日常損傷学と達観点

日常損傷学と達観点

高齢者にしばしば起こる病気の原因は多岐に渡るため、それらの全てを推測することは極めて難しいことです。よって例えば更年期症状も自律神経失調症もその原因はいまだにわかっていません。 これらの症状はMRIでもCTでも血液検査にも現れず、診断は症状でのみ行い、治療の方法もないのが現状です。こうした日常に起こる不具合の原因を推理するためには医学を超えた大きな視点で患者を観察していく必要があり、普通の医学知識をどれだけ勉強しても病因推察能力は向上しません。 また、病因推察は教科書的な医学知識を超えているため、推察は「空想」とののしられ、空想することは「医師としてあるまじき行為」として罪人のように扱われる現状があります。いわば空想は医学ではタブーであり、その禁じられた領域に研究を進めることは勇気が必要です。 これまで医学は二次元的に白か黒かでしか診断を行ってこなかったわけですが、そのため医学はとても簡略化されてきたと言えます。そこにメスを入れることが日常損傷学であり、この学問を進めるには痛みを伴います。
現状として、空想をして許されるのは教授と名のついた医師のみであり、そのため教授たちの提唱する間違った空想が世の中には無数に存在し、間違った治療学が蔓延しています。 基本的に「なぜ不可解な症状が起こるのか?」の空想は達観した大きな視野で人間を観察する能力が必要であり一般的な医学教育を受け医学研究をしているだけの医師にはなかなか困難なことです。 なぜ困難かというと、欲が達観することを邪魔するからです。
例えば、痛みを除去するために右膝に関節内注射をしたら翌日、両下肢に浮腫が出現したという患者がいたとします。 プライドの高い医師が診察すれば気分を害し、「そんなことあるはずがありません」と一言で終わってしまいます。患者は「注射のせいで両下肢がむくんだ」と当然考えているわけで、医師からすればそれはいいがかりに聞こえるため気分を害します。 ここには医師側に「私のせいでこうなったと考える患者を許せない」という感情が働いていますが、「医師として尊敬してもらいたい」という欲、つまりプライドがこの感情の源になっています。 しかしながらこの欲(プライド)が注射→下肢の浮腫という因果関係を考察することを妨害していることがわかります。欲が真実の考察を邪魔しているわけですが、こういう真実の捻じ曲げは地位のある医者ほど強力になりがちです。欲を超えた達観点に立って大きな視野で診察すれば次のような推論を導きます。
  1. 注射時に皮下血腫を作ってしまい、それが飛び散って両下肢に静脈血栓を生じさせた可能性。
  2.  注射液のステロイドが原因でステロイドの副作用として静脈血栓を生じさせた可能性。
  3.  痛みがとれたために、この患者が久しぶりに椅子に長時間座ることができ、この長時間座位でいたことが静脈血栓を生じさせた可能性
しかし、これらの可能性は全て推論であり、推論したところで「自分の非」を認めることを推進させるだけとなります。 頭を働かせて推論させることで自分を窮地に追い詰めて医師にメリットはありません。メリットのないことに人は意欲を燃やせないという「基本的な欲」があるため、ほとんどの医師たちはこのような空想をしようともしません。 よって真実を追究するためには達観点に立つ必要があると述べたのです。自分の欲を完全に捨てた第三者の視点で患者を診察する視野です。
医師は教科書に掲載されていない症状を「患者のいいがかり」「患者の精神異常」として却下する傾向にありますが、その態度がいかに真実を見抜く目を曇らせるかを認識し、反省する時が来たのです。そのようにプライドに凝り固まった姿勢は多くの患者を不幸に陥れるでしょう。 医師が真実に突き当たるためにはこのプライドという名の「自己顕示欲」を完全に捨てた達観点に立つ必要があります。 しかし真実を追究することは名誉ある人々のプライドを傷つけます。

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