異所発火説という因縁(犬の怨念百年たたる)

椎間板ヘルニアの手術が初めて行われたのが1932年。それからまだ80年しか経っていない現在だが、椎間板ヘルニアがなぜ神経痛を起こすのか?についてはいまだ正しく説明できる理論がない(正確に言えばごく最近、解明されつつあるレベルまで進展した)。「理論がない」とは誰も理論を考え出していないという意味ではなく、間違った理論が排除されないまま真の理論が広まることを妨害しているという意味である。
椎間板ヘルニアを手術で治療しようとする脊椎外科医(整形外科医や脳外科医)にとっては、ヘルニアが神経根を圧迫し、そのせいで痛みが出る仕組みを一刻も早く証明しなければならなかった。
脊椎外科医は確かにヘルニアを除去することで痛みやしびれが完治することを体験した。手術中、神経根がヘルニアに押されて強い張力が働いていることを見た。ヘルニアと硬膜が癒着しているところを自分の目で確認した。そして術者たちは間違いなくヘルニアが痛みの直接的な原因になっていることを確信した。しかし、これが脊椎外科医たちにヘルニアの間違った考え方を植え付ける原因となった。数えきれない程の誤った手術を行わせる原因となった。
というのも、ヘルニアを除去しても痛みがとれない症例が続出したからである。さらに壮年者では症状が全くなくてもMRI上76%にヘルニアが存在する事実、そしてヘルニアが全く存在しないにもかかわらず激しい神経痛を患う人が少なからずいることなど、「ヘルニアが痛みの原因」とするには理屈に合わないことが続々とわかってきた。それでも脊椎外科医たちは「ヘルニアが神経根を圧迫して痛みを生ずる」という考え方を引っ込めるわけにはいかなかった。ヘルニア手術を開発した教授たちのプライドである。
痛みの仕組みが解明されればされるほど、ヘルニアが直接の痛みの原因になっているとする説は疑問視されてきている。なぜなら
  1. 神経が圧迫されて壊死すれば、痛みの信号も伝わらないはずである。
  2. 神経根自体には侵害受容器(痛みを感じ取るセンサー)がないのだから、圧迫されても痛み信号を発することはできないはず。だから肘部管症候群、手根管症候群、腓骨神経麻痺などでは痛みはほとんど出ない。ヘルニアはしばしば受容器のないところに出る。
  3. 神経根が圧迫されている症例でも痛みがない人が大勢いることを説明できない。
などの理由からヘルニアが圧迫して痛みを生ずるといいはっている医師たちに懐疑の視線が向けられた。
脊椎外科医のプライドはたいそう傷ついたが、それが余計に彼らに余計な研究をさせる破目となる。それが異所発火説というものである。

異所発火説とは

異所発火説とは神経根が圧迫されて脱髄変性→壊死となり、それがマクロファージに食される時、膜が再生する時にそこから活動電位が発生→痛み信号となって脊髄→脳へと伝わるという説である。
確かにこの説が証明されれば、脊椎外科医の勝ちである。脊椎外科医たちも自分たちの説の正しさを確信して、というよりも、自分たちの説の正しさを証明するために、犬の神経根を圧迫したり刺激したりして、そこから活動電位が実際に起こることを必死になって証明した。もちろん活動電位は測定できた。よって現在でも教科書には異所発火は真実であるかのうように掲載されており、上司に忠実な整形外科医たちはほとんどが異所発火説を疑いもしていない。この説についての真偽を述べることは後回しにするとして、異所発火説には多くの因縁がある。
異所発火説の実験には成犬を何十匹と用いる。犬の神経根に輪っかをはめたり、硬膜外腔に異物を挿入したり…かなり人道的に酷いことをする。実験にされた犬たちは壮絶な苦痛を味わい夜な夜な吠えて、都心にある大学ではかなりの近所迷惑となる。それよりも、犬の実験を「私がやります」と名乗りを上げることは、同僚からも白い目で見られる。「犬殺し」というあだ名までつけられるくらいに嫌われることもある。
だがそうまでして犬を殺すメリットは十分にある。それは博士号をほぼ必ずもらえるという点。教授に誉められてよいポジションにつけるという大きなメリットである。異所発火説はそれほど脊椎外科医にとっては自分たちの行う手術を肯定するために絶対に必要な砦であり、証明して欲しい説なのだ。まさか、犬を何十匹も殺して作成した論文を駄作扱いにできるはずもなく、論文発表後には難なく博士号が教授から進呈される。犬の命が奪われることの代償である。
  異所発火説は日本に限らず、世界の脊椎外科医に証明することを義務付けられた課題のようなものである。よって世界中で犬が何万匹(合計)とこの説を証明するための実験に使われている。そして殺され、神経根の組織の電子顕微鏡像を収集する。
こうなれば異所発火説が嘘であろうと本当であろうと関係ない。これだけの犠牲を払って証明した説は嘘でも本当に化けてしまう。犬を殺した医師たちは、その虐殺の罪の意識が一生消えない。同僚の医師からもそのことについて陰口を言われる。そうやって証明した怨念のこもった説が覆されては困るのだ。
この怨念のこもった研究に携わった教授陣達が、または研究員が、存命のうちはこの説は消えてなくならないだろう。それが間違いであったとしても、犬の怨念は百年はたたる。このたたりによって異所発火説は今後も半世紀はなくならないことを保証する。よって脊椎外科の教科書には必ず異所発火説がさも正しい説のようにして今でも掲載されているわけである。そういうことを知らない新米の医者たちは、教科書を鵜呑みにし、異所発火説を信じる。よって当分の間、真偽はどうあれ教科書から消えることはない。

異所発火説が間違いと思われる根拠

  1. ヘルニアの痛みは急激に(例えばくしゃみを原因として)やってくる。脱髄を起こしてマクロファージに食されている時間差はない。
  2. 慢性の疼痛は何時間も何日も、何カ月も消えることなく襲ってくる。異所発火でそれほど長期の発電の持続は説明できない。血行が不良部で長期発電は不可能である。
  3. 圧迫されて脱髄となる組織像は肘部管症候群や手根管症候群でも見られるが、それらの症状は痛みがメインであることはほとんどない。しびれや麻痺がメインである。
  4. 神経を圧迫すると大径有髄線維から侵される。すなわち、もしも異所発火が起こるとすれば、触覚や運動神経から起こるはずである。しかし、筋の痙攣や異常触覚などという症状は、ヘルニアの主症状であることは少ない。主にヘルニアは痛みが中心である。
  5. ヘルニアの主症状は耐えがたい痛みであるが、痛みを伝えるAδ、C線維には異所発火がもっとも起こりにくい(細い線維は障害されにくく、再生力が極めて強い)。ヘルニアなどによる痛みは速度の遅い鈍痛が多いが、これはもっとも細いC線維由来である。C線維はもっとも異所発火が起こらない線維である。
  6. 神経根は圧迫に極めて強く、理不尽なほど強い圧迫でなければ脱髄が起こらない。理不尽なほど強い圧迫はヘルニアのみでは起こりにくい(脊柱管は意外と広く、神経根は後ろによける)。圧迫が痛みを起こすという考え方には少々無理がある。壮年者ではヘルニアによる神経根の圧迫を認めても痛みを訴えないことがほとんどである。
  7. 最新の神経因性疼痛のシステムの全容が解明されつつある(神経因性疼痛参)。
  8. 後根神経節を刺激すると発火することを主張する者もいるが、そもそも後根神経節には侵害受容器が存在し、ここは「異所」ではない。しかも、後根神経節に侵害受容器が存在することをまだ知らない医師も多い。
  9. 再生された神経の部分に侵害受容器が現れることもあるが、その場合、「異所」ではない。「異所」の定義はあくまで侵害受容器がない部分であるはずである。侵害受容器の発現した神経断端やDRGを異所というのなら、そもそも定義自体がおかしい。
  10. そもそも犬の腰椎は人間の腰椎と大きく違う。それは人間の腰椎は犬の腰椎よりも可動域がかなり大きいことである。犬で人間の腰椎を再現するのは適していない。
 
異所発火説が理論的に間違っていることはおそらく、世界の整形外科の教授と名のつく人たちは薄々勘付いているはずであろうと思う。だが、それを認めると整形外科全体の威信が大幅に低下する(現在でも脊椎手術の信用性は一般市民の間で極めて低い)。患者たちから整形外科離れが起こる。しかも、多くの教授たちの顔に泥を塗ることになる。さらに犬の怨念もある。彼らに真実を追究する勇気はないだろう。
だが、私のような野良医師がこのくらいのことがわかるのだから、柔整師やカイロプラクターもとっくに異所発火説が間違っていることに気づいているであろうと思われる。インターネットでは異所発火説を否定するような内容の書き込みが非常に増えてきた。今や、異所発火説を肯定するのは脊椎外科医のみではなかろうか。
さて、このような時代の流れから、ヘルニアを除去すれば痛みがとれると考えているのは最近では脊椎外科医のみであろう。ペイン科、神経生理学者、薬学部などの疼痛研究に従事する者たちは異所発火説などを支持する者はまずいない? いやいるかもしれないが。実は、異所発火説が否定されれば、影響を受けるのはヘルニア手術だけではないのである。整形外科の診断技術までが否定され、威信が失墜してしまうようなことが起こってしまう。
例えば整形外科診断学では絶対的な存在であるSLRテスト、ラゼーグ徴候。これは坐骨神経伸展テストとも呼ばれるが、要するに坐骨神経が引っ張られるとヘルニア部で異所発火が起こり、痛みが出ると考えられている。異所発火説が嘘ならこのテストの信頼性は失墜する。ちなみに神経根にはHoffmann靭帯が存在し、神経根はある一定以上引っ張られ過ぎないようにストッパーがついていることが最近の解剖学で判明しているようだ。下肢を伸展位で挙げて行くと坐骨神経が引っ張られて…痛みを起こすという仕組みは、厳密にいえば違うようだ(これについては別に記述する)。
さらに、異所発火説の誤りが証明されれば、梨状筋症候群、胸郭出口症候群もその存在自体が疑問視されることになる。なぜなら、これらは筋肉によって神経が圧迫を受け、その場所に痛みが発生するという異所発火説で成り立っている病気だからだ。
何度も言うように、手根管症候群や肘部管症候群などでは、たとえ神経が圧迫され、軸策変性しても、痛みがメインの症状とはなり得ないことがわかっている。にもかかわらず、なぜ梨状筋症候群や胸郭出口症候群のメインの症状が痛みなのだろうか? 明らかにこれらの症候群は病態生理が間違っている。整形外科医はこれらの病気の治療のために、筋肉を外科的に切るという治療をこれまで行ってきたが、それらは過ちであった可能性が高い(もちろん、筋肉を切ることで症状が緩和することは否定しない。が、それは根本原因の治療ではなさそうだ。)
異所発火説が誤った説だということが判明すると、整形外科全体が困ることがたくさんある。だからそう簡単に修正されないはずである。教科書が修正されない限り、当分の間誤った手術が世界中でなされるだろう。もちろん今もなされている。だが、私にはそれを止めるすべはない。
私は一人の整形外科医として、こういう状況を恥ずかしいと思っているが…犬の怨念はそう簡単にはなくならない。ひっそりとインターネットに事実を流し、誤った情報の修正が少しでも早く行われるよう、日本語で世界にプレッシャーをかけるのみである。相手は日本の医療ではなく、世界の医療なのだから。
追信:異所発火説に疑問を抱いているのはもちろん私だけではない。ただ、ある者はこの疑問を利用して整形外科の権威を落とし、自分の疼痛理論が正しいと主張し、自分勝手な治療法を打ち立ててネットに流している医師もいる。トリガーポイント注射がそれに当たる。彼らにも生活があり威信が必要であろうから、頭ごなしに否定はしない。だが、いろいろと疼痛の原理が解明されてきた現在、もう少し新事実を勉強し、言い過ぎてしまった自論を少しずつ修正していってほしいと心から願っている。少しずつでいい。
もちろん、私も言い過ぎているかもしれない。私はプライドや商売のために自論を主張しているわけではないので、いつでも修正する準備はできている。私は常に真実を見ようとしているだけの野良医師である。地位も名誉もない。潰されようにも野良はもともと潰れている。  

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