第七十七話 背筋を伸ばす

 私の診療所には開業以来ほぼ毎週腰椎のブロック注射を受けに来ている来年九十歳の男性の方Kさんがいます。この方は十年前に腰椎固定術を受け、その数年後に歩けなくなってしまいまして、手術した病院でも「もう何もできない」とさじを投げられました。そこで私が六年前から毎週ブロックを行い、やっとのことで歩けるようにして彼の命をつないできました。

なぜ、毎週なのかと言いますと、盆や正月でブロックする間隔が二週間になってしまうと、途端に歩行ができなくなるからなのです。ですから、この方だけは私が6年間、ずっとていねいにブロックを続けてきたのです。私が今の町に開業したのはこの方を見捨てるわけにいかなかったからという理由が最大でした。今では背がアルマジロのように曲がっていて、5分立っているのがやっとです。

 でも最近Kさんは顔色が悪く、奥様から見ても「このままでは命が危ないかもしれない」というほど衰弱していました。そこで奥様は1か月ほど前からKさんにご加持をすることにしたのです。しかも全身に対して懇切丁寧にです。

「Kさんの背骨をピンとさせる!」と奥様ははりきっています。

ご加持後、Kさんは「からだが軽くなったねえ」と言って帰っていきましたが、奥様のご加持に関しては最初は信用していないようでした。

 次の週、Kさんが来院した時は顔色が戻っていました。背筋もわずかに伸びています。奥様はヒーリングを信じていないKさんに対し、今回も念入りに全身を15分近くかけてていねいに、一生懸命ご加持します。私はすごいなあと感心します。なぜなら、自分のご加持を信じていないKさんに、誰よりもていねいに一生懸命奥様が治療をしているからです。「背骨をピンとさせる!」とはりきっています。料金も頂かないのに、これだけていねいに治療するとは・・・

 そしてその次の週、Kさんが来院したときにはかなり背筋が立っていました。

「最近調子いいねえ。」と言います。

「なぜそんなに調子いいと思います? それってご加持のおかげなんですよ。」と私がいうと

「先生の治療のおかげだと思うなあ。」とKさんはよくわかっていないようです。

「でもね、私が今まで何年も治療してきて、一度でも3週間以上あけても大丈夫って思うほど調子よくなった時期がありましたか? 考えてみてください。そんなことかつて一度もなかったでしょう? こんなに調子がよくなったのはご加持を2回受けてからだと思いませんか?」

「そういやあ~そうかもしれないなあ~」とはいうもののまだ半信半疑のようです。

「そりゃあね、Kさん一人だけにこういうことが起こっているなら偶然でってこともありますけど、私はいろんな患者さんがご加持後に奇蹟的に良くなっているのを見ているわけですよ。だから私にはご加持のおかげだと判断できるんですよ。」

「そうなんだ。それじゃあお金払わないと悪いよ」というので

「まあ、今は研修中なのでお金はいただきません。」と返しておきました。

「とにかく、ここまで劇的に良くなっているのはご加持のおかげですから、覚えておいてくださいね。」と念を押しておきます。

その後、このKさんは成田山や深川の不動さまをずっと信仰していたことを奥様に話したそうです。そして、奥様のご加持も不動さまの力と知ってびっくり。不動さまへのお布施として毎回、心ばかりの治療代を持ってくるようになりました。

そして、ご加持数回後、遂に「先生、注射しなくていいよ。調子がいいから」

「え?!注射しなくていいんですか?参った、こんなことこの6年間で今までなかったことだよ。いや~参った。ご加持のおかげだ」

「ほんとにありがたいことだね。よく聞くと不動さまのお力だそうじゃないですか。ありがたいね~」

というまでになったのです。一緒にいつも付き添っているヘルパーさんも「ほんとに元気になりましたよ。背も伸びてますし!すごいですね」とその成果を認めていたそうです。これは快挙です。奥様の頑張りの成果です。

私たちは常に「他の医者が治せない症状を治す」ということを行ってきました。そしてご加持はその究極の超能力です。

しかし、せっかく秘術を使って改善させても、それは「偶然で治った」と思われることほど残念なことはありません。私たちは奇蹟的な治療を行っていますがその対価分に見合う料金を頂いていません。だからこそ、感謝の気持ちをばねにして奉仕活動をします。

しかし、「偶然で治った」と言い張る患者は、感謝の気持ちを芽生えさせません。私たちのことを恩人だと思うこともありません。

 最終的にそうした都合のいい考え方や行動は自分に返ってきてしまい、せっかくの治療が台無しになってしまうことがあります。私たちは感謝や敬意を欲しいと思っているのではなく、それらの気持ちは「自分自身を治していくために必要な考え方」だと言いたいのです。なぜなら、感謝や敬意のない方は私たちのアドバイスを無視する傾向があり、治りが明らかに悪いというデータがあるからです。ご加持は神仏の力を借りて行うものですからなおさらです。

だから私はKさんに、「ご加持で改善しているんだ」ということをどうしても理解してほしかったのでした。奥様の存在は極めて希少であり、施術の希少価値は極めて高いのですが、猫に小判を見せてもその価値がわからないのはやむを得ません。それでも、神仏を信じる人にはわかることがあることも知りました。

以前、奥様はうなだれ首の男性患者をご加持1回で首をしゃきんとさせたことがあるのですが、つい先日も、80代女性の最近うなだれてきた首にご加持を行い、これも1回でしゃきんとさせ、そして2週間後の今日も姿勢がしゃきんとしているのを確認しました(うなだれ首は現医学では治す方法も原因も不明の疾患です)。

左は必死に姿勢を保とうとしてがんばっているところ。がんばらないと首が垂れてきます。左の姿勢はもって数十分。ところがご加持をすると右。1回の加持で、その後は首がさがらなくなり完治しました。右の姿勢のままずっとキープできたのです。私が1年近く治療してやっと左のような状態にまで改善させたの症例でした。

奥様が言うにはこの男性は自他ともに認めるメンタルの弱さがあり、診療所に来たときは妻や娘にも頭が上がらなくいつも怒られてて診療所に来てもなにか不安で震えが止まらなかったそうです。胃も痛くなくても不安で胃薬を飲むほどの弱さで、それが、加持を始めた途端、顔色も生き生きとなり、考えも前向きになり、震えも止まり周りの人からも人が変わった良くなったと言われるようになったというから驚きです。一度の加持で首が完全に上がった後、笑顔も増え、メンタルも強くなってご加持をしていたときに奥様までも痛くなっていた胃の調子も良くなったそうです。

奥様は高齢者の背筋をしゃきんとさせるご加持が得意なので今は喜んで高齢者に無料でご加持をやっています。

 そうかと思えば、変形性膝関節症で膝の痛みを訴えている認知症のおばあさんが、娘に連れられて来院したかと思うと、これまた奥様は膝の治療ではなく認知症や全身の冷えに対するご加持を数十分かけてサービスで行っているではありませんか。

 私の診療所では「膝の注射の患者」は採算が合わないので歓迎されていないのですが、そういう採算のとれない患者で、かつ認知症だから奥様に感謝さえすることがないし、良い結果が出てもそれを伝えることもできない患者に対してみっちり丁寧にご加持を行っている奥様を見て私は

「まあ、奉仕活動でよくやっているなあ」と感心します。恩を返さないことが確定している人々に対し施すとは・・・なかなかできないことです。