病棟業務の面倒

どんな病院でも整形外科医はかなり必要とされる。それは内科で入院している患者でさえ高齢になると膝や腰が痛くて困っている人が大勢いるからだ。一般の外科医や内科医だけでは対応しきれない。だからどんな病院でも整形外科医は必要とされる。


ところで今日はスポットで田舎の病院に1日だけ勤務に来ている。私は自由にできる日を持っているので1日くらいなら他の病院に助っ人で入ることもできたりする。


ここの事務長と朝、顔を合わせたときに私は率直に質問した

「ここには整形外科医がいないのですか?」


「20年勤めた整形外科医がいたんですけど、2か月前に硬膜外出血で突然死されてしまったんです。」

「そうなんですか、お気の毒に…何歳だったのですか?」

「52歳です」

「ええ~そんな若い年齢で…」


なるほど、事情が飲めた。そういう理由で助っ人を探していたのか…この病院もたいへんだ。

スポットで働くというのは簡単なようでそうではない。病院が違えば扱う機材、薬剤、処方箋、カルテ、伝票などがすべて違うので大変仕事がやりづらく、おどおどしていると時間ばかり経過してしまう。初めて行く病院では看護師との呼吸も全く合わないので互いに緊張する。そうした気苦労が多いのでスポットで働くことは医師にとってかなり不利な立場となる。ただし、スポットの場合給与が2割増しくらいになるので高額を求めてスポットをする医師もいる。私もその一人だ。


ただし、私が他の医師と違うところは初めての病院でも診察開始1分からガンガン診察していくところだ。劣悪な環境こそが自分を磨くことができると信じている。だからスポットで仕事をすること、新しい環境に移ることを自分の修行だと常に考えて行動している。


今回の病院でも「おそらく細い注射針がないだろう」と思って自前で注射針を二箱用意した。そしてここで診察する患者は全員が私にとって新患だが、彼らを全員「今日一日だけで完治させてやるぞ」という意気込みで診療にあたる。


私には全く得がないが、私に今日1日だけでも診てもらった患者は幸せでありラッキーだ。今まで悩んでいた病気が、たった1日で治る可能性があるのだから。


私を助っ人に雇った病院からは必ず次もお願いしたいという依頼が名指しで入ってくる。それはおそらく患者が「あの先生の診察を受けたい」と病院側に要求するからだろう。しかし、私もスポットで診療をするのは多少生活費に困ったときだけなので申し訳ないがそうそう診療に入れるわけではない。今日も高い給与につられてこの田舎病院にやってきた。


午後の診療をしているときに外来の電話が鳴った。

「先生、病棟に患者が2名、整形の診察を希望されています。病棟にお願いできますか?」


まあ、病棟に診察に行くのはかまわないのだが、そうやって移動をしていると外来の患者をたくさん待たせることになる。だから通常は病棟の患者を外来に呼ぶのが普通だ。しかも外来はそれなりに混んでいる。まあいい。別に文句など言っても仕方ないから黙々と病棟へ行く。


病棟へ行くと患者の数が3人になっていた。あれれ?増えている。

一人は転んで腰と首が痛くて歩けないおじいさん。

「この方は1週間前に転んで腰椎圧迫骨折の疑いで入院しています。痛くて寝返りもできません。」と看護師が早口でいう。


「どうして疑い?なんですか?」

「レントゲンをとったのが今日なんです」

なるほど…1週間誰もこの患者を診察していないってわけね。私はまず最初にこの病院の事情を訊く。そして整形外科医の常勤医がいないことを知っている。だがいくらなんでもこの放置状態はひどい。


しかし、こういうひどい病院でこそ私は自分の修行になると信じている。だからこういう場合、私はこの患者の責任を全て私がかかえて、退院までの方針をきっちり導いてあげようと画策する。まずは診察をしなければならない。


「仁平さんですね。はじめまして整形外科医の藤田です。ちょっと診察させてくださいね。まずは横向きになっていただきますよ。少し痛いですが辛抱して下さいね。」

そう言って患者を横向きにさせ背骨をノックしていく。


「ここは痛いですか?」

「あっ、痛い」

先ほど見たレントゲン写真と痛みの場所を参照すると今回の骨折だということがわかる。


「なるほどわかりました。仁平さんは第1腰椎が骨折を起こしています。この病気は安静を保っていれば必ず治ります。1か月半はかかるのでここで寝ていることが治療になります。コルセットを作りますので、それが来たら起き上がることができるようになります。信じてください、安静にしていれば治りますからね。」


このように説明し患者に治療プランを言う。整形外科医が他にいないのだから私がセッティングしてあげるしかない。

ナースセンターに戻り指示を出す。


「まずはコルセットを作る業者を呼んでください。業者のことを知っている看護師さんはいますか?」

「装具の業者さんは金曜日に来られます」

「わかりました。金曜日にコルセットを作る指示を出します。装具の診断書も書いておきます。」

「それから痛みが強い時は座薬で行う指示を出します。1か月半くらいで退院できると思います。」


こうやって治療の計画を立ててあげることで整形外科医がいなくとも患者を治療できる体制へと導く。それをほんの4~5分でする。面倒なことは何でも引き受けるのが私のやり方だ。


次の患者は肩コリで後頚部に注射を希望している患者だった。これはなんなく注射するだけで終わった。

さて、問題は3人目だ。

「この患者さんは90歳の女性で両膝を痛がっています。」

「わかりました。それではアルツに1プロキシロカインを2cc入れたものを2本用意しておいてください。それでは病棟へ行きましょう。」


膝が痛いというのだから膝の関節内注射をすればいいだろうと誰もが考える。時間を短縮させるためにあらかじめ注射を用意して彼女の元を訪れた。


「膝から下が痛いと言っています。」看護師がベッドサイドでそう私に説明してくれた。

「えっ?膝から下って…膝じゃないの?」

「膝も含めて膝から下です」

なるほどね…


普通の整形外科医ならばこのように説明を受ければ患者をまともに診察せず、そのまま両膝に注射をする。なぜか?


それはまずこの患者が高齢で元気がなく、寝たキリ状態なので診察しても無駄だと思ってしまうということ。次に会話する能力がないと思えるので質問しても仕方がないと思ってしまうこと。しかも難聴なので質問しても聞こえない。


ここまで医師の疎通が悪いと医師はコミュニケーションをあきらめ、さっさと言われた仕事をこなして帰ろうとする。しかも注射したところでどうせ歩けないだろうから、それがさらに治療意欲を低下させる。それが普通だ。


私は膝から下と言われピンと来た。これは膝が痛いんじゃない。坐骨神経痛の症状だ。膝に注射したところで全くの無駄だろう。しかし寝たきり状態ではどうもできない。この時点で坐骨神経痛を治療してやろうと意欲を燃やす医者などどこを探してもいないだろう。


私は彼女の足をさわりつつ、「内側と外側とどっちが痛いですか?」と大声を張り上げた。しかし難聴の彼女には全く聞こえていなかった。すると看護師が彼女の耳元で

「足の内側と外側はどっちが痛いの?」と大声で患者に尋ねた。


私は多分、この患者は質問に答えられないだろうと思っていた。これだけ高齢でコミュニケーションがとれていないのだから質問に答えるなど無理無理。

ところが驚いたことに

「ふくらはぎが痛い」ときっちり返答してきたのだ。


私はここに来るときに両膝が痛いという申し送りを看護師から聞いていた。しかし、実際は膝ではなく、両方のふくらはぎの痛みだということが今はじめてわかった。看護師たちも彼女とコミュニケーションをきちんととれていないことが露呈したわけだ。


さあ、ここでどうする? 膝が痛いのとふくらはぎが痛いのとではかなり勝手が違ってくる。ふくらはぎのいたみはS1と呼ばれる神経根の症状であるが治療は簡単ではない。しかも今は外来の途中であり、彼女に長い時間かけてちりょうできるわけでもない。


この状況ではほとんどの医者が用意した膝の注射をさっさと済ませて帰って行くものだ。膝の注射が効くかもしれないと自分に言い聞かせて注射して帰って行くものだ。膝の痛みをふくらはぎの痛みだと錯誤しているから膝に注射すれば治るだろうと勝手に都合のいい方向に解釈して膝に注射して帰るだろう。


それは人間の弱さであり、医者といえどそういう弱さが真実を見ることから目をそらさせる。

私はその弱さを克服し、真実を見つめようと常に思ってきた。だから彼女に膝の注射をしない。

「うつぶせになれますか?」大声で彼女に言う。

「なれません」わりとしっかり返答してきた。

「じゃあ横向きで行きましょう。1プロキシロカイン6ccに生食6cc入れたものをください。22ゲージ針で」

「わかりました」


一人の看護師は注射液を用意し、もう一人は彼女を横向けにしてくれた。


私がこれから何をしでかすか?それは仙骨裂孔硬膜外ブロックだ。S1領域の神経痛にはこのブロックがもっともよく効く。しかし通常はうつぶせで行うもので横向きで行うのは難しい。だが、私が今このブロックを成功させなければ、他に彼女にブロックをする医者はいない。たとえ整形外科の常勤が来たとしても、うつぶせになれない彼女にこのブロックをしようとなどは思わないだろう。しかも寝たきりとなれば「治療なんてむだなことを…」と誰もが思う。だから私がやらねばだれもやらないのだ。


外来の合間の診療で、面倒なことを受け入れる。決して患者の訴えから逃げない。その方針はこんな病棟診察でも健在だ。


ブロックをやっている最中に看護師の携帯の電話が鳴っていた。要件はわかっている。外来に患者が大勢私の帰りを待っているのだ。しかし目の前の患者を治療しないでは帰れない。


もちろんブロックは成功した。結果は聞くまでもない。完治は無理だが彼女の痛みはかなり抑えられるはずだ。そして駆け足で外来に戻った。


私はこのように面倒なことをほじくり返してはそこに頭を突っ込んで治療をしている。無視すればすむことだがそうはいかない。そうやって自分を修行している。患者のためではなく自分の修行のためだ。そしてこのいびつな高齢化社会を支えてやる。それも社会貢献のためではない。自分の子供たちが住みよい世界であるためだ。