高齢者の硬膜外ブロック

第1章 腰部硬膜外ブロック

硬膜外ブロックの現状

硬膜外ブロックは種々の痛みを取り除く方法としてペインクリニックでは毎日多数行われています。しかしながら脊椎を専門とする整形外科では高齢者に硬膜外ブロック(以下Epiという)を積極的に行っていません。その理由は、Epiは除痛には優れていますが麻痺や痺れには効果がほとんどないといわれてきた歴史があること。そもそも高齢者の脊椎は変形が激しく、従来のEpiの手技では実行不可能であること。万一タップして脊髄麻酔になってしまった際に高齢者では非常にリスクが高くなること。30分以上かけてなんとかEpiが成功したとしても、それは医師にとってあまりにもコストパフォーマンスが悪く、Epiの度に赤字になってしまうこと。高齢者一人のEpiを成功させる間に、若い人のEpiは数人分行える。つまり高齢者のEpiは普通の人の数倍のコストがかかるのに、保険点数は同じであるところに理不尽さがあります。
さらに、脊柱管狭窄症の馬尾症状などにはEpiが無効と教科書に記載されてきた歴史があるため整形外科医は特に高齢者のEpiに消極的となっている背景があります。しかも高齢者の神経症状は痛みよりも筋力低下、麻痺、間歇性跛行、しびれなどがメインの症状であることが多いので「どうせやっても無駄」という無力感のためにリスクを犯し、長時間かけて割の合わない難易度の高い高齢者のEpiを行わないという風潮があります。
しかし実際の医療現場では整形外科医に見放された脊椎疾患の患者がペイン科に流れ、ペインクリニックはどこも予約患者で満員の状態が見られます。そしてペイン科で治療を受けた多くの患者が完治とまではいかなくとも部分治癒の効果をあげ、整形外科に通院して治療するよりも優れた治療成績を得ているという現状があります。
この現状を真摯にとらえると、整形外科で語られている「進行した脊椎疾患にはEpiがほとんど無効」という内容が事実にそぐわないと考えていいでしょう。つまり、Epiで難治性脊椎疾患の多くが完全とまではいかなくとも部分治癒すること、そして再発を繰り返すものでも定期的に行えば高齢者のQOLを向上できるということを認識すべきであると思われます。
高齢者は杖やシルバーカーを使用して歩行しますが、彼らに早期にEpiを行っていれば、歩行能力がこれほどまでに低下することはなかったかもしれません。医師側が一方的にEpiが「疼痛以外の症状には無効」とさじを投げてきたせいでどれだけ多くの高齢者が歩行困難にまで進行してきたか想像に難くありません。これからの高齢化社会で自立した高齢者を支援するためにも過去のEpiに対する投げやりな概念は払拭しておいたほうがいいでしょう。
実際Epiにはしびれや麻痺、間欠性跛行にもかなり有効です(効果データを作成しました)。今後は高齢者のADLを支えるための必須ツールになりますから、かたくなに過去のEpiの概念(除痛にしか効かないという概念)にとらわれていると「治療者としての医師」から取り残されてしまうでしょう。これからの高齢化社会の医療では脊椎病変の病初期に積極的にEpiを行っていくことが是非必要であり、そういった社会のニーズを考え、Epiの概念を見直して頂ければ幸いです。

高齢者のEpiは若年者のEpiとまったく異なる

高齢者の脊椎は若年者の脊椎とまったく異なる構造となっています。したがって教科書に掲載されているEpiの手技(若年者の脊椎をモデルとしている)を頼りに高齢者にEpiを行っても失敗する確立が高いので、ここでは高齢者脊椎の特徴を確認しておきます。
  1. 棘突起間がゼロで正中アプローチでは針が通る隙間はない
  2. 黄色靱帯の厚さは10ミリを越すこともしばしばある
  3. 硬膜外腔がほとんどない、または癒着していて空間がない
  4. 椎間関節が変形し刺入孔の横幅が5mmもないことがしばしば
  5. 上下椎弓が接近するため刺入孔の縦幅がXp上0mm(下から仰げば隙間あり)のことあり
  6. 黄色靭帯の肥厚のため普通の人の到達深度より10mm近く深い(痩せていても深い)

高齢者Epiに常識は通用しない

1、注入圧消失法(抵抗消失法)は通用しないことが多々あり

通常Epiは注入圧を母指で感じつつ、その抵抗が消失する点を「硬膜外腔に針が到達したサイン」として認識します。しかし高齢者の硬膜外腔は脊柱管狭窄のため隙間がなく、癒着していることも日常であり、注入圧の消失点が存在しないことがあります。したがって従来の注入圧消失法とは異なる感覚を身に着ける必要があります。注入圧の消失を確認するのではなく、注入圧が上昇してこないことを感じ取るなど。私は実際にペイン科の先生が行っている高齢者に対するEpiが、ほとんど成功していない例(毎回同じ患者で)を頻繁に観察しています。

 2、注入圧が高いことは常にある

硬膜外腔に針が到達しているにもかかわらず局所麻酔剤を注入する際に非常に高い抵抗を感じることがしばしばあります。その圧は最初は非常に高く、ある点で急に圧が消失する場合もあり、私はこれを風船現象と呼んでいます。風船は最初に膨らむまでは圧が高いのですが、膨らみ始めると圧が減り、スムーズに空気が入ります。そうした現象が高齢者のEpiでしばしば起こります。また、圧は人それぞれで10人いれば10人とも注入圧が異なります。

3、硬膜外腔のスイートスポットは5ミリ以下のこともしばしばある

脊柱管狭窄のために馬尾の横断面の横径が5ミリ以下のことは日常的に遭遇します。つまり硬膜外腔に針を刺入するにはその5ミリ内に針先を当てなければなりませんから、Epi手技が想像以上に難しいということを解剖学的に理解しましょう。脊椎に側彎やねじれがある場合は、スイートスポットが正中にありません。

4、アスピレーションをあてにしてはいけない

硬膜を突き破ってしまった(タップ)徴候として髄液が引けることがありますが、これは高齢者にあまり通用しません。なぜなら脊柱管狭窄により馬尾が絞扼されていて、その部分には髄液もほとんど存在しないからです。タップしていたとしても髄液が引けてこないことがしばしばあります。したがって髄液が引けないことをTapしていないことの指標にすることができません。

5、アスピレーションがあってもEpiが成功していることが少なくない

注射器に陰圧をかけると液体が戻ってくる場合、タップした徴候と考えます。しかし戻ってきた液体は髄液ではなく、注入した液体がひけてきていることがしばしばあります。これは硬膜外腔が脊柱管狭窄の影響で風船のようになっているのではないかと考えています。つまり癒着などにより注入液が広がらない現象。または正しく入っていないのかもしれません。一般的に髄液と注入液の違いを見分ける方法として、浸透圧の差によるモワレを観察する手法が言われていますが、高齢者ではもともと髄液さえもアスピレーションされにくい状況のため、モワレの観察は困難と認識しておきましょう。

6、関節内注射になることがしばしばある

高齢者の腰椎では椎間関節の変形が著しく、関節突起が針の刺入部を塞ぐほどに横に広がっている場合がしばしばあります。この場合Epiを行っているつもりでfaset blockになっている場合があります。正中アプローチではこういうミスはほとんどありませんが、傍正中アプローチで行えば関節内注射となることがあります。関節内注射になってしまうと最初は抵抗なく液体を注入できるのに、途中から圧が急激に高まりますのでわかります。

7、腰椎正面XPで刺入孔がまったく見えないことがしばしばある

前彎が極端な変形腰椎では刺入孔の角度が背中の皮膚に対して45度近く角度がついている場合がしばしばあり、さらに椎間がゼロである場合、刺入孔は腰椎XP正面写真でまったく見えないことがあります。しかし、実際は角度をつけて刺入すれば針の通るくらいの隙間があります。XPで観察して「針が入らない」とあきらめてはいけません。

8、棘突起に付着する筋(棘筋、多裂筋など)の硬化で針が通らない

棘突起に付着する筋の慢性炎症により筋が靱帯のごとく硬化している高齢者にしばしば遭遇します。まるで骨に針を通しているのではないか?と思われるほどに硬く、針が通らないことがあります。これを知らない場合、「骨に針先が当たった」と勘違いし、手技を途中であきらめてしまうことがあります。
いかに高齢者のEpiに常識が通用しないかを挙げました。だから「高齢者にはEpiができない」とあきらめてはいけません。これらの解決を順に解説していきます。その前に、一般的に私たちが教科書的に習う腰部硬膜外ブロックの正中法と傍正中法の2種類を解説します。一般認識として高齢者に正中法は通用しないと覚えて起きましょう。
棘突起間から針を進める正中法とそこから約2センチ程度側方から刺入する傍正中法がありますが、硬膜外ブロックの習い始めは正中法しかできません。正中法は皮膚に垂直に刺入すればほぼ確実に硬膜外腔に到達できる比較的容易な方法です。
しかし、正中法では高齢者を扱うことができません。理由は高度の変形脊椎では棘突起間の隙間がないからです。棘間には針が入りません(どれほど前屈位をとらせても無理です)。したがって正中法は高齢者の治療技術としては成り立ちません。高齢者を本気で治療しようと思うのであれば正中法自体を捨て去っていただく覚悟が必要です。正中法の短所はそれだけではありません。もともと血管の少ない棘間靱帯に針を刺しますから局所の感染がおこりやすく、痛みも残存しやすくなります。しかも靱帯の中には局所麻酔が浸透しにくいため患者に痛みを強く与えます。さらに棘間靱帯の針刺入に対する抵抗性が高いため、肝心な黄色靱帯を突き抜けた感覚を手先で感じることが難しく、硬膜外腔の極めて狭い高齢者ではタップしやすくなります。高齢者の脊椎を相手にするためには必ず傍正中法の手技をマスターしなければなりません。
また、後で理由を述べますが、傍正中法では患者にほとんど痛みを感じさせずに行えます。高齢者の病初期の患者にEpiをすすめるには、手技の痛みが強ければ無理です。Epiの手技が痛くないからこそ症状が軽くてもEpiを受けようという気が起こるわけであり、病初期の患者をどんどん治療していくためには痛くない注射法を身につけなければなりません。

傍正中法

狙った棘突起間からおよそ2センチ、外側方から針をななめに刺入していく方法で棘間靱帯を経由しません。何センチ側方から刺入するか?は自由ですが、私は後に解説する「刺入深度から割り出す方法」を推奨します。傍正中法では、血行が豊富な傍脊柱筋を経由するので感染の危険が減ります。しかも局所麻酔剤が筋組織に浸透しやすいので、患者にほとんど痛みを感じさせずに行える手技です(後にほとんど無痛で行える手技を説明します)。
棘間は全ての人間が年齢と共にゼロに近づいていきます。ゼロになった棘間に針を進めるには針の手元を尾側にあおらなければ入りません(棘間腔がもともと尾側に傾いているが棘間が狭くなるとその傾斜のために針が垂直では入らなくなる)。つまり高齢者の高度変形脊椎では、棘間よりもわずかに(5ミリくらい)尾側&側方から刺入し、針先を頭側に向けて刺していかなければならないということです。

硬膜外ブロックのステップ

硬膜外ブロックの刺入位置を決める

棘突起間を刺入点とするという従来の方法は高齢者では通用しないことがあることを認識しておくことが重要です。なぜならば、高齢者では棘突起間が皆無であることはもちろん、すべり症のために棘突起が触れない場合、そして強前弯のために3つの棘突起が密集する場合があるなどのせいで、棘突起を触ることで棘間を認識することが不可能なのです。一見、棘間だと思えるような凹みがあったとしても、そこが棘間ではなく棘突起上であることもしばしばあり、また、刺入角度が強前弯のために不適切となり、椎弓間孔に針がうまく進められない場合が普通にあります。このような場合は、わざと棘突起上の傍らから刺入するとうまく入ることがあります。それと同時に、棘間をあてにしないという知恵が必要です。

尾側に振る技術

針先は若干頭側に向けるのが常識ですが、棘間がはっきりしない高齢者では、刺入点が不適切にも上方にシフトしてしまっていることがしばしばあり、その場合、針先を尾側に向けなければ入らない場合があります。基本的に椎弓間孔は尾側に開いているため、針先を尾側に向ければ極めて入りにくくなります。それでも例外として尾側に向けた方が入る場合もあることを頭に入れておきます。尾側に向けて椎弓間孔の上側椎弓を越えることができれば、孔に針を進めることができます。その場合、上の椎弓を越えたあたりで、今度は針先を頭側に振る技術(こねる技術)が必要な場合もあります。こねる技術は以下に示します。

針先をこねる技術

高齢者の場合、棘間が不明であることがしばしばあります。よって刺入点がよい位置になっていないことがあり、その場合はそこから1椎間上を狙うように針先をおもいっきり頭側に振る必要があります。しかし、それでも入らない場合は針先を尾側に振らなければならないでしょう。尾側にふると椎弓間孔に絶対に入らなくなることがありますが、それを針先をこねる技術で打開します。
まず、針先を尾側に振り、椎弓の下縁をすれすれに通過させます。そこから左手の示指・中指で刺入部皮膚を可能な限り尾側にスライドさせます(かなり強い力で)。これにより注射器は尾側に傾きますので、その傾きを維持するように針を進めていきます。こうすることで刺入点が少々上方にシフトして入らない場合、その刺入点を変えずに針を進めることができます。しかし、皮膚がスライドする長さは1cmが限度ですから、それ以上スライドさせるなら、刺入点を変える方をお勧めします。

第2章 仙骨部硬膜外ブロック

仙骨裂孔から針を刺入して硬膜外に薬液を入れる方法です。しかし高齢者の仙骨裂孔に針を進めることは、案外難しいのです。
 

仙骨も脊柱管狭窄する

仙骨裂孔はS5と尾骨の椎弓間孔です。脊柱管の最終端ですが、この孔の前後径は年齢と共に狭くなります(このことを知らない人は多い)。前後径は18Gの針の直径程度しかない場合もあり、そこに針を通すことが至難の技の場合もあります。仙骨部脊柱管が狭窄すると針を進める道幅が狭くなるので、ある一定の角度でしか「絶対に刺入できない」状態になります。高齢になればなるほど、その角度の許容範囲が狭くなると心得ておきます。よって高齢者の仙骨部硬膜外ブロックは想像以上に難しいものです。なめていてはいけません。

仙尾部奇形が多い

二分脊椎の多発地帯が仙尾部です。よって仙尾部で椎弓がきちんと結合せず、仙骨裂孔が塞がっておらず、孔ではなく溝になっている場合があります。このような奇形(破格)が存在すると、左右の仙骨角の高さが異なる場合があります。その場合、指先で仙骨角を確認するのに大変苦労し、センタリングを誤るので注意が必要です。センタリングを誤りやすい症例ではカルテにその旨を記載しておきます。

仙骨角と尾骨角を間違える

通常は仙骨角を指先で触れて裂孔を確認しますが、仙骨角の下に尾骨角があり、どちらを基準にして針を進めていけばよいのかがわからない症例があります。尾骨角を基準にしてしまうと、裂孔はもう少し上の方にあるため、針が入らないことがあります。よって、仙骨角か尾骨角かはっきりしない場合は、カルテに「上を狙え」「下を狙え」というような注意書きを記載しておき、基準となる角で迷わないようにするといいでしょう。

刺入角度は難しい

刺入のイメージは皮膚と皮下組織を強角で通過させ、その後仙骨角に達したら接線方向になるまで針を寝かさなければなりません。仙骨のカーブは個人差が多く、ほぼストレートの場合、強いカーブで曲がっている場合などがあり、針の刺入方向は一定していません。場合によっては手元をおもいっきり下げ、針先が上がるような角度で進めなければならない時もあります。

局所麻酔は必須

局所麻酔を行わず、いきなり針を進める先生がおられますが、どんなに熟練した医師でも毎回一度でホールインワンのように針がうまく入ることはありません。刺し直しがほぼ必要ですから、局所麻酔は必須と考えた方がよいでしょう。

ガイド刺入法で確実性が向上する

局麻薬で刺入部を表面麻酔する際に、その針を仙骨角よりも頭側まで進め、仙尾部脊柱管内に表面麻酔薬を注入しておくと次にカテラン針で脊柱管内を進めていくときに痛がりません。それだけでなく、脊柱管の開いている方向がわかるので、表面麻酔の針がガイドになります。脊柱管内に針を進めるためには、浅後仙尾靭帯を針が通過します。このとき、皮下組織とは異なる組織の抵抗を感じるので認識しやすいでしょう。局麻の針がこの靭帯を通過すると、急激に注射器シリンダーの抵抗が消失し、麻酔薬がスムーズに入ります。この時の方向覚えておき、次のカテラン針挿入のイメージを頭に描きます。このイメージは非常に大切であり、イメージ通りにカテラン針を挿入できれば、硬膜外腔の静脈叢をほとんど傷つけることなく挿入でき、合併症を大幅に減少させることが可能です。

仙骨部硬膜外ブロックで局麻中毒に注意

仙骨部硬膜外ブロックでは注入するキシロカインなどによって局麻中毒が起こる確率が、腰部硬膜外ブロックよりもはるかに高くなります。何らかの理由で静脈内注射になってしまうためと思われますが、中には毎回必ず局麻中毒症状が現れる症例もあり、その理由は不明です。
局麻中毒ではまず「耳が聞こえにくくなる。気が遠くなる。」などが現れ、その後にめまいが起こることがあります。注入スピードにも依存しますので、薬液注入時には強い圧力をかけない癖をつけておくべきです。        

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