第三十五話 身近な場所に邪悪な波動

 私の診療所には「西洋医学では原因不明の難病奇病の方々」が全国から集まります。ですが、当然ながら診療所の近所に住んでいる人の中にも難病奇病の持ち主が稀にいます。ある65歳の男性は私の診療所ができる前から私にかかっていました。病名は不明ですが、四肢の筋肉がやせ細り、声が出にくい、飲み込みにくい、上肢が強く痛むなどの症状があり、筋委縮性側索症にも症状が似ており頸椎の手術を受けても治りません。この3年間仰向けに寝ることはできず、毎日リクライニングチェアで寝ているという極めて重症な方です。

その方の話では「家に電気が走る。ピリピリして怖くて家の物に触れない。」と言います。

1年前までは「静電気のせいだろう」と私は考えていたのですが、四六時中ビリビリするというので静電気ではないかもしれないと考えはじめます。他の医師には「精神科に行きなさい」と言われるのみですが、私は奥様に起こる様々な現象からヒントを得て、これは「邪悪な波動」のせいではないかと考えるようになります。

 そこで私は奥様に相談しました。奥様は「でも本人からはあまり波動を感じないけど」と言います。しかし、私は前回のOR寺の件で、「土地に縛られ、縄張りを張っている意識体」の存在を学んだばかりですので奥様に「悪いけど、彼の住んでいる土地の波動を調査してもらえないかなあ」と頼んでみます。もちろん「いいですよ」と快諾をいただいたので、昼休みの時間に奥様と私は彼の住んでいるアパートへ向かいました。

 「この変だね。あっ、ここのアパートだ」と指さして奥様の方を振り向くと・・・奥様がいません。奥様は30m離れたところに立ち止まっていました。

「どうしたの?何か感じる?」と尋ねると

「無理、近寄れない、すごい波動が出てる。これ以上は無理。」といいます。

「わかった。帰ろう。やっぱりここは邪悪な波動が出てるんだなあ。」

大阪で経験したように、邪悪な波動が強すぎると、奥様の肉体はその波動に乗っ取られます。それはとても気持ちの悪いものであり、その波動が万一抜けてくれなければ、奥様の命にも関わります。だから波動の正体をつきとめるのはとても危険なことです。それは私もよく知っているのでこれ以上の探索はしませんでした。

帰りがけに奥様は

「でももう少し調べてみたい気もする」というのです。勇敢です。

「やめて帰ろう。悪い波動があるということがわかっただけでも十分だよ。」といって診療所に帰りました。

 数日後私は彼に奥様と一緒に波動を調べたいきさつを説明します。そして

「できるかぎり早く引っ越した方がいいです。」

と助言しました。しかし、彼はこの話を信じません。まあ、そんなものでしょう。

 彼は生活保護を受けていて、引っ越し先が見つかりにくいのと、お金がないのとで引っ越しは非現実的だそうです。でも命に関わることなのに・・・。

 その1か月後、ある日彼は私の診療所に半狂乱でやってきます。

 物にさわるとピリピリするだけではなく、髪の毛や体毛も逆立つようになり、部屋の中で白い物体を見るようになったと言うのです。そして部屋にいると全身が苦しくなると言います。

「私たちの言うことを信じますか?」

「信じます」

「ならば早く引っ越すことです。そうでないと命を奪われますよ。」

「わかりました」

そうは言ったものの、引っ越すまでの期間は今のアパートに住むしかありません。

やっと信じてくれたのはよかったのですが、人はここまで切羽詰まらなければ、信じないものなのだということを知りました。おそらく、今の症状にはこの悪性の波動がからんでおり、彼の病気は霊障と言えるでしょう。

 彼は一旦家に帰りますが、数日経って、また血相を変えて診療所に駆け込んできました。健康状態はさらに悪化しているように見えます。

話を聞くと、家に白い物体がうごめき、苦しくなって気絶したそうです。

その後、自分で救急車を呼びましたが病院では相手にされず「そのままタクシーで帰れ」と言われたそうです。ところがタクシー内で再び気絶。あわてたタクシーの運転手が救急車を呼び、1日入院させてもらったそうです。そこでMRIなどの検査をする予定でしたが、検査を断ったため強制退院させられ、仕方なく帰宅すると、どんどん症状が悪化し苦しくなって私の診療所に駆け込んだといういきさつでした。引っ越しが決まるまで、入院させてもらっておくことがベストなのですが、この患者は背中に入れ墨を背負ったやんちゃ者なのでいつも病院で暴れて追い出されます。困ったものです。

彼の話では今のアパートで1年以内に3人がお亡くなりになっていて、大家の夫婦も病気で入退院を繰り返しているそうです。冷蔵庫はサーモスタットが2台壊れて今が3台目。

近くから毎朝お経が聞こえ、その時に白い物体が見えるようになった。気絶した時は大勢の死者に足を引っ張られ、息子のに手を引っ張ってもらってようやく抜け出して意識を取り戻した話など・・・総合すれば、やはりそこは呪われた土地であるとしか思えません。

 近くでお経が聞こえる理由もわかります。おそらく近所の人も同様に病気に見舞われ、霊能者に相談したところ「毎日お経を唱えなさい」とアドバイスされたと、そんなところだと思います。

奥様は彼に「当分の間、近くのビジネスホテルに泊まるといいですよ」と言ってビジネスホテルの宿泊をとってあげ、そこの料金を奥様が支払うといいます。さすが奥様です。

 数日後奥様に彼から電話がありました。「区役所の生保担当者が、ここがいいって言った物件を、2階はダメだって言って拒否されたんです。」と。

私も奥様も、彼をあの土地に少しでも長く住まわせると命を奪われることを薄々感じています。一度意識を失い、実際に死にかけているのですから。彼は確かに態度が悪く、役所の人とも小競り合いをするものですから、意地悪されたのだろうと推測しました。

そこで奥様は区役所の担当に電話を掛けます。私は診断書で引っ越しの必要な理由を書いてあげます。そしてなんとか引っ越し先を決めることができました。

 めでたしめでたし、と言いたいところですが、そのアパートは今も健在であり、都内で家賃は3万6千円と極めて安く、安さにつられて入居すれば今後も被害者は後を絶たないでしょう。

 私たちはゴーストバスターではありませんので、邪悪な思念を払う力もありません。だから被害者をなくすことは無理です。アパートのオーナーにそのことを伝えれば、私たちは脅迫罪で刑務所行きです。また、こうしたスポットは全国いたるところにあり、あなたの住んでいる場所も邪悪な波動の汚染地帯かもしれません。だから、そこに住む者に被害が出ることがわかっていても、私たちにはどうすることもできません。

 そして私たちは学びます。病名がわからない疾患の中に、このような例が決して珍しくないことを。せめて我が診療所に来院した患者だけは助けてあげられること。そして波動の調査もしてあげることが可能であること。得体のしれない病気の原因をつきとめてさしあげることができること。

 ですが人々はそれを信じません。どうすればよいのでしょうか。