日本医療の難題2 保険診療の弊害

はじめに

私は特に混合診療推進派ではなく「保険診療の良さも悪さも考えましょう、そして日本の財政を考え、社会保障費の膨らみすぎで将来的にデフォルト(債務放棄・徳政令)に向かわせないようにしましょう」という考えの元に意見を述べています。混合診療の長所・短所が述べられ、日本医師会では「混合診療に反対」の立場をとっていますが、その前に、現在行われている国民皆保険制度(保険診療)が実際にもたらしている弊害(短所)について考えてみましょう。国民の皆様は、医師も含めて混合診療の短所を述べる方は大勢おられますが、保険の短所について言及している方はほとんどおられないと思います(不思議ですね。その理由は後ほど述べます)。


日本の財政では保険制度に十分にお金を支払う能力がすでに欠如しているので、本来は治療をしなければならない患者に対し、「治療を行ってもお金の支払いを拒否する」ということが日本各地で起こっています。まずはその実態をしっかり認識し、すでに一部の科、一部の病気で保険制度が崩壊していることを国民が知るべきだと思います。ここでは整形外科・ペインクリニック科を例に挙げ、保険側で支払い拒否を行っている実態について述べて行きたいと思います。


保険診療の不具合例

 

  • メニューにない:関節内洗浄、手根管内注射、滑液包内注射は料金請求不可
  • 適用が認められていない:自律神経失調症に星状神経節ブロックを行うなど
  • 料金が他の手技に含まれてしまう:透視下で注射、超音波下で注射、関節穿刺
  • 値段が高い手技は回数を限定される:症状詳記を書かないと支払い拒否など
  • 値段が不当に安い手技はほぼ無制限:関節内注射・腱鞘内注射は何箇所でも可
  • 治療間隔が1週間未満:前の治療との間隔が6日であれば月に2回しかしていなくても2回目は支払い拒否される
  • 1日に1箇所:病気が二つ重なっていても1日に2箇所すれば2箇所目は支払い拒否
  • 慢性期の支払い拒否:ブロックなどの比較的高価な手技は治療期間が長引くと支払い拒否される
  • 専門医以外の行う行為:内科医が硬膜外ブロックを行うと支払い拒否
  • 施設許可が下りていないもの:理学療法(クリニックが狭いと許可が下りない)
  • 儲けが高く、患者一人当たりの1ヶ月の平均医療費が高い:厚生局から指導が行われることが法律で定められている
  • 医師をあせらせ医療事故が増える:料金設定を年々引き下げて行くことにより、医師たちは経営を維持するために多数の患者を短時間で治療することを迫られる。これにより最も重要視しなければならない安全性が低下し実際に医療事故が多発している。
  • 不要な検査が増える:不当に安い診療費の穴埋め
  • 診断がついていない病気には支払い拒否

 

以下、それぞれどのような弊害が起こっているのかの具体例を挙げます。


1、メニューにない

例えば、化膿性膝関節炎では関節内の細菌数をできるだけ減らすために、関節内洗浄が必要です。関節内洗浄にはコツがいり、かつ時間がかかります。20ccの注射器で5回ほど洗浄するだけでも数十分かかります(中に滑膜のゴミがたまっているため針先に吸い付いて簡単に洗浄できないからです)。この作業には医師の人件費として1万円前後のコストがかかりますが、関節内洗浄のメニューがないので料金を請求できません。よって、どの施設でも関節内洗浄を行なわないのが一般的です。細菌感染による関節炎は放置すると軟骨や滑膜が破壊され、関節周囲も癒着が進み取り返しのつかない後遺症を残します。患者が激痛で苦しんでいても、抗生剤の点滴のみで放置しなければなりません。理由は保険のメニューに「関節内洗浄」がないからです。見るに見かねた医師が関節内洗浄を行う場合がありますが、それは必ず赤字となる「奉仕活動」でしかありません。


手根管症候群では手根管内にステロイド+局麻薬が非常に有効ですが、これもメニューにありません。五十肩にはどこの施設でも肩峰下滑液包に注射を行いますが、これもメニューにないため「関節内注射」を行ったことにして関節内注射の料金を請求しています。有効な治療であり、頻繁に行う治療であるにもかかわらず、メニューリストにない手技が多く、臨床医は手技料金を請求できずに非常に困っています。


2、適応が認められていない

有効であっても保険側がその有効性を認めないために適応がとれず治療ができないということがごまんとあります。基本的に保険側が支払いを認めるのは「医学的に有効と実証されたものだけ」という立場をとっています。それはもっともです。しかし有効であることは広く理解されていても、数字や画像で立証できない症状があります。


例えば、星状神経節ブロックは200以上の疾患や症状に有効性が認められていますが、保険側は頚肩腕症候群くらいにしか適応を認めていませんので、頚肩腕症候群以外の疾患にこのブロックを行うと支払いを拒否してきます。適応はその病気を担当する専門医(例えばアレルギー性鼻炎なら耳鼻科医)が適応を認めれば保険が認められるようになります。しかしペイン科の医師がアレルギー性鼻炎を治療するために星状神経節ブロックを行い、その治療が有効であっても、耳鼻科医の反発があるおかげで保険適応になりません。世の中にはこうした科間の論争のために保険適応が通らないものが多数あります。本気で治そうとする医師は論争を無視し、保険を無視して患者を治療しようとしますが、その際に保険というものが障害になるわけです。


また、経口薬は値段が安いので適応が認められていますが、注射薬は値段が高いので認めないという薬もあります。腰部脊柱管狭窄症でしばしば用いるパルクスやリプルなどの静脈注射薬です。保険適応が認められていない治療であるのに、患者がその治療を懇願した場合、たいていの開業医はカルテの改竄という「法を犯す処置」をやむを得ずとることが多いようです。例えば、アレルギー性鼻炎に星状神経節ブロックを行う際に「肩こりで治療を受けている」ことにし、傷病名を頚肩腕症候群という虚偽の病名を記載して保険側に請求します。パルクスやリプルも一昔前までは整形外科医が腰部脊柱管狭窄症の患者に「閉塞性動脈硬化症」と嘘の病名を書き、湯水のように使用していました。こういった虚偽報告に対し、保険側は「虚偽の病名の雰囲気があれば支払い拒否をする」という「雰囲気による支払い拒否措置」をとります。虚偽の事実ではなく、疑惑があれば支払いを拒否するという非常に横暴な措置です。


例えば、アレルギー性鼻炎に星状神経節ブロックをする医師は「頚肩腕症候群」という病名をつけて適応させようとするのですが、同時にアレルギー性鼻炎の治療薬であるセレスタミンを処方すると、保険側の審査員に「星状神経節ブロックを鼻炎治療に使っている」と勘ぐられ、そして虚偽の証拠もないままにあっさり支払い拒否をしてきます。


パルクスやリプルに関しては薬価が5000円以上もする薬剤で、仕入れ値も4500円くらいかかります。これをある日突然支払い拒否が行われると、数十万円から数百万円の損害になります。保険側のこうした大胆な(違法ともとれる)支払い拒否を食らった開業医は、その後二度とパルクスやリプルを使用しなくなります。つまり、保険側は開業医に「大きな痛手」を与えて適応外の使用に対して「お仕置き」をするわけです。ところが、この「お仕置き」は適応の通っている閉塞性動脈硬化症の患者に対する使用にまで影響を及ぼします。なぜなら「疑われれば罰される」わけですから、動脈硬化の証拠がなければこの薬剤を使用できないことになります。動脈硬化の検査機器を全ての開業医が設置しているわけではないので、設置していない開業医は本当の閉塞性動脈硬化症の患者にさえ使用をためらうようになります。これが本当の弊害です。


3、料金が他の手技に含まれてしまう

 

股関節や仙腸関節、椎間関節などは触って確認ができないので、ここに注射をするためにはX線で透視しながら行います(最近は超音波で透視します)。例えば股関節にX線透視を使って数十分かけて注射をしたとします。これには医者の人件費1万円と透視機器の使用料金4000円、造影剤3000円、などを合わせると、1万7千円くらいのコストがかかります。さて、この治療に保険側はいったいいくら支払ってくれるでしょうか? 答えは800円+αです。保険側は関節内に注射するという手技代として800円とそれにかかった薬剤の+αを支払いますが、それ以外の透視にかかった費用は800円の中に合算することにしています。 上記の1万7千円は実際にかかっている費用ですので保険側が800円少々しか支払わない場合、この治療で1万5千円以上の赤字となります。


つまり、実際には「透視を使って関節内注射をすること」に保険側は「お金を支払わない」ことを断言しています。これは「国にお金がないから透視による注射を認めない」と言っているようなもので、透視を使用することを禁じているのも同然で、ある意味、基本的人権の尊重を無視した違法性の強い支払い拒否といえます。国側が関節内注射を受ける国民の権利を剥奪しているからです。


臨床現場では股関節や仙腸関節、椎間関節の痛みで苦しんでいる患者は大勢存在しますが、それらの治療には鎮痛薬しか認められていません。つまり適切な治療で治るチャンスを国側に剥奪されていると言えます。これが日本国憲法違反の色彩が濃い「保険側の支払い拒否」の実態です。正当な治療を受ける権利まで剥奪しなければならないほどに保険制度は壊れています。関東○○病院を頂点とするペイン科の医師たちは「透視下に様々なブロック治療」を行うことで名をはせていますが、彼らはおそらく、現在の保険制度に怒り、悩み、苦悩していると思います。


4、値段が高い手技は回数を限定される

例えば頸・胸部硬膜外ブロックは手技料が1回¥15000と高く、これを毎週行うと、何の理由もなく支払い拒否される恐れがあります(全てを支払い拒否されるわけではなく4回分のうち2回を拒否されるなど)。また、このような高い手技の場合「なぜブロックが必要であったのか?」を示す症状詳記を添付しない場合、支払い拒否をされる可能性が高まります。開業医にとっては、1回分でも支払い拒否をされるとかなりの痛手となるので、毎月、強迫観念にかられながら症状詳記を書いて保険審査を通さなければなりません。そうした人件費・労力を強要し、精神的な従圧を与えることで「値段の高いブロックをさせないように医師に圧力をかける」ことが許されています。高いブロックだから支払いを拒否するという姿勢は医の理念に合いません。


5、値段が不当に安い手技はほぼ無制限

関節内注射や腱鞘内注射は不当に安い値段設定にされています。¥800と¥350です。患者を診察室にいれ、話を訊き、診察台に上らせ、ポジションをとり、消毒し、注射をし、止血をし、服を整え、退室の時間までを10分とすると…。医師は1時間に6人の患者に計8つの関節内注射をしたと仮定します。診療費として¥10720を得ますが、開業医では1時間に2万円以上を稼がなければ採算がとれません。つまり1万円以上の赤字になります。腱鞘内注射であればさらに採算が合いません。治療をすればするほど赤字となる料金設定は「不当に安い設定」と言ってよいでしょう。そしてこれらの手技は1日に何箇所行っても支払い拒否されません。それはそうでしょう。こういう安い治療を医師にさせて、患者に奉仕することを保険側が望んでいるからです。関節内注射や腱鞘内注射は、高い技術が必要だというのに、そうした医師の人件費に全く見合っていません。


当然ながらこうした「不当に安すぎる治療」を開業医は「できるだけ行いたくない」と感じるわけですから、治療に消極的になります。保険側の安すぎる値段設定は、医師の治療意欲を大きく損なわせます。どうしてこんなに不当に安い料金設定に、医師たちは怒って厚生労働省を訴えないのでしょうか?


また、実際にある話ですが、「新しい治療」を開発した医師が、5年以上かけて厚生労働省に働きかけ、新治療を保険適応としました。しかし、その料金設定を不当に安くされたために、その医師は怒り、そこから保険診療をやめ、自由診療でのみ新しい治療を行うことにしたという話です。長年労力をかけて保険適応を認めさせたのに、その値段設定が不当に安い場合「保険診療は認めません」と言われたことと同じ意味になります。新しい手技を開発した医師に対し、厚生労働省はその手技を表面上受け入れた振りをし、不当に安い値段設定で「使用不可」にさせてしまうことができるのです。


6、治療間隔が1週間未満

ほぼ毎週ブロック注射を行いながら痛みをコントロールして生活を続けている患者がいます。ブロックをやめると痛みが強くなり、いろんな仕事ができなくなるからです。しかし、次の週の診察日が祝日で休みでしたので患者は祝日の前の日に来院しました。ですが、前回から6日しか経っていないという理由で保険側はブロック注射の治療費の支払い拒否をしてきます。よって、病院側は6日目に来院したこの患者を門前払いしなければなりません。病院側は患者を説得し、祝日の後日(明後日)来院するように患者に言いました。患者はしぶしぶ帰宅し、明後日来院することにし、そしてブロックを受けました。しかし、その後に問題が発生します。来週の治療も1週間以上間隔を開けなければなりませんので1週間後に来院すると、「来院する曜日」がずれてしまうからです。この患者は普段仕事をしており、「違う曜日」には来院できません。したがって次回のブロックは約2週間後に延長し「いつもの曜日」に来院するように調整しなければなりません。つまり保険側が6日しか経っていないと支払いを拒否するという強硬姿勢を貫くせいで、この患者は2週間も治療間隔を伸ばされることになるわけです。この患者は理由あって毎週通院しているわけであり、それが2週間隔にされると、症状が間違いなく悪化します。悪化するおかげで治療がふりだしに戻され、結果的にこの患者は長期間通院することになり、結果的に国の財政を圧迫します。


7、1日に1箇所

坐骨神経痛と頚椎神経根症の二つ同時の症状出で生活が困難になるほど痛みがある人に対し、1日1箇所しかブロック治療ができません。患者には「どっちを先に治したいですか?」と質問し、どちらかの痛みはブロック拒否をしなければなりません。痛みの箇所が3~4箇所の人はさらに悲惨です。1日に1箇所しかブロックができませんので、1箇所の痛みが完治するまで他の箇所の痛みを放置しなければならないからです。もちろん、翌日に来院すれば2箇所目にブロック治療が可能です。しかし、都道府県によって審査基準が異なり、翌日のブロックを支払い拒否する都道府県があります。この理不尽な支払い拒否のため、多数箇所に激しい痛みがある患者は、一つの治療箇所が治るまで、他の箇所の治療をしてもらえません。社会人で仕事をしてれば、通院できる曜日は決まっているので、次の日に違う場所をブロックするなどできません。よって痛みを訴える場所の治療を、開業医側も永久に拒否することになります。この国の保険はなんと理不尽なのでしょう。


8、慢性期の支払い拒否

例えば、しびれです。腰椎椎間板ヘルニアでは坐骨神経痛が起こり、それらには硬膜外ブロック注射が有効であることが認められていますが、整形外科の教科書には「しびれにはブロックが無効である」ことが書かれています。真実は無効ではなく、繰り返し治療をすることで軽快していくのですが、「しびれの治療には硬膜外ブロックを認めない」という立場を保険側はしばしばとります。これを認めると「長く治療を重ねること」を認めることになり費用が膨らでしょう。しびれの治療には繰り返しのブロックが有効ですが、毎週のブロックが1ヶ月以上続くと、2ヶ月目以降、一部の支払いを拒否することがしばしばあります。しびれの治療は毎週連続で行うからこそ治療効果が出るのですが、2週間に1度ではなかなか治りません。このように慢性疾患で根気よく毎週の治療が必要な場合は、「毎週続けて治す」という方法が保険側で認められていませんので結局治せません。国民は保険側に「治せるチャンスを剥奪されている」ことに気づくべきです。


9、専門医以外の行う行為

現在、全ての科で専門医制度を制定し、専門医でなければ治療をしても保険側が支払いを拒否しようとする運動が高まりつつあります。例えば、内科医が腰痛で歩けない状態で困っている患者に「腰部硬膜外ブロック」を行って歩けるように治療してあげます。しかし、内科医はペインクリニック科の専門医ではないのでその診療費を保険側が支払わないという酷い制度です。これは言うなれば各科における「縄張り争いを利用した保険の不当支払い拒否の正当化」と言えます。


日本の医療は各科の教授を頂点に各科の学会に医師を強制的に入会させ、その学会で専門医の資格を与え、そして医師たちを従属させるという支配系図をとります。ところが専門医の資格があってもなくても、開業医は普通に経営ができてしまうので実際には専門医じゃないから儲からない、専門医だから経営に有利になるということがありません。よって専門医資格をちらつかせて医師たちを支配するという構図は、開業すると無視することが可能です。


教授たち、官僚たちにとって、学会という権威を無視できる構図は望ましくないため、専門医でなければ医師が経営できなくさせようという動きが最近になり活発化しています。教授と官僚はT大が派閥を効かせているため、一蓮托生であり、この勢力が手を組み「専門医以外が行う処置では保険側が支払い拒否をする」という方向に制度化しようとしています。保険側と教授たちの利害関係が完全に一致するからです。


私の勤務地であった東京都E区のN病院では実際に次のような事件が起こっていました。神経ブロックの上手な内科医が非常勤で勤務していて、その医師は痛みに悩む多くの患者にブロック注射で治療をしていました。しかし、N病院にはペインクリニック科の専門医がいません。よって保険請求した全てのブロック注射の代金を支払い拒否されたのです。内科医がブロックを行うことは不当行為でもありませんし、法律で禁止されているわけでもありません。しかし、N病院でペインを標榜していないという理由で支払いを拒否してきた保険側は本当に正当なのか?を人道的に考える必要があると思います。


ペイン科の開業医は全国に極めて少なく、地方では内科医や外科医がブロック注射をしなければならない状況が多々あります。そうした状況を考慮せず法律で禁止されているわけでもないブロック手技を支払い拒否とした保険側の横暴を放置しておいてよいのでしょうか? それよりもなぜ、このような横暴を医師たちが許すのか?に問題点があります。このことについては後ほどのシリーズで述べます。


今後、各科は専門医制を強化しようと考えています。そうなると「何でも診てくれる家庭医」が消えて行きます。孤島や僻地での医療は一人の医師が全ての科の手技をしなければなりません。しかしそれが保険ではできなくなる恐れがあります。孤島でなくとも、今までは目の前の家庭医で治療できた病気が、自動車で2時間かけて専門医のクリニックまで行かなければ治療してもらえないという状況になります。日本の医療制度はそうした慈悲のない共産主義医療の方向に進む可能性があります。


10、施設許可が下りていない治療

東京都心部は土地が高く、理学療法ができない開業医がほとんどです。というのも、理学療法の治療費を保険請求するためには「広い敷地がある」ことを条件とし、広い土地がない開業医では理学療法を行ったとしても保険側が支払いを拒否します。真実を言うと、理学療法士と4.5畳の広さもあれば、ほとんどの理学療法を行うことが可能です。しかし、理学療法の治療費は高価なので保険側としては「簡単には理学療法を受けさせない」ようにしなければなりません。ですから、理学療法室が広くないとお金を支払わないという制限を加えています。よって都心では理学療法がほぼ不可能です。土地代を払えるほどに稼ぐことが困難だからです。


理学療法を行う場合はほぼ「駅から離れた不便な場所」の病院でしか行えません。これもまた日本医師会の言う「万人に平等」の医療を行うための弊害です。万人が受けられるのではなく、駅から離れた病院にわざわざ通院できる患者だけが理学療法を受けられるのです。理学療法で例を挙げましたが、保険側はこのような施設基準をいろんな保険請求に細かく設けていて、施設にお金をかけないことには特殊な治療の保険請求ができない工夫をしています。


11、儲けが高く、患者一人当たりの1ヶ月の平均医療費が高い

多く稼いでいる開業医は、その収益の高い順に指導や査察が行われることが法律で決められました。開業医が儲けることは悪とみなすやり方です。確かに一理あります。医療を儲けの道具にすることを防ぐという立派な思想は美しいです。しかし、一人当たりの月額平均保険報酬が高いと指導が行われるというやり方は感心しません。なかなか治らない病気を治そうとする場合、一人当たりの治療費は必ず高くなるからです。薬だけ出しておけば治るような患者ばかりを診療しているクリニックでは問題になりませんが、私のように「治りにくい症状だけを専門に治そうとする」開業医にとっては「患者一人当たりの1ヶ月の平均医療費」が高くなるので指導や監査の対象とされやすいことは理不尽極まりないことです。


12、医師をあせらせ医療事故が増える

腰部硬膜外ブロックを例に挙げます。ペインクリニック科で腰部硬膜外ブロックを採算ベースに乗せるためには、1時間に3~4人以上にブロックを行わなければなりません。ところが、高齢者のブロックでは脊椎が極めて変形しているので、ブロックをしっかり成功させるためには30分以上かかり、失敗した場合に再度行うことを考えると1時間近くかかる場合もあります。これでは利益が出ませんので、通常は以下のようにしています。

  • A:ブロックが不成功でも成功したフリをして早々に切り上げる(なんちゃってブロック)
  • B:乱暴な手技で素早く刺して、安全性を度外視して速さを追及する
  • C:診察を行わず、話も聞かず、ブロックだけを寡黙に行う
  • D:高齢者にはブロックを行わない
  • これらは、実際に行われている話であり、料金設定を安くすることがどれほど医療に弊害があるかということを意味しています。

 


A、ブロックは的確な場所に入らなければ効果がありません。しかし、患者個人個人で入りにくさが様々で、時間をかけて何度もトライしなければ入らないことがしばしばあります。しかし、現在の保険制度の料金設定は、リトライできる値段ではありませんので、「もしかしたら的確に入っていない」と感じた場合でも、入ったフリでそのまま患者を帰してしまいます。いわゆる「なんちゃってブロック」が増えてしまいます。安い料金設定には短い時間しか割り振られていませんので、その時間内に手技を終わらせるためには、不成功のまま患者を帰すしかありません。


B、例えば、仙骨部硬膜外ブロックは手技的にはかなり難しいのですが、料金設定が腰部硬膜外ブロックの半分以下のため「数分で行わなければ採算が合わないブロック」となっています。そこで医師たちは局麻酔を行わず、機械的にズバズバ刺して素早くブロックを行おうとするため、「極めて痛いブロック」となっています。腰部硬膜外ブロックを同じ値段であれば、そこまで無理をしなくても、ゆっくり局所麻酔をしてから行えるものを、半分の料金なので「安全性を度外視されたブロック」にならざるを得ません。


C、ブロック注射を安全に行うには一人20分、どこにどんなブロックをすべきか?診察して治療を考えるのに10分かけるのが安全性を考えたブロックですが、この「10分の診察」を行うことができないほどにブロックの料金設定は低くなっています。ブロックを専門として中には患者を5人も10人もベッドに寝かせておき、医師が次々とベルトコンベア方式でブロックをしている開業医もいます。一つ間違えば医療事故が起こる危険な状態です。こうした医師の「あせり」、「外来が混んできたときの苛立ち」は、医療事故を起こす土台となっていますが、診療報酬が安すぎる設定なので、どうにも止まりません。料金を安く設定すれば、診療時間を短くするしかないというところを厚生労働省側は全く理解していないと思われます。


 

13 不要な検査が増える

診察料金が安すぎるため、患者と話ができません。基本的に再診料は720円ですが、1時間に24000円を稼ぐことを目標に置く開業医の場合、720円では2分以下しか患者と話ができません。診察室に入室し、杖を置いて、ジャケットを脱ぎ、ゆっくり腰掛け、患部を出すだけで2分かかります。その間、話を訊こうとすると患者は動作をやめますので、訊きだすには辛抱強く待たねばなりません。待っている間にタイムアップ。つまり再診料720円=患者と話をしてはいけない!ことを意味します。にもかかわらず、この再診料も支払うことを拒否しようとする保険側の意図があります。それは「少なくとも5分以上」患者を診察することを命じたこともあったからです。つまり、1時間に12人以上を診察するな!とういう命令に等しいわけです。そういう無茶な保険側の支払い拒否の体制では、不要な検査を多く入れ、赤字分を補填しなければ経営が成り立ちません。すなわち、医師が直接診療をしないでも料金が取れるシステムへと依存して行くことになるわけです。現在の保険体制が不要検査システムを推奨していると言えます。米国のペインクリニックではMRIを必須にしていることが問題視されています。日本のペインクリニックでは採血・採尿検査を必須にしている開業医も多数見られます。それはすなわち、手技料金や診察料金の設定があまりに安すぎることの裏返しです。


14 診断がついていないものは支払い拒否

基本的に保険側はグレーゾーンの病気は全て白と扱い、黒と診断されたものだけを治療対象とし、グレーゾーンに治療を行った場合は支払いを拒否するという立場をとっています。膠原病などは診断基準が毎年変化し、国ごとに診断基準が違うことがありますが、保険が「診断基準を満たさないものには治療費の支払いを渋る」傾向があるため、医師はグレーゾーンの病気に対して消極的になるという現状があります。


国民皆保険の理念と矛盾

上記に挙げた説明文は「もうすでに質のよい治療を平等に国民全員に」行うことができないレベルにまで医療の質が低下していることを述べたものです。効果があっても薬を使わせない、手技をさせないというあからさまな制限を加えていることがおわかりいただけたと思います。現在は「質の低い医療を平等に国民全員に」行っているのが現状です。


質が低いと言っても、世界の開発途上国と比較すれば極めて質が高いと言えます。しかしながら、今後約20年間、高齢者の人口は増え続けます。現在と同じ医療の質を維持するためには医療費をさらに上げて行くしかありません。それはできないことなので未来の20年間に置いて医療の質は低下していかざるを得ないのです。「全国民に平等に」を死守するためには質を落とさなければならないことは必須であり、未来の日本ではお金持ちさんも平等に質の低い治療しか受けられません。


平等に質の高い治療を!という理念は、理念として素晴らしいのですが、病気の重症度は決して平等ではありません。難病に指定されている病気にかかれば、それなりに質の高い医療を受けられるでしょう。しかし実際には難病に分類されない痛み・歩行困難・自律神経失調・虚弱などが存在し、それらの症状で重症な方々は「平等医療」のせいで人生を棒に振るほどに苦しい生活を強いられています。重症な方には平等な医療ではなく、濃厚な医療が必要です。重症度を考えずに平等の医療をした場合、重症な方にとっては、質の低い医療しか受けられない日本になってしまいます。平等治療は、重症な患者にとっては弊害となっていることを認識しておかなければなりません。


重症患者は保険では治せません

まず重症の定義からお話しなければなりません。厚生労働省が考えている重症は難病指定の疾患、障害者級のとれる疾患、悪性腫瘍、大きな手術を必要とする疾患などです。この定義では経口薬が効かない急性期の激痛、1箇所ではなく数箇所にわたる激痛、複数の症状が重なっているものなどは重症の定義から外れます。保険では重症と扱われない、実際には重症の患者が医者にかかった場合に「保険診療では治せない」ことになります。


急性期の激痛ではブロックを行ったとしても1日程度しか効かないことがしばしばあり、1週間に2~3回のブロックが必要なことがあります。毎日連続で治療すれば速やかに改善させることが可能であっても、現在の保険ではそのような治療が認められていないので、急性期激痛の重症患者は日本では治すのに長期間かかります。複数個所を治療する場合、保険では1日1箇所、週に1箇所なので「どれか一つの症状」を集中的に治し、他の症状は診療拒否しなければなりません。


薬が効かない激痛は重症ですし、何箇所にも症状がある人も重症です。しかし、厚生労働省はそうした真に重症な患者を重症と定義していません。問題はここにあるわけです。教授たちはいわゆる難病を治して実績を上げることに尽力していますから、難病の病名がつかない患者の激痛を治療したことがありませんし興味もないでしょう。まさにそうした教授の態度と保険制度が完全に一致していると言えます。庶民の重い症状の病気を治そうと必死になっている開業医が苦労することになります。


保険診療が禁じていること

基本的に保険制度(厚生労働省側)は一生に一度や二度しか行わない大手術や、まれな難病にはお金を支払い、腰痛・腹痛・しびれ・睡眠障害・不安神経症・老いから来る症状など誰もが何度も日常的に患う大衆の病気に対しては可能な限り支払いを拒否するという姿勢を貫いてきました。お金を払えないからです。保険制度が禁じていることは大衆病治療の質を高めることであると断言してよいでしょう。よって国民皆平等保険制度は大衆病治療の質を低下させることを目的としていると言っても過言ではありません。


真に重症な患者を治そうとする医師たち

保険医療は指定難病、障害者に該当する病気、悪性腫瘍などには高額で潤沢な診療報酬を提供し、支払い拒否をあまり行いません。つまり大病院や大学病院が専門に診療する病気には厚いといえます。しかし、開業医が主に関わる大衆病の重い症状には薄いと言えます。大衆病を治そうと必死に手を尽くす善良な医師は保険の支払い拒否に何度も遭遇します。その代表がペインクリニック科の医師です。彼らのところに集まる患者は、他の科の保険診療では治らなかった患者たちであり、当然ながら、ペインクリニック科の医師が他の科と同じように保険診療をするのであれば改善するはずがありません。ペイン科の医師は他の科で治らない重症な症状を治そうと努力する医師なので、保険制度の支払い拒否にもっとも頻繁に遭遇し、理不尽な思いをさせられるでしょう。


そうした医師たちに残された治療法は、自費診療による濃厚治療ですが、それも税制で不利になるように仕組まれているため、彼らは金銭面で八方ふさがりにされています。保険診療がすでに崩壊していることは、ペイン科の開業医であればひしひしと感じるでしょう。もちろん、ペイン科だけでなく、「真に重症な患者を治そう」と向上心を燃やす医師は全員が保険診療が崩壊していると感じています。しかし、ガイドラインに沿った典型的な治療しか行わない医師には、保険診療が崩壊していることに気づかないかもしれません。一転、自分が高齢になり、不定愁訴を訴えるようになれば、いやでも保険診療が症状改善に役立たないことを知ることになるでしょう。これほど理不尽な料金設定、支払い拒否をされても厚生労働省に逆らわず、医師たちが従順でいる理由は何なのでしょう? 次回に続きます。


自由診療重税に無頓着な病院

自由診療には重税が課せられており、一般的なクリニックが自由診療を多く行うと収入が減ってしまうことをシリーズ1で述べました。しかしながら、必要経費をふんだんに浪費し、実際にかかる経費を7割以上にしているところでは措置法26条を放棄しているので税による自由診療重税はありません。ですから税金対策として意図的に経費を浪費させている病院では自由診療重税に無頓着です。ただし、こうした病院は税務署から目を付けられる対象になるでしょう。


また、開業医でも保守的な医師はガイドラインどおりに治療することを好みますので、自由診療を行いたいとさえ思わないでしょう。そうした保守的な開業医にとって、「自由診療を行い患者をどんどん治して行く医者」が存在することは「許しがたい」でしょうから自由診療に大反対だと思います。


日本は「全国どの医師にかかっても同じ診療」をもっとうにしていますので、その中で「ここの病院では治せない症状が、あそこの病院では治せる」という差があると、「治せない病院」は評判が落ちてしまい経営が傾きます。よって保守的医師の団体である日本医師会は自由診療=自由競争、となるので自由診療には反対の立場をとるでしょう。つまり、保守派開業医は自由診療には全く興味がなく、革新的な開業医は自由診療に興味を持ち、実際にトライし、そして自由診療重税に頭をかかえます。


日本の医療は進歩しにくい(保険診療の最大の欠点)

自由診療が重税により、実際には自由診療を行うことを妨害されているという現状があります。つまり、診療の自由競争の機会が奪われ、「患者を治そうとする競争」をゼロにしているのが日本の保険診療です。つまり全ての開業医の治療レベルを均等にする(低いレベルに均等に抑える)共産主義医療です。自由競争がない場合、医療の進歩、質の低下は避けることができません。これが保険診療の最大の欠点です。

そして、低いレベル、安い料金設定では「目の前の患者の苦痛を除去できない」ことを悟り、理不尽ながらも自腹を切って、質の高い医療を施そうとする医師のみが苦悩します。腕のよい医師ほど理不尽な経営を強いられる日本の医療に落胆しています。

 

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