第七十話 二体のお不動様

 今日は12月10日で8千枚護摩焚きの行の最終日です。私と奥様は朝の6時に車で出発し、8時前にはお寺に到着します。

 すでにお不動様の真言「のーまくさーまんだばざらだ・・・」のお唱えが外に響いています。私たちもお堂に入り護摩焚きの火の前で一緒に「のーまくさーまんだ・・・」をお唱えましす。8時のお堂は護摩を焚いていても寒く息が白く見えます。

 お堂には4人の僧侶、5~6人の行者がおられます。8千枚護摩の行の主役であるH先生は荒行の影響で倒れそうにふらついており、いつ意識が消失してもおかしくないくらいに衰弱されていました。不眠不休で断食をされながらの行だからです。多くの人の願いを叶えるために不動明王様を護摩の火に降臨させるために難行をしています。驚くほどの自己犠牲です。

 あたりを見回すとまだ信者の方はそれほど多くなく10人くらいしかいません。おかげで私たちは十分落ち着いてお唱えができます。

 思い返せば丁度1年前の今日、奥様は初めてこの護摩焚きの行に参加し、そこでトランス状態になりました。人生初のトランス体験であり、これをきっかけに次々と超能力が芽生えました。

 今日は大丈夫かなあ?と私は横目で奥様を見張っています。が、軽く旋回運動をしているのみでした。左右の人に迷惑をかけない程度の旋回です。奥様はこの1年で波動をかなりコントロールできるようになったので制御不能なほどのトランスに入ることはなくなりました。

 ほどなく護摩の火に祈願を書いた護摩木をくべる時間がやってきます。まずは両手にお香をすりこみ、僧侶に聖水をかけていただき、鈴のついたすだれのようなもので頭をなでてもらい、悪い波動を落とし、お不動様のよい波動をもらいます。

 奥様は1年前はこの聖水をかけてもらった時に「衝撃が走った」と言っていましたが、今年も「衝撃が走った」のは同じだったようです。

「でもね、今年はあまり迷惑をかけないように、ビリっと来ても必死に反応を抑えてました」と私に告白しました。1年ですごい成長を遂げた奥様でした。

 お唱えをすること2時間。すると参拝者が急に増え始めました。その中に私の診療所の患者様が4組ほどいました。うち一組は宮大工の方です。診療所の隣にミニお堂を作るためにお寺を見学に来たようです。でも申し訳ないのですが話し合いをする時間がありません。宮大工の方は私たちに手土産をくださいました。そしてお寺の写真を撮って帰りました。

 奥様の師のO先生はちらっと奥様にかけより

「あそこに飾ってある白木のお不動様とけやきのお不動様があるでしょう。あれがあなたにあげるお不動様です。どちらがいいか選んでおいてね。」と言いました。

「え?!2体ですか??」奥様は心臓がバクバク高鳴るほどの驚きと喜びです。あそこにあるのがお不動様の分身です。そしてこの8千枚護摩の行で心を入れます。

「どちらか選べって言われても、選べない。どうしよう。」と奥様は私に相談します。

「あなたが決めることだから・・・」と私ももちろん決められません。

「最初は1体っていってたのに、いつのまにか2体になっちゃったみたい。2体ってことは、どっちも縁があるってことかな?・・・ならばどっちもほしいんだけど、両方って言ったらダメかなあ」

「それは、ダメでしょう」と私が言います。さすがに両方は図々しくて無理でしょう。

  8千枚を火にくべ終わったのは正午を過ぎていました。そこからは100枚以上はあると思われる木のお札を僧侶の方々が一つ一つていねいに炎に通していきます。

「これが心を入れるというやつか・・・」私は初めて見ました。H先生が命をかけた難行で心をいれているわけですから心のパワーは強いでしょう。

心を入れているところ

 このような心というか、波動を入れ込む作業はそれを行う行者の法力に依存するそうです。H先生は今回で13回目の行であり、行者としては一人前どころかおそらく日本屈指の行者であると思います。小さなお寺ですが力は強大だと感じます。

 私たちは2体のお不動様に心を入れているところを見ることができて幸せだと思うと同時に、この二つのどちらかが奥様の手元に置かれるわけですから、奥様の鼓動は高まります。

 8千枚護摩の行が終わったのは午後2時近くですが、周りを見るとざっと300人近くの参拝者がいました。小さなお堂が満杯です。毎年毎年参拝者が増えているそうです。ご利益のパワーが強いのでそれにあやかりたい人が人々を呼び集め、このように増えていくようです。

 まわりを見渡しても奥様のようにトランスに入っている人(揺れている人)は一人もいません。やはり奥様のような人はそうそういないのだなあと感じます。

 このお寺はそれほど大きくはありませんが、3百人近くの参拝者が訪れているにもかかわらず、参拝者全員にカレーライスとイチゴのデザートを配ります。「お不動様のご利益をいただいたのに、それを帰りの外食で悪い気を受けるともったいないから、外食せずに直接帰宅してくださいね」という意味がこめられています。

 ですが、地味にすごいことは「何人参拝者が来るのか全く予測がつかない」ところで3百食分を用意しておくことです。O先生はだいたいの参拝者数を予測していたそうです(毎年人数が膨れ上がっているというのに)。さすが奥様の師です。

 さて、O先生は参拝者の接待に忙しそうでしたが、その隙間をぬって奥様が師匠のO先生のところに相談しに行きます。

「診療所と自宅の両方にご不動様の分身を置きたいので、もしよかったら両方いただけないでしょうか??」と、恐々とながらも大胆にもご無理を言ってしまいました。

 O先生は一瞬ためらわれた様子でしたが「ん~~いいわよ。」と。

「えっ!」私はO先生の返事にぶったまげるほど驚きます。そんなことがあり得るのか・・・と自分の目を疑います。そんな無茶な話は通らないでしょう。普通は。普通ではないことが今ここで起こっています。

普通ではないことが通ってしまう意味を逆に考えなければなりません。その意味は奥様には重責があるということでしょう。そして奥様が背負っているものの先にはO先生が現世で成し遂げなければならない重責と重なるものがあるのだろうということです。そのために2体が奥様のところへ渡ることが必要だったということでしょう。

 O先生は「分身を奥様に分け与えなさい」というお不動様のお告げを聞いたと言ってましたから、奥様を支えて協力する宿命を感じているはずです。

なぜ今回の8千枚の行で2体のお不動様があったのか? それはなんとなくなのか? その2体とも奥様の手元に来ることが運命だったのか? いろいろと勘ぐる私ですが、私の頭でいくら考えてもわかるはずがありません。それがわかるのは未来において奥様がどのように成長していくかの結果です。そしてこれから私たちが進む道はいばらの道であることをにおわせます。とにかく奥様は大喜びですが、私たちは避け難い運命の道を歩んでいることを実感せざるを得ませんでした。その重責から逃げないことをとっくに覚悟しています。私も奥様も。