第七十三話  奇天烈な会話

 今日は霊能者のT先生が再び来院する日です。私も奥様も緊張気味です。霊能者にご加持治療をしてもよいのだろうか、おこがましいのではないだろうかと思ってしまうからです。ですが私は奥様に

「能力者であっても自分の体はなかなか自分では治せないんだから、やって差し上げるべきだと思うよ。」と励まします。

 T先生は視力と聴力が弱って来ているのでそれをなんとか私の上頚神経節ブロックと、奥様のご加持で改善させたいと願っています。T先生はとてもフレンドリーな先生で私たちと同じ目線でいろいろと話してくれます。だから話しやすいので私はいろいろと質問してしまいます。なにせ能力者としては何十年も先輩ですから、まだ1年選手の奥様(やっと2年目)の指針を訊ねるにはとてもありがたいわけです。

 ただし、少し気にかかるところは、T先生は日蓮宗ですので真言宗とは相性がよくないことです。日蓮宗の開祖者である日蓮上人はもともと天台宗の信徒であり、天台宗(最澄)は真言宗(空海)と因縁があることは歴史上皆様もご存じだと思います。その流れに加えて日蓮上人は真言宗を「国を滅ぼす宗教」と宣言したこともあって日蓮宗と真言宗はあまりよい相性とは言えません。それで私たちは多少、気を使わざるを得ないのですが・・・

T先生は奇策なお方なので奥様が真言宗であることは気にせず治療を受けていただいています。

 奥様は前回同様T先生にご加持しますが、今日はなんと両手が円を描くように旋回します。このように能力が高い方に治療をすると、奥様には予期せぬことが起こります。奥様の能力とT先生の能力とが干渉しあうからでしょう。

「今日はね、背の低いお不動様ときらきら光る観音様がここにおられましたよ。」とT先生はいいます。背の低いお不動様とは八千枚護摩の時に心を入れていただいたお不動様かもしれません。

「えっ、観音様ですか!? 十一面観音様かもしれませんね。」と私は驚いて声を上げます。

「そうかもしれませんが、何か光ってました。」とT先生。おそらく、はっきりくっきりと全貌が見えるほど映像がクリアでないのでしょう。

「今日は観音様ですか、いろいろな方が降りてこられるのですね。」と私が言うと、

「そうなんですよ。日によって違うんですよ。よくね、私にはなんとかがついている。とか言う人がいますが、ついている方は同じとは限らないんですよ。」と説明してくれました。能力の強い方とお会いするとこんな風に新事実を聞けて楽しいです。

 奥様はこの話をそばで聞いていたのですが、すると奥様の様子が少しおかしくなります。

「何かが来てるんです。お母様でしょうか。茶が飲みたいって言ってますよ。」と奥様が言います。

「あら、そうなの、母は濃い緑茶が好きでねえ」とT先生が言いだすと

「そう、そう、緑茶がええんよ。緑茶が。」とT先生のお母様が瞬間的にずどんと奥様に憑いて奥様がしゃべりだします。

「あら、大丈夫。」とT先生は奥様を気遣ってくれます。T先生も能力者なので憑依されると体力をかなり消耗することをよく知っているからです。

「たぶん、お母様が会話に入りたかったんでしょうね。きちんと治療させていただきますのでご心配なく。」と私は憑依された奥様に向かって言います。

こんな風に、患者が能力者であった場合には奥様に予期せぬ異変が起こると同時に霊の憑依も前触れなく突然ズドンと起こります。さらにはお不動様や観音様まで来られていることがわかり奇天烈な事件がバラエティに富みます。

 その夜、T先生と一緒に診療所近くのフレンチレストランでお食事をしました。そこでいろんな話を聞くことができました。

T先生がお告げを聞いて山奥の仏像を発見したことがあったそうです。その次の日に知人の仏像の前でお経を読んでいて、ふとその仏像を見ると眉間の部分にきらきら光ったダイヤのような石が出現したという話。発見した仏像とお唱えしている目の前の仏像はとても似ていて、対になっているようです。発見してくれたお礼としてダイヤが出現したということらしいです。普通にはあり得ないのですが、T先生はその写真もお持ちでした。奥様の師匠のO先生は祈祷をしていると金粉が舞い降りることを私知っていますので、ダイヤのような鉱石が出現しても「あり得る話」と素直に聞けます。

そう言えば、奥様はT先生が来院する前、自分の両手にきらきら光るものが出現し、私に見せてくれました。汗か、塩の結晶か?とも考えられますが、水で手を洗った後もきらきらしていましたので塩の結晶ではないでしょう。奥様にもそうした奇妙な現象を起こす片鱗が見られます。 と、まあ、能力者にかかるとこのような突拍子もない手品のような話は日常的にあるようです。参りました。