注射後の刺入部痛についての考察

はじめに

採血、穿刺、関節内注射、神経ブロックなど、針を刺した後に刺入部に強い痛みが長期間残ることがあります。ほとんどの場合、刺入部痛が患者と医師の間でトラブルとなることはありませんが、極一部の患者で理解不可能なほどに強い痛みを訴え、社会生活が継続できないほどになる場合があります。その原因の多くは中枢性疼痛過敏(患者側)にあると思われますが、この概念は一般的には認識されておらず、現医学で最近言われるようになった解明途上の概念で、医師の間であまり理解されていません。 誇張された刺入部痛は医学的には大した問題として扱われませんが、実際は臨床的に以下の理由で問題になります。
  1. 患者が注射施行者を強く恨み、信頼関係が崩壊する
  2. 患者が注射に対してトラウマとなり、以降、注射が必要である時にそれを拒絶する
  3. 痛みが患者の姿勢を悪化させ、その姿勢がさらなる疼痛過敏の原因を作ってしまう
  4. 患者が周囲(世間)に悪評を立て、その悪評で一般の人が注射に誇大な恐怖を持つ。
  5. 患者とのトラブルが医師の注射モチベーションを低下させてしまい、医師が積極的な治療をしようとしなくなり有病率が増えてしまう。
  注射を積極的に行わない医師にとっては、上の5項目は逆に都合のよいことです。患者が医師に注射をせがまなくなるからです。世の中にはブロックを行えない(行いたくない)医師の方が圧倒的大多数のため、刺入部痛は医学界では問題になりません。しかし、目の前の患者をブロックで治療して差し上げたいと強く願う医師にとってのみ、これらが大きな問題となります。

刺入部痛の慢性化は末梢の問題ではあり得ない

通常の刺入部痛の原因は針が末端の細い末梢神経を損傷していると思われますが、誇張された刺入部痛の場合、皮膚や筋組織に針を数ミリ刺入しただけで生じ、末梢神経を損傷していなくても起こり得ます。通常の刺入部痛が1週間以上続くことは明らかに不自然であり、長期に痛みが残る場合、痛がり方が常識を超えている場合は針の刺入が直接原因ではなく、中枢性の疼痛過敏が原因であると考えます。

中枢性疼痛過敏

中枢性の疼痛は、すべてが解明されているわけではありません。よって現時点では仮説・推測の域を脱しませんが、末梢神経ではなく、脊椎~脳に至るいずれかの場所で痛みを増幅させる回路が出来あがっている状態を表します。中枢感作は、様々な知覚を疼痛に変換することが可能で、例えば触っているだけなのに強い痛みとして感じてしまう異痛症(アロディニア)を起こします。痛みとは無関係な圧覚・触覚・振動覚・位置覚・気圧の変化・湿度変化、感情の変化なども痛みに変換しますから、中枢性疼痛過敏が存在すると、痛覚以外の知覚が痛みになります。すなわち、針を刺入した際に皮下出血が起こり、その血腫による圧迫感が痛覚に変換されます。血腫による圧迫は数週間消失しないので、中枢感作があると、痛みが長期化するのです。 強い刺入部痛が長期化すると、患者は疼痛箇所を動かさないようにし、不自然な姿勢を長期間とりますので、それがさらに刺入部周囲の血行不良を生み出し、局所に「凝り」を作ります。「凝り」は中枢感作がある患者では「激痛」と認識されやすいため、結局患者は、針を刺入したという原因で耐え難い慢性の疼痛を、常識を超えた長期間訴えるようにまで発展します。 こうした患者たちは現医学では「精神疾患」として扱われることになっていますが、中枢感作を正しく理解すれば解決策が生まれてきます。ただし、中枢感作は世界的に知識がまだまだ浅く「誤解の宝庫」と化しているので、現時点で中枢感作は学問として完成するに至っておらず、実用化が難しい状況です(いずれ解明される)。

採血・筋注で訴訟問題に発展

私はブロック注射を専門としている医師ですが、刺入部痛はブロックに限らず、鍼灸の刺入、採血、筋注でさえ起こります。原因は刺入ではなく中枢性疼痛過敏にあるのですが、それが理解されないために訴訟問題に発展します。訴訟問題は加害者が知らないところで事務処理され、金銭的解決が水面下で行われていることがしばしばあり、発生件数は案外多いのです。病院側としては、「針を刺すという行為で、強い痛みを長期間訴え、社会生活ができなくなるという現医学で非常識な症状」は医師や看護師のせいではないという見解に立っているので、そういう事件があったとしても当事者になかなか伝えません。当事者に気を悪くされては困るからです。刺入部痛は現医療で防ぐことができないものであり、偶発的に起こるもので当事者のミスによるものではないからです。しかし、だからといって刺入部痛を無視することは正義ではありません。事前にある程度予測できるので対策を考えておきます。

刺入部痛を起こしやすい患者の特徴

中枢性疼痛過敏は誰にでも起こるものではなく、刺入部痛を訴える患者は一定の特徴を持っています。以下の特徴は私の経験に基づくものであり推測の域を脱していませんが、参考にはなるでしょう。なぜならば、私は多くの中枢性疼痛過敏の患者と接しているからです。  
  1. 慢性化する(2週間以上)疼痛があり、経口薬では軽快しない。
  2. 自律神経失調症(汗・動悸・悪寒)や脳神経由来の症状(めまいなど)を持つ。
  3. ドクターショッピングをしている
  4. 天候による疼痛増強症状がある
  5. 入浴すると症状が出現する
  6. 痛み以外に重さ、冷え、灼熱感などの異常感覚を伴う
  7. 月経困難症がある
  8. 少し押すだけで強く痛がる圧痛点がある
  9. 注射時(浅く刺している時)に痺れる、響く、電気が走るなど、まるで神経根を直接さした時のような理解不能な関連痛を訴える。
  10. 極めて細い針で刺しているのに、異常な痛がり方を毎回する。
  これらの項目に一つでもあてはまる患者では遷延化する刺入部痛が発生する確率が高くなります。共通点は「中枢性疼痛過敏」です。これらは後根神経節よりも中枢で構築された中枢感作が存在すると起こる症状です。8と9と10は注射を行った際に患者の訴えからわかるものですから、逆に言うと、こうした訴えがある患者では中枢感作」が後根神経節よりも中枢のどこかに存在している可能性があります。しかしながら中枢感作は現医学で治療法が確立されていないので難題です。刺入部痛が起こると患者はそれを医療従事者のせいであると断定しますので問題となります。普通の医師たちがこうしたトラブルを避けるには、「中枢感作が疑わしい患者には積極的な治療をしない」以外に方法はありません。つまり、上記の1~10の項目に一つでもあてはまる患者には注射をなるべく行わないことが回避策となります。

刺入部痛体質を治すために

私は難治性疼痛(ペイン科がギブアップした患者の疼痛)を日夜研究しています。刺入部痛を訴える患者の疼痛ポイントは「必ず原因箇所よりも末梢である」という法則だけは絶対的です。これは推論ではありません。よって、原因箇所は、痛みを訴える知覚神経の根部である後根神経節、その神経根がシナプスを作る脊髄後角、さらにその節後線維の脊髄視床路、そして視床、これらのどこかに中枢感作の根本原因が潜んでいます(複数のこともある)。根本原因箇所へのブロックは後根神経節よりも中枢では不可能です。よってペイン科の医師でさえ、中枢感作部への治療が出来ないという状況があります。視床・脊髄後角、脊髄視床路にどうやってブロックをするのでしょう? それが可能だとしてもリスクは莫大です。 よって私は現在、中枢感作場所への栄養血管を拡張させることを新たな治療方針とすることにして現在、試行錯誤しています。つまり交感神経節ブロックをメイン治療とすることにしています。痛みを訴える箇所よりもかなり高位の箇所への交感神経節ブロックです。よい治療成績を報告できればよいのですが…簡単ではありません。成功すれば世界の疼痛治療が前進します。

刺入部痛は改善する

私は神経根ブロックを毎週行いそれを数年続けるという特殊治療ができます。これが特殊治療である理由は、神経根ブロックは神経根を損傷するので連続では数回が限界とされているからです。私は、超愛護的に神経根の傍らにブロックを行って浸潤麻酔で効かせるという方法を行うため、連続で無限回数行えるわけです。こうした独自のブロックを行っていると、患者の中枢感作が改善したり悪化したりする状況がわかるようになります。それは、注射の刺入部痛を強く訴えるか、訴えないかでわかるのです。治療が成功し中枢感作が解除されてきたなあと思える患者では、徐々に刺入部痛を訴えなくなります。逆に中枢感作が急性増悪した患者では針を刺すときに激しく痛がります。刺した部分に血腫を作ると、長期間痛みを訴えるので要注意です。 ここでイイタイコトは、刺入部痛を強く訴えるのは中枢感作のせいであり、それが治れば刺入部痛も軽くなるということです。よって、刺入部痛にはとらわれず、中枢感作を治療することに専念するほうがよいでしょう。

注射後の刺入部痛についての考察」への2件のフィードバック

  1. 先般、会社の健康診断で血を抜かれましたが、激痛が走りました。ガラスで切ったときの激痛と同じもので、20分くらい痛みは引きませんでした。注射針の切断面にギザギザ等の欠陥があったのだと自分では考えています。
     私は高校生から定年となるまでに献血を20回以上していますし、定年後は主治医の元で毎月血液検査をしていますが、激痛を感じたことは一度もありませんでした。神経ブロック等の影響では無いと考えています。
     その後も主治医の元で毎月静脈から採血していますが、全く激痛は走っていませんよ。

    • まず、自分の体はアイアンマンではないことを知ることです。人間の体は様々な外傷から身を守るために、皮膚に痛覚の受容体をわざわざ作り、針を刺すと痛み信号が脳に伝わるようにわざわざ作られています。痛みの受容体に近いところや、その直上を刺せば痛みは何倍も強く感じます。不幸にも、直上を刺せば痛みが強いわけですが、それは人間の「自分の身を守るための防御反応」であり、刺した側の人間の問題ではなく、刺されたあなたの体の都合で痛みを強く感じています。それが証拠に切断面にギザギザ等の欠陥ある針で、自分の腕を刺してみればわかります。前回と同様の激痛は来ないことがわかるでしょう。ぜひためしてみてください。

       不幸にも、注射した後、一生その痛みが消えない者もいます。その原因はわかりませんが、本当に運悪く、いろんな要素が重なり合い、痛み信号が常に脳に送られる状態になってしまったのでしょう。このように人間の体は「防御反応として痛覚をはりめぐらせる」ことをしているのに、その機能が悪い方向に働いて人間を苦しめることだってあるのです。それは不運としかいいようのないものであり、針を刺した者に罪がありません。

       相手に明らかな落ち度のある場合なのか、故意にやったものなのか? はたまた針を製造した会社の製品チェックの手抜きなのか? そういった過失や悪意があるかないか?をしっかり自分の頭で考える癖をつけることを勧めします。その上で、明らかな過失であると思うなら、弁護士に相談するとよいでしょう。、

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