ブロックリスクマネジメント

<はじめに>

神経ブロックは痛みを麻痺させるために行うわけではない。血管平滑筋を支配する交感神経をブロックし、標的血管を弛緩させて血流量の増加をはかり、局所の炎症(損傷)→浮腫→炎症性物質の停滞という悪循環を改善させ、損傷組織の修復を促進させることを目的として行うという明確な理由がある。時代の流れとして神経ブロックは根治を期待して行われる治療法であるとの位置づけにされたことは間違いない。この時代の流れこそが神経ブロックが単なる痛みの一時的な抑制ではなく、恒久的な治癒状態へと導く手段であることの証となっていると考えてよい。同様の目的を持つ治療法にステロイドの血管内大量投与などがあるが、その副作用を考えると神経ブロックの方がステロイド投与よりも全身に与えるダメージが少なく、かつ血流増加作用が強力なので、有用性が高い。
さらに、ブロック時の薬剤にステロイドを用いれば、局所の炎症・浮腫改善に著効する。よって、損傷組織の修復を促進させるという意味において神経ブロックの右に出る治療法は今のところ存在しない。ただし、神経ブロックは不慣れな者が行うと、そのリスクが少なくないことが障壁となっている。逆に言えば、ブロックのリスクをしっかり管理できれば、医師たちは今よりももっと気軽にブロックを行えるようになる。ここではブロックに際し起こり得るリスクとその回避方法について述べる。一般的には(医学書的には)知られていない細部まで掲載する。

ブロックリスクの広い意味

ブロックを行う上で障壁となるものを広義のリスクと捉えるならば、リスクは1)患者に関わるリスク、2)自分に関わるリスク、3)医療機関に関わるリスク、がある。
1)患者に関わるリスクとは、患者の性格や態度、ブロックの手技に関するリスク。2)自分に関わるリスクとは、患者に対してブロックモチベーションが低下するリスク。3)医療機関に関わるリスクとはブロックをすることを勤務している病院が認めない、外科医たちに否定される、看護師たちに拒絶されるなど、医療機関や同僚から妨害されるリスク。に大きく分別される。これらの3つに明瞭な境界はないが、全てのブロックリスクの総和を減じていく努力をしない限り、ブロックを継続していくことは難しい。
ここで3つのリスクを取り上げた理由がある。それは常にリスクの総和を考えていただくためである。例えば、患者に関わるリスクを減じようとして、施術前の患者の消毒処置を長時間かけて緑布を用いて仰々しく熱心に行うと、「忙しい外来でブロックを行わないでほしい」と医療機関側からブロック禁止への圧力を受けるリスクが高まる。一つのリスクを減じるためにこだわった処置を行うと、全体を通してのリスクを増加させてしまい、結果的にブロックの障壁を大きな物にしてしまうということをも考えなければならない。よって、ブロックリスクを本気で減らすためには、思い込みや、マイペースな手技、こだわりなどを捨てなければならない場合もある。
ブロックの手技点数は決して高いものではなく、不慣れな者が行えば、外来としてのトータルの利益が減るようなギリギリラインの保険点数になっている。よって、可能な限りブロックにおける贅肉をそぎ落とし、手技自体をリーズナブルにしていかなければ、ブロックを行うことが難しい。さらにブロック後に患者が急性循環不全性ショックなどを起こせば、病院側の評判が落ちるというマイナスがあるため、病院側としてはそのようなリスクを背負いたくない→外来でのブロックを禁止するという方向に動くだろう。こうした外部からの圧力も立派なリスクとなっている。こうしたリスクを回避する知恵がなければブロックの上級者になれないので、敢えて最初に3つのブロックリスクを挙げた。

ブロックを行う医師は煙たがられるという運命にある

例えば突発性難聴の治療において、星状神経節ブロックなどで少なからず完治に導くことができるが、耳鼻咽喉科学会ではブロックの効果を過小評価している。ブロックは上級者が行わなければ効果が出ないものであるから、見よう見まねで行っても治療成果が出ない→治療が過小評価を受けるという運命にある。過小評価を受けるから「ブロックは補助的治療」という位置づけにされてしまうのである。
同様に、神経ブロックで三叉神経痛や顔面神経麻痺などを完治させることが可能であるが、脳外科学会からは過小評価を受ける。これらを高い確率で完治させることのできるブロック上級者がいたとしても学会は信じないだろうし、その成果が大々的に公表されることはない。
ブロックは、マイナーと呼ばれる科にまたがる難治性な疾患を治してしまえる潜在能力を秘めるが、マイナーの科のほとんどは外科であり手術を専門とする科である。そのマイナー外科がブロックという内科的に治せる技術を歓迎することは、彼らの威信にかけてあり得ないと思われる。よってブロックができる医師は必ず何らかの圧力を受ける運命にある。これは避けることが出来ないので避けずに真っ向から受けてほしい。

ブロックは優遇されない運命にある

ブロックはほぼ全てのマイナーの科から敵対視される手技であることを認識しておかなければならない。それこそがリスクの一つである。よって保険点数もブロックを不遇にする方向に常に改正されることも覚悟しておかなければならない(一部、神経根ブロックの点数などは高いが)。ブロックで本気で患者を救おうとする者は、保険点数の不遇と戦い、多くの奉仕注射を患者に行わざるを得ない状況に追い込まれる。これも社会的なリスクの一つである。が、それは当然として受け入れなければならない。
また、ブロックをもっぱらとするペイン科にさえも、ブロックを「他の科の医師にさせたくはない」という意志が働いており、他の科の医師がブロックを見よう見マネで行うことを嫌っている。だが実際はブロックを多くの医師にカジュアルに行ってもらえるようにならなければ高齢化社会は救えない。

目の上の敵にされるブロック専門家

ブロック技術を磨こうとした医師が上司に嫌われ、いやがらせを受けることは恐らく全世界共通である。日本だけの話ではない。ブロックはそれほど「治せない疾患を治せる」技術であるからして、そうした技術を我流で身につけようとする医師がいれば、上司は嫌がらせをするものである。その理由はあまりにもブロック技術を得た医師の外来が繁盛するからである。
ブロックができる医師が病院内に1人いると、その医師の外来日は大混雑する。患者は夜が明ける前に病院の玄関に並び列を作る。ブロックはそういうレベルで患者に激しく欲されている。例えば整形外科医がブロック技術を身につけると、その医師の外来は大混雑し、他の医師の外来は閑古鳥が鳴く。よって部長クラスの上司医師はメンツをつぶされるので、ブロックを行っている医師をいじめるというパワーハラスメントが必ず起こる。これもまた世界的に避けられない現象である(日本だけの現象ではない)。
私の知り合いのブロックが得意な整形外科医の話がある。その医師は上司から「ブロックが出来るからと言って偉そうにしてるんじゃないぞ。おまえは整形外科医なんだからな!」と面と向かって言われたことがあるそうだ。その上司が突発性難聴をわずらったというドラマのような話である。上司は彼に泣きついて「星状神経節ブロックを俺にやってくれ」と頼んできたそうだ。
このようにブロックができる医師は必ず社会的な抑圧を受ける運命にある。よってブロックができるようになりたいのであれば、社会的抑圧リスクを最小限にする努力を最初から行わなければならない。ブロック技術は明らかに「出る杭」であり、出すぎる杭になるまで打たれ続ける運命にある。すなわち、ブロックを行うことで生じたほんのわずかなトラブルでさえ、過剰に処罰を受け、ブロックで多くの奇蹟的完治をさせたとしても評価されないという二重苦を受ける。ブロックを志すならそうした困難を背負うことが初めから決まっている。だからこそ、ペイン科ではない医師がブロックを身につけるためには、ブロックリスクを最小限になるように石橋をたたいて渡らなければならないのである。
 

第1章 患者性格のリスク

医師がよかれと思って行うことは患者の性格によってはねじ曲げてとらえられ、ネガティブに受け取られてトラブルとなることがある。ここでは例としてハイリスクの患者グループの5例を挙げる。

 1)意志薄弱者

「この病気を治す」という自分の意志を持たずに来院している者。例えば家族や上司に病院に行けと言われて来院している者。病院をマッサージ店のように気持ちよくしてくれるところと思っている者。病気を治そうという意志がない患者の場合、ブロックなどの積極的な治療はリスクとなる。私は家族に連れられて来院した女性(おそらくヒステリー性人格障害者)にブロックを行い、訴訟問題になりかけた例を経験した。

2)医師不信者

過去の治療でトラウマ体験した患者、インターネットや雑誌、テレビなどでブロックへの過剰な恐怖心を植え付けられている患者。時間をかけて信用を作る以外にブロックを受けさせる方法はない。性格としては神経質で臆病。医師の話に聞く耳を持たず、医師に話を聞かせようとするので非常におしゃべり。話をさえぎっても話をやめない。さらに治療法から処方まで自分で決めようとする。ブロックがうまくいかなかった場合に相当厳しいクレームリスクがある。

3)反社会性人格障害に位置づけられる患者

生活保護を受けている者に多い。暴力や無法で有利な状況を生み出していこうとする日ごろの傾向を病院でも発揮する。そのため職員に横柄で乱暴な言葉遣いをする。症状をブロックで除去してあげればトラブルになることはない。その場合は非常に従順で優良な患者となる。

 4)若い女性

若い女性は人格形成において社会性が未熟な者が少なくなく、実際にトラブルが多い。ペイン科の医師はブロックを通して若い女性とトラブルになり、それがトラウマ体験を作ることもしばしばある。特にヒステリー性人格障害者に遭遇すれば積極的な治療は全て逆に悪意にとられてしまうことがある。

 5)外国人

ブロックは痛みの部位と注射部位がそもそも違うことの説明、後で起こるリバウンドの説明、リスクの説明などで言葉の壁があって誤解を避けられない。通訳がそばにいたとしても、微妙なニュアンスはまず伝わらない。本気で説明すれば怖がってブロックを受けない。よってそもそも外国人にブロックをすることは患者が痛みで切羽詰まっている状況でない限り不可能と言える。よって外国人であるというだけでブロックリスクとなる。

第2章 体位

ブロックを行う際の体位がそもそも病状を悪化させ取り返しのつかないことが起こる可能性を秘めていることをほとんどの医師は知らない。リスクをゼロ近くにするためには体位が起こす危険性を認識している必要がある。

 1)腹臥位

亀背の高齢者は腹臥位が出来ない場合があり、仙骨裂孔硬膜外ブロックを行う時に側臥位でしなければならない場合がある。無理に腹臥位をとらせると、ブロックをする前よりも後の方が痛みで起き上がれなくなることがしばしばある。よって体位が治療成績を低下させるので十分注意してほしい。

 2)仰臥位

肺炎で入院して、退院時に車イスという高齢者は全国で珍しくない。病院の硬い平らなベッドで長期の仰臥位でいたことが原因(脊椎疾患はもともとある場合)。ここでは長時間の同じ体位が下肢の運動機能を全廃させるほどに脊椎を悪化させる可能性があることを認識しておいてほしい。肺炎後→寝たきりという痛ましい悲劇は、病院側の寝具への気遣いのなさに一因があるが、経営上、やむを得ない問題である。

 3)側臥位

ほとんどの腰部硬膜外ブロックは側臥位で行われる。側臥位がとれない患者はほとんどいない。だが、ここで問題になるのは海老のように丸まった過屈曲体位でブロックを行うことである。脊椎の過屈曲の長時間罹患は様々な神経痛の発症原因となることは他でもさんざん述べた。よって海老の体位にさせるのであれば、長くても10分以内にとどめておかなければならない。私は海老の体位をとらせる時でも頚椎は曲げないようにしている。つまり「おへそを見てください」は禁忌である。この体位後に首・肩・背中に凝りが出る場合が少なくなく、こういったリスクは気遣い一つで回避できる。また、過屈曲が硬膜を緊張させ、薬液の注入の妨げになる場合もある。針先が硬膜外に届いているのに、液体が注入しにくい場合、私は過屈曲を解除し、弱屈曲の状態に戻してから注入すると速やかに入っていくこともあることを頭の片隅に入れておく。  

第3章 感染

感染をどうすれば防ぐことができるか?については残念ながら現医学の知識はお粗末でオカルト的である。例えばブロック後の入浴禁止にどういう意味があるか?真に感染を引き起こす原因に注目せず、オカルト情報に振り回されているように思える。
感染防止の真実は皮膚の消毒ではない。血行がよくない組織に針を侵入させ傷つけること、施術時間の長さ、乱暴な手技での組織の損傷・出血・血腫、そして患者自身の免疫力の低さが最大の理由である。
皮膚消毒の不備が最大理由ではない!ので、もっと真実に即した感染防止を考えた方がいいだろう。もともと水溶性の消毒薬で皮脂にまぎれている細菌を殺せるか?という単純な話から始めなければならない。殺せるとしても、全てを殺すには何分待たなければならないか?高齢者と脂ぎった若者と条件は同じなのか?汗腺や皮脂腺の細菌は殺せるのか?などなど、そもそも消毒自体にどれほどの有用性があるのか?という問題まで、真実を見つめれば身も蓋もないことがある。

 1)睡眠不足・栄養不良

感染の最大要因は患者側の免疫力の低下にある。感染は皮膚の消毒に寄与する割合よりも、免疫低下に寄与する割合の方がはるかに高いと思われる。免疫力低下の最大要因は睡眠不足にある。免疫力低下の証拠として帯状疱疹は有名であるが、インフルエンザや感冒もある意味免疫力低下の徴候である。内科的な体調不良も免疫力を推測する情報となるため、ブロック前には患者への全身状態の問診は欠かさないこと。「今週は変わったことがありませんでしたか?」の一声でかまわない。患者の免疫力には終始気を配り、免疫不良の徴候があればブロックを中止する。免疫力が落ちた患者にどれほどていねいに消毒を行っても、消毒とは無関係に感染が発生しやすい。

2)注射刺入法

硬膜外ブロックでは棘突起間から刺入する正中法は血管が疎である棘間靭帯を針が通るため傍正中法よりも局所の感染を引き起こしやすい。私は傍正中法を行っている。傍正中法は血行の豊富な筋組織からの刺入なので感染の確率を下げることができる。重要なことは血管が密な組織は感染が起こりにくく、血管が疎である組織では感染が起こりやすいということである。よって正中法をやめて傍正中法にするだけで感染率は激減させることができるだろう。

3)手技

賢明な施術者であれば感染のリスクは手技時間が長いと高まることを知っている。人工関節の手術などでは手術時間の長さが感染にもっとも関与していることを腕の良い術者は知っている。手術の場合は血管や組織の損傷など他の因子も複雑に絡むのでエビデンスを求めることは難しい。感染のリスクを下げたいのならデリケートな手技で可及的速やかにすることも重要である。

 4)針は細く・刺し直しがないこと

乱暴な手技は感染のリスクを上げる。組織を傷つけ、血腫を作り、局所に血行不良箇所(デッドスペース)を作ってしまうからだ。狙った箇所に針先が行かず、寄り道が多いと必ず組織を傷つける。手技時間とも関連しており、寄り道が少なくできるなら感染リスクも低下する。そして最重要なのが、使用する注射針の太さである。太い方が表皮との接触面積が大きくなり、感染の入り口を広げ、組織を傷つけるので感染率を上げる。細ければ細いほど組織損傷が少ないので感染率が下がる。

 5)消毒

滅菌緑布を使い、滅菌トレイ、滅菌手袋、イソジンまたはヒビテンアルコールなどで背中一体に2~3回以上重ね消毒する。現在硬膜外ブロックではこのような超厳重な消毒手技がとられている。それらは悪いことではない。しかし、これらの手技が感染リスクを低下させているか?は疑問である。なぜなら私はこれまでヒビテンアルコールで一度のみの皮膚消毒をし、滅菌セットを使わず、滅菌グローブをはめず、消毒範囲は半径3㎝と狭く、素手で何万回とブロックを行っているが感染はゼロである。おおがかりな消毒をした場合と私のように簡素化した消毒と、感染リスクの相関をとると私が数十万回と行ってきた生のデータにおいて有意差はゼロである。おまけに私はブロック後に入浴可にしている。

 6)ステロイド使用による感染リスク

硬膜外ブロックには水溶性ステロイドしか使用を認められていない。しかしケナコルトなどの懸濁液を使用しても実は安全性に大きな問題はない。実際に何千例と硬膜外ブロックにケナコルトを用いているがトラブルはゼロである(ただし、使用する場合は少量限定であり、私のこの文が安全性を保証しているものではない)。ケナコルトは保険上、能書き上は使用が認められていない。認められていないにもかかわらず使用する医師が後を絶たない理由は明らかにケナコルト使用で治療効果が上がるからである。一部の学者がステロイドの有用性を否定する論文を書いていることは知っているが、私の調査結果では明白な有用性を認めた(データはHP上に掲載してある)。さて、感染のリスクを考える上で、局所に膿瘍を形成することなど、視点は局所に集中する傾向があるが、実際は注入したステロイドが全身に作用して免疫力の全体レベルを低下させることの方が問題である。何度も言うように局所に膿瘍を作るのは、消毒手技の問題ではなく、免疫力と組織の損傷、手技時間などが大きく関与している。当然ながらリウマチ患者では普段から免疫抑制剤が使用されているので注意を要する。また、結核既往者などにはステロイド使用は望ましくない。そういった全身状態を考えてステロイド使用を考える。局所の膿瘍形成にとらわれ、局所にだけ視点を置くことは「木を見て森を見ず」である。

 7)ブロック後の入浴禁止のナンセンス

入浴するとブロックの刺入部から細菌が侵入すると考えるのは医師として恥ずかしい。一般人ならそういうオカルトを信じていても不思議ではないが、人間の体に針を刺入しても、そこに風穴が出来るはずもない。針を抜いたとたんに針穴は完全に閉じ、皮膚から細菌が入りこむ隙間はない。もちろん水に濡らしても何も起こらない。水に濡らさなくとも表皮には細菌だらけである。が、それらが侵入する隙間はない。入浴を禁止する真の理由は体の洗浄により皮膚が傷つき、皮膚の新陳代謝などにエネルギーが消費されて免疫力が低下することを危惧してのことである。もし、その程度のリスクを重視するのなら、問診によって患者の現在の健康状態をチェックすることのほうが大切であろう。健康状態に問題がないのなら、ブロックも問題ないし入浴も問題ないのである。逆に言うとブロックを受けられる健康状態なら入浴が問題になることはない。つまりブロックOK=入浴OKなのである。私は医師になってからずっとブロック後の入浴を許可してきた。もちろん何事も起こっていない。ブロック後に入浴可とする例と入浴禁止にする例で感染リスクの相関を統計学的に求めれば有意差は出ないだろう。それよりも、入浴禁止というストレスを患者に与えることで、次回以降患者がブロックにネガティブなイメージを持つことのほうが大きなリスクであると考える。夏期は入浴できないからブロックを受けないと言って拒否する患者は意外と少なくない。

8)厳重消毒というパフォーマンス

上に挙げた内容は感染に寄与する割合が高く、緑布を使用する、皮膚消毒を背中一面にする、必ず3回消毒する…などは感染を防止することに対する寄与の割合が低い。この事は私が一度も感染を起こしていないという実績で証明してきた。というのも、私は緑布もゴム手袋も使わず、皮膚消毒は毎回一度であり、消毒範囲も針の刺入部を中心に直径3cmしか行わないが感染はゼロである。私の実施ブロック数は極めて多い。消毒を念入りに行うことを否定しているわけではないが、感染を起こす医師は消毒を熱心に行っているが、上記の内容をないがしろにしている場合が多いと思われる。特に手技の荒さや使用する針が太いこと、正中法で行っているなどである。そうした感染を惹起させるような手技の罪滅ぼしとして、皮膚消毒をパフォーマンスする医師が多いように私は感じる。そういうパフォーマンスを行う医師ほど、イソジンを使用しても十分に乾燥させなかったり、皮脂を清拭する処置をおこなっていないなどの不備が多いように思える。異論はあると思うが、ブロックの総合的なリスクを軽減させるためには、消毒に手技時間を割くのではなく、もっと他に時間をたっぷりかけなければならないことがたくさんある。消毒にこだわりを持ちすぎることが、ブロック全体のリスク軽減に神経を回せなくなさせ、支障をきたすことが少なくないことも視野に入れておかなければならない。  

第4章 注射痛

ブロックは針を深く刺すので採血時の注射よりも痛いのは当然であり、硬膜外ブロックの時の局所麻酔が痛いというなら、それは辛抱すべきであるとどの医師もそう考えているだろう。しかしながら痛い注射が当たり前と考えていると近い将来、足をすくわれることになる。
その理由は患者は医師が想像している以上にブロック注射の痛みに恐怖を抱いているからである。注射の痛みは医師にとってリスクではないが、患者らにとってはもっとも重大なリスクであるとの認識が必要なのである。この医師と患者の痛みに対する温度差は、ブロックが上達したいと思っている医師にとって最大の障壁となる。
ミス注射をした時に注射をやり直す時、狙ったところに針が入らず椎弓間孔を何度もさぐる時、毎週毎週繰り返しブロックが必要な時、痛みではなくしびれや麻痺をブロックで治療しようと思う時、痛い注射しかできない医師は患者に拒絶されることになる。痛い注射しかできない医師は、結局患者に拒否されて腕を磨くことができなくなる。
よって総合的なブロック技術を伸ばしたいのなら、痛くない注射ができるようになることは必須であると断言する。天下の宝刀も使わなければ意味がない。つまりブロックの技術が高くとも適応が狭い医師は意味がないのである。注射の痛みについて以下のようなことに気を付けます。

1)痛みの閾値を考えてブロックをする

一般的に高齢者よりも若年者の方が痛みの閾値が低く痛覚過敏である。よって若年者では高齢者よりも念入りに時間をかけて局所麻酔を行いながらブロックを行う。また、痛がり方の個人差も大きく、痛がりの患者、怖がりの患者ほど局所麻酔に時間をかける。患者を痛がらせてトラウマ体験させることは大きなリスクである。

2)Hyperalgesia

何度も繰り返し同じ場所から針を刺入していると痛覚過敏になり痛覚の閾値が低下することが起こることがある。定期的にブロックを行っている場合、同じ場所からの針の刺入を避けたほうがよい。

3)ブロック不成功で痛み増加

高齢者の超難易度の変形脊椎にブロックをトライすると、硬膜外腔に液が入っていかないことにしばしばある。この場合、注射液が異所に入り、逆に強い痛みを残すことになる場合がある。

4)刺入時の強い痛み反応は神経損傷

筋・骨膜・靭帯などに分布する末梢神経・細動脈などを針が直撃することが10回に1回くらいはあることを認識しておく。局所麻酔をしながらでも強い痛みを発する。この場合、医師はたいてい「患者が痛がりである」と思う。しかしそうではなく実際に痛い。このとき、刺入ラインをずらすべきであり、そのまま注射すると後に残る痛み(1週間以上消えない痛み)を作ることがある。こういうことを硬膜外ブロックの時に起こしてしまうと、手技が成功していても患者は医師不信になるので無視しては絶対にいけない。

5)痛くない注射の方法→「ブロック注射技術を極めるために」を参

ここでは簡単に! まずは針は可能な限り細いものを使用する。針は可能な限り直線的に刺し、局麻を行いながら時間をかけて針を少しずつ進める。

6)痛みに敏感な組織を知り避ける

強く痛みを感じる組織は骨膜である。骨膜に針を刺すと表面の細い神経と血管を損傷しやすく患者は非常に痛がる。硬い組織の近くには骨膜があるので硬い組織に針先が当たった時は針を引く習慣をつける。骨膜に針先を当ててしまうと針先は必ず少し曲がり、切れなくなり、針を進める際に抵抗が高くなるので場合によっては針を交換(刺し直し)する必要がある。

7)ブロック手技のスピードを競うことなかれ

ブロックが上達すると、医師はブロック手技の速さに酔いしれてしまう者がいるが、これはよろしくない。何度も言うが痛くない注射ほど患者に感謝されるものはない。痛くなければやり直しもミスも多少は許される。それに対し、ブロック手技が速いことは医療従事者側が得をすることで、患者にとっては「荒っぽい」と感じるものであることを認識しておいた方がいい。手技が速くなればなるほど表面麻酔の手技が粗雑になり十分な浸潤を待たないうちに針を進めるということをしたくなるものだ。急いでいる時こそ、ゆっくり、痛みを感じさせないようにするよう自分を戒めつつ行うことである。「刺すときは速く、抜くときはゆっくり」という言葉を信じないように。

8)リバウンド

リバウンドの発生機序は解明されていないが、私はリバウンドの本体はブロックによる神経根の血行上昇(再開)で、痛覚の伝達障害が改善されるために起こる疼痛の増強と考えている。リバウンドの典型的特徴は「ブロック後は疼痛がほぼ消失し、半日~翌日以降にブロック前よりも強い痛みが出現。それが1日から数日続き、その後痛み症状が劇的に改善される」というものである。患者はリバウンドを医療ミスと考えることもあり、またリバウンドで痛みが増強したことで医師を恨む者もいてブロックリスクの重要項目である。小さなものを含めると1割以上の患者にリバウンドが起きている。
 

第5章 神経損傷

 

1)硬膜外ブロックがルートブロックになること

硬膜外針はまっすぐ入っても、背骨にローテーションがあったり、側彎があったりすると針先は正中に行かず、側方にそれてルートを直撃する。これに気付かず薬液を入れるとルートブロックとなり、治療効果におおきな左右の偏りができてしまうことがある。また、以下のようなルート損傷のリスクもある。

2)ブロックが引き起こす麻痺・しびれ

異所に液体が入ると、その液圧が神経根を圧迫して麻痺やしびれを生じさせることは普通にある。特に変形の激しい腰椎では椎間関節が大きく太く張り出していて、椎間関節内注射となってしまうこともマレではない。椎間関節内に液が注入されると関節胞が膨らみ神経根を圧迫する。これが麻痺やしびれを発生させる。

 3)液体が異所に入ったかもしれないと感じた場合の対策

液体が異所に入り、ブロックがミスとなった可能性がある場合、信頼関係ができている患者にはリトライが望ましい。しかしながら、初診の患者やブロック嫌いを説得してブロックを試みた患者の場合、リトライをお願いすることは逆に医師と患者の信頼を崩してしまう。このような場合、私は正直に「ブロックには適所に入らないことがあること」を説明し、「効果が無くてももう一度は最低でもブロックを受けてみること」をアドバイスしている。そのせいで患者が私の医師としての器量を恐ろしく低く評価したとしても、私はそれに動じない。むしろミスなど1つも起こさないのが医師の努めであるというような顔をしていると医師の成長はそこで止まってしまう。ブロックを行うには、とにかく患者に心を開いてもらい、信頼関係を結ぶことが全ての解決策にもなっていることを留意してほしい。

 4)その他の対策

「各種ブロック注射後の副作用対策」参照

第6章 ブロック後の血圧低下

ブロック後、患者を臥床安静にさせることは血圧変動のリスクを避けるために不可欠と思われている。しかし、実際には何分臥床が適当か、バイタルはどの程度チェックすればよいのかの実データはない。私の場合、施設の整っていないクリニックで、ブロックをしなければならない場面が日常であったためにブロック後の患者を数十分の臥床安静後、待合室に移動させなければならないことがしばしばあった。そのような状況下だったからこそ、ブロック後にどのような体勢で待機させると患者に不具合が起こり得るかが把握できるようになった。決してマネしてほしいわけではない。が、リスクがどのあたりに潜んでいるかの参考にしていただくために、敢えて恥部を暴露する。

1)仙骨部硬膜外ブロック

0.5%キシロカイン10ccを用いる。年間に800例くらい行っているが、本ブロック後、座位で待機させてもバイタルに異常を来し気分不快などを訴えた患者は0例であった(近年8年間の統計、ブロック後座位はそれ以前は行っていない)。つまり、適所に上記分量のブロックでは施行後に臥床安静にする必然性はないことが判明している。もちろん、臥床安静にしていけないというわけではない。臥床安静が望ましいが、必然ではないということを意味する。患者らは高齢であり心疾患を合併している者も多数いる中での統計である。0例だからリスクがないと言っているのではないが、大事には至らないので患者の気分不快の申告を頼りに、観察しながら座位で待機が可能であるといえる。待機時間は20分としている。

2)腰部硬膜外ブロック

0.5%キシロカイン10ccを用いる。年間に数千例行う。ブロック後、座位で20分間待機させていたが、不調を訴える者がいなかったためリスクは少ないと判断していた。しかし、不整脈の持病を持つ者がブロック後座位で待機させていたところ、不整脈の出現と共に意識消失発作を起こしたため、それ以降、70歳以上、または70歳未満でも心疾患を持つ者の場合、腰部硬膜外ブロック後に20分間の臥床安静をすることにした。それ以降、ブロック後に不具合を訴える者はいなくなった。70歳未満は基本的に近年8年間でブロック後に不調を訴えた者は0例である。よって現在も70歳未満の心疾患の合併がない者は基本的にブロック後は座位で20分間待機させている。腰部硬膜外ブロックにおいても、座位での待機で急激な血圧の低下などによる不調は、基本的に認められないが、仙骨部硬膜外ブロックよりリスクが高い。ただし、腰部硬膜外ブロックの際、硬膜を穿破してしまい、若干、脊髄内に表面麻酔剤が流れ込む場合がある。そうした場合に座位で待機させておくと血圧低下で意識消失のリスクが格段に上がる。私の場合、硬膜穿破を1万回に1回も起こさないので「座位待機」で問題が起こっていないと思われるが、通常、腰部硬膜外ブロックはペイン科の慣れた医師が行っても硬膜穿破をしばしば起こす。よって基本的に本ブロック後は臥床安静1時間以上が望ましく(硬膜穿破があると麻酔が切れるまで1時間以上を要する)、バイタルチェックも念入りに行うべきであろう(座位待機という私のマネはしないでほしい)。ただ、ここでは腰部硬膜外ブロックがミスなく普通に行うのみでは、血圧の急降下はほとんど起こらないということを認識しておいていただければよい。70歳以上の患者の場合、20分臥床安静後、1分間ベッドに座らせる。たちくらみがないことを確認の後、その場で立位、足踏みをしていただき、問題なければ待合室に移動していただくという流れである。この流れで問題が生じた例は0である。つまり、ブロック後、硬膜穿破などのミスがない場合は、1時間以上臥床安静にしておく必然性は少ない。  

第7章 医療機関側から妨害されるリスク

1) 医師からブロックを妨害されるリスク

基本的に医師は直接的にブロックを妨害して来ることはないが、あなたがブロックを行っている患者が他の医師の診察に回ると、診断や診療の見解の相違によりあなたは不利な立場に追い込まれることが多い。ブロックを数多くこなしていると、中枢感作が原因で種々の症状が起こっていることを察知できるようになるが、他の医師たちは中枢感作の概念を持っていない。よってあなたが「この症状は神経根や脊髄後角などで生じている中枢感作が原因であろう」という考えの元でブロックを行ったとしても、その思考過程が他の医師に理解してもらえない。よって他の医師はあなたの患者を診療した際に、ブロックというオーバートリートメントを行う信用ならない医師というレッテルを貼り、場合によってはあなたを陥れてクビにしてやろうと経営者側に告げ口をする者が現れるかもしれない。よって、ブロックを行う患者には日ごろから他の医師を受診しないように説得しておいた方がよい。また、あなたも他医の悪口を言わないようにし、控えめに目立たないように診療を行うことを勧める。

 2)看護師からブロックを妨害されるリスク

実は、ブロックを上達させたいのであれば看護師への配慮を最優先させなければならない。なぜなら、ブロック手技は看護師の仕事量を間違いなく増やすからである。あなたはブロックを志すのなら、間違いなく他の医師とは異色であり、看護師からは「変わり者の医師」として見られることになる。なぜなら他の医師が治せない症状をブロックで治すという姿勢はとても情熱的に映るからである。患者の幸せのために自分の身を粉にして働くわけであるから変わり者の医者である。ただし「私がこんなに一生懸命なのだから、看護師も私の背中を見てついてきなさい」的な横柄な態度をしていると、あなたの存在自身が看護師に嫌がられることになる。ブロックの前後、そして患者を待合室に送り出すまで、看護師の手間は想像以上に多い。ブロックの度に滅菌トレイを使用していたのでは、それらの後片付けや滅菌処置の手間で仕事が莫大に増える。そして態度が偉そうであるのなら、もしもあなたがミスをし、ブロックで患者を意識消失させてしまったときは、看護師はあなたの敵に回るだろう。そして「外来では危険なのでやめてほしい」と院長に上告し、あなたのブロックは今後行えなくなる。ブロックを上達させたい医師にとってこれが最大のリスクである。ペイン科であればこのような受難はない。しかしペイン科ではないのなら看護師の仕事ができる限り少なくなるように配慮することがあなたのブロック生命をつないでゆくことになる。よって、日ごろから省略できる手技はとことん省略し、どこにでもある針を用い、どこにでもある薬剤を用い、バイタル測定なども最低限とする工夫が必要になる。前にも述べたが、感染のリスクを減らすために、滅菌トレイ、緑布、広範囲の数回の消毒、滅菌手袋、特別なブロックセットなどを仰々しく使用すると、ブロックをカジュアルに続けることができなくなる。よって「本当に必要な手技、必要な道具、必要な術後の安静」など最小限にとどめる工夫を普段から行う必要がある。そしてどこの病院、どこの病棟、どこのクリニックでも手軽に行えるよう、うす暗い場所でもできるように、電動式診察台がなくても、足台に座ってブロックを行ったり、しゃがみながらやったり…とどこででもできるように自分を鍛えておくことである。こうした配慮や訓練ができていない医師は、いずれ看護師側からボイコットされる。

 3)保険制度から妨害されるリスク

ブロックに対する保険制度側からの縛りは毎年厳しくなることが決定している。保険制度では「ブロックは専門の知識と技術を持つ者が行うべきもの」との位置づけをしており、見よう見まねでブロックを行うことをそもそも禁じている。よって保険制度からはブロックを濫用させたくないという意志がはっきり感じられる。つまり、あなたが保険点数の配慮をすることなく、自分のやりたい放題でブロックを行っていると、ごっそり査定されてしまい、経営者側から雷を落とされる。すなわち、何を目的にどのようなブロックを行い、そして保険ではどこまでが許容されるかなどの知識を持っていなければブロックは継続できない。症状詳記も何百枚でも書いてやるぞ!というくらいの意欲と配慮が必要である。特に、あなたが新たな病院に新任した際、事務はあなたのブロック手技の点数や、査定の状況などの知識がない。よってあなたは事務に対しても保険点数の請求方法を指導してあげなければならない。そして保険制度は毎年改訂されるわけだから、あなたも勉強していかなければならない。そして本気で患者を治すためには、保険が定めるブロックのみでは不十分なことが多々あるため、サービスでブロックをして差し上げなければならないこともあるだろう。本気で患者を治そうとする医師ならば保険制度のプレッシャーと戦わなければならない。ブロックをする際に、毎回保険制度の理不尽さを痛感することになる。

第8章 自分に関わるリスク

ブロックをカジュアルに行うようになると、数々の他の医師たちが治せない疾患・症状を治せるようになる。しかし、それは現医学の非合理性を暴露することでもある。医学書の内容が現実にそぐわないことも見えるようになり、また、保険制度の理不尽さに悩むようにもなる。他の医師が治せないものを治すとはそういうことを意味する。ブロックの技術を極めれば極めるほど外部からの様々な圧力を受けるようになる。だが、問題は外部からの圧力ではなく、結局自分自身に負けることにある。ブロックの心・技・体を向上させるほど見返りがないことへの理不尽さにさいなまれることになる。この理不尽さに負けてしまうと患者にブロックをして差し上げようというモチベーションがそがれる。心配いらない。ブロックに限らず、一流の外科医も同じ悩みに突き当たる。極める者は突き当たる。

 1)心が折れるリスク

まず、「目の前の患者に、何のためにブロックをして差し上げるのか?」というブロックの動機に必ずつまづくことになる。開業してしまえば問題ない。お金儲けの為にブロックをするという大前提が得られる。しかし、そうでない限り、ブロックをすることはリスクに対する責任を負い、危ない橋を渡り、そして患者を救うという正義を大上段に振りかざすことになる。いわゆる大義である。正義を貫くのはよいがそこに得がない。得がないどころではなく、自分が嫌悪するタイプの人間にもブロックを奉仕しなければならないのかというようなジレンマにも陥る。すなわち、ブロックを極めるなら「見返りを期待してはならない」「自己犠牲」「他人に尽くす」「大義と正義のために動く」というような禅問答の世界に必然と入ってしまうことになる。開業してお金儲けに奔走するのなら、こうした禅問答的苦悩を味わうことはない。明確な行動-報酬系が得られる。そうしたお金儲けに走らない正義感あふれる医師がブロックを始めるならば、そもそもブロックを「なぜ行うか?」の問答を追究せずにはいられない精神状態に必ず追い込まれることになる。
なぜブロックするのか?それは患者を甘えさせるためか? 患者を治すためか対症療法なのか? ブロックを定期的に行うことに意味があるのか? ブロックが患者の人生を幸せにできるのか? 治療に終わりがあるのか? どこまで患者の人生に責任を負うのか? などの自問自答の苦しみと闘うことになる。大抵はこの闘いに勝てない。負ける。腐る。そして金もうけに走るという道をたどる。私はそれでもよいと思っている。お金儲けの大義がなければ虚しくなるからだ。
運よくこの自問自答を乗り越えることができれば、さらなる苦悩が待つ。現在の医療のほとんどが対症療法であり、医は患者を本気で治そうなどとは思っていないことをひしひしと感じるようになるからである。しかしながらブロックは根治療法であると確信できるようになり、自尊心も芽生える。他の医師が治せないものを治せるようになるからだ。だが、自尊心は満たすことはできても、「何でも治せる腕のいい医師」と医学界で認めてもらえることはない。その逆である。治せないものを治せる医者は他の名誉ある医師の敵であり、目の上のたんこぶである。多くの教授たちの名誉を傷つける存在である。そうした存在になって行っている自分に気づいてしまう。
つまり医学界で孤立する。何度も言うが「治せないものを治せる」とはそういう意味なのである。世の教授陣が医学書に「治らない」と記載しているものを治すのだから彼らの名誉を傷つける。それでも熱き心を持っていれば、学会発表して治療成果を公表しようという気にもなるかもしれない。しかし、公表したところで信じてもらえないだろう。また、これまでの医学的既成事実を覆せば相当数の敵を作ることになる。そうなると、今度は「何のために敵と戦うのか?」という問答に悩むことになる。
ブロックを極めるとはそうした苦悩に飛び込むことを意味する。こうした孤立のリスクを回避できるのは「大義」しかない。正義のためにブロックをする(お金儲けでもいい)という大義である。多くの医師が、まともにブロック技術を収得できない理由は、大義を持てないがために志半ばで心が折れてしまうことによる。ブロックを極めれば、このような自分の内なる声に抑圧されることが明白。どうか乗り越えてほしい。医学界が認めなくても、自分の心の中で高みに登ることができる。

2)技が伸び悩むリスク

ブロックの技術はコツが1割、精神が9割である。「自分はブロックがうまい」と奢った時点でそれ以上技術力が向上することはない。人間の体は十人十色であり、1万回治療すれば1万回の異なったブロックをすることと同じである。つまり、どこまで極めても極み切ることが不可能。そして狙った箇所に薬剤が入っているとは限らない。それは神のみぞ知る。だから「成功している」と思えば成功、「ミスしている」と思えばミス、それをジャッジできるものはない。ジャッジは全て自分が行うわけであり、自分に甘い医師はそこで成長が止まる。
技を伸ばしたいのであれば「鬼のように厳しいジャッジメントで自分を裁く」ことである。そして、ミスを許さない強靭な精神を持つことである。ミスを許さないとは成功するまで何度でもやり直す精神である。しかし、自分に甘ければミスを感知できない。よって話が元に戻る。技術を伸ばしたいのであれば「鬼のように厳しいジャッジメントで自分を裁く」ことである。ジャッジメントを師匠から習うわけにはいかない。必要なのは「自罰の精神」である。いかに自分のプライドを叩き潰せるか?の精神世界である。公平なジャッジへの必需品は「患者をよく観察すること」である。

3) 体を壊すリスク

ブロックを毎日毎日無数に行うのは想像を絶する体力が必要になる。それは小さな手術を繰り返すことと何ら変わりない。よってブロックを日常にするのであれば、規則正しい生活を送らなければならないという縛りがついてくる。中でも睡眠不足は厳禁である。それほど自己管理を必要とする。体調がベストではないときに嫌悪するタイプの患者がやってきて「痛い、よくならない、ブロックして」と言われた時にはキレてしまういそうになる。そういう患者が列をなしてあなたの前に並んでいても平静でいられるように体調を整えておかなければならない。
昼休みは極めて重要である。自分の体力に責任を取るためにも、昼寝をすることを強く勧める。混雑で休憩がとれない場合は、午後の外来の開始時間を遅らせてでも昼寝をすることを勧める。そこまで体調をベストにしておかなければ、まともな技を披露出来ない。疲労した体でブロックすることは、何にも増してブロックリスクを高めることになる。また、医師も高齢化する。視力も低下する。そうした将来を見据えて若い頃からブロックをしなければならない。例えば私は、わざと薄暗い場所で視点を合わさずに手先の感覚のみでブロックをするようにしている。視力が落ちても感覚でブロックができるように感覚を磨くためである。視力が落ちることは最初からわかっていることである。ならばその対策を若い頃からしておくべきだろう。

第9章 常識の壁

 1)どこまで粘ることができるか

ブロックは1度で症状が全快する可能性は低い。患者の症状が慢性か、急性か、重症か、軽症か、再発をさせやすい環境かそうでないか、などにより治るまでのブロック回数に天と地の差がある。肉体労働を強いられている環境の為、治すスピードと同じ程度の損傷スピードで悪化させる患者の場合、仕事を辞めない限り治らない。こうした、多種多様な治療経過がある中で、あなたはどこまで粘り続けられるかという治療の壁がある。いくら治療しても自分の体を平気で何度も壊して来院する患者に腹を立てずに、延々と続くブロックを毎週して差し上げられる根気は、普通の医者にはないだろう。
患者があまりにも医師のアドバイスに従わない場合、「勝手にしろ」と治療を放棄したくなる。治しても治しても悪化させて来院する患者に一生つきあう義務は医師にない。穴掘りと穴埋めを永遠に続けさせられる囚人と同じような心境になる。
私は以前、こうした聞き分けのない患者には「私の言うことが聞けないのなら治療しない」と突っぱね、患者を治療した。だが、今は違う。永遠に治療し続ける。医師としてそう覚悟した。なぜなら、高齢者が働かなければ国家が崩壊するのである。我々医師は患者が体を潰しながらも仕事が出来るようにサポートし続けなければならない。つまり、治す治療からサポートする治療へとシフトすることを時代が要求している。医師にとって治ってくれない患者の現状を維持させるためのブロックは、あまりにも虚しい。治療する気が消失してしまう。しかし、それを乗り越えなければ国家を支えることができない。だから徹底的に粘るのが医師の務めである。
 

 2)効果判定の壁

医の倫理では「効果のない治療を延々と続けてはいけない」ことになっている。しかし、ブロック治療を積み重ねなければ効果が出ない疾患もある。たとえば私は耳鳴りを上頚神経節ブロックで治療するが、ほぼ毎週のブロックを約1年間続けてやっと治った症例もあった。ブロックを1年間継続するには、医師の粘りだけではなく患者の粘りも必要となる。
ただし、全く効果がないものを1年間続けることはさすがの私にもできない。耳鳴り治療にしても「少しずつ改善している」という条件があるからこそ続けることができている。ただ、多くの医師はそこまで粘りがない。粘りがない証拠は医学書に堂々と記載されている。たとえば「ブロックではしびれや麻痺はほとんど治ることがない」と腰椎疾患の項目では記載されており、過去の医師たちがしびれや麻痺に対して、治るまでブロックを行い続けていないことが証拠として残っている。私は既にブロックでしびれや麻痺を改善させた実績があり、本HPでそれを示している。外科医は特に粘りがないように思える。

3)ブロック拒否する患者

ペイン科であれば、患者はそもそもブロックを受けにやってくるので問題はない。しかし、私のように整形外科の外来に来る患者は「ブロック注射は危険」「痛い」という先入観に固まっていて、しかも「ブロックだけは絶対に拒否した方がいい」というような進言をされて来院する者がいる(特にこの傾向は都会に多い)。
しかし、私の患者は8割以上がブロック目的で来院する。それは私が懇切丁寧にブロックへの誤解をいちいち解いて行ってきたからに他ならない。いちいち解くとはいうものの、都会の患者は医師不信に陥っており、説得するのに30分以上かかることもざらにある。説得した上で最終的に断る患者も大勢いる。よって説得は医師にとって強烈なストレスとなる。
さらに、患者を説得してブロックを行う場合、患者が望んだわけではないから、ブロックミスとなった場合に大きなトラブルになる。そして治らなかった場合にはその責任を追及されることもある。ブロック拒否する患者を説得してブロックを行うことは、医師にとって自分を窮地に追い込む行為になる。よって医師の常識としてブロックの説得は行ってはいけないものという位置づけにある。
それでも私は「義を見てせざるは勇無きなり」という言葉で自分を奮い立たせて毎回患者にブロックを勧めてきた(もちろん、受けるべきと思った人にだけである)。だが、私の真似はしないほうがいい。自慢ではないが私はほとんどミスをしない。そして注射が痛くなく、完璧に近いリスクマネジメントを行ったうえでブロックを行う。危機管理を二重にも三重にも行った上でのブロックである。さらに実績があるからできることである。修行中の医師が私の真似をしてブロックを拒否する患者を説得などしたらトラブルが続出する。
ここで言いたかったことは、ブロックをするしないの最終的な方針は自分の心の壁を越えるか越えないかによるということである。心を強く持たなければブロックの症例は大幅に減り、技術も上がらない。

第10章 ブロック適応

どのブロックをどの症状の患者に、何を目的として行うかという適応を考える能力がブロック技術の9割と考えてよい。つまり技術を磨くことよりも考えることがもっとも大切である。針を刺す技術・ミスをしない技術・薬液の濃度や量など、皆が学びたいと思っているブロック技術は、実際は全体の1割にすぎない。ペイン科の医師はどこまで技術を伸ばしても、適応を考える能力をなかなか鍛えることができない。なぜなら、ペイン科を訪れる患者は、そもそもふるいにかかっていて、診断名もおよそ予想がついていて、改めて診断をする必要がない患者が多いからである。

 1)超診断技術としてのブロック

「肩関節が痛い」と訴えた患者の真の病名を診断する技術は現医学にはない。肩の痛の原因として考えられるものを列挙すると、C5,C6,C7,C8神経根症、肩峰下滑液包炎、腱板損傷、関節炎、上腕二頭筋腱炎、関節唇損傷…などなど、これらが複合している場合、診断はまずつかない。特に神経根症を合併している場合、どんな検査にもその証拠が現れない。徒手テストは意味をなさない。
もし、診断をつけたいのであれば、神経根ブロック、SAB注射、関節内注射、腱鞘内注射などを組み合わせて治療し、どの組み合わせで治療した時に痛みが100%近く改善したかという方法で診断がつけられる。
しかしながら、診断がついていない患者に「診断の為にC5からC8まで一本ずつ神経根ブロックを行います」と言ってこれを承諾する患者はいない。しかしながら私はブラインドでルートブロックを行う技術があるので普通はできない「ブロック診断」を楽々できてしまう。よってブロックの組み合わせで診断するという超診断技術を実際に身につけている。まあ、「痛みがとれたからといって診断などできるものか!」と言った神経生理学者がいたが、それは机上の空論しか勉強していない基礎医学者のたわごとである。ブロックで痛みが100%消失し、それが24時間以上続くというようなことは、「原因箇所にブロックできていて」初めて可能となる。これは「近接効果の法則」に記してある。
「わき腹が痛いのですが癌が心配です」と言った患者には、胸椎の神経根ブロックをその場で行い、「これで痛みが完治すれば癌ではありませんよ。癌が原因なら、神経根ブロックでは一時的にしか痛みがとれませんから。」と、私は瞬時に超越的な診断方法で白黒をつけてしまう。この患者が人間ドックで高額なお金をかけても不安は消えない。なぜなら痛みが消えないからだ。私はブロックで瞬時に、痛み治療と診断の両方をやってのける。
ブロックをこのような「超診断技術」として用いることができるようになると、ブロックの適応は内科疾患にまで及ぶようになり適応が著しく広がる。よってブロックを極めれば医学書に掲載されていない症状や疾患まで診断できるようになる。
ただ、こうしたレベルにまで達するには、全ての神経根にブラインドでルートブロックがカジュアルにできるようにならなければならない。ブラインドのルートブロック技術は単純XPにマーキングするなどすれば可能であるが、それなりに立体感覚が必要であり難しい。また、技術を高めても保険点数メニューにないことから点数請求ができず、患者にこれを施行する度に強烈な理不尽さを感じる、などにより、たやすくできるものではない。ルートブロックをする度に禅問答をしているような気分になる。この禅問答に打ち勝って、患者のために尽くすためには「患者に感謝されたい気持」を捨て去る必要がある。なぜなら、あまりにも瞬間芸的にルートブロックで痛みをインスタントに治療できてしまうので患者がありがたがらないのである。
透視下に行うルートブロックは保険点数を3000点請求でき、しかも仰々しいので「必死に治療している」という感覚を患者に与えることができる。患者に大いに感謝されて懐も潤う。一方、ブラインドルートブロックでは点数がまともに請求できず、しかも1分程度でできてしまうので、患者は「何が起こったのかわからないまま痛みだけ消えている、お金も時間も労力もかからない」→完治。となるからありがたがることもないし、再診もなく診療報酬も激減する。超越した技術でリスクも痛みもないという「すごい治療」の代金はタダ同然、そして感謝されない。よってこれを進んで行うのは禅の修行に似ている。私はそうした禅の修行を10年以上行っている。ただしその報酬として、他の医師が治せない難治性疾患を次々と治すことができるようになっている。
 

2)適応の壁

ブロックは血管平滑筋を麻痺させて血管を強制的に拡張させ、狙った箇所の血流量を増加させて組織修復を速やかに行わせる治療法である。よって血行不良で生じる病態のほぼすべてを治療可能という理屈になる。
近年、アメリカ合衆国の線維筋痛症学会では中枢感作によって痛みだけでなく、過活動性膀胱や過敏性腸症、など様々な病態が起こり得ることが言われているが、ブロックはそうした様々な難治性疾患の病態の根源である中枢感作を改善できる唯一といってよい治療法である。この中枢感作を改善させることを目的とした時点で、ブロックの適応は恐ろしく広がる。
また、老化とは血管が老化して血行不良を至るところで発症させことと考えると、ブロックは血行増進が計れるため、ほぼすべての老化組織の改善に役立つ。よって認知症や脳梗塞後遺症にも効果が期待できる。つまり、ブロックの適応は無限である。
ただし、問題は、血管の老化に立ち向かう際、ブロックは1度で済むはずがなく、定期継続が必要となるところである。そうなるとリスクマネジメントが最重要となり、さらに痛くないブロック、ミスしないブロック技術も必要になる。血管を拡張させることによる出血傾向の問題も考えながら行わなければならない。前途多難ではあるが、国家を救うために、ブロックの分野を進化させなければならない。

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