再就職交渉再び

辞表を提出したが「どうにか週1でもいいから続けてほしい」と呼びとめられた。給与もアップしてくれるそうだ。まあ、給与アップはうれしいが、私はお金では動かない。


私には信念がある。その信念を貫けない、または信念を邪魔される職場では働かない。邪魔をする勢力と戦いながら診療をすれば、その分のエネルギーを奪われ、診療に全力を尽くせなくなるからだ。


ただし私は「辞表を提出したし、武士に二言はない、だから絶対にここをやめる」と言い張るバカでもない。診療に全力を尽くさせてもらえるというのならここを続けてもいい。


私の信念はこのいびつな高齢化社会を立て直すことに尽力すること。自ら診療技術を磨いているのは、この技術を多くの医師に伝えて、一人でも多くの高齢者を救うため。だからその環境を経営者側が一生懸命努力して作るというのなら、ここに残ってもいい。


そこで私はある条件を経営者側に要求した。

「あなた方は今度4月から整形外科医の院長を雇うということですが、その院長にぼくの診療技術を伝え、院長も一緒になってぼくの治療を推進するように院長を説得してみてください。そのように院長を説得できないならぼくはその時点でやめます。」


「院長も医者ですから、他人の診療スタイルを学ぶことはプライドが許さないでしょう。ですが、そこはうまくいいくるめてみてください。私もできるだけ院長のプライドを傷つけないように配慮します。」


医者はバカである。誰もが自分は一番と思っている”己を知らないバカ”だ。それはまさに車の運転手と同じ。運転している人は「自分の運転が一番うまい」と思っている。


しかし、実際は自分磨きの修行をした医者と普通に生きてきた医者とでは、その医療技術は雲泥の差が出る。それが普通の医者には理解できない。出身大学がいいとか悪いとかはあまり関係しない。


私は何としてでも自分の診療技術を少しでも多くの医師に伝えたい。相手が誰でもいい。そして高齢化社会を医師が支えるしかないと思っている。だからその手始めに、ここに新たに来る院長に伝えたい。それを再就職の条件に挙げた。本来ならば死ぬほどありがたいことなのだが、これをありがたいと感じる医師はまずいないだろう。


新たな院長は国立のK大卒。東京大学をしのぐとも言われる頂点の頭脳を持ったプライド高き整形外科医だ。年齢は私より一つ下だそうだが、そんな医者が私の意見に賛同するとは思えないよなあ。


だが医者の事情も少々変わりつつある。教科書通りの治療では今の高齢者を救うことはできない。これからの日本では高齢者をぴんぴん元気でいさせることのできる医療技術が必要とされる。そういう技術を身につけることができれば、開業しても大繁盛。どこに行っても重宝がられ生活も人生も安定する。だから実際のところ新しく来る院長が私の技術をまねできればそれは彼にとってあまりにもお得な話なのだ。


しかし、人は肩書きのない私のような人間に対して敬意を払うことはできないもの。だから実際は新任院長が私と歩調を合わせるなどできるはずもないだろう。これが現実。


しかも、院長が私の治療をまねできれば、この診療所はおそらく「あそこに行けば手術しないでも治る」と言われる大評判の診療所になれる。だから経営者側にとっては悪い話ではないはずだ。


ただ、新任院長を説得するには相当苦労をするであろう。それがわたし流のこの堕落した経営者へのお灸のつもりだった。まあ期待はしていない。このお灸を真正面から受け入れることができれば、ここの経営者は人間的に成長できる。


そして2週間後…

「先生からの提案は受け入れられません。よって苦渋の判断ですが先生からの辞表を受け取らせていただきます。」


まあ、そんなことは最初からわかっていたが…

「ありがとうございます。それでは私は3月付でここをやめさせていただきます。」

こう言い払って正式に退職が決定した。


前にも述べたが、私は以前この診療所の院長になってほしいと経営者に頼まれた。その時の提示年俸は私の今のパートの給与よりも安い賃金設定だった。ここの経営者は、今よりも安い給与にしてさらに経営者側に私を取り入れて社側で縛ろうという都合のいいことを、恥ずかしげもなく提示してくる常識ない人たちだった。


私は賃金が安いことにむかつきはしたが、それでも院長職を受け入れるつもりだった。なぜならば、ここの職員は生き生きしていない。ここを改善して職員たちに働く喜びとプライドを贈ろうなどと本気で考えたからだった。そのための改善要求を経営者に”私が院長になる条件”として提出したのだが、そうするとあっさり「院長の件はなかったことに…」と言ってひっこめたのだ。


そういういきさつがあって、ここの経営者は「経営改善よりもイエスマンを周りに固めたいワンマン経営者」だということが判明し私はいっきに興ざめしたという経緯がある。


だから今回も経営者に最後のチャンスを与えた。しかしあっさり断ってきた。まあそうだろう。ここの経営者はお金のことしか頭にない。だから院長が何人も入れ替わり立ち替わりとなるのだ。


ここには恩義も義理もない。逆に私はここに多大な恩義を与え続けた。だが恨むこともない。お金や地位の獲得を目標として生きている人たちに私を入れて置ける器はないだろう。やめるべくしてやめる。そして経営者にそういう器を期待しても仕方ないということも知っている。


ただ私はいろんな施設をこれからも転々として、一人でも多くの医師にこの技術を伝えようと思う。だから一か所にじっとしていない。だがご存じのように、私の技術を教えてあげようという極めてラッキーなことを受け入れる医師など未来にもいなさそうである。