第七十五話 お不動様がやって来た

 「明日は水曜日だけどN不動寺に行くの?」と不意に私は奥様に訊ねます。

「明日は行かないと思う。」と返事。

「そうか、じゃあゆっくりできるね。」

「だから明日の昼はMホテルでランチビュッフェどう?」と奥様は私に振ってきたので

「いいねえ」と話して寝床につきます。ところが・・・奥様、四時半にむくっと起きて

「やっぱりNに行く。」と突然言い出します。身を挺した奥様のギャグです。

「わかった。行ってらっしゃい。」と私はいつものことだ、と思い即答です。

なぜ、こんな唐突に奥様が行動するかというと、それは「胸騒ぎ」を感じる能力があるからです。奥様が「いかなきゃ」と思う時はたいてい重要な出来事が起こります。だから私も奥様の行動に口出しは一切しません。不思議なことに奥様の胸騒ぎが外れたことがありません。

奥様は上野発朝五時発の列車に乗ってN不動寺に行ってしまいました。

 私は朝8時に目覚め(休日なので)ゆっくりしていると9時に電話が鳴ります。

「あのね、今お不動様を抱えているの!」

「えっ! まじですか!」

「でね、上野に10時4分着。」

「わかった。丸井の前で待っててくれる?車で迎えに行くから。」

「わかった。」

と、まさか今日お不動様の分身をいただけるなんて全く考えていなかったものですから面喰いました。私にさえ事の重大さがわかります。

奥様を迎えに行くと両手いっぱいの荷物でした。お不動様は気の箱にしまわれてオレンジ色の布に包まれていました。

あとは自分のバッグとパソコンバッグと細長くくるまれたものを持っています。これだけの荷物を一人で持つとなると相当大変だったことがわかると同時に、お不動様を持っていることで奥様がかなり緊張していることも予想できました。後は一部始終を車で聞きます。

「今、とても熱いの。お不動様がすごく熱いの。」と奥様が言います。

「そうだろうね。波動ににぶい俺でも感じるよ。頭がふわふわする。」

「今日ね、いろんな話を聞いてきたの。お不動様の分身は早く持って帰らないとN不動寺の分身になってしまうから今日持って帰りなさいって言われたの。

でも今日はパソコンも持ってて手荷物がいっぱいでどうしようかと迷ったんだけど結局がんばって持って帰ることにしたの。」

「そうか、それは唐突だったけどよかったね。」

「そうなの。節分まで待つのかと思ったらできるだけ早い方がいいって言うから驚いた。それでね、これからますます悪いものも寄ってくるからそれから護るためにも一刻も早くお不動様を持ち帰った方がいいってO先生が言ってた。力が強くなればなるほど、悪いものが寄ってくるって。それで加持をしている最中に魂を持っていかれることがあって、お亡くなりになる人も多いんですって。だから早く分身を持っていきなさいって言ってくれたの。」

「そうか、それは本当にありがたいよな。O先生は本当にわかってくれてるからな。」

 ご加持というものの、奥様の能力は日増しに上がっていますが、上がれば上がるほどより邪悪な波動と遭遇することが多くなり、そして場合によっては命を奪われることがあるとのことです。それらに対抗するためにO先生は全力でサポートしてくださっています。O先生はそれなりにお年をめしておられますので東京に来るだけでもきついそうです。だからこそ奥様のような能力者に託して下さっていると言います。

「分身をいただくときに、今まで聞いたことのない真言のお唱えしてもらったの。それはそれはありがたかった。」

「密教だからね。表に出さない秘密のお唱えがあるんだよね。」と私は相づちをうちます。

「そうそう。それでね、O先生にも師匠がいてね、その師匠は明治から昭和にかけて日本を裏で支えたすごい能力者の一人なんですって。N不動寺はその系統を受け継いでいるから本当にパワーが絶大だって言ってた。すこしずつだけどいろいろ教えてもらってる。」

「そうか、もしもK(奥様)がもっと能力をつけて人様のお役に立てるようになったら10年後はO先生の後継者に選んでもらえるかもしれないよ。だって、本当に人々を救済できるのなら、O先生も自分の力を伝授した方がいいって考えてくださるかもしれないから。」

とまあ、O先生からの密教の継承など今のところあり得ないとは思いますが、奥様がどんどん成長していけば事態がどうなるかは予想がつきません。

 明治から昭和にかけて日本を裏で支えた能力者の弟子がO先生で、その弟子が奥様となったわけで、三代目です。しかし奥様はは僧侶ではありませんのでこの先の奥様がどう変わっていくのか想像もつきません。

 ただ、この時点で私にはどうしてもわからなかったことがあります。どうして奥様がお不動様を家に持ち帰らなければN寺のお不動様になってしまうのか? その意味が全く不明なのです。そして仮に、今持ち帰ったお不動様が奥様のお不動様になったとして、それが何を意味するのかも全く分かりません。いずれわかるようになるのでしょうか?

 さて、家に到着してちらかっている部屋。ソファーにお不動様の入った気の箱を置きましたが、これではお不動様が気の毒です。そこで私は「仏具を買いに行こう」と提案します。

奥様は一瞬、躊躇したようですが、「銀座の長谷川が一番近いよ。」と奥様は地図検索してくれました。

「じゃあ行こう」

とさっそくタクシーで出かけました。

中央通りに行くと歩行者天国になっていて、通ることができず、長谷川に行く前に現代仏具という店がありました。私はこちらの店が気になったので「ここにしよう」と言ってお店に入ります。

 ここにはかなりおしゃれでモダンなつくりの仏壇が置かれてありとても格好いいなあというイメージでした。

 しかし、奥に進むと奥様が「何かある」と言い出し、胸を苦しがります。仏具屋さんだからそういう波動があっても不思議ではないだろうと無視して仏壇を見て回ります。

 すると、ブラウンをベースにしたとても格好のいい仏壇があったので奥様も私も「これ格好いいね、これにしよう。」と意見が一致し、さっそく購入することにしました。

 さあこれでよし、と家に帰ると奥様は真っ先にO先生に仏壇の写真をLineで送って確認します。すると

「お不動様は仏壇に入れたらだめです。囲ってはいけないの。そこから動けなくなっちゃいますからね。」とのお言葉を受けました。

「そうだよね。お亡くなりになった人じゃないんだから、入れるのは変じゃないかと思ったと師匠に話したの」と奥様。

私は「これはやばい」と思い、さっそく仏具屋さんにキャンセルの電話を入れて再度同じ仏具屋さんに向かいました。

そこで格好いい木の台と木の座台とろうそく立てやおりんなどを購入し、さっそく持ち帰りました。

そしてお不動様を奥様が組み立て、そして今日買ってきた木の机の上に安置しました。すると奥様の胸の痛みがすっと治ったのです。

あまりにもタイミングが一致し過ぎているので単なる偶然とは思えない私たちでした。

「あれはお不動様が仏壇はダメだっていうお告げだったのかも」と奥様が言います。

「そうかもしれないね。合図を送ってくださってたんだ。その時に気づけばよかったなあ。でもよかった。結局うまく行ったから。」と胸をなでおろします。

これからは家に帰ると毎日お不動様と会うことができます。そして奥様が毎日お唱えをすることで、奥様のお不動様となっていくそうです。