第五十二話 師弟関係

ブラックホールシールを貼って以来、奥様の情緒が不安定になります。そしてついには二人は診察日の次の日(2017年11月3日)に大喧嘩します。私の元妻のこと、マンションのこと、遺言状のことなど、普段は話す機会のないような人間の欲望の根源が現れてしまう内容の話でかつてないほどの大戦争が起こります。そこは人間の強欲さがもっとも現れる場所であり、不動明王様が現世の人間たちを罰するという「むさぼり、怒り、愚か」の3つが渦巻くところです。

むさぼりは鳥、怒りは蛇、愚かは豚 三毒

 私と奥様は午前から午後まで1日中言い争います。それは奥様だけに原因があるのではなく、私もネガティブな波動に包まれていたのだと思います。おもいっきり奥様をののしりました。

 そもそも私は恵まれた豊かな家庭には育っていません。医学部在学中に親を亡くし、明日食べるお金も学費も払えない状況に追い込まれ、学生時代は塾を経営してしのぎました。そのため自立心がとても強く闘争的かつ「騙されまい」として生きてきたために人を信じる寛容さに欠けています。真実を追い求め人のネガティブを徹底的に研究しました。だから人一倍ネガティブです。

 この数日間は私のネガティブが爆発しました。未来に起こりうる災難を想定し、災難を避ける方法論ばかりを述べました。おそらくこういうところがT先生がおっしゃっていた救いようのない魂なのだと思います。

 ただ、唯一、私の魂の長所は自分の短所を認めるところです。私は自分を棚に上げることはしません。自分で自分の心をナイフで刺すのです。だから自分の短所をこんなふうにここにさらけ出すことができるわけです。

1日中喧嘩して疲れ果てた11月4日土曜日の早朝、奥様は常磐線に乗って師の僧侶O先生のお寺に向かいました。

 O先生は奥様を見た瞬間からいつもと様子が違うことを察します。

「何があったの、かわいそうに、そんなに衰弱して・・・」

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 O先生は能力者ですので奥様の苦悩が、自分と重ねてよく理解できるようです。気を吸い取られて廃人のようなった奥様を見て、同情してくれているようです。

一通り護摩焚きとお唱えが終わった後、O先生は奥様にご祈祷してくださり、気を補充してくださったそうです。

奥様は号泣きします。顔がくしゃくしゃになるまで泣きに泣きます。

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涙の理由は魂が満たされるからです。ぽっかり空いた穴が生きている価値観で満たされるからです。奥様のご加持でも患者は号泣きすることが多々ありますが、奥様とて魂を満たされた時は心の底から涙します。奥様が泣くのと同時にご先祖様が泣くからだと言われています。

「あなたはここに来た時から様子がおかしかったわよ。気が抜けきっていたみたい。あなたがここに通って今日まで積み重ねてきた気が全部吸い取られて無くなっているわね。その分しっかりと気を入れておいたけど、まだ不十分ね。」

奥様はシールを貼った後から体調が悪化したことをO先生に話すと

「そういうところに行っちゃだめって何度も言ってるでしょう!」

と叱責しながらも心配してくださいました。

奥様は自分の近況を順を追って報告します。高松入りした理由、そして奥様が積極的に診療所の難病患者をご加持し、治療成果を出していることを。

 奥様のような能力者の場合、波動に強く影響されるので悪い波動(気)をもらってはいけないということが密教の世界では常識になっています。だから病気の人に直接触ってご加持するということは普通ならば「やめておきなさい」と言われてしまうことです。だから奥様はご加持をしていることをO先生に話すと叱責されるだろうと思っていました。

「あなたの場合、患者の悪い気を受けてそれを何度も祓うことが功徳を積む修業になっているわね。だからどんどんやりなさい。」と逆に励まされました。

師のO先生に背中を押してもらったわけです。この喜びは、おそらく同じ苦悩をした能力者にしか理解できないでしょう。そして奥様は人生最大といってよいほど大きな充実感をこの瞬間感じたそうです。

О先生が用意してくれたプラスの気に満ちた朝食。奥様は有難すぎて号泣しながら食べたそうです。

 O先生の若き日の能力者としての苦悩。それは奥様よりも凄まじいものだったそうです。周りの誰も理解せず、そして自分でも自分を疑った時期もあったそうです。能力を悪く言う者も存在し、その能力を妬まれもしたそうです。そうした経験を積んだO先生は奥様の真の理解者であったわけです。

「私はね、東京にもご祈祷ができる支部を持ちたいと思っているの。関東方面はそれはそれはとても大変なところで、浮かばれない魂はたくさんいます。でも、私は都内に住めないし、長居もできないし、一度物件も購入してみたりしたんだけど、結局は実らず実現はできなかったの。そんな時にあなたのような人が現れたのよ。これも縁ね。だからあなたに東京支部をお願いできないかしら。」

 これはO先生の弟子入りを認めてもらったようなお言葉です。仏教界は師弟関係がとても厳しく、資質が備わらなければ弟子入りさえ許されない世界です。奥様は在家であり、毎日お寺で修行している身ではありませんので、在家で弟子入りなんて夢のようです。それは例外中の例外、異例中の異例でしょう。

「あなたはね、普通なら一から修行して功徳を積むところなのだけど、もう最初から高い位置にいるのね。だからこの調子でがんばりなさい。」と在家を認めてもらったわけです。最初から高い位置とは・・・驚きです。

思い返せば1年前、奥様とO先生はALSに苦しむ難病の患者の祈祷に一緒に行き、治療を施し、そして診療所の難病患者とお寺に行き、一緒に護摩の火にあたり、そして今は自分の力でご加持治療をするまでになりました。それらを逐一見ていたO先生は「奥様には十分に人々に慈愛を施す資格がある」と判断されたようです。まあ、弟子とは言うもののやはり在家ですから密教の全てを学び、お寺を継ぐわけではありません。

 O先生にすれば、より多くの民の救済に関わりたいのですが、お寺が都会から離れているので救済には距離の壁ができてしまいます。密教は救済の威力が抜群なのですが、奥深く隠れるようにして行うのが原則のため広く民に関わるのが難しいわけです。実践で多くの民を救済したいと思っている僧侶にとって密教は、密がゆえに限界があるわけです。

 O先生はおそらくそこに疑問を抱き、その壁を自ら破ろうとしているのだと私は思っています。そこで奥様のように在家で活躍する霊能力者と協力して、できるだけ多くの民を救済するのは本望なのだと思います。

この後、O先生は奥様にとんでもない一大事を告げます。

「ご不動さまがね」とO先生は話し始めました。

『この者(奥様)に分身を与えよ』と今朝のお告げがあったんです。こんなことはめったにないのよ。個人にということは普通はないわね。すごいことなのよ」

「えっ!!!ほんとですか?!」

奥様は大はしゃぎです。それはそうでしょう。あのご不動さまから直々に分身を与えよとお告げしてくださってのですから。こんな素晴らしいことはありません。