根治療法の定義

根治療法の定義

  1. 医療行為によって薬の薬効時間のみ症状が抑えられる治療を姑息療法
  2. 医療行為によって薬の薬効時間を超えて症状が抑えられている療法を根治療法

と定義します。例外はありますが、この定義は私が定義したものであり、異論(多少無理)があると思います。が、一旦この定義を前提として考えることにします。 さて、定義してさらに否定しますが、もともと根治や完治という状態は生物にはありません。なぜならば、人は生きているだけで絶えず細胞は崩壊していきます。生きているだけで全ての細胞が傷つき、死んでいきます。傷ついた細胞は除去されて新しい細胞に置き換えられますが、症状はそうした新陳代謝のバランスが崩れることで出るだけのことです。よってもともと完全に治るということが生物にはあてはまりません。細胞が置き換わるわけですが、100%元に戻ることは絶対にありません。生物は常に細胞が傷つくのですから。治るのではなくバランスが元に戻るだけなのです。
問題となるのはバランスが元に戻る期間です。 再びバランスが悪化するようなことをしなければ、バランスはいつまでも保たれます。しかし、翌日からバランスを崩すことをすれば症状は翌日から出ます。  一般の方々は症状が出現するまでの期間が短ければ「治っていない」、長ければ「治った」とする思考を持っていると思います。しかし真実はそうではありません。すぐに症状が出る方は、治している(バランスを改善させている)にもかかわらず再発(再燃)させているのです。
少なくとも、治療薬の効果時間を超えて症状の改善が続いているのなら、「(バランスを)治したけれども再発させている」のです。 私がこのように患者に宣言すると、患者は必ず「私は体に悪いことは何もやっていない。普段通りに生活していて無理していない」と反論します。 しかし、その反論が非科学的であることを証明するために、わざわざこのような長文を書いてきたのです。この文章全体は日常損傷病学と題している通り、そもそも日常が体を損傷していくお話なのです。そこには地球の重力や気圧が原因し、酸化や老化がくわわっており、そうしたものが見えてない方々に見えるようにお話ししたのがこの日常損傷病学です。  日常損傷は人間が50歳で死亡するのなら、あまり問題になりませんでしたが、100歳近くまで生きるようになったために医学で問題になりはじめました。
そもそも治療とは何を目的に何をしているのかを考えるために根治と姑息の違い、再燃と効果切れの違いを明確にしなければなりません(これまでの医学では明確化されていませんでした)。 症状の再発には2種類あり
  1. 治療を止めると即再発→姑息的治療→効果時間切れ
  2. 治療を止めてから少しの期間経ってから再発→根治治療→患者が再発させた

となりますが(例外もあります)、気が短い方、理解力が低い方にとっては両方同じでしょう。ならば気の短い方にわざわざ2の根治療法をする必要がありません(お金と労力の浪費です)。  根治療法の適応となるのは、自分が日常生活をしている上で再発させていて、再発させつつもバランスを少しずつ正常化させるために2を繰り返し行う根気のある方のみとなります。または理解力がなくても医師の指示に従える方であれば無駄にならずに済むでしょう。
これまでわざわざくどいほどにターンオーバーの概念を話したのは、マクロでおこっている症状とミクロで起こっている修復作業には時間差や症状差があることを理解していただくためでした。  現医学では症状をとること、つまりマクロしか考えない医療であるため治療をしてもすぐに回復しない理由などを患者に説明することが不可能で、そのため医師と患者の信頼関係が悪化する例が多々ありました。  そうではなく、患者教育をした上で、患者にも治療改善に向かわせるべく努力をさせることが必要であることを説くために、こうした治療概念を打ち立てた次第です。
病気の急性期には治療が効果を発揮していても症状が悪化することが多々あるということ。回復期には治療の効果がない治療を行っても治ってしまうことなどを理解しなければなりません。治療とはいうものの、患者の肉体は毎日常に損傷し炎症し細胞が崩壊しています。つまり、どんな治療を施しても生きている限り細胞の崩壊を防ぐ手段はありません。これらを理解しない限り「治療とはなんぞや?」の根本を理解することができません。理解しないでいると、治療になっていない姑息療法を治療だと勘違いしたり、神様にお参りをしたら症状がとれた場合に、神様の力だと思い込んだりという誤解が生じます。これらを科学的に区別する方法の模索必要であり、それらを推進するのが日常損傷病学なのです。

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