なぜ他の医師が治せない症状を治すことができるのか

はじめに

私はあらゆる不定愁訴、自律神経失調症、めまい、耳鳴り、頭痛、成長痛、手術以外に治す方法がないと言われている関節症の数々、腰部脊柱管狭窄症、腰椎椎間板ヘルニアなど、数えきれないほどの治せない疾患・症状を特殊な神経ブロックで治してきました。治すとは症状が3割以下に軽快した状態が4週間以上続くことと定義しています。「治せたという証拠になるものは何かありますか?」と質問されれば、私はこう答えています。私は整形外科医として診療をしていますが、私の担当患者で手術に至った患者は全ての疾患を含めて5年間で2名(外傷は除く)しかおらず、「なかなか治らないので他の病院を紹介してほしい」と言われて紹介状を書いた経験も5年間で0名でした。と答えています。このくらいしか証拠として提出できませんが…
他の医師が治せない患者を治すのは私の専門ですが、「治せない」とは私が決めたわけではなく、他の医師が患者にそう宣告しているものです。ある患者は住んでいる県のペイン科・整形外科・脳神経内科・精神科など、20以上の大病院・有名病院を渡り歩き、その全てで診療を拒否(打つ手なしと)され、その後に私が治療しました。ある三叉神経痛の患者は「治すには手術しかありませんが、治る保証がありません」と言われ私のところに来院し、私が治しました。

では、私と他の医師の何が違うのかをお話ししておかなければ、私の技術をみなさまに伝えることはできません。そこで簡単にお話しておこうと思います。決して自慢ではなく誇大広告でもありません。


空想診断学

まず、医師の能力の高さは地位でも名誉でも論文の数でもありません。より困難な疾患をどれだけ安全に治せたかの実績がものをいいます。天皇陛下を治療された天野先生も、治すことが困難な疾患をより安全に治すことのトップだったからこそ、執刀医になられたわけです。実績こそが医師としての能力です。地位ではないと思います。
私の場合も同様に、他の医師が治せない疾患・症状を安全に治しているわけで、医師の能力としては極めて高い部類に入ると思われます。ここで、自分の能力の高さを宣言した理由は、これから言うことを「たわごと」として決して受け取っていただきたくないからです。能力の高い(他の医師には治療が困難なものを治療できる)医師になるためにもっとも大切であろうことを述べます。それは「空想すること・考えること」です。
恐らく一流の腕を持つ医師はこの言葉をすんなり受け入れるはずです。医学を学んでいる間は治療の腕はそこそこしか上がりません。医学を考えるようになってはじめて未知の領域の症状・疾患を治していけるようになります。
  •  考える=空想、です。
考えること=空想すること、と述べたのは私流の痛快な皮肉です。なぜならば、医術において空想することは嘲笑され、禁忌とされ、法的に守られなくなり、破門され…と、医師生命を奪われかねない忌み嫌われることだからです。医療行為において空想で治療を行うことは患者をモルモット扱いしているに等しく、医の倫理として許されるものではありません。
さて、そのような現状の中、空想すること=考えること、を実践した医師のみが真に治療の腕が上がります。しかし、それは患者をモルモットにしたわけではなく、とても小さな改良の積み重ねなのです。積み重ねることをせず、自分の発想で大胆な新治療をすること=患者をモルモットにすること、であり、そんな野蛮なことは一般の医師には不可能です。権威ある医師にのみそういう大胆なことが許されています。私には許されていません。
治療が困難な患者に対し、常に逃げずに対峙し、どうすれば目の前の患者を今以上に改善させることができるかイマジネーションを働かせて創意工夫することで、それが積み重なると偉大な成果を生み出します。どんな患者にどんなささいな治療をするときも常に頭脳を働かせて考えることを怠らないでいると、他の医師が治せない疾患を治せるようになるという仕組みです。
それを空想と皮肉ったのは、普通にまじめに医学を勉強し、まじめに認定医資格をとり、まじめに博士号をとった医師たちに、おそらく卑下されるからです。治せないものを治せることは明らかに医師としてアドバンスであり、だからこそ真面目に医師をやって地位や名誉を得ている人たちのプライドを傷つけ妬まれることは必然です。その逆風に立ち向かう精神的なストレスを受けることも「考える医師」には必要です。そうした立ち向かう医師たちにエールを送る意味で、わざと否定的に受取られる「空想」という言葉を用いました。再度申し上げます。治せないものを治せる技術を身に着ける(治療能力の高い医師になる)ためにもっとも重要なことは考えること=空想、です。これは一流の医師ならば皆が認識していると思われます。

ある日の外来

ここでは実際に私がどのような患者とのやり取りをしながら治せないものを治せるようにしているのかを、ある日の外来を再現して解説します。
  • 患者A:「先生、以前はありがとうございました。おかげさまで膝は先生の言う通り1回で治りました。」
  • 私はカルテを見ながら、過去に膝の注射をしたことの確認をする。そしてこの患者なら私の治療の腕を信用しているであろうことを想像し「この患者なら私のブロック治療を進んで受けようとするだろう」と推測する。
  • 患者A:「今回はクビが寝違えたように痛くて回らないのですよ」
  • 私:「わかりました。今回も以前のように注射で治療しようと思いますが、よろしいですか」
  • 患者A:「もちろんです。お願いします。」
  • 私:「では注射部位を決める必要があるので頸椎のレントゲン写真を撮らせていただいてもよろしいですか」
  • 患者A:「はい」
  • 患者の頸椎は52歳にしてはそれほど変形も強くなく、C4、C5、C6が若干ストレートであることと、C4/5の若干の狭小化と若干のOA以外に所見の乏しいものであった。一通りXP所見を患者に説明する。
  • 私:「もう一度お尋ねしますが、どの辺が痛いですか?」
  • 患者A:「右の首のつけ根です」

そう言って患者は自分の手で首の付け根を触る。さて、問題は右の首が寝違えたように痛くて回らないという症状の原因をどう空想するかです。医学書的には椎間関節の損傷か、椎間関節周囲の靭帯損傷かなどと考え、彼が指で押さえて「ここが痛い」と言っている付近にトリガーポイント注射というのが普通の医師が行うことです。
ところが私はそのように空想していません。この患者には神経根症が起こっており、神経根には感作が起こっていてそこにわずかな振動や摩擦が加わると激痛が走る。首が回らないのは右の頚神経根のいずれか一つが感作していると空想します。患者が痛いと言っている場所は軸索反射などで二次的な痛みが現れている場所。よってそこに注射しても根本的には治らないと空想します。そして私は原因となる神経根の場所がどこなのかをさらに考えます。
  • 私:「ちょっと首を触らせてください」
  • このように断りを入れて頸椎の横突起を下から順に指圧します。
  • 私:「押して痛いところはありますか?」
  • 患者A:「はい、でも痛いところはそこではありませんよ。もっと下です。」
  • 患者はいきなり私を不信感の目で見始めました。患者が痛みを訴えている場所と私が指で押す場所とがあまりにかけはなれているからです。
  • 私:「本当の痛みの原因箇所と実際に痛い場所は違うものなんです。まあ、本当の原因場所は神様にしかわかりませんけどね(笑)。」これは私のことを信じない患者に対するちょっとした皮肉です。
  • 患者A:「でも痛いのは本当にそこじゃないんですけど…」
  • と、患者は少し怒った口調になりました。
  • 私:「じゃあ、わかりました。とりあえず、私が選んだ場所に注射させていただいて、それでも痛みがとれなければあなたの言う通りの場所に注射しますよ」
  • 患者は納得していない様子でしたが、私はC5の頚神経根めがけてブロック(1%キシロカイン2cc)を行いました。そして間髪なく言います。
  • 私:「首を回してみてください。痛いですか?」
  • 患者A:「いいえ、痛くありません」
  • 私:「ではとりあえずこれで様子を見て、痛みが残っていたら来週いらしてください。痛みがなければこれで終了です。外来には連絡しに来なくて結構です。」
  • 患者A:「…」

患者は不思議な顔をしています。私はたいていこのように、私を信じていない患者にもさりげなくブロックを行います。そしてほとんど(約7割)の患者は完治していて来週になって来院することはありません。これが私の外来のごく普通のケースです。

普通ではあり得ないこと

さて、今の患者と私(医師)のやりとりで、通常ではあり得ないことがいくつか存在します。そのいくつかがこれを読んでいる方にわかればかなり優秀です。
 
  1. 患者が診察してほしい場所(首の付け根)を無視して、頸椎の横突起を押し始めた。
  2. 患者が「痛い場所が違う」と言っているのに希望していない場所に狙いを定めた。
  3. 本当の原因は神様しかわからないという「言ってはいけない真実」を言った。
  4. ブロックのリスクを説明していない。
  5. 患者が怒っているのに無視。
  6. 神経根ブロックを透視も使わずその場でやり始めた。
  7. 万一狙った神経根が見当違いだったら大変なことになるということを無視。
  8. 治療開始から終了まで3分以内。
  9. 経口薬やシップを処方していない。物療も指示しない。
  10. 次回外来にはなるべく来ないように指示している。
 
これだけ見れば私はあまりにも無謀に見えます。下手をすれば訴訟問題に発展しそうな地雷を避けることなく全て踏んでいくからです。これをマネしてほしいわけでもなく、私の医療行為は他の医師の手本にもならないことをまず認識していただきたいのです。
なぜこれほど無謀な診療ができるのでしょう。その一つ一つに「これが無謀には成り得ない」理由があるからなのです。これらの無謀をリカバリーできる何かを身に着けているからです。その「何か」はちょっとした工夫の積み重ねです。天狗になっているわけではありません。天狗になれば地雷を踏んでしまいますから。最初はちょっとした変化であっても、積み重ねると理解しがたい変化になっていきます。その変化の激しさを体感していただくために私の外来の一場面を紹介しました。
もう一度言います。私は他の医師が治せない難治性の症状を次々と治せます。しかし、特別な技術があるわけではありません。来る日も来る日も頭脳をフル回転させて考えて診療したことが積み重なっているだけです。強いて言えばその思考回路が特別です。患者に不信がられようとも、患者が治療法を医者に指示して来ようとも、思考をすることを絶対に止めないことが特別なのです。

私の収得技術を紹介

  1. 感作している神経根を指圧することで発見する指技。
  2. 治療後に少しでも症状が残っていたら猛反省し必ず治療法を改良する精神
  3. 短時間しか効果がないときは手技が失敗していたと結論づける自虐的判断力
  4. 医学書は参考程度、真の病態生理は患者からしか学ばないとする精神。
  5. 統合失調症の患者であっても器質的な原因をみつけようとする。心因性を排除。
  6. 画像診断で「異常ありません」というセリフを絶対に言わない。異常が見つかるまで納得のいく新理論を作り出してでも画像の中から答え導く癖をつける。異常が映らないのなら映らない理由も全て考え、症状を説明できる理論をその場で完成させる。
  7. ブロックに用いる針はもっとも細い針を用いる(硬膜外ブロックは25G)
  8. 損傷しそうな血管や靭帯を左の指で圧排する技術
  9. 皮膚から標的までの距離を最短にするための指圧技術
  10. 強く圧迫することで針の刺入時の痛みを大幅にカットする技術
  11. 全画像データを家に持ち帰り、合成・計測し症状との整合性を研究し新知見を発見。
  12. 患者に起こるわずかな不具合を徹底的に研究し、副反応を未然に防ぐ。
  13. ステロイドの副作用を徹底研究し、安全に使用できるガイドラインを作成。そして誰よりも安全に効果的にステロイドを用いる。
  14. ペイン科で研究しているような疼痛マップを自ら作り、症状から原因となる神経根を割り出す(医学書のマップはあてにならないことが多い)。
  15. 私の神経根ブロックは神経には直接刺ささず、神経根近傍。このほうが安全かつ神経損傷もなく、何度も行えて値段も安く、患者にとっては造影剤を入れる神経根ブロックよりも何倍もありがたいと断言する。医師にとってはおいしくないが。
  16. 脳幹の血流量を増加させることのできる上頚神経節ブロックを開発。星上神経節とは比べ物にならないほど効果が高い。
  17. 自分の注射ミスを感知できる技術。注入圧や指圧部に加わる圧力で感知する技術。
  18. 高齢者のどんな変形脊椎にでもほぼ100%硬膜外ブロックをヒットさせることができる技術。
  19. どうやっても治らない患者に対して生活指導を行って治す技術。
  20. 一つのブロックでは治らない場合、一度に多重ブロックを行い徹底的に治療する。
  21. 25G針なのでほぼ血腫の合併症ゼロ、神経損傷ゼロ、感染ゼロ、術後頭痛ゼロ。
  22. 神経根ブロックをC1からS2までの全てに行える技術(ブラインド)。もっとも難しいのはC8と高齢者のL5。S1以下は後仙骨孔から。
  23. 指の関節から顎関節まで、ほぼ全ての関節にブラインドで入れる技術。Fasetは難しい。
  24. 肩関節周囲炎+頚神経根症など、二つ以上の疾患が合併していることを治療の組み合わせを変えることで発見する技術。二つ以上の合併例が多いことを一般的な医師は知る手段がない。
  25. 優先順位と安全域の研究技術。糖尿病がある患者の腱鞘炎にステロイドを使用するには、どの程度のステロイド量でどのくらいどの期間血糖値が上がるのかなどのデータが必要。短期使用ならば腱鞘炎治療を優先させるなどの技術。
  26. 感染箇所に禁忌とされているステロイドを安全に使用するボーダーライン。
  27. 打撲や骨折、捻挫箇所に少量のステロイドを用いて痛みと腫れを激減させ早期に治癒させ社会復帰させるガイドライン。
  28. おそらくステロイドの極めて安全な使用法については誰よりも研究しているであろう知識。
  29. 安全性を確立するために常に患者からデータをとり分析・研究し他人の論文を信じない。
  30. 他科の守備範囲と思える症状も可能な限り治すことに努める。これにより不定愁訴を治療できる技術が身に付く。
  31. 機能が全廃していると思われる症状(車椅子患者)にでも積極的に治療する精神。
  32. 全ての症状に必ず脊椎が関連しているという視点を持ち続ける精神。
  33. 治療とは何かを根本的にミクロ的にマクロ的に考察する癖。
  34. 自分の行っている治療をミクロ(基礎医学)的に解釈しようと努力する精神。
  35. 安全性確実な手技ができるようになると共に、治療効果が低い患者には使用する薬剤の量を増やすことも考慮する精神
  36. ある程度治療が成功した後に、その状態を維持させるための療法をその後も継続させる粘りの精神。
 
まだまだありますが、これらの姿勢・態度をどんな患者に対しても貫き通すことで治療の腕は知らぬ間に上がっていきます。腕が上がっても驕ることなく上記の精神を貫き通すことで益々腕が上がります。そしてゆるぎない実績が築き上げられていきます。それは治療が成功した実績だけではなく、合併症を起こさない実績、安全かつ苦痛のないブロックができることの実績、そして内科的に総合的に全身の健康を崩すことなく治療できる実績です。
外科医は華々しい実績を作りますが、その影に手術の被害者ができてしまいます。それは暗い影です。ブロック治療にはそういう暗い影がありませんから(油断していると大きなミスをすることもある)、外科医よりもさらに自信が持てる医師へとなっていけます。実績に基づいた自信はゆるぎないものです。 ちなみに1~36の中で最も困難を極めるのが17です。この意味がわかりますか?自分のブロックが適所に入っていないことを感知することは達人級の医師にも困難なのです。

私がキ〇ガイに見える理由

上述した外来での患者とのやり取りは、私がキ〇ガイに見えることでしょう。しかし、上の1~36の項目を全て身に着けていたとしたら、大胆な外来になることは理解できると思います。なぜならば安全性の確立も、どこにブロックすれば治るのかも、治療が成功する確率も、すべては実績が後ろ盾となっているからです。 たった1例でも不具合が生じれば、後ろ盾は崩れるでしょう。しかし1例も不具合が起こらないように先手先手で研究をしていきます。それが実績であり自信です。天狗ではこういうことができません。

なぜ治療の飛躍ができるのか

私は今や不眠症や眼精疲労さえもブロックで根治できるレベルになっていますが、これは治療の飛躍と言えます。整形外科医の守備範囲を超えているからです。現在は高齢者の難聴治療という大きな壁に挑戦していますが、まずまずの効果を上げています。難聴治療が完成すればノーベル賞ものでしょう(笑)。内耳神経の細胞の機能を回復させることができることが証明されれば、それを発展させれば脳の神経細胞の機能回復も可能かもしれません。
しかしながら、このような「痛みを伴わない症状」をブロックで治療するためにはブロック自体のリスクを極めて低くできるまでに腕を磨かなければなりません。逆に言うと、苦痛を伴わないブロック、合併症がほぼゼロに近いブロックが可能になれば治療の飛躍が可能になります。どのような飛躍が可能でしょうか。
例えば認知症をブロックで治療します。例えば脳梗塞後遺症をブロックで治療し、脳の機能を回復させます。そうしたことが可能です。もちろん、治る保証はまだ確立されているレベルではありませんが、リスクも苦痛もないのであれば、その治療を「ダメでもともと」で受けることができるようになります。ブロック技術も極めればそうした飛躍が可能になります。

治療はアクロバットでも魔法でもない

私の治療は突拍子のないものではなく、魔法でもありません。使う薬剤もごく普通の表面麻酔剤のみです。違法なこともしていませんし、危険なこともしません。ただただ考えるのみなのです。一つの症状を異なった角度からいろんな切り口で診ようとするだけのことです。そしてブロックも地味です。透視化に神経根をブロックするなどという派手なことはありません。患者は座ったまま、その場で私の注射を受けます。ただそれだけで魔法にかかったように難治だったものが治ります。

信じてもらう必要はない

認められたい、信じてほしいと考えて治療をしていると、考える意欲が激減します。汗をかき、必死に試行錯誤しても、認めてもらえないという壁に突き当たり、ストレスに感じるようになって自分のやっていることがばかばかしくなってくるからです。だから徹底的に「患者の幸福を考えて格好良く治療」することだけを考えました。
格好良くということがとても重要です。なぜなら、ミラクルな治療をして差し上げても、患者はそれほど医師に感謝しないからです。「患者のために」と考えて必死に治療をすると、患者が感謝してくれないことにストレスを感じるようになり、これもばかばかしくなってモチベーションが続かなくなります。だから格好良くなのです。自己満足で完結させればよいのです。とにかく、考えることをやめなければ、医療はすさまじく進歩します。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です