第二十五話 信貴山で降霊

信貴山はほぼ私の生まれ故郷です。私は生駒山のふもとに住んでいましたが、母は山菜採取がとても大好きで、信貴山の方まで足をのばして毎年のように山菜採取をしていました。そのせいで私は幼稚園に入る前から山に一緒に連れていかれて育ちましたので山が大嫌いになりました。ですが信貴山は母と私ゆかりの土地でしかも真言宗であるというので、一度は訪問したいと思っていました。そこで東大寺を離れレンタカーで信貴山に向かいました。
案内図も予備知識もないまま小道を登っていくと 小さなお堂がありました。 お堂の前には小さな売店があり、売店のおばさんが「はじめてか? じゃあ少し説明するけどええか?」と言ってこのお堂(開山堂)について話してくれました。  
「四国八十八ヶ所ご本尊さまをお祀りしているお堂で、八十八カ所各寺のお砂が敷いてあります。今は砂の上に石を置いて歩きやすくしています。そこにあるローソクに火をつけてみずに浮かべてお参りください。」と。
さて、お参りしようかと思っていたら、奥様が揺れ始めます。来たな!と思ったらいきなり笑い出します。そして私の名を「Nちゃん、Nちゃん」と呼びます。とても嬉しそうにしています。 「うわっ、やっぱりお母さん来た!」と私は喜びました。 私は母が降りている奥様と一緒に10m角のお堂を歩くことになりました。 すると母(奥様)は 「こりゃええわ。ありがたいわ。ありがたい。」と言いながら歩くのです。まるで生前の母と一緒にお寺参りしている感覚でした。でも母を二十歳の時に亡くした私にとって、それは至福の時でした。そして母は弘法大使像の前で正座して頭を下げて拝みます。私も一緒に拝みます。そして私が立ちあがって行こうとすると私の腕を引っ張り「ちゃんとお参りしないと・・・」と言って弘法大使像の前でしっかり頭を下げなさいと催促します。 生前の母は神仏と縁遠く、その母が弘法大師像の前で私を諭すとは・・・感動と驚きの両方がこみあげました。
私は今までの奥様の降霊を見てきましたが、これほどはっきり母の言葉や動きがスムーズに再現されたのを初めて見ました。今回の降霊では母があまりにも生きている人間のように振る舞うので驚きです。降霊というよりも母そのものです。奥様の降霊能力が桁違いに成長したことを感じた瞬間でした。
母は終止喜び「これはいいわ。ありがたいわ。」と何度も言ってました。 お堂を一周すると、別の参拝客が2名ほどいたのですが、降霊中の奥様を畏怖の目で見ていました。他の参拝客に迷惑がかかるといけないので、私は母(奥様)に向かって 「そろそろ出て行ってくれるかなあ」と母に催促したところ奥様はすっと元に戻りました。なんとききわけがいいのでしょう。
売店のおばさんは「どうかしましたか?」 というので私は正直に 「うちの奥様は巫女さんなんです。」と答えました。 「そういえば1年に何人かはここで何かなる人おるわ。10年前にも霊感の強いお兄ちゃんが来て、ここで白いものが見えるでしょう?っていっとったわ。私にはなにも見えへんかったけど」と言って霊能者がここで不可解な反応することがあることを教えてくれました。売店のおばさんはそういうことに慣れているようでした。
奥様は降霊のせいでまともに参拝できなかったので、「もう一度周りたい」と私に言い、二人でもう一度お堂を回りました。今度は奥様との参拝です。 売店のおばさんには名刺を渡し 「何かの縁かもしれませんので名刺を置いておきます。何か難病でお困りのことがあれば連絡ください。救って差し上げられるかもしれません。」と言ってお堂を後にしました。
本堂に向かう道々にいろんな仏像がありましたが、奥様はいちいち反応していました。それほどここ信貴山には気が練りこまれた仏像ものが多いということでしょう。東大寺とはくらべものにならないほど強い反応です。
次に霊宝館という仏像・美術品展示館に入りました。すると奥様はその中の一つ、毘沙門天像の前で金縛りにあいます。
「うっ、くうーっ」とうめきながら直立不動です。と思いきや、右手を高らかに上げてガッツポーズをとるのです。まるでお不動様が剣を握っているような姿です。私はその拳を振り下げて展示室のガラスを壊さないか心配で彼女の後ろに回り冷や冷やしながら支えました。次にその場でひれ伏し、今度は深々とお辞儀をしはじめました。アラーの神への崇拝の体位と同じです。私も奥様と同様にお辞儀しました。閉館間際で他の参拝客がいなくてよかったです。
ガッツポーズは何を意味するのでしょう? 私と奥様は再び悩みます。ここは毘沙門天の降臨された場所なので毘沙門天様か? なんて考えてわくわくするのですが、果たしてそんなお偉い方が奥様に降りるのか? 私たちには想像もつきません。
奥様に「どんな感じだった?」と訊ねると 「いやあ、自然と右手が勝手に上がってしまった」とのこと。後から考えると戦国時代の将軍クラスの武将の霊が降りたのだと思います。信貴山の毘沙門天様は戦国武将の多くが全国から参拝し、戦場で勝つことを祈願しました。そして像の前で深々とおじぎしたそうです。
その後に本堂に行き、ローソクに火をともしてお参りしました。本堂から降りる階段で写真を撮ろうとしましたが、彼女を撮ろうとしてもシャッターが全く降りません。そこで彼女が自撮りしたところ、「カシャッ」と音がしましたが、撮ったはずの写真が存在せず、何も写っていませんでした。
「ここで写真を撮るな」って意味かなあ。と二人で納得し、写真はあきらめて帰りました。普通ならスマフォが壊れているのかな?と考えますが、奥様の能力と、波動だらけのこの土地では、機械がおかしくなるのはあたりまえと納得します。
これだけ霊を降ろすと、霊能者は相当疲れます。奥様は帰りの車では爆睡していました。