第六十九話 ゴッドハンド

「熱いですね。ホカロンを当ててるみたい。いや、それ以上の熱さかも」と奥様のご加持を受けた方は口を揃えてそう言います。

 最近は来院した患者のほぼ全員に奥様はサービスでご加持を行っています。どのように治り、どのように診断ができるのかの臨床データをとるためです。私は医師ですからデータはできるだけ科学的に解析します。治療法がオカルトであれそこのところはきっちりやります。

 手を当てれば温かくなるのは当たり前と思うかもしれませんが、では実際に自分の手をうなじに当ててみましょう。どんなに手が温かい人でもうなじを触れば手のほうが冷ややかに感じるでしょう。

 奥様が手を当てる時、最初から手が熱いと感じる人はいません。手は体幹よりも温度が低いので最初はやや冷たく感じます。しかし、病変のある部位に手が行くと奥様の手が熱くなります。ですが、奥様の実際の手の熱さよりも体感的には熱く感じます。不思議です。奥様の手はまるでマイクロ波です。マイクロ波とは電子レンジの波動です。水分が存在する場所でのみ物体を振動させて熱エネルギーが発生する仕組みと似ています。オーブンのように周りが熱いのではなく、周りはそれほど熱くないのに物体だけが温まる電子レンジです。

 奥様自体はどう感じているかというと、病変のある部分に手を持って行くと「病変部分が発熱する」と感じ、自分の手が熱くなるというよりもむしろ、病変部分の熱を感じ取って熱さを感じると言います。だから奥様は病変部位が自然とわかるそうです。

 私と奥様は昨日バーミヤンで食事をしていたときにどうやら変な気と風邪のウイルスをもらってしまったようです。

私たちのとなりのボックスには極めて派手な衣装をした60~70代の大金持ち風の女性が、何人かの男性をひきつれて、桁外れにぶっとんだ自慢話を大声で延々としていました。キャリーぱみゅぱみゅに気にいられたとか、NASAに招待されていてVIP扱いだとか・・・

それはそれは庶民が絶対に体験できないような自慢話です。そしてとにかくうるさい。容姿はおせじにもよいとは言えず、強烈なコンプレックスを持っているように思えました。さらに途中で男性メンバーが入れ代わり・・・そんな大金持ちがバーミヤンで自慢話するのはやめてくれと言いたかったのですが、メンバーが入れ替わったとたんに奥様の気分が悪くなります。「あの人たち、何か悪いものが憑いてる。」と言います。奥様は気分が悪く「戻しそう」というので、そそくさとバーミヤンを出ました。

「あのコンプレックスまみれの女性は、魑魅魍魎を引きつけて歩いているのを知らないんだろうね」私は奥様に話します。そして、その魑魅魍魎のおかげで私たちまで体調を崩します。

 家に帰って布団に入ると、二人とも同時に咳をげほんげほんとし始めます。風邪の予兆です。悪い気とウイルスの両方をもらったようです。

 奥様は一晩寝て元気になったようですが、私は胃腸の調子が悪いままでした。

次の日は休日で、近くのイトーヨーカドーに昼食をとりに行きました。奥様は私の腕に手を回したのですが、その時奥様が手でつかんだ右肘がやけに熱く感じました。分厚いジャケットの上から手でつかんでいるので、手のぬくもりは普通なら伝わりません。それなのに熱い!

 奥様も異変を感じます。

「あれ? 今左手が熱くなった。なんでだろう?」

それはおそらく私の体調の悪さに反応したのだと思います。体調不良であることを奥様の左手が感知したのかもしれません。

「何か悪い気にどんより覆われているみたい。」と奥様は私を気遣ってくれます。家に帰って奥様がていねいに私の全身をご加持してくれました。

 頭頂部、後頭部、背中、心窩部、左の腎臓・膵臓部、大腸で各々奥様の手が熱くなります。正確に言うと手が熱いのではなく、私の臓器が反応して熱さを感じているのでしょう。今日は私がウイルスにより内臓のあちこちに炎症を起こしていると思われ、奥様の手があちこちで反応します。手が熱く感じるということをしっかり体感できます。

ご加持の後は左の背中の重苦しさと胃もたれが半分以上消え去り、1時間後には全く胃もたれがなくなりました。奥様の手はゴッドハンドです。

「これじゃ胃薬いらないね」と言って笑います。

胃薬どころか医者もいらないと感じます。それでも日々私たちは自分の肉体を酷使していますので、いくらご加持をしても追いつかないかもしれません。それは覚悟の上で生きています。奥様もそうです。