第二十九話 お告げ

 巫女の天命は神のお告げを具現化することです。しかし、奥様の師である僧侶は「能力が高まり、霊格が上がらないと神が降りてくることはありません。私でさえ修行をして5年や10年を費やします。」と以前におっしゃっていたのを思い出します。

奥様は能力に目覚めてからまだ一年も経っていない初心者ですから神のお告げを得るなどというレベルにはまだ遠いでしょう。遠いどころか「神が降りる」なんてことは夢の夢のような気もします。

 奥様はこの霊能力に目覚めてから「この能力を何のためにどのように使えばよいのか?」を考えなければならなくなりました。能力が芽生えた理由を探さなければなりません。

 診療所には師からいただいた不動明王様のお札があり、奥様は毎日拝んでいます。ある日奥様はそのお札の前で問いかけます。

「私の役割はこの能力を用いて患者様をお救いすることなのでしょうか?」と。

 するとその瞬間に全身に衝撃波が走り、右手がいきなりびりびりし始めました。この現象は普段起こる感覚ではなく、過去の記憶と照らし合わせると、奥様が東大寺に初めて行ったときに、大仏の仏座跡に刻まれている曼荼羅の前に立った時に感じたものと同一のものでした。少なくとも、その辺にある波動ではなく、高次元の神々しい波動であると奥様は認識しています。

つまり、今の感覚は「不動明王様からのご返答」であると奥様は感じたわけです。しかし、それには確証があるわけではありません。奥様に降りた波動の根源を識別できる能力が奥様にはないからです。

それにO先生は「神が降りるなんてことが修行もしていない人に起こるはずがない」というようなことをおっしゃっていたので、それもどうも引っかかります。

 これまで奥様は、気を感じることはあっても、具体的に返答めいたものをもらったことが一度もありませんでした。しかし、今回は違います。はじめて、高次元の意志からの返答らしきサインがあったわけです。もし、それが本当にお不動様からの返答であったのなら、奥様は神の啓示を受けることができる能力者であることになり、巫女への第一歩です。まさにこの小説のタイトル通り「奥様は巫女」です。ようやくタイトルに近づいてきたのでしょうか??

 返答らしきサインがお告げである確証はありません。しかし、それを肌身で感じることができるのが霊能者というものです。本人が確証と感じることができればそれでよいと思います。なぜならば霊能者の感覚を他の人が共有できることがないからです。私たち一般人から見れば、確証はどこまで行ってもありません。

 奥様は感覚的にこれはお告げであると感じ、自然と涙があふれます。自分の今やろうとしていることが間違いではないと後押しされたわけですから。

 もちろん、それがお告げではなく単なる偶然の衝撃波だったのかもしれませんが、それにしてはタイミングがあまりにもよすぎます。偶然ではないとすれば、今回の出来事は巫女として、能力者として、少しは成長した証であると私は思いました。

 師の僧侶の場合、奥様よりもすでに高い能力を身に着けています。師ははっきりとお告げを聞くことができるようです。というのも「不動明王様のお告げで、どこどこに行きなさいと言われて全国のお寺や霊力スポットをあちこち巡りました」と私たちに語ってくれたからです。それはかなり具体的な啓示として降りてくるそうです。しかも、時には漠然とした地名しか言わず、電車やバスやタクシーで見知らぬ場所へ行き、その都度「どこどこに行きなさい」と指示をいただくこともあるそうです。それと比べれば今回のお告げはランクの低いものでしょう。しかし、お不動様からお告げをもらえるレベルに奥様の霊格が高まったと私は考えました。

 前回の信貴山巡りなどで奥様の能力はさらに開花されたと私は感じましたし、奥様もそう感じています。私は一刻も早くお告げが聞けるレベルにまで奥様の能力開発に協力しなければならないと思いました。私は「パワースポットに行けば、霊力が上がるだろう」という発想を持っていました。そこで私は次にどこのお寺を訪問しようかと考えます。

「真言宗のお寺で霊力の強いところに行きたいねえ。でも魑魅魍魎(ちみもうりょう)がいないところに行かないと危険だからなあ。京都の醍醐寺なんかどうかなあ。」

「そういえばH先生(師の甥)が醍醐寺はいいですよとおっしゃってたよ。」と奥様が言います。

 まさにその瞬間、奥様に再び衝撃波がどすんと入ってきました。前回お不動様からのお告げがあった時と同じような衝撃です。全身に電気が走りそして例のごとく右手がしびれます。

「あっ、醍醐寺に行きなさいって言ってる。今、お告げが来た」

奥様はこの全身に走る感覚は「大いなる意志」が何かを伝えようとしているときにずどんと全身に入ってくると理解しています。

「すごいなあ。それは啓示だよ。わかった、醍醐寺に行く計画を立てるよ。」

奥様の体験した2度目のお告げです。おそらく奥様の能力がまだ低いうちは、こちらの問いかけにYesの時だけ体が反応するという形で啓示を受けるのだろうと思います。醍醐寺に何があるか全くわかりませんし、とても広大な醍醐寺と裏醍醐のどこに行けばよいのかさえもわかりません。ただ、奥様の「波動を感知する能力」を頼りにご啓示を送ってくださった方の元へと行くしかありません。しかしそれはあまりに漠然とした宛てのない探検旅行です。