波動医学を知る

ミラーニューロンと多重人格

前回のブログで、人間には大なり小なりミラーニューロンというものが存在し、他人の感情や行動を「自分のことのように感じ取る」力があることを述べました。ミラーニューロンが極めて発達した人では、おそらく催眠術や暗示に極めてかかりやすく、他人の人格を自分に宿してしまうことや他人の病気を自分に宿してしまうことがあり得ることを述べました。


怒っている人の前にいると自分も怒りに満ちたり、悲しい人の横にいると自分も涙したりするなんてことは普通の人間に普通にできることですが、ミラーニューロンが著しく発達している人であれば他人の雰囲気が自分に感染してしまい、自分を失って他人の思考で行動を起こしてしまうことがあっても不思議なことではありません(多重人格という)。ミラーニューロンはもともと「相手の気持ちや感情を我がことのように感じ取る」ための神経細胞であると言われているわけですから、この機能が強く働けば、一時的に「他人になりきってしまう」ことがあっても不思議ではないという考え方です。


このように人は他人の思考や感情を自分に移植させることができる生き物です。一流スポーツ選手の試合を目の前で見た後に、自分がいつもの何倍もそのスポーツがうまくなっていることを体験したことがあるでしょう。こういう例はミラーニューロンのなせるわざであると思います。ところがよいことばかりではなく、人は病気や体調不良も移植してしまう可能性があります。


もしも、他人の「病に侵された気」「邪悪な気」を移植してしまいそれが原因で病気になった場合、医学では原因不明の奇妙な症状が出る可能性を考えます。そうした「悪い気」の感染で起こる病気が存在することをここでは考え、その対策を考えます。つまり、ミラーニューロンが無意識のうちに肉体に及ぼす障害を考えます。それを「霊障」と呼ぶ人もいます。感染した気(霊障)を取り除けば病気が治り始めるかもしれません。


私は霊を信じない

私は霊を信じない不信心者です。しかし、人間からは現在の物理学で未発見の「波動エネルギー」が出ていると信じています。そう考えるきっかけは「脳の血流量」にあります。脳には全身に流出する血流量の20%が流れ、全消費カロリーの2割を脳が消費する計算になります。消費しすぎだと思いませんか?


20%の消費ということは、脳で体全体の熱の20%を作っている計算になるわけですが、実際には18%くらいの熱しか作っていないのではないかと考えています。残りの2%は波動エネルギーとして外部に放射しているという仮説を唱えます。現在の物理学ではこの波動を発見できていません(一部、波動に言及している物理学者もいるらしいですが)。


この波動エネルギーは放射能のように、物体に衝突すると吸収され、何十年、何百年とその波動を吸収された箇所から微量に放出し続けるという仮説を打ち立てます。ミラーニューロンが著しく発達した人間は、この波動エネルギーを読み取ることができると推測します。


例えば、江戸時代にとある日本刀で殺された人がいたとします。殺された人は死ぬ直前に強い恨みの思念波動を出します。出した波動はその日本刀に衝突すると吸収されます。するとその日本刀から強い恨みの波動が何百年も発せられ続けると仮定します。その刀を持った者は恨みの波動を受けてしまい、殺された人間の思念が移植されて病気になってしまうことがあるかもしれません。


たとえば、死んでしまった人の生前の波動エネルギーがその人の愛用していたものや溺愛していた我が子に吸収され、その波動が人や物から何十年と発され続けることがあると仮定します。ミラーニューロンが発達した人はその波動を自分の意識体の中に取り込むことができるため、死んだ人の感情や行動を再現してしまうことがあると考えます。つまり、自分の意識が一時的に死者の思念に乗っ取られることがあると考えます。死者の霊を降ろすとはこうした現象のことを言うのではないかと推測します。憑依とも言いますが、憑依はミラーニューロンが発達している人には普通に起こることであり、実際に世界各地で憑依が起こっていると思います。ミラーニューロンが発達した人間とおつきあいのない方には信じられないことだとは思いますが、おつきあいのある方は私の話が架空ではないことを認識していると思います。


乗っ取られるのは死者に限らず、生きている人間の思念にも乗っ取られます。催眠術などもその一つであり、また呪術がそうであり、わら人形もそうでしょう。私は、死者が生きていた頃に残した波動エネルギーこそが霊の正体であるという仮説を唱えます。ただし、この仮説には宗教家や教祖・霊能者と呼ばれる人たちは賛成しないと思います。彼らの唱えている世界観・価値観を崩すからです。


思念波動は感染する

「オカルト映画、貞子」ではありませんが、強い思念エネルギー(波動)は物体に吸収されて長年その物体から波動を発し続けると仮定します。その波動が邪悪な思念であれば、ミラーニューロンが発達した人ではその邪悪さを脳で感じ取り、その邪悪に意識を乗っ取られることがあると思います。「貞子」はその媒体がビデオテープという映像に仕立てたフィクションです。が、もしも波動を録音することができて、それを発する装置が開発されれば、人々を波動で催眠術にかけることができます。催眠術で病気にさせることも、死に至らしめることも可能かもしれません。


ミラーニューロンはもともと「他人の感情を我が身のごとく感じるための神経細胞」ですから、他人の波動を自分に感染させてしまうことはあり得ることです。感染させると自分ではない自分が現れてしまいます。言い方を変えると肉体を他人の意識によって操られるわけです。


しかも、波動エネルギーは何百年も消えないものであるとすれば、何百年も前に死んでしまった人の意志を再現できても何の不思議もありません。これが霊降ろし、口寄せ、であり、これがができる人間は、探せば実はそこらじゅうに存在するはずです。しかし、それを口にすると精神異常者と思われるため、隠しているので身近にはなかなかいないと思われています。潜在的な口寄せ能力者は、おそらく全国に何万人と存在し、世界では数百万人規模で存在すると思われます。


死者の思念が邪悪であれば、その思念を受けて病気になる者もいれば、死者の思念が希望に満ちていれば、幸福や繁栄をもたらすこともあるでしょう。宗教家たちはそれを先祖の霊であると述べているのでしょう。先祖を供養すれば繁栄をもたらすのは、先祖の思念エネルギー(有用な知恵や習わし、考え方、愛情)を糧として自分に同化させるためではないでしょうか。


死者には生きている者を動かす力はありません。しかし、思念エネルギーに感受性が極めて高い人では死者の思念に支配され、操作されることがあるでしょう。よって死者の思念が時間を超えて未来の人を動かすことができる可能性を示唆します。


そして、死者の思念に乗り移られた人がさらにその思念を増強できる力を持っていたとしたら、死者の思念はさらに他の人に感染し、感染が拡大していきます。もしもその思念が邪悪なものであれば、人は人を憎み、殺し合いをやめないでしょう。殺された人々の恨みや怒りの思念が蓄積すれば負のスパイラルが渦巻いて誰にも止められなくなる可能性があります。中東の国々ではテロや戦争が耐えませんが、それは邪悪な波動エネルギーが負のスパイラルを巻き起こしているせいなのかもしれません。


 チャクラとミラーニューロン

おそらく、波動は神経細胞から発せられるものでしょう。神経細胞が興奮する際に波動エネルギーを出す。したがって波動は苦痛、快楽、激しい感情、緊張や興奮などがきっかけとなって外部に発せられるでしょう。よって最大に発せられるのは神経の密集地帯である頭頂部や前頭部、延髄部、そして指先などからということになります。


チャクラと呼んでいるものは神経細胞が発するエネルギーと一致するのではないでしょうか。そしてミラーニューロンが発達している者は、当然ながら感受性・喜怒哀楽が激しく、緊張や興奮とともに神経細胞から波動が強く発せられるでしょう。


このチャクラは当然ながら自分の意志で発することができますから、チャクラで人を操作する催眠術、今ここにいない人の残留チャクラを感じ取ってその周囲の状況を見通す透視術、チャクラの流れを感じ取って未来を予測する予言、相手の心を読んでしまうテレパシー、死者のチャクラを再現する口寄せ、などが可能であると思われます。


「そんなことができるわけがない」と考える人にはイルカやコウモリを観察してみてください。彼らは超音波を発してその波動を読み取り、周囲の状況を把握する能力を持っています。波動を読める人間がいてもおかしくないと思いませんか?


思念エネルギーは共鳴を起こす

多くの人が同時に同じ思念を抱けば、その波動エネルギーは共鳴し干渉し、より強力な波動を作るでしょう。例えば人々が願かけにやってくる神社・教会などでは強力な波動が生まれやすく、その波動が石像や彫刻したものに吸収されると、その像からは何百年間も強い波動が発せられ続けると仮定します。その波動はそこにやってくる信者たちに再び感染しますから、信者たちにも異変が起こるでしょう。強い波動を受けた信者は、その像の思念にのっとられることもありえますから、その場合は「私の体に神が降臨した」「神のお告げを聞いた」という体験を起こすでしょう。


人々の持つミラーニューロンには、もともと感染力がありますから、「神が宿る」という体験は、ある意味嘘ではないと思われます。宿ったときには、ミラーニューロンが過去の能力者たちの能力をコピーできますから一時的に強力な能力(チャクラ)を使えるようになっても不思議ではありません。しかし、それはパワースポットでのみ得られる力ですから、いつでもどこでも発揮できるものではないでしょう。ただし自己修練を積めば任意の場所、任意の時間に能力を出せるようになるかもしれません。一般の人も訓練次第ではチャクラを使えるようになると思います。


ミラーニューロンのコピー能力は個々で限界がありますから、誰にでもできるわけではありません。遺伝子的に感度のよいミラーニューロンを多数持って生まれた「選ばれし者」にしか能力を発揮できないと思います。


能力者にとって、過去の能力者たちの思念波動を吸収した偶像は、力を得るために重要な鍵となりますから、その偶像は代々大切に保管されるのが当然となります。


パワースポットと呼ばれる土地土地には、そうした強い思念エネルギーを発する場所があり、そのパワースポットを巡礼することでミラーニューロンに思念波動をコピーさせることができるようになるでしょう。よって能力者は自分の能力を高めるためにパワースポットをめぐるのが定石となります。


これらは私の仮説ですが、科学が進歩すれば、今言ったような波動を全て測定器で計測できるようになり、波動を映像化することもできるようになると思います。まじめにこの手の波動を研究している物理学者もいるそうです。


思念波動の利用法

死者の思念波動(ここでは仮にチャクラという)を読み取れる人間は霊能者と呼ばれます。普通の人間も修行をすれば、おそらく死者のチャクラを読み取れるようになると思います。修行をしなくてもミラーニューロンが遺伝的に著しく発達した者はチャクラを読み取り、発することができるでしょう。チャクラが発せられると精密電化製品が狂わせることがしばしばあります。これは実際にチャクラを発することができる人間と暮らしていれば嘘ではないことがわかります。が、そういう人間は10万人に1人くらいしかいませんから、体験できる人は少ないでしょう。ポルターガイストと西洋では呼ばれていますが、体験したことがある人は、実際は非常に大勢いると思われます。


このように述べると、自称霊能者たちは不快感を示すと思います。霊能者は神に選ばれた人間であり、極めて希少価値の高い存在であると周囲に思わせたいでしょうから。しかし、そう思わせようと画策することは「支配欲のゆがんだ形での表れである」と思います。


物理学が発達すれば、チャクラは測定でき、映像化することも可能であり、そうなれば死者の意志や姿を映像化することもできるかもしれません。チャクラをたどることで警察は殺人犯を容易に見つけ出すこともできるようになると思います。さらに、言葉を用いなくてもチャクラ同士で会話する器械も作ることができると思います。そして、恐ろしいことに、強力なチャクラ発生装置を用いて、民衆に集団催眠術をかけ、人の意志を支配するような軍事利用もあり得ると考えます。教祖はチャクラ発生装置そのものですから、すでに信者たちは集団催眠にかかっているといえるかもしれません。


人間のようにスポーツ、学校、会社、軍隊などで組織的に行動を行う動物には遺伝子の中に「集団行動」をしようとする群衆心理が組み込まれているはずであると考えます。個の人間が団体の力になれば強力なパワーを生み出し、そのおかげで人間は食物連鎖の頂点に立つことができているわけですから当然でしょう。個をひとまとめにする道具として波動の存在あると考えます。よって波動を強く出せる人はリーダーシップを発揮するのだという仮説を唱えます。


人間の文明は発達しすぎたために、音や視覚からの情報が人を支配するようになり波動を操れる人、ミラーニューロンが発達した人が減ってきたのかもしれません。しかし、退化した能力もきっかけ次第で目覚めることがあると思います。


霊と呼ぶことが話を複雑にする

話が複雑怪奇になる原因として、さまざまな思念波動を「霊」と呼ぶことにあります。波動を「霊」という人智を超えた意志としてしまうことで、人を怖がらせ、従わせることができてしまいます。つまり「霊」を出すことで人を支配できます。この支配力や説得力欲しさに霊能者と呼ばれる者たちは「霊の存在」を断言する傾向にあります。


霊能者たちは、その天性がゆえに、様々なオカルト体験をしますが、それを「霊のせいだ」「神が降臨した」などと断言することは不誠実です。推論を述べるのは自由ですが、断言はよろしくありません。教祖と呼ばれる人々、高僧と呼ばれる人々、超能力者と呼ばれる人々、そのほとんどが「断言」します。判明していないことを断言することは不誠実ではないでしょうか?


このような人間の歴史から見てみると、波動は支配の道具であり、能力者が神や霊の存在を断言することは支配欲の表れだと述べてよいでしょう。よって私は「断言」する人間は教祖と呼ばれていようが、高僧と言われようが、利己的な欲望に満ちていると考えます。だから、私は個人的に教祖や高僧と呼ばれる人たちを好きではありません。ただし、支配は人々の平和を維持するために役立つことを否定はしません。


思念波動が次元を超えられる可能性

次元論を述べる必要があるのは波動を宗教と結び付けてほしくないからです。教祖などの能力者は未来に起こることを予言することができますが、それは波動が時間と空間軸を飛び越えられるからではないか?という物理学的な考察があります。


一般の人でも親しい人が死ぬ瞬間を察知したり、デジャヴのような予知ができることがあります。これは波動が時間・空間軸を通過できると仮定すれば説明がつきます。ただし、よほど強い波動でなければ時空の壁を超えることは不可能であると思います。仮説の域を出ませんが、一応、現在の仮定物理学で予知や「虫の知らせ」などを説明できる可能性について触れました。


思念波動で相手を呪う

思念波動は人を支配し操作できるエネルギーであると仮定すると、この波動は自分の都合の悪い人間を呪うために用いられるのはとても当たり前なことです。そして私のように彼らの核心部分をつく科学者は邪魔者ですので彼らに呪いをかけられるかもしれません。思念はエネルギーですから悪用も可能と考えます。


実際のところ、思念エネルギーを破壊的な目的で用いることは世界じゅうで行われていることであり、一般人であっても極めて強い恨みを持つと波動が出せると推測します。そうした邪悪な思念をかけられたために難病になった人々がいると私は推測します。いわゆる生霊です。生霊は念じた相手にとりつくのならまだいいのですが、それは罪のない不特定多数に感染することがあると思われます。未熟な一般人の呪いは1点集中などできるはずもないからです。これは波動の公害です。彼らに言わせれば下級霊、動物霊に分類されるかもしれません(呼び名はどうでもいい)。こっくりさんなどの呪術の遊びは、波動で人を操る遊びと言えるかもしれません。私は「邪悪な波動の公害で難病になっている人々」を救ってあげたいと思っています。


思念波動で人を死に至らしめる

邪悪な思念波動で相手を呪い殺すという暗殺方法は太古の昔からあります。日本でも戦国時代、敵国の武将を呪い殺そうとして呪術が利用された逸話はいろいろとあります。現在も世界各地で人を呪い殺す手法は受け継がれています。やり方が異なりますが「思念エネルギー」を高めるための呪術道具がいろいろとあるものです。木魚、仏像、相撲の土俵から藁人形まで様々です。


呪いで人を殺してしまうことは証拠も残りませんから法律的には無罪ですが殺人であることにわずかの違いもありません。「人を禱らば穴二つ」です。


人は恐怖に支配される

人が神をおそれ、天罰をおそれ、先祖・仏を敬い・・・などをするのは、恨みというものに莫大な負のエネルギーが存在し、それが実際に肉体を蝕むからではないでしょうか。そのオカルトチックな恐怖では人を支配します。


千年以上前からキリスト教徒とイスラム教徒はいがみあい、そして戦争をし続けているのは、人という生き物がいかに思念エネルギーによって支配されやすいか?を物語っているのではないでしょうか。


チャクラを操れる人間はたやすく教祖になることが可能であり、信者は教祖に対し全財産でも寄付します。教祖はその莫大なお金でさらに人々を支配する環境を整え、威厳を示し、信者のチャクラをひとまとめにして自分がその思念エネルギーを吸収して能力を高めようとするものです。


一方、国家は宗教で民衆を操り、軍事力に取り込んで国を守ろうとします。そのため権力者はときに教祖と手を組みます。そして植民地支配のために宗教を用います。


能力者の多くは、自分のことを「無欲」と言い、「支配ではなく人を幸福に導く」と言い、「自分は人間の格が高い」と言いますが、果たしてそうでしょうか? 人間が現世を生きていて無欲でいられるはずもなく、そして修行して能力を高めていると慢心もするものです。そもそも彼らが権力と結びつくことが無欲ではない証拠となっています。


私は人を支配することを否定しません。なぜなら、支配がなければ人は殺し合いを行う獰猛な生き物だからです。戦国時代は徳川家康が全国を平定したことで殺し合いの時代に終止符を打ちました。人々同士の殺し合いをやめさせるためには支配が必要であることは、小学生でも知っていることです。ですが支配は無欲では決してできないものです。教祖が信者を支配している時点で無欲からかけはなれています。ですから、自分のことを無欲と言う能力者たちを私は不誠実であると思うわけです。


教祖ほど権力のある人間はいない

私は自分磨きを常に行い、医療技術を高めて人々を助けようと日々努力し、奉仕活動も行い、世に貢献していると思いますが、どれほど努力して世界の医療界のトップに立ったとしても、「おまえの守護霊は不浄だ。おまえは邪悪に満ちている。」と教祖に一言言われるだけで、「人間をやめて生まれ直せ」と言われるくらいにコケにされてしまいます。


努力して築き上げた財産も地位も名誉も、教祖様の前では意味のないものにされてしまいます。このように思念エネルギーを使える教祖という存在はどんなに強大な権力を持つ者でさえも自分の支配下に置くことができます。


徳川家康も天海上人(日光東照宮に祀られている)には敬服していました。


国王も神の前(教皇の前)では裸の人間にされてしまいます。ならば、思念エネルギーを操ることができる能力者は、世界を牛耳ることもたやすいということが理解できるでしょう。その強大な権力を、能力者たちはいやでも感じます。周囲の者があがめたてまつるので自然に思念エネルギーの恩恵に酔ってしまう運命にあります。


ここで私は「霊能者と呼ばれる者は、その権力に酔いしれない自信があるのか?」といいたいのです。人間である限り、生きている限り、その慢心から逃れることはできないでしょう。能力者は慢心するがゆえに、邪悪な思念にも知らず知らずに侵されていくものです。しかし、教祖様に邪悪な思念が入り込んでいても、それを正せる者はいないため、邪悪であることを教祖自ら気づくことができません。オウム真理教がそうであったように、暴走する例は世界中で見られます。


日本では真言宗の教祖、空海が能力者として言い伝えられていますが、彼は人を支配する欲を制するために密教として山奥にこもったことは歴史の教科書で学びます。


科学は邪悪

科学の多くは邪悪な思念(兵器開発・教授になるためなど)から生まれます。明治維新・富国強兵からわかるように、科学こそが軍事力であり国力であり、人を支配する力になります。戦争を起こすと科学は急速に発達します。戦時中は科学のパワーにより人の命が大量に奪われます。人を殺す力として著しく発達する科学。その科学の恩恵を受けて、平和な時期にだけ人々は科学を幸福に利用できます。そして人間の歴史を見ると、戦争していない時代なんて存在しないほどに人々は殺し合っています。宗教家が科学を嫌うのは当然ともいえるでしょう。宗教家たちが創り上げる神や仏の世界を科学的に分析することは邪悪と言われても仕方ありません。


私はその邪悪エネルギーが強いがゆえに、他の医師が治せない難治性疾患を治せるようになりました。


ですから、宗教家は私の邪悪な思念を感じ取り、近寄りたくないと思います。彼らに言わせれば魂のレベルが低い人間です。しかし、彼らと違うところは「私は自分が邪悪であること」を認めているところです。彼らのように「支配欲が強いのに無欲なフリ」をしません。


邪悪な能力者

他人のミラーニューロンを操作することができる能力者は世界各地に存在します。能力者の多くは「霊能者」と呼ばれます。彼らは常に特別扱いされる運命にあります。気の毒なことに能力者が魔女狩りと称して処刑され迫害された時代もありました。


当然のことですが、科学が進歩していない国ほど霊能者は特別扱いされます。科学が発達している国では、それを科学分析し客観的に利用しようという方向に進みます。このように科学の発展は霊能者を特別扱いしない方向に進めます。逆に科学が発展していなければいないほど能力者は神のごとく崇め奉られるという法則があります。


日本はその中間地点にあるでしょう。私は科学者ですので、能力者たちを特別扱いするのではなく、客観的に有効利用しようと考えています。


さて、能力者は民衆に崇められるため、自分が邪悪に感染していることに気づきにくいことは前に述べました。そして悲惨な事件が起こります。


アフリカのマラウイという国では霊能者によってエイズ感染を広めたことが社会的な問題となり、霊能者が逮捕されたことが世界にニュース配信(2016年1月)されました。


なぜエイズを広めてしまったのでしょう?


世界各地で霊能者は「悪霊払い」の役割を果たしていることは共通しています。アフリカでは疫病が常に猛威をふるっており、それらが悪霊のせいであると思われ、能力者たちは「悪霊払いの役割」を自然と果たします。中でも初夜権と言って少女たちの処女を霊能者に奪ってもらうことで悪霊を払えると信じている部族がアフリカのマラウイ国に存在しています。


マラウイの霊能者(45歳男性)は部族の女性たちからお金を受け取り百人以上と性行為を行い(処女性も大勢いる)、エイズ感染を広めてしまいました。逮捕された能力者は「自分がエイズに感染していること」を認識していたため逮捕されましたが、たったの2年の禁固刑だったという話です。エイズは10年、20年後に猛威をふるいますので霊能者と性行為をした少女たちや、その少女たちの彼氏、夫たちは将来、エイズに命を奪われることが予測されます。その後のエイズの広がりはあまりにも莫大すぎて予想ができません。国が亡びることもあると思います。この霊能者の罪は計り知れません。


女性たちはエイズなどの死に至る病気から開放されたいがために、「悪霊払い」と称して能力者にお金を支払って処女を奪ってもらうという行為に至るわけですが、その行為でエイズを故意に広めてしまうのですから、この男は「悪魔に魂をのっとられていた」と言ってもよいのではないでしょうか。それでも少女たちからは誰一人、被害届が提出されなかったそうです。


霊能者はおそらくミラーニューロンが発達しており、霊能者自身も邪悪に極めて感染しやすいはずです。しかし、人々に崇め奉られると、邪悪に染まっている自分の心を制御する人がいなくなるため、簡単に暴走してしまうものだという例を挙げました。


そのような邪悪に染まった人こそ私のことを「邪悪な科学者」と呼ぶだろうと推測できます。真に神に選ばれし能力者であれば、能力者自身にも大きな邪悪が潜んでいることを認識できるはずだと私は確信しています。


「私には邪悪が潜んでいない」と豪語する能力者がいれば、その者こそ邪悪に染まっていると思います。


守護霊に守られなさい

宗教家・教祖・高僧たちは、仏を敬い、仏を守護霊にすることができるそうです。しかし私は霊の存在を否定します。霊とよんでいるものは神経細胞から発せられる波動エネルギー(チャクラ)であると考えているからです。


慈愛に満ちたチャクラを身につければ、彼らは「霊格が上がる」と言いますが、国民全員が慈愛に満ちたチャクラを身につけて霊格を上げることには大反対です。それでは国が滅びるからです。彼らが嫌う邪悪な科学こそが国を発展させるのですから。


邪悪な思念で兵器を作り、人を支配し、高い税金をしぼりとって国に砦を作るからこそ、人は他国から侵略されずに生きて行けます。国民全員が霊格を上げてしまい、信心深く生きていると、その国家はたやすく他国の人間に侵略されます。


宗教が自治体を収めていると言われるチベットでは民が大変信心深く、巡礼を行い霊格が高いと思われます。しかしその自治行為は中国への反政府行動、テロとみなされ、その結果チベットの民は中国本土の軍人たちによって人口の数十パーセント以上が殺されています。僧侶も数え切れないほど殺されています。命を奪われることになっても信仰心を守り抜き、教祖の命令には従っても、中国共産党に真っ向逆らうからです。宗教は国家に逆らうほどの信念を国民に与えますが、その信念・信心深さのために、国民が地獄に落ちる様を歴史が我々に教えてくれます。


日本でも加賀の一向一揆が有名であり、織田信長に一向宗の教徒が徹底的に殺されています。近年ではオウム真理教が暴走しました。


教祖のアドバイスどおりに信心深くなり、教祖に従うがゆえに政府に反抗し、そして結局命を奪われる様は「守護霊に本当に守られているのか?」と疑問を持たねばなりません。逆に言うと、宗教家や高僧たちは、彼らが邪悪とする国家や科学に守られているからこそ布教できるのだということを頭から切り離し過ぎていると思います。それは愚かであり、決して「意味のある殉死」ではないと思います。


科学は彼らから言わせれば邪悪ですが、邪悪が存在しなければ彼らが存在し得ないことを理解できないようでは人を導く資格がないと思います。邪悪な科学があるからこそ、敵国から侵略されていないのです。


人間界には悪役と慈愛に満ちた人間のどちらも必要です。表は裏がなければ存在できないということに気づかなければ賢者ではありません。


先祖を供養し、神に祈り、慈愛に満ちた幸せな生活を送るためには、実はその下に大きな犠牲が払われていることを知らなければなりません。その犠牲の元に、自分だけが守護霊に守られてぬくぬくと平和な生活をすることに罪悪感を持たなければなりません。 供養をすれば、祈祷をすれば、波動の力で成功が手に入るかもしれませんが、その影で「波動の力によって成功を奪われてしまう人間」がいることを忘れてはなりません。


不信心者と教祖が手を組む

私がこのようなオカルトに言及する理由は、難治性の患者の中には思念エネルギーによって病気になっている人がいることを理解しようとしているからです。


思念エネルギーによる体調不良を彼らは霊障と呼ぶそうです。どう呼んでもかまいません。彼らと医師が手を組まなければ、治せない病気もあるだろうと考えます。だから科学とオカルトが手を結ばなければなりません。


しかし、彼らと手を結ぶのであれば、患者を支配しようとする欲深な教祖から守ってあげなければなりません。


おそらく、科学者と教祖はお互いを「悪」と考えており、油と水の関係にあります。ですがアメリカ合衆国では能力者が科学と手を結び、犯罪捜査などに役立てている様を見ると、日本もそれに追従すべきと私は考えます。それができないような日本であれば、それは開発途上国と同じです。手を結べば救える命が格段に増えると思います。


さて、私と手を結ぶことができる器のある教祖・高僧がいるでしょうか?という難問があります。


彼らにとって大切なのは信者であり、彼らは信者以外を治そうとはしてくれません。それはそうでしょう、信じる者は救われるですから。信じない者を救っている暇はないでしょう。


教祖や高僧の弱点

思念エネルギーを利用できる人間は実は諸刃の剣です。能力者こそ邪念に感染しやすい体質を持つという最大の弱点があります。彼らは修行により邪念に満ちた波動を追い出したり、拒絶したりする技術を得ようとします。それがなければ邪悪な波動に自分の体を乗っ取られるからです。しかし、彼らも気づかないのは、人々にその能力を称えられているうちに、支配欲という邪悪にのっとられてしまうことです。のっとられて慢心すると、その力で政府に反抗し、自分が国家の主になるべきだという妄想を抱くものです。


邪悪な者、どん感な者は波動の恩恵を得られ難いですが、邪悪な波動にも感染しにくいという利点を持ちます。よって鈍感な者はマイナスの思念から守られています。しかし教祖や高僧は邪悪な波動に極めて感染してしまいやすく、いつのまにか自分が邪悪になります。宗教法人を作って財をたらふく貯める教祖はすでに邪悪に支配されています。財を蓄えることが邪悪であることさえに気づかないのですから。


そんな彼らと医学が手を結ぶことを夢見ている私は愚かでしょうか?


波動医学研究

日本には医学では考えられない奇妙で奇蹟的な治療ができる治療師が散在します。気功治療、心霊治療、超能力治療などがそれにあたります。が、実は全て同じ原理の治療法なのではないかと推測します。それは思念波動です。神経細胞から発せられるエネルギーが治療に役立っているのではないかと推測します。


これまで述べたように、思念波動は誰からも出るものですが、治療を行ったり、任意に出したりするレベルに高めるには、遺伝的な持って生まれた才能がなければならず、選ばれし者にしか使えないものであると思います。


ここで重要なことは、「自分が思念波動を用いて治療している」ことに気づいていない治療師が世界に大勢いるということです。


例えば「神の手」と呼ばれるほどの治療技術を持つ外科医です。その外科医が手術を行うと、治療成績が桁違いに高くなり、他の外科医ではどんなに修行をしても同じ治療成績にはならないというような場合です。神の手の外科医からは思念波動が出ていて、その波動が手術の治療成績を高めていることがあるでしょう。しかし本人もそのことに気づいておらず、また気づいていたとしてもそのことを隠さなければなりません。オカルトだと思われれば不信の目を向けられ地位も名誉も著しく落ちるからです。


骨電位の変化を用いて脊髄や延髄などの中枢の疾患を治すことのできる優秀な治療師がいますが、その方は皮膚の表面を触っていると、「電位の切れ目(変化)がわかる」と言います。この能力こそがミラーニューロンが発達している証であり、波動使いであると私は推測していますが、本人は真剣に「骨電位の変化が中枢を刺激して治す」と理論づけています。科学的には信じ難い理論ですが、治療師が自分の治療力を世に宣伝する場合、既存の科学理論を用いて治療原理を説明しなければならないことになるため、このような「仮説的な科学理論」を展開せざるを得なくなります。私から見れば、既存の科学理論を用いて説明することにこそ不信が生まれると思います。


彼は自分の治療を広めようと努力はしているものの、皮膚表面から「電位の変化」を見分けられる人にしか伝授できないため、弟子を多くとろうにも無理という壁につきあたっています。


また、日本では指圧・マッサージでいろんな難病を治せる特別なあんま師がいますが、彼らも思念波動で治療しているのであると推測します。当然ながら彼らも「自分が波動使い」であることに気づいていません。


基本的に波動は人間ならば誰にでも出せるものであり、しかしながら、任意に強い波動を出せる人間はごく限られているというだけのことだと思います。


物理的にこの不可思議な波動エネルギーが解明されるまで、彼らは自分のことを波動使いであることを表には出さないと思います。


唯一、自分が波動使いであることを表に出したがるのは「支配欲に憑依された教祖」であると思います。なぜなら、科学で証明されていない特殊な力があることを表に出せば、一般的に不信がられ、一歩間違えば精神病院に強制入院させられるからです。実際に強制入院させられた話を聞き受けます。そうしたリスクを冒してまでも能力があることを表に出すには、ネガティブなものが根底にあると私は判断します。私がそうであるように。


波動を使える治療師は一歩間違えば精神異常者として扱われ、社会的に地位が失墜する恐れがあります。そして私自身もこのような論文を書くことで信用性を失う可能性があることをよく認識しています。


波動診断学

ミラーニューロンが発達している治療師は「悪いところがわかる」という言い方をしばしばします。また「手が勝手に動く」という言い方もします。優秀な治療師は現代医学の全てを尽くしても診断できなかった病因を見つけ出すことができるようです。それは神の力ではなく、ミラーニューロンの力であると思います。


波動を利用できる治療師は「極めて治療箇所が的確」であると思われます。そして、頭が痛いのに足の裏を治療したり、下痢しているのに頚髄を治療したりして見事に奇跡的な改善をさせます。


それらはマッサージの力というよりも、病因箇所を見つけ出す診断力の秀逸さです。我々医学者は彼らを見習って、真の診断学を志す必要があります。


私は能力者ではありませんが、「真実の探求者」であるために、病因箇所を見つけ出すまであきらめないという精神力を鍛えました。そのおかげで難病・奇病を治療できるわけです。つまり、能力がなくても、能力者の診断学を盗むことができれば、同様に奇跡的な医学治療ができるというわけです。ただし、それをするには医師のプライドが許さないでしょう。私のように自分のプライドを串刺しできる医師にしか、彼らと同じ芸当は難しいでしょう。


私のオカルト体験

オカルトと医学が手を結ぶチャンスが今ここにあります。それは一人の女性がきっかけになっています。私の医療秘書(医療コンセルジュ)が能力者だからです。


彼女といると不思議な出来事がおきます。彼女が車を運転すると、急にワイパーが激しく動きだしたり、車のナビが狂って突如目的地から離れた経路を指示したり、電燈がついたり消えたり、車の窓・トランク・サンルーフが全部同時に開いたり、スマートフォンの画面がいきなりスクロールしたり・・・と、電気製品がしばしば誤作動を起こします。あまりにも誤作動が多いのですべて偶然では片づけられません。やはり彼女から未知の波動が出ていると推測するしかありません。


そして彼女は「霊降ろし」ができます・・・、霊が彼女に降りるのか?と、科学では解説できないような現象を次々に起こします。今年の3月のお彼岸に訳あって30年ぶりに母の供養を一緒にしてもらったのですが、彼女が彼女ではないどうやら母に似た人のしゃべりかたや声、私にしかしなかった呼び方で私を呼んだり、母が好きだった歌を歌ったり、スポーツの仕草をしたりその場でだだをこねるような暴れかたをしたり号泣したりなど、ほんとに科学では解明できないような現象を私の前で起こします。まるで他人の意志が憑依したかのようです。


私は霊を信じていませんので、憑依したものを霊とは呼ばず、それを未知の思念波動と呼んでいます。霊降ろし=未知の波動の感染です。感染はいつも起こるのではなく彼女の周囲で霊的なオカルト話をする、霊力のある人がそばに寄るなどをきっかけとして起こります。すると彼女のチャンネルが開き(思念波動にチューニングが合い)、まるで周囲の霊が彼女の体をのっとるかのようになります。その間、彼女の意識は半分は保たれています。しかし、自分の意識が保てない人もいると思われ、その場合は二重人格として精神病送りになります。


これらの現象は去年、私の診療所に女性の僧侶(真言密教)が来院し、彼女の体を触ったことがきっかけで起こるようになりました。女性の僧侶は強い能力者であると周囲に認められており、その力でいろんな人を救ったり、成功に導いたりしてきたそうです。


このような奇怪な現象を目の前で見せられ、私は波動というものの存在をまじめに考えるようになったわけです。今の科学では全く説明がつかないものです。


僧侶はこのような怪奇現象を日々経験し、除霊のような祈祷を仕事にしているそうです。私には理解ができませんが目の前で起こっている現象であることは否定できません。医療秘書(コンセルジュ)として勤務している彼女にこのようなオカルト現象が起こったことが、医学とオカルトが協力しあえるチャンスになっています。彼女は巫女であると彼女の周囲の能力者たちは口をそろえて言いますが私の理解を超えています。


病気の何割が思念エネルギーによる霊障か?

まず、ブロック注射を1本打てば完治するような病気の原因として、霊障はほぼないか、あってもごくわずかでしょう。現医学のあらゆる治療を行っても全く改善しない病気の中に霊障があるかもしれません。


精神科に入院となる患者の中には、霊障の人がそれなりに高い比率で存在しているかもしれません。そして、以下の法則が成り立つと思います。


○難治性の病気にかかった人は負の思念エネルギーにとりつかれやすい

○負の思念エネルギーで霊障が出た人は、それ以外の普通の病気になりやすい


霊能者(自称他称を問わず)と呼ばれる人が負の思念エネルギーを除去(お払い)できる能力があることを私は認めます。


しかしながら難治性の病気のほとんどが霊障であるというのは「言い過ぎ」です。もしも「難治性の病気のほとんどに霊障がかかわっている」と断言する霊能者がいたとすれば、それは慢心であり支配欲が言わせているセリフだと思います。


私は霊障が存在することを認めますが、それはわずかであると判断します。もしも、彼らの言うように、この世の病気のほとんどが霊障であれば、世界に医者の数よりも霊能者の数の方が増えなければ理屈に合いません。医学は霊を研究する方向にも必ず進みます。そうならないのは、ほとんどの人々が霊能者の手によらなくても、医者の手で健康になることができるからです。


この世に霊障がごまんとあると仮定すると、それらを治すには先祖供養をしたり、高い壷を購入したり、教祖の指導通りに行動したり、入信しなければなりません。それでは霊能者が支配する国家となります。政治家は霊能者の助言で戦争を起こしたり撤退したり、他国との貿易や商売さえ従わなければならなくなるでしょう。それはまさに宗教国家であり、霊能者に支配される軟弱国家になってしまいます。


つまり「霊障がほとんどである」と宣言する発言内容には霊能者たちの支配欲がてんこもりに詰まっているということです。強い支配欲は極めて邪悪な思念であり、それはまさに霊能者が邪悪思念に感染している証拠であると思います。だから私は「この世の病気には霊障がごまんとある。ほとんどが霊障である。」と断言する霊能者の協力を仰ぎたくありません。患者を入信させて彼らの支配欲の中に突っ込ませることになるからです。

重要なことは思念エネルギーによる病気が全体の何割を占めるのか?です。そして、現在霊障で苦しむ人も、全部が霊障ではなく、一部は一般的な病気であること、また、現在、一般的な病気に苦しんでいる人にも、わずかながら霊障が入っている可能性があるでしょう。それらを医師と能力者が協力し合って治していければ最高です。


私と能力者が手を結ぶことを予言する

訓練された極めて優秀な能力者は、おそらくごちゃまぜになった思念エネルギーをひもとく能力があると私は推測します。思念は誰もが抱くものです。そして強い波動だけがその場に残り続けるでしょう。ならば過去に発せられた思念や今発せられた思念まで、思念は過去と現在がミックスされ、さらにそこら中にいろんな人の思念が存在していると考えます。しかしながら波動はラジオの周波数と同じ原理で、いろんな電波がある中、チューニングで任意の周波数帯を選別できるように、能力者は自分の意識の中に入れ込む波動のチューニングができると推測します。


このチューニングの訓練を行うことにより、過去から未来への波動の流れを感じ取ることができたり、予言や易を的確に行うことができたりするものと推測します。さらにオカルト話になりますが、思念波動が次元を超えることができる場合、未来の波動が現代に届くことがあり得るかもしれません。予言はそうした未来の波動とチューニングを合わせることによって可能になるのかもしれません。


予言や易は政治家や時の権力者にとっては貴重な宝、情報となるため、いつの時代も能力者と権力者は蜜月の関係となります。つまり、能力者は権力欲から切り離せない宿命もまた背負っています。


権力者から庇護された能力者が私のような医師と手を組んでくれないとは思いますが、本当の能力者であれば私と手を組むことが繁栄をもたらすことを予言できるかもしれません。


能力者・医師の限界

私が難治性の症状を専門に治療する極めて特殊な医師であることはみなさんもよくご存じでしょう。能力者もまた、現代医学で治らないとされる病気を治す力があることも私は認識しているつもりです。悪性腫瘍でさえ治せることもあると聞き受けます。


しかしながら、神でさえ死んだ人間を生き返らせることは不可能です。よってどんなに超能力があったとしても、絶対に治せない病気があることは認めなければならないところです。そして能力者の治療は一般的に医師の治療よりも効果時間が短いという短所があることも認めなければなりません。


能力者は奇跡的に病気を治せるかもしれませんが、私は科学的に奇跡的な治療成果を挙げています。その私でも治せない病気があります。つまり、互いに「治せない分野」があり、私と手を組めばお互いの限界を超えて今まで以上に難治性患者を改善させられる可能性があります。その可能性に向けて歩み寄っていただければ大変うれしいです。


真に悟りを開いた者であれば、私のような医師と手を組むことに意味があることを理解してくれるだろうと勝手に考えています。


波動を語ることの影響

思念波動の存在を語ることは社会的にかなりリスキーです。その理由は科学者から学会からは除外されて地位・名誉が傷つけられること。宗教界から、教祖から、「神や霊を否定する邪悪な者」と呼ばれて最悪の場合呪術で呪われる場合もあることなどが挙げられます。つまり、科学者と能力者のどちらからも反発を受けることが必至だからです。どちらから見ても都合の悪い存在であり、オカルトを信じたくない民衆からも嫌悪感を抱かれます。


さらにリスキーなのはスポンサーが撤退してしまうことです。


思念波動は民衆を動かすことのできるエネルギーであることは前述した通りです。神や霊、宇宙の意志とも通じています。それを仮説であったとしてもその仕組みに言及することは、「民衆を動かそう」としている者たちには都合が悪いものです。民衆を動かそうとする者は世の中でスポンサーとして随所に影響力を持ちます。よって生かすも殺すも彼らの手中にあります。


私の意見をひねりつぶすなどたやすいことです。そして私が他者と協力して治療法を広めようとしたときに、スポンサー協力を得られなくなります。


思念波動について言及することは、たとえ仮説や推測であってもリスキーです。


そのリスクに私がなぜ飛び込むのか?については、「私は真実の探求者であるから」としかいいようがありません。


真実を探求することで、現在のつたない医学技術でも多くの難治性疾患を奇跡的に治せるようになりました。その探求行動を続けているだけのことです。


来年私は何をしているでしょう?

私は整形外科医として整形外科医が治せない疾患をことごとく治してきました。膝の骨壊死、変形性股関節症、腰部脊柱管狭窄症、へバーデン結節、手根管症候群などなど、手術以外では治らないとされているものも注射で果敢に治してきました。専門としては脊椎でしたが、治療箇所は徐々に「誰も手をつけない胸椎・頸椎、そして延髄」へと上がっていきました。今では脳幹治療の専門となり、難聴治療を主体とし、ALSのような症状やうなだれ首、パーキンソニズム、症候性三叉神経痛、そして精神疾患までブロック治療をするようになりました。


1年先、いや1か月先に私が何の治療を専門としているのか?私にも全く読めません。


今年最大のトピックスは医療秘書が特殊能力に目覚め、そして一般に「霊障」と呼ばれるような不思議な症状に関わらざるを得なくなったことです。真実は「霊」などないと思っていますが、人は波動を介して病気になったり、健康になったりしている可能性にぶち当たりました。それをオカルトと考えるのではなく、「一体難治性の病気の何割にネガティブな波動によるものがあるのだろう?」と考え始めました。その先に何があるのか? これまた全く読めませんが、難治の方々を助けられる可能性があるのなら、私はどこまでも変化していくつもりです。

波動医学を知る」への2件のフィードバック

  1. 総てに同感いたします。
    私の娘は16才に自ら他界しました。娘は幼い頃から想像を越える波動、感性を持ち、苦しみました。私の祖先は代々徳川家系僧侶です。娘と私は感性が同じな為、有り得ないことが多々起こしました。
    人は自然界の生命体の一部なだけなのですが適度に生きることができない感情的な生き物です。感情こそが科学に繋がります。一部の感情に片寄らず、科学に片寄らず、追及しない人間であったら程よいです。
    ありがとうございました。

    • 科学を超えた能力を持つ方は善・悪・欲望・慈愛全てにおいて高い感受性があるがゆえに「同じ人間」とはみなされず、壮絶な人生を歩まれると思います。人とかかわりを持ちたくなくても、運命に引きずり降ろされて、深くかかわらざるを得なくなることもあると思います。そしてかかわりは因縁をつぎつぎと結んでいくため、結局逃れられないこともあると思います。
       そうした因縁を解決するネットワークの一つが宗教だと思います。医と宗教は、科学と非科学のように思われますが、私から見ればどちらも科学です。 1万年後の科学では超自然現象の多くが解明されていると思います。ですから、油と水では決してないと思っています。

       能力者はそれが幼少の頃に目覚めた場合、精神異常者として扱われやすいので周囲が守ってあげなければならないと思います。それも医でなければならないと思っています。

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