症状とはなんぞ?再確認

症状とはなんぞ?再確認

さて、ここではじめて医学の究極の課題である「症状とはなんぞ?」の再確認が必要になります。前に述べたように炎症は24時間365日体内で起こっており、症状とは炎症を体が「感じ取る」ことです。炎症を症状と感じるためのボーダーラインには非常に個体差があります。そこには
  1. 生体の脆弱性、
  2. 損傷細胞処理の鋭敏さ(抗体)、
  3. 炎症反応の鋭敏さ(補体の活動、神経末端からのプロスタグランジンやサイトカインなどの放出の鋭敏さ)、
  4. 炎症抑制物質の停滞(副腎皮質ホルモンなど)
の4つが密接に関わっています。 これらの全てが掛け合わさり、炎症が一定量を超えると初めて症状と人は認識します。「症状」というものを考えるためには「これら4つの掛け算が症状を作る」という概念を採用しなければなりません。
これまでの医学では、患者を診療する際に、まず
  1. 生体脆弱性はほぼ無視、
  2. 自己抗体は悪者という間違った考え方、
  3. 炎症反応物質は計測しても放出鋭敏さの個体差を考えない、
  4. 副腎皮質ホルモンをはじめ体内の炎症抑制システムの改善を治療に組み入れていない、
という状況でした。 さらに異常か正常か?の診断基準は1~4に対して個々に設定されており、これら4つを掛け合わせるという考え方が欠如していました。
例えば標準が10として、異常が15以上としましょう。生まれ持った生体の脆弱性が12の人は正常と判断されます。さらに抗体価が12であったとするとこれも正常、サイトカインの放出鋭敏さも12であったとすると正常、副腎皮質ホルモンの分泌量が低いという異常さが12とするとこれも正常。しかし、これら4つの掛け算では1.2×1.2×1.2×1.2=2.07倍=20.7となり、ボーダーラインの15をはるかに超えて明らかな異常値となります。これはあくまで考え方の一例です。
これまでの診断学では統計学に傾倒しすぎていたせいで、このような掛け合わせの概念が全く見視されていました。よって症状のある正常者、症状のない異常者に対し適切に診療ができません。将来の医学としてこれまでの診断学を改め、統計学でライン引きする悪しき習慣から脱却し、マルチに物事を考えていく必要があるでしょう。 次にこの4つを治療学的観点で解説します。

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