や全国的に評判の高い専門病院でさえ改善しなかった患者が集まります。中でも、ペインクリニック、鍼灸、カイロプラクティック、奇蹟的な治療技術を持つ治療師、サイキッカーなどに治療をしてもらっても治らないという超難治性の患者が集まります。ここでは治療成績を公表していません(成績は一定期間の治療経過後に出すものですから、現在治療中の患者では出せません。また、評価・調査に莫大な時間がかかりますので省略せざるをえません。後日疾患別に治療成績を少しずつアップしていきますのでご容赦ください)。

 

上記の表の中で勤務医時代から私がひきついでいる患者も少数存在します。私の診療所は予約が厳密であり、しきいを極めて高くしてあります。それでも私にくらいついて治療を継続していることから、他の医師たちには治せない状態であることが推測されると思います。つまり、上記の患者たちはほぼ99%難治性の患者であり現医学で手に負えない方たちばかりであることがわかります。


通院距離

当診療所は都内某所にありますが、おおむね2km以内の徒歩圏内から来院される患者が28人(21.5%)しかおりません。来年からはさらに近所にお住まいの患者が来院できなくなります。その理由は「治療にかける情熱の差」にあります。不治の病をなんとか治し、この世の地獄から抜け出したいという患者を優先的に診療するために近所に住んでいる患者に対してしきいを高くしているからです。

新幹線や旅客機で来院する方の数と近所から来院する方の数がほぼ同数であることから、私が近所にお住まいの患者に対していかにしきいを高くしているかがわかると思います。簡単には次回診察の予約をとらせませんし、軽症の方はすぐに治してしまい来院させません。


治療症例

私は整形外科医として20年間勤務しましたが、開業はペインクリニックです。ブロック注射でしか治療しない医師ですから、ペインクリニックの方が妥当です。しかし、上記のように治療疾患名に「科の垣根」は存在しません。神経内科・耳鼻科・脳外科・精神科・整形外科などあらゆる科の難治性疾患を診療しています。


なかでも症候性パーキンソンや筋萎縮性側索硬化症(ALS)、などは現医学では「打つ手なし」であり、これらに対してブロック治療を行い治療成果を出しているのはおそらく私の診療所だけではないでしょうか?

特徴的なのは突発性難聴です。現在、私の診療所でもっとも多い治療となりました。他の専門病院でステロイド・高圧酸素・鼓膜内ステロイド注射・星状神経節ブロックなどを行っても改善しなかった患者が、手遅れとなった時期に私の診療所に来院します。そこからさらに改善させるのですから「最後の砦」にふさわしいと自負しています。


突発性難聴が症状固定してしまってからでもある程度改善させることができるということは、他の神経(視神経・迷走(自律)神経・三叉神経)や脳でさえも治せる可能性があることが容易に推測できると思います。よって、視力低下や視野狭窄、かすみ目、原因不明の頭痛、症候性三叉神経痛、そして認知症、脳梗塞後遺症などにも効果があることはすぐに推測できるでしょう。また、スポーツ選手やアーティストにブロックすれば、脳が活性化し、身体能力が向上し、一流の成績を残せることも容易に予想できます。今後はトップアスリートの能力開発に私の治療技術を応用していこうと考えています。


難治性=特異体質

なぜ現代医学を結集しても治らないのか? なぜ医学書に掲載されていない症状が出るのか? 診断さえつけられないのか? その理由はマイナーであるからです。1万人に一人しか持っていない極まった体質を持っているからです。難治である理由は、それらを治すまでに知識が普及していないからです。

実際に難治治療に携わっている治療師は皆、そのことを知っており、西洋医学で治らないものが霊能者のお払いで治ってしまうことがあることも知っています(信じていなくてもそういう事実があることを知っています)。私は心霊を信じていませんが、私たちの知識を超えたところで病気が起こっていることがしばしばあることは理解しています。私はそれらを特異体質と呼んでいるに過ぎません。


ただし、特異体質は極めて危険な体質であることを理解するべきです。普通の人ならばかすり傷しかつかない程度の障害で寝たきりの重病になる可能性のある体質だからです。

私はブロック注射を専門にしていますが、その注射1本で2日後に「激烈な全身痛と倦怠感で動けなくなった」というような極めてリアクションの高い人を専門に治療しています。注射ミスをしておらず、丁寧に繊細に正しく行った注射で大きなリバウンドが出ます。もしもこうした特異体質の患者にミス注射をしてしまうと、とりかえしのつかない合併症を起こすおそれもあるでしょう。だから私の方もたった1本の注射に命がけなのです。

上記の表は私の治療は朝から晩まで命がけの注射を行い、それを日課にしているということをあらわしたものです。


他の医師が私のような治療ができない理由は、特異体質の患者ばかりを集めると、医師の命がない!からです。私の診療はナイフの上を綱渡しているようなものであり、年々危険度が増していきます。現在のような危険な患者ばかりを診療できるようになったのは、昔からの少しずつの積み重ねがあるからであり、繊細な治療技術の修業を毎日積み重ねてきたからであり、決して無謀だからできるのではありません。

私の行う治療を他の医師が真似れば、おそらく患者に多くの合併症を作ってしまうと思われます。そしてその医師もただではおれないでしょう。


腱引きとのコラボレーション

2016年の下半期は腱引き師の先生方とコラボレーション治療を行いました。腱引き創始者の先生も難治性の患者の治療に以前から携わっていました。そして、腱引きとブロックをその日のうちに両方同時に行うことで治療効果を大きくできないか? 模索しました。

結果はやはりブロック単独で治療するよりもコラボ治療を行うほうが治療効果が高く持続時間も長いことが判明しました。特にALSの治療、うなだれ首の治療に効果を感じています。2017年はさらに連携を密にしていきたいと思っています。ただし、治療にコストがかかることは言うまでもありません。患者の皆様はなんとか工面してください。


2017年CBPカイロとのコラボレーション

CBPとはChiropractic Bio Physicsの略で生体物理学に基づいたカイロプラクティックです。ちょっとしたマニュピュレーションではなく、2年近くかけて脊椎の軸を矯正していく極めて理論的なカイロプラクティックです。

私は難治性の方々の根底に脊椎の異常があることが多いと判断しており、カイロプラクティックとのコラボレーションは必要不可欠と考えていました。ようやく2017年から実施できます。すでにALS様症状の患者の数名はコラボ治療を開始しています。


2017年脳の誤作動への挑戦

脳の誤作動とは、脊髄から脳へ信号が伝わる際に、正しい回路で脳に伝わらないために、あり得ない痛みやあり得ない異常感覚、苦しみを味わってしまうものの総称です。例えば、他人の吐いた汚物を見ただけで自分も吐き気が起こるというのも脳の誤作動の一つです。それらに生まれ持った特異体質が加わると、逆戻りのできない症状が起こり難治となる場合があると思われます。

私は、この特異体質の部分を改善させるためにブロックを行っているわけですが、脳のスイッチングの誤作動は、ブロックでは治せません。例えば恐怖症をブロックで治すことは難しいでしょう。


脳のスイッチングには精神が関与していると思われますが、世の中にはそうしたスイッチングを正しく書き換えることができる能力を持った者がいるかもしれません。

その能力は現代科学では解明でない波動エネルギーのようなものかもしれません。実際にサイキックのような能力で難治性の病を治してしまえる治療師がいます。私は、それらを信じる信じないという話しをするのではなく、その者たちの治療成果を調査し公表することが重要であると思っています。まあ、すでに私も多くの奇蹟的治療実績を西洋医学で残していますから、サイキックに勝る治療成績と言えるでしょう。しかし、波動に感受性の高い患者であれば、私のブロックよりも効果的に症状が回復する可能性があります。そういう方々にきちんとした治療師を紹介できる状態を作っておきたいと思っています。


安全なブロックへの挑戦

わずかなミスも絶対に許されないという緊迫状態の中で毎日毎日繰り返しブロックを行っています。特異体質の患者に些細なミスをしただけでも症状が悪化することがあるからです。しかも、最悪なことには、重症な患者にはブロックの効きを強くしなければならず、際どいところに際どい量の薬液を注入しなければなりません。極めてリスクの高い患者に際どい注射をするという命がけの行為を毎日繰り返すことで、ますます安全保持能力が高くなってまいりました。

痛くない、ミスしない、高い命中率、そして合併症なし、の4拍子そろったブロックがさらに日々進化をとげています。

この進化のおかげで、オリンピック選手やプロのアーティスト、要人など、絶対にミスを侵してはならない人々にもブロックができるようになりました。しかも、痛みを治すのではなく能力開発のためのブロックです。この分野は今後広がりそうな気配がします。


2016年の終わりに

今年はますますの難治性、重症患者が集中するようになり、一人当たりの治療時間が延びてしまい、精神をすり減らし健康を損ないそうになりました。年末に予約数を半分に制限し、患者数を大幅に削減しました。おかげで収入も激減。

そのうえ精神疲労と時間のなさのためブログも2ヶ月間更新できない状態となりました。そこで年末は休診日を作り、資料作りし、こうしてブログを更新しています。来年もごひいきによろしくお願い申し上げます。

上頚神経節ブロックと屈辱の1年半

2017年治療成績

近況報告

開業して1年半、全国そして海外からも難治性疾患を治療するために現医学では治らない症状を改善させるために私の元へ患者が訪れるようになりました。そのため私には予想を上回る治療負荷がかかり毎日疲れ果てて死んだように眠る毎日となりました。これを読む方々はそんな私に対し「私の医療技術や論文をどこまで信じたらよいのか?」迷われていると思います。治療実績を出せばよいのですが、日々の命を削るような激務のためデータをまとめる暇さえない状況です。データの公表は必ず行いますが、今回は論文ではなく私の個人的な意見や近況報告をここに書き記すことにしました。ブログが炎上するかもしれませんが今後の治療方針を明確にするために、愚痴をこぼすことにします。

上頚神経節ブロックの治療実績をまとめることができました。こちらです。

※今後はこのデータよりも治療成績が上がって行きます。技術が進歩しているからです。あくまで2017年3月現在のデータです。


開業して1年半

開業したのは2015年4月であり、まだ開業して1年半しか経っていません。私はそれまで非常勤専門の整形外科医でしたので3か所のクリニックを日替わりで勤務していました。その3か所のうちの1箇所である東京の某地区に開業したのは、その地区に住む患者とのつきあいが5年以上になるからでした。


私のような反社会性・反体制を覚悟して治療法を編み出す医師は当然ながら長くいると病院のお荷物になることが多く、勤務先は転々としなければならない宿命があります。しかし偶然にもこの地区には5年以上いることができたため「私の治療で命をつないでいる患者」がいました。その地区の病院勤務を4月で辞めなければならなくなったので、急遽、その地区に開業することにしたわけです。スタッフの迅速な対応のおかげもあり、なんと、2か月という短い期間でクリニックを作ってしまいました。おそらく、0から作った新規クリニック開業としては2か月日本記録だと思います。この地区の重症患者を切れ目なく治療を続けるために全力で仕上げました。


私が開発した唯一無二の上頚神経節ブロック

私の元へ患者が全国や海外から患者が来院するのは、私が上頚神経節ブロックの開発者であり、まだそれをほとんど誰にも伝授していないからです(奈良県に1名、伝授した医師がいます)。このブロックは星状神経節ブロックのさらに上位の交感神経節を狙った「脳幹や脳」に絶大な治療効果を発揮する世界最強クラスの注射です(実績はいずれ必ず公表します)。よって希少価値が極めて高いと言えます。開業当時は1日に数名くらいにしかこのブロックを行っていませんでしたが、現在では外来患者の7割がこのブロックを受けるために来院します。気の毒にも、九州や北海道の方も、このブロックを受けに来るためだけに東京に1~2週間滞在します。どれほど効果が強力か?は「滞在する」ことから推測してください。効果がなければ早めに切り上げますから。


売り上げが激減の危機

開業当初、上頚神経節ブロックを星状神経節ブロックとして保険適用していました。ほぼ同じ頚部交感神経節ブロックですので違法性はありません。

しかし問題がありました。星状神経節ブロックは左右のどちらか一方にしますが、私の上頚神経節ブロックは左右両方にすることです。両方にする場合は片方よりもリスクが高く、それを回避するために注射手技で時間が倍以上かかり、しかも精神をすりへらします。にもかかわらず料金を片方分しかいただかないわけですから、時間当たりの収益は半分から3分の1くらいにまで落ち込みます。これが1日に数名だったら売り上げにあまり影響しませんが、全体の外来患者の7割が行う状況になれば売り上げが半分になってしまいます。


世界で私しかできない極めて効果が高いブロック注射なのに・・・そのブロックを正当な料金の半分以下で提供し、そして売り上げが右肩下がりに低下し続けるさまはまさに「屈辱」でした。外来が混雑すればするほど売り上げが下がりました。1日に数名だったブロック治療が、1日に数十名となってしまった理由は、「料金が安く、安全、痛みがほとんどなく、奇蹟的な効果」が得られるからです。宣伝しなくても利用者は広がっていきます。そして私は精神疲労と売り上げ低下の屈辱のためイライラするようになりました。


患者を連れ戻す家族

九州から一大決心して単独来院した女性の夫が治療の翌日妻を連れて帰りました。夫は私に「どうしてあなたは有名ではないのですか? 本当に効果のある治療なら世界中に知れ渡るはずでしょう? 妻の難聴は医学的に治ることはないと大学病院で言われました。それを8~9割の確率で改善させることができるという話を信じられるわけがありません。」と言い捨てて妻を連れて帰りました。このような屈辱を受けることはしばしばあります。ですから、来院する前に「家族と闘ってください」と私はいつも言います。「家族を説得できなければ治療をうけることができません。」と述べています。


ですが、考えてみてください。私の治療が世間に認められれば、もちろん私は世界的に有名なるでしょう。なぜなら現医学では治らないと宣言されたものを治すのですから。しかし、それは現西洋医学が自分たちが築き上げた医学理論を叩き壊されることを認めることであり権威が失墜します。しかも、東洋医学で治すのではなく西洋医学で治してしまうわけですから完敗です。私の治療が認められることは医学秩序を乱すことであり望ましいことではないでしょう。それを自覚しているからこそ、私は自分の名前を出さずにこのようなHPを作っているわけです。名前を出せば私だけでなく出身大学にも圧力がかかり迷惑をかけることになります。ですからあくまでひっそりとサイトを運営しています。前にも述べましたが、私は反体制ですが体性を覆そうとは思っていません。反体制なのは患者を救うためにやむを得ずそうしているだけです。体性に逆らわなければ救えません。


縁がないとあきらめる

「縁がなかったねえ」が私の診療所の口癖です。私のクリニックに来院された患者がよく言いますが、「治る治らないじゃなく、ここの治療を受けるしかないんだよねえ。」と。私の元へ来られる患者は、すでに大学病院で無効、漢方薬で無効、鍼灸で無効、カイロプラクティクで無効、他の怪しい治療を受けても無効という方が最後の砦として来られます。難治オブザ難治、難治の中の難治という方が来られ、そこから実際に私が治療して改善させるわけですから「ここの治療を受けるしかない」ことを理解されます。


しかし、難治の中の難治が来院するおかげで、治療成績はさすがに低下します。突発性難聴の改善率は90%以上でしたが、最近では80%代まで落ち込んできました。さすがに、短期間では治せない、または通常の仕組みではない病気にぶち当たると治せない場合もあります。ですが、他に世界のどこに、私以上に治せる施設があるというのでしょう?


私は常に言います。私以上に改善率の高い施設があるのなら紹介します。自分で見つけたならいつでも移ってください、と。私は常に「ブロックをやりたいわけではありません。これしかないからブロックを行っています。ブロックをしなくてもよい日が来ることを常に待ち望んでいます」と述べています。それでも移っていく人がほとんどいないことから、私の治療力が評価されていることがわかります。


私のところへ来院された突発性難聴の患者の多くは、現西洋医学で最新の治療を受け、その治療に怒りを覚えています。「もう治らない、あきらめてください」とあっさり言われたと言って怒っています。それを治すわけですから間違いなく医学の権威を失墜させています。ですが、権威がどうあれ、治る可能性があるのなら、治療をするしかありません。


しかし、初診で予約をとった後に考え直して来院予定をキャンセルされる患者が後を絶ちません。おそらく家族や同僚、医師などに「怪しいからやめておいたほうがいい」と言われるのだと思います。「ここしかないのにねえ」と思いながらも最後には「縁がなかったねえ、残念だけど仕方ないねえ」で終わります。ちなみに私の診療所は患者がキャパシティオーバーですので、来院がキャンセルされると私は心から喜んでいます。縁がなかった患者には悪いのですが、私の体力が限界です。予約を一手に管理している医療秘書もいつも連日疲労困憊しながらも、優秀な見極めでなんとか予約患者のために治療時間を確保して患者を救っているので、私たち診療所にとっては屈辱を受けるほうが体力の温存にはよいのです。


難治を治せる=軽症は一発

現代医学が見放した疾患は無限にあります。まずは老い、アスリートの抱える故障、変形、慢性の痛み、しびれ、冷え、自律神経失調などなど。これらの難治性疾患は西洋医学では治せなくても、東洋医学で治せる場合があります。一流の(1回の施術で2万円クラス)施術師なら、かなりの改善率があります。が、私の元へは一流の施術師が治せなかった「さらなる難治」の方が来られます。ただし、病気の種類によっては私の治療よりも効果の高い施術ああると思います。相性がありますから。


難治を治せるということの意味を、多くの方が理解されていないことに屈辱を受けます。それは「難治が治せるなら普通の症状はたった1回の治療で完治に近い状態へ導くことができる」という意味だと言うことをほとんどの方に理解されていないからです。では、難治の中の難治を治せるというのはどういう意味でしょう? これは手術しか方法がない、何年通院しても治らなかったというクラスの症状もたった1回の治療で完治に近い状態に導ける可能性がそこそこあるという意味です。


私のサイトの人気コンテンツの一つに「捻挫後に長引く腫れへの対処法」がありますが、これを読んで来院される方の腫れを、ほとんど全員、1回の治療で完治させています。1年以上通院して治らない腫れと痛みを1回で治してしまうそのお値段はいくらにすればよいのか悩みます。通常、保険診療では関節内注射は800円ですが、私の注射を800円で提供することは「極めて屈辱的」です。なぜなら、実際は私の注射を1本受けるために飛行機で往復される方がしばしばおられ、その方たちはすでに交通費で3~5万円をつかっているからです。高額な交通費をかけるほどの価値がある治療を800円で行うことはどれほどの屈辱かわかりますでしょうか?


 予約のズルは許せない

私の診療所は開業当初より完全予約制です。しかし、急な痛みには予約外で診療しなければなりません。予約枠は一人15分。健全経営のためには15分で7000円前後を稼ぐ必要があります。しかし、ばね指270円、膝注射800円、肩注射800円・・・というような患者がこの15分枠を予約すると我がクリニックは倒産します。よって、本来はこれらの疾患を受け付けないことが経営にとっては必要なことです(ペインクリニックを標榜しています)。


ところが私は受け付けてしまいます。理由は・・・私以外の医師にはたやすく治せないからです。私がこれらの患者を拒否すれば、患者たちは行き場をなくし、最後に手術へと追い込まれることがわかりきっているため、受付けています。

(※2017年1月より予約料金を徴収することにしました。)


ですが、上記の疾患で予約されてしまうとマジで倒産しますのでこれらの疾患は予約なしでフリーで受け付けます。私が治療してしまうのです。屈辱的な料金で!受付は大変です。


私の地区に住んでいる近隣の患者たちは私が全国レベルの治療力を持つことを知りません。また、予約制をとっているクリニックも近隣にはゼロです。よって、予約をして診察を受けるという「しきいの高さ」に近隣の住民は不満を感じている者が多いというありさまです。


北海道や九州から飛行機に乗って来院される方がざらにおられるということも知りませんので予約に対していい加減なのです。私の地区の患者は平気で当日ドタキャンし、予約をとらずに「痛いからどうしても診てほしい」と言って毎回割り込み、膝や肩の疾患で予約いらずの来院をしているにもかかわらず、「今日は別のところを診てほしい」といって割り込んでくる患者がいます。スタッフへの精神的負担もかなりのものになります。


私は極めて高い治療技術を、屈辱的な治療費で治療し、しかもほぼ1発で治すというようなことをしていますので、毎日理不尽という名の屈辱を受けながら診療しています。その屈辱に耐えるため「しきいを高くする」ことだけには全力を尽くしています。できる限り予約を入れさせない、できる限り1回で治す、できる限り治療間隔を開ける、そしてずるい割り込みは絶対にさせないということに全力を尽くすのです。これが屈辱に耐えるための最後の砦です。とにかく来院させないことです。


私のブロックが効果が高い理由は、狙ったところを外さない、外した場合は成功するまで何度もトライする、そしてリスクを極めて低くするために時間をかける、診断力が高い、というところにあります。それを死守するためには、一人15分という枠を死守する必要があり、予約がそのライフラインとなります。私の地区に住む患者はその予約をたやすくふみにじる傾向があるので、スタッフにも敬意を払わずにルールを守らない患者には雷を落とし、場合によっては出入り禁止にします。私は患者に嫌われることなど全く気にしません。他の患者の命を守るために時間厳守は当然のことでありこれを乱す患者は叱りつけます。


屈辱的料金に甘える患者たち

私の治療技術は当然ながら長年かけて自ら開発してきたものです。つまり、勤務医時代から技術磨きを積んできたということです。勤務医時代から難しい関節内へ注射し、上頚神経節ブロックを行い、高齢者の変形脊椎に果敢にブロックを行ってきました。1日に1回しか計上できない神経ブロックなのに2か所に治療することもありましたし、週に1回しか計上できないブロックを2回行うこともありました。


計上できないということは、それは「無料奉仕」になることを意味します。つまり、勤務医だったころの私の患者は、私の無料奉仕によって助けられたという人が大勢存在していました。もちろん、それは今よりもさらに屈辱的でした。無料奉仕ですから。


私は昔から「治らない疾患を治す」という芸当を行っていましたので、極めて高い技術をタダで提供したことが何度もあります。皆さまには理解できないかもしれませんが、現医学を超えた高い技術を無料で提供することは「プライドがへし折れてしまう作業」であり、たやすくできることではありません。私は自分のプライドを折ることを修業と考え生きてきましたからできましたが、同僚の医師たちは「絶対にやらない」ことです。医師はプライドこそが命の職業だからです。


私の地区にはその無料奉仕の恩恵を受けていた患者がいるわけで、その患者が継続して今の診療所に通院しています。そのような患者は「週に1回しかブロックしてくれない」ことや「1日に2回ブロックをしてくれないこと」や「本来は自費診療になること」に対して極めて強い不満を持つようになります。


勤務医時代に行っていたサービスが、実は無料奉仕だったということに感謝の意もなく、その無料奉仕に支えられて生きてきたというのに、不満を抱くわけです。これがどれほどの甘えであるか? 恩を仇で返す不満であるか?ということをわからない患者を診療し続けることは極めて屈辱的です。


不信を抱く患者は救えない

私の診療所はコンビニエンスストアではありません。難治を治すには医師だけの力では不十分であり、患者の努力も不可欠になります。つまり患者の生活指導をしなければなりません。思い出してみてください。中学校時代の生活指導の教師がどれほど怖かったか? 生徒の生活を指導するには、その教師は鬼になり嫌われ役を演じなければなりません。卒業式にはお礼参りに怯えなければなりません。その役を買って出るのが生活指導の教師です。


私の診療所ではその生活指導の役を私が演じなければなりません。難治性の患者は生活指導しなければ治らないからです。もちろん、一発で治るような患者には生活指導する必要はありません。また、私を信じている患者は丁寧な口調で生活指導が進みます。しかし、私を信じていない患者に生活指導するとどうなると思いますか? 患者が言うことを聞かないので口論になるわけです。患者は15分しか持ち時間がありません。ブロックに時間をかけたい私にとって、口論という「治療費をいただけない診療」に時間を費やすことがどれだけ屈辱的かわかりますでしょうか? しかも信じていないことがありありとわかる患者に無駄な生活指導をし、嫌われ役を買って出ることの無意味さ・・・


つい先日私は患者から「何ですか?その言い方は?怒鳴らないでください!」と言われました。私はこのように言う患者には毎回決まったセリフで対応します。「ここはコンビニエンスストアじゃないんだ。我々が先生と呼ばれる理由は、あなたたちが生徒であり、ここに指導してもらいに来ているからなんだ。生徒が先生に怒られているときに「怒鳴るな!」と反論する奴がどこにいる? ここはあなたのような患者が来るところではない。帰りなさい。」と追い返しました。


このように、不信感をぶつけてくる患者は私にも救いようがありません。ここへ来院したのは「勝手に治してくれる」医師を探しに来たわけで、「自分が指導される」ことは考えていないようです。この患者はプライドを私にへし折られて帰りましたが、後日、予約もとっていないのに来院し、外来で患者の前で文句を言って帰って行きました。


私を信じていない患者に、私しかできない特別な治療を施すことへの理不尽さをいつも感じています。私の治療法は他の病院の治療と同じものは一つとしてありません。保険診療としてお決まりの治療をしているわけではなく、自分の身を切って創意工夫で治療をしています。私以外の施設で治るものであれば、そこで治していただいて構いませんので、私のところへは来ないでいただきたいのです。


トップアスリートが来院しない(2016年現在)

難治性を治すということはアスリートの能力を上げることもできることを意味します。アスリートは常に限界まで肉体を酷使しますから、一度はトップに立てたとしても、それを維持することは不可能に近いと言えます。その不可能を可能にするためには、アスリートの痛みという難治性の症状を治す特殊技術が必要です。


一般の方は変形や体質によって難治性となりますが、アスリートは酷使することで難治性となります。原因は異なっても同じ難治性ですから、私はトップアスリートの治療技術にも自信があります。


以前、トップアスリートがマネージャー2名、トレーナー1名をつれて診療に来ましたが、本人は私の治療を受けたいと意思表示しているにもかかわらず、マネージャーに拒絶されて来院をやめた経緯があります。マネージャーには「トップアスリートに気軽に針を刺さないでください」と私は叱られました。どれだけ私がなめられているか?想像してみてください。その方はALS様の症状で筋委縮がありましたが、私のようなどこの馬の骨ともわからない医師に、トップアスリートを触られたくない、と本気でそう言って怒って帰りました。まあ、私の治療を拒絶するのは自由です。縁がなかっただけです。屈辱的というよりもあっけにとられてしまいました。


私に言わせれば、トップアスリートは真贋を見抜く眼力が必要だと思います。名前だけの有名治療師にかかれば、それ以上の改善はのぞめず、引退するしかなくなります。よって治療師を選ぶことは命がけでするべきであり、他人任せにしてはいけません。にもかかわらず、自分の肉体を他人任せにし過ぎています。自分でしっかり調べられなければ、私にたどりつくことは無理だと思います。


現時点でプロのアスリートを2名、定期的に治療していますが、たったの2名です。しかも、その2名も自分で私を見つけたのではなく、現在の治療師に来院を命じられて私の元へ来ただけです。


手術をたやすく受けてしまうアスリートも多いと聞きます。健康管理で誰にかかるか?はアスリートの生命線なので自ら真贋を見極める眼力で選ぶべきだと思います。もちろん、それが私でなければならないわけではありません。私は難治を治せる。それ以上でもそれ以下でもありません。


上頚神経節ブロックに隠れてしまう他の技術

私は世界で初めて上頚神経節ブロックを開発しましたが、今では想定外の7割の患者がこのブロックを求めて来院します。7割は多すぎます。


私の特殊技術は、神経根ブロック、椎間関節ブロック、仙腸関節ブロック、へバーデン結節への注射、顎関節症の注射、股関節内注射、手根管内注射などなどがあり、高い治療効果を発揮します。さらに、捻じれた背骨、高度に変形した背骨にも正確に硬膜外ブロックができる技術など、多くの悩める患者たちに活かしたい技術がたくさんあります。


しかしながら、上頚神経節ブロックを希望する患者が増えすぎてしまったために、上記の注射を行うべき患者が追い出される傾向があります。そしてこれらの技術を評価されなくなる危機に瀕しています。優れた技術があるのに、それを眠らせてしまうことも屈辱的です。


表には出られない仕組み

私の技術は患者には「絶好の救いの手」ですが、同業者にとっては「いかさま師」として葬り去りたいものです。同業者とは大学、厚生労働省、製薬会社、学会などです。よって社会秩序を乱さないためには、私は表には出ないほうがよいでしょう。それは屈辱ではなく、理屈として認識しています。


ただし、問題があります。インターネットの医学的広告に対して規制されることが決定しているからです。美容外科で誇張表現や虚偽が多く掲載されていることを理由に、インターネットの医学系論文に圧力をかける方針で国が検討しています。まあ、真の狙いは美容業界ではなく、まさに私のようなやからが今後出てくることを防ぎたいのではないか?と勘ぐっています。リリカ・トラムセットの禁断症状に警告!の記事などは、国も製薬会社も表に出してほしくない記事ですから・・・。それらを規制する法律が欲しいのだと思います。今の法律では文章を削除させることもできませんから。


言論の自由を奪われることは中国や北朝鮮では当たり前ですが、日本もそうなるのでしょうか? まあ、私は国家体制に逆らうつもりはありませんので、削除要請があればすぐにでも削除します。それは屈辱というよりも真実の隠ぺいですが、国や教授が「信用性が低い」と感じたものは「虚偽や誇張」と勝手に認定することができますので、彼らが「都合が悪い」と感じた論文は何でも削除対象になると思います。特に西洋医学に否定的な内容は、削除対象でしょう。日本は民主主義国家のように見えますが、医療はバリバリの共産主義ですので言論統制は屈辱的であっても受けるしかありません。


もし、そうなったとして、このサイトの論文の何割が削除対象になるのでしょうか? もともと医学論文には信憑性が少ないことは一つ前のブログに書いた通りです。すなわち、いいがかりをつければ、ここに掲載されている全論文が削除対象になるということです。医療は共産主義。そこから抜け出すことはこの日本という国では難しいかもしれません。

医学論文に嘘が多い理由~過活動性膀胱の治療法から

2017年治療成績

H2016.8.6.のライフハッカー日本版の記事

「尿は無菌は嘘だった!:研究結果」を例にあげ、「医学理論は科学理論でありエビデンスもあり」のはずにもかかわらず論文に嘘が多い理由について考察します。以下に記事の全文を記載します。


尿には、尿素、水分、ナトリウム、カリウムやその他の化学成分が含まれています。無人島やジャングルなどを舞台にしたサバイバル番組を見過ぎた人だけでなく、医師までもがこれまでずっと、尿は無菌だと考えてきました。ところが、尿は体外に排出された時点で無菌状態ではないことがわかったのです。


米国微生物学会の学術誌『Journal of Clinical Microbiology』で発表された研究によると、健康な女性と、過活動膀胱(膀胱が過敏になり自分の意思に関係なく収縮する)を患っている女性の両方から尿サンプルを集めて検査した結果、健康な女性であっても、膀胱と尿に生きた細菌が存在することが確認できたそうです。これまでは、尿サンプルから細菌が検出された場合、医師は何らかの尿路感染症だと判断していました。しかし、「尿は無菌である」という見方が誤りであることが研究で証明されたのはこれが初めてではありません。


尿は無菌という通説が生まれたのは、検査室で実施される通常の検査環境であれば、健康な人間の尿サンプルから「臨床的に有意な」数の細菌コロニーは検出されないだろうという考え方があったからです。細菌が検出されたとしても、皮膚や、滅菌されていないものと接触したせいだとみなされていました。


同じ研究チームがさらに研究を行ない、その結果を米国微生物学会に報告しています。この追跡研究では、84人の女性から尿サンプルを採取し、一般的な検査手法と、より有用なEQUC(Expanded Quantitative Urine Culture)と呼ばれる手法で培養しました。その結果、サンプルの70%以上に細菌が含まれていたのです。ところが、見つかった細菌の90%は、一般的な検査手法であらかじめ「陰性」とされていたもので、従来の手法には限界があることが示されました。


こうした結果からさらに明らかになったのは、過活動膀胱を患う女性の膀胱内に存在する細菌は、健康な女性の膀胱内にある細菌とは異なっており、種類も多様であったことです。


研究チームは、膀胱に存在する細菌は消化器官で見つかる菌とかなり似た働きを持っており、正常な菌バランスの変化が過活動膀胱の発症の背後にあるのではないかとの仮説を立てています。これにより、尿路感染症や失禁といった膀胱疾患の予防や治療に対する医療関係者や研究者の取り組み方が変わると、泌尿器学学会誌『European Urology』に掲載された論文で研究チームの1人が述べています。

Stephanie Lee(原文/訳:遠藤康子/ガリレオ)


この記事の「嘘」が疑わしい部分は赤字にしてあります。


医学論文の多くは1、データ 2、統計学的な事象の関連性 3、因果関係の推測 4、治療への応用 という4部構成になっています。


上記の論文の場合1、健康な女性の尿の検査結果 過活動性膀胱の尿の検査結果、2、健康な女性の70%から細菌が検出された。過活動性膀胱の患者の尿からは菌腫が異なりかつ豊富であった。


という科学的な実験データと結果が示されました。ここまでのエビデンスは全く問題ありません。ところが3の因果関係となると、ここから先は全く非科学的な著者の空想になります。


因果関係は統計学では述べられない

統計学では関連性を述べることができます。関連性は「科学的に裏付けられている」と述べても問題ありません。しかし、因果関係は述べることができません。わかりやすく言うと、AとBは関連があることは間違いないが、「Aの原因がB」だと述べてはいけない、というのが統計学の規則なのです。


例えば、A「雨の日が多い」とB「カビが生えやすい」という事象で、「AとBは関連がある」は科学的に正しいことです。しかし、「カビが原因で雨の日が多くなる」と述べると笑い話になります。カビが雨を降らせる背景となっていると述べる科学者はこの世に一人もいないでしょう。


 

同様に川の流れの真ん中で採取した水に潜む細菌と、川の淀みで採取した水に潜む細菌とでは菌腫も菌の数も異なっていたという実験結果があったとします。この実験結果から「細菌が川の流れをせき止め、細菌が淀みを作った」と考える者はこの世に一人もいないでしょう。


しかし、上記の過活動性膀胱での考察では「正常な菌バランスの変化が過活動膀胱の発症の背後にある」と延べ、細菌が過活動性膀胱の原因であると考察しています。この考察はあまりにも飛躍しすぎていませんか? 川のよどみの例では「細菌が淀みを作る」のではなく「淀んでいるから細菌の菌腫や量が変化する」のだということは一般の人が考えてもわかることです。それを「細菌が過活動性膀胱の原因」とするには、あまりにも奇抜すぎて理解に苦しみます。もちろん、この考察に科学的な根拠はゼロであり、一研究者の無謀な妄想です。しかしながら、この考察を述べる前に、壮大な実験データがあり、まるでその実験データから考察を導き出したかのような言い回しになっています。これが詐欺的なのです。


問題はその後です。医学論文では、この後に治療への応用がなされます。この論文を元にです。つまり過活動性膀胱を治療するために、広域抗生剤を用いると言うおろかな治療法へと駒を進めることがわかりきっています。なぜなら、細菌が過活動性膀胱の原因だと仮説をたてているからです。


当然ながらその治療はよい結果を残しません。しかし、データ改ざんを少し行えば、「抗性剤を用いると過活動性膀胱が改善する」というデータが捏造できてしまいます。そして間違った治療が世界に流布します。これを名のある教授が発表すると、全て真実として医学書に掲載されてしまいます。


詐欺的な考察の中にも真実が潜んでいる場合がありますが、こうした論文を読んだ者は、「細菌が過活動性膀胱を起こすことが科学的に証明された」と勘違いするでしょう。


医学論文のほとんどはこのような詐欺的な作りとなっていますので、結局、その真偽は誰にもわかりません。ただただ、権威者が述べた論文は真実として世の中に流布し、名もない研究者が述べた論文は無視されるという法則があるのみです。


過活動性膀胱の原因を探る

私は過活動性膀胱の95%以上を、硬膜外ブロックで完治、または改善させています。泌尿器科の医師たちはそういう経験がありませんから、上記のような論文を書くに至っています。実際に数多くの過活動性膀胱を治している医師から見れば、上記の論文は笑い話であり詐欺的に見えてしまいます。


別に私はここで自分の治療力を述べたいのではなく、医学論文はこのようにして科学の化けの皮をかぶって仮説を立て、仮説が真実化されるのだという仕組みを知ってほしいために例を挙げたにすぎません。


 

正義の投稿

つい最近、私のブログに以下のような投稿がありました。


「悪徳医療撲滅さんより 素人相手に嘘ばかり書くのはどうかな。詐欺商法ですよ。 臨床症状だけでエビデンスのない理論です。」

との書込がありました。


彼の書込は間違いではありません。私の論文は「臨床症状だけでエビデンスのない理論です。」はとても正しいものです。しかし、「他の世界の教授たちが書く論文にエビデンスがある」と考えていることは間違いであることを知らなければなりません。どこまで行っても、因果関係にエビデンスはないのです。統計学からは因果関係を導くことはできないという大原則を無視し、その結果、一般大衆は「教授の論文にはエビデンスがある」と思わされています。


この真実を正しく受け入れない限り、誤診、悪化、無駄、な治療が改善されていきません。特に難病治療にはエビデンスが全くありませんので、エビデンスがないから治療しないでは、患者を救うことはできません。お願いですから医学を妄信的に信じすぎないでください。信じすぎた結果、バカを見るのは国民なのですから。

 

日本の医療に対する苦情

はじめに

医療はサービス業の一つであり、当然ながら患者の希望に沿う形で治療方針が決められていくべきですが、日本の医療は事実上「患者の希望で治療を行うことを禁止する」という方針で保険医療が進められています。ご存知でしたか?

私は開業して初めて知りました。それまで普通に勤務医をしていましたが、まさか「患者の希望は禁止」が保険医療の大原則であるなんて教えられずに20年以上医師を行っていたわけです。

この原則のおかげで余計な検査や頻回の治療など「お金のかかる治療」を制止することができるので「医療費がかなり削減できる」という国にとっては最高のメリットがあります。しかし、一方で医療が「患者本位」とならないために、検査を拒否することで病気を見逃し、治る可能性のある治療を途中でやめ、重大な医療事故を招くという弊害が起こっています。ここでは「患者の希望で診療を進めることを禁じている日本の医療行政」の実態を学び、その是非について考えます。


「治療に患者の希望はNG」に驚くばかり

私は難治性疾患を専門に治療を行い、数々の「治らない症状」を治してきましたが、それは私が望んでそういう医師になったのではなく、患者の希望をかなえようと必死に最善を尽くして医業に励んだ結果、他の医師が治せない症状を治せるようになりました。つまり日本の医療行政に逆行し「患者の希望中心」で診療を進めたおかげで「他の医師が治せない症状」を治せるようになりました。皮肉にも、医療行政に逆らって診療をしてきたおかげで医師として卓越した技術を身につけることができたわけです。

その私にとって「治療に患者の希望はNG」であるという保険医療の大原則を聞いた時は正直言って動揺しました。というより、他の保険医たちがこの大原則に違和感を持たずに診療を普通に行っている姿に危機感を覚えました。これは普通じゃない…

具体例を挙げます。治療を行う際、検査を行う際、その理由をカルテに記載しますが、それが「患者の希望」で行われることが許されていないのです。例えば、カルテに「先週のブロック注射が非常に効果的で、痛みが平均して半分以下になった。患者は継続して治療を希望。引き続きブロックを行う。」と書くとダメなのです。患者の希望で治療を行った旨をカルテや症状詳記に記載すると、その診療費を保険側が支払い拒否することがあります。また、個別指導を受ける場合があります。あくまで「患者の主観ではなく、医師から見た客観的な理由を記載した上で検査や治療を行いなさい」ということです。


一見もっとものように聞こえますがそうではありません。客観的=ガイドラインに示されている通りの方針、を意味しますから、例えば、患者の症状が診断基準を満たさない場合、非典型的で二つの病気が重なった症状などでは十分な検査や治療を開始することができなくなります。つまり、主観的には重い症状であったとしても、客観的な目に見える症状があまりないようでは治療や検査を受けられません。

また、治療間隔(治療頻度)を決める上で「患者の希望を無視する」ことは治療成績や医の倫理に大きなダメージを与えます。

患者は自分の主観で「治療をどのくらいの頻度で行えば適切であるか?」を考えます。そこには社会が介在し、会社を休める日数、注射がどのくらい効いているか? 手技が痛いのでやりたくない、危ない目に遭ったから可能な限り受けたくない、しかし本当に治るなら回数を増やしたい…などの思惑があります。これらの主観は医学的ではなく、客観的でもなく、厚生労働省は「無視しなさい」と医師に指導しているものです。しかし、実際は治療回数に患者の希望を取り入れることは「生活レベルを向上させるため」にもっとも重要で、治療成績に最も関わり、さらにリスク回避にも関わります。よって患者の希望主体にしてはいけないとしてしまうと、治療成績が大きく低下します。そして私は「患者の希望を主体として治療方針を決めているからこそ治療成績が極めて高い」ということを常に実証してきました。


患者の主体で医療を進めると、腕のいい医師では患者が多くの治療回数を希望し、ミスが多く痛い治療しかできない医師では患者の来院回数が減ります。よって腕のいい医師ほど厚生労働省のガイドラインに逆らわなければならない状況になり、腕の悪い医師はガイドラインに忠実に従い、医師の裁量で「毎週×5回連続治療を続けなければなりません」と患者に強制的に来院させようとするでしょう。基本的に治療回数は医師が決めるものというのが厚生労働省のガイドラインですから。よって、腕の悪い医師は「この治療があまり効果がない」ことをうすうす感じていたとしても、「5回連続治療に来なさい」と患者に命令し、お金儲けをするという医の倫理に反したことを平然と行います。つまり、腕の悪い医師にとっては「患者の希望禁止」は有利に働きます。厚生労働省のガイドラインが多くの医師に支持されていて、これに反感を持つ医師が少ないということはすなわち、腕の悪い医師が多いということに直結します。


私はこうした「患者の希望を禁じた日本の医療」に激しい違和感を覚えました。自分が「腕のいい医師」だからです(自画自賛で恐縮です)。多分、腕の悪い医師は違和感を覚えないと思います。

サービス業でありながら患者の希望を通すことがNGというあからさまな医療緊縮行政を推進するというなら「そうした指導を行っていること」を国は国民に伝える義務があるのではないでしょうか。

もちろん、なぜ患者の希望を通してはいけないか?の理由はわかります。患者の希望を通すと国の総医療費が膨らむからです。


患者の希望をNGにすると医療費の支出を抑えられる

痛みが強い患者は「できるだけ多く通院して多くの治療」を希望します。しかし、その希望をかなえるためには「患者が希望するから!」という理由をカルテに書くことはできません。例えば、毎週のブロック注射を行って患者を救うためには、カルテに「なぜ毎週連続で治療することを計画したのか?」について理論整然と記載しなければならないのです。真の理由は「患者が痛み・苦しみ・治療間隔を開けると苦痛で生活できないから」なのですが、「だから患者の希望を通し、毎週治療した」というのであれば、保険側がその治療費の支払いを拒否してよいことになっているわけです。


支払い拒否を免れるためには、まず治療計画を立て、痛みという患者の主観ではなく、生活水準の点数化などを行い、重症度を診断し、その診断から導いた治療回数を設定し、その予定通りに治療を行いなさいということになります。とても面倒、かつ融通の利かない、かつ患者の感情を無視した治療計画が正当とされています。


開業医としては、面倒な治療計画を立てるよりも「治療を減らして支払い拒否を免れる」方向に進めるものです。よって厚生労働省側は出費を抑えることができます。開業医に精神的なストレスをかけることで患者に濃厚治療をさせないことが可能です。腕の悪い医師であればこのような苦労は無用です。患者が来院したがらないのですから、最小限の治療で済み、保険の審査から目をつけられることがないからです。

 


病名がつかない症状は治療も検査も禁止

現代には病名をつけることができない症状が無数にあることは私が何度も述べてきたことです。その理由は「複数の病気が重なる」ためです。医学書に記載されている症状は、ほとんど全てが単一の病気の症状や診断基準であり、二つの病気が重なれば、診断基準をみたさなくなるというからくりがあります。つまり、複数の病気が重なると病名がつかなくなることが日常茶飯事にあります。

しかし、「病名がつかないものに検査も治療もしてはいけない」のが日本の医療の規律です。患者が検査を希望しても「患者の希望で検査を行うことはNG」としているため十分な検査や治療をしてもらえないことがあります。よって私のところへ来院するALS予備群の患者たちは病名もつけてもらえず、検査も門前払いされています。まさに医療費が削減できているわけです。

国側はあいまいな病名のままたくさんの検査をすることは、最も医療費を消費するので嫌っており、そうした国の方針に逆らう医師はいません。あいまいな病気ほど多くの検査を必要とし、それでも結果が出ないこともしばしばあるからです。日本の医師は極めてお上に従順です。この従順さは諸外国から見ると異常です。

さらに、あいまいな病気を一まとめにしてしまうのが精神科です。診断が付けられない不思議な症状を訴える患者は「精神がおかしい」としてうつ病、ヒステリーなどの精神病名をつけることが通例です。この通例により医療費の支出がどれほど抑えられていることでしょう。精神病がつけば検査や治療に大金をかけずに済みます。よって、先ほど述べたように、複数の病気が重なる場合は、精神病名がつけられ、検査や治療を医師側が打ち切ることができます。


厚生労働省のすばらしき業績

日本は世界一の長寿国であることは既知ですが、医療の業績を「平均余命」とするならば、日本は世界一の医療水準を誇っていることになります。ところが医療費の対GDP比は2014年に世界23位(グローバルノートによる)であり、少ないお金で世界一の医療水準を生み出していると言えます。つまり、医療経済効率が極めて高いと言えます。

この現象を医者側から見ると、日本の医師は他の諸外国の医師よりも処遇が悪く、少ない賃金で最大の仕事をする、つまり、お金にならない仕事でも引き受けることを意味しています。

そして学会・大学教授を筆頭とする超封建制度があり、日本の医師は上司に対して奴隷のように従順です。したがって厚生労働省の理不尽極まりない命令にも従い、反抗しません。まるで軍隊です。この体制こそが「日本の医師が少ない賃金で精一杯働く」理由となっています。

軍隊の筆頭が厚生労働省であり、以下に大学教授・・・となりますから、日本の医師は言わば「官僚の犬」です。よって「患者の希望はNG」「厚生労働省のガイドラインに忠実」となるのは当然のことといえます。


目の前に大企業の社長や会長、有名人がいたとしても、その患者の希望は通さず、厚生労働省の言うがままに動くあたりは、まさに忠義の犬です。凛々しくもあります。

患者が地位の高い人でも、大金持ちでも、総理大臣でも、その意見や希望は断固通さないというあたりは見事な共産主義であり美学です。そのおかげで日本の医療費はこれほど低コストに抑えられています。患者の希望で「この検査を入れてほしい、○○を診てほしい」などの要望は無視し、医師が必要と認めた教科書どおりの診療しかしてはいけません。医師が必要と認めた検査、つまり国が教授が学会が必要と認めた検査のみ行ってよいことになっています。医療費の削減は世界一といってよいほどわが国の低コスト医療は見事なものです。それは厚生労働省の業績と言ってもよいでしょう。


高齢化から見た日本の医療費

2015年の日本の高齢(65歳以上)人口は26.4%と世界一であり、しかも2位のイタリアを大きく(4%)引き離しての独走1位です。高齢者ほど医療費がかかるのは世界共通ですから、本来、普通に医療費をかければ、日本の医療費の対GDP比は「単独1位」で当たり前のはずですが、実際は世界23位です。これが意味するものは、日本の医療費のかけ方は世界有数の医療費削減国家であることがわかります。

どこでどのように削減しているのか?はいろんな要因があり、一概に言及することはできませんが、やはり、大衆が罹患する病気の保険点数の設定を低くし、大衆病こそ患者の希望通りに治療を受けさせない、という国の姿勢が大きな要因になっていると思います。しかし、それでも医療水準が高いのは、癌治療や心臓病治療などの分野で医師たちががんばっているためであり、結局、一定の賃金で一定以上の働きをしている医師たちが「泥をかぶっている」と思います。

さて、そうしたかわいそうな日本の医師たちにエールを送りたい気持ちはあるのですが、今後100年間は医療費の増大を防ぐことは不可能です。それは高齢者の人口が増え続けることがわかっているからです。


以下に日本の未来における人口ピラミッド予想図をあげます。

人口

人口問題研究所の予想図によると、2060年には65歳以上の高齢者の人口が現在の25%が40%にまで増えます。一方、生産年齢の人口は現在の57%から47%にまで減ってしまいます。これが意味することは、医療費を消費する人口が大幅に増え、税金を納める側の人口が大幅に減ることです。つまり、医療財政が崩壊する可能性が高いと言えます。

この現実をつきつけられると、「患者の希望をかなえる医療を推進しろ!」とはとても言えません。できるだけ医療費を削減するために、医師の数を減らし、保険点数をどんどん低下させ、新しい医療技術を認可せず、検査は最小限にとどめ、「できるだけ患者の希望を通すな!」ということになります。


切り捨てられる患者

未来の高齢化社会を考えると、重症患者切り捨ては正当です。99%の患者を救うために1%の重症患者をやむを得ず切り捨てます。

では、どういう患者が日本の医療に切り捨てられるでしょう(美容を除く)? 例を挙げると、高齢で起こる病気(難聴、歩行困難、更年期症、認知症、変形など)、慢性的で治りにくい病気(治りにくい痛み、後遺症、しびれなど)、診断名が付けにくい病気(複数の病気が重なった場合、症状があっても診断基準を満たさない)、原因がわかっていない病気(線維筋痛症 慢性疲労症候群など)、手のかかる患者(重症の患者、治療箇所が多い患者など)、治らないとされているもの(難聴、めまい、味覚嗅覚異常、自律神経失調症、神経内科的病気)の大部分。

これらに該当する患者は切り捨てられます。無治療というわけではありませんが、値段の安い治療しか認可されていませんので、お金のかかる治療をしてはいけないという意味で切り捨てられます。

切り捨ての典型例は「同じ薬を定期的に処方」が延々繰り返される、精神科を案内される、検査を入れてもらえない・・・などです。


患者の希望を取り入れた医療

私は医者になりたての頃から「患者の希望を叶える医療」を心がけてきました。それは今から思うと、まさに国家や教授、学会への反逆医療でした。

例えば「膝が痛い」という患者には患者の希望する回数の注射を行いました。2日で痛みがぶり返すのなら、1日おきに週3回の注射をしました。

また、保険が通らない薬は、使っても「使っていないこと」にしてお金を請求しませんでした。請求しないことも不正の一つです(これらは過去の話です)。とにかく、患者の希望を叶えるという「やってはいけない医療」に全力をかけて生きてきました。しかし、その恩恵は極めて高く、治せない症状を治すことができる技術が身につきました。


患者の心理は高性能診断機器

私たち医師は「患者の心を無視する」ように教育されます。ガイドラインに忠実であることを要求されます。そして知らず知らずに患者の心が極めて高性能な診断機器であることを忘れるようになります。

例えば、とても痛い注射をして、患者の症状を少しだけ除去できたとしましょう。患者は症状が改善した喜びよりも、痛い注射におびえ、「次に同じ注射をしたくない」と思います。この感情は極めて高性能な計算機(脳)によって、「治療が成功しているようで成功していない」ことを意味しています。プラスとマイナスの差し引きがマイナスになっているからです。副作用も同じです。注射で膝の痛みは軽快したが、薬剤で蕁麻疹が出て、注射をしたくなくなった。というのも、結果的に治療は不成功です。


しかし、膝に注射して蕁麻疹が出たが、それは二日で消え去り、その後2週間、膝が全く痛くなかった。という場合、患者はたとえ蕁麻疹が出ても、喜んで次の注射を受けに来ます。つまり治療成功です。成功か失敗かを決めるのは患者の感情です。しかし、感情は高性能な計算機である脳がはじき出しているものですから、その信憑性が極めて高いと言えます。

足の痺れが治らないという患者に硬膜外ブロックを行い、「わずかにしびれが軽くなった」という場合、治療を続けるかどうか?悩みます。ですが、患者に「治療を続けたいですか?」とたずね、「是非続けたい」と言う場合、たとえ効果が少ししかなくても治療を続けることが正解です。通院の労力、ブロックのリスク、かかる費用、そして症状の改善度・・・これらの総和がプラスだからこそ患者は治療を望むのですから。医師の一存で治療の継続を決めるよりも、患者の希望を叶えるほうが正しい結果を招くことが多いのです。その理由は患者の人生は患者にしかわからないものであり、患者の判断には極めて多くの計り知れない要素が判断材料に含まれているからです。


もちろん、患者の希望をかなえたことで、悪い結果となることもあります。しかし、全患者の統計をとれば、患者の希望を叶えるほうが正しい結果となることの方が圧倒的に高いはずです。なぜなら人間の脳は究極の未来予測計算機だからです。それを信じるか信じないか?が医師の器量なのです。器量のない医師は患者の言葉を信じません。常に医学書を信じます。そして多くの薬害を作るわけです。私はそうした薬害、手術害の尻拭い専門医です。毎日が他の医者たちが犯した医害の尻拭い業務を行っています。それができるのは患者の希望という高性能診断機器をおおむね信じているからです。


患者の希望が誤っている場合

患者の希望や感情が正しくないこともあります。患者は自分の病気の長期予測ができないからです。医師は治療して1年後の患者、10年後の患者、20年後の患者を同時に診察することにより、病気の未来の姿を知ることができます。しかし、患者は自分の症状の未来の姿を予測できませんので、患者が希望する治療や検査が無意味となる場合があります。よって、患者の希望や感情に任せて診療を進めると、無意味な治療や検査に大金をかけることになり無駄となることがあります。そうした医療費の無駄遣いをなくす上で「患者の希望をかなえないこと」は国政にとっては有益です。


面倒くさい患者の希望

患者の希望が本当に間違っているかどうかを判断できるのは、「患者の希望を叶える治療をやったことがある医師」だけです。ここが重要です。

予期せぬ副作用やリスク、失敗に遭遇するのは、多くの場合患者の希望(感情)を無視した場合です。なぜなら患者は本人しか知らない特異体質を持っている場合があり、そこから来る不安を無視して行う医療ではリスクが極端に高くなります。患者が不安を感じている治療を無理に行わないことが医療事故を防ぐ上で極めて重要です。患者の漠然とした感情(不安や期待感)を治療に活かす医師は、そうした1000分の1にしか起きないリスクを回避することができます。しかし、それは「患者のたわごと」につきあうことを意味しますので、医師にとっては極めて面倒なことです。中にはオカルト現象までしゃべりだす患者もいますのでつきあうのは大変です。


特異体質を持っている患者の場合、過去にちょっとした治療で予期せぬからだの不具合を起こした経験を多く持っています。だから患者は病院にかかる時は何科にかかるときでも不安をかかえています。よかれと思って行った治療が裏目に出ることが多いからです。しかし、医師の前でそれを説明したところで理解を示してもらえないことを患者は知っているので口に出すことは少ないでしょう。患者は「何か起こった場合にデリケートに対応してほしい」という気持ちがあるのですが、医師にとっては一人だけ特別扱いはできませんので無視することになります(特別扱いすると人件費が数倍かかりますが、治療費は同じなので赤字になります)。


しかし、リスク回避の真髄は患者の特異体質に医師がどれだけ対応できるかにかかっており、それらは医学書には載っていないため、医師の経験値が頼りです。それを無視した代償は重大な医療事故として返ってきます。「患者の希望NG」とする日本の医療では、こうした重大な事故をなかなか回避できません。

同様に、患者が抱く不安が間違っている可能性がありますが、その判断ができるのもまた「患者の希望を叶える治療をやったことがある医師」だけです。面倒なことをやった医師だけが得る経験値です。偉い教授先生たちはそうした経験値がおそらくゼロです。


必要にあわせる医療は別次元の医療

どんなに変形した骨格を持っている患者でも、ほとんど「家の中だけで過ごす患者」の場合、手術の必要はありません。逆に変形もないのに、肘が痛くて試合ができないプロゴルファーの場合、手術が必要なことさえあります。このように「治療が必要か必要でないか?」は患者の社会背景によって変化します。これらを全く無視することを指導しているのが日本の医療です。

必要な治療回数は肉体労働をしている人とデスクワークをしている人とでは全くことなります。肉体労働をしている人の腰痛・膝痛を「仕事ができるレベル」で治療するためには、ほぼ毎週の注射が必要です。またデスクワークの患者では月に1回で十分に生活が送れます。よって肉体労働者は「毎週注射をしてほしい」「仕事が続く限り半永久的に治療をしてほしい」と希望します。当然ながら現在の日本の医療ではこうした患者の希望を叶えることは禁止されています。


さて、患者の必要にあわせて治療をするということは、その患者の幸福を考えて治療することを意味しますが、そのために医師は全力でリスクを回避しなければなりません。治ればよいというものではなく、合併症を作らずに、リスクを極めて小さく・・・を実践すれば、患者の必要度が増すからです。つまり、患者の希望を叶える治療は「その治療のリスクによって治療回数が変化する」ことが必然となります。リスクが小さくできるなら、患者の希望が増し、リスクが大きいなら患者は治療を希望しなくなります。ならば、患者の必要にあわせる医療は、医師の腕に大きく影響されます。腕が良い医師ほど患者から多数回の治療を要求され、それに呼応する毎に医師の実力が上がります。それは患者の社会生活の程度に応じて治療の質や量を変える医療ですので、いろんな患者の社会生活まで理解できるようになり、患者の治療要求を満たすことができるようになります。これが医師の究極のあるべき姿です。そして残念なことに「あるべき姿」が国家レベルで禁止されています。なにせ「患者の希望はNG」ですから。


患者の希望を無視する医療は医学の発展を妨げる

患者の幸せのために医療が進歩することを国家は禁止しています。では、何のために医療は進歩するのでしょう? 多くは医学部の教授が自分の業績をあげるために医療が進歩します。もちろんそれはよいでしょう。進歩することには変わりないのですから。

国は国民の幸せを考えるのではなく、国民の寿命という数字を考えます。つまり生活の質を向上させるための医療を認めていません。

さて、私はそうした現代医療の体制に真っ向逆らって生きてきました。その結果をご覧ください。大学病院で治らない数々の難病を改善させることができます。しかもほぼ全ての科に渡る疾患です。もちろん、手術などのダイナミックなことはできません。しかし、患者の生活の質をあげるための医療としては極めて優秀です。

名もない一人の小さな医師が、現医療体制に逆らって治療してきただけでこれほどの偉業ができるようになるわけですから、現医療体制がどれほど医療の進歩・発展を妨げているのか?が理解できるでしょう。

しかし、そうでもしなければ医療財政が崩壊するので、やむを得ず国家レベルで「患者本位の医療を禁止している」という現状を知らなければなりません。


患者の希望を無視すると重大事故(死亡例)が多発する

今年8月2日に「群馬大病院で同じ男性医師の手術を受けた患者が相次いで死亡した問題で、群馬大は2日、東京都内で会見し、執刀した男性医師や元上司の教授ら計9人の処分を発表。」とありました。こうした死亡例の原因を調査した木村孟元東工大学長)の最終提言には「死亡事例が繰り返された背景として、医師の3分の2が群馬大出身者で占められ、先輩や恩師に発言しにくい風土と、県内唯一の大学病院として地域医療の頂点にある独特なヒエラルキーを指摘。当該診療科で、医師が真の意味での患者本位の医療を提供する視点を備えられなかった。」としました。


患者本位の医療を提供しないことは重大な医療事故につながることを述べていますが・・・これには苦言を言わざるを得ません。「患者本位を国家が禁止」しているからです。患者の希望による検査、患者の希望による治療、を保険制度側は断固禁止しています。国家が禁止しているせいで患者本位の視点に立てないというのに、死亡例が続くと「患者本意の治療ができていないからだ」という報告で終わらせてしまうところに、この国の危うさを感じます。この群馬大学医学部の問題は、大学側の問題と言う小さなものではなく、国家レベルの低コスト医療が根本にあることを国の責任として考えるべき問題です。教授を含め9人の処分とありますが、それはこの9人が見せしめにされて、小さな事件にされてしまっただけのことであり、実際は「患者の希望を通さない医療を指導している」国家の責任とも言えるのです。国民の皆様にはどうかこのことを強く心に留めていただきたいと思います。国を動かせるのは国民の1票、世論だけだからです。


インターネット時代の患者の希望は無視できない

現代の患者たちはインターネットを通じて最先端の医療、最先端の代替医療があることを簡単に調べることができます。その情報は医師の知識を上回ります。つまり、患者の知恵が医者の知恵を上回ることがあります。よって、患者が提案する治療や検査を行うことで新たな病気が発見されたり、奇蹟的な改善を見せる治療を開発できたり、極めて効果の高い医療を行うことができることが多々あることを私は臨床現場で経験しています。

そして、患者が危険と感じた治療を無理に勧めないことでリスク回避できることも経験します(時には無理に勧めることもあります)。よって患者の希望を取り入れることを禁じた厚生労働省の方針は、明らかに時代と逆行していると思います(医療費緊縮財政ですのでやむを得ませんが)。

そして実際に各種医学学会は効果的な治療を見つけられず、私のような名もない医者が治療法を次々と開発するに至っています。私は単に「患者の意向に沿う治療」をしているだけのことです。それだけで、新たな治療法を次々と見つけることができます。そうであるならば、行政がいかに医学の進歩を妨げているか?考えさせられてしまいます。財政が苦しいことは承知しています。しかし、せめて患者の意向が反映される医療にならないものか?と考えてしまいます。

私の声が国家に届くことはないかもしれませんが、国民の一人ひとりの声は届くかもしれません。患者本位の医療が国家レベルで推奨されるように願っています。

 

薬物依存(耐性)者の慢性疼痛治療ガイドライン

2017年治療成績

はじめに

慢性の難治性疼痛をお持ちの方は医療機関から多量の鎮痛薬や精神科薬を処方されているケースがあります。リリカ、トラムセット、デパス、リボトリール、サインバルタ、リフレックス、ソラナックス、コンスタン・・・など、神経のシナプスに作用する薬剤は「必ず耐性を作る」ことが知られており、耐性が出来てしまった結果、人体にとっては極めて危険な薬剤となる場合があります。これらの薬剤は最初のうちは効果を発揮しますが、やがて必ず神経シナプスが耐性を持つように変化を起こし、多かれ少なかれ薬が効かなくなります。

薬が効かないからと言って、服薬を中止したとしても、耐性を持った(変性した)シナプスがすぐに元通りにはならないため、その後に予測不能な様々な苦痛をともなう症状がおしよせてくることがあります。いわゆる禁断症状です。

禁断症状は薬剤耐性が出来あがってしまった人全員に必ず起こる現象ですが、多くの医師たちはそのことを知らないため上記のような薬剤を気軽に処方してしまうという罪深いことが無意識に・楽観的に普通に行われています。

こうした患者たちに疼痛を改善させる治療(ブロック注射・マッサージ・鍼灸など)を行うと、極めて強いリバウンドが生じ、逆に苦痛が倍化することがしばしばあります。その苦痛は患者たちがとても耐えることのできないレベルのものであり、治療はほとんど失敗に終わり、治療を試みた勇敢な医師(治療師)が恨まれ、訴訟を起こされるという悲しい出来事が世界中で起こっています。

現在、上記の薬剤を処方されている患者は全国に何十万人と存在し、治療後のリバウンドで治療が困難になるケースが増えてきています。ここではそうした薬物依存の難治性疼痛者たちを「どうすれば治療できるのか?」について考察すると共に、薬物依存・禁断症状から離脱する方法を考察します。おそらく現在の医学の中でも解決策のない最難題です。奇蹟的にさまざまな病気を治療できる驚異的な治療師でさえ「治せない」課題です。

実際は「難治性疼痛治療」に限らず、自律神経失調治療、更年期症状治療、不眠症治療、神経内科的病気の治療など、様々な慢性疾患でこの問題が起こっていますので、他人事ではないことを認識ください。


薬剤耐性が起こる原理

詳しくは英国のニューカッスル大学神経科学研究所ヘザー・アシュトン教授が著した 『アシュトンマニュアル』には、ベンゾジアゼピンの作用、副作用、離脱症状、減薬法などをまとめたものがありますので、こちらを参考にしてください。


ここでは薬剤耐性とは何か?を簡単に述べます。神経は電気信号を次の神経に伝える時に、神経と神経の隙間(シナプス)にホルモンを分泌し、そのホルモンが次の神経のスイッチをONにます。薬剤はそのホルモンの量を増やしたり、ホルモンに成り代わったり、スイッチを塞いだりして電気信号を増減させます。電気信号の増減=薬効 です。しかし、人間の体は外部からの薬剤に対して「抵抗しよう」とする力が常に働いており、例えばホルモンを増やす薬剤をのみつづけると、神経のシナプスではそのホルモンのスイッチ部分を減らすことで抵抗します。スイッチが減れば、薬剤でホルモンが多く分泌させても電気信号が伝わりにくくなります。これが薬剤耐性です。そして神経系は「薬物を飲み続けている状態で普通になる」よう変化します。ここで薬物の使用を中止するとホルモン不足と同じ状態になり、様々な禁断症状が出ます。


例えば、脳の興奮を抑える薬を使っていると、これをやめたときに「脳が常に興奮している状態」となり、眠れない、不安になる、幻聴や幻覚を見るなどの症状が現れます。


薬剤耐性+物理的血流障害で最悪の病態

アシュトン博士でさえ知り得ない話をしなければなりません。それは「物理的な血行不良などで禁断症状が低下している」状態です。わかりやすく言うと「神経自体が死にかかっていると電気信号が伝わらないので禁断症状がやわらぐ」という状態があるということです。

例えば、正座をしていると足が形容しがたい嫌な感覚になります。しかし、さらに長時間正座をしていると、嫌な感覚という苦痛が軽減します。これは神経が仮死状態になるために「苦痛」を伝える電気信号さえも、伝わらなくなるからです。

原則的に「苦痛を伝える神経自体が仮死状態になれば、楽になることがある」ということを頭に入れておいてください。

では、薬剤耐性が出来あがっている場合に、神経の仮死状態が合併している、とどうなるかを考えてみてください。例えば、痛み信号を遮断する薬剤に対する耐性が出来あがっている場合です。


神経のシナプスでは恒常性を保つように変化しており、痛み信号を「増幅させよう」とする状態になっています。いかし、その神経が血行不良で仮死状態になっているため、電気信号があまり伝わらず、痛みもあまり感じない状態で過ごすことができます。

この状態の患者に治療を行い、「神経の血行を再開」させてあげると・・・増幅した痛み信号が一挙に大量に流れ始めます。当然ながら患者は今まで感じたことのないほどの激しい痛みを感じるようになります。つまり、治療することで痛みが倍化します。

このように薬剤耐性に物理的な障害が加わっている場合、適切な治療をすればするほど痛みがさらに激化するという信じがたい症状が出ます。

患者は「治療のせいで痛みが倍化した」と捉えるため、治療した医師に激しい怒りと不信感を覚え、最悪の場合は訴訟を起こします。よって、薬剤耐性+物理的な障害、が考えられる時は「適切な治療を行ってはならない」とするしかなく、事実上、「治療法なし」となります。


こういうケースをマレであると考えてはいけません。実際に正座をした後に、立ち上がると、足がジンジンして激しい苦痛をともなうということを「誰もが経験」していることです。血流が再開すると「想像を絶する苦痛」が来ることは誰にでもあることでありマレではありません。

また、例えば、地震で瓦礫の下敷きになって、足がはさまってしまった人を救出する際にも同様なことが起こります。血行不良のために滞っていた体内の毒素が急に全身に回るためにショックを起こして死に至ることがあります。血行不良を改善することは根本治療なのですが、血行を再開したとたんに、体にとって不利な物質、不利な電気信号までもが流れ始めるために想像を超えた苦痛を襲うことがしばしばあります。

現医学では、この薬剤耐性+物理的障害 を治す方法はなく、絶望的と言ってよいでしょう。薬剤耐性だけでも治療が困難だと言うのに、物理的な障害が加わっていると、治すも地獄、治さないのも地獄です。


漢方薬でも薬剤耐性がある

重要なことは「漢方薬では薬剤耐性が起こらない」と考えている人々が医師を含めて非常に多いことです。基本的には漢方薬にはいろんな薬効の薬が混ざっているので「薬剤耐性は西洋医学の薬剤に比べれば起こりにくい」というだけのことであり「起らない」わけではありません。西洋医学の薬剤は一つの成分が精製されて濃縮されているため、薬剤耐性が起こりやすいのですが、漢方薬でも起こります。

薬剤耐性ができているかできていないかを調べる方法はとても簡単です。服薬した薬剤が効くか効かないか?で誰でもすぐに判断できます。「最初は効いていたが、最近は効きにくい」と感じれば、そこには薬剤耐性が必ず生じています。


注意しなければならないことは、下痢止め、腹痛止め、頻尿治療、認知症治療などに用いられている抗コリン薬もまた、シナプスに作用するものであり、自律神経系に必ず耐性を作ります。当然ながら様々な禁断症状が起こるのですが、自律神経が耐性を作っても、痛みなどの直接的な害がないので認識できないところに問題があります。私の経験上、自律神経の異常こそ難治性で厄介であり人々の生活レベルを低下させます。そういうことを知らずに抗コリン薬などを処方し続ける医師と飲み続ける患者がいることに危機感があります。

自律神経系の異常は内分泌、外分泌の異常を起こし、慢性の消化器疾患を作ります。


薬を多くのんでいるほど予想不可

アシュトン博士によると、ジアゼパム系と抗うつ系の同時服薬の場合、量を減らすのならまずジアゼパム系から行う方が良いと述べています。抗うつ系の薬剤の方が禁断症状が強いからです。セロトニンやノルアドレナリンの取り込み阻害薬などの薬剤(サインバルタ・リフレックスなど)の場合、禁断症状はさらに強いと思われ、文頭に挙げたような薬剤を複数のんでいる方の場合は薬剤の減量には慎重に根気強く徐々に行わなければなりません。

基本的に禁断症状が弱いものから減らしていくことが原則です。また、短期作用の薬剤は、長期作用の薬剤に置き換えてからの減量がよいと述べています。多くの薬剤を飲んでいる人ほど、禁断症状が重篤になりやすいでしょう。

薬剤の減量は医師の指導の下に行いましょうと述べていますが、指導できる医師がほとんどいないのでこの注意書きはほぼ無意味です。


強い禁断症状は特異体質

文頭に挙げた薬剤を飲めば「誰にでも強い禁断症状が懸念される」わけではなく、特異体質が加わってこそ強い禁断症状が出現します。2000年の初頭から薬剤による禁断症状に警鐘が鳴らされているにもかかわらず、放置されてきた理由は「誰にでも起こることではない」からです。特異体質を持つ少数派に起こり、大多数には大きな影響がないため、大を活かし、小を殺すことで世界が回っています。

強い禁断症状を起こす者の大部分に自律神経失調が合併しており、延髄の機能がうまく働いていない人が多いと推測します。延髄には脳神経核があることはもちろんですが、錐体路という運動神経が通っており、ここの障害では筋委縮や慢性疲労なども起こります。


延髄の機能障害は主に延髄が尾側に強く引っ張られることで生じていると私は推測しており、脊椎の形態異常がある方が圧倒的に多い印象を受けています。特異体質の多くはこのような脊椎の遺伝的な形態異常がベースにあると推測しています。さらに、免疫の過敏性により強い炎症反応が加わると致命的な病態に発展することがあり、ALSなどもその一つではないかと考えています。

特異体質を持つ者が安易に神経のシナプスに作用する薬剤を飲み始めると、医師が想像し得ない激しい禁断症状を生み出す可能性が高まります。しかし、特異体質を持つ者はそれほど多くないため無視され、「精神異常」と烙印を押され、精神科で薬漬けにされる羽目になります。私の元へはそうした患者が数多く訪れます。


いきなり断薬すると危険

アシュトン博士はジアゼパムに対する警告を発していますが、実は私の元へはさらに深刻な患者が訪れます。それは脳神経内科的な疾患ALS,小脳脊髄変性症、脊髄性筋委縮症、慢性疲労症候群などをメインの症状とする難治性疾患に薬物依存が重なっている重篤な例です。純然たる精神疾患ではなく、様々な難解な症状を持つ患者が訪れます。

そうした合併症のある患者がいきなり断薬すると「メインの症状が激しく進行(悪化)」します。そして警告しなければならない薬剤はジアゼパムにとどまらず、リリカ、トラムセット、サインバルタ、リボトリール、睡眠薬などなど多岐に渡ります。


脳神経内科的な合併症を持つ患者が現在飲んでいる神経シナプスに作用する系の薬剤をいきなり中止すると、筋委縮、筋痙攣、脱力、痛み、しびれ、呼吸困難、水が飲み込めないなどの症状が急激に悪化してしまい、場合によっては寝たきりになることがあります。

どんなことが起こるのか?の詳細を知りたい方は「下山日記」を読んでみるのもよいでしょう。体に起こる不快な諸症状を避けるために服薬していた薬剤が、自分の体を「元に戻せないほど」悪化させ、そこに禁断症状が加わると不可逆な悪化のサイクルを回してしまうことがあることを頭の隅に入れておきましょう。誰にでもおこることではありませんが、あなたに起こらないとも限りません。


かなり深刻な疼痛治療の薬害

疼痛治療の投薬ガイドラインには1、ロキソニンなどのNASAIDS 2、リリカ 3、トラムセット、4、サインバルタなどのSNRI、5、リボトリールなどのジアゼパム系 と薬剤を重ねて行く方法が一般的です。オプションとして睡眠薬(ジアゼパム系)、抗うつ薬なども追加されます。


しかし、考えなければならないことは、このように薬剤をたくさん重ねることを医師に勧められた時点で「あなたの疼痛は現医学では治らないレベル」であり、半ば根本的な治療をあきらめられている状態であるということです。そしてこのような処方を行う医師の考え方に「脳の誤作動」という思考に占領されていることを考えなければなりません。つまり「存在しない痛みを脳が勝手に作っている」と思われており、精神異常者として扱われているということをしっかり見つめなければなりません。

その上で、これらの薬剤をたくさん服薬しも、すぐに効果が薄れてきます。「すぐに効果が薄れる」=「薬剤耐性ができた」ことを意味し、すでに薬物依存ができています。この状態で薬を減量しようとすれば、禁断症状に苦しむことになります。


慢性疼痛+多くの薬剤でも痛みが全く改善しない場合

上記のような薬剤を重ねて服薬しているにも関わらず、痛みがほとんど改善しない場合、すでに薬物離脱が起こっていると考えます(byアシュトン博士)。つまり薬剤耐性が強化されていることにより「薬剤が効かない」ようにシナプスが変性を起こしてしまっているということです。薬物を服用しているのに「効かない」状況になっていますので、これは相対的に「肉体が薬物から離脱している」と考えます。服用しているのに離脱しているわけで、薬をのんでいるにもかかわらず禁断症状が出ている状態と考えます。禁断症状を回避するためには薬剤を増やす以外に方法がなく、このためリリカやトラムセットを最高量まで上げて行こうとする医師が大勢います。これがどれほど危険な状態か理解できるでしょうか? 多くの医師たちは禁断症状について知りませんので、自分の力で医師の処方から逃れなければなりません。が、痛みが強いために医師が言うままに増量してしまう患者がほとんどです。再度いいますが、増量は危険です。


痛み信号をシナプスレベルで遮断する系の薬剤は「痛みを感じやすい方向にシナプスが変性」しますので薬剤離脱時に耐え難い痛みに襲われることがあるからです。

この「痛みを感じやすいシナプス」が作られてしまっている患者の場合、疼痛治療が極めて困難になります。実際にどれくらい治療困難であるかを、いかに症例報告します。


CRPS(複合性局所疼痛症候群)の47歳女性の症例報告

2年前に採血をしたことがきっかけで痛みとしびれが出現し、それが両上肢・両下肢に拡大。今年に入り近医でリボトリールを処方されるが軽快せず痛みが増す。約1か月服薬した後、リボトリールをバッサリ中断。しかしその禁断症状として「物が飲み込めない、全身の筋肉の線維束攣縮、頻脈」などが出現。その後漢方薬を試すが、漢方薬でも症状が悪化。痛みやしびれが増強したため私に治療を相談。


私はこれに対し。「CRPS、断薬などの治療ではほぼ必ずブロックによる「耐え難い症状」がでます。断薬の際に出たような症状がさらに1.5倍になる程度の辛い症状です。ブロックが「寝た子を起こす」と思われます。それに耐えるために、私は連日のブロックをおすすめしているのですが、そのためには私の診療所の近くにお住まいがあることが治療の条件になります。リバウンドが起こらないように、ブロック間隔を縮め、リバウンドの症状をブロックで取り去っていくという治療です。断薬治療は、ハードルが高く、中途半端な気持ちでは治すまで至らないでしょう。」と返しました。「診療所の近くに」というのは徒歩またはタクシーで毎日来院していただける距離です。なぜならリバウンドが強い場合歩くことさえつらくなるからです。


上記の患者は「断薬治療は、ハードルが高く、中途半端な気持ちでは治すまで至らない」という私の言葉を甘く考え来院。しっかりした治療の準備(連日来院する準備)も行いませんでした。これに対し、まずはブロックの反応をテストするために上頚神経節ブロック(1%キシロカイン2㏄を左右の神経節近傍に注射)を行う。リバウンドが起こることを当然ながら説明し、そのリバウンドを払しょくするためにも連日の治療を指示。しかし、患者は2週間後に来院。患者に問診すると「ブロック当日は少し症状が軽くなりましたが、翌日から全ての症状が悪化し、動くことも出来なかった。想像以上の苦痛だった。」とのこと。再度同じように上頚神経節ブロックを行う。ブロック直後に左の上肢にしびれが出現(これはキシロカインが腕神経叢に一部浸潤したことを意味し、しばしばブロック後に起こるもの。上頚神経節ブロックは腕神経叢よりもかなり上に刺入するため、直接刺すことは解剖学的にあり得ない。)。ブロック後も症状が軽快することはなく、ブロック3時間後から強い右下肢痛、左上肢のしびれ、右上肢の痛みが出現し、それが数日後も継続しているという報告を受ける。そして、たった2回のブロック治療で治療失敗が明瞭となる。


上記症例の薬剤耐性の考察

薬剤耐性のメカニズムは臨界点にあると思われます。それは痛や痺れなどの苦痛な知覚信号を過敏に伝えるシナプス変性と、その神経の仮死度によるスイッチングにあるという理論です。わかりやすく言うと、正座して足の感覚が無くなった後に、立って血流が再開する時にピリピリが強くなるという現症です。神経を仮死状態にするか、元気な状態にするか、のスイッチングの役割を血流が行っているという理論です。血流が悪いままであれば、足に強いピリピリは起こりません。しかし、ある一定量の血流となると、神経は仮死状態から目覚め過敏なピリピリ信号を脳に送ります。そのある一定の血流が臨界点となっています。


臨界点付近の血流量が「もっとも痛み信号を脳に伝える」ことになります。そして臨界点以上の血流では他の深部知覚神経が優位に(元気に)なり、これが痛み信号を伝えるシナプスに抑制をかけ、痛みはやわらぎます(ゲートコントロール理論)。血流量が極めて低い場合は、痛みを伝えるシナプスが休止状態となるため、耐え難い痛みにはなりにくいのですが、血流量が丁度臨界点にある場合は耐え難い痛みとなります。


まとめると、

  1. 神経への血流供給が少ない場合、神経は仮死状態となり痛み信号は伝わりにくい。ただし、シナプスでは痛み信号が過敏に伝わる状況になっている(薬剤耐性のため)ので「それなりに痛い状況」となる。
  2. 神経への血流供給量が臨界点の場合、痛みを伝える神経は元気になり、痛みを抑制する深部知覚神経は休止状態のままとなる。よって薬剤耐性で痛み信号が過剰となった神経だけが元気を取り戻し、これが耐え難い痛みを発生させる。
  3. 神経への血流供給が十分の場合、痛みを伝える神経は元気になるが、同時に深部知覚神経も元気を取り戻すため、これが痛みを伝える神経に抑制的に働く。よって痛み信号は抑制される。しかし、痛み信号は過敏状態なので抑制は不十分であり「そこそこの痛み」が起こる。つまり、中途半端な血流増加は強い痛みを招くという結果になります。この状態を真に治療するためには「常に十分な血流が起こる」ようにブロックを行い続けなければなりません。よって連日のブロックを行わなければ耐え難い痛みを乗り越えることができず、結果的に治療が失敗に終わると思われます。

リバウンドの原理

ブロック数日後に「以前より強い症状」が数日起こり、そしてその後は症状が軽くなり、さらに4~5日経過すると再び症状が重くなるという症状の波を多くの患者が経験します。

これを説明できるのが上記の臨界点の血流量です。苦痛な症状を伝える神経が血流不足で仮死状態に陥ると、一旦症状が軽くなります。よってリバウンドはもともと「神経の仮死状態」が起こっている場合に発症するということになります。リバウンドが起こること自体が軽い病態ではないことを意味します。

そこへブロックを行うことで血流を十分に上げてやると、苦痛を伝える神経が元気になりますが、同時にこれを抑制する深部知覚神経も元気になるため、結果的に苦痛は軽快します。しかし、血流増加はいつまでも続かず、数日以内に臨界点に戻ります。この際に深部知覚神経だけが血流不足になります(深部知覚神経は血流不足に弱いからです)。そこで痛みが倍化するのですが、血流は臨界点以下にはなりません。それがブロックの治療効果です(ただし重症な人は再び臨界点以下まで血流が低下する)。痛みは強いですが、血流は足りているため、なんとか自然治癒力で血流量が徐々に向上します。これによりリバウンドの数日後に症状が軽快します。しかし、日常生活により再び血流量を悪化させ、臨界点付近にまで血流量が低下してきます。そこで再びブロックを行い、血流量を向上させて治癒へと導きます。


薬剤耐性が出来あがっている場合の治療経過

薬剤耐性が出来あがっている場合は苦痛を伝える神経が仮死状態であっても、「苦痛信号が過敏に伝わる状態」ですから比較的強い苦痛が発生し続けます。そこへ中途半端な治療を行うと悲惨な状況になります。血流量が臨界点よりも低い状態にあったものを、臨界点へと引き上げるため、苦痛を伝える神経のみが元気を取り戻すからです。薬剤耐性で過敏になっているだけに、その苦痛は地獄の猛火のレベルでしょう。よって、生半可な代替医療、生半可な漢方薬、生半可な鍼灸治療など、どの全ての治療も全て裏目に出ます。もっとも苦痛を感じる臨界点の血流量になるからです(深部知覚神経が元気にならないほどの半端な血流量だからです)。


症状を改善させるためには臨界点を越えるレベルまで血流量を上げなければなりませんが、それには強力なブロックが必要でありリスクも高まります。


最悪なことには、臨界点を越える血流量を得る結果となったとしても、薬剤耐性の出来上がったシナプスでは苦痛信号を多く伝えます。つまり、深部知覚神経が元気になっても、抑制が効きません。よって症状は「少ししか改善しない」ことになります。本当は治療が成功しているにもかかわらず、本人は「効いてない」と錯覚します。

そして血流がピークから少しでも落ちてくると、深部知覚神経が元気をなくしはじめ、苦痛信号の抑制が働かなくなります。つまり、わずかの血流量不足でさえ苦痛を訴えるようになります。ですから、ブロックの効果時間が短いのです。苦痛を伝える神経は、血流増加で元気を取り戻していますので、今度は今までよりも強い苦痛が出現します。これを防ぐには血流が24時間低下しないように連日ブロックをすることです。

この現象のおかげで患者は症状が悪化ととらえます。


 ブロック直後から症状が悪化する理由

症状が悪化する場合、それは血流量が臨界点付近を行ったり来たりしているということを意味すると推測します。ブロックにはその手技により効くときと効かない時の差があり、たまたま効かないブロックを行ってしまうと、臨界点を大きく超えることが出来ず、宝物戦を描くように臨界点にまで血流が戻ってきてしまいます。さらに、ブロック注射が運悪く血流量が臨界点付近をキープするように働いてしまった場合、症状は悪化した状態をキープすることになります。それでも、真実をいうと、血流量は今までよりも改善しているわけです。しかし、患者は間違いなくブロックが私の症状を悪化させたと言うでしょう。


薬剤耐性のある患者の難治疼痛治療は無理に近い

薬剤耐性は普通の方であればそれほど大きな問題にならないでしょう。確かに耐性があると痛みを増幅させますが、深部知覚神経が元気であれば、痛みに抑制的に働くからです。よって耐えられる痛みで治まりがつきます。

しかし、薬剤耐性+物理的な血行障害 が加わり、神経細胞が仮死状態になっている「慢性の疼痛患者」ではほとんどの治療が裏目に出てしまいます。治療により「寝た子を起こす」ことになるからです。おもしろいことに、治療が的を射ているほど症状は悪化するというパラドックスが起こります。

このパラドックスのせいでほとんどの治療は失敗に終わることがほぼ確定的です。薬剤耐性+物理的な血行障害 の場合、地上のあらゆる治療が不成功に終わると言っても過言ではありません。

物理的な血行障害は、痛み神経だけに限ったことではなく、運動神経に起こればALSのような症状になり、自律神経に起これば精神疾患のような症状になります。そうした症状に薬剤耐性が加わることで「誰も治せない最悪の病気」に変貌します。


誰も治せない最悪の病気を治す

悪魔の病気に対する治療法の一つは、自分が誰であるかわからないレベルになるまで薬で抑制させ、それにより行動範囲を究極に狭め、安静にせざるをえない状況で長期間滞在し、神経の仮死状態を自然治癒させていく方法です。抑制系が働けば、薬剤耐性は単なる薬剤耐性になりますから離脱できるようになるでしょう。一部の精神病院では実際にそうしています。

それに対し私は「連日ブロックする」ことで血流量を上げ続け、深部知覚神経を元気にさせ、その後に悪物を減量していくという方法を提案します。

連日の治療のためには私の診療所付近に宿泊し、とまりがけで治療する必要があります。そして現在1例の成功例もありません。私がこのように忠告をしても、その忠告に従った患者がかつて一人もいません(重症以外の人はほとんど治していますが)。

よって薬剤耐性+物理的な血行障害 の難治性疼痛患者の治療実績はゼロであり、私の忠告に従えば、症状が改善するのか?は未知です。未知であるから厳しい忠告には従えないということであれば、私の診療を受けに来る必要はありませんので、来院されないでください。


薬剤耐性の怖さを知ってください

薬剤耐性は、普通の方では重篤な症状にはなりません。せいぜい職場をクビにされる程度で済みます。しかし、薬剤耐性+神経への物理的な血行障害 が加わっている場合は「誰にも治せない悪魔の病気(CRPS)」に変貌します。悪魔の病気へと進行する方はマレでありそう多くはありません。そこには特異体質がほぼ必ず存在しており、症状が進行する方は偶然になったわけではなく、なるべきしてなっています。そういう体質を理解することなく、仕事を続け、薬に逃げて病気を進行させた結果です。

残念なことに、そういう体に進行する前にこの文章と巡り合える方は皆無でしょう。そして出会えた方も私の厳しい忠告に従う方はこれまで1名もいませんでした。よって、私は本症例の患者をまだ1名さえも治せていません。


最後に朗報

最近では真言密教のご加持でリバウンドもほぼなく、奇跡的に軽快させるという実績があります。当院の医療秘書Aが霊能力に目覚め、真言密教の阿闍梨先生の元でその効力を高め、実際に医療応用が可能となったからです。医療秘書Aはその阿闍梨先生の弟子となり得度を受け、当院で僧侶として治療に当たっています。これは最高の朗報です。

ある程度、密教のご加持で症状を軽快させてから、ブロック注射ができるようになりました。ただし、治療には信心が必要になります。疑う方はご縁がありません。

朝寝坊症候群 ~朝寝坊は病気です~

2017年治療成績

はじめに

社会人になってからも朝寝坊を繰り返してしまい、解雇される方々が少なからずおられますが、それは寝る⇔起きる、のスイッチングが不良であるという病気であることを知らない方がほとんどだと思います。寝ているときは副交感神経が優位になり、起きているときは交感神経が優位になりますが、寝る⇔起きる の切り替わる時には 交感⇔副交感の交代現象が起こります。朝寝坊はこの「交感⇔副交感の交代」のスイッチが入りにくいという自律神経失調症の一部であるという認識が必要と思われます。そして自律神経失調症は延髄にある迷走神経核の血流を増加させることで治療が可能であると思われ、以下に述べる上頚神経節ブロックで改善させる方法を紹介します。

 

交感⇔副交感のリズム

交感神経と副交感神経は互いに拮抗する作用があり、例えば戦闘体勢のときは交感神経が優位になり副交感神経が抑制され、例えば睡眠状態では副交感神経が優位になり交感神経が抑えられます。人は眠りに突くときに健康体の場合、「必ず足が温かくなる」という現象が起こりますが、この現象はまさに「入眠時に交感神経が抑制されて足先の血管が拡張するために起こる」ものです。お母さんは赤ん坊が入眠したかどうかを「赤ちゃんの足の温度」で察知しますが、まさにこれが交感⇔副交感のスイッチングが起こっていることを肌で感じることができる現象です。

 

不眠症と朝寝坊の関連

全員がではありませんが不眠症と朝なかなか起きられないことの間には優位な相関関係があると思われます。朝、なかなか起きられない人100人に不眠症があるかどうかを質問すれば、おそらく7~8割以上がYesと答えるのではないかと思います(データを蓄積中です)。その逆は少々減ると思います。また、不眠症の方に「夜、寝るときに手足が熱くなる間隔がありますか?」と質問すれば、多くはNoと答えると思います。

寝る⇔起きる の交代現象は眠る際にも起こることであり、不眠症の方は眠る際に交感⇔副交感のスイッチングが起こりにくいと思われます。

実例としては「夜型人間(深夜になってから頭が回転し始める)」「目覚まし時計と30分以上格闘する」「遅刻経験が何度もある」「午前中は調子が出ない」「午前中に血圧を測ると異常に低い」などです。

 

病的な朝寝坊

社会人になってから、何度も何度も朝遅刻するのは「精神が弱い」わけではなく病気です。おそらく自律神経失調症の一部です。遅刻が原因で会社を解雇された方はほぼ間違いなく「朝寝坊症候群」です。おそらくきちんと治療すれば治ります。

重要なことは本人の意志にかかわりなく「朝起きることができない」ことです。午前中にどんな重要な案件があっても「起きることができない」のです。

この朝寝坊症候群に該当する方は、遅刻することが怖いので、試験日・面接日などの重要な日の前日は徹夜をし、とにかく「睡眠をとらないように徹夜」します。心当たりがある方は朝寝坊症候群です。

 

朝寝坊に社会的なサポートゼロ

現医学レベルではこの病気は治す方法もなく、病名も理解されていませんから社会的なサポートを受けることが全く不可能です。この病気の方は職場を追われ生活保護を受ける方も多く、生活保護者の中に多く潜伏していると思われます。

一刻も早く社会がこの病気の存在を認識してあげる必要があります。しかし、社会に認識させるには症例を集め、治療実績を示さねばなりませんので今回こちらへの公表とさせていただきました。前途多難ですがご協力ください。

 

朝寝坊症候群の治療法

現在、有効性が確認されているのは上頚神経節ブロックです。左右両側の頸部交感神経節にキシロカインなどの表面麻酔剤を用いて神経節ブロックを行う方法です。これにより交感神経を一時的にブロックし、延髄の血管を拡張させ血流を増加させ、自律神経核への血行動態を改善させる方法です。

上頚神経節ブロックが不眠症に有効であることはすでに私の実績より明らかですが、不眠症患者にブロック後「寝起きについて」聞き取り調査をしたところ、目覚めもよいことがわかりました。

最近になり「朝が起きることができない」という36歳の男性患者に同ブロックを行ったところ、ブロック翌朝は比較的しっかり朝起きができるという効果を確認しました。

ただし、効果として「持続性があるか?」については重症度と比例すると思われ、重症であればあるほど持続効果が少ないと思われました。しかし、重ねて治療すれば累積効果が見込めると考えますので重症の方の場合は根気よく治療を受けることをお勧めします。

 

朝起きられない人を社会から救いましょう

朝起きられないという「朝寝坊症候群」は自律神経失調症の一部である可能性を考えます。そしてこれは病気であり、本人の意思が弱いから朝起きられないのではないという認識を持つべきです。こうした傾向は学生の頃からあると思われ、学業にも大きなハンディを背負います。よって学生の方でも、上記に該当すると思われる方はぜひご相談ください。

難治性疾患治療ガイドライン

2017年治療成績

はじめに

難治性とは・・・現医学であらゆる治療を行っても治りにくい疾患の総称であり、人類にはだかる最大の難治性疾患は老化です。よって、生まれてきた生き物は年齢と共に100%が難治性疾患を抱え、そこから逃れられた人は過去に一人もいません。そして、この事実は千年後も1万年後もおそらく変わることがありません。つまり、医学がどれほど発展しようとも、「治らない病気」はその時代時代に必ず存在し未来においても克服できないことがわかっています。

医学がどれほど発展してもその時代に治せないものが存在し、その疾患を治そうとすることは常に極めて厳しい挑戦となります。

すなわち、難治性疾患になってしまった患者とそれを治そうとする治療師は共に「前代未聞の道なき道」を歩むことになります。

「難治性疾患治療ガイドライン」とは、「道なき道を歩むための」ガイドラインですから、極めて矛盾したタイトルです。その矛盾を申し上げなければならない理由は、「道がないほど険しい道であること」、「前例がない」のを知らずに安易に考えている方が患者と治療師共に非常に多いからです。安易に考えている人が険しい道を歩いていけるはずもなく、治療師も患者もほとんどが治療半ばで脱落していきます。そうした悲惨を避けるためのガイドラインが必要です。

数週間かけて文章を作成したため、重複した内容が多く見られます。お許しください。


全ての代替医療が難治性疾患と対峙する

ちょっとした健康器具やサプリメントも含めて、全ての代替医療は必ず難治性疾患と対峙します。アンチエイジング関連の商品も全て「老化」という難治性疾患としっかり向き合っています。それこそ、商品開発をしている会社員も営業も難治性疾患と向き合っているわけで、それは「前代未聞の険しい道」を歩もうとしていることなのに、それに気づいていない人があまりにも多いことに驚かされてしまいます。


水素のあわ、グルコサミンから心霊療法まで・・・実は全ての利用者と治療従事者が「現代医学では治らない」とされている疾患に立ち向かっています。しかし、それらの使用者が「道のない険しい道」を歩んでいるという意識が全くなく、製造者も無責任に宣伝広告だけすれば売れる!という考え方でビジネスにはげんでいることは嘆かわしいことです。

そしてお金・暇・体力を浪費する者、そして副作用で生涯苦しむものなど被害者の山が世界中に築かれています。


被害者の山と、それを利用して大もうけした者の両者共に、難治性疾患を軽んじています。誇大広告や嘘は次第に暴露され、そして商品は売れなくなり、そしてまた新たな商品が開発され、爆発的にヒットし、そして効果があまりないことが知れ渡り、売れなくなり・・・を永遠に繰り返すのも人間社会の性とも呼べるでしょう。「懲りないやつら」です。


しかし、真に難治性の疾患を治療しようとするなら、患者も治療師も命がけで必死にならなければ難しいということを知っている人はいったいどれくらいいるのでしょうか? 難治性疾患治療は常に「未体験ゾーン」となるわけで、その予測がつかないリスクに命を張って挑戦しているのだという自覚が必要です。


難治性疾患の種類

難治といってもその程度には段階があります。一つの悪化点が連鎖して悪循環を起こし、重い症状を次々と作っていく連鎖型難治と、細胞が壊死などを起こし、機能が破壊されて再建が不可能となった破壊型難治があります。破壊型難治の最終形は死であり、神様でさえ死人を生き返らせることは不可能です。連鎖型の難治はどこかで連鎖を断ち切ることで治癒することが可能であり、ただし、その連鎖が複雑なために治すことが難しいだけのことです。


そして連鎖型と破壊型の混合したものがありますが、混合の場合は、連鎖を断ち切ることである一定の治療効果を得ることができますが、それ以上治療を続けても無効となります。破壊されたものは連鎖を断ち切っても改善に向かわないからです。


一般に、「奇蹟と呼ばれる治療」はほとんどが連鎖型の難治性疾患であり、破壊型ではありません。どこかの連鎖を断ち切れば改善しますが、その「どこか?」がどこにあるか?が不明であるため難治となります。

治療者も患者も「自分はどちらのタイプの難治性疾患を治そうとしているのか?」を見極めない限り、両者共に不幸な結果が待ち構えています。


破壊されている血管、破壊されている神経、破壊されているシステム(中枢感作)、破壊されている骨格、破壊されている遺伝子などを瞬時に治す技術はありません。

よって破壊型の難治性疾患をどうにかして治療するためには、細胞新生が起こるまで根気よく「細胞新生の環境を整え続ける治療」をしなければならず、しかも治療期間さえ不明で何年かかるかわかりませんので、患者も治療者も治療途中でギブアップすることになります。


難治性疾患には医学理論が通じない

現代医学で治らない疾患・症状はその医学理論にほぼ必ず誤りがあると推測します。その誤りは「理論を唱えた教授が死去するまで修正されない」「その教授の弟子の教授が主張を続けると次の世代も修正されない」という密かな政治があります。


政治による無理な医学理論は年々少しずつ修正はされるものの当分の間は「無理のある理論」で進みます。現時点で治せない病気(高血圧・うつ病・自律神経失調症など)は医学理論に誤りがあるはずですが、どこが誤りなのか?さえも現時点ではわかりません。


さて、医学の誤りでもっとも被害が多いのは精神科であると思います。それは精神疾患の原因を「心にある」とする考え方です。心というまだ解明されていないものに原因をこじつけることに私は極めて違和感を覚えますし、「あなたの精神がおかしいから不可思議な痛みが出るのだ」と言われて納得できない患者は世界中にごまんといると思われます。


なぜ精神医学が患者を完治させることができない医学に成り下がっているのか?を考えたとき、それは「現代精神医学理論に大きな誤りがあるため」というところに行き着いてしまいます。


精神医学を例にあげましたが、「医学理論が間違っている(未熟である)おかげで治せない疾患」は日常には無数に存在します。そして、現代医学理論に疑問を感じた治療師だけが、その理論に反抗して独自の治療を研究・創造し、密かに治療を成功させます。


本態性、原発性、特発性、突発性と名の付く病名は現医学で「原因不明」とされているものの名称であり、あらゆる病名の前にこのワードがつきます。もっとも多いのは本態性高血圧です。しかしその真実は「原因不明」ではなく「医学理論自体が誤り」であると思われます。その証拠に、代替医療者がこれらの原因不明、治療法なしの病気をことごとく治してしまえるからです。ただし、治してもその論文や証拠は無視されます。


私も同様に、「原因不明」の疾患を治すことを専門としている医師ですが、独自の理論に沿って治療すれば治っていきます。ですから、現代医学理論の方が誤りであることを実証しているわけですが、そうした論文は社会秩序を乱すため、無視されるのが通例です。


もっとも被害の多い医学の誤りは精神科疾患であるといいましたが、最も人口の多い誤りは本態性高血圧です。

たとえば私は、上頚神経節ブロックを用いて、比較的若い年代の本態性高血圧を完治させています。私独自の理論では、自律神経失調症による高血圧が多いと思われます。


また、突発性難聴も上頚神経節ブロックで次々と改善させていますので、それらは突発性(原因不明)ではなく、内耳神経の血流障害性難聴であると確信しています。

と・・・、これらはほんの一部ですが、現代医学理論が誤っている(未熟である)と思われる例です。つまり、難治性疾患の多くは「医学理論が間違っている(未熟である)ために難治性になっている」疾患が少なくないということを認識しておかなければなりません。


よって、難治性の疾患を治すためには「現代医学理論を超えた型破りな発想」が必要となります。しかし、万人が絶対的に信頼している西洋医学理論にケチをつけるにはかなり勇気が必要です。


型破りな発想のお値段

以前のブログで述べましたが、医学部の教授でさえ、たまに「型破りな発想」をする先生がおられます。というより、既成概念を超えた型破りな発想は、日本では教授にしか許されていません。日本では教授になったら「型破りな発想をしてもよい」とする慣習があり、教授はその型破りな発想を「リスクも判明していないうちに治療してもある程度許される」ことになっています。このおかげで医療が進歩します。


ところが、私も含め代替医療者は「現代医学理論を打ち破る型破りな発想」を患者に行って後遺症を作ってしまったら自分の人生が台無しです。よって、新たな治療を試す場合は、患者と極めて密な信頼関係を作り、無料奉仕を行い、まずは自分や身内にためし、注意深く少しずつ新来関係のある患者に試していき、データをとって技術を改良して行き、それによって起こる合併症を熱心に研究し、合併症を起こさずに何千人と試すことで安全確実にしていくという途方もない長く険しい道程を経由しなければなりません。そのため安定確実な治療成績が出せるようになるまでに、金銭的に数千万円に値する労力がかかります。


それは現医学部の教授たちの顔に泥を塗る新技術ですから、万一事故でも起こせば、二度と社会に出られないほどに叩きのめされることになります。このように難治性疾患に対する新治療開発には精神的にも金銭的にも大きなコストがかかります。コストをかけない、研究もしない、大胆さだけがとりえという治療師もいますが、そういう方は被害者を出してしまい長続きしません。


難治性疾患の治療技術は、実際大変高価な技術です。例えば「たかがちょっと治療しただけでどうして数万円もかかるの?」と思うかもしれませんが、難治疾患の治療で1回数万円なら、それは極めて安い値段であるという意識を持たなければなりません。治すことは普通ではなく特別です。しかも、難治性の患者は特異体質を持っていることが多く、リスクが一般人の何百倍も高くなります。それを一般の方と同じ値段で治療することは不可能です。私は「同じ値段」で治療していますが、それは「本当は請求金額の10倍はコストがかかっているところを9割引して提供している」のと同じ意味になります。


難治性疾患治療にお金がたくさんかかることは当たり前ですが、その意識を患者側が持っていないことに危うさを感じます。「保険治療に毛が生えた程度の治療」としか考えず、美容室に髪を切りに行くくらいに安易に足を運ぶからです。治療にかかる代金を軽んじておられる方は、治療にも甘い精神で挑む傾向があり結果的に治せません。難治性疾患治療は決して安易ではありません。


難治性疾患の治療は国が「治せない」と認めている疾患であり、それを治すことは治療師の義務ではなく挑戦であるということ。挑戦とはある意味くじ引きに等しく、治らなかったからといって抗議する筋合いのものではありません。

よって、お金がない方は難治性疾患の治療にそもそも挑戦してはいけません。挑戦すれば周囲の者に大きな迷惑をかけてしまいます。


難治性疾患の治療を受ける患者側に、「治療には大金と大きな労力がかかる」という意識がないとトラブルになります。治療費が高いのは当たり前であり、安い値段で難治性疾患を治療しようと考えていると治療師にも家族にも社会にもあきれられることになります。「難治」の意味を軽く考えてはいけません。


なぜ治らないのかを考える

難治の病気になった人は「なぜそうなったか?」を考えない人がほとんどです。その真実を追求すると、遺伝子に原因があることを認めざるを得なくなります。例えば、私の診療所には症候性ALS(筋委縮性側索硬化症様の症状があるが確定診断がつかない患者)が多く来院しますが、その患者たちは脊椎が曲がっている、捻れているというほぼ共通した特徴があります。そのために脊髄が下方にひっぱられやすいという物理的な弱点があり、この弱点が難治性の症状を発生させていると私は考えています。


難治性疾患になる方は、そのほとんどが事故で起こるわけではなく、日常生活をしているうちに突如起こります。この事実はもともと親から受け継いだ肉体が、現代人の日常生活に適合しにくいことを意味します。


「日常生活で起きる」症状は「些細なことで起きる」「一触即発」であることを意味し、当然ながら治療中に発症することが十分に考えられます。それほどデリケートな肉体であるという意味です。この事実を治療師側から見ると「極めてリスクだらけの肉体」となり、医師が手を出したくない患者であることが理解できると思います。


そういう患者を専門にデリケートな治療しかしないのであれば問題は生じません。しかし、頸部硬膜外ブロックなどのリスクの高い治療をするとなると、その治療費はいったいいくらに設定するべきか? 考えてみてください。


医師の誰もがやりたくない、大金を積まれてもやりたくない、リスクだらけの患者に危険な治療を行うのです。おそらく、正規の料金の10倍を積んでも、医師は治療してくれません。それほど難治性疾患の治療には大金がかかっているということを認識しなければなりません。


難治性疾患はデリケートな肉体を両親から受け継いだ場合に起こると考えていいでしょう。まず、「自分に原因がある」ことを認めない限り、難治性の地獄から這い上がれません。


薬剤の使用がさらなる難治性を作る

難治性疾患の多くは、その原因が「現医学では手の届かないところ」に存在します。それは脳幹や大脳です。脳幹は人間の生命維持に関わる司令塔であり、内臓の動きから血流調整、血圧調整、五感の全て、睡眠のリズム、免疫力などを感情の動きと連動させて自動調整しているところです。


人間を含め、全ての陸棲せきつい動物は前屈すると脳幹が引っ張られるという構造的弱点を持ちます。もしも脊椎構造に遺伝的な異常があると「常に脳幹が引っ張られ続ける」ために脳幹の慢性的な血流不足が発生します。特に自律神経核の血流低下が起こると、神経細胞は「緊急事態」の警報を鳴らすために交感神経を興奮させ、人間を不眠にさせ、強い不安感が起こりやすいように自ら変性するでしょう。


この世で「難治性の難病奇病」と言われる症状のほとんどに「脳幹の血流不足」が関わっていると私は推測しています。その理由は、脳幹の血流量を上げる治療(上頚神経節ブロック)を行うと、多くの難病奇病が改善することを毎日経験しているからです。


人々は脳幹の血流不足で起こっている神経過敏による不安感をとりのぞくために安易に抗不安薬を服用しますが、それが取り返しのつかない悲劇を生むことがまれではなくしばしばあります。


先日、私への投稿でベンゾジアゼピン(デパス)の常用量離脱作用で、筋肉減少と頭鳴で苦しんでおられた方が立ち上げた人生の変転・下山日記 http://blog.goo.ne.jp/lifeischangeable

を読んでみてくださいとあったので斜め読みさせていただきました。


脊椎に遺伝的な不適合要素がある場合、普通の生活しかしていないのに脳幹の慢性的な血流不足を招きます。症状はたいてい共通しており、夜眠れない、朝起きられない、不安感が強い、イライラしておとなしくしていられない、血圧や脈が上がりやすいなどです。


それらを薬(精神薬の全てが原因になりえます)にたよって症状を抑えて(体の悲鳴を無視して)社会生活を送ると、脳幹のニューロンは「薬剤耐性がつくように」変性します。わかりやすく言うと、抗不安薬を飲み続けていると、脳が異常興奮しやすいようにニューロンが変性するということです。


上記の下山日記の筆者は「薬が原因かもしれない」と思い、断薬を決意しますが、今度は「断薬による禁断症状」が起こります。長年の使用が原因で脳が激しい興奮状態になり、ニューロンの酸素消費量を激増させます。もともと患者の脳幹は慢性の血流不足に陥っています。つまりデリケートな肉体です。そこに酸素消費量増加が加わると、ニューロンは極度の酸素不足に陥り壊死が始まります。酸素の少ない密閉した箱の中で暴れまわるようなものです。すぐに窒息して死に至ります。


脳幹や大脳のニューロンが壊死すると多発性硬化症やALS、脊髄性筋萎縮症、パーキンソン病などと同じような症状が現れます。しかし医者を受診しても「異常なし」と言われ精神異常者扱いされて放置されます。


ブログの筆者は「デパスの禁断症状でALS(ニューロン変性)が発症した」と考え、医師を恨み、国を恨み、西洋医学そのものを恨み、その恨み節を書き続けていましたが、これが不幸なパターンです。


本人は薬のせいでニューロンが破壊されたと妄想します。確かにデパスはニューロンの変性を招きますが、壊死の直接的な原因は慢性的な脳幹の血流不足であり、血流不足の原因は遺伝子、つまり本人にあります。この不幸な出来事の根本原因は「自分の遺伝子の不適合さを認識していなかった」にもかかわらず、薬でごまかして普通の人と同じ生活を送っていたことにあります。


難治性疾患を治療する際に、服薬している薬剤は極めて大きなリスクとなります。経口薬を止めさせてもリスク、続けさせてもリスクです。治療師と患者の間に不信感や逆恨みを作るのも薬剤が原因となることがしばしばあります。


もしも、この患者を救えるとすれば、それは脳幹の血流量を増やしてあげることです。しかし、血流量を増やすことでさらなる脳の興奮が起こったら、この患者はその症状に耐えて治療を続けてくれるでしょうか?


難治性疾患の患者の多くが精神科薬漬けにされていますので治療を行う前に薬剤使用の歴史をしっかり訊いておかなければなりません。基本的に薬漬けになっている難治性疾患者は極めて救いがたいです。そのことを治療師は最低限知っておかなければなりません。


日本の難治性疾患治療費は非常識に安い

難治性の患者たちは西洋医学で治らない、そして自分の体がリスクだらけのために、日常茶飯事に治療後に合併症を起こし、それを自分のせいではなく医師のせいだと妄想を膨らませます。よって彼らは極めて医師不信に陥っています。


彼らは難治性疾患を治療しようとする治療師に対してもその不信感をぶつけ、「どんなリスクがあるのか?」「治療期間はどのくらいか?」「実際あなたは私を治せるのか?」「リスクを起こさない自信はあるのか?」「お金はいくらかかるのか?」などの質問攻撃をしてきます。


これがどれほど失礼か?を知りたければ、同じ言葉を大学病院の教授に浴びせてみればわかります。おそらく出入り禁止にされます。

あなたが大学病院で教授に「お金がいくらかかるのか?」と質問することがなぜ失礼に当たるのかを知らない患者は不幸です。その理由は治療費が諸外国と比較して日本は「あり得ないくらいに安いから」です。大学の教授も、新米医者も、治療費は同じです。ですから大学の教授は「その技量と比較すると極めて安い治療費」で患者を治療しているに等しいわけで、その教授に「お金がいくらかかるか?」を質問することは極めて失礼にあたります。教授に診てもらっていて、かつ安い治療費であり、その恩恵を得ているということを認識できていない身のほど知らずだと思われるでしょう。


同様に日本の代替医療師たちも「難治性疾患を治す」という特殊な技術を持っているにもかかわらず、請求する金額は「てもみん」のマッサージに毛が生えたくらいの治療費しか請求しません。アメリカでは有名な治療師は1回100万円を請求することもあり、それに比べると日本の有名な治療師の請求額は非常識なくらいに安いといえます。

難治性疾患の患者は「みのほど知らず」ではいけません。自分が難治性で治療に手間隙がかかることを自覚しなければなりません。


治療の予定はつかないのが難治性の宿命

難治性疾患の患者は医療不信に陥っており、それを自分のせいであるということを気づかずに不満を抱えています。よってその難治性疾患を治そうとする治療師に対しても不信感をぶつけ、治療計画をききたがります。


しかし、難治性疾患は、その患者の遺伝子的な特殊性のために難治になっていますから、前例どおりにならないことがほとんどとなります。当然ながら治療計画が立てられません。というよりも、治療計画が存在するのなら、それは西洋医学の医師に任せても治ります。治療の反応を見ながら手を換え、品を換え、頻度を換え、期間を換えるからこそ難治性疾患に対応できるわけです。つまり、難治性疾患の治療に計画を立ててはいけないのです。計画を立てれば、計画通りに行かない時点で治療が終わります。


それは治療師が治療を終わりにするのではなく、「計画通りに行かないのは治療師の技量不足である」と患者が勝手に決めつけ、患者自らが勝手に治療を中止します。つまり、治療計画を立ててほしいと要求する患者は「治療が成功する確率が低い」のです。


難治性疾患の治療には前例がありません。100人の患者がいれば100通りの異なる治療をしなければ難治性疾患は治りません。だから計画を立てるとほとんどが終了へと収束します。私は常に難治性の患者を前に「やって見なければわかりません」というのですが、この言葉に身をゆだねて私に全てを任せる器量のない患者は治療を拒否するようにしています。


難治性疾患治療に道はない、あなたの後に道ができる

普通の医者が治せない疾患・症状は「難治」です。難治の疾患には治療予定というものが存在しません。いつ、何を、どうするのか?は毎回、患者と治療師が決めていきます。その理由は個人個人で大きく異なる治療リスクがあり、可能な限りそのリスクを回避しつつも、効果が最大になるように莫大な治療労力をかけ、常にありとあらゆる方法を試していかなければならないからです。使う薬の量も回数も患者毎に異なります。それらを決める要素は治療効果です。前回の治療の結果を受けて次の治療内容を決めていきます。この柔軟性こそが難治を治すことができる唯一の方法です。


時代が進めば、難治であった疾患も治せるようになります。しかし、時代が何万年と進もうとも、その時代に治せない疾患が必ず存在し、そういう疾患を治すためには、柔軟に治療方針を変えながら試すということを繰り返さなければなりません。だから、どこまで行っても難治性疾患の治療には道がなく、あなたを治療してはじめて1本の道ができるのみです。


その1本の道は他の似たような症状の患者に通用するかと言えば通用しません。その理由は単一の原因でその症状が出ているわけではないからです。


治りにくい理由の一つは、原因が幾重にも重なっているからでありそのバリエーションの通りは無数にあり、一人の患者を治療して、無数のバリエーションのうちのたった一つが判明するのみです。似たような症状があったとしても全く同じ症状はありません。


なぜ普通の医者が治せないのか?を考えれば、原因が重なり、無数のバリエーションがあるからだということが理解できると思います。


難治性疾患治療には莫大な根気が必要

難治性疾患が治りにくい理由の一つに壊死があります。前述した破壊型難治です。破壊されて壊死している場合、新たに細胞が新生する以外に治る道はありませんが(移植を除く)、そもそも細胞が壊死する=栄養動脈などの破損、が存在し、そこは細胞が新生できる環境ではありません。細胞が新生する環境を作るには24時間よい環境状態にし、その状態を長期間継続しなければなりません。つまり、破壊型難治を治すには環境を整えるという治療法しか存在しません(移植をするにしても環境が整わない限り移植した組織も壊死します)。


しかし、そのような治療には莫大な手間隙がかかり、生活指導も徹底しなければならず、さらに「治る保証がない」ので、あくまで「先の見えないトンネルを延々と突き進む」治療となるわけです。


この環境を整える治療に見切り発車することは患者・治療師共に大変な勇気がいります。治る保証がない場所を突き進むので、症状が改善しなかった場合に「かかったコストが莫大であればあるほど患者に恨まれてしまう」「長期間、この患者を優遇しなければならないために採算が合わない」「患者を励ますのも自分を励ますのもたいへん」だからです。


破壊された細胞を再生させる治療の代表は脳梗塞後遺症でしょう。脳梗塞後遺症ではほとんどの患者が例外なく、医師が推測した最悪な状況よりも5年後にはずっと改善しています。言語能力、歩行能力などがほぼ必ず医師の予想を上回るものです。医師は脳細胞が再生されるとは考えていないからです。しかし脳には神経芽細胞が存在し、再生する可能性があることが数年前に示唆されています。


自然回復でさえ、医師の予想を上回るわけですから、積極的に根気よく治療を行えば、自然回復よりもさらに改善する確率が高くなるでしょう。


しかし、そこには「治る保証」がないだけに治療を継続するには勇気と根気が必要です。しかしながら、現在の保険制度は「治る保証がある」治療だけが適用とされるので、このような「治る保証のない治療」は病院やクリニックではできない現状があります。


例えば改善するために結果的に数百回の治療を必要とした患者がいたとします。この患者は何の保証もないのに根気強く数百回の治療を続けたわけで、自分の判断を信じ、医師についていくことを決めた勇気があります。医師は治る保証もないが「患者が熱心であるから最後までつきあう」と決めたからこそ数百回の治療につきあいました。ここには医師と患者に大きな絆が存在します。


絆を築くためには医師と患者の両者共に強い魂を持っていなければなりません。どちらか片方にだけに存在するものであれば、完走することはできません。破壊型の難治疾患の治療には医師と患者の絆が不可欠です。つまり、性格上、社会成熟度上、治療をしてよい患者としてはいけない患者に別れるということを意味します。絆を結べないと思った患者には「治療を拒否」しなければなりません。保険診療ではないのですから。


難治の理由をつきとめる

なぜ難治なのか?には様々な理由があります。理由を知れば治せるものと治せないものがあることがわかります。そして治せるとしても、治療師だけの力では無理で、患者の献身的かつ積極的な協力が必要であることもわかります。


  1. 患者が繰り返し自ら損傷させる(スポーツ・仕事・環境などが原因)
  2. 先天的に問題がある(骨格・アレルギー体質など)
  3. 変性・壊死・欠損・梗塞・悪性腫瘍・加齢など不可逆的なダメージ
  4. 多くの疾患が重なる
  5. 中枢感作による神経伝達システムの異常
  6. ノーマンズランド(治療の手が届かない、脳・延髄・免疫)
  7. 治療が的外れ(医学理論の過ち)
  8. 体内に入れたものによる症状

難治の患者の場合、上記の理由が一つではなく何重にもなっていると考えなければなりません。これは前述の連鎖型と破壊型の病態分類とは異なり、難治の原因を追究したものです。そして、一人の患者がこれら全ての原因を背負っていることが稀ではありません。


1~5は患者側に原因があり、6~8は医師(治療師)側に原因があります。6~8はすぐに理解できますが、1~5を理解することは、千年後も1万年後の未来も「極めて困難」です。難治になる理由はほぼ必ず患者の遺伝子にその原因が存在しています。今まで何ともなかった肉体が、急に難治性の疾病に侵され始めたとしても、その原因は先天的なものと関連があります。例えば脊椎の長さが正常な人より数%長いというだけで、脊椎の変形・椎間板ヘルニア・側彎などが起こりやすく、成長痛が発症しやすい、ちょっとしたむち打ちが重症化しやすい、自律神経失調症や難聴になりやすいなどの現症が起こりやすくなります。


5の中枢感作は医師も代替医療師も認識できないほどに複雑ですので後で別途解説します。

難治であるには必ず理由が多重に存在することを患者も治療師も認識しなければ互いに不幸になります。そして、治療には答えもガイドラインもなく、ただただ患者と治療師に互いの熱意が必要になります。


中枢感作(薬剤耐性)が難治性疾患を難解にさせる

「中枢感作とは?」の定義は世界的に誤解されていますが、私の定義としては「神経のシナプス(またはニューロン)に通常とは異なる神経伝達回路が出来あがっている状態」とします。


中枢感作の症状の代表はアロディニア(異痛症)と呼ばれるもので、触られた感覚が痛みに変換されて「痛みとして」脳に伝わるものです。このようなアロディニアはめったに経験しないことですのでだれもが「私には中枢感作は関係ない」と思うでしょう。しかし中枢感作はシナプスに作用する薬を常用している方なら誰もが経験しています。(下痢止めのための抗コリン薬など、意図せずシナプスに効いてしまう薬を飲んでいる場合もあります)。


例えば、睡眠薬を毎日のんでいると睡眠薬の効きが悪くなります。これは人が睡眠薬に対抗するためにシナプスでのGABAの受容体(抑制系の受容体)を減らす方向に変化を起こすためです。このためシナプスからGABAが分泌されても「それが作用しにくくなるシステム」が出来あがります。一般的にはこれを薬剤耐性といいますが、実はこれがまさに中枢感作です。


GABAは不安を抑制するために重要なホルモンですが、それが効かなくなるシステムができあがってしまうと、睡眠薬を中断した際に、「脳が激しい興奮状態」となり、「耐え難い不安」に襲われることになります。これがいわゆる禁断症状です(前述しました)。


同様に、リリカやトラムセットなど、シナプスに作用する鎮痛薬は、常用すると「痛みや不安を抑えるホルモンが効かなくなる」という中枢感作を起こします。よってこれらの薬剤には禁断症状が現れます。シナプスに結果的に「痛みを抑制するホルモンが効き難くなる」というシステムが構築されてしまいます。「システム」=「中枢感作」です。


薬剤を常用すると中枢感作が起こることを現医学で理解している医師はほとんどおらず、それを強く主張し続けている医師の発言も「表には出ない」世界情勢があります。


この中枢感作は難治性疾患の治療を妨げるものとして圧倒的なパワーがあります。なぜなら、肉体を正常化させる治療(血行をよくするなど)を行うと中枢感作で新たに作られた悪循環システムがきちんと作動し始め、「ほぼ必ず症状が悪化」するからです。つまり、「薬剤で抑えていた症状の全て倍返しされる」という現症が必ず起こります。しかも最悪なことに、治療が正しいものであればあるほど症状倍化が正しく発症すると予想されます。


よって中枢感作があると、「治療をするほどに症状が悪化」という矛盾を起こし、患者は当然のごとく治療師を逆恨みします。

このように中枢感作の存在は治療を妨害する最大の壁となりたちはだかります。このことを治療する側もされる側も知りようがありません。現医学の枠外だからです。実際に難治性疾患を専門に治療している者にしか知りようがありません。難治性疾患には治療法がありませんので、難治性疾患を治療する者も原則として存在しません。だから中枢感作によって症状が悪化する現象も、誰にも知られることがありません。なぜならば、まず、その難治性疾患に「治療が効果あり」とならなければ「悪化現症」も起こらないからです。「難治性なのに治療効果を出せる者」が希少であるがゆえに、この現象を知る者もわずかです。


中枢感作は下痢止めの抗コリン薬でも起こり得ますし、降圧薬でも起こり得えると思われます。睡眠薬やリリカ、トラムセットだけの話ではありません。


私の症例研究から得た情報では、薬剤による中枢感作システムが正常化するためには最低でも数か月、長い場合は半年を要すると思われます。本気で難治性疾患を治すにはこの長い月日を「禁断症状と闘わなければならない」わけであり、その期間は症状が倍化することになります。患者だけでなく治療師にさえ、症状倍化と闘い続けることは不可能に近いと思われます。


このように中枢感作による難治が重なっている患者の場合、治療自体が地獄となるため治療が極めて困難です。中枢感作による難治をどう治療するか?は今後の課題ですが、禁断症状をブロックで抑えながらの治療しかないように思えます。なぜなら、ブロックが唯一「ほとんど耐性を作らない薬剤」だからです。ただし、禁断症状を抑えるには多数回ブロックをきわどい分量で行い続けなければなりません。そのリスク回避に必要な精神力は莫大ですのでそれを行う医師がいません(私でさえできないかもしれないと思う程です)。この治療を行うための技術力と精神力を金銭に換算すれば半年で数千万円クラスであると思います(おおげさではありません。技術力の極めて高い医師は1日に100万円くらいは稼げますので、たかが数十日分のお値段です)。つまり、「中枢感作の治療は大金がかかる」と言えます。このことを認識していない患者が治療師に「恩を仇で返す」ことになります。


難治性疾患の治療に挑むのであれば、必ず中枢感作の存在を覚えておいてください。また、中枢感作に特異体質など遺伝的なものが加われば、さらに複雑な病態になることはいうまでもありません。


難治性疾患患者の肉体はリスクの宝庫

難治性疾患患者の場合、特異体質と特異システム、恒常性の低下の3つのリスクが治療の壁として巨大に存在します。特異体質=特異免疫システム のことです。金属・ポリエチレン・防腐剤などに免疫が過敏に反応してしまう体質のことで、例えば鍼の金属部に反応、薬剤の容器のポリエチレンに反応、薬剤中のわずかな防腐剤に反応するなどにより予期せぬ炎症を引き起こしてしまうパターンです。


一般には予期することが不可能で、治療師のほとんどが意識していません。意識していないだけに原因を特定することが不可能で、治療を続けているうちは悪化を止めることが出来ず患者を不幸のどん底に落としていきます。


これに対処する唯一の方法は「特異体質の患者には治療しない」ことです。難治性疾患の患者の場合、免疫系の特異体質を持っている確率は一般人の何千倍も高いと考えるべきで、リスクの宝庫です。


もう一度言いますが、「特異体質の患者には治療しない」ことが最善であり、これが難治性疾患の患者を治療することの最大の壁になっています。スティーブン・ジョンソン症候群がさの代表ですが、ちょっとしたスティーブン・ジョンソン症候群もどきの患者は少なくないと認識しておくべきです。


特異体質の患者を治療する際には、治療師も患者も、このことは最初に認識しておかなければならないことです。そして特異体質の患者を治療するには、外界から体内に入れる物質のあらゆるものに警戒しなければなりません。


ただし、薬剤の禁断症状によるリバウンド(症状の悪化)と、この特異体質による症状の悪化を区別する方法はありません。唯一異なる点は前者では治療を継続することが望ましく、後者では治療を中断することが望ましいことです。ほとんどの患者は症状が悪化した際には「治療を中断する」はずです。ですから、リバウンドで起こる悪化、特異体質で起こる悪化のどちらが起こっても結局は治療を中断することになります。


この当然な原理により、薬剤の禁断症状を持つ患者を治療することは不可能となります。よって、治療後にリバウンドが起こる患者を真に救済するためには、「神がかったレベルの治療師の勘」が必要であり、さらに、治療師と患者が強い信頼関係が結ばれている必要があり(教祖と信者の信頼関係)、事実上それは不可能ですので結局治療は中止となります。これがまさに難治性疾患治療の限界です。限界を知らなければ治療師も患者も不幸です。


特異システムとは前にも述べた中枢感作システムのことです。神経のシナプスに作用する薬剤を慢性的に使用していると、シナプスではその薬剤に耐性変化が起こります。変化=システムが変わる、ことを意味し、一般の人に使用すれば改善する治療で、症状が悪化するということが起こります。薬剤により起こる中枢感作だけではなく、シナプスへの慢性の血行不良でもシナプスの変性(変化)が起こります。どちらにしても中枢感作は難治性疾患の主原因であり治療の大きな壁です。


まずは中枢感作=特異システム、を改修しなければどんな治療も裏目に出やすいでしょう。中枢感作は治療リスクそのものです。


恒常性の低下=自律神経失調 です。自律神経は体温が下がればそれを上げ、血圧が下がればそれを上げ、ご飯を食べれば腸を動かし内分泌を促し、睡眠のリズムで休息をとらせ・・・と、外界の刺激から身を守るために「意識とは無関係に勝手に動く」システムです。この自律神経が壊れている場合、血圧が下がっても上がらない、ご飯を食べても腸が動かない、睡眠が出来ない、など様々な悪しき症状が出現し、最後には血流調整能が壊れて重要臓器に血液が流れなくなり組織の壊死を招きます。実際に、異型狭心症や古典的片頭痛などは血流調整能の不調で起こります。


外界からの刺激に過剰反応してしまうのは自律能が低下しているせいです。よって治療という外界の刺激にも過剰反応し「治療による悪化」が起こりやすくなります。


難治性疾患患者の多くが自律能低下を起こしており、その患者に治療を施すことは極めて危険な行為です。治療が火に油を注ぐことになりやすいと言えます。自律能低下の患者を扱うには一般の患者の何十倍もの神経を使わなければなりません。よって治療師は疲弊し、長くその職務に就いていることが難しいでしょう。患者にはそうした治療師をいたわり、ねぎらう必要がありますが、そうした患者は皆無に等しく、これがお互いを不幸にしています。


このように、難治性疾患はリスクの山です。よって頭がいかれている治療師しか、難治性疾患の治療に足を踏み入れません。頭がいかれた治療師がこの世に何人くらいいるでしょうか? それを考えれば難治治療の治療師がどれほど希少価値かということがわかるはずです。その価値をわからない患者が多すぎるため治療師は結局生き残れません。希少価値の治療師を殺していくのも、「価値のわからない患者たち」なのです。何度も言います「難治性疾患治療では治療師も患者も不幸になります」と。


話しは変わりますが、普通の保険医にとって難治性の患者は経営を悪化させる存在ですので積極的な治療を避けなければなりません。それをサポートするのがリリカやトラムセットなどの「究極の痛み止め」です。これらの薬剤がどれほど保険医たちの役に立っているかを想像したことがあるでしょうか? 患者に薬害があるとうすうす気づいていても、これらの薬剤を処方する理由は、難治性の患者につきまとわれたくないからです。それほど難治性の患者は保険医たちにとって実害をこうむらせる存在になっています。そのことを自覚していない患者は不幸です。なぜリリカやトラムセットを処方されているのか? それは日本の医療費が難治性疾患に対応できないほど安いからです。逆に言うと、難治性の患者は治療に大金がかかるというのが真実なのです。国としては、そのお金を税金でまかないたくないわけで、全て自費でやっていただきたいはずです。


また、患者のリスクが高いことを知らずに安易に治療を開始する治療師は何度でもトラブルに巻き込まれます。患者のリスクを察知できない治療師は、基本的に「難治性疾患を治すセンスがない」と言えますので、普通と違う症状を持つ患者には手をださないことを強くお勧めします。


基本的に高齢者は難治+リスクの宝庫です。よって高齢者の治療を行う場合は、全く割に合わない奉仕活動になること、リスクの責任を取らなければならない可能性があることを念頭に置き、安易に「お金儲け」として高齢患者を呼び込まないことを強く勧めます。


難治性疾患治療はジョーカーです。誰もが避けるものです。その世界に足を踏み入れている治療師には偉大な敬意を払いなさい! 敬意がない難治性患者の治療はどうせ成功しません。したがって「敬意を払いなさい」ではなく、敬意がなければ治療は成り立たないというのが真実です。


治療方針が間逆

難治性疾患治療は「毎回が発明」となります。前例も医学理論も届かないところにあるからこそ難治なのですから、これは当たり前のことです。しかし、医学は「発明で治療をしてはいけない学問」です。極めて保守的です。保守の原則は95%または99%の患者が治る治療法の集大成が医学の基礎となっているからです。つまり統計学に基づくのが現西洋医学であり、残りの5%が悪化しても無視するのが医学という学問です。現在の医学治療で悪化した残りの1%または5%未満の患者が難治性であり、それらの患者を治療するには現在の医学理論と真逆の治療をしなければならないのも当たり前の事実です。


つまり、医学をかたくなに信じている権威者(教授や知名度の高い医師)の治療方針と、難治性疾患を治そうとする医師の治療方針では、その治療法が真逆になります。もう一度言いますが、真逆になることが当然なのです。


もしも医学界の重鎮が提言する治療の真逆の治療をして、患者を悪化させた場合、その医師は社会的に抹殺され、さらに医師免許に傷がつくおそれがあります。このことを考えたことのある患者はいるでしょうか? いや、いないと思いますが、だからこそ難治性疾患を診ようとする医師がこの世に存在できないのです。難治性疾患にかかっている患者は全身全霊でその医師をサポートしなければなりません。サポートのやり方はいろいろあるでしょうが、治療師の業績になれるよう努力し、治療成果を逐一報告し、時に意見や忠告もし、他の人にも同様の治療ができるように資料を提供しなければなりません。それは極めて当たり前のことだと言うことを患者は知らなければなりません。


医師免許を持っていると、逆にクリエイティブな治療をすることが難しいということを理解しましょう。だからこそ、医師免許を持っていない代替医療師たちが治療をしてくれています。唯一、私のように医学界を覆すくらいの根性で努力している無謀な者だけが医師免許を持ちながら難治性疾患の治療法を創造できるのだということを知っておいてください。


そして常々、私は難治性疾患治療に従事することを辞めたいと思っています。あまりにも精神が疲弊するからです。患者たちがそれを許してくれないので続けているだけです。


患者は迷いに迷う

迷うなとは言いません。難治性疾患の治療師に身をゆだねて治療を続ければよいか? 知名度の高い権威のある医師の言う意見に追従するべきか? 迷って当然です。そして、治療師は患者の迷いこそが最大の治療妨害となっていることを認識しなければなりません。


迷う患者を信じさせるには、数回以内に症状改善の結果を出すことです。だから治療師は焦ってしまい、危険な治療に足を踏み入れ、そして病気の地雷を踏んで患者の恨みを買いつつ撃沈します。


地雷の代表格は先ほど述べた特異体質と特異システムです。最悪なことに、特異システムは他の医師が処方した薬剤によって作られることが多々あることです。まさに治療方針が真逆とはこのことです。


ただし、難治性疾患の患者は勇気を持たなければなりません。既存の知識では治らないことが判明している時点で、既存の医師の意見を参考にしてはいられないということに気づかなければなりません。


新しい治療が成功するとは限りませんが、挑戦しなければ前に進みません。前に進まない場合に、現状を受け入れる選択もあるということを忘れてはいけません。既存の治療に頼っていれば、ますます悪化していくことがあります。進むかとどまるか、拒否するか? いずれを選択するにも勇気と責任が必要です。


難治疾患は患者負担が莫大

難治性疾患を治療できる治療師はいつの時代も千年後の未来も、常に全国に少人数しか存在しません。これは難治であるがゆえの宿命です。そして難治を治せる治療師は「世の表舞台には出ない」という法則があります。


有名人の難治疾患を治療することで一躍脚光を浴びる治療師もおられますが、それは宝くじで1等が当たる確率よりも低いことです。日本では田中角栄の顔面神経麻痺をブロックで治癒させた若杉先生が有名です。


このように「難治性疾患を治せる者が少ない」という事実を裏返せば、難治性疾患を治すためには遠方からはるばる特別な技術を持つ治療師の元へ通院しなければならないことも必然です。そして特別な治療師は毎日何十人という難治性疾患の患者を治療していますので、「私は苦しいから特別扱いして診てほしい」というわがままが通用しないことも必然となります。ならば、入院施設を用意してほしいと思うかもしれませんが、再度言いますが、難治性疾患の治療師は表には出られません。表立って入院施設を持つことは経済的にも社会的にも許されていません。なぜなら、医学(国が世界が)が認めていない治療法だからです。


難治がゆえに、治療費が桁違いに高くなり、治療回数も長くなり、通院距離も遠くなり、その上リスクにとびこまなければならないという必然があります。この必然を乗り越えられる方だけが治療に成功をおさめることができます(保証はありませんが)。


つまり、患者負担が莫大です。よって病気をあきらめるのではなく、治そうとするならば、最初から強い(折れない)精神力が必要になります。折れない精神力を持ち、リスクが起こったら全て自己責任にできる方でなければ難治性疾患を治す機会を逃します。


すでに患者は難治性疾患に精神を侵され、治療師を信じきる心を失っています。しかし、不信の目を治療師に向けた時点で治療は終了です。不信感=治療終了の合図、となることを知らなければなりません。つまり、治療を終了させるのは常に患者側です。だから難治性疾患は治療が難しいと言えます。


詐欺師が潜む難治治療

難治性疾患の患者は常に「迷いの中」を生きています。目の前の治療師を信じていいのか? この治療法であっているのか? の迷いです。選択肢を誤れば悪化し、さらなる地獄へ落ちてゆく恐怖にさいなまれています。また、難治性疾患の治療師には詐欺師も潜んでいるため騙されて大金を奪われることも普通です。治療師によっては「アドバイスが真逆である」ことが多々あります。誰を信じていいのか迷います。


患者は唯一、自分の苦痛を少しでも和らげることができる治療法だけを選ぼうとするため、根本治療ではなく、姑息治療を選んでしまう傾向にあります。よって詐欺にあいやすくなります。大切なことは「自分の責任において選んだ治療師を信じ切る」ことであり、「信じた自分を信じる」ことです。


難治性疾患の患者は「治せるという保証」を求めます。「誰も治せないから難治」であるというのに、治る保証という「ないものねだり」をしてきます。しかもないものねだりをする患者はたいてい治療師の指示に従いません。そもそもこういう方は難治治療に不向きですので治療をあきらめて自然治癒を目指す以外に道はありません。


難治性疾患を治療する治療師は、「あらゆる治療を試す」ということを行います。治療に王道も答えもないことを知っているからです。つまり、一流の難治性疾患治療師は常にあらゆる治療法を組み合わせてバリエーションを変えます。これを別の言い方にすると「一流の治療師は治療法を迷うことに迷いがない」となります。一流の治療師は「迷い道に深く入り込むことに迷いがない」のです。


勇気をもって、堂々と自ら迷い道に入り込むことではじめて難治性疾患の治療の糸口を見つけます。その迷い道には地雷や落とし穴だらけです。いつ自分にも危害が及ぶかわかりません。その危害を回避しながら迷いの森へと迷いなく入り込んでいきます。


そして患者は迷いの森を進もうとする勇気ある治療師に不信の目を向けます。確立された治療法がないのに「治療を試そう」とする治療師に不信の目を向けます。まるで「私の体で実験しないでください」とでも言いたげです。この時点で治療は終了です。


難治性疾患に確立された治療法がないのは当然であり、「治療を試さないで」と言った時点で「ないものねだり」になっていることが患者にはわかっていません。


そうではなく、この「訴訟天国」と呼ばれる時代に「治療を試してくれる」医師は皆無だというのに、患者の幸福のためだけを思って「治療を試そう」としてくれている治療師に不信感を示してどうするのでしょう? 難治性=確立された治療法がない ということを患者はなぜ理解できないのでしょうか? 残念ながら、迷いの森で治療師についていくことができなければ治療は終了です。そこまでかけた労力は全て水の泡です。患者も苦痛ですが、治療師の方も苦痛です。本気で患者を治そうとする治療師は、必ず代金以上の奉仕活動をしていますから、その奉仕活動分の大金がすべて水の泡になります。


ネガティブキャンペーンという治療妨害

不信感の強い患者は「治療成果を口にしない」という特徴があります。難治性疾患の治療師にとっては「治療成果」こそが次に打つ手を考える治療指針となります。しかし、ネガティブな患者は治療によって「改善したこと」を一切しゃべりません。まるで与党に反論する野党のキャンペーンです。


例えば、「治療後に食欲が多少出ました」ということは口に出さず、「現在も便秘が続いています」という「自分の体に起こっている今現在の悪い部分」のことしか言いません。「体に一瞬でも起こったいるよいこと」は治療の成果である可能性がありますが、ネガティブな患者はそれを成果だとは認めようとしないものです。よって次回の治療方針が立てられず、結果的に「治療をしているのに悪化しかしていない」という印象になります。


こうなると、実際には治療が成功しているにもかかわらず、治療師は「失敗に終わった」と考えるようになり、一つ一つ治療の手を中断して行くことになります。そして最後に打つ手がなくなると治療が終わりです。


満足の行く治療成果が得られていなければ、「治療成功」とは考えないネガティブな患者の場合、それは治療妨害となることを知っておかなければなりません。答えのない迷いの森に入っていく治療師に、出口の糸口となるヒントを差し出さない患者は、治療師を「迷いの罠」にかけてしまいます。これが恩を仇で返すことになっているということを認識しておいてください。


難治性疾患の治療に挑む患者は、「常に自分の体に起こった変化を客観的に治療師に伝える義務」があります。「私は医者じゃないからわからない」と言って何もしゃべらない患者がいますが、そんな患者は、難治性疾患を治してもらう資格がありません。治療師を迷いの罠にはめたくないのであれば、全身全霊で自分の体の変化をチェックし、治療との因果関係(特に少しでも改善した症状)を正しく言えるようにしておかなければなりません。


人のからだは同じではない

難治性疾患をわずらってしまう理由の最大は体質です。免疫系が過敏である、動脈が細いなどの遺伝的な体質が根本にあります。現代西洋医学では「全ての人間が同じ構造をもつことを原則としているため、特異体質を持つ人は存在しないことになっています。


しかし実際は抗生物質を服用しただけで、体中の皮膚が壊死を起こし、失明するスティーブンジョンソン症候群などの特異体質を持つ方が存在し、そうした特異体質の軽度なものを持つ者の数は決して少なくありません。


難治性疾患はそうした特異体質を持つ人が、些細なきっかけで発症させますから、現代医学では理解不能となります。そして、このようなデリケートすぎる体質をもつ人の場合、普通に行う普通の治療で症状が悪化することがあります。治療とからだの何かが反応するためです。


このようなデリケートな体質が存在し、難治性疾患の患者の場合は「例外なくデリケートな体質」であるからこそ、治療師は次元を超えた幅広い知識(医学を超えた知識)を持つ必要があります。そして、治療の技術も卓越していなければなりません。


技術がいくら卓越していても難治性疾患の治療は無理で、超高度な万物を見通す見識眼が必要です。そうでなければ、地雷を踏み、落とし穴にはまります。


難治性疾患治療では、特異体質を持つ患者のみが集まります。それらを全て「頭がおかしい」とする現代医学に立ち向かうための勉強と研究も必要です。人のからだは同じではないからです。


私はおそらく難治性疾患を専門に治す医師として非常に多くの勉強と研究を重ねています。そして現医学の次元を超えた幅広い知識とデリケートな治療を行っていますが、それでも私の言葉を信じない患者が大勢来られます。悲しいことです。


患者は「全てを説明してほしい」わけですが、次元を超えた医学理論であるだけに、説明したところで理解できるはずもありません。「あなたには理解できないと思います」と真実を患者に述べると、患者は激怒し不信感を持ちます。患者はみな自分が特異体質の持ち主であることを知らないのか、それとも知らないフリをしているのか、治療で症状が悪化すれば、それを全て治療師のせいにし、自分には全く責任がないような顔をされます。


難治性疾患の治療では、かくも理解してもらえないところで、患者に不信感をつきつけられながら、命を張って治療を行わなければならず、非常に理不尽な毎日を過ごしています。

おそらく、医学がどれほど進歩しても難治性疾患に挑む治療師は、こうした理不尽と戦うことになります。


特異体質と難治性疾患

人のからだは同じではないという意見を前回述べましたが、真実は「95%(99%)は同じ範疇に入る」中で「5%(1%)以下の人間に特異体質がある」と考えてよいでしょう。統計学的な考え方ですが・・・。

難治性疾患を治そうとする治療師は、この5%(1%)未満の特異体質を理解しようとする者です。


そうした特異体質を本人がわかっていない、医学書にも載っていない、インターネットを探しても見つけられない、という中で理解しようとする治療師は極めて貴重な存在です。


別に特異体質を理解しなくても治療はできますが、治療の際に症状が悪化することを想定できないことになります。そして一度手痛い失敗を経験すれば「特異体質の患者には近寄りたくない」と思うはずです。


しかし、真に難治性疾患を治そうとするなら、特異体質を理解しなければ、患者をデリケートに治療することができません。知らなければ治療がガサツになるでしょう。


私は、おそらく難治性疾患の患者より、患者の体質について深く理解しています。しかし、患者は「私が特異体質を理解していること」を決して信じません。それはこれまでにさんざん多くの医師がガサツに治療して失敗してきているからです。私も同類と思われています。


そこで私は最初からデリケートに治療を始めるために、遠距離の通院はご遠慮願い、近くに宿泊しながらの治療を計画するのですが、そのアドバイスに従うこともなく、患者の都合で来院します。そしてブロックしてリバウンドがきつくてドロップアウトです。


もちろん、宿泊で通院するにはかなりハードルが高いことはわかります。まず1回治療を受けてから考える・・・としたいのはわかります。しかし、特異体質による症状悪化は、連続の治療でしか防げないことがあり、私に張り付いていないと対応しきれません。しかし、毎回単発治療で来院されるため、リバウンドがきつくて中止になります。つまり、特異システムが出来あがってしまっている患者の場合、「治療を試す」だけでも1週間の滞在が必要なのです。患者はそんな私のアドバイスを簡単に無視します。


結局、患者は私のことを「そこらじゅうにいる普通の医師」と同じくらいにしか信用しておらず、そのために私のアドバイスどおりに動くことはなく、治療を中止せざるを得なくなります。おそらく、私ほど特異体質を理解している医師はいないと思っていますが、患者は理解してくれません。非常に残念です。


難治性疾患を治療するには、特異体質であることを前提に、極めてデリケートな治療が必要です。例えば、ブロック注射をする際に、枕の高さを念入りに調整するなどのデリケートさです。なぜならば、少し悪い姿勢を5分も続ければ、特異体質の人は呼吸困難の発作を起こすからです。


逆に言うと、そういうデリケートさがなければ難治性疾患を治療する資格はありません。しかし、患者側はそのデリケートささえも信じることはなく、自分の意のままに医師を動かそうと考えるようです。


ここにこのように書くのは、難治性疾患をなめておられるのは患者本人であるということを強調したいからです。難治を治すには極めて険しい断崖絶壁を登るようなものであるという真実から逃げてばかりの患者に、「自分の体から逃げるな!」との最終通告です。


特異体質=頭がおかしい

特異体質をお持ちの方々はこれだけは絶対に覚えておいてください。特異の意味はその疾患人口の1%未満にしか存在しないと言う意味です。これは統計学です。西洋医学は統計学を悪用し(本当はやってはいけないのですが)1%未満にしか起こり得ないこと=「あり得ない」 と断言してしまうことがまかり通ってしまっています。つまり、特異体質による特異な症状は「あり得ない」ことであり、「あり得ないことが起こる理由」は「あなたの頭がおかしい」からであると結論付けてよいことになっています。よって、特異体質を持つ方は、「一度心療内科にかかってください」と言われます。まさに統計学の悪用であり、この悪用のおかげで医師たちは「やっかいごとにまきこまれることなく日常業務ができる」わけです。

特異体質の患者には治療法が確立されていませんので、医師にとっては避けるべきやっかいごとであり、避けなければ日常業務が成り立ちません。よって特異体質=頭がおかしい、とすることは社会的に認められるというシステムがあります。まずはシステムを理解しなければなりません。医学に対して怒りを抱く前に、システムがなければ社会は動かないことを知らなければなりません。あなたがたは大人なのですから。

その中で、特異体質の患者に大胆な治療をしようとすることは医師にとって命がけになることも理解しなければなりません。特異体質を理解する医師がこの世に存在すること自体が極めて稀なことであると理解しなければ「ないものねだり」をすることになります。特異体質に対し、命がけで治療しようとしている医師に対して敬意を十分に払わなければなりません。敬意がない特異体質患者を治療すれば、その医師は命がけではなく命とりになります。


患者の意見は最重要

ここでは個人的な意見を述べます。難治性疾患と毎日24時間闘っている患者は、自分の体の異変について誰よりも知っています。そして人間の勘はどんな精密機械よりも優秀であり、たまに誤動作はするものの「患者の勘」に従うことが特異体質の治療に有効であることが多いと感じます。そこで私はできるだけ患者の勘におつきあいすることにしています。治療に患者の意見をとりいれるのです。

難治性疾患治療は道なき道ですから、患者の意見に完全にそって治療することも必要です。しかし、患者の意見に沿うことは厚生労働省の治療指針に逆らうことを意味していることを知ってください。学会、教授、先輩医師、行政、国に逆らうことを意味し、医師にとっては精神的負担が莫大です。よって、医師が患者の意見をとりいれた治療をする場合は、その精神的コストも考えると、実際にかかった費用の10倍以上の費用がかかっていると考えてください。その金額を請求することはありませんが、そのくらい大変な厄介事に引きずり込んでいます。このことは絶対に忘れてはいけません。真実だからです。

そして最終的に私のような「患者の特異体質を理解する特殊な医師」の意見と、患者の意見が割れることがあります。その理由は私の治療に従うことが苦痛を伴う場合です。どちらが正しいかは神様しか知り得ません。だからその時は私の意見を無視していただいてもかまいません。


難治性疾患は永遠です

医学が進歩して、今の時代に難治であるものも千年後には普通に治せるようになっています。その千年後にも「難治の疾患」が必ず存在し、それらを治すには患者・治療師、共に莫大な労力がかかります。それは未来永劫変わりません。


難治性疾患の治療師は極めて希少な存在です。そして患者はその治療師に全身全霊をもって敬意を示してしかるべきです。「難治とは何か?なぜ治り難いのか?」を考えた時に、「それは現医学で治療法が確立されていない症状が出ているからだ」と素直に認めなければなりません。


患者のみではなく治療師も認めなければならない事実です。治療師が「この症状への治療法は現医学で確立されていない」ことを知れば、「マニュアル通りの治療で治るはずがない」ことを悟ることができるからです。逆に言うと、難治の疾患にマニュアルを適用させる治療師ほど愚か者はいません。そしてその愚か者が一般の医者たちです。基本的に厚生労働省はマニュアル以外の治療を認めていませんので無理もありません。


医師たちがマニュアル通りに治療しても治らない患者は「頭がおかしい」としてしまう愚かさから抜け出すことは、多分、未来においても無理でしょう。なぜなら、この愚かさから抜け出せるのは、いつの時代も、既成概念にとらわれず真実を見ようとした希少な治療師だけだからです。


難治性疾患を治せるのは常に一握りの存在です。そして、その一握りの治療師に出会った幸運な患者も、治療師に不信感を向けて治療を自ら終わらせてしまいます。難治性とは何か?を各自がもう少しまじめに考えるべきではないでしょうか? 真実から目をそらさず、まじめに考えてください。治療師にすべて丸投げですまないのが難治性疾患です。特異体質や恒常性の低下が起こっている者は自分の体に責任を持たなければなりません。他人に治療を依頼する前に、自分の体質と向き合ってください。そして、それらを理解できる希少な治療師を探す義務があり、お金も労力もかかることを覚悟する必要があります。


私は難治性疾患にたずさわろうとする治療師を一人でも多く世に輩出するために、このような文章を書いています。


最後に

全ての治療をあきらめ、自然に任せることは最善の難治性疾患の治療になりうることも忘れないでください。

難病治療・筋膜リリース・腱引き・その威力

2017年治療成績

はじめに

線維筋痛症学会ではトリガーポイント注射に続き、筋膜リリースという治療法を編み出し、そこに多くの難治性疼痛を治せる可能性を見出しおおいに沸き立っています。線維筋痛症学会は正統派の医学会からは離れ(診療科がない)、独自の理論展開をするある意味亜流の学会です。が、その分柔軟性は高く、あらゆる科の個性派の医師たちが痛みを取り除くための意見を交わします。現医学では解明されていない疼痛領域の治療法研究ですので科学的に検証することは難しいのですが、彼らなりに科学理論を追究し、そしてなかなか治らない疼痛症状を治す実績もあります(テレビで紹介されている)。


ここでは最近話題となっている筋膜リリースという治療法に着目し、なぜ筋膜(筋溝間)に生食を注射しただけで様々な不可解な症状を改善させることができるのか?について考えます。


一方、筋膜リリースは線維筋痛症学会の医師らによって最近にわかに注目を浴びてきた治療法ですが、実はその概念はすでに日本では江戸時代以前からありました。「腱引き」という日本古来の伝統療法です。ここでは、筋膜リリースでなぜ治るのか? を考えるとともに、いろんな難病奇病が代替医療者たちの手で改善できる原理を考えます。そして最後に「腱引き」について紹介します。難病奇病に悩んでいる方はぜひ最後までお読みください。


代替医療の威力

代替医療が西洋医学で治せない疾患・症状を治してしまえるという事実は普通に生きていたのではわかりません。正直な話、私も知りませんでした。代替医療の治療師たちは捻挫で腫れた足首を10分ほどの施術で歩けるようにしたり、寝違えで首が動かない患者の首を動けるようにしたり、五十肩で腕が挙がらない患者を即効で挙がるようにできたり、など西洋医学では奇蹟と呼べるような治療を日常的に普通に行っています。また、さらに上を行く技術として難聴治療、精神病治療、自律神経失調症の治療など、西洋医学では薬でごまかすしかない病気を根本的に治す技術もあります。


そうした事実を知らないのはむしろ西洋医学の医師であり、また健康に生きている人たちも一生知ることがありません。

実際に奇蹟的な治療の威力に驚かされるのは、自分が西洋医学ではなかなか治らない病気にかかり、何軒も何年も病院を渡り歩いても全く改善せず、そして代替医療で10分ほど治療してその症状がすっかり治ってしまった時です。


筋膜リリースは医師が行う代替医療

筋膜リリースは痛みを改善できる驚きの治療法の一つです(痛みが改善できる理由が未解明)。全てを治せるものではありませんが、医師が行う画期的な疼痛治療としてテレビなどで紹介され注目されています。筋溝間に生理食塩水を入れてスペースを作るだけの治療ですが、これが著効して驚くべき治療効果が発揮される例が報告されています。


医師が行う筋膜リリースであっても保険では認められていない治療法ですから、ある意味これも代替医療の一つです。筋膜リリースを行う医師の多くは、「ほとんど無料か安い治療費」で提供するしかありませんのでボランティア活動になっています。筋膜リリースには超音波を用い行いますが、機材の使用料も含めて高額な技術料金がかかっているにもかかわらずその料金を請求できません。こうした「ほとんど無料」の治療は残念ながら日本中に広がることはまずありません。無料であれば経営が成り立たないからです。よって、医師にとっては趣味の一環で治すという屈辱的なポジションにあり、どこでも受診できるという気軽な治療にはならないでしょう。にもかかわらず行われる理由は、今まで整形外科医が治せなかった病気を瞬間芸で治してしまうことのできる優越感を得られるからだといえます。


真に広がる医療は、必ず対価が発生するものであり、そういう意味では筋膜リリースは治療として普及しにくい現実があります。


私は以前からいろんな種類のブロック注射を駆使し、瞬間芸で患者たちを治すという芸当を行ってきましたが、それに見合う正当な料金を患者に請求することができませんでした。よって私のブロックもまた代替医療の一種です。西洋医学者が行う治療であっても、厚生労働省が認めていない治療は代替医療です。私のブロックが私にしかできない理由は、まさに「お金にならない」ところにあります。


代替医療、その痛み治療の原理

鍼灸、スポーツトレーナーの運動療法、理学療法、カイロプラクティク、筋膜リリース、指圧、ホメオパシーなど、そのどれもが「なぜ治るのか?」の原理はほとんど推測の域を脱しません。しかし、解明されていない→治っても信憑性がない→治療法が広がらない、という悪循環だけは避けなければなりません。代替医療が西洋医学で治せない痛みを次々と治せるからです。治せるものは普及させなければ患者が不幸になります。以下に、なぜ代替医療が西洋医学で治せない様々な病気を治せるのかの原理について推論します。


治療原理1 バランス理論

筋肉が収縮し骨を引っ張り関節が動き、屈曲伸展回転などの運動をしますが、その際に屈筋と伸筋が調和して動きのバランスをとります。どちらかが強く効きすぎたり、効かなかったりすると関節に加わる力がアンバランスとなり、関節の一部に強い力が加わる、腱鞘内で炎症が起こる、筋溝間で神経血管が圧迫を受けるなどの不具合が生じるでしょう。


この屈筋・伸筋のバランスを改善させるために、運動でアプローチ(トレーナー・理学療法)・筋のマッサージ指圧でアプローチ(腱引き・指圧)・姿勢でアプローチ(カイロプラクティク)、などがあります。


例えば屈筋優位なら伸筋を刺激し、伸筋が優位なら屈筋を刺激し、アンバランスさを調整する方法が考えられます。例えば伸筋を十分に効かせた状態で屈筋を使う動作をさせ無理のない動きをさせることによって局所の循環を改善させます。

そしてバランスを整えるだけで症状が劇的に改善することが多々あります。


バランスを整える手技は各代替医療のやり方で相違がありますが、痛みのある場所とことなる部位を刺激したり、遠隔部位の筋肉を効かしたりすることになるため、なかなか理解しにくいかもしれません。例えば首の周囲のバランスを整えるには接地点である足元から治療をしなければなりません。かつ、筋肉のバランスを考えるには経験と診断能力が必要なので誰にでもできる治療ではありません。一流の、理学療法士、スポーツトレーナー、指圧師、カイロプラクター、腱引き師などによってのみできることです。


ただしバランスが整って局所の悪循環が改善されるのは永久ではありません。持続時間は患者の体質や生活態度により変わると思われ、この時間をどれだけ長くもたせることができるか?が代替医療師たちの腕の見せ所です。


治療理論2 脊椎バランス理論

不可思議な痛み、不可思議な内臓の不調、自律神経失調症、難病中の難病のALS、突発性難聴、眼瞼下垂・・・など原因不明な病気の原因のほとんどは脊椎由来と言っても過言ではありません。しかし、脊椎由来で内臓や自律神経、果ては脳にまで障害を起こすということを認識しているのはそれらを治すことを経験している達人の治療師のみです。


一般に「神の手」を持つとされている超越した治療師たちは必ず最後には脊椎のバランス異常を見抜く眼力を持ちます。つまり真実に知識が到達するという意味です。現在の西洋医学では数百年かかるである知識の到達点に、達人たちは到達します。


私は「脊髄・脊椎不適合症候群」という診断名で脊椎由来の病気の原因推定でおそらく真実と呼べる領域にたどり着いたと思っています。たどり着いたとしても、その不適合をどうやれば治せるか?に悩み、私なりに西洋医学でブロック注射でその病態を改善する手法を編み出しています。


「脊髄・脊椎の不適合」とは陸棲脊椎動物の進化上の弱点を意味します。脊椎を前屈させる動作は必ず脊髄を引き伸ばしてしまうという弱点です。人間においてはストレートネック、ストレートバックなどが起こると、脊髄が脊椎によって引き伸ばされて緊張がかかり、脊髄が脳や脳幹を下に引っ張る形になります。また、ねじれや側彎があると、ある特定の姿勢で脊髄が強く尾側にひっぱられる可能性があります。普通に立っているだけでも脊髄や脳幹が損傷を受ける人もいると思われます。


代替医療の達人たちは、実際に目の前にある脊椎と脊髄のアンバランスさを見て触って感じ、そして物理的に脊椎軸を矯正してアンバランスさを取り除き、脊髄に強い緊張がかからないようにできる(永遠ではないが)と思われます。


彼らは先ほど述べた伸筋と屈筋のアンバランスさ改善の応用で、姿勢筋のアンバランスさを調整することで脊髄・脊椎不適合を改善させるのであろうと推測しています。


優秀なカイロプラクターはこの「脊髄・脊椎不適合の原理」を認識していると思われ、さまざまな難病を「脊椎の軸を正常化させること」で治すことを可能にしていると思われます。


「腱引き」においても脊椎の軸を正常化させる手技が存在し、実際に多くの難治性疾患患者を改善させている実績があるようです。しかしながら、どんな一流の施術の達人でも親から受け継いだ「遺伝的な骨格」を変えることはできません。ですから、せっかく施術の際に脊椎の軸が改善しても、すぐに元に戻ってしまうことは否定できません。施術者たちはどんなに逆立ちしても人の遺伝子を変えることは不可能だからです。ですが、脊椎軸が悪い人には悪い人なりの防止策があります。一流の施術者たちはそれを患者に教えます。


治療理論3 スイッチング理論

痛み信号は実際に電気信号が脳の痛みを感じるエリアに到達することで「痛み」として感じます。しかし、人間の知覚は全てが脳に伝えられるわけではなく、知覚信号が脳に届くまでに神経節で取捨選択(スイッチング)されると思われます。有名なゲートコントロール理論もその考え方の一つです。スイッチングの詳細は不明ですが信号には優劣があり、太い神経線維の電気信号が通ると、細い神経線維の電気信号が遮断されると考えられています。これを利用すれば、太い神経線維の位置覚・深部知覚(圧覚)を刺激すれば、細い神経線維の痛覚を遮断できるとなり、これがマッサージや指圧により「痛みが改善する原理」と考えられています。


トリガーポイント注射や鍼灸で痛みが軽快する理由は、このゲートコントロール理論が関係していると推測されます(真実は誰にもわかりませんが)。

理論上、スイッチングでブロックされるのは痛覚だけではなく、交感(副交感?)神経の信号もブロックされる可能性があり、ある1箇所を刺激すればある内臓へ行く血管を拡張させることも理論上可能でしょう。よって一点を指圧すると内臓の不調や自律神経失調症などを改善させることもできると思われます。


どこを刺激すればどのような効果が現れるのか?は古くから鍼灸や指圧の治療師が研究に研究を重ねてきました。例えばそれを経絡(けいらく)と呼ぶのであろうと推測します。鍼灸師や指圧師が経絡を突いて様々な難病を治すことができるのは、このスイッチングの原理(神経作用の連動や抑制・刺激)と思われます。


ただし、「どこを突けば何が改善されるのか?」は個人差があり、そして病気の種類や病気の重なり具合によって多種多様です。治療には極めて多くの情報処理が必要になるため、勉強してもたやすく身に付きません。よって治療師の経験と熱意が治療成績の差を生みます。そして最終的に1回100万円の治療と1回3000円の治療の値段格差が生まれますが、100万円の治療師の脳には莫大な診療データが存在するはずです。よって達人級の治療師の技術は師匠から弟子へと受け継ぐことが難しいと言えます。


奇蹟的な難病治療の治療師は世の中にわずかに存在しますが、彼らが死ねばその技術はそこで終わります。それを繰り返すからこそ代替医療は発展しにくいという負の宿命があります。まことに残念なことです。


そうさせないためには達人級の治療師たちが集まり、情報を集め、共通のいいまわしで文書に残さなければなりません。しかし、そこに達人たちのメリットがなく、共通のいいまわしの際にプライドが傷つくなどのマイナスがあるので実現が困難です。医学書に掲載されていない効果や原理を現在の医学用語を用いて表すことに、達人級の治療師たちの大きな抵抗があるからです。


つぼを押すだけで胃炎や便秘、自律神経失調症から内臓機能異常まで、経口薬では治らないような病状を治癒させることができる達人の技がありますが、これらの妙技はスイッチングの原理を利用している可能性があります。


鍼灸・指圧・腱引きなどがこうしたスイッチング治療に対応していると思われます。トリガーポイント注射も西洋医学では理解できないような抜群の副産物的な治療効果を発揮することがありますが、これもスイッチング治療である可能性があります。


スイッチング治療は、病状と関連したポイントを見つけ出せる能力に全てがかかっているわけで、単に「痛いところを刺激する」だけでは治せません。


治療理論4 内圧減圧

筋や腱が腫れたり、いつもと違う位置に移動してしまったりすると筋膜同士に摩擦がおこり、局所に浮腫を作り、これがさらに筋腱の位置関係を悪化させます。筋と筋の間には神経や血管、リンパ管が通っていて、これらに強い圧力がかかるようになります。圧力が慢性化すると癒着が起こり、24時間持続する症状が出ることも考えられます。


また、普段通る神経の道筋を逸脱することで神経に強い緊張がかかり、圧迫とは異なる原理で神経の根元部分が損傷(引き抜き損傷のようなもの)することもあるでしょう。


神経が圧迫・損傷した場合の痛みは現医学でも解明されておらず、広範囲な痛みやしびれを伴う場合、冷えを感じる場合、圧がかかっている場所とは全く異なる場所に腫れができる場合など複雑怪奇です(複雑怪奇であることを知らない医師は意外にも多い)。こうして受傷部位とは異なる遠隔地に痛みや腫れが出る場合が少なからずありますが、病院に行くと「精神がおかしい」と言われてしまいます。それほど現医学では治すこと、原因を予測することが難しい症状です。逆に言うと、原因を見つける能力こそが治療技術そのものとなります。達人の治療師と普通の治療師との違いがそこにあります。


こうした症状を治療するには、内圧上昇の原因となっている箇所の、さらに原因となっている筋・腱に対し1、正しい位置関係に筋腱を戻す。2、筋溝間の癒着を解消し神経や血管に圧がかかりにくくなるようにする。3、浮腫を除去する。などを行わなければなりません。


  •  1、正しい位置関係に筋腱を戻すには局所を指圧で矯正するテクニック、そして全身の骨格バランスを矯正するテクニックなどが必要と思われます。カイロプラクティクや腱引き、指圧が得意とする分野です。
  •  2、筋溝間の癒着を解消(はがす)は筋膜リリースの概念ですが、この手技は1の「正しい位置関係に筋腱を戻す」という効果もあると思われます。筋溝の癒着がはがれると、血管や神経の自由度が増し、「動作時の痛みが軽減する」可能性があります。寝違えや捻挫に効果が高いと思われます。
  • また、胸郭出口症候群や梨状筋症候群のように筋肉が神経を絞扼するようなパターンにも筋膜リリースは有効でしょう。腱引きはこうした「筋膜リリース」の癒着はがしと同様なことを「指で腱を引く」ことで達成させると思われます。血管が圧迫を受けている病態の場合、筋溝間のリリースは血行改善の効果が強力に得られるでしょう。カイロプラクティックの一部の手技でも筋膜リリースと同様なことが可能と思われます。ただし、筋膜リリースで全てが治るわけではなく、真に「筋溝間に原因があった場合にのみ」効果が得られます。筋膜リリースで症状が悪化した方も私の元へ治療に来られていますので、筋膜リリースが万能というイメージ(マスコミが作り上げたイメージ)は捨てたほうがよいでしょう。
  • 3、浮腫を除去することは治療には極めて重要です。リンパマッサージが代替医療の中では浮腫軽減手技の代表ですが、腱引きでは静脈やリンパの走行にそって指圧で浮腫を改善させる技術を行っておりかなり優秀です。なぜなら、静脈やリンパの走行を研究しているからです。彼らはやみくもにマッサージしているわけではなく、体液の帰る道筋を考えながらマッサージしています。鍼灸でも針刺激で浮腫を軽減させる技術があります。しかし鍼を打つことでなぜ浮腫が軽減するかの原理は不明です。西洋医学には浮腫を改善させる治療法はステロイド注射くらいしかありません。

 


治療理論5 血行改善

体内で起こる不具合にはほとんどが炎症→浮腫→血行障害→免疫障害→壊死細胞の蓄積、という病態が起こっていると思われ、血行を改善させることはどんな病気(難病)にも極めて有効な手段です。しかし、血行不良が「どこ?」にあるかで病態は全く違ったものになります。


  • 1、抹消で起こっている血行障害=炎症、浮腫
  • 2、大動脈から分岐した固有動脈レベルから抹消動脈レベルの血行障害=紋扼性→しびれや知覚異常。筋肉・腱・骨に至るまで全体的に萎縮し表現できない鈍い痛みや冷感を伴う。内臓や内分泌系の固有動脈では正体不明の機能不全が起こる。
  • 3、交感神経の異常で動脈が収縮してしまい、2と同様な状況になるRSD(反射性交感神経性筋萎縮症、最近では慢性複合性疼痛障害CRPSと呼ばれる)。
  • 4、神経根の血流障害で起こる様々な症状。特に反射や軸索輸送が原因?で起こる末梢神経の末端の炎症や浮腫(このことを認識できる医師はほとんどいない)。
  • 5、脊髄から脳幹、視床の血行障害ではあらゆる不可解な知覚異常、疼痛、不快感、運動異常、内臓の機能破綻(現医学では解明されていない)。脊髄・脊椎不適合由来の脳幹の血流障害。
  • 6、自律神経核の血行障害では全ての臓器の自律能が機能不全を起こし万病の元となる(5の一部の病態)。それだけではなく感情の動きで血圧・脈拍が上がる、汗が出る、顔がほてる、気分不快になるなどが起こり、不安神経症、強迫神経症などの精神障害の根本原因になる。

血行障害はほとんど「全ての病気の原因」となっていますから真に障害されている血行を改善させることができれば「どんなに難治性の病気であっても治る」可能性があります。よって西洋医学で治らない病気を代替医療で治す場合は血行障害を「どう治すか?」にかかわってきます。


しかしながら、どこに真の原因となる血行障害があるのか?は誰にもわかりません(細動脈レベルの血行障害は検査では調べられない)。よって治療者は血行障害の「真の原因となる部位」を推測できる能力が極めて重要となります。血行障害を改善させることの技術よりも、血行障害がどこかにあるかもしれないと推測する考察力のほうがはるかに上の能力です。そして先生方が「どれほど難治性の疾患を治せるか?」はこの「血行障害箇所をつきとめる」能力の高さに依存します。


例えば、精神科で見られる多くの精神症状が、真に精神の異常ではなく、脳幹や脳の血行不良であることをつきとめ、実際に多くの精神疾患を完治させている代替医療の先生方もおられます。

医学書には記載されていないような難解な原因をつきとめる能力が達人の能力です。


筋膜リリースでは筋溝間にある血管(動静脈)の血行不良を改善させることによりさまざまな治療効果を生み出すでしょう。しかし、「どこの筋膜をリリースすればどの症状に効果があるのか?」は未知数であり、筋膜をリリースする技術よりも、「どこをリリースすれば何に効くのか?」を考察する能力の方が圧倒的に治療力に左右します。ですから筋膜リリースはその手技が的確であるかよりも、どこをリリースするか?を考える頭脳力の方が重要であり、術者の頭脳力によって治療成績が大きく変わります。


特にどうすれば内臓や内分泌腺、中枢神経(脊髄・脳幹・脳)への血流増加を促すことができるか?が難治性疾患治療の鍵となります。この分野の研究は西洋医学ではゼロに等しいので代替医療の方が格段に進歩していると言えます。西洋医学では証拠が示すことのできない研究は業績として認められないという慣習があるため日常の難病治療の分野では進歩しないという事情があります。


代替医療では実際に難治性疾患を治療した実績を元に治療理論が開発されていますが、治療実績は経験でしかないため、達人の技(達人の治療データ)が多くの人に伝えることが困難です。ですから難病は一部の優れた治療師にしか治せないものとなります。


代替医療では西洋医学ではできないようなあらゆる箇所の循環不全を取り除くことができます。ここではそのうちの特殊な手法を紹介します。

  •  1、特殊な手技で静脈・リンパ系をマッサージし、心臓へと体液を返すことで結果的に動脈血流量を改善させる方法。この方法はどこの静脈・リンパ系に着手すればどこの動脈血流量が増えるのかを考察することが難しい。

 

  • 2、筋肉を収縮させ、適切な運動を行うことで動脈血流量を増やす(筋ポンプ作用)。この方法は伸筋と屈筋のバランスが重要ですので姿勢や関節の位置、動かす強さなどのコントロールが極めて難しく、治療師の技術に大差が出てしまいます。

 

  • 3、ダイレクトに固有動脈、その周囲を刺激する(腱引きなどにそうした技術があります)。固有動脈は体表には存在しませんので、体の最も深い部分を刺激しなければなりません。西洋医学ではそんなことは無理だと最初から手をつけようともしませんが、代替医療には様々な奥義が存在します。透析患者の腎機能を回復させるなどの奇蹟的な治療も不可能ではないそうです。

 

  • 4、理論上、血管の収縮を支配している交感神経を効かなくさせることで強制的にその神経が支配する血管の血流量を改善させることができます。が、この技術は代替医療よりもペインクリニックの医師の方が優秀かもしれません。

 

  • 5、姿勢を矯正し「脳・脊髄への血行」を改善させる技術があります。脳や中枢神経由来の難病を治せる可能性がここにあります。一流の治療師は必ずこの域に達していると思われます。

 


人間の病気の全てに血行障害が関わっていることは誰もが知っている常識です。血行を改善させることが出来ればあらゆる難病を治せる可能性があります。しかし、大動脈やそこから分岐する固有動脈の血行改善をリスクなく行うことはとても難しい技術です。今のところ西洋医学では選択的な交感神経節ブロックや硬膜外ブロックがそれにあたります。が、さすがにブロックリスクがつきまといます。達人クラスの代替医療者は、それを低いリスクで行える人もいるようです。


治療理論6 免疫系

全ての病気に血行不良が関わっているという常識とともに、全ての病気に免疫系が関わっているという常識も存在します。しかし、免疫系は医学が「もっとも研究が遅れている分野」ですから誰もその真実を知りません。真実が見えていない場所では西洋医学は発展しようがなく、現在ある治療は「免疫を抑制する」という方法にほぼ限定されます。先進医療として自己白血球を利用したものがありますがまだまだ実用レベルではありません。


免疫系は達人クラスの代替医療者でさえ「なかなか手をつけられない」領域です。難病を治した際には必ず免疫系にも治療が影響しているはずですが、免疫は目に見えませんので情報を得ることができません。よってどこをどう刺激すれば免疫系が活性化、正常化するのか?を知ることは困難です。ただただ、達人クラスの治療師が行ってきた自分の頭の中にある治療ガイドラインの中に「免疫系を改善させることができる手技」が含まれていると思われます。


古くからある免疫抑制の代表はクーリングであり、湿布もその一つです。また、リンパ灌流や浮腫軽減指圧なども免疫系改善と密接な関係があるはずです。


西洋医学では「免疫抑制」に関しては代替医療のはるか上の技術があります。最近はレミケードという極めて効果の高い免疫抑制の薬剤が開発されました。免疫抑制はステロイドがその代表であり、50年前は「ステロイドは何にでも効く奇蹟の薬」として乱用されました。しかし、免疫抑制は過剰になると細胞の死骸の山(膠原線維化)を作り、大きな傷跡を残します。よってその使い方が極めて難しく、現在でも免疫抑制を正しく使えている医学者はほぼ皆無に等しいと言えます(免疫システムが解明されていないことによる)。


しかしながら免疫抑制薬を微妙なさじ加減で使用できる医師が誕生すれば、様々な難病に対処できるでしょう。免疫抑制の分野では代替医療者は治療力が西洋医学者に劣るため、自己免疫系が大きく関わっている病気の場合、代替医療者の技術では治りにくいかもしれません。よってこの分野では医師に一任することが望ましいこともあります。ただし、内臓系や中枢系の疾患の免疫抑制系を使う医師は数少ないため一任するにも適格な医師がいません。一部、突発性難聴の治療では、中枢系疾患に大量のステロイドを使用するという耳鼻科医の現状がありますが、それは正しいとは言えません。免疫抑制系はうまく使えば難治性疾患治療の最後の切り札になりえますが、この分野の研究が進んでないだけに治療は困難を極めます。研究が進むことを節に願います。


正体不明の免疫系の疾患の場合(クローン病や潰瘍性大腸炎、アトピーなど)、免疫抑制剤の使用が正しくないことがあります。例えば円形脱毛症は金属アレルギーなどで攻撃性が増した免疫により毛母細胞が壊されることが原因のものがあります。この場合、免疫が悪いのではなく、原因は金属です。というように根本原因が免疫ではなく他にあることを考察しなければ、これらの病気を完治させることは不可能です。


免疫異常の原因が他にある場合、その原因を見つけることのできる能力は代替医療者の方が西洋医学者よりも優れていることがあります。


さらに、免疫を活性化させる治療法は西洋医学にはありませんが、代替医療の達人は指圧やつぼ刺激、リンパマッサージ、鍼刺激などで活性化させる技術を持つ者が存在します。その原理は不明ですが免疫を活性化させることができるとなると癌治療にも期待が持てる可能性もあります。


ちなみに私はクローン病や潰瘍性大腸炎は、腸を支配する自律神経の異常が大きく関わっていると推測しており、自律神経を治療することで免疫系を改善させることができると思っています。免疫が悪いのではなく根本原因が自律神経にあると考えています。


同様に代替医療者が自律神経を整える技術を持っていれば、クローン病や潰瘍性大腸炎を施術で改善させることが可能と思われます。しかし、問題は技術ではなく、「潰瘍性大腸炎の原因が自律神経にある」という考察ができるかできないか?であり、難病への探究心があるかないかに依存しているところです。代替医療者があてずっぽで治せるほど甘くはありません。


治療理論7 中枢感作システム

ここでは中枢感作とは広義に「通常とは異なる神経回路の流れが出来あがってしまっている状態」と定義します。例えば「触るという知覚情報が痛いという電気信号に誤って変換・増幅される」システムのことを中枢感作と呼ぶことにします。

脳はCPU、脊髄はLSI、神経根はIC回路と言われるほどに人体には神経とよばれる電線と、それを切り替える無数のスイッチがあります。全ての電気信号が脳に運ばれているわけではなく、常に信号が自動的に取捨選択されて脳に伝わります。そして電気信号のパルスの量が、ある時は増幅され、ある時は減弱されて伝わります。しかしながら、CPU,LSI,IC回路は時に壊れ、修復され、そして時に暴走し、フリーズも起こします。そうして起こる錯誤的な電気信号回路が構築された状態を中枢感作と呼ぶことにします。


中枢感作は一般的には「痛み」のことしか言われていませんが、動作、音、光、臭い、尿意、便意、排卵、内分泌などあらゆる命令系統に誤作動が必ず存在します。よって手を水でぬらすと尿意が起こるという人も実際に存在します。立って歩くと下痢になる人もいます。残念なことですが、それらの原因が中枢感作にあるという思考回路が現医学には一部のキワモノ研究を除けばほぼ皆無です。


よって中枢感作が由来する不可解な難治性の病気は「脳の誤作動」と言われキ○ガイ扱いすることが現医学での定義となっています。つまり中枢感作を現医学者には治せないわけであり、中枢感作による難病を治すには今のところ代替医療者の手を借りる以外に方法がありません。


中枢感作による電気回路の誤作動はその原因が脊髄(神経根も含む)から脳に至るどこかにあります。しかし、どこにあるのか?を調べる手段が現医学にはありません(MRIでは中枢感作システムの場所をつきとめることは絶対不可能)。そして仮に場所を推測できたとしても、システムを「どうやれば元通りに改修できるのか?」が未知です。そして改修させる正しい方法を行ったとしても、逆に一定期間、異常信号が増幅される結果を招くこともあり、悪化させたと誤認されることが多々あるでしょう。さらに改修にどのくらいの期間を要するのかが全く見えませんので患者は治る前に不信感を抱いてしまう運命にあります。


このように中枢感作は治療することが極めて難しいものです。その際たる理由が、原因箇所が不明であることです。

達人クラスの代替医療者でさえ、中枢感作を改善させることは至難の技です。しかしながら、中枢感作を治療するのも「基本は血流改善と免疫改善」であることは間違いないでしょう。どんな手技を行うにしても、感作が起こっている場所の血流改善や浮腫軽減、改修(免疫)システム増強ができれば、いつかきっと感作システムが改修されると思われます。


中枢感作システムを改修させる手段として、感作の原因箇所の血流増加を促すという方法を私は行っています。感作の場所は脳に近い部位にあることが多いと思われますので、脳幹や脳の血流を増加させるために上頚神経節ブロックを行っています。


達人クラスの優れた代替医療者では「中枢感作」の存在をおそらく感性で認識していると思われます。その感性で施術(中枢神経を改善させる目的で行う施術)するイメージがある治療師には改善させることができる可能性があります。しかし、中枢感作はあらゆる治療にもっとも抵抗性が高いと思われ、これを治すことは至難の業であることは確かです。


治療理論8 痙攣

血管平滑筋が痙攣を起こすことにより血管が急激に収縮して血流が途絶える病態があります。古典的片頭痛、異型狭心症などがその代表ですが、不可解な急性腹症や突然の体調不良などに血管平滑筋の痙攣が関与しているものが意外と多く存在していると思われます。発作のように突然起こり、そして再び何もなかったかのように治る不可解な症状は血管攣縮が原因かもしれません。


血管攣縮は寝不足が続いたり、精神的な緊張が続いたときに起こると思われますが、その発生機序は全く不明です。

私は上述した古典的片頭痛の持病がありますが、症状が出たときには即座に頸部交感神経節ブロックを自分に行うことで瞬間的にこれを治します。よって、交感神経をブロックすることで血管攣縮は治癒できます。同様に代替医療者の中には血管攣縮を止めることができる達人が存在すると思われます。そして病気を治療する際に、知らず知らずに血管攣縮を止めることによって治していることもあるでしょう。


ただし、血管攣縮の存在を認識することは非常に難しいですが、病態として「難解な症状」の中にこれに起因しているものが必ずあるはずです。知ることができないだけです。


治療理論9 骨壊死への治療

治らない関節痛の最大の原因が骨壊死であることをほとんどの治療者が認識していないと思います。わかりやすく言えば変形のことです。関節が変形する際にはミクロ的には必ず骨髄に壊死が起こっています。壊死した箇所は骨梁が消失するため骨皮質がしなったり陥没したりします。その変化を骨膜が感じ取り痛みを発生させます。つまり骨壊死=骨折の痛みを意味します。関節が変形する際に必ずミクロ的な壊死が起こります。


壊死した関節に重力をかけることをやめないと、壊死はドミノ倒しのように関節全体に広がり強烈な痛みを発することになります。

骨壊死の存在を認識しながら治療にあたっている治療師が医師を含めてこの世に何%くらい存在するのか? 極めて低い%であると思われます。


基本的に骨壊死にはほとんどの治療が無効で、唯一治す方法は重力をかけないで血行をよくする方法しかありません。この原則を知らなければ、達人級の代替医療師にも治療は不可能です。

医師も知らない、そして達人級の代替医療師も知らない事実として骨壊死があることを覚えておきましょう。なぜなら、関節の変形を起こす人は何千万人と存在するわけで少ない数ではないからです。骨壊死だけは運動で治すという法則があてはまりません。


骨壊死の治療の原則は免苛ですが、実は他にも方法があります。壊死周囲の組織は浮腫が存在し、血行不良もあり、浮腫のおかげで安静時もある1点に圧力がかかってしまうからです。よって免苛を行う前に浮腫軽減の治療を行えば、壊死が早期に治ります。浮腫軽減を得意とする代替医療師は存在しますので、デリケートに扱えば、治療が可能であるという結論になります。

私は浮腫に対してはステロイド注射で改善させ、さらに生活指導を行うことで治癒に向かわせています。


治療理論10 心理治療

呼吸法、ヒーリング、アロマセラピー、催眠治療などで交感神経の過敏状態を抜け出すことは理論上可能であると思われます。交感神経とは「感情と交わる」という意味であり、感情が神経を動かして様々な作用をもたらすと同時に体に起こった反応(刺激)を知覚して感情が極めて不快になるなどが起こります。つまり交感神経や副交感神経などの自律神経は感情と連動することが宿命です。


感情と自律神経を切り離すことができれば、自律神経と感情の間の悪循環を絶つことができます。

睡眠薬や精神安定剤はそれを薬剤で行うものですが、理論上は薬剤を使わなくとも精神の使い方でこれを自ら絶つことができます。なぜなら、そもそも睡眠が感情を肉体から切り離す作業になっていて、私たちはそれを毎日自然に行っているからです。


カウンセラーでも心霊療法でもサイキックでも、何を使おうと精神を切り離すことができれば苦痛から逃れることが理論上可能です。

これらの療法は、単に苦痛を和らげるのではなく、悪循環を絶つことで実際に体全体を好転させることができると思われます。


また、精神力で自律神経を動かすことも人間はたやすくできます。恐怖を想像して心拍数を上げるなんてことは誰にでもできることでしょう。よって理論上、精神の力で自律神経を動かすことは可能であることがわかります。

ただし、私たちは交感神経を興奮させることはたやすくできるのですが、普通では精神力で交感神経を抑制させることができません。


多くの難病は交感神経の異常興奮で起こることが多いため、これを精神力で抑えることは極めて困難です。そこでヒーリングや催眠、心霊などの達人が感情と交感神経を切り離す作業を行ってくれるわけです。それが一歩進めば、精神コントロール下に外界から内臓の動きを高めるなどということも不可能ではないと思われます。

ただし、問題点は効果時間が短いことです。感情はころころ変化しますので薬物ほどは効果時間が長くなりません。

催眠術などでは実際に脳内から眠りを促す自前のホルモンが分泌されますので薬物投与と似たような状態になります。自前のホルモンは副作用が少ないので安心です。


残念なことは、こうした治療を超能力であると宣言している方々がおられることです。たしかに、普通の人には不可能な治療法ですから、超能力と言ってもよいかもしれませんが、治る原理は科学的であるのにオカルトであると誤解されてしまいます。おかげで信憑性が低くなりがちです。ですが、患者にとっては「治るものなら何でもいい」わけで、超能力であろうとなかろうとどちらでもよいことです。


治療理論11 反復繰り返しの治療

日本の病院では反復の繰り返し治療を認めていません。たとえば、しびれにはブロック治療が無効といわれていますが、それは1回のブロックでは治らないという意味であり、毎日連続で1ヶ月間行えばしびれが治るかもしれません。しかし、そのような治療を厚生労働省が認めていないので「しにれにはブロックが無効」と言われます。


自律神経系やその他の難病は毎日連日治療して初めて効果が出る場合がありますから、そういった「根気のいる治療」の場合は医学書的には無効!と言われます。

例えば突発性難聴の治療では星状神経節ブロックを1~2週間連日でブロックを行うことがありますが、これには保険が利きませんから、ブロック自体は西洋医学であっても、その治療方法は代替医療です。


保険(厚生労働省)はお金のかかる繰り返しの治療は「効果が多少ある」くらいでは認めません。また、効果をしぶしぶ認めたとしても、「治療費自体を赤字がでるくらいに安く設定する」という「診療つぶし」をします。赤字が出るなら基本的にクリニックでは治療できませんので、安く設定=「診療つぶし」になるわけです。


よって「お金のかかる繰り返し治療」は代替医療者にしかできません。当然ながらお金がかかりますが、それこそが厚生労働省の目論見。お金のかかる治療は「自分で受けなさい」というスタンスです。

逆に言うと反復繰り返し治療は日本では「代替医療者の専売特許」です。西洋医学で治せない難治性の症状も、治療を繰り返すことで軽快させることができることは、私もこのHP上で何度も説明しています。


連日の繰り返し治療が難病に効く原理は単純です。難病の原因の多くが日常生活にあるため、治療をたまにするくらいでは悪化の力の方が強く、改善させられません。悪化の力よりも強い力で治療するためには繰り返し手をかけるしかありません。それができるのは保険外の代替医療しかないわけです。


治療理論12 じゅうたん爆撃治療

代替医療が西洋医学よりも難治性疾患に対して効果が高くなる理由の一つに、代替医療では「1箇所ではなく多数箇所へ施術をする」ことがあげられます。西洋医学は保険診療ですので診断名と一致した箇所に一つの治療しかできません。その1箇所が見当違いの治療であれば効果なし=難治性、となります。これが西洋医学の限界です。


しかし次のような例を考えましょう。

私の外来には難治性(全てのブロック注射が無効)の「両足のしびれと痛み」の患者がしばしば来院します。西洋医学では心因性と判断されます。全てのブロックは腰部を中心に硬膜外ブロック、神経根ブロック、トリガーポイント注射などが行われますがしびれが一切軽快しません。私はこのような患者には頚・胸部に硬膜外ブロックを行います。そしてはじめて症状を軽快させます。つまり、両足のしびれの原因が頚髄や胸髄にあることが予想されます。西洋医学では足のしびれの原因が頚・胸部にあるとは考えないでしょうから「原因不明」となります。


ところが代替医療では脊椎の全身バランスを調整する治療を行うため、当然ながら頸胸部にも治療が届きます。両足がしびれるのに上半身にも治療をするのは代替医療くらいなものですが、その治療のおかげで両足のしびれが軽快することがあります。

これが代替医療の威力です。原因として考えられそうな箇所全てに治療をして症状を改善させます。この「じゅうたん爆撃法」であれば、原因箇所が特定されなくても治療箇所に手が届く可能性があります。


治療理論13 生活指導

私は常々生活指導が治療の中でもっとも困難なものであると認識しています。治療師の力が及ばず、患者が自力で行わなければならないからです。難病に対する生活指導は、その難病の原因が予測できていないと正しいものとはなりません。したがって、最低でも上述した14項目を正しく理解し、なぜ難病が起こっているのかの概要を把握していなければなりません。経験も知識も技術も精神も兼ね備えた治療師にのみできるのが生活指導です。西洋医学の大学教授がテレビなどでしばしば生活指導を解説しているのをみかけますが、その程度のレベルでは難病を治すことはできません。まさに、「治した経験のある治療師」の生活指導以外を信じるべきではありません。中でも難病治療の経験のない西洋医学者の生活指導ほど的外れなものはないでしょう。


そして、生活指導は患者に負担をかけ、たやすく治らない場合は患者に恨まれることがあり、さらに、生活指導を患者が守れば治って来院しなくなるわけで、治療師にとってメリットはほぼありません。よって生活指導を行う治療師は「悪役」を買って出る精神が必要であり、そうした精神があることが超一流かつ精神が高みに上っていることの証となります。


余談ですが、私が患者に「腱引き」を紹介すると、患者たちは全員が「日常生活での注意点、自分で治すワンポイント治療法」を教わってきます。まさに生活指導です。私にはできない生活指導ですので極めて重宝します。患者に変わって感謝の意を示します。


13の難治性疾患治療論

これら13の理論は一般的な病院・クリニックの診療では全て行えません。治療手技も保険で認められていません。すなわちこれらは代替医療でしか受けられないものです。

医師であろうとなかろうと、治療を行う上で最低でもこれらの13の治療法を考えていないと難治性の症状を改善させることは難しいでしょう。一流の治療師はこれらの理論を無意識にも意識的にも研究してきたはずです。よって一流の治療師は医師であろうとなかろうと、手技は異なっても、到達する理論(思考)が同じになります。


筋膜リリースは世界の広さを知らない

筋膜リリースを積極的に患者に行おうとする医師は、善良で研究熱心で患者思いの先生方がほとんどだと思います。なぜなら、現時点で筋膜リリースは保険で認められていない治療法であり基本的に赤字の(無料奉仕の)施術だからです。赤字になっても治療しようとする医師は「極めて善良かつ研究熱心」でしょう。


筋膜リリースを行う医師たちは「これまで経験したことがないような奇蹟的な治療効果」に極めて大きな優越感を持ち治療に当たっていると思います。その優越感こそが彼らの赤字奉仕を支えていると言えるでしょう。

しかし世界は広く、既に筋膜リリースのような手法は日本では古来から存在し、代替医療者たちはすでにそれ以上の治療効果を平然と発揮しています。彼らはその事実を知らないだけです。まさに井の中の蛙大海を知らずです。


医学部の教授たちが全く知らないところで、西洋医学で治らないものを代替医療者たちはとっくの昔に治しています。しかも驚くべき治療効果です。筋膜リリースなど取るに足らない技術であると断言できるほどに他の代替医療者の技術力は筋膜リリースのはるか上を行っています。


ただし、筋膜リリースをしようとする医師は初めて日常の難病を治療するという大海原に航海しはじめたと言えます。大海原に出て初めて、世の中には「自分たちよりも優れた技で患者を瞬時に治せる人たちがいる」ことを知ることになります。

そしてぜひライバル心を燃やしてください。自分は医師だから!と特権にしがみついている場合ではありません。筋膜リリースは保険外ですから同じ代替医療です。つまり同じ舞台にいます。医師には医師にしかできない治療法で彼らに追いつけ追い越せです。


腱引きの治療力

腱引き以外にも代替医療でいろんな難病治療に携わっている方がおられると思います。その方々の技術知りませんのでご紹介できませんが、ここでは腱引きの治療力について触れておきます。


腱引きの手技は前述した治療理論のほぼ全てを網羅しています。北斗の拳の「トキ」のように秘孔を突いて細胞の再生能力を活性化させるようなことも行います(形容のしかたがおかしいかもしれませんが)。西洋医学が腱引きに劣っていると思わされるほどに種々の日常の難病治療の実績を挙げています。


例えば「全盲の人の目を見えるようにする」「透析患者の腎機能を回復させる」「うつ病・不安神経症を根本的に治す」「耳鳴り・難聴を治す」「薬物中毒の断薬治療」「頭痛・三叉神経痛を治す」など西洋医学ではできない治療を行っています。(普通に五十肩や捻挫などの治療ももちろん行っています)。西洋医学完敗です。


鍼灸師・柔整師は免許を持っていますが、腱引きには免許がありません。そして免許がなくても免許を持つ者以上に活躍しています。

全国各地に腱引きの流派を受け継ぐ先生方がおられます。詳しくはこちらをごらんください。

また、腱引きはマイナーとはいえ、治療師たちを育成し、再現性を持たせています。再現性とは師匠が弟子に伝えた治療方法を弟子の誰が行っても同様な治療効果を得られるという意味です。再現性は医学の中でかなり信用度の高い治療効果のエビデンスとなります。そしてエビデンスの高さが認められ、医学部の教授クラスが認めている医療技術であると言うことを付け加えておきます。


彼らは知名度の極めて高い一流の医師でさえ治せないような難治性の患者を次々と治しています。その効果の高さは過去の治療実績から、患者から直接、聞いています。全く脱帽のレベルです。


難病を治そうとする志は一つに通ずる

漢方・ホメオパシー・食餌療法・腱引き・カイロプラクティク・鍼灸など数々の代替医療が存在します。しかし、その治療理論はたいてい前述した14の理論の範囲内に入ると思われます。ただし、全ての代替医療は西洋医学とは異なる独自の治療理論を持っているため、非科学的な言い回しが多く、理論が油と水のように相容れないこともあります。


しかし、真に日常の難病を治そうと考える者の思考回路は必ず「真実・実績」という点で一つに通ずるものです。

西洋医学では例えばアトピーやリウマチなどで「治すこと」は考えず「抑えること」だけに研究を進めました。一方、代替医療では「抑えること」は考えず「治すこと」または「共に暮らすこと」に研究を進めました。


西洋医学、代替医療は共に相手をののしりあってきました。しかし、真に患者を救うためには「目指すところがばらばら」のはずがありません。互いに得意・不得意分野があり、自分たちの治療技術だけでは「絶対にできないこと」があることを素直に認め、協力し合うべきだと思います。

協力すれば「限界を超えた治療」ができるようになります。治療力で全ての医学技術を圧倒する最高峰の治療が実現します。


たった一つの治療が完治させる

20年以上治らなかった腰痛が、マットレスと枕を変えただけで完治するということを私たちは経験します。そこには筋膜リリースもブロック注射も腱引きも針灸も何も存在しません。悪循環を作っている原因を取り除けば、体が勝手に患部を治療してくれます。


病気を作っている原因は決して一つであるとは限りませんから、一人の治療師の意見だけでは治せないものもたくさんあります。特に病態生理がわかっていない難病ならなおさらでしょう。


にもかかわらず、難治性の患者が治った場合、それを治療師一人のおかげであると勘違いされる先生方が多いと思われます。そして自分の治療の範囲で治そうとするでしょう。しかしそれでは決して達人の領域には到達しません。


達人は自分の治療法の限界を知ることができます。これまでの人生で少しずつ限界を破ってきたとは思いますが、それでも自分の限界を正しく知る者が治療師としての一流です。


ヒトが人生をかけて、何百年も伝承して築き上げた特殊な治療の達人になるには、やはり一生かかります。そして全ての代替医療で達人になることは無理です。だから各分野の達人は自分の限界を知り、そして他の分野の達人と協力すれば、「もしかすると自分が治せなくて壁に突き当たっている患者を治せるかもしれない」と考えるほうが妥当であると思います。


たった一つの治療が完治させることがありますが、そのたった一つが何であるか?を見つけ出すには、多くの達人たちを経由しなければならないことが多々あります。それを「患者の自由行動と精神」だけに任せておいてはいけません。誰かが一つにまとめなければ患者はドクターショッピングに疲れ果て、治療をあきらめることになるでしょう。


治療の達人者はそのたった一つを見極める達人であると言えます。たった一つはひとつしかないわけで、医者であってもなかろうとも、治せた人はそのたった一つを発見できたことを意味します。だから治療の達人たちが集まれば、本来は治療論の意見が分かれることがありません。言い回しや、アプローチ法が異なるだけで、やっていることはみな同じだからです。


私と腱引きと代替医療

私は独自に開発したブロック注射でさまざまな難治性疾患を改善させています。一般的には整形外科医が治せなかった患者をペイン科医がブロックを用いて治しますが、私はさらに、他のペイン科の医師たちが治せなかった患者を対象に診療をしています。よって私のブロックの治療力は客観的にかなり高いものであると推測されます。


しかしながら、私の治療は基本的に週に1回であり、その程度の治療では治り難い患者もたくさんいます。そこで患者たちには「腱引き」を紹介し、腱引き治療師の先生に治療してもらいます。すると患者から驚きの声が返ってきます。「施術をしてもらうと、ブロックをした時と全く同じ効果が得られて痛みが消えました。本当に驚きました。」という声です。そしてさらに、「今まで感じたことのないほど、体が軽くなり、今まで感じたことのない四肢の温かみを感じました」という患者もいました。つまり、私の治療単独で得られる効果以上の効果を得られているようです。


それでは私のブロックが不要かというとそうではなく、私が中枢からアプローチし、施術者が末梢からアプローチすることで相乗効果をもたらしていると思われます。役割分担です。互いにできないことを引き受けていますので驚異的な治療効果をもたらします。


逆に「腱引き」単独では治り難い患者には私がブロックをします。するとその後の「腱引き」治療が極めて大きな効果を発揮するようになる。というような現象も起こっています。つまり、互いに「いきづまった患者」を交換治療し、超えられなかった治療の壁を越えるのです。最後の砦的治療のさらに後方に砦を作ったようなものです。


最後の砦的治療を行っている治療師の先生方が集まって意見を交換すれば、さらに治療の厚みが増すことはもはや確定的と述べておきます。


日常の難病にお悩みの方へ

西洋医学と他の代替医療が協力し合ってカリキュラムを組んで治療にあたれば、かなり重症な難病を治せる可能性が高くなるでしょう。あきらめていたものが治せる可能性がありますので望みを捨てないでください。ただし、西洋医学が治せない難病を治すには必ずお金がかかります。私の治療ではあまりお金がかかりませんが、それは私が負担しているからであるということを忘れないでください。つまり、難治性疾患の治療には、お金がかかるか、治療する先生に迷惑をかけるかのどちらかです。


ですから治療する先生には最大の敬意を払ってください。くれぐれも猜疑心で治療を受けるということのないようにお願いします。

しかし、中には商売根性丸出しの治療師もいると思われますので、お人よしすぎるのもよくありません。商売根性ありありの治療師さんとは私は協力しません。


全ての治療はリスクの低いものから行うのが原則

私のブロック注射は他の西洋医学者のブロック注射と比較して治療成績が明らかに高いと思われます。しかもリスク回避する技術も高く他の西洋医学の医師のブロックと比較してカジュアルに受けることができるレベルにまで手技を完成させています。


膝の痛み、足の捻挫、骨折後の腫れ、五十肩、テニス肘など、整形外科的な疾患も驚愕の治療効果を普通に発揮しています。「驚愕の治療効果」とは使用前使用後で瞬間的に患者に魔法がかかったかのように治ってしまう瞬間技です。まるで「治療芸」です。当然、私にも他の代替医療者と同等以上の(かなり高確率の)「治療芸」ができます。


しかし、常に思うことは、「注射をしなくても他の代替医療で治せるものであれば、代替医療にまずかかるべきである」ということです。注射はリスクと重い責任がつきまといます。ならば、まずはリスクの少ない代替医療から受けることが手順であると思います。


もちろん、西洋医学の治療で治る病状であれば、普通のお医者さんにかかればよいことです。普通のお医者さんや接骨院で治らなかった場合に、まず代替医療の達人に治療を受け、それでもだめな場合に私の注射を受ければよいと思われます。

そして実際に私の元へ来られる患者の多くは、上記のような経路をたどっています。様々な代替医療を行った結果、無効であった方々が私の元へ来院されます。私の役目はそれでよいと考えています。そして私が治療を行っても改善が少ない方には代替医療として「腱引き」を紹介させていただいています。同時治療をすれば今以上に改善が得られる可能性が高まるからです。


今後、さらに他の代替医療からの協力者が現れれば、疾患別に得意不得意を考えていろんな先生と協力治療をしようと思っています。

幸いなことに腱引きは師匠が全国に弟子を作り、「お住まいの近くで受けられる」状況を作ってくださっています。だから私のところへ相談にこられた患者をまずは近くにすむ治療師に治療してもらうように紹介することができます。


近くの治療師の治療で治らなければお弟子さんは師匠に患者を送り、それでもだめなら私がブロックを行い、そして再び治療師の元へお帰りいただきます。すると、治療師単独で治療をするよりも、私のブロックを受けてからの方が、治療効果が格段に上がると思われます。このような連携は、「私の方が代替医療者よりも治療技術が上である」といいたいわけではありません。リスクがある治療は後回しにすべきであるとの観点です。


トップ会談を行う必要性

何をどうやっても治らない地獄の淵に住む患者たちを救うためにはそれぞれの代替治療のトップ会談で患者の症例検討会を行い、治療方針の意見交換を行うべきだと思います。意見や考え方の食い違いはあるかもしれませんが、難治性患者の情報を共有することで、そして奇跡的に治療成果が上がった患者の治療法を共有することで西洋医学をはるかに超えた別世界の治療技術が誕生すると確信します。


西洋医学が「精神異常」として見捨ててきた患者たちの本当の診断名をつけられるようにもなるでしょう。そして原因が今以上にクリアになり新たな治療方針を立てられるようになるでしょう。おそらく新たな病名が無数に作られていくと思います。


難治性疾患に携わる者は究極の考え方は一つだと思います。「だれも治せないから自分が治すしかなかった」というのが真実であると思います。そうして治してきた者たちのトップ同士が集まれば、今まで見えなかった治療法のヒントが得られます。そしてさらに高みに昇り、去年治せなかった患者を今年は治せるようになっていきます。


「自分がトップである」という自覚のある治療師の先生はぜひご一報ください。トップの中のトップを決めるなどという愚かなことはありません。役割分担すれば救える患者が増えるというだけのことです。


西洋医学は偉大な学問

捻挫一つ十分に治すことができないのが西洋医学です。それは代替医療師の方々からバカにされても仕方ないことです。最近は開業した整形外科医たちが、「代替医療師の方が整形外科医よりも治す技術が高い」ということをうすうす知り始めています。

しかし、そうであってもこれだけは忘れてはなりません。西洋医学の学術力は我々が想像する以上に高く、そして「文は武よりも強し」と言われている世界では武力よりも医学の方がある意味強大であり、西洋医学は国家権力に匹敵するということ。そしてその医学の利権に企業がよりそい、巨大ビジネスとなって国の経済をまわすほどになっているということ。


西洋医学が日常の難病に対して研究が遅れている理由は単に「彼らが本気を出していない。大衆医療に国が予算をかけたくない。」というだけであることを代替医療者は知っておくべきでしょう。もしも彼らが本気を出して国が予算を出せば現在代替医療が行っている分野の病気は西洋医学でもなんなく治せるようになってしまいます。それが証拠に西洋医学者の私でさえ、ブロック注射一つで様々な難治性の病気を治せるのですから。


日本の政府が日常の病気に「医師が積極的に治療をしないように画策」していることを国民は知らないようですが、実は毎年の診療報酬改訂で政府は開業医たちに明確な圧力をかけています。難治性の日常の病気に治療コストをたくさんかけると国の財政が破産するからです。例えば関節内注射が800円、腱鞘内注射が270円。これほど安い値段では代替医療者が行う治療よりも質が悪化するのは当然です。


もしも国が日常の疾患に予算を割り当て、関節内注射8000円という値段設定にしたとすると、西洋医学者たちは一致団結して膝を注射で保存的に治療する方法を編み出してしまいます。そのパワーは圧倒的であり、とても代替医療者たちが太刀打ちできないレベルです。ただし、日本国の保険制度はすでに崩壊しているので関節内注射に8000円の報酬を出すことは絶対にありません。だから日本では日常の難治性疾患は政府によって見捨てられているという条件下において、「西洋医学が代替医療者に劣る」のです。


つまり、国家レベルで日常の疾患に「お金を出さないこと」を決めているおかげで代替医療者たちが繁盛し、そして西洋医学者たちの保存的治療が発展しないというからくりがあることを知らなければなりません。それこそが国の目論見です。

「井の中の蛙大海を知らず」なのは西洋医学者だけではなく、代替医療者たちも西洋医学の政治力の強さを知りません。代替医療など潰す気であればたやすく潰してしまえる力があります。


国家レベルの戦略として、日常レベルの疾患は保険を用いない代替医療者に任せ、医療費を削減したいという意図があります。その政策のおかげで代替医療者が生計を立てていられます。


もしも政府が混合治療を認めるようになると、開業医たちが競い合って「お金をかけてでも治す保存療法」を医師各自が開発するようになるため、代替医療者たちの仕事がおおいに食いつぶされるようになります。そして西洋医学者の治療力が現在よりも格段に上がります。それでも、医者が束になってかかってきても、西洋医学と代替医療がコラボレーションした治療力には及びません。それぞれの得意技を結集させるのですから。


協力と役割分担

それぞれの代替医療には、それぞれにしかできない固有の技術があります。固有の技術は患者の体質にマッチすれば効果が抜群ですが、マッチしなければ効果は少ないでしょう。ならば、患者の体質を考察した上で効果のある治療法だけを「いいとこどり」する治療を協力し合って提供し合えば難治性患者の治癒率は飛躍的に向上するでしょう。その“コンセルジュ的役割”ができる研究員たちを育てれば、患者はコンセルジュに相談し、コンセルジュが患者を代替医療者に割り振ってくれることでしょう。当院ではすでに医療秘書(事務長、医療クラーク/コンシェルジュ)が重要な役割を果たし稼働中です。こうなると難治性疾患に悩む患者の数は激減させることができるでしょう。それは新しい医療の幕開けです。その第一歩を踏み出すためにこうして発表させていただきました。真に難治性患者を治す心意気のある先生方は、ぜひご連絡ください。

西洋医学は井の中の蛙 ~代替医療のすごさ~

2017年治療成績

現代西洋医学の流れ

オランダ、西ドイツ、アメリカ合衆国と引き継がれてきた西洋医学は現代では医療の中心であることは誰もが認めるところです。西洋医学はもっとも科学的であり「人の命を救う医学」の最先端です。その功績のおかげで人が死ななくなり、現在の超高齢化社会を作ってしまいました。先進国は例外なく全てで超高齢化が起こっており、この事実こそが西洋医学が人類にもっとも貢献した医学であることを証明しています。どんな代替医療にも「人口構成を作り変えるほどの力」はありません。そういう意味で西洋医学は間違いなく全ての医の学問中の不動の王座にあります。


現在、医学の不動の王座の実績を先導するのはアメリカ合衆国であり、我々日本もその支配力の傘下で医療を行っています。つまり、わが国の医学は今や「米国医学」となっており、米国から医学を輸入し、服従している形になっています。そして今や米国の医学理論に疑問を持つ者が日本にはほとんどいないという状況です。


西洋医学は救命医学

脳・心臓・悪性新生物など、人の命を救うために発展したのが西洋医学です。しかし、その反面「人の命を救うこと」以外には常に無関心と言えるかもしれません。医自体が権威であり、医師であれば人をたやすく支配できます。王も大統領も医師の命令に従います。そうした権力に魅入られてしまうのも医師の宿命であり、人の命を救って自己を顕示する方向に学問が進んでしまうのは医学の宿命なのかもしれません。そして西洋医学は実際に国家権力の象徴になり、政治的にも国民の票集めの道具となり、国を安定させるために不可欠な存在となりました。しかし、そこには王座のおごりがあります。


世界中どこでも西洋医学者(医師)たちは学問の成績トップの者がその職務に就き、医師免許という特別の資格を与えられて法律的に、経済的に、身分的に保護されてきたからです。彼らは人の命を救うことができる反面、人間の日常生活における苦痛を治して行くことに無関心でした。肩がこる、汗をかきやすい、姿勢が悪い、目がかすむ・・・など不定愁訴を人生を捧げて研究した医師は皆無に等しいと言えます。


私が提唱している「日常損傷病学」はまさにその日常生活における不定愁訴を治療することに特化した医学であり、これまでの西洋医学の「欠落した部分」を補うためのものです。そして西洋医学がもっとも関心を示さなかったのが「老化」であり、老化して不具合の起こる病気のほとんどを治すことができません。西洋医学は超高齢化社会を自ら生み出したにもかかわらず、「老化による不具合」を治療できないという最大の弱点をさらけだしてしまったわけです。


代替医療は日常難病で発揮されている

鍼灸、接骨、カイロ、指圧、漢方、その他様々な代替医療は当然ながら「西洋医学が関心を示さなかった病気」を専門に発展することになります。それらは日常に起こりうる病態で西洋医学が治せない難病ですから日常難病と呼べます。肩こり、腰痛などが代表ですが、それは一部に過ぎず、西洋医学で治す方法が確立していない分野の疾患のほとんどを網羅しています。例えば突発性難聴、自律神経失調症、生理不順、うつ、過敏性腸症、パーキンソン病など、西洋医学では対症療法しかない疾患を治癒に近い状態にまで改善させることがあります(もちろん治癒率は高いとは言えませんが、全く治せないと宣言している西洋医学よりはましです)。しかし、その実績を公表したところで信じる者はほとんどいませんので「裏の事実」としてまたは「きわもの」として扱われます。最悪にも、日常難病を治すテクニックがある者が、自分をサイキックであると主張し、宗教的に人を扇動しようとすることに精力を傾けることがあります。それを否定はしませんが、これがせっかく優れた代替医療が国家から無視される原因を作っていることに遺憾の意を示します。


詐欺の温床になる代替医療

代替医療は一部の分野で、西洋医学が及びもしない治療法の研究を行い西洋医学よりも高い治療実績を残しています。が、心霊や超能力と混同されることもしばしばあります。それは現代の科学で解明することができない治療原理だからです。そしてお金儲けや支配のために施術者自らが超能力者であると主張する者までいます。さらに、わらをもつかむ患者は詐欺に遭うこともまれではありません。実際に何百万円も治療にかけてしまう者が世界中に大勢います。


真に代替医療を研究し、難病を救おうとする施術者もいますが、「ほんもの」がどこにいるのかは一般人には見分けることができません。


もし、仮に本物がいたとしたらどのような状況になるか考えて見てください。全国から難病患者が殺到してしまい、本物自ら施術することが不可能となります。ですから、名の知れ渡った本物に施術してもらうことは極めて難しく、名の知れていない場合は成功確率が低く、どちらにしても難病を治療してもらうことは難しいでしょう。もしもあなたが真の施術者であり、難病を救う技術を身につけたとすれば何をするでしょう? 一人で救うには患者の数があまりにも多く、ならば弟子を作っていこうとするでしょう。よって、真の施術者であれば門下の弟子が多いはずです。そうした事実を頼りに代替医療の達人を探すことをお勧めします。


代替医療の長所

代替医療はとにかく「治してなんぼ!」のものです。保険が効かないので施術料金が高く、治せなければ倒産してしまいますから「どんな手を使ってでも絶対に治す」という崖っぷちに存在します。そこには西洋医学のような王座のおごりはなく、必死になって治療法をあみだそうとする姿勢があります。しかも、代替医療には「西洋医学で治らなかった者たちが来院する」という当たり前の特徴があります。なぜなら患者はまず安くて信用のある西洋医学にかかり、それでも治らなかった場合にのみ必死になって他の治療法を探そうと考えるからです。


そして当然のことながら代替医療には西洋医学では解明できない難病を持つ者が集まります。さらに当然のことながら、そういった難病奇病を治せない場合は倒産します。よって代替医療の施術者には常に「難病奇病を治さなければならない」という極めて重い圧力がかかっています。この圧力を、研究に研究を重ねて生き抜いた者のみが商売繁盛となるという法則があります。これが代替医療のすごさなのです。常に「西洋医学が解明できていない病気の分野で西洋医学よりも発展してしまう宿命」にあるのが代替医療です。とても当たり前のことです。


しかし、その事実は医師たちからバカにされ非難されることもまた当然であり、それは常に国家からは認められない存在になってしまうことも当然であり世界中でマイナーな存在となります。


蜂の針で治す、血液を抜いて治す、気功で治す、悪霊払いで治す…などなどその方法は多岐に渡りますが、どんな奇妙な療法も西洋医学よりもすぐれた技術が必ずどこかにあります。なぜならそれが彼らが存在する意味だからです。奇妙な療法をバカにしたい気持ちは私にもありますがバカにして無視するのは医師のおごりです。我々が治せないものを実際に治すことを尊重し、「なぜ治るのか?」を真剣に研究して西洋医学に取り入れて行くのが真の医学の姿でしょう。


代替医療施術者との対峙

私は医師であり西洋医学者です。西洋医学では治らない・治せない・不可解である病態にさえ診断名をつけてしまうという愚かなことをしなければならないという負の宿命を負います。この宿命のせいで、治らない患者を全て精神異常とし、精神病の病名をつけることがお決まりです。そうやって治せない患者が自分の元に来院することを拒絶して精神科送りにしたという過ちがあります。このことに強烈な違和感をおぼえたのがこうした日常難病を研究するきっかけとなりました。


これまで精神科送りにしていた患者たちの病気を、一つ一つ紐解いていくことを開始し、その積み重ねで数々の日常難病を治せるようになりました。もともと私は脊椎を研究していましたがそのうち脊髄、延髄、脳と研究が進み、現在の難病研究に至っています。治療の中心はブロック注射であり、今では内科的な糖尿・高血圧・胃潰瘍から、透析患者や不妊治療患者までブロックで治せるレベルにまで理論構築が進みました。


するとようやく見えてきたのが、西洋医学者の中にもペインクリニックの名医が、やはり私と同じような治療ができること。そして代替医療の施術者が同じように数々の難病を治療した実績を持っていることを初めて知りました。


そのきっかけは患者が教えてくれるからです。私の元へ来院する患者は、既に代替医療にもひと財産をつぎこみ、それでも治らなかった者たちが集まってきます。そうした彼らに話しをきくうちに代替医療者たちの能力のすごさを知るようになったわけです。


私が他の西洋医学者と異なるところは、既に自分で難病治療の理論を構築できているので、代替医療者たちが同じように難病を治せる話をきいてもそれを素直に受け入れられるところです。治す原理を知っているので彼らが治せることを不思議とは思わないですむのです。そして私が難病を治すずっと以前から代替医療者がすでに様々な「西洋医学では治せない」病気を改善させることができることを知りました。それはあまりにも大きなカルチャーショックでした。井の中の蛙大海を知らずとはこのことです。


体験しなければ理解できない

私の治療もそうですが、代替医療は他人の話をきいただけでは理解できません。例えば代替医療の施術者が自分のサイトで患者の五十肩を治している映像を流したとしても、その患者がこれまでどんな治療を受けても治らなかったこと、どのくらい痛みが強いのか? どれほど生活に困っているのか?はその映像からはわかりません。五十肩は整形外科でも治せる疾患ですから、「五十肩の治り難さ」がわからない状況では、治している映像を見てもそのすごさがわかりません。患者本人だけが「これまでどんな治療を行っても治らなかったものが数分の治療で完治した」ことのすごさを理解できます。


また、施術後、数日から1週間後に効果がやっと現れる場合が多々ありますが、この場合、患者は「施術のおかげで治った」とは思いません。これまで十年近く治らなかった病気が自然に治った!と誤解します。当然ながら施術者に感謝の気持ちもありませんし結局施術は効かなかったと判断するでしょう。


このような誤解、曲解、理解不能などが重なり、代替医療の施術者は高い能力を発揮しているにもかかわらずうかばれない宿命を背負っています。


代替医療の施術者たちは「これまで何をやっても治らなかった日常難病」を治したという偉業を行っても感謝さえされないという理不尽さを背負っています。


その理不尽さは施術者たちにとって極めて強い精神ストレスです。私は数々の西洋医学者たちが治せない病気を治していますが、患者は謝意も敬意もない方ばかりであり、時には患者の無礼な振る舞いに激怒することもあります。だから施術者たちの気持ちがわかります。偉業を行っても感謝されない理不尽さに押しつぶされてしまいます。


そこで一流の施術者たちに共通の概念があります。それは患者に感謝されることを期待するな!というものです。ただただ目の前の病気を治すことに集中し、自分磨きに集中しろ!と言い聞かせます。患者に感謝されたいと決して思うな!と常に言い聞かせます。それでも私は器量の小さない人間です。患者の無礼や私に向ける不信感に怒りを感じずにはいられません。愚痴を書いてしまいました。


代替医療体験の実例

私の診療所の医療秘書(事務長、医療クラーク/コンシェルジュ)であるAはつい先日下腿の外側を軽くぶつけてしまいました。しかし、その1時間後に痛みが足首にまで広がり、足首の痛みと腫れで歩行困難になってしまいました。


現医学では下腿の外側を軽くぶつけただけで、そことは全く違う場所の足首が腫れて痛みだすという現症は解明不能です。なぜ足首なのか? わかるはずがありません。私は難病治療者ですから、この原理をある程度理解しており「もともと神経が中枢過敏の状況にあるから逆行性に神経末端に炎症が起こっている」と解説し、その原因を取り除くために腰部硬膜外ブロックを行いました。ぶつけた箇所でもなく、足首でもなく、治療を腰部に行うわけです。西洋医学者から言わせればきちがいじみた治療です。が、その治療は成功し、痛みの7割が消失し、腫れもすみやかに引きます。しかし3割は残っていました。やはり、根本原因は神経過敏にあることは正解だったようです。


その翌日、「腱引きという古武術医療の施術者」の先生と食事をした際にAに1分程度施術してもらったところ、残りの3割の痛みがその場で完治しました。


私はAの病態が西洋医学では治らない病態であることを知っており、それを腰部硬膜外ブロックという奇天烈かつリスクのある治療法で7割改善させたわけですから、Aの痛みが難治性であることをよく知っています。それを1分で完治させるのをこの目で見てしまったわけですから敗北感が沸き起こります。腱引きの先生いわく長母指伸筋に原因があるとのこと。


真実を言えば原因は複数あります。神経過敏はもちろんその一つですが、それを誘発させているもの(圧迫?炎症?)があり、それも原因になっています。完治したということは原因が取り除かれたことを意味します。ならばその先生の診断は極めて的確だったということです。西洋医学には全くない診断概念です。


この時はじめて私は「原因がいくつもあるのなら、その全てを改善させない限り完治はない!」と悟りました。そして私の治療がどれほど正しく適確であったとしても、もう一つの原因を取り除かなければ完治はなく、それは私の技術だけでは無理であることを悟ったのです。難病治療にたずさわらなければ決して見えてこなかった全く新たな世界です。


難病治療に役割分担

西洋医学は日常難病と老化の分野の研究が極めて遅れています。その分野では代替医療は間違いなく西洋医学の先を行っています。例えば認知症は脳血管の萎縮、脳の血流低下から来ますが、認知症を姿勢矯正で脳の血流を増やすことで根本治療するという発想は西洋医学にはありません。


姿勢や筋肉のバランス理論は西洋医学には全くない概念であり、前述したような神経過敏+筋腱による神経圧迫?のような病態の場合、西洋医学単独では完治が無理です。


日常難病や老化を根本的に改善させるには役割分担が不可欠であり、西洋医学と代替医療が提携しなければなりません。そのことに初めて気づきました。難病治療が結んだ縁で気づかせられました。


西洋医学の限界を感じている医師は世界中に数えきれないほど多く存在します。そして、そういった医師の中には代替医療の凄さを知り、代替医療を取り入れようとする者もいることを知っています。医師も代替医療の先生の弟子入りする時代ですから。


しかしながら、役割分担して手を組むということはこれまで不可能でした。その理由は、代替医療は西洋医学が見放した分野の病気」を治療しており、手を組むにも治療分野が重ならないからです。油と水の関係です。交わっていません。


唯一、代替医療と西洋医学が交わっている分野はペインクリニックだけです。ためしに「星状神経節ブロック 効果」とネット検索すればわかります。このブロックが過去に様々な得体の知れない難病治療に利用されていたことがわかります。つまり西洋医学の中でペインクリニック科だけが代替医療との交点があります。ペインと代替医療が提携すれば、難病の治療成績が向上すると確信しています。


西洋医学と代替医療は犬猿の仲

西洋医学の不備を突いて隙間産業のように発展してきた代替医療と、常に学問や政治の王者でありつつ、他の医療を一切認めない西洋医学はまさに犬猿の仲であり油と水です。医療という一つの目的を持ちながら油と水であることに遺憾の意を表します。


私は常に患者に言い聞かせています。心霊治療であろうが、超能力であろうが、治るのであれば何でも受けてください」と。「治ることが正義であり手段は問いません。どんな治療を併用してもかまいません」と言っています。まあ、湯水のごとく大金を払っている患者には「やめたほうがいい」とアドバイスすることもありますが。


代替医療と西洋医学は互いに相手をののしり合うことが宿命です。患者にとっては迷惑な話ですが、国の制度がそうさせてしまう造りになっているからです。


私が代替医療と提携するためには、最低限、相手を尊重できる方であり、難病治療のためなら何でもする!という気構えのある方でなければなりません。


おそらく、西洋医学と代替医療が手を組めば、日常難病の分野では現存する最強最高の医療を提供できると確信します。しかし、表舞台には立てません。西洋医学は今や国家安定のための道具であり、国民を安心させて暴動が起きないようにするための重要な手段になっているからです。その西洋医学の威信を汚すことは我々には許されていません。ですから裏舞台の最高医療として活躍することになるでしょう。


これは代替医療を行っている方々へのお誘いでもあります。それぞれが難病治療の得意分野をここに持ち出し合って我々と手を組むことを勧めています。拒否した代替医療の先生たちはマイナーの中のマイナーへと転落するリスクを背負うでしょう。


それぞれが「自分が一番!」と思わずに、一番の分野とそうでない分野を正しく理解し、苦手な治療は相手に預け、患者を共有して総合的に治療を行う組織づくりを目指します。日常損傷病学は、その音頭をとることをここに宣言します。


こういう書き方をすると代替医療の偉い先生方は著しくプライドを傷つけられると思いますが、難病治療にプライドなど必要ありません。患者を救うためにはプライドを捨てられるという先生方のみ私にアクセスください。患者の地獄を救ってあげてください。


ブロック治療の限界

私はこれまでブロック注射の技術を日々高めてまいりました。極めてリスクの高い頸部硬膜外ブロックでさえ安全に行う技術を磨いています。そして痛くなく、できるかぎりリスクを遠ざけ、安全かつ気軽に行えるまで技術が高まりました。よって、マッサージに行くくらいの気軽さでブロックを受けていただくことができます。


しかし、その反面、私には極めて重い責任がかかります。少しのミスも許されない、合併症の一つも起こすことはできないという責任です。その責任を負いつつの治療となるため、1本のブロック注射に「気絶するほどの緊張感」を持って治療を行っています。それを1日に100本近く行うわけで、私は肉体と精神が壊れる寸前です。


ブロックをカジュアル化するにはあまりにも医師に負担がかかりすぎます。やはり、ブロックはどこまで行っても「危険なもの」です。それをカジュアル化することは医師の誰にでもできることではありません。ブロック以外で治せるものは「ブロック以外で治さなければならない」というのが医の倫理と思います。


私がブロックを行うのであれば、「ブロックでしか治すことができない病態」に特化すべきです。代替医療の技術力の凄さを知った今、日常難病を治すには役割分担をしなければならないと感じます。


代替医療の先生も井の中の蛙

まるでサイキックのように代替医療で難病を治せる先生がいることを私は理解しています。しかし私の元へはサイキックのような治療を行っても治らなかったという「さらに上の強者の患者」が訪れます。代替医療の先生方は医師の中にも私のようなキワモノがいることをご存知でないでしょう。サイキックに近い技術をお持ちの先生ならなおさら私のような医師がいることを信じられないと思います。井の中の蛙はお互い様です。


私はサイキックの先生とは違い、安い治療費で、かつ少ない回数で治してしまいます。だからこそ多くの民に必要とされます。手を組めばさらに多くの民を救えます。お金儲けにしか興味がない先生にとっては我々の存在は目の上のたんこぶになるかもしれません。


代替医療の限界

中には代替医療で「癌を治せる」という先生もおられると思います。しかし、たとえ治せたとしても、成功率は高くありません。サイキックの先生は成功率を正しく評価・公表しないことに不誠実さがあります。たった一人の癌患者を救っても、そこにおびれとせびれがくっついて、誇大に宣伝するところに不誠実さを感じます。治せる可能性があることは否定しません。


ただ、難病を治せたとしてもそこには多大な労力がかかりすぎます。代替医療で多大な労力をかけると患者の財産がたやすく奪われるほどにお金がかかります。代替医療の先生方は常に「患者にお金を遣わせすぎないこと」に留意すべきであり、自分で治せると思っても、もっと早く安く治療できる手段として、私のような医師に患者を紹介するという手段をとるべきです。私のような医師は全国にほとんどいませんので、私は今後、弟子を育て、難病治療のできる医師を送り出していく義務が生じます。


痛みを取り除けるスペシャリストも多いと思いますが、基本的に骨壊死による痛みは小手先の施術では治せません。よって治り難い患者がいた場合は遠慮なく私に紹介してください。なんとかします。代替医療の先生方は自分の限界を知ることを恥だと思わないでください。西洋医学と代替医療、お互いに得意・不得意分野があるのですから。そして私はこうして西洋医学の恥をさらけだしています。


代替医療のリスクは軽視できない

西洋医学では常に死亡事故が起こっています。しかし国に認められている医師免許を持っていると法律的に保護されます。西洋医学、特にブロックはリスクが高く事故が多いものです。そのため患者はペインクリニックには第1選択として来院しません。それでよいと思います。ペインクリニックの医師はそれほど多くなく、第1選択で来院されるとクリニックがすぐにパンクします。私はブロックのリスクを低くするために日々修行しましたが、多くのペイン科の医師はそういう修行にはあまり関心を示しません。その理由はブロックの手技料金が安すぎるためです。値段が安いと治療に時間を多く割くことができません。短時間でブロックをしなければならず、リスクを低くさせようとすれば手技に時間がかかり赤字経営となるからです。私は赤字を考えずにリスク軽減重視ですが、そういう医師はほとんどいません。よって「ブロックは危険なもの」という概念は正しいものであり、それよりも代替医療の方が安全という概念も間違っていません。基本的に代替医療で治せる日常難病は代替医療で治すべきです。


ただし、代替医療で合併症を作ることが先生方が考えている以上に多いと思われます。マッサージや整体、リハビリは安全という概念はもうすこし考え直すべきです。


例えば人の関節は年々変形しますが、変形とは顕微鏡レベルでは局所に骨折や骨壊死が起こっています。痛みを改善させようとして施術すると、壊死部分が落ち込んで小さな骨折を起こします。小さな骨折はレントゲンでは映りませんが、痛みは強烈で治るのに1~2か月要します。こういった病態には免荷での運動が必要であり、そういうことを知らない施術者が合併症を作ってしまいます。代替医療は安全という考え方はそもそも間違いであり、病状によってリスクが高い場合があることを研究し勉強しなければなりません。私と手を組めば、予期せず合併症を作ってしまった患者をフォローすることもできます。訴訟になるリスクも回避できるようになります。


患者を救いたい気持ちが強い施術者ほどリスクにも飛び込みますから、そういう先生こそ私のような医師と手を組む必要があると思います。


不要な手術を避けるすべ

今も世界じゅうで「やってはいけない手術」「やる必要のない手術」が毎日行われています。それは西洋医学の保存療法では治らない→手術、という安易な考え方があるからです。それは間違いであることを密かに世間に知らしめていきましょう。もちろん、表舞台には立ちません。西洋医学の教授たちの顔に泥を塗ることは避け、国家の威信の象徴である西洋医学を尊重しつつ、裏舞台で日常難病の患者を救ってさしあげましょう。このブログがその幕開けです。

超慢性療法で手術を回避する~人体の驚異的適応力~

2017年治療成績

人体適応力のすごさ

 症例1)1枚の脳のMRI写真

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このMRIは86歳男性が転倒時に撮影したものです。血腫が左脳の大部分を圧迫しており、側脳室もつぶれています。普通に考えれば生きているのも信じられないような状態です。しかし、この男性は“無症状”なのです。行動、言葉、記憶力、判断力・・・全て正常で何の障害もありません。これを診察した医師はあわてて緊急入院させ、手術をしようとしたのですが、本人に症状が全くないことから、結局「過去の出血」で、手術の必要はないと判断しました。


このMRIは血腫の形成が極めて緩慢であれば脳神経細胞は血腫に圧迫されても、狭いところでも生きられるように適応することを意味しています。これが人間の適応力のすごさです。人の細胞は極めて長期間、時間をかければ、極めて悪い環境にも適応するということです。


症例2)ほぼ症状のない脊柱管狭窄症

次のMRIは私のサイトにも掲載してある高度な狭窄があっても症状が出ない症例です。

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黄色に塗った部分が狭窄した脊柱管、正常の約20分の1の断面積


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矢状断MRIでは脊柱管が途切れているように見えるほど狭い


この高度な狭窄所見の男性は78歳。腰痛・下肢痛がなく、症状は軽度の痺れ感、1年前から100mの間欠性歩行の出現ありという症状。つまり100m以内の生活であれば不自由がありません。もちろん、間欠性跛行は不自由でしょうが、今のこところ手術の必要も治療の必要もありません。これほどの狭窄があれば尿意や便意の消失などが起こってもおかしくありませんが、直腸膀胱症状の所見はありません。


これほど高度な狭窄があっても、それがゆっくりした時間をかけてなったものであれば、症状が出にくいという例であると思われます。馬尾神経がこの細い空間に適応した例です。


症例3)変形していても痛くない膝

慢性医療1


この写真は82歳女性。10年前から膝痛で整形外科に通い、月に1~2回の注射を受けています。左右共に末期の変形関節です。しかし、痛みの訴えはあまり強くなく、歩行には支障をきたしません。この写真を見ると「変形が進行すると歩けなくなる」と患者を脅して手術に無理矢理持ち込もうとする整形外科医の話を信じてよいものか?と疑いたくなります。

答えが見えてきます。「ゆっくりした時間をかけての変形であれば、人の関節は適応し、それほど強い痛みを感じることなく一生を送ることができる」というのが真実であると推測されます。


症例4)変形していても痛くない股関節

慢性医療4


この写真は58歳女性の右の股関節。3年前から軽い鈍痛があり、整形外科で消炎鎮痛剤をたまに処方してもらって対処していました。骨頭は変形し球形をしておらず、関節裂隙がほとんどないほど軟骨が摩耗し、さらに関節面が凸凹しています。それでもほとんど痛みなく生活ができています。他の整形外科医には「いずれ変形が進行して歩けなくなるのだから手術しなさい」と言われていますが、それは真実でしょうか? 関節が壊れても、その壊れる速度が極めて緩慢であれば、人間の体は適応し、痛みがほとんどない状態で一生を送ることができると思われます。


4例の共通点

手術を受けなくても十分に生活が遅れていること。画像上は極めて酷い進行状況であるのに、症状がほとんど出現していないこと。最後の1例を除き、「一生手術は必要ない」ことです(最後の1例はまだ58歳なので将来が未定)。

そして、おそらく「画像上の変化は数年から10年の月日をかけてゆっくり緩慢に進行して行った」と思われる点です。


医学の常識を覆す新理論

私たちは現在ある症状を軽快させるために薬剤、注射、手術、リハビリなどを必死に行っています。しかし、器質的な変化が非常にゆっくりになるのであれば、無理に治療しなくても人体の細胞が自然に適応してくれるという理論を学ばなければなりません。この理論は癌治療でも同様です。脳の大半を埋めるような脳腫瘍でさえ、その腫瘍の大きさが非常にゆっくりとしか成長しない場合、人間の脳は何の障害もなく適応すると思われます。切除することだけが治療ではないということです。


癌の進行を抑えることができるのなら、それだけでまっとうな人生を何の障害もなく送れる可能性があると言うことです。

関節の変形もそうです。変形の速度を遅らせることができるのなら、手術をしなくてもほとんど痛みのない関節を一生維持できるでしょう。その人体の適応力を信じれば、これまでの医学からは考えもしなかった全く新しい治療法が見つかります。それは超慢性療法です。治すのではなく進行速度を遅らせる新治療です。


痛み症状が強いのに画像に変化がない

痛くて仕方ないのに、病院に行ってレントゲンを撮影すると「異常ありませんねえ」と言われて薬だけ処方されるパターンがあまりにも多いことに私は現医学の無力さを常々感じています。症状が強いのに画像に変化が出ない理由を正しく説明できる医者はいますか? 答えはノーです。


医学書に「画像の変化が出ない理由」が書かれていませんし、そんなことを研究する医師もいません。しかし、私は常識としてその理由を知っています。


「画像は常に過去の傷跡を見ているのであって、現在の病状を見ているのではない」というのが真の理由です。画像上の変化は、骨が崩壊、血管が破れる、靭帯が切れるなどのはっきりした変化がない限り現れません。人間の体は、組織の崩壊→炎症反応→死細胞の除去→細胞新生と変化しますが、これが通常通り行われている場合は画像には何も映りません。炎症反応が強くて症状が莫大であっても画像には出ません。何か特別大きな破壊か、細胞適応などを起こさない限り目に見える変化はありません。細胞適応が起こるには時間がかかりますから、今現在は変化なしです。よって昨日今日出現した症状では画像上「異常なし」は当たり前のことです。時間が経たなければ異常は見えてきません。


多くの人はここを勘違いされています。症状が強いのだから画像診断で何も出ないのはおかしいと考えていることが間違いです。折れる、切れる、破れる、腫れる、貯まる以外で、現在進行中の炎症を映し出せる医学技術は、現代の科学では皆無であることを認めなければなりません。数ミリ程度の大きさの病変を映し出す技術もありません。


逆に患者の立場では、これだけ症状が強いのだから何か見落としていると考えたいところですが、それも違います。見落とすも何も、急性期には変化が現れないのですから。


急に膝を痛がる患者の写真は正常

今まで膝痛などなかった人が、急な膝痛で病院に行き、「画像上異常なしです」と言われると怒りだす患者がいます。今の痛みが3か月間続けば、画像に変化が必ず現れるでしょう。しかし、1日に0.1mmずつ破壊されているのなら、今日は0.1mmの変化しかないわけですからそれは画像上認識できるはずがありません。だから正常に映ります。


しかしながら、重要なことは「細胞レベルでは極めて急な変化が起きている」ということです。局所では毛細血管が壊れ、細胞が死に、炎症反応が起こり、補体が終結し、浮腫が発生し、PHが低下し、熱も発生する・・・という大嵐が起きています。それはミクロで起こっていることなので目に見えません。若干腫れていることがわかる程度です。炎症の範囲が小さければ、血液データにも異常が出ません。こうした事実を常識として知っておかないから臨床現場でトラブルや言い争い、不信感が起こります。


人の体は急激な力により壊れる

人に発生する様々な症状は、全て急激な物理学的、化学的な変化によって起こります。Ph、重力、温度、圧力などの急激な変化です。非常にゆっくりとした変化であれば、変化幅が広くても症状は起こりません(起こりにくい)。ゆっくりとした変化であれば、細胞やホルモンなどが適応するからです。


難病は一つの変化ではなく、いくつもの変化が何重にも積み重なっておりなす変化であり、そのスピードは想像以上に速いと言えます。非常に緩慢に進行して行っているように見えるパーキンソン病などでさえ、ミクロの細胞レベルでは物理的な急激な変化が起こっています。全体的な進行は遅いのですが、細胞が新陳代謝するよりも速い速度で細胞の壊死が起こっており、新陳代謝が間に合わないほど急激な変化が起こっています。


人間は死んだ細胞を排除して新しい細胞に置き換える力を持っており、体に不具合が出る時は、そうした新陳代謝の速度よりも速い速度で細胞の壊死が起こっているという考え方が必要です。その細胞壊死を起こすほどの急激な変化の速度を落とす治療という新たな概念を提唱します。治すのではなく変化の速度を緩める医療です。


ステロイド療法が代表的超慢性療法

ステロイドホルモンは局所に起こっているphの変化、圧の変化、貪食細胞集積、などの抑制を行い、物理的・化学的変化を緩慢にさせます。これがステロイドホルモンが万能薬のように言われる理由です。しかし、同時に新陳代謝まで抑えてしまうので、これが裏目に出ると細胞の新生が起こりにくくなり、死細胞のゴミを増やしてしまうと思われます。これがステロイドを長期大量に使用してはいけない理由の一つです。


さて、私たちはステロイド以外でもう少し建設的に変化の速度を落とさせる治療法を考えなければなりません。その骨子が生活指導です。


本格的な生活指導が健康を変える

例えば、症例3の膝痛の場合、関節面には重力がかかり、この重力の急激な変化が関節を破壊して行きます。

ではどうすれば急激な重力変化を除去できるでしょうか? それは足の裏に適切にフィットするクッションを敷くことで除去できます。階段を降りる時は手すりを使って後ろ向きに降りていただきます。立つときは必ず何かをつかんで立っていただきます。そうした指導を行うだけで症例3の女性は一生手術をすることなく、自分の膝で天寿をまっとうできるようになります。


それでも転倒などで予期せぬ急激な変化を膝に起こしてしまうときがあります。その時にはステロイドなどの薬剤を用いて局所の急激な壊死の進行を抑えてしまう。


こうした生活指導+医療で超慢性療法に導くことができます。これが一生涯手術を回避する方法であり、これまでの外科中心の医療を猛反省する新医療です。


超慢性療法成功の指標は痛み

私はこれまで一般的な医師が行わない方法で「全力で痛みを取り除く」治療を実践してきました。この治療のおかげで私が治療している患者はほぼ全員が手術を回避しています。脊椎や関節の疾患を持つ患者が1日に40人来院する外来ですが、その中で実際に手術を受けさせた患者は1年間に1名程度です。手術回避率は99%以上です。


この実例が示す真実は「正しく治療と生活指導を行えば手術は必要ない」ということです。どんなに関節が変形していても、その進行度にはほぼ無関係です。人の体は変形が激しくても長期間かければその変形に適応するからです。


ただし、変形の速度が速ければ適応できません。変形の速度は個人差があり、重労働をする方は速く、軽作業では遅くなります。よって治療や生活指導は患者別に流動的に行っています。その指標となるのは痛みであり、痛みこそが変化の速度を表していると推測しています。このことを示した論文が「膝の痛みと経年変化の関係について」です。


これは「痛みとは何か?」という究極の医学課題の答えでもあります。痛みというものがこの世に存在しているわけではなく、あくまで痛みは電気信号です。その電気信号はまさに「急激な変化のスピードメーター」であるというのが答えであると思われます。痛みは環境の急な変化を表し、痛みを取り除く=変化の速度を遅らせる、ことであるという新理論です。


すなわち、私のように痛みを徹底的に取り除く治療を行っていれば、ほとんどの人が手術を回避できてしまいます。ただし、この新理論は医学の権威を失墜させます。そして医療費の消費を大幅に減らします。つまり医者の収入も威信も激減します。よって世界が認めたがらないことでしょう。しかし皮肉なことに、現役時代にバリバリ手術していた医師が、開業して保存療法を主体に治療をし始めるようになると、とたんに私と同じような超慢性療法に興味を持ち始めるようになることです。手術と超慢性療法、どちらが優れているのか?真実は各自考えてください。


リハビリや生活指導の問題点

私はこれまでの医学概念にない破壊スピードの要因について述べています。変形速度=細胞壊死速度-細胞新生速度 という公式が定義です。そもそも治療とは細胞新生速度を高めるか、細胞壊死速度を低下させるかして、変形速度を低下させること言えます。生きているだけで全ての器官は変形していき、変形速度をマイナスにすることはなかなか難しいことです。マイナスとは若返りを意味します。しかし、変形速度が低下すれば、人体細胞は適応し始め、変形のままでも恒常性を保つことができるようになります。


これまでのリハビリにはこうした速度の概念が欠如しているため、「何でもかんでも鍛えればよい」という誤った方向にしばしば進みます。リハビリをすることにより、変形速度を速めてしまうことが多々あるからです。筋肉を鍛え、可動域を広げてあげることは、一つの適応です。ですが適応させようとして変形を生み出してしまうようでは本末転倒です。現在のリハビリや生活指導には細胞新生速度を高める、細胞壊死速度を低下させるという治療の原点的な考え方がないため良い方向にも悪い方向にも向かいます。細胞新生速度を高めるにはどんなリハビリがよいか? 細胞壊死速度を低下させるにはどんなリハビリがよいか?ということを理論的に考えていかない限り、現代のリハビリ学に未来がないでしょう。


当然ながら生活指導も同じことであり、「とにかく歩きなさい」という全く理論を無視した生活指導が蔓延していることを悲しく思います。


実際にどうすればよいか?

超慢性療法では生活指導がその骨子になります。例えば私は崩壊の激しい膝関節痛に対し、1ヶ月の松葉杖歩行(免苛)を指示します。「歩きなさい!」などという指導はもってのほかです。細胞を壊死させるのは日常生活が原因ですから、できるだけ細胞を壊させない生活をさせます。そのために補助として健康グッズ、寝具、椅子などのアドバイスもします。そしてこれらの研究開発も行わなければなりません。


ただし、生活指導については実際にどんな姿勢が体勢が、仕事が、体を壊していくのか?何をどのように気をつければよいのか?は全く一言では述べることができません。私は生活指導がこの世に現存するどんな治療法よりも一番難しいことをよく知っています。そして生活指導の専門書を執筆する計画もあります。が、簡単ではないことだけは先に述べておきます。


また、世の中にはすでに超慢性療法的な治療法に気づいておられる頭のいい医師もおられます。そういう頭のよい方は既に世の中を騒がせるような本を執筆され、ベストセラーにもなっています。しかし、書籍の中でいかに核心をついたことを述べていようとも、本は所詮流行りものであり、後世の人々に残ることはありません。世に残し、後世に知恵を残していくためには学会を組織し、学問の形態をとって残していかなければなりません。日常損傷病学はまさにそのために名づけたものです。


超慢性療法の破壊力

超慢性療法は超高齢化社会を支え、かつ国の経済を支えることのできる将来性のある治療論であり、医療費を抑えることができます。よって本療法は医学産業を質素倹約へと導き、それらを生業として生きる者たちの生活を壊します。よって様々な妨害工作を受けます。実は妨害工作は既に発動しています。それは厚生労働省が発動するものです。


超慢性療法には関節内注射や腱鞘内注射、滑液包内注射などが不可欠ですが、それらの保険点数があり得ないほどに安く設定されるという妨害工作です。あり得ないほどに安い場合、医師はその治療をすると赤字経営に追い込まれるため、そうした治療をすることができなくなります。腱鞘内注射は今年4月に270円というあり得ないほど安い値段にされてしまい、事実上、厚生労働省が腱鞘内注射を禁止したのと同じことになりました。関節内注射も800円と破格値であり、注射をすればするほど人件費赤字になります。よって、医師は注射をしなくなり、変わりに薬とシップと温熱療法のみとしますから、多くの患者がその痛みに耐えられなくなり、手術を選択するしかないようになってしまっています。


すでに超慢性療法は一昔前から妨害工作を受けていることがわかります。外科医にとっては手術に向かわせることは極めて有利ですが、それは彼ら(外科医)の威信と給与アップに対して有利なのであって、国民にとっては極めて不利な話です。


官僚は教授たちと手を結び、教授たちの都合のよいように医学制度を改革させています。別にそれを恨んでいるわけではありません。変革には痛みを伴うといいたいだけです。真に国民の健康が推進されると、困ってしまう権威者が多いのです。特に外科系が困るのです。


超慢性療法を支える代替医療

鍼灸・整体・マッサージ、特殊な温熱療法などは西洋医学よりも「痛みを取り除く」ことに関して上を行きます。もちろん西洋医学のみで痛みが除去できる方はそれでよいのですが、整形外科に通っても全く効果がない人々は、実際には代替医療にかなりの割合で流れて行っています。整形外科医が少ないのでそういったことを彼ら(医師)は気づいていませんが、20年後には医師過剰時代が訪れますので、そのときになって彼らはようやく気づくと思われます。


前にも述べたように、超慢性医療の指標は痛みであり、痛みを取り除くことができていれば、人の体は変化に適応し、痛くない体へと変化します。方法は問いません。よって、実際は超慢性医療を、既に代替医療の方々が実行しています。整形外科医が治せない痛みを、彼らが治してしまっています。しかし、代替医療のことを整形外科医があざわらい、馬鹿にし「俺たちの方が断然優れている」と思い込み、実際には負けていることを知ろうとしていません。当然ながら整形外科医はマスコミでは圧倒的に有利ですので、代替医療が表に出られないように否定し続けます。まあ、それは世の流れなので仕方ありません。強いものが勝ちます。しかし、いつまで強い者でいられるのか疑問です。


私が「代替医療が整形外科よりも優れている」ことを知るきっかけとなったのは、このHPを作ったことです。世の中の「治らないものたち」を診察するようになり、そういう人々がいろんな治療を受けてどうなっているか?を患者の口から聞くようになったからです。明らかに整形外科で処方する薬とシップよりも効果が高い。しかもそれは整形外科の分野だけでなく、内科の分野でも同じことが言えるのです。


なぜ彼らが医師よりも超慢性療法に長けているかというと、彼らは患者から100%の治療費をいただくからです。治せない=倒産、を意味するからです。いわば背水の陣で患者を治そうとするため真実を追究しなければなりません。そのがけっぷちの姿勢が医師たちよりも優れているため、代替医療が西洋医学よりも進歩するのです。西洋医学かぶれの方々はそのことを知らないようです。なぜなら、代替医療は常に西洋医学から批判の対象とされ「西洋医学よりも治せる」という事実が表に出ないように叩かれているからです。


私の提唱する超慢性医療は西洋医学ですが、当然ながらその破壊力のために、表に出られないように妨害される運命にあります。のきなみ、保険点数をあり得ないレベルまで引き下げられるという妨害を受けていると行ってよいでしょう。開業医もまた、大学の教授たち、大病院の経営者たちにとっては気に入らない存在です。よって、大学病院では行わない雑多な治療はどんどん保険点数が引き下げられる運命にあります。開業医も厚生労働省から妨害を受けるのですから、超慢性医療は前途多難です。

自分を信じることができますか?

2017年治療成績

人は力を信じる

あなたは何を信じて病院に行きますか? たとえば難聴をわずらえば「耳鼻科に行けば難聴を治してくれる」ことを信じて耳鼻科に行きます。しかし「耳鼻科医が難聴を全て治せる」とは彼らは宣言していません。実際のところ、耳鼻科医は「感音性難聴は治せない」と宣言しており、それでも私たちが難聴になった時に耳鼻科に行く理由は、耳鼻科医は「耳のことなら何でも治せる」という妄想を私たちが抱いているからであることがわかります。ではなぜ医者が病気を何でも治せるという妄想を私たちが抱いてしまうのか?を考えましょう。


それはマスコミが医学の力を誇大に宣伝しているからです。医療の最先端では難病奇病が即座に治るという「現代医学の力」をマスコミがテレビ・新聞・雑誌・広告などに垂れ流し、視聴率を稼いでいるからです。


医療費は国家予算の数割を占める金食い虫です。日本はその金食い虫を、財政赤字がどれほど膨らもうともとにかく「国民全員」に配ろうとしています。しかも、特に、お金を全く稼ぐことのできない生活保護者や高齢者に湯水のごとく配ります。そんなことをして一体国がどんな得をするのでしょう? それは国民の不満を鎮められることでしょう。国家の安定には、何よりも医療を充実させること!が最重要です。だから金食い虫を放置してでも大金を賭けて医療を(西洋医学を)国民全員に配ります。全員に!です。


そうやって国家安定を計るためには、医学が「何でも治せる」という誇大妄想が必要です。「耳鼻科で治せない突発性難聴が鍼灸師に治せる」ということが知れ渡ってはなりません。とにかく西洋医学が全ての治療の中で最高であることを国民に信じさせなければ国家は安定しません。


このような国家成立の大前提の中でマスコミは動いています。特に日本のテレビ局は放送権を国からの許可で得ている(特権な)ので、国の意向に極めて従順です。よって「西洋医学で何でも治せる」という誇大妄想を放送することに罪悪感がありません。


ここで最初の問いかけに戻ります。私たちは一体何を信じて医者に行くのでしょう? それは国が作り上げた「西洋医学は何でも治せる」という誇大広告を信じて医者に行っているわけです。そしてそのお金(治療費)を国が支援しています。国が支援している西洋医学こそが世界最高でなければ国の威信が低下します。だから誇大に宣伝せざるを得ません。すなわち私たちは国家権力を信じて医者にかかるという行動をとっています。それは力です。国民を手なずけるための力です。つまり私たちが信じているのは力なのです。


力を生み出すもの

力を生み出す根源となっているのは誤った形で悪用されている統計学です。ここでは詳細を述べませんが統計学の誤用についてはこのHP内でも述べています。西洋医学は統計学をベースに発展してきましたが、その統計学が誤用されているためにありもしない因果関係をでっちあげることができてしまいます。統計学には「人を信じさせるマジック」が存在し、そのマジックを利用して教授と呼ばれる権威者たちが自分の考えた医学理論が「真実であるかのように」見せかけます。


統計学はどこまで行っても「因果関係を述べてはいけない学問」なのですが、教授たちは自分の権威を利用して因果関係があること主張し、反論を権力でねじふせます。そして科学雑誌に掲載させてその理論が真実であるかのように見せかけます。そうした「権威づけ」のせいで国民は正しくない理論を真実であると受け入れます。わかりやすく言えば「国民が信じているのは権威」なのです。権威が力を生み出し、その力で国民をねじふせています。


権威はショービジネス

権威を作るためにルールがあります。日本医学界では東京(難関国立)大学を卒業し、研究論文を書き、教授になり、官僚と手を組み・・・という権威づけの流れがありますが、論文で常に示さなければならないのがエビデンス(証拠)になります。よって証拠は捏造されることが日常茶飯事になります。そして証拠は目に見える形でなければならないので、派手でなければなりません。逆に言うと派手に見える証拠が生み出せるショーをプロデュースできなければ世界に名を残せません。人間の体の中で証拠を作り上げることのできる病気を研究しなければ権威や名誉を手に入れることができません。よって、派手な外科手術、注目の再生医療、薬の開発などがどんどん研究され、証拠を示すことのできない病気は研究されないままになります。


よって自律神経失調症、耳鳴り、かすみ目、感音性難聴、うつ、慢性疲労、神経性胃炎、下痢、腹痛、頭痛など、私たちが日常で経験する病気はどの病院に行っても治すことができません。これらは研究したところで証拠をのこすことができないので、論文として成立せず、よって権威が欲しい人々は誰も研究しません。


私たちは権威者(教授たち)のショーを見て手を叩いて喜び、そしてその権威を信じて医者にかかるわけですが、治せるのはショーのお題目にある派手な病気だけであり、日常に経験している不定愁訴的な病気は全く治せません。また、患者はショービジネスの材料、実験台にされ、手術の必要もないのに手術を勧められることになります。


そうしたショービジネスを先導する役割が国家(厚生労働省)にあり、大学教授が官僚と手を組んで国民を管理しているのが先進国のスタイルです。

患者はショービジネスの題材にされているのか?本当に必要な治療を受けているのか?を個人個人が考えた方がよいでしょう。


インターネットは無法地帯

西洋医学は派手な病気の分野では発達していますが、ショーにならない地味な病気の分野では劣ります。国民は「この事実に気づく者」と「この事実に一生気づかない者」に二分されます。前者の「気づく者」は現代医療(西洋医学)に不信感を持ち、インターネットを利用して自ら情報を収集しようとするでしょう。しかし、そこには商売の罠が何重にも仕掛けられています。インターネットには発言の規制がほぼありませんので医療従事者が自分の商売のために患者を引き込もうとして「都合のいい結果」しかネット上に公開しません。ネット上の理論の真偽は本当のところ誰にもわかりません。これはネット上に嘘が多いという意味ではありません。真実も書かれていますが、それを証明するものがこの世にはないという意味です。

ネット上の理論が真か偽か?は各自が自分の頭で考えるしかなく、自分の決断に責任が持てない者はそれができません。


占い師に頼みましょう

例えば、私のHP上に書かれている論文が真実か偽物か?を私は敢えて述べていません。私が医者であることも嘘かもしれません。なにせプロフィールが掲載されていません。自分のことを野良医者であると言い、反社会性のあるサイコパスであるとも言い、むしろ、人々が不信感を抱く材料をふんだんにちらばらせています。


それはあなたがたに「考えること」を教えるためです。普通の人は考えることをせず、評判、権威、有名度で自分がかかる病院・医者を選びます。だから、逆にそれらを一切ここに掲載していないのです。私を信じるか信じないか?を自分の頭で考えなさい! そして自分の責任において私に頼るかどうかを決めなさい!という意味を込めています。


こうなると、責任がとれない人は占い師に相談しに行くしかありません。私は生年月日を公表していませんので、このサイトを見つけた日で占ってもらうしかないでしょう(笑)。


このサイトの信用性を考える

このサイトが商売目的で作られているのか? このサイトの治療実績が本物か? どこまで著者の理論を信じてよいか? のヒントを莫大にちらばらせています。嘘か本当か、信用してよいか悪いか?の判断は、実はそこにかかるコストで判断することができます。


たとえばK氏とBの不倫騒動は売名行為に自らネタをマスコミにばらしたのか? 誰かにばらされたのか?を考えるとき、売名で上がる予想売上と売名で下がる被害額の差で真偽を推測できます。売名で年収が1億上がったとしても、汚名で被害額が100億円であれば、これは自らネタバレさせたものではないと推測できます。


というように、人間は自ら損失に飛び込む自殺行為を理由なくできないという本能を持ちますから、コスト計算で真偽をかなりの確率で見分けることができます。


例えば、私が商売根性でこのサイトを立ち上げたとすれば・・・まず、これだけの研究と労力にどの程度の製作費がかかるか? 制作年数が何年かかるか? 医者ではない者にこの研究ができるか? どれほど強い意志が必要か? 何のためにそんな強い意志を持つ必要があるのか? が見えてくるはずです。莫大なコストがかかります。そのコストをたかが「患者を自分のところに少し多く呼んで商売を繁盛させたい」というような目的でこのサイトを立ち上げているのかどうか?が自ずとわかるでしょう。


これほど莫大な研究と情報量を一人の人間が公表しているとなると、その目的は個人レベルではないことを推測出来て当然ではないでしょうか? この世界に何かをやり残そうとする志がなければ、こんなことはできないと思いませんか? これだけ莫大な情報量です。私利私欲のためにこの情報を流すにしてはコストの掛け過ぎです。コストの方が利益をはるかに上回ります。


データを改竄し、自分に有利な情報のみを載せ、信憑性がないと考える人もいるでしょう。しかし、もしもそれがばれた場合の損失を考えてみてください。信憑性のないことを一つでも出せば、全ての理論の信憑性が失われます。これだけの莫大なコストをかけているのに、たやすくデータを改竄し、信憑性を失墜させることができるでしょうか? そのリスクとベネフィットを考えてみてください。データ改竄はあまりにもリスクの方が大きいでしょう。そういったことを、これを読む一人一人に考えてほしいという願いがあります。


私は人の心を読めます

このサイトには私が「真実のみを追究してきた」ことがわかる証拠がいたるところに存在します。医学書に疑問を持ち、権威者に一切媚びず、真実だけを見ようとした証拠です。


真実を読むことを人生の課題としてきた私は、その特技を活かし、以前、人の心を読むことを仕事にしていた時期がありました。ですから患者の心の動きが、視線やしゃべり方、態度で瞬時に理解できます。さらに、治療法を説明し、治療を受ける決断をするまでの言葉の間合いで、この患者が何を考えているのか?がすぐにわかりました。患者が私に不信感を少しでも抱いていれば、それは手に取るようにわかります。真実を追究する=人の嘘を見破る、ことを意味しますので不信感を隠そうとしても私の前では無駄です。


さらに私は徹底的なエコノミストでした。治療では一切の無駄を省きます。というより、省きたいのです。不信感を持つ患者には、まず、私を信じさせるパフォーマンスから入らなければなりません。そのパフォーマンスは「無駄の極地」であるため、私にもっとも精神的ストレスがかかります。患者を信じさせるために「効かないとわかっている治療」から始めなければなりません。


例えば、頸椎が原因で足がしびれていると推測した患者がいたとします。この患者は「腰椎が悪いから足がしびれている」と自分では思っています。その患者の頸椎にリスクあるブロックをしようとすれば必ず拒否されます。よって効かないとわかっている腰椎へのブロックから開始しなければなりません。


また、この患者は「最低でも10回以上治療しないと効果が出ない」と推測できた場合、効果の出ない治療を9回近くしなければならないわけで、私に不信感を抱いている患者にはとてもできません。よって、長引くことが予想される治療の場合、不信感のある患者には治療を拒否せざるを得ません。


もしも私に治療を受けたい方がおられるのであれば、私が人の心を読む専門家であることをどうか知っておいてください。無駄なことはしたくないからです。


人の心を読み、人の痛みを感じることができるからこそ、リスクあるブロック注射を安全にできるということをどうか知っておいてください。ほとんどの医者にはない能力です。


治療実績は着実に上がっています

このサイトを立ち上げてたったの数年ですが、全国から難病症例が集まり、治療実績はここに掲載してあるものよりも何倍も多く経験しています。残念ながら、あまりにも治療が忙しく、精神が疲弊してしまうせいで、実績をまとめて公表するパワーが残っていません。病気の種類があまりにも多く、一つ一つ発表するためには論文を何十と書かなければならないからです。よって一般的な方々が求めるエビデンスをここに掲載することが、どうしても遅れがちになります。ただ、そうしている間にも優秀な人材が病気になり社会からドロップアウトしていきます。そうならないためには、自分の頭で考え、自分の意志で責任で私に治療を受けに来なければなりません。特にうつ病で退職となる方々がいかに多いことか・・・。そうした人々を根本治療できることを示しても、信用されていないこともわかっています。だから再度言います。自分の頭で信憑性を考え、私の元へ来院ください。もたもたしていたら会社をクビになります。


私の診療所は飽和しています

私が1日に治療できる患者の数の限界は40名程度です。現在、飽和しており、これ以上の患者の受け入れは困難な状況です。とにかく治すことで患者を来させなくし、新しい患者を受け入れられる余地を作っています。診療費も安い料金しかいただいておりません。税金対策のため、儲けを出すことを制限しています。


つまり、商売繁盛のために、患者を集客するためにこのような文章を書いているのではないということを理解していただきたいです。他の医師にかかっても治らない方の人生を、少しでも健全にするために、難治性の方に門戸を開いています。どうか、自分の頭で考えてください。最後に信じるのは自分自身です。あなたは自分を信じることができますか?


私の煩悩

私が出世に興味がないか?と言われれば、ノーと言えば嘘になります。マスコミにさわがれたいか? ノーです。私は自分の精神世界の中で十分な成功と出世に達しています。地位も名誉もありませんが、自分の中では確固たる地位も名誉も得ています。だから出世にはあまり興味がありません。必要とあれば学会を作り、弟子も作り、治療技術を伝えますが、それは多くの困った人に良い治療を受けさせてあげるためです。私だけでは1日に40人しか助けてあげられないからです。


お金が欲しいか? ノーではありませんがすでに十分です。お金で人を動かすことを美徳と感じていません。

ただし、毎日毎日理不尽さを感じています。私の技術が正当な価格として評価されていないことにです。お金が欲しいわけではありませんがプライドはかなり傷つきます。毎日毎日プライドを踏みにじられて生きています。これが私にはもっともつらく、乗り越えられない私の弱さです。


患者に利用されていると感じることもあります。患者の無意識下の真の顔が見えてしまうからです。患者のネガティブな感情に毎日悩んでいるのは私自身であり困難を抱えています。誰かが抱えなければならないジョーカーであるので私が抱えています。そしてジョーカーからしか真に人々を救うカードが生まれてこないでしょう。


あなた方が治療を受けようとしている人間は、このような医師です。あとは自分の頭で考えてください。私はこれほど莫大なコストをかけて信用性を示しているのですから。

私のことをナルシスト、天狗、妄想者・・・どのように思うのも自由です。ただし、私は不信感を持つ者には治療することができません。信用できないのはあなたが自分の頭で考えようとしていないからです。


家族を説得する

最後に、あなたが自分の頭で考え、私を信じることはできたとしても、家族に私を信じさせることは極めて難しいはずです。家族は国家が推進する西洋医学で「何でも治せる」と信じており、「西洋医学で治らないのは心の問題である」という西洋医学側の主張を信じているからです。つまり治らないのは「頭がおかしい」と判断され、それを治せるという私もまた「頭がおかしい」と思われるでしょう。その場合は私のサイトの文章をたくさんプリントアウトし、家族に読んでもらうことをお勧めします。Good luck!

リリカ・トラムセットの禁断症状に警告!

2017年治療成績

はじめに

リリカやトラムセットは他の消炎鎮痛薬とは作用機序が全く異なり、抹消に効くのではなく、脳や脊髄などの中枢に作用する薬剤です。よって、普通の鎮痛薬とは全く異なる「禁断症状」が出ます。しかし、禁断症状の詳細は医師でさえほとんど知らされてない状態です。そうとは知らず医師は痛みを抑えるために気軽にこれらの薬剤を処方し、患者も「今の痛みから逃げたい」一心で服薬を安易に開始し、それをやめようとした際に禁断症状が出現し日常生活が送れなくなる方が続出しています。

製薬会社は禁断症状を詳しく調査し、これを公示することを避けたいということは営利目的として理解できないわけではなく、処方する医師の側も罪悪感のため、敢えて自分の処方した薬剤の禁断症状調査をしようとしたくないと思われます。しかし、これらの薬剤は1「痛み止めとしてあまりにも広く安易に使用されている」2、「禁断症状が2か月近く続き、決して短くない」3、「製薬会社の言うように徐々に減らしても禁断症状の出現を抑えられない」4、「禁断症状が社会適応を奪うほど強い」状況では臭いものにふたをしている場合ではないでしょう。


具体的な禁断症状

58歳 男性の場合 トラムセット服薬12時間後に全身がだるくなり極めて強い疲労感に襲われる。リリカ服薬24時間後に思考能力低下、せん妄状態、視野半分の不明瞭、手の震え、呂律悪化が出現する。これらの症状は薬を再度服薬した瞬間に消失する。だるさは「耐え難い」レベルであり、自動車の運転は不可能と感じる。よって彼の仕事(運転)を続けるには、服薬を続けるしかなかった。


53歳 女性の場合 トラムセット服薬12時間後に強い疲労感のため体が動かなくなり歩行困難になる。また、しびれが強くなる(持病の増強)。リリカ服薬12時間後に集中力が切れてせん妄状態になる。記銘力低下が顕著になる。再度服薬すればこれらの症状は消失する。禁断症状は極めて強く、仕事を継続するためには薬を飲み続けるしかなかった。


これらの症状はいわゆる「副作用」ではなく「禁断症状」です。禁断症状を抑えるには再び薬を服用する以外に方法がありません。よって薬をやめようと思っても「やめると社会に適応できなくなり職を失う」ためにやめることができません。

両者ともに、同時併用の薬剤はなし。初期の頃はセレコックス、ムコスタの併用がありました。


禁断症状出現時期

58歳男性の場合、リリカ150mgを1日2回服薬するようになって半年後に禁断症状が出現。トラムセットは常用としておらず、痛みの強い時に最大で1日に2錠服薬していました。トラムセット服薬12時間後の疲労感の出現は、同様に半年経過後です。しかし、トラムセットを常用していないために、彼の場合はトラムセットの禁断症状は12時間で消失します(禁断症状が長くは続かない)。よって「トラムセットはいつでもやめることができる


53歳女性の場合、禁断症状の出現時期はリリカを増量して服薬するようになって半年を経過した頃からです。最初の1か月はリリカ75mgを1日2回、その後リリカ150mgを1日2回に増量。その約5か月後からトラムセット1錠を1日3回を併用するようになる。ですから禁断症状発現までの必要服薬期間は半年以上とあいあまいに述べておきます。どちらの薬がどのように影響しているかわかりにくいためです。彼女の場合は「トラムセットの禁断症状の方が肉体にとって非常に辛い」と述べています。その理由は、彼女は半年前からリリカを50mgを1日2回(これまでの3分の1量)に減らしていますが、その際の禁断症状は、トラムセットの禁断症状ほどつらくはなかったからだと言います。


詳しく他の患者を調査すれば、禁断症状発現までの期間と服薬量の関係を判明させることができますが、ここでは症例数が少ないのでわかりません。よっておおよそですが、禁断症状発現までの期間は暫定的に半年と推定しておきます。逆に言えば、半年以内に服薬を中止すれば、禁断症状は発現しにくいかもしれません。

また、両者ともにリリカを1日に300mg服薬を半年以上継続しています。よってリリカは1日に300mg以下であれば長期投与でも禁断症状が成立しにくいと言えるかもしれません。この時点で暫定的にリリカ300mg/日以上服薬している方は禁断症状出現のリスクが高いと述べておきます。トラムセットは1日に2錠から3錠が臨界点と推測します。


離脱までの困難な道のり

禁断症状の出現は逆に言うと薬物中毒(ジャンキー)状態と言えます。服薬を止めようと決心し薬断ちを行うと、12時間後に疲労感、せん妄・不安感・イライラなどが発症し、日常生活を行うことが困難な状態になります。よって薬断ちは簡単ではありません。

■58歳男性の薬断ち

禁断症状が出始めて数か月後、それを禁断症状とは認識できず、脳外科にかかり精密検査を受けるが「全く異常なし」と診断される。1年前からせん妄や手のふるえはリリカの禁断症状であると気づき、リリカ75mgを1日1回(眠前)に減量することを試みる。しかし、正午を過ぎたあたりからせん妄・手の震え・集中力低下・呂律悪化が現れる。この禁断症状に耐えながら薬を減らすことを決意。だが、禁断症状の出現は減量してから2か月間近く消失しなかった。つまり彼は禁断症状と2か月間闘ったことを意味する。現在リリカ75mg1日1回では禁断症状が出現しない状況(離脱)となった。

トラムセットの禁断症状(疲労感)は服薬する度にあったが、常用していなかったため12時間程度我慢すれば症状が消失する。よって薬を断つことは「いつでも可能」の状態だったため、問題にはならなかった。今もトラムセットを週に1回程度服薬しているが、禁断症状継続時間が12時間と短いためなんとか仕事に支障はないとのこと。

■55歳女性の薬断ち

彼女の場合、長期間トラムセットを1錠1日3回服薬していたため、トラムセットの薬断ちは困難だった。断つとだるさで体が動かなくなるため仕事を継続することができない。1日3錠を1日に2錠にまでは減らすことができたが、1錠にすると必ず禁断症状が出現した。薬剤師にこのこと相談し、製薬会社に問い合わせたところ「稀にだるくなることがありますが・・・」との回答で、まともに取り合ってもらえなかった。

よってまずはトラムセットの減量はあきらめ、リリカの減量を試みる。禁断症状はせん妄と眠気、集中力低下。半年前からリリカ300mg/日を100mg/日に減らし始める。この頃から私は彼女に上頚神経節を行い、この禁断症状を軽減させることに努めた。上頚神経節ブロックを行うと頭がクリアになり4~5日は楽でいられるため本ブロックを行いながら減量を成功させることができた。禁断症状が出なくなるまで1か月半を要した。

トラムセットの離脱は容易ではなかった。服薬をやめると「体が動かなくなる」ためである。当然社会人としての適応ができなくなる。そこで彼女はお正月休みを利用してトラムセット断ちを試みた。1日1錠服薬で禁断症状に耐えた。そのため、正月三が日は犬の散歩にも行けないほど疲労感が強かった。が、これに耐えた。こうした懸命の薬減量への努力を2か月行い、2016年の2月末、ようやく禁断症状が出ない状態になった。


禁断症状との闘いは長く続く

上記2名の禁断症状は「社会人として不適格」のレベルであり決して軽度ではありません。かつ、禁断症状を離脱させるには1.5か月~2か月の闘病生活が必要です。また、離脱時にはこれらの薬剤を服薬するにあたって、原因となった元病気の疼痛などの症状も増強します。よって「抜け出すのは簡単ではない」ことに留意してください。

抜け出すためには「せん妄、強い疲労感」などの症状に1~2か月間耐えなければなりませんので、現在の仕事を解雇されるリスクが高まります。社会人としては極めて厳しい状況に追い込まれることを覚悟しなければなりません。また、禁断症状との闘いを覚悟できない患者はこれらの薬剤に安易に手を出すことはおすすめできません。医師は、患者に「やがて来る禁断症状と1か月以上闘う意志」があるかないかの確認をしてから処方することをお勧めします。また、服薬するのであれば半年以内に限定的に使用することを強く勧めます。あなたが医師であるならば、半年以内に服薬を中止させる計画の元に処方計画を立てることを強く勧めます。


誠意のない注意書き

リリカの注意書きには「急激な投与中止により、不眠、悪心、頭痛、下痢、不安及び多汗症等の症状」が生じうるため、「少なくとも1週間以上かけて徐々に減量すること」と書かれています。しかし、上記の2名の禁断症状は「不眠・悪心・頭痛・下痢・不安・多汗」のいずれでもありません。「せん妄・集中力低下・手の震え・呂律悪化」などであり、製薬会社が正しく禁断症状を把握していないことを推測させます。また、1週間以上かけて徐々に減量すれば大丈夫であるとの誤解を受ける文章です。実際は徐々に減量しようとしても6週間から8週間、禁断症状に苦しみます。医師が減量の方法をアドバイスしても禁断症状を防ぐことができないと思われます。製薬会社は一刻も早く禁断症状の詳細を自ら調査することをお勧めします。


禁断症状を防ぐために精神薬を使う

禁断症状を防ぐために、抗うつ薬、抗不安薬などを用いれば、症状は軽くなるでしょう。しかし今度はそれらの精神科薬の禁断症状に悩まされることになりかねません。最近ではセロトニン・ノルアドレナリンを増強させる系の抗うつ薬が市場に大量に出回っていますが、実はこの薬剤の禁断症状も極めて強く、離脱することは意志が強い患者でもなかなか困難であることがわかっています。

精神科薬は通常ののみ薬と比べると禁断症状が強く、なかなか離脱できないことは、衆知ですので問題ありませんが、「痛みを止める」ことを目的とする鎮痛薬で禁断症状が強く出てしまうことは許容範囲を超えています。なぜならば、痛みを止める方法は、これらの鎮痛薬以外にも様々な方法があるからです。ちなみに、私の全患者(難治性疼痛患者)のうち、リリカ・トラムセットを服薬しているのは上記の2名のみであり、この2名も私が処方したものではなく他の医師が処方しています。つまり、リリカやトラムセット以外に痛みを抑える方法があることを証明しています。

「禁断症状」が出ることを知らされずに服薬を勧められることは避けなければなりません。患者本人がいずれ必ず訪れる(マレではなく、一定量を一定期間以上服薬すればほぼ確実に起こると思われる)禁断症状を知らされずに服薬させられれば、その責任(事故・解雇・年収減の責任)を医師や製薬会社が負わなければならなくリスクが高くなるという意味です。医師はインフォームドコンセントを徹底し、安易にこれらの薬剤を処方しないこと(または使用期間を限定すること)です。そして製薬会社はできるだけ早く、これらの薬剤の禁断症状についての徹底調査を行い、処方する医師や薬剤師らに情報を提供する必要がある思われます。


製薬会社の誇大宣伝に警鐘

リリカ・トラムセット共に売り上げを飛躍的に伸ばしている薬剤ですので、被害者も急増します。リリカは2013→2014年で32.8%増。よって、医師はこれらの薬剤を軽率に処方しないこと。量や期間を限定的に使用すること。処方前に禁断症状のことを患者に伝えておかなければ、禁断症状が強い場合に訴えられて敗訴することもあることをふまえ、インフォームドコンセントを徹底することをお勧めします(禁断症状で自動車死亡事故などが起これば社会問題になります)。ましてや運転手なのどの職業の方へのこれらの薬剤の処方には厳重な注意が必要です。

また、患者は「痛みが止まらないから」といって容易にこれらの薬に頼らないよう注意すべきです。とにかく、量や期間を限定的に使用することを心がけた方がよいでしょう。

製薬会社は自社の売り上げや株価が低下することをおそれ、禁断症状を「めったにおこらないこと」としたいことは企業努力として当然と思われます。しかし、売り上げが減ることを恐れず、正義を貫いて欲しいと思います。もうすでに多くの患者から問い合わせが来ているはずですから、できればそれらを誠意を持って公表したほうがよいと痛感します。

特にリリカはタレントをTV CMに起用し多くの広告費をかけて宣伝している薬剤です。製薬会社が自粛することを強く望みます。禁断症状の認識が一般的になれば、禁断症状中の患者に生じた民事・刑事事件が、その薬剤のせいで不起訴になる可能性もあり、そうした場合に医師・薬剤師・製薬会社の責任が問われる可能性があります。そうならないためにもインフォームドコンセントを行いましょう。


脳の誤作動

今や、テレビなどの健康番組で高視聴率を獲得しようとするがあまり、奇抜かつ極端な医学理論を吹聴する教授陣を出演させ、それをうのみにする国民が極めて増加しています。中でも痛みの原因を「脳の誤作動」とする意見に困っています。

教授をはじめ、名のある先生方は、自分が「治せない痛みを訴える患者」を目の前にすると、それは脳の誤作動(「ない痛み」を勝手に脳で作っている)と考えたい衝動に駆られます。なぜなら「治せない痛み」を訴える患者は、医師のプライドを著しく損なわせるからです。

私はそうした「治せない痛みを訴える患者」を全国から集めて治療をしていますが、その多くをブロック注射で改善させることができます。つまり、脳の誤作動ではないことを次々と証明しています。脳への直接治療以外で治る痛みは「脳の誤作動」ではありません。

ここで問題となるのは、脳の誤作動=精神異常、よって「治らない痛みには抗精神薬を使用する」という傾向に医療界全体がなっていることです。

リリカやトラムセットは中枢に効く薬ですから、「脳の誤作動」的な症状には第一選択薬となっています。しかし、そうした処方が不適切であることは「慢性疼痛患者に対するオピオイド使用に警告」をご覧ください。

確かに、精神的なストレスで痛みの増幅回路が強調されることはわかりますが、それを脳の誤作動と限定するのはあまりにもシンプルな考え方です。痛みの原点は脳ではなく、脊髄にあると予想される場合を私は多く経験していますが、現医学では痛みの原点を特定できる診断技術がないため、脳の誤作動と誤診されるケースが多いと思われます(詳しくは「二次ニューロン性の腰痛の発見」参照)。

さらに現在、サインバルタなどの精神薬が「慢性腰痛」などに適用が認められ、痛みを治すために精神科薬を乱用する時代になってしまいました。

痛みは脳が感じているから脳を叩け!というノリで医学界が動いています。このノリが痛みの原因を正しく治療することの妨げとなっていると感じます。現代は「痛み治療迷走の時代」です。


脳に効く薬は禁断症状が極めて怖い

リリカ・トラムセット共に中枢系神経に効く薬です。サインバルタは「性格を形成するホルモン」であるセロトニンとノルアドレナリンを強める薬です。これら脳や中枢系に効く薬剤には大なり小なり必ず禁断症状がつきまといます。薬が切れた時に「気が狂いそうになるほどのイライラ・不安・あせり・抑うつ」などが現れることもあります。気が狂いそうになる=救急車を呼ぶレベル、です。

10数年前、米国で「性格を穏やかにする薬」として爆発的に売れた「プロザック」という薬剤がありました。シナプスレベルでのセロトニンを増やす薬剤です。現在はこれに改良が加えられ、ノルアドレナリンも同時に増やすようにするなどの工夫がなされ、現在のサインバルタなどの薬剤になりました。そうした性格を変える薬剤が現在「慢性腰痛」に適用が認められる時代になってしまいました。

「痛みのためにイライラ」→「イライラが痛みを増強」というハウリングのサイクルを断つためにこれらの精神科薬は確かに疼痛治療に有効です。しかし、有効であることが「疼痛の原因が脳の誤作動である証拠」にはなりえません。

精神に効く薬剤には禁断症状があり、サインバルタに関しては自殺願望が問題視されています。また、体調が悪い時や、知らずに未知の拮抗薬などをのんでしまった場合に、救急車を呼びたくなるほど強い禁断症状が現れることがあります。そういった危険をかえりみることなく、痛み治療を目的として安易に精神系に効く薬を処方するようになった現代の医学事情を悲しく思います。医者を悩ます痛み=脳の誤作動、とする傲慢な思考がこういう結果を招いていると感じます。


精神薬は医師のプライド治療薬

私は中枢系に効くと言われる疼痛治療薬は、疼痛を治すのではなく、医師のプライドを治すための薬剤であると思っています(皮肉です)。

整形外科医、ペイン科医などは疼痛を治す専門家ですが、それでも「全く治らない」患者が少なくありません。本当に少なくありません。そうした「みじんも効かない」患者は名医たちの評判を落とす、名を汚す、プライドを汚す、医学理論をぶち壊す、存在になります。「治療が全く効かない」理由が、「患者の頭がおかしいからである」と断定できれば、医師のプライド、西洋医学の権威を保つことが可能です。よって彼らはSSRI、他の抗うつ剤などの精神に作用する薬剤を用いて痛みが消失することを極めて喜びます。「薬が効かないのは自分の治療が不適切なのではなく、患者が精神異常だからだ」と逃げることができるからです。彼らは抗うつ薬で疼痛が除去される患者を指差して「やっぱり心因性だ!」と確信を持つようです。私はそうやって彼らが喜んでいる姿を横目でずっと見てきました。

このような現状ですから、「痛みを強く訴える、消えてほしい忌まわしい患者たち」を目の前から追い払うために、これらの治療薬が安易に処方されるという実態を、患者自身が知っておかなければなりません。最近では痛みをブロック注射で治療する専門家であるペインクリニック科の医師でさえ、これらの薬剤に頼るようになってしまっています。彼らはブロックの効かない疼痛を訴える理由が「脳の誤作動」にあると本気で思い込んでおり、それを修正することはここ50年間は不可能だと思います。痛み治療の迷走の時代です。非常に残念です。

中枢に効く系の鎮痛薬は、患者の痛みを治すよりも、医師のプライドを治してくれます。


まとめ

全ての薬剤に副作用がありますが、副作用とは別に「長期間使用していると禁断症状が出現する薬剤」があります。中枢神経系に効く薬の多くは禁断症状を持ちます。禁断症状は製薬会社が無視しようとする傾向があるので一般にその事実は広がりにくいと言えます。また、処方する側の医師にとっても忌まわしい現症であるので「見て見ぬフリ」をしたくなります。よって患者の訴えを聞き流すことも多いと思われます。リリカやトラムセットなどの疼痛治療薬は禁断症状が長く続き、離脱することがかなり困難な薬剤ですのでどうしても服薬したい方はその用量や服薬期間を限定して使用することをお勧めします。製薬会社は禁断症状の実態調査に乗り出し、その結果を世間にも医師や薬剤師にも周知させ、対処法の講習会を行うなど正義を貫くことを切に望みます。

難治性疼痛治療の障害は患者自身

2017年治療成績

はじめに

私は難聴・耳鳴りをはじめ、三叉神経痛・パーキンソニズム・下痢・過活動性膀胱・潰瘍性大腸炎・筋委縮性側索硬化症様症状、その他あらゆる難治性の痛みなど、「他の医師が治せない症状」を専門に治療しています。その方々を治すにあたって患者自身がしっておかなければならないことを解説しておきます。


治療の最大の妨害は患者自身

私は再度言いますが「他の医師が治せない症状」を治す専門医です。どうしてそんなことを専門とできるのか?は治る患者はどんどん治してしまい、治らない患者だけが残るからであることは以前に述べました。

医学の治療ガイドラインは教授たちがしっかり制作し、それを厚生労働省の官僚たちが管理し、お金にものを言わせて全国の開業医たちをガイドラインに従わせるという方式を日本はとっています。

このため、医師の治療技術は全国どこでも誰でも同じレベルになっています。どこかの医師にかかれば「治らない病気が治る」ということがあってはならないことになっています。

私は「他の医師が治せない症状」を治してしまうわけですから、「あってはならないこと」を医師人生の中で貫いてきたことを意味します。

これはすなわち、大学・教授・学会・厚生労働省を敵に回しながら常に戦い続けたことを意味します。そのため職場もかなり転々としています。解雇されることを全く恐れず、「解雇されることは私の名誉である」と言い聞かせて仕事をしてきました。


私の治療技術はそうした強大な圧力に打ち勝つことから生まれているので、なかなか他の医師たちにマネしてもらうわけにはいきません。マネをすれば同じように職場を追われる覚悟をしなければならないからです。そして場合によっては官僚を敵に回し、資金源を打ち切られることもあるでしょう。その恐怖に打ち勝つことから治療技術が生まれています。ですから、このホームページ上に掲載されている内容から、大きな力に屈しないことが読み取れると思います。

さて、そうした我が身を顧みない捨て身の反社会性を持つことで、他の医師が持ちえない治療技術を獲得した私ですが、治療に関し、それよりもさらに強大な敵が待ち受けています。それは患者自身であることを説明しなければなりません。


患者のプライドが傷つきます

難病を治療するには、難病の原因の真実を厳しく追究しなければなりません。真実をです。例えば、アフリカの黒人女性20代後半の方は、見た目年齢が50歳くらいに見えますが、日本人女性は50歳代でもアフリカに行けば20代後半に見られます。その理由は遺伝子にあります。アフリカ人の遺伝子では皮膚の角化が起こりやすく外的刺激に強い(つまり皮膚寿命が長い)。しかし、見た目にはしわが多くなります。日本人はそれよりも角化が起こりにくく、皮膚がなめらかになります(皮膚寿命が短い)。その代りアフリカ人よりも外的刺激に弱いわけです。


このように遺伝子は見た目年齢などにも強く関わり、その土地土地に有利な状況を生み出します。逆に遺伝子がその土地に適応していない場合、不利なことが起こりやすいのです。遺伝子は難病の原因となっていることが多く、いわば難病になることは「生まれた時からほぼわかっている」ことがしばしばあります。つまり「他の人とは違う!」わけです。


患者の遺伝子が「他の人とは違う!」ことを受け入れさせるのは私の仕事ですが・・・そのためには患者のプライドを著しく傷つけなければなりません。なぜならば「他の人と同じように生活し、仕事をし、趣味をすること」を止めさせなければならないからです。その理由が「生まれつき、あなたの体が弱いから」と述べても患者は納得しないでしょう。それが事実であればあるほど、患者は私に怒りを覚えるはずです。患者の遺伝子の短所を見破れば見破るほど患者の逆鱗に触れ、そして私は患者から不信感を抱かれてしまいます。女性が「容姿が悪い」と言われることを毛嫌いするのと同じ理由で、遺伝子的な理由を述べて生活指導を行うことは、患者のプライドを著しく傷つけます。


医師にとってもっとも怖いのは患者

「虎穴入らずんば虎児を得ず」であり、リスクに飛び込まない限り難治性の症状を治すことができません。リスクとは治療により患者に後遺症などを残す危険性と考えがちですが、医師側から見ると少し違います。治療が成功しなかった場合に評判を落とされる、治療により患者が死にかけたときに正念場となる、後遺症を残した時に賠償しなければならない、治療により痛みが強くなった際にその責任をとらなければならない、場合によっては人生が破滅する・・・などのリスクです。


私はブロック注射を専門に行っていますが、難治性の患者を扱う際は、一般の患者たちよりもリスクが何百倍も高く、その何百倍ものリスクに挑戦する自分自身を「キ○ガイ」であるといつもそう思っています。

落ちたら命のない綱渡りに毎日挑戦し続ける自分を「何と愚か者か」と罵倒したくなるほどです。そして命の綱渡りですから、当然、注射の1本1本に自分の命を削るほど精神を遣います。

教授や学会や厚生労働省ににらまれても、人生は破滅しませんが、後遺症を残した患者に一生にらみ続けられれば、金銭的にも精神的にも身が破滅します。注射を1本打つたびに、人生がゆらぐほどの恐怖を覚えます。おそらくこの恐怖は患者には理解できません。患者は自分が遺伝子的にそれほどリスクの高い患者であることを認めていないからです。


患者は「自分がリスクが高い肉体」であることを完全に棚に上げ、そして「飛行機で何時間もかけてここまで来たのだから、治さなければただでは置かないぞ!」という態度で私に接してきます。

「ただでは置かない!」と包丁を突き付けてきたリスクの高い患者ばかりを毎日相手にし、その患者にリスクの高い治療を毎日行い続ける私は「キ○ガイ」にしか見えないと思います。

私の元にまで来院する患者は、すでに有名な大病院を何軒も回り、そして無効であった強者です。私を含めて医師に不信感を莫大にかかえ、少しの不具合も許さない構えです。そうした崖っぷちに私を追い込むのは患者であり、その患者自身が治療の最大の壁となってたちはだかります。


診断力を知りましょう

私は単に「注射が少しうまい」だけの医師です。その私がなぜ「他の医師が治せない症状」を治せるのか?というと、診断力が極めて高いからです。普通の医師は統計学で診断することを教えられます。例えば患者が腹痛を訴えた場合、確率が高い順に、1、便秘、2、胃腸炎、3、潰瘍、4虫垂炎・・・などと確率の高いものから診断名を想像していきます。しかし、私の場合は治療の医学という他の医師とは全く異なる診断方法を用います。 整腸剤で治らない、下剤でも治らない、潰瘍治療薬でも治らない、胃カメラで異常なし、CTで腫瘍なし、採血で異常なし・・・ならば自律神経系の異常で腹痛が起こっているのではないか?と治療が効く・効かないで病気を消去していき、確率が極めて低く、普通では推測しない診断名を想像していくという診断法を用います。その診断ガイドラインは私の頭の中に出来上がっており、他の医師が「決してマネできない」ものとなっています。


なぜマネが出来ないか?それは大学・教授・厚生労働省・病院経営者たちに逆らった想像力を膨らませなければ到達しない診断だからです。普通の医師にこれらの勢力に逆らって生きる精神力はありません。だからマネができません。


診断能力の一例

先日、両足の灼熱感としびれに10年間悩んでいる60代女性を治療しました。整形外科・脳神経外科・神経内科・精神科・婦人科・一般内科・ペインクリニック科などあらゆる科、あらゆる病院で10年間治療しましたが全く、少しも効果が出たことがない方です。特にペインクリニック科には3年間通院し続け、さまざまなブロック注射治療を行い、「一度も効いたことがない」とのことです。さらに精神科では薬漬けにされ、自分がわからなくなるほどに薬をのみ、最近ではそれでも症状が改善しないので「睡眠薬以外の薬剤を止めた」とのこと。

足の灼熱感が強いので自殺を考えるほどつらいそうです。そうした患者が私の外来でソファーに体をうずくまらせ「お願いです、治してください」と訴えてきます。

さて、遠路はるばる来院した患者に治療期限は4日間。この4日で10年間誰も治せなかった症状をどう治療するのか?が私に求められるわけです。他の医師には「脳の誤作動」と言われています。果たしてこの診断がただしいのでしょうか?


治療の医学の診断力

ペインクリニックで様々なブロック注射を受けても症状がまったく改善しなかったという事実をまず、「信じるか信じないか?」を考えなければなりません。私は基本的に私以外の医師を全く信じていません。どんな名医が行った治療でもそれがうまく成功しているとは限らないからです。坐骨神経に対する様々なブロックが「正しく行われていたかどうか?」を保証するものはありません。そこで私は初日、まずは腰部硬膜外ブロックを行います→無効でした。私は自分の腕を信じていますので、ブロックがミスであったとは考えられません。そこで同日、S1の神経根ブロックを追加します→無効。S1の神経根ブロックは不確定要素が多いので、無効であることを完全に信用できませんが、この結果から「坐骨神経は原因から削除する」という診断を下します。


しかしながら、神経の末梢で起こっていることも「もしかしてあるかもしれない」と考え、翌日、足関節内注射と、末梢の脛骨神経にもブロックします。足根管症候群も考慮してです。しかし、これらも一切効きません。3日目は最も脳に近い自律神経をブロックするため上頚神経節ブロックを行いますが、これも無効。そして胸髄に原因がある可能性も考えて胸部硬膜外ブロックを行いましたがこれも無効でした。この間にMRIで胸部・頚部を検査しましたが、異常なしでした。


4日間の期限のうち、ここまでで3日が経過し、患者は「症状が酷くなった」と訴えます。崖っぷちです。ここまでの私の診断では、「腰髄・胸髄には原因箇所がない」「もちろん末梢にも原因がない」「脳の誤作動でもない」(上頚神経節ブロックが全く無効なため)と考えます。そして残ったのは頸髄のみです。この消去法で頸髄に足の灼熱感の原因がありと診断します。ただし、原因があると仮定するならば、原因箇所付近にはほぼ必ず炎症や癒着があり、ブロック注射は極めてミスしやすく危険であることが想像されます。最終日まで頸髄にブロックをしなかったのはそのためです。そして頚部硬膜外ブロックをC6/7に行ったところ、症状が半減し、それが数日たっても改善したままであるとの報告を受けました。これにより、両足の灼熱感・しびれの原因は「おそらく頸髄にある」という診断にまでたどり着きました。当然ながら現医学レベルではこの病態は全く解明できません。


また、現保険制度ではこうした「治療の医学による診断」は認められていません。よってこれらは自費診療になります。

自費診療と言っても、私が医者生命を賭けてこれほどリスクの高い患者に治療するだけの料金はいただけません。おそらく、もらうべき治療費の1割程度しか請求していません。しかし、それでも患者にとっては保険が効かない分、大金だったことでしょう。患者は半分しか症状がとれていないことに不服だったのかはわかりませんが、敬意やお礼の言葉はほとんどなしです。遠路はるばるやってきたんだから当然だろうとでもいいたげです。命を賭けて行う治療さえ、これほど評価されないものです。評価さえされない治療に命を賭けるという愚かなことをやって初めて私のような診断能力が養われます。注射は少しうまいだけの医師ですが、診断能力は他の医師たちよりも桁違いに高いと思います。


桁違いの診断能力は常識外れ

足の灼熱感の治療のために首に極めてリスクの高いブロックをする医者が、どこにいるというのでしょうか?「足のしびれの原因が首」という発想は常識外れです。この常識外れを毎日繰り返すのが私の診療スタイルです。当然ながら常識外れを理解できる患者はいません。「常識がはずれている」と患者から見ても私はそう映ります。なぜなら、私の診断結果に同調する医師は日本にはいませんし、テレビなどのマスコミが吹聴している「診断名」はほとんど嘘ですが、患者はむしろ嘘の方を信じているからです。


私は徹底したブロック技術により、まず失敗しないブロックが出来ますから、「私のブロックで無効であれば、その診断名は間違っている」と判断します。しかし、こうした判断を患者に説明すると「傲慢な天狗医者だ」と私のことを見るようです。「私のブロックは間違いないから」その私のブロックで効かないなら他の病気を考える・・・「間違いない」という発想が「傲慢な天狗医者」であると患者が判断するようです。


私の診断力をバカにしたい先生方は日本中におられると思います。それは受けて立ちます。しかし、患者が私をバカにした場合、私がその患者に大胆な治療を行うことは医者生命が奪われるほど危険なものとなります。

考えてみてください。足がしびれているのに首にリスクの高い注射をするのです。もしもそれで患者が意識不明の重体にでもなった場合、私の医者生命は終わるでしょう。法廷で申し立てたところで、常識外れの診断ですから「過失致死」が認められず、場合によっては殺人罪で起訴される可能性もあるわけです。常識を外れることは医師にとって「法を犯す」ことと意味が類似しています。

そうした身の危険を顧みない治療を「自分を信頼していない患者」に行う私は、気が触れているとしかいいようがないと思います。


私がこれほどの自殺行為を繰り返していると、本当に自殺しなければならない破目になるかもしれません。そこで私はさすがに「私に敬意と信頼を払えない」患者にはリスクある治療をしない方向に進まざるを得ません。

私の診断能力は治療の医学ですから、治療をしない限り診断もつけることができません。だから敬意と信頼のない患者には診断することも不可能になるわけです。私が難病を治療する上で、最大の障壁が「患者の不信感」なのです。不信感は敬意がないことからすぐに見破ることができます。


信頼のない患者に長期の治療は不可能

一度では効果が出ない治療が多々あります。難聴・認知症・自律神経失調症など、脳神経に起因するものです。これらの症状には、脳の血流を上げるために上頚神経節ブロックを行いますが、血流増加の効果はせいぜい半日であり、1週間のほとんどを患者は「血流の悪い状態」で過ごしています。よって治すには繰り返しの治療が必要になります。

しかし、効果は「本人が自分をよく観察」しておかなければわかるものではありません。脳神経系の治療ではなおさらです。いきなり1度の治療で治ると言うようなおとぎばなしを信じている患者は「何度も繰り返し治療する」ことができるわけがありません。


治療を行うと、たまに「とても良く効いてしまう」ことがあり、瞼が垂れる、口が麻痺する、声がかすれる、首が持ち上がらないなどの症状が注射後1時間くらい続くことがあります。医師を信頼していない患者はこうした症状を「一生続く後遺症の可能性がある」と勝手に想像し、自ら治療を中断してしまいます。

さて、こうして治療拒否してきた患者にどう接すればよいのか?私は今でも悩んでいます。


治療に立ちはだかる患者

私は医師人生の中で、常に敵と戦ってきました。学会・教授・厚生労働省・病院経営者たちと。強い力には逆らう精神を常に身につけてきました。「いつ解雇されても構わない、私の邪魔する者は何人たりとも許さない」と自分に言い聞かせ、難病治療に携わってきました。そして患者が私の治療を受ける際に邪魔をする家族とも戦いました。


しかし、問題はもっと身近にあります。治療を邪魔する最大の敵は患者本人なのです。患者は弱者であり立ち向かう存在ではないと考えるかもしれません。しかし、現実はそうではありません。信頼も敬意もない患者は「何かを犠牲に何かを治療する」という考え方がありません。何かを治した時に少しの不具合が起こると、その不具合を徹底的に糾弾してきます。難治性の症状を治すには必ず何かの犠牲がつきまとうのですが、犠牲を払うことは絶対にいやであると考える患者が少なくありません。


すでに私は多くの犠牲を払い、今の治療技術を得ているわけですが、自分はリスクにも犠牲にも飛び込まないが症状だけは治して欲しいと患者は言ってきます。私はすでに患者が払う犠牲を最小限にとどめるための研究と修練を毎日行い、最低でも他の医師たちよりも犠牲が少ない治療を行えます。それさえも理解しない、敬意のない患者が私にとって最大の敵と言えるでしょう。

一般的に患者は弱者ですが、何かあったら許さないという態度で立ち向かってくる患者は弱者ではなく、私の医師人生でもっとも強者であり最大の敵です。学会や厚生労働省よりも鋭い牙で私の首元を襲い掛かってきます。


強い者には最後まで戦いを挑む

私は強い者に刃向う精神力を常に鍛えてきました。そして患者は基本的には弱いのですが、敬意も信頼もない患者はもっとも強いことがわかりました。私は強い患者には絶対に媚びを売りません。患者の身分も地位も関係ありません。私は患者に憎まれ・恨まれ・嫌われることにみじんも臆しません。


医師は先生と呼ばれます。それはたとえ患者が人生の先輩であっても、健康管理は私に長けたところがあるからです。健康管理を行うには甘えを取り去った厳しい忠告も時には必要であり、患者がいやがることでもアドバイスしなければならない場面が何度もあります。その場面で先生が生徒に媚びてどうするのでしょう。


一方で私は患者をおもいっきり甘やかします。私の力のみで治せる症状なら、患者に一切の生活指導を行いません。私におんぶにだっこの人生を歩ませて差し上げます。しかし、難治性の症状を改善するには、私だけの力ではどうにもならない場合があり、その場合は患者に嫌われようとも、徹底的な生活指導を行います。痛いことにもとびこんでいただきます。私は「患者に絶対に媚びない」ことを誓って生きています。理由は何度も言いますが、患者が最大の敵だからです。


最大の敵の面倒を見る理由

私の最大の敵は敬意も信頼もない患者です。しかし、信頼していない患者を説き伏せ、リスクある治療を受けさせることが私の毎日です。リスクの責任は私が負います。よって信頼のない患者にリスクある治療を行うことは、私にとって医師人生を賭けたものとなります。


毎日毎日敬意のない患者にリスクある治療を行うことで、私自身のリスク管理能力が極めて向上します。つまりリスクを起こさなくなります。この能力を他の敬意ある患者に使うために、敬意のない患者を全力で診療しています。これが真に「敵に立ち向かう」という意味です。


敬意のない患者に対し、診断が誤っていると、治せないばかりか、悪化させてしまうこともあります。よって診断さえも油断が出来ないわけですから、診断力もますます研ぎ澄まされていきます。そしてこの能力を後輩医師たちに伝え、日本の老いを微力ながらも救うつもりでいます。

敬意と信頼のない患者は私にとって最大の敵であり最大の教材です。これらの敵に立ち向かうことで多くの善意ある患者を救えます。そのおかげで毎日の精神疲労は極めて高く、長く続けられるかどうかわかりません。しかし、誰かがやらなければならないことだからやっています。


あなたはどちらの患者?

私の元には遠方から医師不信の患者ばかりが訪れます。敬意のない患者、ある患者、どちらでも構いません。しかし、一度の治療でなんとかしてほしいなどと甘えてくる患者は、どちらにしても治療は無理です。無理ならば遠路はるばる来院する必要はありません。


もともと、現在の難治性の症状には、必ず患者の遺伝的な要素が加わっています。生まれながらに劣ったものがあるわけですから、それを治すには何かの犠牲を伴います。そうした犠牲を払いたくないという勇気のない方は、その症状をひきずるしかありません。最後に厳しいことを言いますが、己を知らなければ病気は治せません。治らないのを医師のせいにしようとするのではなく、己のことを考えようとする姿勢が大切です。


私は今後、弟子を作り、全国各地で難病を治せる医師を増やしていくつもりです。遠路はるばる来院するのではなく、その時が来るのを待つことの方が現実的だと思います。しかし、その際も、医師の最大の敵は患者であることを真摯に受け止めておいてください。通常の医師は私のように精神力が強靭に鍛えられてはいないものですから。医師に牙を剥けば、難病への治療は行われないことを認識しておいてください。難病や高齢に治療を挑む医師には敬意が必要です。


私がこうした文章を書く背景には、敬意のない患者が全国から遠路やってくる機会が増えたからです。そこまで労力をかけて来院されるのですから、もう一歩前に進み、難病治療に立ち向かう医師への敬意と信頼を持ち、治療に賭けていただければと思います。そうでなければお金も労力も、私と出会ったことも全てが無駄になってしまいます。

日本の医療の難題1 医療税制と財政赤字

財政赤字は社会保障費による

医療費を含む社会保障費はH27年度には31兆円を超えました。新規国債発行額は37兆円ですから、日本の借金は社会保障費がかかりすぎるためであると言っても過言ではありません。日本はホームレスでさえ最高の医療が受けられる慈愛に満ちた共産主義医療体制です。おかげで天皇陛下も資産家もホームレスも、身分や裕福さによらず同じ治療なのが日本という国です。道徳的に極めてすばらしい国と言えるでしょう。しかしながら、労働者が減り、お金を稼ぐことのできない高齢者や生活保護者が増えると、とたんに日本は借金地獄に陥ります。お金を稼がない人に対しても平等に最高の医療をかける国だからです。医療費を削減できれば、間違いなく日本の赤字は解消されます。


そこで何十年も前から言われてきたのが、混合診療を認めることでした。ある一定ラインまでは保険が支払い、それ以上の治療は自由診療(自費)とすることでした。自由診療を推進すれば国の財政赤字は大幅に減ります。まずは「どれくらい減らすことができるのか?」について以下にシミュレーションします。最初に断っておきますが、このお話は年収5000万円以下の開業に限定して述べています。また、経費を70%未満に抑えている開業医のお話です。一般的にはこれらの条件に一致する開業医が過半数であると思われます。


自由診療が増えた時の国(公)側の収支

保険診療をメインで行っているAクリニックと自由診療を多く取り入れているBクリニックを例に、国(公)側の収支を考えます。


Aクリニックでは

  • 保険診療収入 4800万円
  • 自費診療収入 200万円
  • 実際にかかった経費3000万円

 

Bクリニックでは

  • 保険診療収入 2500万円
  • 自費診療収入 2500万円
  • 実際にかかった経費3000万円

保険収入の約2割が自己負担、8割が保険負担とします。単位:万円

保険報酬 税収 国(公)側の収支
Aクリニック -3440 +580 -2860
Bクリニック -2000 +732 -1268

 

自由診療が4%から50%に増えると国(公)側の支出は半分以下の44%になります。この数字は驚愕的です。全国的に自費診療を推進していけば医療費の国(公)側の支出が半分以下にすることも可能でしょう。財政赤字も解消できるでしょう。自由診療を推進するというだけのことで国がかかえる財政赤字の問題を解決できるわけですから、国としては自由診療を推進したいはずです。しかし、自由診療推進は事実上、阻止する方向に動いています。それには様々な理由がありますが、ここでは一般的に言われている建前の理由を語るのではなく、真の理由を考えていきます(日本医師会などが解説している建前の理由については後ほどのシリーズで解説します)。


自由診療にかかる重税

 

再び上記A,Bのクリニックで、自由診療費に税金がどのくらいかかっているかを見てみます(措置法26条が適用される5000万円以下の年収で計算します)。

  • A 保険4800(経費2880 税500 手取り1420) 自由200(経120 税20 手取り60)
  • B 保険2500(経費1500 税249 手取り751)自由2500(経費1500 666 手取り334)

 


単純な収支の比較

A 税金520 手取り1480

B 税金909 手取り1085

 

  • A,Bともに売り上げも、かかった経費も全く同じであっても、Bは自由診療をメインにしているため税金を389万円多く支払い、手取りで395万円も損になります。

売り上げも経費も同じなのに、Bクリニックではなぜこれほど多くの税金を払わなければならないかというと、Bでは自由診療の経費が実際には1500万円かかっているのに、措置法26条の計算式では経費がたったの740万円としか認められないからです。よって自費診療では「莫大な利益が出ている(利益が1760万円)」とみなされてしまい、年収が1800万円超とされ、所得税で40%もの重税がかけられてしまいました(Aクリニックでは33%)。だからこれほど手取り金額に差がついてしまいました。


売り上げに占める税金の割合比較

A(保険)売り上げ4800 経費2880 手取り1420 500

売り上げ 経費 手取り
A(保険)4800 2880 1420 500
A(自由)200 120 60 20
B(保険)2500 1500 751 249
B(自由)2500 1500 334 666

2016-02-22

 

上記のようにAクリニックでは見事なくらいに自由診療と保険診療の税率が同じになることがわかります。手取り年収:税金=3:1 になるように仕組まれているということです。つまり、国(厚生労働省)はAクリニックのような診療スタイルを予測して税制を施行していると言えます。

ところがBクリニックのように自由診療をメイン(約半分)に経営している場合、税金は極めて(法外な)税率を課せられていることがわかります。手取り年収:税金=1:2 となり、税金が収入の倍という重税です。こんな重税を平気で支払う開業医がいたとすれば、正気の沙汰ではありません。手取り金額の2倍の額を税金として支払っているのですから。自由診療をすればするほど著しく税金が高くなる仕組みがわかります。


自由診療で1万円の売り上げをあげると、1340円しか手元に残らず、8660円が経費と税金です。措置法26条は「自由診療にとって極めて重税を課す税法」であることがわかります。ここで問題になるのはサプリメントなどの物販です。定価1万円のサプリメントを原価6000円で仕入れたとします。良心的な医師は定価の1割5分引きで販売しました。すると、この商品一つを売る毎に150円の赤字が出てしまうところです。もしも7000円で仕入れ、8500円で得ると、なんと赤字が1150円になるのです。サポーターなどの物販も同じです。定価の8割で仕入れ、それを定価で売ると6.6%の赤字です。ご存知でしたか?


Bクリニックでは物販を自由診療で行うと、極めて理不尽なビジネスとなります。ですから、自由診療をメインで行っている診療所では、元値がかかる物販は、売れば売るほど赤字となります。おそらくこのことを、開業医たちは認識していないと思われます。自由診療重税がここまで酷いことをいったい開業医のどなたがご存知でしょうか? 多くの開業医は自由診療をメインにしていないのでこの事実を知らないだけなのです。措置法26条はそういう制度なのです。


この重税は開業医だけでなく患者の財布を直撃します。例えば自費診療として患者が1万円を支払った場合、税金として2660円を支払っています。消費税を計算に入れると30%以上の税金を患者側が負担していることになります。しかもクリニック側では1340円しか利益が上がっていません。もしもクリニック側が自由診療でも「保険診療と同等の利益」を得ようとするならば、自由診療費を保険診療の2倍以上にひきあげなければなりません。


現実問題として、自由診療では保険診療よりも手間をかけなければなりません。つまり必要経費は保険診療経費よりも高くつきます。よって診療費は2倍の設定でも割に合いません。結局、自由診療で保険診療と同額の利益を上げるためには保険診療費の3倍にしてようやく採算ベースに合ってきます。保険診療を3割としても、自由診療では30割であり、患者の支払う金額は10倍となるでしょう。患者に普段の10倍の診療費を支払わせ(高齢者では30倍にもなる)、医師が治療するとなると、「治せなければ患者に酷評される」ことが明らかです。よって自由診療で少しの利益を上げるためには、日本では「評判が落ちて倒産するリスク」を背負わなければなりません。一体、誰が、どこの開業医が酷評されるリスクを背負ってまで積極的に自由診療を行うでしょうか? いいえ行いません。つまり、日本では自由診療が税法上「してはいけないこと」となっているのと同じなのです。


措置法26条を適用しない場合

Bクリニックでは自由診療を多く行っているという理由で、実際には売り上げ・経費がAクリニックと同じであるのに、税制で極めて理不尽な重税をかけられています。そこで措置法を適用しない場合を考えましょう(経費を6割に抑えているのに、措置法26条を用いたほうが不利益になるという時点で、この税法は公正さがありません)。

措置法26条を適用しないとなると、開業医も一般企業と同様の税金を支払います。2000万円の収益に対して税金がかかりますので、所得税が520万円、地方税などが200万円で720万円の税金がかかり手取りが1280万円になります。これでもAクリニックの1420万円とくらべて140万円も手取り年収が減ります。つまり、自由診療をメインで行う=優遇税制を受けられないこと! を意味します。

 


経費節減するほど自由診療が重税になるしくみ

上記のA,Bクリニックのシミュレーションは、経費を6割として計算しています。しかし、クリニック開業6年目以降や15年目以降は減価償却が終了し、経費は人件費以外にほとんどかからなくなります。このタイミングで人件費節減を行えば、小さなクリニックでは経費が5割を切ることも可能になります。そうなると措置法26条の優遇税制がさらに有利に働くようになり、税金がほとんどかからなくなります。こうなると自由診療の重税がますます顕著化します。経費が少ないほど措置法26条で優遇されるわけですから、この状態で自由診療を行うことは「極めて高い税金」を納めることになります。つまり、開業6年目以降に自由診療を行うことは益々「重税がかかっている」ことになっています。


交通事故は20割の理由

交通事故などの第三者行為による病気の治療は全額自費です。一般の方々は知らないと思いますが、交通事故での治療費の請求額は保険診療の料金の20割=2倍です。なぜ2倍も請求されるのか? 疑問に思う方が多いでしょう。その理由は実は「自由診療重税」にあります。さきほどのシミュレーションでは、措置法26条を用いると、Bクリニックでは利益の66.7%が税金でした。例えば、自由診療での診療費1万円の内訳は、経費が6000円、収益が1300円、税金が2700円となります。これが保険診療で稼いだ1万円の場合、内訳は、経費が6000円、収益が2700円、税金が1300円になります。つまり、自由診療では収益が半分になります。これを防ぐために自由診療費を20割(2倍)にし、収益が保険診療と同じになるようにしているのです。自由診療は税金が多くかかっているので請求額が2倍になっているというからくりがあります。ただし、これは措置法26条適用の場合のシミュレーションであり、年商5000万円以上の病院、経費が70%に達しているクリニックではこの計算は意味がありません。


混合診療解禁後の日本

日本の国会では毎年のように「混合診療解禁」の議題が提出され、その法案が却下されるということが繰り返されています。誰がどのような政治的な圧力をかけ、法案を却下させているか?は後ほど述べるとして、心配しなくても、法律で混合診療を解禁にしたところで、日本では自由診療が増えません。その理由は、上記のように自由診療には法外な重税が課せられるからです。法外というのはまさに読んで字の如くであり、おそらく憲法違反なレベルの重税となっています(公正さに欠けています)。しかしその違法性が指摘されない理由は、措置法はそもそも開業医を優遇しているからです。たとえ措置法が自由診療に対しては違法な重税であっても、保険収入に対する税と合算すれば一般企業の税金とほぼ同等となること、「措置法を自由診療に対する「違法性の高い重税」と呼ぶならば、措置法を使わなければよい」、という選択枝を残すことで違法性を回避しているといえます。


しかし、実際は保険を使えば収入が増え、自由診療をすれば収入が減るという仕組みは自由診療に対する違法な抑圧であり、違憲であると私は考えています。

さて、国にとっては自由診療を認めたほうが、財政が助かるというのに、開業医にとっては自由診療をすればするほど重税がかかるという仕組みになっているので自由診療が広まることはまずないと言えます。

自由診療をすればするほど「余分に儲かる」と普通の方は思うかもしれませんが、自由診療は手間と時間がかかること、自由診療をすると保険診療に当てる時間が必ず減ってしまうことを考慮すると、今の税制では混合診療に魅力がありません。よって混合診療を解禁にしたところで自由診療は広まりません。


自由診療重税と税理士

自由診療をすれば重税となるかどうかは、開業医の実際にかかった必要経費の割合と保険診療収入の割合に依存しています。開業医は5年目以降、実際にかかる経費がかなり安くなります。減価償却が5年でほぼ終わるからです(建物の場合は15年償却)。この時期にリストラを行い、人件費を削減すると、措置法26条により極めて大きな利益を得ることができます。しかしながら、同時に自由診療を行うと、これに対する税金は想像を絶する重さとなり、措置法で得た利益を自由診療に対する税金が食いつぶしていく仕組みになっています。つまり、経費節減をすればするほど、自由診療収入が全体に占める割合が高くなればなるほど、税金が高くなります。


おそらく、このことを正しく理解している税理士は少なく、または知っていたとしても開業医に言わない税理士がほとんどであると思われます。そして「自由診療に対して重税が掛けられている」ことを税理士に相談すれば「私たちは全体の収支で税金を考えますから」と回答するでしょう。なぜなら、この違法性の高い重税に対して「答えがない」「答えられない」からです。理不尽極まりない税制であるのに、全体として見ればそれほど高い税金ではないからという理由で無視されます。

しかし、現実は違います。措置法26条を適用するとAクリニックでは手取り年収が1480万円で、Bクリニックでは1085万円です。たった1年で高級新車1台分の差が出るのです。これほどの差が出るというのに税理士の「私たちは全体の収支で税金を考えますから」「その場合は措置法を適用しません」という回答に納得するのはおかしいでしょう。開業医が税制に対しあまりにも無知なのでこのような理不尽がまかり通るのでしょう。


国の財政赤字解消の切り札

日本が社会保障費のふくらみによる財政赤字を解決するためには、自由診療を推進するための国家レベルでの行動を起こさなければなりません。しかし、「混合診療を認める」ことを行ったとしても、現在の税制では自由診療が広まらないことが明らかです。Bクリニックでは自由診療にかかる税金が26.6%であったことを思い出してください。1万円を儲けるために2万円の税金を支払っているわけですから。これがどれほどの重税かわかります。


そこで、今後、自由診療に対する税法を見直すことが必要になります。自由診療に対する必要経費を保険診療に対する経費率よりも高く設定すればよいのです。措置法26条を自由診療に対しても認めればよいのです。こうすることで国の税収入は少し減りますが、保険診療報酬支払い額が激減するため、国の財政は10兆円規模でプラスに傾けることができます。


「混合診療をさせてはいけない」とする共産主義的な意見があることはよく存じていますが、別に「混合診療を認める」必要はありません。現状の法律のままで構いません。措置法26条の枠を自由診療収益にまで拡大するだけで自由診療が広がります。自由診療は現在でも法律で禁止されていません。混合診療は禁止されていますが、その法律は変える必要がありません。税法だけ変えればよいだけのことです。たったそれだけのことで国の財政危機を乗り切れます。なんとスマートでしょう。


なぜ自由診療に優遇税制を敷けないのか?

自由診療に優遇税制を認めるだけで国の財政危機を立て直すことができるのですから、今から50年間だけ、そういう法律を制定すればよいでしょう。今から50年間が「超高齢化社会」に日本が苦しむ期間だからです。なぜそんな簡単なことを国会議員たちができないでいるのか? それには大きな政治的な力が働いているからです。社会保障制度を牛耳る大きな勢力です。次のシリーズではその大きな勢力を語る前に、保険診療が引き起こしている障害について考えることにしましょう。

日本医療の難題2 保険診療の弊害

はじめに

私は特に混合診療推進派ではなく「保険診療の良さも悪さも考えましょう、そして日本の財政を考え、社会保障費の膨らみすぎで将来的にデフォルト(債務放棄・徳政令)に向かわせないようにしましょう」という考えの元に意見を述べています。混合診療の長所・短所が述べられ、日本医師会では「混合診療に反対」の立場をとっていますが、その前に、現在行われている国民皆保険制度(保険診療)が実際にもたらしている弊害(短所)について考えてみましょう。国民の皆様は、医師も含めて混合診療の短所を述べる方は大勢おられますが、保険の短所について言及している方はほとんどおられないと思います(不思議ですね。その理由は後ほど述べます)。


日本の財政では保険制度に十分にお金を支払う能力がすでに欠如しているので、本来は治療をしなければならない患者に対し、「治療を行ってもお金の支払いを拒否する」ということが日本各地で起こっています。まずはその実態をしっかり認識し、すでに一部の科、一部の病気で保険制度が崩壊していることを国民が知るべきだと思います。ここでは整形外科・ペインクリニック科を例に挙げ、保険側で支払い拒否を行っている実態について述べて行きたいと思います。


保険診療の不具合例

 

  • メニューにない:関節内洗浄、手根管内注射、滑液包内注射は料金請求不可
  • 適用が認められていない:自律神経失調症に星状神経節ブロックを行うなど
  • 料金が他の手技に含まれてしまう:透視下で注射、超音波下で注射、関節穿刺
  • 値段が高い手技は回数を限定される:症状詳記を書かないと支払い拒否など
  • 値段が不当に安い手技はほぼ無制限:関節内注射・腱鞘内注射は何箇所でも可
  • 治療間隔が1週間未満:前の治療との間隔が6日であれば月に2回しかしていなくても2回目は支払い拒否される
  • 1日に1箇所:病気が二つ重なっていても1日に2箇所すれば2箇所目は支払い拒否
  • 慢性期の支払い拒否:ブロックなどの比較的高価な手技は治療期間が長引くと支払い拒否される
  • 専門医以外の行う行為:内科医が硬膜外ブロックを行うと支払い拒否
  • 施設許可が下りていないもの:理学療法(クリニックが狭いと許可が下りない)
  • 儲けが高く、患者一人当たりの1ヶ月の平均医療費が高い:厚生局から指導が行われることが法律で定められている
  • 医師をあせらせ医療事故が増える:料金設定を年々引き下げて行くことにより、医師たちは経営を維持するために多数の患者を短時間で治療することを迫られる。これにより最も重要視しなければならない安全性が低下し実際に医療事故が多発している。
  • 不要な検査が増える:不当に安い診療費の穴埋め
  • 診断がついていない病気には支払い拒否

 

以下、それぞれどのような弊害が起こっているのかの具体例を挙げます。


1、メニューにない

例えば、化膿性膝関節炎では関節内の細菌数をできるだけ減らすために、関節内洗浄が必要です。関節内洗浄にはコツがいり、かつ時間がかかります。20ccの注射器で5回ほど洗浄するだけでも数十分かかります(中に滑膜のゴミがたまっているため針先に吸い付いて簡単に洗浄できないからです)。この作業には医師の人件費として1万円前後のコストがかかりますが、関節内洗浄のメニューがないので料金を請求できません。よって、どの施設でも関節内洗浄を行なわないのが一般的です。細菌感染による関節炎は放置すると軟骨や滑膜が破壊され、関節周囲も癒着が進み取り返しのつかない後遺症を残します。患者が激痛で苦しんでいても、抗生剤の点滴のみで放置しなければなりません。理由は保険のメニューに「関節内洗浄」がないからです。見るに見かねた医師が関節内洗浄を行う場合がありますが、それは必ず赤字となる「奉仕活動」でしかありません。


手根管症候群では手根管内にステロイド+局麻薬が非常に有効ですが、これもメニューにありません。五十肩にはどこの施設でも肩峰下滑液包に注射を行いますが、これもメニューにないため「関節内注射」を行ったことにして関節内注射の料金を請求しています。有効な治療であり、頻繁に行う治療であるにもかかわらず、メニューリストにない手技が多く、臨床医は手技料金を請求できずに非常に困っています。


2、適応が認められていない

有効であっても保険側がその有効性を認めないために適応がとれず治療ができないということがごまんとあります。基本的に保険側が支払いを認めるのは「医学的に有効と実証されたものだけ」という立場をとっています。それはもっともです。しかし有効であることは広く理解されていても、数字や画像で立証できない症状があります。


例えば、星状神経節ブロックは200以上の疾患や症状に有効性が認められていますが、保険側は頚肩腕症候群くらいにしか適応を認めていませんので、頚肩腕症候群以外の疾患にこのブロックを行うと支払いを拒否してきます。適応はその病気を担当する専門医(例えばアレルギー性鼻炎なら耳鼻科医)が適応を認めれば保険が認められるようになります。しかしペイン科の医師がアレルギー性鼻炎を治療するために星状神経節ブロックを行い、その治療が有効であっても、耳鼻科医の反発があるおかげで保険適応になりません。世の中にはこうした科間の論争のために保険適応が通らないものが多数あります。本気で治そうとする医師は論争を無視し、保険を無視して患者を治療しようとしますが、その際に保険というものが障害になるわけです。


また、経口薬は値段が安いので適応が認められていますが、注射薬は値段が高いので認めないという薬もあります。腰部脊柱管狭窄症でしばしば用いるパルクスやリプルなどの静脈注射薬です。保険適応が認められていない治療であるのに、患者がその治療を懇願した場合、たいていの開業医はカルテの改竄という「法を犯す処置」をやむを得ずとることが多いようです。例えば、アレルギー性鼻炎に星状神経節ブロックを行う際に「肩こりで治療を受けている」ことにし、傷病名を頚肩腕症候群という虚偽の病名を記載して保険側に請求します。パルクスやリプルも一昔前までは整形外科医が腰部脊柱管狭窄症の患者に「閉塞性動脈硬化症」と嘘の病名を書き、湯水のように使用していました。こういった虚偽報告に対し、保険側は「虚偽の病名の雰囲気があれば支払い拒否をする」という「雰囲気による支払い拒否措置」をとります。虚偽の事実ではなく、疑惑があれば支払いを拒否するという非常に横暴な措置です。


例えば、アレルギー性鼻炎に星状神経節ブロックをする医師は「頚肩腕症候群」という病名をつけて適応させようとするのですが、同時にアレルギー性鼻炎の治療薬であるセレスタミンを処方すると、保険側の審査員に「星状神経節ブロックを鼻炎治療に使っている」と勘ぐられ、そして虚偽の証拠もないままにあっさり支払い拒否をしてきます。


パルクスやリプルに関しては薬価が5000円以上もする薬剤で、仕入れ値も4500円くらいかかります。これをある日突然支払い拒否が行われると、数十万円から数百万円の損害になります。保険側のこうした大胆な(違法ともとれる)支払い拒否を食らった開業医は、その後二度とパルクスやリプルを使用しなくなります。つまり、保険側は開業医に「大きな痛手」を与えて適応外の使用に対して「お仕置き」をするわけです。ところが、この「お仕置き」は適応の通っている閉塞性動脈硬化症の患者に対する使用にまで影響を及ぼします。なぜなら「疑われれば罰される」わけですから、動脈硬化の証拠がなければこの薬剤を使用できないことになります。動脈硬化の検査機器を全ての開業医が設置しているわけではないので、設置していない開業医は本当の閉塞性動脈硬化症の患者にさえ使用をためらうようになります。これが本当の弊害です。


3、料金が他の手技に含まれてしまう

 

股関節や仙腸関節、椎間関節などは触って確認ができないので、ここに注射をするためにはX線で透視しながら行います(最近は超音波で透視します)。例えば股関節にX線透視を使って数十分かけて注射をしたとします。これには医者の人件費1万円と透視機器の使用料金4000円、造影剤3000円、などを合わせると、1万7千円くらいのコストがかかります。さて、この治療に保険側はいったいいくら支払ってくれるでしょうか? 答えは800円+αです。保険側は関節内に注射するという手技代として800円とそれにかかった薬剤の+αを支払いますが、それ以外の透視にかかった費用は800円の中に合算することにしています。 上記の1万7千円は実際にかかっている費用ですので保険側が800円少々しか支払わない場合、この治療で1万5千円以上の赤字となります。


つまり、実際には「透視を使って関節内注射をすること」に保険側は「お金を支払わない」ことを断言しています。これは「国にお金がないから透視による注射を認めない」と言っているようなもので、透視を使用することを禁じているのも同然で、ある意味、基本的人権の尊重を無視した違法性の強い支払い拒否といえます。国側が関節内注射を受ける国民の権利を剥奪しているからです。


臨床現場では股関節や仙腸関節、椎間関節の痛みで苦しんでいる患者は大勢存在しますが、それらの治療には鎮痛薬しか認められていません。つまり適切な治療で治るチャンスを国側に剥奪されていると言えます。これが日本国憲法違反の色彩が濃い「保険側の支払い拒否」の実態です。正当な治療を受ける権利まで剥奪しなければならないほどに保険制度は壊れています。関東○○病院を頂点とするペイン科の医師たちは「透視下に様々なブロック治療」を行うことで名をはせていますが、彼らはおそらく、現在の保険制度に怒り、悩み、苦悩していると思います。


4、値段が高い手技は回数を限定される

例えば頸・胸部硬膜外ブロックは手技料が1回¥15000と高く、これを毎週行うと、何の理由もなく支払い拒否される恐れがあります(全てを支払い拒否されるわけではなく4回分のうち2回を拒否されるなど)。また、このような高い手技の場合「なぜブロックが必要であったのか?」を示す症状詳記を添付しない場合、支払い拒否をされる可能性が高まります。開業医にとっては、1回分でも支払い拒否をされるとかなりの痛手となるので、毎月、強迫観念にかられながら症状詳記を書いて保険審査を通さなければなりません。そうした人件費・労力を強要し、精神的な従圧を与えることで「値段の高いブロックをさせないように医師に圧力をかける」ことが許されています。高いブロックだから支払いを拒否するという姿勢は医の理念に合いません。


5、値段が不当に安い手技はほぼ無制限

関節内注射や腱鞘内注射は不当に安い値段設定にされています。¥800と¥350です。患者を診察室にいれ、話を訊き、診察台に上らせ、ポジションをとり、消毒し、注射をし、止血をし、服を整え、退室の時間までを10分とすると…。医師は1時間に6人の患者に計8つの関節内注射をしたと仮定します。診療費として¥10720を得ますが、開業医では1時間に2万円以上を稼がなければ採算がとれません。つまり1万円以上の赤字になります。腱鞘内注射であればさらに採算が合いません。治療をすればするほど赤字となる料金設定は「不当に安い設定」と言ってよいでしょう。そしてこれらの手技は1日に何箇所行っても支払い拒否されません。それはそうでしょう。こういう安い治療を医師にさせて、患者に奉仕することを保険側が望んでいるからです。関節内注射や腱鞘内注射は、高い技術が必要だというのに、そうした医師の人件費に全く見合っていません。


当然ながらこうした「不当に安すぎる治療」を開業医は「できるだけ行いたくない」と感じるわけですから、治療に消極的になります。保険側の安すぎる値段設定は、医師の治療意欲を大きく損なわせます。どうしてこんなに不当に安い料金設定に、医師たちは怒って厚生労働省を訴えないのでしょうか?


また、実際にある話ですが、「新しい治療」を開発した医師が、5年以上かけて厚生労働省に働きかけ、新治療を保険適応としました。しかし、その料金設定を不当に安くされたために、その医師は怒り、そこから保険診療をやめ、自由診療でのみ新しい治療を行うことにしたという話です。長年労力をかけて保険適応を認めさせたのに、その値段設定が不当に安い場合「保険診療は認めません」と言われたことと同じ意味になります。新しい手技を開発した医師に対し、厚生労働省はその手技を表面上受け入れた振りをし、不当に安い値段設定で「使用不可」にさせてしまうことができるのです。


6、治療間隔が1週間未満

ほぼ毎週ブロック注射を行いながら痛みをコントロールして生活を続けている患者がいます。ブロックをやめると痛みが強くなり、いろんな仕事ができなくなるからです。しかし、次の週の診察日が祝日で休みでしたので患者は祝日の前の日に来院しました。ですが、前回から6日しか経っていないという理由で保険側はブロック注射の治療費の支払い拒否をしてきます。よって、病院側は6日目に来院したこの患者を門前払いしなければなりません。病院側は患者を説得し、祝日の後日(明後日)来院するように患者に言いました。患者はしぶしぶ帰宅し、明後日来院することにし、そしてブロックを受けました。しかし、その後に問題が発生します。来週の治療も1週間以上間隔を開けなければなりませんので1週間後に来院すると、「来院する曜日」がずれてしまうからです。この患者は普段仕事をしており、「違う曜日」には来院できません。したがって次回のブロックは約2週間後に延長し「いつもの曜日」に来院するように調整しなければなりません。つまり保険側が6日しか経っていないと支払いを拒否するという強硬姿勢を貫くせいで、この患者は2週間も治療間隔を伸ばされることになるわけです。この患者は理由あって毎週通院しているわけであり、それが2週間隔にされると、症状が間違いなく悪化します。悪化するおかげで治療がふりだしに戻され、結果的にこの患者は長期間通院することになり、結果的に国の財政を圧迫します。


7、1日に1箇所

坐骨神経痛と頚椎神経根症の二つ同時の症状出で生活が困難になるほど痛みがある人に対し、1日1箇所しかブロック治療ができません。患者には「どっちを先に治したいですか?」と質問し、どちらかの痛みはブロック拒否をしなければなりません。痛みの箇所が3~4箇所の人はさらに悲惨です。1日に1箇所しかブロックができませんので、1箇所の痛みが完治するまで他の箇所の痛みを放置しなければならないからです。もちろん、翌日に来院すれば2箇所目にブロック治療が可能です。しかし、都道府県によって審査基準が異なり、翌日のブロックを支払い拒否する都道府県があります。この理不尽な支払い拒否のため、多数箇所に激しい痛みがある患者は、一つの治療箇所が治るまで、他の箇所の治療をしてもらえません。社会人で仕事をしてれば、通院できる曜日は決まっているので、次の日に違う場所をブロックするなどできません。よって痛みを訴える場所の治療を、開業医側も永久に拒否することになります。この国の保険はなんと理不尽なのでしょう。


8、慢性期の支払い拒否

例えば、しびれです。腰椎椎間板ヘルニアでは坐骨神経痛が起こり、それらには硬膜外ブロック注射が有効であることが認められていますが、整形外科の教科書には「しびれにはブロックが無効である」ことが書かれています。真実は無効ではなく、繰り返し治療をすることで軽快していくのですが、「しびれの治療には硬膜外ブロックを認めない」という立場を保険側はしばしばとります。これを認めると「長く治療を重ねること」を認めることになり費用が膨らでしょう。しびれの治療には繰り返しのブロックが有効ですが、毎週のブロックが1ヶ月以上続くと、2ヶ月目以降、一部の支払いを拒否することがしばしばあります。しびれの治療は毎週連続で行うからこそ治療効果が出るのですが、2週間に1度ではなかなか治りません。このように慢性疾患で根気よく毎週の治療が必要な場合は、「毎週続けて治す」という方法が保険側で認められていませんので結局治せません。国民は保険側に「治せるチャンスを剥奪されている」ことに気づくべきです。


9、専門医以外の行う行為

現在、全ての科で専門医制度を制定し、専門医でなければ治療をしても保険側が支払いを拒否しようとする運動が高まりつつあります。例えば、内科医が腰痛で歩けない状態で困っている患者に「腰部硬膜外ブロック」を行って歩けるように治療してあげます。しかし、内科医はペインクリニック科の専門医ではないのでその診療費を保険側が支払わないという酷い制度です。これは言うなれば各科における「縄張り争いを利用した保険の不当支払い拒否の正当化」と言えます。


日本の医療は各科の教授を頂点に各科の学会に医師を強制的に入会させ、その学会で専門医の資格を与え、そして医師たちを従属させるという支配系図をとります。ところが専門医の資格があってもなくても、開業医は普通に経営ができてしまうので実際には専門医じゃないから儲からない、専門医だから経営に有利になるということがありません。よって専門医資格をちらつかせて医師たちを支配するという構図は、開業すると無視することが可能です。


教授たち、官僚たちにとって、学会という権威を無視できる構図は望ましくないため、専門医でなければ医師が経営できなくさせようという動きが最近になり活発化しています。教授と官僚はT大が派閥を効かせているため、一蓮托生であり、この勢力が手を組み「専門医以外が行う処置では保険側が支払い拒否をする」という方向に制度化しようとしています。保険側と教授たちの利害関係が完全に一致するからです。


私の勤務地であった東京都E区のN病院では実際に次のような事件が起こっていました。神経ブロックの上手な内科医が非常勤で勤務していて、その医師は痛みに悩む多くの患者にブロック注射で治療をしていました。しかし、N病院にはペインクリニック科の専門医がいません。よって保険請求した全てのブロック注射の代金を支払い拒否されたのです。内科医がブロックを行うことは不当行為でもありませんし、法律で禁止されているわけでもありません。しかし、N病院でペインを標榜していないという理由で支払いを拒否してきた保険側は本当に正当なのか?を人道的に考える必要があると思います。


ペイン科の開業医は全国に極めて少なく、地方では内科医や外科医がブロック注射をしなければならない状況が多々あります。そうした状況を考慮せず法律で禁止されているわけでもないブロック手技を支払い拒否とした保険側の横暴を放置しておいてよいのでしょうか? それよりもなぜ、このような横暴を医師たちが許すのか?に問題点があります。このことについては後ほどのシリーズで述べます。


今後、各科は専門医制を強化しようと考えています。そうなると「何でも診てくれる家庭医」が消えて行きます。孤島や僻地での医療は一人の医師が全ての科の手技をしなければなりません。しかしそれが保険ではできなくなる恐れがあります。孤島でなくとも、今までは目の前の家庭医で治療できた病気が、自動車で2時間かけて専門医のクリニックまで行かなければ治療してもらえないという状況になります。日本の医療制度はそうした慈悲のない共産主義医療の方向に進む可能性があります。


10、施設許可が下りていない治療

東京都心部は土地が高く、理学療法ができない開業医がほとんどです。というのも、理学療法の治療費を保険請求するためには「広い敷地がある」ことを条件とし、広い土地がない開業医では理学療法を行ったとしても保険側が支払いを拒否します。真実を言うと、理学療法士と4.5畳の広さもあれば、ほとんどの理学療法を行うことが可能です。しかし、理学療法の治療費は高価なので保険側としては「簡単には理学療法を受けさせない」ようにしなければなりません。ですから、理学療法室が広くないとお金を支払わないという制限を加えています。よって都心では理学療法がほぼ不可能です。土地代を払えるほどに稼ぐことが困難だからです。


理学療法を行う場合はほぼ「駅から離れた不便な場所」の病院でしか行えません。これもまた日本医師会の言う「万人に平等」の医療を行うための弊害です。万人が受けられるのではなく、駅から離れた病院にわざわざ通院できる患者だけが理学療法を受けられるのです。理学療法で例を挙げましたが、保険側はこのような施設基準をいろんな保険請求に細かく設けていて、施設にお金をかけないことには特殊な治療の保険請求ができない工夫をしています。


11、儲けが高く、患者一人当たりの1ヶ月の平均医療費が高い

多く稼いでいる開業医は、その収益の高い順に指導や査察が行われることが法律で決められました。開業医が儲けることは悪とみなすやり方です。確かに一理あります。医療を儲けの道具にすることを防ぐという立派な思想は美しいです。しかし、一人当たりの月額平均保険報酬が高いと指導が行われるというやり方は感心しません。なかなか治らない病気を治そうとする場合、一人当たりの治療費は必ず高くなるからです。薬だけ出しておけば治るような患者ばかりを診療しているクリニックでは問題になりませんが、私のように「治りにくい症状だけを専門に治そうとする」開業医にとっては「患者一人当たりの1ヶ月の平均医療費」が高くなるので指導や監査の対象とされやすいことは理不尽極まりないことです。


12、医師をあせらせ医療事故が増える

腰部硬膜外ブロックを例に挙げます。ペインクリニック科で腰部硬膜外ブロックを採算ベースに乗せるためには、1時間に3~4人以上にブロックを行わなければなりません。ところが、高齢者のブロックでは脊椎が極めて変形しているので、ブロックをしっかり成功させるためには30分以上かかり、失敗した場合に再度行うことを考えると1時間近くかかる場合もあります。これでは利益が出ませんので、通常は以下のようにしています。

  • A:ブロックが不成功でも成功したフリをして早々に切り上げる(なんちゃってブロック)
  • B:乱暴な手技で素早く刺して、安全性を度外視して速さを追及する
  • C:診察を行わず、話も聞かず、ブロックだけを寡黙に行う
  • D:高齢者にはブロックを行わない
  • これらは、実際に行われている話であり、料金設定を安くすることがどれほど医療に弊害があるかということを意味しています。

 


A、ブロックは的確な場所に入らなければ効果がありません。しかし、患者個人個人で入りにくさが様々で、時間をかけて何度もトライしなければ入らないことがしばしばあります。しかし、現在の保険制度の料金設定は、リトライできる値段ではありませんので、「もしかしたら的確に入っていない」と感じた場合でも、入ったフリでそのまま患者を帰してしまいます。いわゆる「なんちゃってブロック」が増えてしまいます。安い料金設定には短い時間しか割り振られていませんので、その時間内に手技を終わらせるためには、不成功のまま患者を帰すしかありません。


B、例えば、仙骨部硬膜外ブロックは手技的にはかなり難しいのですが、料金設定が腰部硬膜外ブロックの半分以下のため「数分で行わなければ採算が合わないブロック」となっています。そこで医師たちは局麻酔を行わず、機械的にズバズバ刺して素早くブロックを行おうとするため、「極めて痛いブロック」となっています。腰部硬膜外ブロックを同じ値段であれば、そこまで無理をしなくても、ゆっくり局所麻酔をしてから行えるものを、半分の料金なので「安全性を度外視されたブロック」にならざるを得ません。


C、ブロック注射を安全に行うには一人20分、どこにどんなブロックをすべきか?診察して治療を考えるのに10分かけるのが安全性を考えたブロックですが、この「10分の診察」を行うことができないほどにブロックの料金設定は低くなっています。ブロックを専門として中には患者を5人も10人もベッドに寝かせておき、医師が次々とベルトコンベア方式でブロックをしている開業医もいます。一つ間違えば医療事故が起こる危険な状態です。こうした医師の「あせり」、「外来が混んできたときの苛立ち」は、医療事故を起こす土台となっていますが、診療報酬が安すぎる設定なので、どうにも止まりません。料金を安く設定すれば、診療時間を短くするしかないというところを厚生労働省側は全く理解していないと思われます。


 

13 不要な検査が増える

診察料金が安すぎるため、患者と話ができません。基本的に再診料は720円ですが、1時間に24000円を稼ぐことを目標に置く開業医の場合、720円では2分以下しか患者と話ができません。診察室に入室し、杖を置いて、ジャケットを脱ぎ、ゆっくり腰掛け、患部を出すだけで2分かかります。その間、話を訊こうとすると患者は動作をやめますので、訊きだすには辛抱強く待たねばなりません。待っている間にタイムアップ。つまり再診料720円=患者と話をしてはいけない!ことを意味します。にもかかわらず、この再診料も支払うことを拒否しようとする保険側の意図があります。それは「少なくとも5分以上」患者を診察することを命じたこともあったからです。つまり、1時間に12人以上を診察するな!とういう命令に等しいわけです。そういう無茶な保険側の支払い拒否の体制では、不要な検査を多く入れ、赤字分を補填しなければ経営が成り立ちません。すなわち、医師が直接診療をしないでも料金が取れるシステムへと依存して行くことになるわけです。現在の保険体制が不要検査システムを推奨していると言えます。米国のペインクリニックではMRIを必須にしていることが問題視されています。日本のペインクリニックでは採血・採尿検査を必須にしている開業医も多数見られます。それはすなわち、手技料金や診察料金の設定があまりに安すぎることの裏返しです。


14 診断がついていないものは支払い拒否

基本的に保険側はグレーゾーンの病気は全て白と扱い、黒と診断されたものだけを治療対象とし、グレーゾーンに治療を行った場合は支払いを拒否するという立場をとっています。膠原病などは診断基準が毎年変化し、国ごとに診断基準が違うことがありますが、保険が「診断基準を満たさないものには治療費の支払いを渋る」傾向があるため、医師はグレーゾーンの病気に対して消極的になるという現状があります。


国民皆保険の理念と矛盾

上記に挙げた説明文は「もうすでに質のよい治療を平等に国民全員に」行うことができないレベルにまで医療の質が低下していることを述べたものです。効果があっても薬を使わせない、手技をさせないというあからさまな制限を加えていることがおわかりいただけたと思います。現在は「質の低い医療を平等に国民全員に」行っているのが現状です。


質が低いと言っても、世界の開発途上国と比較すれば極めて質が高いと言えます。しかしながら、今後約20年間、高齢者の人口は増え続けます。現在と同じ医療の質を維持するためには医療費をさらに上げて行くしかありません。それはできないことなので未来の20年間に置いて医療の質は低下していかざるを得ないのです。「全国民に平等に」を死守するためには質を落とさなければならないことは必須であり、未来の日本ではお金持ちさんも平等に質の低い治療しか受けられません。


平等に質の高い治療を!という理念は、理念として素晴らしいのですが、病気の重症度は決して平等ではありません。難病に指定されている病気にかかれば、それなりに質の高い医療を受けられるでしょう。しかし実際には難病に分類されない痛み・歩行困難・自律神経失調・虚弱などが存在し、それらの症状で重症な方々は「平等医療」のせいで人生を棒に振るほどに苦しい生活を強いられています。重症な方には平等な医療ではなく、濃厚な医療が必要です。重症度を考えずに平等の医療をした場合、重症な方にとっては、質の低い医療しか受けられない日本になってしまいます。平等治療は、重症な患者にとっては弊害となっていることを認識しておかなければなりません。


重症患者は保険では治せません

まず重症の定義からお話しなければなりません。厚生労働省が考えている重症は難病指定の疾患、障害者級のとれる疾患、悪性腫瘍、大きな手術を必要とする疾患などです。この定義では経口薬が効かない急性期の激痛、1箇所ではなく数箇所にわたる激痛、複数の症状が重なっているものなどは重症の定義から外れます。保険では重症と扱われない、実際には重症の患者が医者にかかった場合に「保険診療では治せない」ことになります。


急性期の激痛ではブロックを行ったとしても1日程度しか効かないことがしばしばあり、1週間に2~3回のブロックが必要なことがあります。毎日連続で治療すれば速やかに改善させることが可能であっても、現在の保険ではそのような治療が認められていないので、急性期激痛の重症患者は日本では治すのに長期間かかります。複数個所を治療する場合、保険では1日1箇所、週に1箇所なので「どれか一つの症状」を集中的に治し、他の症状は診療拒否しなければなりません。


薬が効かない激痛は重症ですし、何箇所にも症状がある人も重症です。しかし、厚生労働省はそうした真に重症な患者を重症と定義していません。問題はここにあるわけです。教授たちはいわゆる難病を治して実績を上げることに尽力していますから、難病の病名がつかない患者の激痛を治療したことがありませんし興味もないでしょう。まさにそうした教授の態度と保険制度が完全に一致していると言えます。庶民の重い症状の病気を治そうと必死になっている開業医が苦労することになります。


保険診療が禁じていること

基本的に保険制度(厚生労働省側)は一生に一度や二度しか行わない大手術や、まれな難病にはお金を支払い、腰痛・腹痛・しびれ・睡眠障害・不安神経症・老いから来る症状など誰もが何度も日常的に患う大衆の病気に対しては可能な限り支払いを拒否するという姿勢を貫いてきました。お金を払えないからです。保険制度が禁じていることは大衆病治療の質を高めることであると断言してよいでしょう。よって国民皆平等保険制度は大衆病治療の質を低下させることを目的としていると言っても過言ではありません。


真に重症な患者を治そうとする医師たち

保険医療は指定難病、障害者に該当する病気、悪性腫瘍などには高額で潤沢な診療報酬を提供し、支払い拒否をあまり行いません。つまり大病院や大学病院が専門に診療する病気には厚いといえます。しかし、開業医が主に関わる大衆病の重い症状には薄いと言えます。大衆病を治そうと必死に手を尽くす善良な医師は保険の支払い拒否に何度も遭遇します。その代表がペインクリニック科の医師です。彼らのところに集まる患者は、他の科の保険診療では治らなかった患者たちであり、当然ながら、ペインクリニック科の医師が他の科と同じように保険診療をするのであれば改善するはずがありません。ペイン科の医師は他の科で治らない重症な症状を治そうと努力する医師なので、保険制度の支払い拒否にもっとも頻繁に遭遇し、理不尽な思いをさせられるでしょう。


そうした医師たちに残された治療法は、自費診療による濃厚治療ですが、それも税制で不利になるように仕組まれているため、彼らは金銭面で八方ふさがりにされています。保険診療がすでに崩壊していることは、ペイン科の開業医であればひしひしと感じるでしょう。もちろん、ペイン科だけでなく、「真に重症な患者を治そう」と向上心を燃やす医師は全員が保険診療が崩壊していると感じています。しかし、ガイドラインに沿った典型的な治療しか行わない医師には、保険診療が崩壊していることに気づかないかもしれません。一転、自分が高齢になり、不定愁訴を訴えるようになれば、いやでも保険診療が症状改善に役立たないことを知ることになるでしょう。これほど理不尽な料金設定、支払い拒否をされても厚生労働省に逆らわず、医師たちが従順でいる理由は何なのでしょう? 次回に続きます。


自由診療重税に無頓着な病院

自由診療には重税が課せられており、一般的なクリニックが自由診療を多く行うと収入が減ってしまうことをシリーズ1で述べました。しかしながら、必要経費をふんだんに浪費し、実際にかかる経費を7割以上にしているところでは措置法26条を放棄しているので税による自由診療重税はありません。ですから税金対策として意図的に経費を浪費させている病院では自由診療重税に無頓着です。ただし、こうした病院は税務署から目を付けられる対象になるでしょう。


また、開業医でも保守的な医師はガイドラインどおりに治療することを好みますので、自由診療を行いたいとさえ思わないでしょう。そうした保守的な開業医にとって、「自由診療を行い患者をどんどん治して行く医者」が存在することは「許しがたい」でしょうから自由診療に大反対だと思います。


日本は「全国どの医師にかかっても同じ診療」をもっとうにしていますので、その中で「ここの病院では治せない症状が、あそこの病院では治せる」という差があると、「治せない病院」は評判が落ちてしまい経営が傾きます。よって保守的医師の団体である日本医師会は自由診療=自由競争、となるので自由診療には反対の立場をとるでしょう。つまり、保守派開業医は自由診療には全く興味がなく、革新的な開業医は自由診療に興味を持ち、実際にトライし、そして自由診療重税に頭をかかえます。


日本の医療は進歩しにくい(保険診療の最大の欠点)

自由診療が重税により、実際には自由診療を行うことを妨害されているという現状があります。つまり、診療の自由競争の機会が奪われ、「患者を治そうとする競争」をゼロにしているのが日本の保険診療です。つまり全ての開業医の治療レベルを均等にする(低いレベルに均等に抑える)共産主義医療です。自由競争がない場合、医療の進歩、質の低下は避けることができません。これが保険診療の最大の欠点です。

そして、低いレベル、安い料金設定では「目の前の患者の苦痛を除去できない」ことを悟り、理不尽ながらも自腹を切って、質の高い医療を施そうとする医師のみが苦悩します。腕のよい医師ほど理不尽な経営を強いられる日本の医療に落胆しています。

 

日本医療の難題3 混合診療のデメリットを深く考える

前回は保険診療がすでに崩壊しているありさまについて述べましたが、今回は混合診療、自由診療のデメリットを考えます。


混合診療のデメリット

  • 1、安全性や有効性が十分に確認できていない薬や治療法を利用する人が増える
  • 2、悪質な医療の増加。
  • 3、副作用や医療事故の増加 4、公的保険で取り扱えるまでの手続きが煩雑であることから、自由診療のままでよしとする薬や治療が増える
  • 5、医療格差が生じる 6、公的保険の財源不足を理由に、現在公的保険が使える治療も自由診療に見直されてしまうおそれがある 7、自由診療が増えることで、医療保険の「先進医療特約」等の保険料が値上がりし、長生きする人が増えれば生命保険の保険料全体が値上がりする。同時に介護費の負担も増える

臨床現場での自由診療の真のデメリットを詳しく考える

1、自由診療では安全性や有効性が不十分

自由診療では安全性が確保されていないことが問題になります。ところが実際は保険診療の安全性も確保されていません(引き合いに出すのはおかしいかもしれませんが)。大学病院や教育研修病院では手術やブロック注射などを技術が未熟な医師が行うことが常です。したがって実際は保険診療で数多くの医療事故が起こっています。自由診療の場合、確かに安全性がしっかり証明されていない手技や薬剤が用いられる機会が増えますが、未熟な医師がそれらに携わることはまずなく、経験年数も多く腕の立つ医師のみが自由診療を行います。なぜなら、自自由診療で医療事故が生じた場合、その責任を負うのは実行した医師だからです。自由診療を行う際には、医師は極めて慎重に安全性に対して神経を使うため、未熟な医師が保険診療を行って事故を起こす確率よりも、自由診療の方が低くなります。事故が増えるとは言うものの、自由診療の場合は担当医が命がけでその診療を行い、責任を持つわけですから、緊張感が桁違いなのです。


一方、保険診療の場合は医療事故の責任を国や組織が負っている形になっていますから油断が生じ、実際は医療事故がとても多いのです。また、現在でも、安全性の確保されていない新薬を用い、新しい器械を用い、新しい治療法を行うのは開業医ではなく、大学の教授クラスです。一般の開業医がそうした新薬に真っ先にとびつくことは考えられません。

開業医が保険で認められていない新治療を行って医療訴訟を起こされれば、人生が奈落に落ちてしまうからです。安全性が確保されていない治療薬・治療法を使用できるのは、大きな権力の傘に守られている場合です。自由診療が増えたところで一般開業医が無造作に新薬に手を出すとはとても考えられません。また、手を出す勇気ある医者がいたとしても、それは患者や家族が懇願した場合です。


もともと自由診療にかかりたいとする患者は、保険診療では治らないことを理解した患者です。それでも今の苦痛をどうにかしたいという一心で自由診療に賭けてみるわけで、むやみに自由診療が広がっていくことはありません。また、自由診療のほとんどは、実は安全性や有効性が確保されています。というのも、自由診療で実際に開業医が行うのは、治療回数を増やす場合に、2回目を自由診療で行う。注射の際にX線透視を使う場合に、透視料として自由診療費をいただく。ゆっくり時間をかけて安全に行うために、その分の手数料を多くいただくのを自由診療費で追加する・・・などだからです。全く新しい無謀な治療が自費診療なのではなく、既存の安全性の確保されている治療を少し時間をかけ、最新の診断機器を使ってていねいに行うこと、回数を増やすことなどが自費診療なのです。


2、悪質な医療の増加

自由診療が悪を生むという考え方もわからないでもありません。患者をそそのかして高額な自由診療に導く悪い医者が増える可能性があると言います。しかし、自由診療は実際にはそんなに甘いものではなく、はっきりとした効果を出すことが出来なければ、患者は来院しなくなり、金儲け主義の悪い医者は淘汰されます。それは鍼灸や整体と同じです。彼らは高額な治療費をとりますが、実際に保険診療よりも効果が高いからこそ営業していけるのです。確かに鍼灸や整体での医療事故も散見します。しかし、それでも彼らはきちんと責任をとり継続して経営しています。自由診療は明らかに保険診療よりも3~20倍も高額なので、患者を満足させずにお金をだまし取るような悪質な医者は淘汰され、経営が成り立ちません。よって悪徳医師が増えて行くとはとても思えません。自由診療は「明らかに保険診療よりも効果の高い結果を出せる医師」にしか実行することが不可能だと思います。また、安全面でも同様です。自由診療が解禁になったところで、誰にでもできるものでは決してありません。


3、副作用や医療事故の増加

副作用や医療事故は確かに必ず増えると思います。その理由は、自由診療は保険診療ではなかなか治らない重症な症状を持つ患者のみを対象として行われるからです。医師は保険診療の時よりも「この患者を治してあげなければならない」というプレッシャーを強く持つことが確実です。したがって、安全よりも効果を優先させる傾向になるため「濃度の高い薬剤」「薬剤の分量を増やす」「治療回数を増やす」などの懸命の努力をすると思われます。すると副作用や医療事故が増えることは必須なのです。普通では治らない無理難題の症状にトライするからこそ事故が増加すると考えます。普通に単純比較で事故が増えるとは思いません。


しかしながら今まで保険医療では決して治ることのなかった患者の症状が自由診療では治るという幸運な例が、医療事故で悪化した人の何十倍も何百倍も存在するようになります。治らないとされた難治性の症状も治せる可能性が広がります。そのメリットと差し引いて、「どちらが日本国民にとって有益か?」を考えるべきです。保険診療では1万人に1人でも悪化する人がいれば、その治療を禁止しますが、自由診療では100人中99人が幸福になるのなら、1人の悪化は目をつぶるということもあり得ます。しかし、その責任はそれを行った医師にあり、きちんと責任をとるのであれば法治国家として可であると私は思います。患者側もリスクを承知で自由診療を受けるのですから、そこには契約が成立しています。事故は増えるでしょうが、その責任を個人の医師と患者自らが負うのですから、無造作に事故が増えるとは思えません。


4、自由診療のままでよしとする薬や治療が増える

恐らくこれが自由診療の拡大時の最大のデメリットと思われます。自由診療として広まった治療が保険診療にとりこまれることはないと考えている方が大勢おられますが・・・これは自由診療を開発した医師によって変化します。大学の教授が考え出した治療であれば自由診療のままになっていることはまずないでしょう。なぜなら、教授は実績を築き広くその治療が普遍的であり自分が有名になることを望むからです。自分の開発した診療技術が自由診療のままでいるのは教授らのプライドが許しません。教授のプライドにかけて保険適応をとるでしょう。自由診療のままでよいとするのは、世に貢献するよりも、名を残すよりも、お金が欲しいと考える開業医です。


では少し考えてみてください。名もない開業医ごときが教授たちをしのいで優れた治療法を編み出したとして、その治療法がどれほど世の中に貢献できるでしょう? 恐らく、保険適応が通ったとしても貢献度の低い治療法である確率が圧倒的に高いでしょう。ならば、そのような治療が保険適応となる必要性はありません。また、開業医が考え付いた自由診療では、「もともとエビデンスが得られにくい」ということを忘れてはいけません。エビデンスが得られない治療は、開業医がどう努力しても保険適応にはなりません。唯一、開業医の開発した治療法が保険適応となる方法は、その治療法が一人の開業医だけにとどまらず、多くの開業医に広がり、有用性が自然と判明してきた場合に限られます。つまり、どの道、その治療法が広まるためには自由診療を介さない限り無理なわけですから、自由診療の広がりが保険適応を阻止するという考え方は理屈に合いません。


また、本当に有用な治療法であれば、国民が保険適応を求める声を発しますので、そうすれば官僚はすぐにでも動かざるを得なくなります。心配いりません。友の会の会員が全員で一致団結して署名をとれば、官僚は保険適応へと動かざるを得なくなります。それから…自由診療は新しい治療、新しい薬剤・・・と想像しているようですが、その想像は大半が誤りです。名もない開業医がいきなり新しい治療を試すというような大胆不敵な行動は、身の破滅を招くのでまずしません。そういうことをするのは常に大学の教授クラスです。大学ではすでに先進医療として混合診療が認められているので、それが自由診療の拡大というものではありません。


一般の開業医が行う自由診療とは、現在、保険で認めているブロック注射を、「週に1回のものを2回に増やす」「1日に1箇所と制限されていたものを1日に数か所にブロックする」「透視を用いて注射する」「保険診療では不当に安い値段設定の治療を正当な値段で治療する」「高い技術を高い値段で提供する」などです。加えて言わせてもらえば、「X線透視を用いて注射する」真に大衆に必要とされる手法は、将来的にも保険診療に組み込まれることは絶対にありません。現在だって絶対に認めようとしないのですから。よって開業医レベルには本項目は考えすぎの一つです。


5、医療格差問題

医療格差は現在の保険医療ですでに生じていることは前に述べました。高齢者、無職の人、生活保護者などは、1週間に何度も病院に通えるため、働いて収入を得ている人たちの何倍も質の高い医療を受けられることになっています。現在、保険側は1日に1か所のブロック治療という制限を設けているため、週に1回しか来院できない労働者は1種類のブロックしか受けられないのに対し、週に2回通院できる高齢者は、2か所に2種類のブロックを受けられるという逆医療格差が生じています。さらに、保険の制限は都道府県で異なるため、医療の地域格差が歴然として出ており、現在の医療ではすでに弱者逆優遇・地域格差(東京では受けられる治療が大阪では受けられないなど)の不平等医療が行われています。


自由診療を認めたとしても、これまでの医療を受けられなくなることはありません。それよりも、保険側が不当な支払い拒否をしているために生じている不平等問題を直視するべきです。平等をうたっている保険診療が、実は平然と不平等を生み出しているからです。そして医療が発展する方向へと進める自由診療を、妬み(自由診療ができる腕の立つ医師は教授や学会の権威者に必ず妬まれます)で阻止するべきではないと思います。自由診療が増えても今の医療水準が落ちるわけではないのですから。


6、現在公的保険が使える治療も自由診療に見直される恐れ

自由診療が広がった状態をシミュレーションすると、なんと医療費が現在の半分で済む可能性があります。つまり20兆円規模の国家予算を確保できる可能性があります。こうなれば日本は貧乏ではありません。だから逆です。公的保険治療を自由診療に見直す必要性が激減します。余った財源で先進医療をどんどん保険に取り入れる予算も生まれます。自由診療は、高齢者が蓄財したお金を動かし、経済を活性化させる力があります。高齢者は年金暮らしで貧乏とは限りません。自由診療にお金を支払えるくらいの余力を持っている高齢者は少なくありません。また、重要なことを見落としてはいけません。保険診療は官僚が医師を、医療界を支配するために存在しているということを(後のシリーズで述べます)。


日本の医療は共産主義医療であることを前に述べましたが、医師が官僚に従順でいるのは保険側が医師を完全に養い、逆らうと点数改正で倒産させられるほどの痛手を食らうことがあるからなのです。つまり医師は厚生労働省に首根っこをつかまれています。官僚は常にその力を医師に誇示し、医師は彼らにびくびくしています。そうした官僚の権力を彼らが手放したくはないでしょう。保険診療を減らし、自由診療に移行させていくことは、官僚が自らの権力を縮小させて行くことに等しいのです。


東大出身のエリートたちで作られた巨大な白い巨塔が、その権力を手放していくと・・・本当にそんなことがあり得ると思いますか? 官僚たちは医療が国家予算をどれほど食いつぶそうとも、その権力を逃さないために、国民皆民保険を守り続けてきました。国家の債務を縮小させるために厚生労働省の官僚たちが自らの権力を捨てて保険医療を自由診療へと移行させていくことなどあり得るでしょうか? 真相はその反対ではないでしょうか? 自由診療へと移りそうになってしまっては困るので、保険点数を引き上げ、先進医療を取り入れ、多くの開業医が保険を利用するように画策しようとするのが筋だと思います。そうしなければ白い巨塔が崩れるのですから官僚たちも必死で保険診療を利用する開業医の比率を確保しようとするはずです。自由診療が広がり、財源が豊かになれば、保険点数はプラス改正にし「保険を使う医師」を増やそうと官僚たちが画策するのが筋です。


7、自由診療が増えることで、医療保険の保険料が値上がる

保険料が上がるのは当たり前です。むしろ、日本ではお金があるのによい医療を買うことができないというあまりにも資産家をバカにした医療を行っています。お金があるのに、医療を買えない世界にしていることを正しいとする考え方に私は疑問を感じています。共産主義医療にもメリットがあることはわかりますが、経済は共産主義では発展していかないことは中国でさえ認めていることです。医療は経済ではないとして切り離す姿勢はとても格好がよいのですが、経済を医療で回して財源を確保しなければ、国が債務で倒産するレベルになっています。いつまで共産主義医療にしがみつくつもりでいるのでしょう。


日本は江戸時代から資産家をバカにすることが美学であるとしてきました。士農工商という身分制度も商人(資産家)をバカにするための制度です。武士道から生まれました。しかし、良い医療を受けたいのにそれを全く買えない状態にしていることにも罪悪感を持っていただかなければなりません。資産家の健康を守れない日本にはしたくありません。今のような全員平等で、資産家にさえ質の低い医療しか受けさせない体制には賛成しかねます。資産家も大衆病にかかり、資産家も腰痛・膝痛・神経痛・認知症などに悩みます。そしてこれらを治そうとしても、ホームレスと同じ治療しか受けられません。大衆病に関しては、全員が平等に低いレベルの治療しか受けられないようにされているからです。

 

 

日本医療の難題4 日本医療を立て直す具体策

不当に安い保険診療

「良い医療を平等に万民に」の理念はもうすでに数十年前から崩壊しています。保険点数を不当に引き下げることを続けた結果、医師が「不当に安い治療は放棄する」「料金設定が安すぎるので短時間で大量の患者に処置しようと無理をするために事故が頻繁に起こる」「薄利多売をしなければならないので患者の話を十分に聞く時間がない」「回数が制限されているので重症の患者でも追い返す」「意味がなくても検査を多く入れてマイナス分を埋め合わせする」ということが普通に起こっているからです。この結果、いくらへ段を引き下げても、全体の国の支出が低下することはかつて一度もありませんでした。


また、保険点数の不当引き下げによる医療事故件数はデータには出ません。なぜなら、注射が死ぬほど痛い、乱暴で出血した、全く効かない、話も聞かず同じ注射しかしない、などは事故件数に計上されないからです。患者を追い返すのもデータには出ません。有効な注射治療を行わず薬だけしか出さないというのもデータには出ません。よって良い医療ができなくなったのは保険点数の引き下げのせいであることは一般的には知られていません。


この質の悪い医療でしか「平等に万民に受けさせることができなくなっている」理由は治療を必要とする弱者、高齢者が増え、それに比例し国の負債が年々増えているからです。すでに「良い医療を平等に万民に」は崩壊し、「万民に均一に質の低い医療」を提供せざるを得なくなっています。この影響でお金持ちであっても質の低い医療しか受けられないのが今の日本です。原因は未曾有の超高齢化です。これ以上国家予算にしがみつくことはどのように保険点数を引き下げても無理です。無理なのですからお金のある方から治療費をいただいて国家の負債を縮小させていくしか方法は残されておりません。この人口の超高齢化は今後の数50年間のみの現象です。よってこの50年だけ医療制度を変えればよいでしょう。


しわよせは開業医に

大学病院では高度な医療が受けられ先進医療も別枠でうけることができます。資産家は教授と親しくなることで別枠の高価な治療を受けることができます。大学病院には保険の審査や制限が甘く、混合診療もある程度認められています。よって教授クラスでは保険診療の質が低下していることを認識することはほとんどありません。保険診療の質が低下しているのは、教授が診察しないような不定愁訴系の大衆病に対する治療です。つまり「開業医クラスが行う治療」の質が低下しています。人口比で8割の民の治療の質が低下しているといえるでしょう。教授が診察している2割以下の患者たちの医療の質は低下していません。


自由診療を増やさなければ国が倒産する

開業医が自由診療を積極的に行わなければ、この国の財政は近い将来破綻します。現体制のまま保険点数をどのように調整したところで医療費の抑制は無駄なのですから、なるべく早く自由診療推進の体制をとるべきです。ところが自由診療には必要経費が認められにくいという理不尽な重税制があるために自由診療を行えば行うほど利益が上がらないという仕組みになっています(詳しくはシリーズ1参)。現状では、自由診療は税制によって禁止されているのと同意となります。


逆に言うと、税制を変えるだけで自由診療が一挙に拡大します。高齢化社会が厳しくなるこの50年だけ「自由診療には8割の必要経費を認める」という特例条項を作るだけで、開業医は自由診療を好んで行うようになり、保険診療費が激減します。国が開業医から得られる税収は減りますが、国民に支払わなければならない保険料が激減するので国の利益は莫大になります。自由診療をすれば税金が安い!という餌をまきちらすだけで自由診療は格段に増えます。法律は税法を変えるだけなので国会での議決を通しやすいでしょう。


混合診療を認めず日本医療を立て直す方法

混合診療を行うことは毎年のように国会で議論され、医師会が反対し法律が改正されることがないということをくり返していますが、日本医療を改善するには混合診療を認める必要はありません。あくまで現在の医療体制のまま改善する方法があります。その方法は開業医の優遇税制を自由診療にも拡大するというとても簡単なものです。


自由診療を誰も否定していない

自由診療は現在も多くの病院でなされており、反対も否定もされておらず、また、リスクがあるから現在行われている自由診療を禁止しなければならないという意見も出ておりません。したがって現行のまま、医療系の法律を何も変えることなく自由診療に優遇税制を敷くことには医師ならば誰も反対しないでしょう。自由診療を拡大すれば日本の医療財政は極めて健全になり、景気も回復します。来る高齢化社会で財政難に悩む日本にとっては渡りに船です。


現在、自由診療には重税が課せられています(おそらく違法と言えるレベル)。それは自由診療の必要経費が「ほとんど認められない」からです。日本では保険診療の収入には優遇税制が認められているだけに、自由診療にかかっている人件費の多く保険診療側の経費として計算されます。もしも自由診療で得た利益の80%を必要経費と認めるという措置税法改正を行えば、開業医たちは保険診療よりも自由診療を行いたいという意識変革をするため、保険診療が減り、自由診療が増えます。


保険診療のデメリット

シリーズ2では保険診療のデメリットを申し上げました。ネットで検索してもわかるように保険診療のデメリットについて述べている論文をほとんど見かけません。つまり一般の方々や医療従事者の方々は保険診療にはデメリットがないとでも思っておられるか、水面下に言論統制されているようです。


そこでシリーズ2では、保険診療では保険側がどれほど不当な支払い拒否をしているかについて述べさせていただきました。保険診療はそれ自体が共産主義医療であり、官僚や教授が強い権力を握っていて(中央集権)、彼らの機嫌を損ねるとそのさじ加減で保険点数を改正され、経営がいきなり赤字転落することもあり得ます。それほど、官僚に医療制度の権力が集中していることを述べました。よって保険審査が不当であると感じていても誰も抗議でしない状態であると言えます。中央の権力が強すぎるからです。


この権力集中こそが大きなデメリットであり、臨床現場にいない彼らが教授と結託して不適切な料金設定をしている状況を生みます。そして改正結果に誰もがおとなしく従うのですから、日本の医療が共産主義体制であることがわかります。共産主義体制では苦痛に困った患者の姿を考えることもなく、ただただ数字で制限を行いますから必要な治療さえ受けられないというデメリットが生じます。


カルテ虚偽記載に甘い理由

おもしろいことに、保険診療では容赦ない支払い拒否が行われていますが、その支払い拒否を回避しつつ患者に治療する際に必須となるカルテの虚偽記載については、今のところ監査が極めて甘いと言えます。その理由は、保険の審査が不当に厳しいことを審査している側も認識しているからです。例えば、採血検査などは実際に病気にかかっている人にしか認めないという姿勢ですので、肝機能を調べたいのなら肝炎という虚偽の病名をつけなければなりません。つまり「病気になっている人にしか検査料金を払わない」というのが保険側の不当な制限であることを審査員も認識しています。よってカルテ虚偽記載については甘くせざるを得ません。もし、虚偽記載を罰すると、保険医全員が罰されることになります。ここがミソです。本気になれば厚生省は保険医全員の資格を剥奪することさえできます。保険医は全員がカルテの虚偽記載をかならず行っているからです。どんな開業医でさえ本気で監査されれば必ずボロが出ます。そのことを開業医側も知っています。保険側が不当な支払い拒否をしても誰も抗議しない理由がここにあります。全ての開業医が不当に制限された治療を回避して患者に施すために、カルテに虚偽記載をするという実態があるからです。虚偽を記載しない限り赤字に転落する状況に陥っているのです。特に検査で生計を立てている開業医は検査をする度に虚偽の病名をつけることになります。よって監査側ににらまれればいつでも廃業に追い込まれます。そうした脅迫観念により医療の共産主義が成り立っています。なぜ医師たち全員が官僚のいいなりになっているかのシステムが理解できます。


自由診療に優遇経費を認める新税法が敷かれると

自由診療に重税がかかる(自由診療に経費が認められにくい)ことで自由診療が拡張できないというのが開業医の苦悩ですが、自由診療にも7~8割の経費を領収証がなくても認めるという新たな税法が制定されるとどうなるでしょう。ほぼ間違いなく開業医の反乱が起こります。自由診療を行えば、経営が黒字になり、保険審査の支払い拒否にびくびく怯えなくても済み、かつ治療制限をしなくてすむからです。保険医は大学教授以外、誰もが保険側の審査に怯えていたわけですが、その呪縛から自由になります。なにせ、医師たちがもっとも嫌がることはカルテの虚偽記載であり、これが彼らの良心を咎めていました。自由診療に必要経費が認められるようになれば、カルテに虚偽を記載する必要なく、正々堂々と正義感を貫いて医者をやっていけるのです。虚偽記載を逆手に取られて脅される心配がなくなるのと同時に、そうやって脅しをかけて自分たちを管理下に置いていた厚生労働省への積年の恨みを晴らすことができます。


さて、混合診療を認めることができない真の理由は、これを認めて自由化させてしまうと、積年の恨みが爆発して医師を統制できなくなることにあると思われます。混合治療に反対の立場をとる日本医