駄々コネ幼児脳患者はやくざよりも手に負えない その2

「あれ?今日はどうしましたか?」

水曜日に「注射をまず3回やってください」と言ったはずなのに3日後の土曜日に例の幼児脳患者が私の元にやってきた。私の外来は何度も言うように待ち時間が半端ではない大混雑だ。注射だけをするのだからこんな待ち時間を待つ必要など何もない。しかも彼女のように駄々コネクレーマーを相手にしていると他の患者の待ち時間がさらに増えるので彼女に診察室に入ってこられるのは大迷惑だ。


「先生に腰の注射をしてもらいに来ました」

私は目が点になった。腰の注射(腰部硬膜外ブロック)はあくまで治療の効果がなかったときの奥の手であり、通常、閉塞性動脈硬化症に施行するものではない。私は静脈注射では治らなかった患者にのみ「ブロックで血管を広げる、腰由来のしびれを取り除く」という意味で、教科書にない特殊なやり方としてブロックを行っている。彼女は私の注射を必殺の北斗神拳の奥義のようなものだと思ったに違いない。そんな奥義があるのならさっさとそれをやってくれという心理状態に勝手になってしまっているのだろう。私はあまりにもあきれた。


先日、腰のブロックのリスクは説明したはずなのに…彼女はリスクが高い=よく効く注射→なぜ私にそれをやってくれない! と勝手に判断したというのがありありとわかる。

「私は3回注射してから判断しましょうって言ったでしょう?どうしてそれが守れないんですか?」

「腰にするいい注射があるじゃないですか…」


なるほど、やはり彼女は大きな勘違いをしている。あれほど懇切丁寧に説明したのに…

「あの注射は3回注射してダメだったら一つの奥の手として考えるって言ったでしょう?どうして静脈注射をしないんですか?私の言うことがきけないんですか?」

「だから3回やりに来ましたよ。でも腰の注射もお願いします。」

「あなた医者じゃないんだから勝手に自分で治療方法を決めないでもらえますか?」

私はかなり立腹している。


「それで足のしびれはどうなんですか?」

「全然治りません」


さてここで問題だ。全然治らないと患者から「治療の効果なし」と判断を下されてしまった場合、医師はどう対応するか?ここは医師の正念場なのだ。患者の心の中まで深層心理の奥まで入っていこうとするかしないか?で世界が変わる。世界が変わるというのはおおげさな言い方では決してない。深層心理に入り込まない医師には体験できないゾーンだからだ。


「全然治らない」とは患者一人一人の万能感の大きさによりその意味が全く異なる。万能感とは自分がこの世の王様で、自分の願うものはすべて叶うべきであり自分は偉い人間だと思う心を意味する。病気に関して言えば、病気にかかるのは周りが悪いからで自分のせいではない。病気が治らないのは医者が悪いせいだ。悪い医者は憎むべき対象であり偉大なる罰を受ける対象である。医者という職業にある者は私のことを完璧に治せなければならない。とする考え方をいう。


万能感(幼児脳)を持つ者にとって治るとは症状が軽快することが”一生続く”ことを意味する。したがって昨日までは注射の効果があったとしても今日注射の効果が切れていればそれは「全然治らない」というネガティブな言い方をしてしまう。万能感を持つ者にとって治るとは最低でも症状が3分の1以下になってなければ治ると言わない。したがって症状が半分とれることは「全然治らない」になり、昨日まで治っていても今日ぶり返していれば「全然治らない」となる。


こういう患者から治療効果を訊きだすことは医師にとってたやすくない。相手の心理捜査官のように丁寧に状況を思い浮かばせて話を進めないと核心に到着しない。とくに万能感の強い者は自分の発言を否定されることを極端に嫌がる。だから全然治らないと宣言した患者に「実は少しよくなった」ということを認めさせるには最低でも5分は話しこまなければならない。彼女はまさにそのパターンである。


医師は「全然治らない」という者に対しその治療を進めることを中断する。そして有効な治療がそれひとつしかない場合は、「治療不可能」という烙印を押し、その患者から撤退する。彼女は今までもかかわる人すべてに「全然治らない」と言い続け、そのネガティブキャンペーンのおかげで誰も治療しない状態になっていた。


私は立腹しながらも自分を制御し彼女から丁寧に注射後のしびれや痛みの状況をすこしずつ訊きだした。すると発見があった。注射をした翌日はしびれと痛みが軽快し、その夕方には元に戻ったというのである。治療効果があるじゃないか!


万能感の強い人間はこうも感性が狂う。3年間一度も治らなかったしびれや痛みが、1回の注射で半日以上効果があったというのに、それを効果ありとは認めない傲慢さが培われている。たしかに今現時点で治っていないことは確かだが、何回かすれば効果が出るだろうとは思えないのだろうか?思えないほどに感性が狂っている。


「あのね、よく聞きなさいよ。あの注射はもともと12時間くらいしか効果時間がないんです。だから半日きいているなら十分に効果があるんです。効果時間が短いからこそ、毎日注射しに来なさいといってるんですよ。」

「でも3回でいいって言ったじゃないですか」

「3回と言ったのは、あなたが毎日は来れないって言ったからでしょう?値段が高いことも知ってるから気をつかったんです。」

「でも腰にも注射してください。」

この一言で本気で怒りが沸騰した。


「あんたね、ぼくの言うことが聞けないなら他に行けよ。医者はこの辺に何人でもいるから。ぼくの言うことを聞かない人になんで治療する義務があるんだよ。いいかげんに人のいうこと聞けよ。値段が高くて注射できないなら来なくていい。できないなら今の症状をあきらめるしかないだろう。日本はまだいいんだ。他の国の人はこういう治療は値段が高くてそもそも受けられないんだから。」


当然のことながら大きな声で怒鳴りつけるように言う。何度も言うように患者に嫌われてもそんなことは構わない。接客対応でクレームが来てもかまわない。誰も叱りつけてくれる人がいない中でここまで幼児脳のまま大人になった人をどうすればいいか?叱るしかないだろう。まあ、このように叱りつけても彼女は私にたよりきっていることはすぐにわかる。そうでなければこの待ち時間を待ってはいられない。特に彼女のような患者には。だからこのように1度突き放すのだ。


「そんなことありません。昨日も注射しに来ましたよ。そしたら事務の人に次回先生の日に来なさいって追い返されました。」

なに~~~っ!


私の堪忍袋の尾が切れた!静脈注射の患者は自動的に注射することになっているのに、その患者を追い返しただと~~!そしてこんな大混雑の私の診察の日にこさせて、全く治療方針と違う方向にしむけやがって…そして今日も彼女を説教するのにこんなに時間を費やしている。誰だ!追い返したのは!と私の頭の中は瞬間湯沸かし器のように沸騰した。私はそそくさと事務員のところに行き


「この患者を昨日追い返したのは誰だ!」と怒鳴った。

私は大人げないと思われても構わないが、治療を邪魔されることだけは決して許さない。その相手が経営者であろうと事務員であろうと関係ない。


「この患者は静脈注射を受けることができずに返されたんだぞ。そして今日、こんなに混雑する外来を待ってたんだぞ。今日も待たずに注射すべき日だったのに…。彼女の前であやまりなさい。」

「はあ…」

事務員は納得いかない顔で患者の前に立ち

「昨日来られたんですか?すいません…」

と「???」な顔をして一応あやまった。これでけじめはつけさせたが…


「とにかく、今日、2時間半待ったからといって特別な治療はしませんからね。静脈注射だけ受けて帰ってください。それから今後、静脈注射をあと7回するまでは私はあなたの診察を一切しませんから覚悟しておいて下さい。」こういう患者にははっきり回数を断定し、強硬姿勢を見せておく必要がある。なぜなら、静脈注射がきちんと効果あることがわかったからだ。私の診断は間違っていないという確信を持ったからこそこう断言した。


彼女が出て行った後、事務員がやってきて弁解した。

「実は彼女が先生の注射を受けたいって言ってきたんです。だから先生の注射は先生のいらっしゃる日に来て下さいって言っただけなんですけど…」

なるほど、彼女はそれを「追い返された」というような悪意のある言い方に変換したわけだ。自分を正当化したのだ。悪いのはむしろ彼女のほうか…。


「そうか、どなって悪かった。だけど静脈注射をする指示がある時は、彼女のような患者の場合は特に注意して当たってくれてもいいだろう?もともと問題のある人なんだから。悪いがぼくは自分の治療を邪魔されたら爆発するからな! 今後こういうことはないように注意してくれ」


彼女が幼児脳でなければそもそもこんなに複雑にはならない。医師の言うことも誰の言うことも聞かず、しかし、クレームだけは人3倍つけるような人だからこそこれだけの迷惑を毎回ひき起こす。


普通はこういう患者は無視だ。医療にマイナスをもたらし他の患者様に大きな迷惑をかけるからだ。そして実際3年間無視され続けていた。今回私の診察を受けることができて彼女はラッキーだったという他ない。そして周囲は彼女のせいでみんな不快な気分にさせられた。私の株も当然下がっただろう。だがそんなことは関係ない。常に治療に全力を尽くすのみ。