まことに迷惑な患者の家族のお話

先日起こった事件をご紹介します

脳梗塞で視力を失いかけている高齢者の方が突発性難聴になられて左右ともに全く聞こえない状態となりました(片方の耳は30年前に失聴)。これは人生を揺るがす一大事ですので早速、初診時(発症2日目)に上頚神経節ブロックを行いました。


初診時にすでにこの患者の娘が私への不信感を顔に表し、不機嫌な顔をしているのが読み取れました。おそらくその理由は私の診療所のホームページに「私は世界で初めて上頚神経節ブロックを開発し(完成させ)ました」という文章に不信感を持ったからであろうと推測します。


「世界で初めて?」「そんな医者がこんなところに潜んでいるわけがないだろう?」「このハッタリ野郎」と思っていたからであろうことが予測されました。

もしかすると、世界には私と同じようなこと(上頚神経節ブロックもどき)をしている医師がいるかもしれませんが・・・もしもその手技が、本当に的確であれば、奇跡的な治療効果を発揮するため無名ではいられません。現時点で上頚神経節ブロックの効能・効果が世界で無名であるということは、そのブロックのマネごとが行われていたとしても臨床的に適切ではない(完成されていない)証拠となります。


不信感をあらわにした娘さんは私にぶっきらぼうに質問を投げかけてきました。


「抗凝固剤を使っているが大丈夫か?」「これほど酷い難聴の方が他にいるのか?」「治せるのか?」という質問です。私に敬意のある質問の仕方ではなく、「質問に答えてみろ!」というような私を審査する口調でした。


十分に私のことを予習していない方たちだなあと思いつつも、私は


「出血のリスクは高いと思います。ただし、私のところでは特注の極めて細い針を使っているのまず大丈夫だと思います。」

「グレード4の方ですよね。グレード4とは全く音が聞き取れないレベルの方をいいます。そういう患者様は私のところでは全体の38%を占めますので、普通です。」とグラフを見せて説明しました。

「治るか?という質問に対しては、他の病院で何をやっても効果なかったという方49例中31例を改善させることができます。」「逆に言うと49例中18例は治せないということです」と、これもまたグラフを見せながら説明しました。

と、しっかりした数字で回答しました。後になってわかりましたが、質問に即座にあまりにも堂々と回答したことが娘さんをさらに怒らせたようです。


この患者は血液の抗凝固剤を服薬中ですのでブロックには通常の方の何倍もリスクが高く、よって何倍も神経をすりへらすことになり治療には重い責任を負います。通常は治療を断られるのが普通であり、実際に他医で星状神経節ブロックを断られたそうです。それでも見えない・聞こえないとなると、この方の人生が終わってしまうと考え、私には極めて不利ですが、リスクを承知で責任を負う形でブロックを行いました。その態度はおそらく、この患者の家族には伝わることなく、逆に「無謀な医師」と映っていたのだと思います。恩や善意がネガティブにとられていたのでしょう。


翌日の来院で「聞こえが改善していない」とのご返答を奥様からいただきました。実際はふらつきが改善されていて、歩行が安定していたことが観察されましたが、おそらく家族はそのことに気づいていません。


そして奥様は「今日の検査結果で耳鼻科に入院になるかもしれません」と言いました。つまり当院にはもう来ないかもしれないと告げました。


私は患者の住所をちらっと見ました。すると自動車で20分くらいのTというところに住んでいるということがわかったので


「Tの方ですね。ならば私のことを信じなくても仕方ないですね。治療を選択する権利は私にはありませんから。しょうがないですね。非常に残念ですががんばってください」と述べました。

私の診療所には北海道や九州から飛行機で通院する方が普通におられ、そして新幹線通院患者は大勢おられます。そのように遠方から来られる方は、私への敬意を持ち、信頼して治療に来られますが、近くに住んでいる方は「敬意もくそもない」ことが多いというはっきりした傾向があります。

近いから私のところに来たという患者とは信頼関係が結べないことが多いといえます。


本当は引き留めようかと思ったのですが、奥様が私への不信感を顔面いっぱいに出していたので「しょうがない」とあきらめました。私は不信感を出されるような言動は一切していません。


これほどの難病に、合併症に、びくともせず、堂々と患者に立ち向かって即座に治療を行ったこと、グラフを見せて回答したことが逆に相手の気に障ったわけです。家族たちは私を審査するつもりで来院していたのだと推測します。が、堂々過ぎるところがその審査に不合格という烙印を押したのだと思います。おそらく「誇大妄想医師」という烙印を押したのに違いありません。


さらに家族たちは、1度目の治療で効果がなかったので、「やっぱり、この医師は誇大妄想のキ〇ガイ」と判断したのだと思います。


こういう場合は「ご縁がなかった」とあきらめることにしています。私はこのようにプライドを傷つけられることは常に容赦してきましたが、そうではなく患者の人生が家族の判断によって、踏みにじられることが極めて悔しい次第です。


私は昔であれば通常、こういう患者の家族とは大声で格闘していたものですが、最近では口論もせず、極めてあっさりさよならを言います。が、おそらく、私が悔しがっている表情をしたので、その表情を奥様が読み取り、気分を害されたのだと思います。なぜなら悔しがる=「あなたたちの選択は間違っている」と私が主張することと同じ意味だからでしょう。その後に抗議のメールをいただきました。大変びっくりしました。


原文をそのまま掲載することは著作権侵害になるため、箇条書きにします。


メールタイトル:びっくりしました

 

  • 困ってる人に最低な言葉を放ったとの訴え。
  • 信用は時間をかけて築いていくものとの訴え。
  • 医者に人を傷つける権利はないとの訴え。
  • 今までのどんな医者の中でも最低という評価。
  • 人を傷つけて偉そうな態度を取るのは医者失格とのこと。
  • 予約入れるほど混んでない「人気と信用のないクリニック」との評価。
  • ホームページ掲示板には都合の悪いものは載せないと主張。
  • どんなに素晴らしい技術か知りませんという評価。
  • そちらにお世話になるくらいなら家族が支えて生きていきますとのこと。
  • 人の気持ちを何とも思わないとの評価。
  • 医者というか人として終わっているという評価。

このメールは患者の娘さんからのものです。人を傷つけるといますが「人」とは誰のことを意味しているのでしょう? 私からすれば人とは患者ですが、娘さんからすれば「自分」のことなのでしょうか? 私は上記の会話で人を傷つけた覚えは全くありません。私は患者本人を助けるためには患者の家族と最後まで戦う医師です。ですが今回は本人が私の会話を理解することができない(聞こえない・見えない)ので戦わずにあっさりさあきらめました。娘さんはあくまで私を審査したかっただけだと推測します。


私は人の心を読むことがでるメンタリストですのでこういうメールをいただきますと、その理由が手に取るようにわかってしまいます。その娘さんの家族背景や奥様との接し方、普段の日常生活でかかえているであろうストレスなども推測できてしまうのです。


そのくらいの洞察力で患者と接しているからこそ、これだけリスクある治療をしても安全にここまでやってこられているということを誰も理解していないでしょうし、理解されたいとも思っていません。この患者では出血のリスクがあるにもかかわらず、即座に臆せずブロックを決行しましたが、それは私が無謀だからではなく、安全確保に莫大な精神力を注いでいるからです。ですがこの家族には即座に決断=安全をないがしろにする無謀な医師、と判断したと推測します。


これだけリスクある患者ばかりを相手にし、難易度の高い治療ばかりしていれば、普通は必ず大きな事故に出会います。そしてそれがトラウマになって二度とブロックをしたくないという心境になるのです。それが起こっていないことがすでに私が無謀ではない証拠になっています。慢心や過信では事故が必ず起こりますから。


話をもとに戻します。


おそらく耳鼻科入院に舵をとったのは娘さんであり、その責任の重さがゆえに、「最悪の選択をした」との態度を私にとられたことに対して尋常ではない私への憎悪が芽生えたと推測します。ただし私は「最悪の選択をした」とは口が裂けても言っていません。私の堂々とした態度や口調がそのように言っているような雰囲気をかもしだしたのでしょう。


耳鼻科医でもない私が西洋医学や大学病院に治療を任せることを「間違った選択」と思っていることは当然ながら相手に伝わっていると思います。それが「偉そう」という言葉に集約されています。そして「人として終わっている」というセリフから、私が「誇大妄想のキ〇ガイ」と思われていることがうかがわれます。


ですが、私は常に「偉そう」にしないように努めています。偉そうとは、権威の仮面をかぶって権威者を装うことですが、実力もないのに実力を装うと、それが原因で患者を危険な目にあわせてしまい、医師人生も患者人生も崩壊します。


ですから私は常に自分を過小評価することに徹し、世界トップレベルの治療法を数えきれないほど開発しても、このようにおとなしく、患者に小ばかにされようとも黙々と治療をしているわけです。私は常に「偉そう」にしている教授たちを批判的に見つめ、他人の実績をあてにせず、自分で実績を作った治療法だけを信じて治療を行ってきましたので、全ての行いは実際に数字ではじき出した科学的なものです。教授の言葉よりも医学書よりも臨床現場での実績や科学(数字)のみを信じるその態度が偉そうに見えていることはわかっています。これは逆に言うと教授たちの出した治療成功のデータの嘘を暴き、自らそのデータを塗り替えることに等しいからです。偉いのではなく反社会的です。


そして今回は家族とバトルしても無駄だと分かっていたので静かに終わらせました。ですが、結果は逆に出ています。静かに終わらせたことが「さらなる偉そうな態度」に映ったのでしょう。よって「私たちの選択が間違っていたとしても、そちらにお世話になるくらいなら家族が支えて生きていきます」という言葉を言わせたのだと思います。


しかし、「選択が間違いなら支えて生きていく」とはいうものの、患者の人生は地獄に落ちます。生活を支えることなど患者にとっては関係のないことで、患者は死ぬまでの間、音のない世界、ほとんど見えない世界という地獄を生きなければなりません。私ならばその地獄から救えたかもしれませんが、耳鼻科医にはそれはほぼ不可能であることを、私は既に数字で出しています(その論文がこちらです)。もし、患者と私が直接会話できれば、私はこの患者を説得させることができました。しかし、患者本人ではない者に「音のない地獄や弱視の苦しみ」は理解できません。問題はそこにあるのです。


地獄を生きるのは患者本人です。その地獄がどれほどひどい地獄なのかを、わかっていれば私のような医師につばをかけるようなことは、たとえ私に怒りを感じたとしてもしないはずです。人の痛みがわからないことが、患者を地獄に落とし、場合によっては自殺に追い込むことがあります。それを、こうも簡単に自分のプライドが傷つけられたという理由で、人の人生を選んでしまうのか・・・。


どちらかと言えば、家族の罪というよりも、患者が地獄に落ちることをわかっていながらそれを救わなかった私に罪があるのかもしれません。非常に悔しい思いをしました。が、私に敬意のない患者を救うことはできません。敬意どころではなく審査されているわけですから。


さて、私にはこうした「難治性の患者を救うことができる」という自信、そして「耳鼻科に入院することで患者の人生は終わるだろう(音のない世界になってしまう)」と推測することが、傲慢、ハッタリ、自信過剰、医学を冒涜している、とこの娘さんが考えていることは普通にわかります。だからこそ私は「Tに住んでいる人だから仕方ないねえ」と申し上げたのです。近所に住んでいる方々は私がどれほど研究をし続け、患者側に立って必死に治療法をあみだしているか? その治療実績を知りません。よって敬意も何もありません。


私の自信は誇大妄想から来ているのではなく、治療実績のデータ分析から来ているもので、確固たるエビデンスがあります。エビデンスを持って治療予測をすることは傲慢でも誇大妄想でも「人を傷つけること」でもありません。


ではそのエビデンスの一部をご紹介します。まだ公表していないエビデンスです。


私の診療所に来院した1.5年間の突発性難聴の患者72例は、グレード4(ほとんど何も聞こえない)の患者が全体の40%を占め、大学病院や総合(専門)病院・鍼灸で治療が効果なしだった患者が約8割(77%)を占めます。当院の初診日は平均で発症後15.2日。つまり医学が見放した患者で、かつ手遅れの患者ばかりが来院します。そうした悪条件の中で次のグラフのように改善させています。


SCGB治療前後の回復の程度(厚生労働省の判定基準による)

SCGBは上頚神経節ブロックのことです。


現代の医療の全てを尽くしても効果なしだった49例のうち31例を回復に導くという恐らく世界トップの成績を残しています。しかも聴力データは数字できっちり出ますのでごまかすことができませんしケチをつけることがなかなか困難です。青が私の治療を受ける前の治療成績で、赤が私の治療(SCGB)を受けた後の治療成績です。厚生労働省の基準に従って判定した結果です。


現在は治療予後の研究論文を進行形で書いています(近いうちに公開します)。その論文から導き出した予測では上記の患者は大学病院や専門病院ではほぼ救えないことがわかっています。予測の理由はのちに公開します。失聴を避けるための最大の可能性として上頚神経節ブロックがあったのに・・・と思っています。だから「私を信じられないのなら仕方ないですね。」という言葉になったわけです。


娘さんが私を信じられないのではなく、私を信じるために(私を調べるために)日常損傷病学のホームページを隅々まで読む労力をかけていないと思われます。私を調べる手間を省くというそれだけのことが患者から私の治療を受ける選択肢を奪うことにつながります。そういう惨事を私にはどうすることもできませんし、これを惨事と呼ぶことが傲慢であるというのなら、私を上回る治療成績をきちんと数字で出すことのできる医師を世界中を回って探してみてください。そうすれば私が「世界初、世界トップレベル」などと言っている理由が少しはわかると思います。


私は、こういう(世界初、世界トップなどの)セリフを言うほど信用が落ちることをよく知っています。メンタリストですから。ですが、私を理解しようとする者が読めば、真実が見えるように工夫してあります。


私はそれを患者に対するハードルとして考えており、ハードルを乗り越えられた患者のみ診療するようにしています。


つまり、世界トップ、世界初などという言葉のみを取り出して、「何を誇大妄想してるんだこのキ〇ガイ医者」と思う人は、ホームページをしっかり読んでいない証拠とみなして診療しない、というようなハードルを患者たちに課しているわけです。


考えてみてください。前医で高圧酸素・ステロイド点滴・星状神経節ブロック・鼓室内注射・針灸などあらゆる治療を行って、改善しなかった患者が8割という状況を2割にまで減らすことができるのです(データは近々に論文で公表します)。その私が、救えるかもしれない患者を目の前からさらっていく患者の家族に対し、どれほど悔しい思いをするかわかりますか? 患者の痛みがわかる医師にとって、こういう状況は極めてつらいものです。「びっくりしました」は私のセリフです。


もし、入院させて聴力が回復した場合(ほとんどはそうなりませんが)、家族は私たちの選択は正しかったと思うかもしれません。しかし、私は80%の確率でそれ以上に改善してさしあげることができます。それは自信過剰ではなく、研究データがそう主張しているのみです。そして残酷なことですが、研究データでは耳鼻科に入院した場合、まず失聴は避けられないと出ています。それは私の治療で1度目に症状の変化が認められない場合、何をやっても聴力が回復しにくいというデータがあるからです。ただし、「症状の変化」は出ているのに本人がそれを感じ取っていない場合が多々あります。そういうことを加味した予後判断は、データ以上の観察力が必要ですので、数字ではなかなか表せません。


私を信じてほしいなどという言葉は空虚です。信じる者は何も言わなくても私のこれまでの実績や医師としての態度で自ら信じ、信じない者には「信じてもらえないなら仕方ないですねえ」という言葉を言ったがために、たったその一言で「今までのどんな医者の中でも最低でした。」と言われてしまいます。これが現実です。愚かな患者は私を審査しに来院します。1か月くらい前にも内科医(妻が難聴で受診、の同伴)が私を審査しにやってきました。その内科医は「そんなに優秀な治療成績があるのにどうしてこんなにはやってないのですか?」と言い放って帰っていきました。はやっていないというよりも、患者の通院を極力制限しているのですが、それを言っても無駄です。この失礼極まりない言葉を面と向かっていうのですから、彼は最初から私を侮辱するために来院したことがわかります。


この内科医には治療成績をグラフで見せたのですが、最初から「私をなじって妻に治療をあきらめさせる」ために来院したため、グラフなど見ていませんでした。説明したところで馬耳東風です。審査しようとしている人間に対してグラフを見せても信じるわけがありません。すでに来院時から「私を否定するために来院しました」と内科医の顔に書いてありました。こんな無礼な患者に怒っている暇はありません。次の重症患者が待合室に待っているからです。


お願いです。どうか私に敬意を払ってください。それを傲慢と呼ぶ方は最初から私にアクセスなさらないでください。


私も人間ですから、傷つけられれば、今後は診療費をうなぎ上りに上げていき、信用や敬意をお金で頂戴するということを実行しなければならなくなります。そして今後は治療するしないを事前に私が判断し、治療を許可制にするしかありません。治療する前にIDを発行し、IDがない方は診療いたしません。


権威や知名度しか信用できない方は決して私にアクセスしないでください。私は人の心を読むスペシャリストです。信じているフリはすぐに見破ります。そしてすぐさま出入り禁止にさせていただきます。今後は治療する前に、会話する前に診療所に来た瞬間から追い出します。もうすでにその方針に舵をとっています。私は再度いいますが人の心を読めるメンタリストです。かなり短時間で相手の深層心理まで読んでしまいます。だから短時間で追い出します。


これまではわからずやの患者を説得にかかりましたが、今後はそんな無駄な時間を使いたくありません。私の治療は極めて特殊、希少かつリスクの高いものばかり、かつサードオピニオンであり、厚生労働省の定める治療ガイドラインからはずれているものです。私の指示に従えない場合は、極めてリスクが高くなります。ですから、従えない方を門前払いすることは診療拒否にならないことを申し上げておきます。


「予約入れるほど混んでません」、「どうしてこんなにはやっていないんだ?」というお言葉を、私を審査しに来られた患者が良く言うのですが・・・それは勘違いです。もうこれ以上は診られないという限界に達しています。ですから、激しく患者の来院を制限しています。当院は近所にお住いの方が3分の1しかおりません。3分の2は全国から来られます。近所に住む人が3分の1であるというのは「はやっていないから」ではなく、極めて厳しい通院制限をかけているからです。優先順位の高い遠方からの患者を診療するために、近所の患者の来院を制限しています。


この患者の場合、午後に予約が入っているにもかかわらず、予約時間を守らず午前に来院しました。通常ならばその時点でアウトです。帰っていただいています。しかし、この患者の優先順位が高いと判断したため、医療秘書が便宜をはかってさしあげ午前に割り込ませたのですが、すると、「予約するほど混んでいない」と言われてしまいました。秘書も悔しい思いをしたと思います。


私の治療時間は有限であり、誰かが割り込むと他の誰かの診療時間を短縮させるしかありません。しかし、難病で重症な方が多く来院されるため、診療時間を短縮させることができないのです。よって、予約時間を守らない方は、その時点で診療を拒否させていただくという厳しい処置をとっています。キャンセルが出た場合は診療しますが。


当院では予約時間を守らない患者がいろんな問題を起こすことはすでに統計学的に数字で出ています。だから、やむ無き事情がないかぎり、遅刻者は「私に敬意がない」と判断し、診療を制限します。


こうやって少しでも来院患者数を減らす努力をし続けております。敬意のない方は本当に来院なさらないでください。他の重症の難病の患者様に多大な迷惑がかかります。ここはショッピングセンターではなく、一人の患者の迷惑行為が他の大勢の重症患者たちの命を危険に追い込みます。0.1㎜間違えば重大な事故につながるようなブロックをやっていますのでご理解ください。


また、誓っていいますが、「ホームページの、掲示板も都合の悪いものは載せない。」ということはありません。悪口雑言、反対意見、お叱りこそが重要な情報であるということを私はよく知っています。よってこの苦情メールを掲載させていただきました。


再度、私に敬意を払えない、信じられない方のご来院は固く固くお断り申し上げます。患者様と私の互いが時間と労力の無駄になることを防ぐためです。そのため、掲示板に掲載した時点で、敬意がないと判断できる場合、診療をご案内することをしません。


私もなるべく事前に、不信感が強い患者様を来院させないように厳しく吟味していきたいと思います。本当は週に数回診療したほうがよい患者を先送りにして通院回数を減らしています。そこに今回のような患者が割り込んでしまうわけです。つまり今回のような患者(家族)が重症な方たちの治療のチャンスを奪っています。近所にお住いの方には診療回数が少ないことへの苦情を何度もいただいております。ですから、私に敬意を払えない方は絶対に来院しないでください。他の重症患者たちの大切な診療のチャンスをどうか奪わないでください。

まことに迷惑な患者の家族のお話」への4件のフィードバック

  1. ↓の417です。 5月16日にはSCGBの施術ありがとうございました。
    http://www.nanbyo-study.jp/?p=2873#comment-17464
    差し当たって娘は診察にこぎ着けるのが困難な状態ですので私自身が治療を継続させて頂ければ幸いです。

    漢方の「抑肝散」を小児に処方する場合「母子同服」といい親子とも服用させると古典に書かれているそうです。
    母親の症状を緩和することで子供の回復を早める、というのは多分f先生の治療にも共通点があるように感じます。
    娘が時々“幻聴さん”と会話していますが良く「私の思考と同じ言葉」が出てきます・・・ミラーニューロンが敏感すぎるのかも?しれませんが私の脳血流を改善することは好影響を及ぼすように思います。

    さて5月16日に私が初めてSCGBを受け褒め言葉のつもりで「鍼灸師さん並みに全く痛みません」と感想を述べましたが、先生の御尽力に対し敬意の無い表現と取られた可能性も有りますのでお詫び申し上げますとともに改めて補足いたします。
    鍼灸師の使う鍼は中空ではないので技術的極限まで細く作ることが出来ますし指先の感覚と金属の“しなり”を利用し組織の間隙を縫うようなイメージで刺入しますから痛みは感じにくいです。
    また歯科医も麻酔注射が痛まないよう表面麻酔を施した上で切皮し慎重に刺入しますが如何せん敏感な部位に対し針が太めで特有の圧迫感を覚えます。
    これらを鑑みて先生が最も細い“中空の”針で表面麻酔もせず殆ど刺入感を与えずブロック注射を行われることは驚異に値する技術力であると感服いたします。

    しかし患者家族として、この記事にある娘さんが「エビデンスの提示」に反感を覚えた気持ちは何となく理解できる部分もあります。
    エビデンスは累積された結果を評価する統計数値であり患者個々の治療に対する受け止め方と直接に関係しませんので・・・精神科医の良く使う「エビデンスの良い治療ですが貴方には奏功しなかった」という論法は帰納と演繹を意識的に取り違えた表現のように個人的には感じております。

    精神病患者の転帰を極くアバウトに括りますと 〜約2割が投薬を受けつつ「ほぼ原状の生活に復帰」でき、次に約6割が投薬を受けそこそこ副作用を感じながらも「日常生活は何とか送れるが仕事は困難」そして残る2割は投薬に反応せず乃至は返って悪化して「慢性化廃人化、自死、副作用死」〜 という感じだそうです。
    即ち「約8割の患者が“服薬するとメリットがある”ので残り2割は死んでも我慢しろ」というのが精神科の治療であり、しかも「メリットがある可能性が高いのに服薬拒否すると困る」という理由で「2割の可能性」に対する事前のインフォームは腰が引けていますし結果として2割に該当しても症状と副作用の区別が困難なため「症状自体の悪化」と言い逃れます。
    また6割の部分にしても「服薬を止めればリバウンドや新たな離脱症状により悪化するため継続せざるを得ない」者が相当の割合で含まれていると推測されます。

    ここで私もまたf先生の提示された「血と汗と涙の結晶であるエビデンス」と「精神科における胡散臭さ満載のエビデンス(と言いますか製薬会社が関与する御用論文)」という特殊な世界とを意図的に混同するかのような書き方をしているではないか、と批判されても仕方ないのですが・・・ことほど左様に常日ごろ統計数字に翻弄されているド素人には誤解されがちな世界であるのかもしれません。

    • <補足>「高圧酸素」について;

      減断薬後の寝たきり廃人状態から一時は回復に向かいつつあるかに思えた娘が一転して精神運動興奮状態に陥ったのが「高圧酸素」(整体院の酸素カプセル)を2回行った直後でした。
      手指関節に残存する拘縮がなかなか改善しないので「脳梗塞後の後遺症に効くのなら可能性があるかも?」と思い試してみたのですが・・・
      最近になって検索し直してみたら「高圧酸素治療は血管を収縮させる」という記述を見つけて驚きました(血流を悪くしたら治る筈がありませんね)手指の状態は若干、改善したのですが思わぬ落とし穴でした。

      5月16日に診察台の上で先生が他の患者さんに「再生しかけた神経は非常にデリケートでストレスに弱いため仕事で無理せず十分に休養して下さい」と説明されているのを聞きながら、この件を思い出していました。
      「高圧酸素により血管を収縮させてしまい(交感神経の興奮が悪循環に陥って?)再生しかけた脳の神経細胞が酸欠状態となったのだろうか」と・・・

      しかし、この推論が正しいならば改めて時間をかけ自律神経を調整して血流を改善していけば再び脳の神経細胞を回復させる可能性も残されているということですね。
      希望を捨てず慎重に道を探り歩んで行こうと思います。

      • 高圧酸素が血管を収縮させるというのは、酸素が満ち足りた部分の血管であり、酸欠状態にある組織の血管は拡張させますので、血管収縮が問題になっているのではないかもしれません。むしろ、酸素の供給が薬で抑制されていたシナプスを活性化させたことによって、興奮性が高まったのかもしれません。が、真実はわかりません。もしも、この仮説が正しい場合、上頚神経節ブロックで血管を拡張させると、高圧酸素を使用した時と同様な症状悪化が起こる可能性を考えます。しかしながら、すべてはトライしなければわからないことです。上頚神経節ブロックが全てに効果的なのではなく、効果になる部分と逆効果になる部分とがあり、そのメリットデメリットを考慮しながらいろんな治療を試すべきだと思います。精神薬を使用する際、そうしたメリット、デメリットを考えないことが問題なのだと思います。

  2. なるほど「酸素の供給により興奮性が高まった」という可能性もあるのですね・・・
    今まで幾つかのトライにより得た教訓は「いったん興奮側に傾き悪化させてしまうと落ち着くまでに月〜年単位の時間がかかり、しかも脳機能はそれ以前のレベルまで回復しない部分がある」という現実です。
    その点では精神科の投薬で強力に鎮静するのを「神経保護効果」と称する意義もあるのでしょう。

    私が以前通っていた仙腸関節調整の民間療法で使う「下駄で歩くのと似た振動を身体に与える器具」というのがあり、その桐板に乗るとカッタンカッタンと音を立てつつ僅かに上下振動します。
    娘が直接それに乗ってしまうと派手に下痢して調子を崩しますが私が乗って「音を聴かせている」だけなら程よくマイルドに精神的な活性化刺激を与えることが出来ると最近、気づきました。

    5月16日から1週間が経過し私自身が何となくSCGBの効果かな?と思うのは「下顎智歯抜歯の後遺症である“痺れ”は残存している(むしろ一時的に強まった)が口を開け易く動かし易くなった」という点です。
    そして、この1週間に娘の症状が何故か少しずつ好転してきております。
    上記の健康器具で「直接振動でなく音だけなら丁度よい刺激」と似て“ミラーニューロンを介した?波動的効果”が文字通り「波及」しているように感じております。或いは自分では余り意識できないレベルで脳血流が改善し娘への対応が変化しているのかもしれませんが?・・・

    このように仮説を検討していく作業は“クレーマーの審査・決め付け”とは違い有用なプロセスである、と信じて私の独り善がりでないことを祈りつつ書き込んでおります。

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