第二十二話 師範の息子とオカバナ

私の診療所には腕の立つ腱引き師が週に3回ほど日替わりで来ていただいています。そのうちの一人が師範の息子さんでした。息子さんは静岡県から毎週月曜日に来ていただいていたので、帰りは私が東京駅まで送ることがしばしばありました。
息子さんはまだ腱引き師としては経験が少ない方でしたが、身体能力は抜群でありスノーボードで全日本タイトルを何度も獲得したことのある極めて才能のある方でした。
息子さんもオカルトの経験を何度もされているようで、半信半疑でありながらも超自然現象的な世界に対し興味を持っているようでした。息子さんは奥様が得体の知れない電子機器の誤作動を発生させることを師範の父からも聞いており、また、父と同じ治療現場でお弟子さんの狐憑きの現場を目撃しているのでオカバナに興味を持っていました。 *狐憑き:霊体(意識体)が人間にとりついて、飛んだり跳ねたり不思議な動作をする現象。
そこで私は息子さんに 「何か霊的な体験したことあります?」と車の中で訊ねてみました。 「霊的かどうかわかりませんけど、幽体離脱したことあります。」 「ええ~っ! 幽体離脱!!」 幽体離脱って普通に経験できるような代物ではありません。離脱すれば周囲を飛び回ることができるけれど、自分の体に戻ることを失敗すると死亡するという話も聞いたことがあります。
「10年以上前のことですけど、窓ガラス越しに狐が見えたんです。 その夜にベッドで寝ていたらごとごと音がするんで起き上がったら自分の寝ている姿が見えたんです。なんかこのままじゃまずいと思って必死に自分の体に戻ろうとしたら目が覚めたんですけど。めちゃくちゃ怖かったです。」
「そうか・・・やっぱり霊的なものを持っている血筋なんですよ。師範先生も多分そういう能力があると思いますし・・・」 「でも、それ以外特に霊的な体験をしたことはなかったです。」 「信じます?」 「さあ、わかりませんけど・・・でも、こんなこともありました。富山県に霊能力で治療する先生がいるんですけど、その先生とお会いした次の日がスノボの大会だったんです。それで先生がぼくの体を触って気を吹き込んでくれたんですね。でもその頃は体調が悪くて技の切れもなくて全然さえなかったんです。で、次の日の大会で普通にとろとろ走ったつもりだったんですけど優勝しました。びっくりです。ぼくは霊能力とか信じない方だったんですけど、何かあるんですかねえ。」という。
気を入れると能力が上がるということを実体験したアスリートですが、気とは何なのか?今の私たちにはわかりません。しかし、そのうち奥様が、このわけがわからない気というものを自在に発することができるようになるとは、この頃は夢にも思っていませんでした。
こういうオカルト話を聞くと奥様は鳥肌が立つのですが、ぶるぶるっとして両腕を自分の手でさすっていると…ワイパーが最大スピードで動き始めました。10秒くらいの出来事です。外はパラパラと雨が少し降っていましたが、いきなり最大速度で動くことは器械が狂わない限りあり得ません。しかし奥様が精神的に興奮するとこんな風にワイパーが暴走します。
「ほらね。これが奥様の能力なんですよ。目の前で見ることができたでしょ。」と息子さんに言う。 「なるほど。これですね。」と笑う。 奥様から電磁波に類似した波動がでていること、それがセンサーに反応して誤動作を起こさせること、それを目の前で実演したわけです。
「そう言えば富山の先生は目の前で信者さんのケロイドを手で触って治していました。ぼくも目の前で見たんですけど、どうなってるんですかね。」
全く理解できない世界です。本当か嘘か、信じる信じないはどうでもよくなってきました。自分の目で見ているもの、聞いているものが狭い世界であるということがただ理解できるだけです。 ケロイドが目の前で良くなっていくなんて、突拍子もない話を信じられるわけないだろうと私は思いました。私は正直言って、そういう能力がこの世に存在するのであれば、奥様にそういう能力がつけばいいのになあと思い、その霊能者に私は少し嫉妬してしまいました。 そして私は気づきました。富山の霊能者に対し、私が嫉妬を感じたとき、「そんなことあるわけないだろう」と否定したくなることに。たとえ霊能力に理解がある者であっても嫉妬を感じて否定してしまうのが人間の性であると。その嫉妬心が強いほど否定してしまうという仕組みを客観的に自ら知ってしまいました。 嫉妬心が強い者とは、一般的には医学者や僧侶たちであり、個人的に家族や親族です。医学者や僧侶が霊能力を「研究するのではなく否定する」のは嫉妬以外の何物でもないと私は思います。そして霊能力をもっとも強く否定するのは家族であろうと予想がつきます。おそらく、人並み外れた霊能力を持つ者は家族に妬まれて孤独な思いをしなければならないのでしょう。 奥様の能力が今後どう開花するのか?今後どうなるのか?ただ見守り支えてあげるのみだと思いました。ただ、この頃は「奥様が富山の霊能者と同じようなことを将来的にできるようになる」とは夢にも思っていませんでした。