今度の勤務は正念場

私は約5年勤めたホームグランドである診療所に辞表を出したことは前にも述べた。経済的にはかなりよい条件を示してくれたが日々事業拡大にしか興味を持たないオーナーのところでは私の全力が出し切れないと思い辞めた。


さて、今度初勤務するところは地方の中堅病院だ。ここに週一回パート勤務することになったのだが…先日ここの面接では院長が直々に参加していた。そこに整形外科部長の姿はない。つまり、人事権は院長に集約されていることがわかる。


「来週からでも勤務していただきたいのですが…」

「ということは私を採用ということで決定ということですか?」

「はい、そのつもりです」

院長はそそくさとそのように言った。


普通面接に人がやってくる場合、雇用側は「面接を受けに来る人は皆ここに入りたがっている」ことを前提としている。しかし私は違う。私はむしろ品定めのつもりでここに来ている。私が気に入らなければ務めるつもりはない。院長の人となりを選定しようと思っているのはむしろこちらだ。だから面接は軽いあいさつ程度にしか思っていない。雇ってもらいたいなどとは思っていない。しかし相手はそんな風には思っていないだろう。私のことを「ここに雇われに来た」と思っていることだろう。


「あのー、院長先生、私は認定医資格も博士号も何の肩書も持っていないのですが、それでも私をお雇いになるのですか?」

「ええ、経歴を見ればだいたいわかるので…」


私の経歴を見て私の何がわかるのか?それは世界の七不思議ではあるが、外来を任せるにはふさわしいと思ったのだろう。

「そうですか…なるほど。それから私は周りの医師によく妬まれて診療を邪魔されたりするのですが、そうならないように協力体制をお願いできますか?」

「と、いいますと?」


「私の外来には神経痛の重症な患者様が集中します。ですから軽い骨折などの患者様は他の先生に回した方がよい場合が多いのです。そういう患者を他の先生方にご紹介したりして連携をとりたいのですが…」

「もちろんかまいません」


やけに簡単に言ってくれるじゃないか院長さん!と私は心の中でつぶやいた。今まで一緒に働く医師たちは私が超混雑の外来で患者の人気を独占していたことに妬んで邪魔をしていたものだ。そのため連携がなかなかとれずに患者に多大な迷惑をかけていたことが多々あったというのに…。と思っていたら院長がまた話し始めた。


「この病院はとても外来が混雑する病院です。若い医師ではその忙しさに耐えかねてやめてしまいます。ですから先生のような方に協力していただきたいのです。月曜日は整形の手術日なので。」

なるほど、忙しくて手が回らないから助っ人がほしいわけだ。しかも若い医師には務まらないほどに混雑しているという。


「わかりました。では来週からここで働くということでお願いします。」私もあっさり返答した。

私は患者治療に全力を尽くすことをもっとうに働いている。混雑した外来ではそれができないことを知っている。なにせ私の外来は3時間待ちが常というおそろしく混雑した外来だからだ。それでも患者を全力で診るために、様々な技術を身につけてきた。注射のスピードが速く正確であるのもそうした努力の結果だ。混雑は慣れている。そして私ほど診察スピードを鍛えに鍛えている医師はざらにはいない。


ざらにはいないといいきると傲慢な医師だと思われるだろう。しかしそうではない。スピードだけをただ上げるのなら誰にでもできるのだ。患者をていねいに診ないで次々と流していけば数多くの患者をさばくことができる。しかし、それは本当の意味でスピードを鍛えているわけではない。


そうではなく、丁寧に診察しながら数をこなすには想像以上に高度な技術を必要とする。診察のさいに患者の心理を読む読心術や、ささいな異常もみのがさない鑑識力、そして短時間で注射治療を説得する交渉術、その後のフォローを短時間で説明する論述力などなど、全ての能力を兼ね備えてはじめて短時間でまっとうな診察ができる。それは普通に医者をやっていただけではなかなか身に付かないもの。


しかし、そういった技術をみにつけていても、限度を超えた混雑には対応できない。だから待ち時間が3時間になり、そして毎回残業になってしまう。残業が続くと職員が疲弊し、私に対してうっとうしさを抱くようになるため患者に不利益が及ぶようになる。他の職員にとってはなによりまして「残業させない技術」を私に求めていて、それができない医師は不能なのだ。


そのようなことを痛いほど経験している私は「混雑している外来をとにかくこなしてほしい」と申し出てくる院長に、若干の不安を感じたことは事実だ。


大量の患者をさばく。その言葉に人間性はあまりない。さばくためには人間を物品として扱わなければならない。それはいやだ。一人一人ていねいに診療がしたい。だから今回の就職は私にとって無理難題という困難の一つに違いない。だからこそ、「やってやろうじゃないか!」というチャレンジ精神が燃えた。そして即刻就職を決定したのだ。さあどうする!? ここからが正念場だ。