第二十話 ありがとうメッセージ?イルカつながり

前回からの続き・・・。


 


奥様と一緒に空海の書が載っている本を買いました。奥様はその書の中の空海直筆の書を見たせいでビリビリクラクラしてしまいました。午後3時から日蓮宗の住職に会いに行く予定ですが体調不良です。


車での移動でしたが、お寺に着いたときは奥様にクラクラの余韻が残っていたため奥様は「もしお寺に入ってトランスに入ったら結構つらいと思うので、私はここで待ってます。」と言います。「わかった。」私はお寺に1人で入り、住職と面会します。


「一人ですか? 奥様は?」「ちょっと体調がすぐれないので車で休んでます。」「そうですか・・・こちらに入ってこれないのはそれなりの理由があるからだと思いますよ。ご主人はあのトランス状態をどう思われますか?」と私に質問してくるのですが、どうやらトランスに入るのは「あまりよいことではない」と思われているようでした。


「私も袈裟を着せていただいて仕事をしていますが、やはり、他にもトランスに入る方がおられまして、そういう方のお払いに行くことがあるんですよ。奥様のように中身が真っ白だといろんなものが入ってきやすいんですね。こころの隙をついて入ってくるんです。」


「心の隙をついて何かがとりつく」と言われているわけで、トランスは悪しきものと思われているのだと察しました。しかし、私は上人の考えが正しいとは限らないと思いました。空海の書から気を感じ取る能力や私の母?を降ろす能力は「邪悪なもの」とは関連性がないと思うからです。しかも、彼女に低級な霊がつくことがあるかもしれませんが、それに憑かれて彼女の肉体を占有されるわけではなく一時的なものだからです。


住職は確かに、憑かれた人のお払いをしており、それが悪しきものであることが多かったとは思いますが、奥様のトランスは自由自在(憑かれっぱなしではない)であり、常に邪に憑かれているわけではないと思うわけです。能力がある者がその能力を私利私欲に用いれば「邪」に見え、民衆の幸せのため(利他行動)に用いれば「善」に見えるのだと私は思います。能力そのものは善でも悪でもなく、ただ能力があるだけだと思います。


住職は「奥様がここに上がってこないのは、ここに上がることを嫌っている何かが奥様に憑いている。」というように解釈されているのだろうなあと私は自分なりに考えてしまいました。また、住職は真言宗と日蓮宗の違いについて私に語ってくれました。「真言宗は火で何でも燃やしてしまう。日蓮宗は水であり私たちの中に根付いています。真言宗は山にこもって修行するのはよいけれど山にこもれば大衆を救えない。日蓮宗は民衆の生活に根付いていて民衆のためにある宗教です。」と。


私個人の意見としては、真言宗を志す僧は法力を求めて山にこもって修行をする傾向が強く、その技能を外部に漏らさず囲っているというイメージが強いです。密教ですからそもそもそういう性質があると思います。そこに選ばれし者(能力者・素質ある者)たちが集まるわけですから真言宗は大衆向けではないと思います。


元を正せば日蓮宗も真言宗から派生していったという考え方もあると思いますが、大衆指向、選民指向、その両方・・・というように多種多様に変化していく間にどうしても主義主張の違いは生まれてしまうものだと思いました。


そんな話を上人から聞いているとほどなく奥様が座敷に上がってきました。クラクラが回復したようです。「よかった」と私はほっとします。奥様は最近肌身離さずのイルカのぬいぐるみも一緒に持ってきました。
「あら、イルカも持ってきたの?」と言うと奥様は恥ずかしそうに住職の前でイルカショーに行って感激した話をします。すると住職も「イルカは前頭葉が発達しているからね。超音波でコミュニケーションもとれるし、すばらしい生き物ですよね。」と話を合わせます。ほどなく、、、


「そういえば・・・わかった。なるほどね。このことだったんだ。ちょっといいものをあげるんで待っててください。」と住職はなにか思い出したように本堂に向かいました。「これ、差し上げます。」



と言って住職は小さなケースを奥様に渡しました。ケースを開けるとなんとイルカのブローチだったのです!青や緑の色を主体としたパールのような輝きを持つガラス細工風のイルカのブローチでした。奥様はこれにびっくりして大感激。さすがに私もびっくり。何かのご縁を感じた瞬間でした。住職も「いやあ、私もこれを何気なくいただいたんですけどね、何か縁があってこのブローチがここに来た気がして、時が来るまでしまっておいたんですよ。奥さんからイルカの話しがでたときはゾク!としましたよ。このことだったんですね。」と驚きの様子。


どこで手に入れたのかを訊いてみましたが答えてはもらえませんでした。それ以上は訊ねるべきではないと感じたので訊きませんでしたが、縁あってイルカのブローチが奥様の手に渡りました。どんな縁やご利益があるのかは今のところわかりません。とにかく奥様はイルカがとりなしてくれた縁であると素直に喜びはしゃいでいました。


その後に本堂で遺骨を前にお経をあげてくようしていただきましたが、今日は奥様がトランスに入りません。私の母も満足して落ち着いたのではないでしょうか。もしかして、奥様があまりにもイルカにはしゃいでいるので、母親からのありがとうのプレゼントだったのかも、、、とふと思ったりして。


さて、この日の帰り・・・銀座によって夕食を済ませ、帰りは奥様が運転です。永代通りを右折しようとした瞬間、ナビのボリュームが急に上がり、大きな音声で「国道14号線を右折します」と言いました。「えっ! 国道14号線って2キロくらい先だけど。まあ、奥様が運転しているのだから仕方ないか。」とナビの誤作動にはあきらめムードです。そして数秒後にはナビが元に戻りました。一体何なのでしょう? 奥様がいるとボリュームもよく変わるし、奥様がボリュームに手を触れるとそれだけで音が大きくなることもしばしばあるのでした。


私はこうした怪奇現象をいつも目の前で見せられている科学者です。科学では人体にICチップを埋めたり、自動運転が解発されたりと機械化が進んでいますが、奥様のように科学では解明されていない波動を出す特殊な人間が存在するということを想定せずに電子機器の開発を進めることは危険極まりない。


科学は明らかにまだまだ無知です。奥様を通じて見えない世界を知った私は無知な科学に依存する世界は危険だと感じるこのごろです。