インフォームドコンセントどこまで…3

今日の診療は土曜日なので半ドンの午前診療。しかしながら3日前の私の診療日が祭日でお休みだったため、今日は混雑している。カルテの様子から2時間半から3時間は待つことが予想される。
そのカルテの山の中に新患さんがいたのでその患者の住所をチラッと見ると佐倉市と書いてあった。佐倉は結構遠い場所だと知っている。そこからわざわざ来ているというのがわかった。 さて、私の外来はあまりの混雑のため先に痛みを訴える場所のレントゲン写真
をとっておいてもらい、それから診察に入ってもらう。朝一で来たこの患者はすでに1時間以上待っている。患者は20代女性。見た目に美しい人だった。
「わざわざ遠いところすみませんねえ。混んでますでしょう?よく来られましたね。」 「はい、吉田さんの紹介で来ました。」 「ああ、あの吉田さんね。よくご親戚の方を紹介してくださるんですよ。」
まあこんな会話で診察が始まった。カルテは机の上に20冊近くあった。新患で遠方から紹介で来ていただいた患者であろうと10分以内に診療しなければならない。一人を10分以上かけてしまったら最後の患者は3時間以上も待つことになる。
その点、紹介患者の場合話が早い。それは初めから私のことをある程度信頼してくれているからだ。初回からいきなりブロック注射をするにしても、説得に時間をかける必要がない。患者側が”よく効く治療”を最初から期待しているからだ。しかも遠方から来ているので1回の治療で治してしまわなければならないというプレッシャーもある。この距離で通院は不可能なのだから。
遠方から来るという意味は、もともと患者側にそれだけの覚悟ができているとそう考えていた。少なくとも今日までは。
患者である若い彼女はおばあさんと一緒に来ていた。 「今はご職業は何をなさっているんですか?」 「介護士をしています。でも今はやめています。」
話によると首、肩、肩甲骨、腕から手まで痛みとしびれがあり、しかも腰から足にかけても同様な症状があるという。これで介護は続けられないということなので仕事をやめたという。 なるほど…仕事をやめなければならないほどに追い詰められているのだなあと理解する。
私は撮影した頚椎と腰椎のレントゲン写真を説明し、これが神経根の炎症による神経根性の痛みとしびれであることを説明した。外来は混雑しているがこんせつ丁寧に説明する。それはそうだろう。初診にもかかわらず、今日一日で完全に治してしまおうと私は考えているわけだから、初対面の相手に信じてもらうために病状をきっちり説明しなければならない。したがって遠方から来られた患者には必然的に説明が長くなる。カルテの山はさらに積もっていく…。
さて、治療の話に入る。 「さっそくですが、こことここの神経の根元に注射したいと思いますが、よろしいですか?」 「ええ~っ、注射はしたくありません。」
私は自分の耳を疑った。なぜなら、この患者はすでに他の整形外科にかかっており、そこでよく治らなかったからこそ遠路はるばる私の元へやってきたという前提がある。前の病院では薬を出してもらいリハビリもやっていたという。その程度の治療ではよくならないことを十二分にわかっていることが前提に話を進めている。だからこんな遠方にやってきたのだろう!?注射をしたくないという意味がわからなかった。彼女は一体何を求めているのだろう? 全く無痛ですべてが治る魔法を私が使うとでも思っているのだろうか?
「あの~、遠いところからやってこられて、それでレントゲンの説明だけ聞いて帰られるのですか?」 私はこう言うしかなかった。 「……」彼女は黙っている。
「私の注射は痛くありませんし、首と腰の神経の根元に1本ずつ注射するだけですよ。」 「それはブロックっていうやつですか?」彼女は恐る恐る訊いてくる。
「ブロックとまでは言いません。神経の近くに薬は入れますけど神経に刺すわけではありません。これで一回の注射で治る人も少なくないんですよ。せっかく遠くから来て、何時間も待合室で待って、それでこのまま帰れられたら損ですよ。」 「私注射嫌いなんです」彼女が注射をびびっているのはよくわかった。
ここまで言われればどんな医者も注射などしないだろう。本人が嫌がる。それを強行して注射をすればささいなミスも許されない。注射が少し痛いだけでもかんかんに怒らしまう。
だが、頚椎から来る神経の痛みやしびれは、耐えがたいものだということを私はよく知っている。これを治してやらんことには社会生活が営めない。
彼女が”注射嫌い”であることくらい説き伏せて治療しなければ誰が彼女を治せるだろうか。しかも遠方から来て、紹介された患者である。私はたいていの患者は1日で治療させることができるという自信があったのでついつい強く注射を薦める。注射嫌い、注射痛いは一時の辛抱だからだ。
彼女が迷っている姿を見て私は 「たった二本です。注射やりましょう。遠くから来ているんですから…有無を言わせませんよ。」と言い放った。彼女に注射を決心させるためだった。後にこの一言がトラブルを招くことになるのだが…。
「大丈夫です。そんなに痛くないですから…注射してもいいですか?」 もう一度、今度はやさしく言う。 彼女はためらいながらもうなずいた。
「それではまず、首のほうからやりますよ。ネックレスをはずしていただけますか?」 彼女は覚悟をきめてネックレスをはずし私の注射を受けた。まあ一瞬ではあるが彼女には長く感じただろう。 「うつぶせになっていただけますか?」
これもまた彼女は黙ってうつぶせになり、右の腰に1本注射をうつことに成功した。何も失敗はない。極めて順調に注射が終った。ここまではよかった。 そのまま診察室を退室し、待合室に彼女とご祖母は出て行った。 しかし問題はそこからだ。看護師から連絡が入った。
「さっきの患者様が腕がしびれる」と訴えてます。こう言い伝えに来る看護師も、それは薬がとても良い場所に注入されて成功した証拠だということを知っている。腕がしびれるということは神経根の近くに薬が浸潤した証拠で、今後治癒への期待が大だからだ。だが、さすがに初診の患者の場合、不安がるだろうと思い、私は彼女の元に出向いた。
「肘は曲げ伸ばしできますか?グーパーできますか?」注射がどのくらい効いているか確認する。 「できます。」 こういう場合神経根ブロックにはなっていない。神経に直接薬剤が注入されれば腕が動かなくなるからだ。つまりこれでブロックではなく浸潤であることが確認できた。極めて良好で安全な状況だ。
「腕のしびれはあと30分でとれますから。」 「このまま手が動かなくなるなんてないですか?」すごく不安げに訊いてくる。 私はちょっとふきだしそうになったが、笑いをこらえて 「大丈夫です。しびれているのは薬がとてもよいところに入った証拠です。安心してください。」 このように説明して私は彼女の元を去った。なにせ外来は大勢の患者だらけだ。彼女だけにかまっていられない。
と・こ・ろ・が…2~30分してから看護師が私に話しかけてきた。 「さっきの患者様が足が痛くて歩けないって言ってます。診察室に入れたほうがいいでしょうか?」 「そうですか、すぐに診察室に入れてください。」
私にはそれがなぜ起こったかすぐにわかった。リバウンドだ。一時的に痛みをブロックしたその後に、以前よりも強い痛みが来ることがある。リバウンドの理由は種々考えられる。正座している間は足がしびれて痛みはそれほど感じないが、正座をやめて神経に血行が再開すると神経が息を吹き返し、痛みやしびれが何倍にも増加して感じられる現象がある。そういうことがブロック注射で再現されることが考えられる。ブロック注射は血管を拡張させ局所の循環を改善させるからだ。
リバウンドが起こった患者は驚くことが多いが、それは神経が息を吹き返してきているサインでもあり、私にとってはとても良好なサインだとして受け取る。 現に私の注射した患者のほとんどはリバウンド後、翌朝とても快調になっていることが多く、中には3~4日後に快調になる患者もいる。だからリバウンドは産みの苦しみとして通らなければならない道であることも多い。 診察室に入るやいなや、彼女は恨みと怒りの視線で私をにらみつけている。
「この痛みはどうしてくれるんですか? 歩けなくなったじゃないですか?」 「その痛みはおそらくリバウンドというものです。一時的に痛みが強くなることもあるんです。」 「こんなことになるって注射前に説明してくれませんでしたよね」 間髪なく怒りの言葉が発せられた。
怒るのはわかる。インフォームドコンセントは患者もよく知っていて、患者が怒るのは「説明してもらっていたら注射なんて受けませんでした」と医者を訴える気がある際に言うセリフだ。 「はい、説明不足だったことは私の落ち度です。」 私は自分のミスはすぐに受け入れる。まあ、法律的にはリバウンドのことまでは説明する義務はない。
「落ち度って、どう責任をとってくれるのですか」 あらまあ、まるでやくざのセリフ…だが自分のまいた種だから仕方がない。 「これはリバウンドですけど、2~3日静かにしていれば症状がきれいさっぱり治る人がおおぜいいらっしゃいます。一日眠れば次の日にすっきりしている人もおられるのですよ。もう少し長い目で見ていただけませんか?」 「そういうことを先に説明してくださいましたか?」
彼女はとにかく今の痛みの怒りを説明不足で押し切ろうとしているようだ。 「いいえ、説明不足でしたが…ついつい紹介患者様なので治療にはある程度覚悟があってここまではるばるやってこられていると理解しています。まだ悪くなると決まっているわけではありませんから、もう少し様子を見ていただけませんか?」 「私これから出かけるんです。どうしてくれるんですか?」
「出かけるのはできるだけ控えていただけませんでしょうか? 一日安静にしていれば治ることが多いので…ですが、今日でかけられますと酷くなることも十分に考えられます。」 彼女はこの後、彼氏とデートする約束をしていたらしい…。
「そういうことをなんで最初に言ってくれなかったんですか?」 「はい、遠路はるばるお越しになっているので、どうしても治療させていただきたかったからです。まだ悪くなると決まっていません。」
「有無を言わさず注射しましたよね」 「有無を言わさず…と確かに言いましたが…」
彼女は自分の了承を得ていないということにして違法性を追求したいらしい。悪意がひしひしと伝わる。とにかくご立腹だった。リバウンド後に患者の症状がすこぶる快調になる例を多数経験している私だが、ここまで高圧的な患者に「何日か経てばよくなるからそれまで辛抱しなさい」とはさすがに言えなかった。それは事実だが、もしも快調にならなければ私は訴えられかねない。
「注射の中身を教えてください」 「はい、注射には表面麻酔剤のキシロカインとオルガドロンというステロイドが入っています。」 「ステロイドを注射したんですか?シロートでもその薬は副作用が多いことを知っています。どうしてそんな薬剤を注射したのですか?」
「ステロイドは神経の腫れを引いてくれるからです。」 「副作用はどんなものがあるのですか?」
「若干血圧が高くなったり、糖尿の方は血糖値が上がったり、女性の方は生理不順が来ることもあります。」 彼女はこの生理不順という言葉に激しく反応した。 「私生理が不順なんです。」どうしてくれるんだこのやぶ医者と殴りかかる勢いだ。
「はい、使用したステロイドは短期間で効果が消えますので若い方なら問題にはならないかと思います。」 「どうしてステロイドを使うことを説明しなかったんですか?」 「はい、高齢者の方には必ず説明さしあげていますが、年齢が若いのと、既往歴がとくにないので敢えて説明しませんでした。それにステロイドは短期しか効かないので多分生理不順も起こりません。それにステロイドの副作用は何十種類とありますから、全部説明するには何十分もかかってしまいますので。」
これはもちろん私の切実な正直な言い分だが困ったものだ… 「そういうことを最初に説明しないのは医師としてあり得ないことです。」 「はい、その通りです。説明不足であることは認めますしそこは弁解の余地もございません。」
「この痛みはどうしてくれるんですか?」 「ですから、一日安静にしていれば次の日に快調になる方が大勢いらっしゃいます。」 「私これから出かけるんです。どうしてくれるんですか?」 「どうしても出かけるというのでしたら、止めませんが、できるかぎり痛くないような姿勢をしていてください。」
「カルテをコピーしてください」 「わかりました。これ、コピーして差し上げてください。」 「訴えます」と宣言しているかのようだ。
彼女に何を話しても無駄だということは経験上わかっている。ただ、私は彼女に追加治療をしたかった。今まで、私が関わってきた患者は治療することを第一目的にやってきているので、もし、リバウンドが起こっても追加治療でそれを消し去ってきた。
しかし、彼女にそれを頼んだがそれが余計に彼女の怒りに油に火を注ぐ結果になっている。注射なんか二度とするものか!特にこんなやぶ医者の!!というようなにおいを漂わせている。追加治療の方法があるというのに、それを拒否されるとどうすることもできない。
何を話しても無駄だと理解したが最後に彼女に一言。 「あの~、すいません。今日の注射で心に傷を負ったと思いますが、どうか注射をトラウマにしないでください。私以外の名医があなたを注射で治療しようとしたときに、このトラウマのせいで断ってしまうようなら、人生のマイナスになることがあります。」最後の親切心でいったのだが彼女は話を聞いていない。まあ、やむをえないだろう。私はこういう窮地に追い込まれても最後まで患者の幸せを考えて発言する。
「とにかく、説明しないで注射したんですからね」 どうしても私を加害者にしたいらしい。いいだろう。それも受けて立とう。 婦長からはこの後「インフォームドコンセントをして、だめならそういう患者には治療しないことですね」と言われた。
いいや、それは違う。 世の中には注射にびびって自分の人生を痛みと付き合う台無し人生にしてしまう人が大勢いる。その人たちにたった1本の安全な注射で痛みを取り除けることを伝えずにはいられない。
注射にびびっている人に100に一つくらいしか起こり得ない副作用やリバウンドを「さもあなたに起こりうる」ような説明をすれば、その人たちは治療を逃げるだろう。それは患者たちにとって不幸だろう。リバウンドは治る。副作用のほんの一時的。ならばびびっている人にはわざわざ全ての”もしか”を伝えなくてもいいだろう。
訴えられるならそれも医者の仕事の一つとして受け入れて素直に賠償すればいい。そういう覚悟で医者をやっている。 また、彼女のように理解力の乏しい人にはどれほど説明しても誤解されるだろうし、医者に不信感を持っている人は治療のことを口に出しただけで逃げてゆく。半分痴呆のある高齢者であればなおさらインフォームドコンセントは意味をなさない。
私は、たとえ理解力の乏しい人でも、人の意見を曲解する特殊な性格の人にも、特殊な体質のある少々危険な人にも、すべてにしっかり治療してあげたい。そういう患者たちにインフォームドコンセントは意味のないものであり、説明すればするほど患者は治療から逃げていく。だから逆にインフォームドコンセントを控えるという根性が医者に必要だと考えている。
まあ、時と場合によりけりだが、インフォームドコンセントを控えることは医師にとってクレイジーなこと。それは100%に近い治療効果と安全を保証することを無言で約束することに等しい。その重責に耐え、ミスが許されない状態で腕を磨いていきたい。私はそういう医者でありたいと願うだけに、インフォームドコンセントをわざと控えるということをたまにしている。おそらく、インフォームドコンセントを意識的に「敢えてしなかった」という経験を私だけではなく他の医者も数多く経験しているだろう。
今回の彼女は遠方からわざわざ来院したのだ。何が何でも治療して楽にしてあげたい。だから注射嫌いと言っている人にわざわざ注射をあきらめさせるような副作用を並べて伝えたくはなかった。もちろんそれがこういう結果を招いたわけだから私はまだまだ未熟者だということだ。そのことに反省しつつ、腕を磨き続けなければならない。
神経痛は甘くない。どこの医者に行っても治してなんかもらえない。それをわざわざ私のうわさを聞いてやってきたのだから、「注射を受けて行きなさいよ」と言った。
待合室には私の診療を待つ患者でごったがえし、立っている人までいる。その中で時間的にあせった私は彼女が精神的に病んでいることの確認を省いてしまった。精神的に正常ではなかったのだ。紹介されて来た患者だから私をある程度信じて来てくれているだろうとふんでいたが、私が甘かった。
ここが私の自信過剰なところだった。彼女は赤ん坊のまま大人になったようなヒステリーの持ち主だった。紹介されてきた患者のはずなのに最初から治療を私にゆだねる姿勢が欠けていた。それを見抜けなかった私の未熟さよ。
後になってよく聞くと、彼女の意志でここに来たのではなく、両親に「行って来い」と言われ、いやいや来たらしい。だから治療に非協力的で、注射後のリバウンドに敵意を示したのだった。 今後彼女は私のところに二度とやってこないだろう
病気には3種類ある。勝手に治るもの、誰かが手を貸せば治るもの、誰かが手を貸し、そして自分自身も努力しなければ治らないもの、の三つだ。一つ目、二つ目の病気なら何も問題ない。だが、三つめの病気は本人の努力(治療への協力)が必要になる。今回のような赤ちゃんのまま大人になったような娘さんには3つ目はできない相談だろう。ならば痛みとともに過ごすしかない。恐らく彼女は何かの因縁をひきずっている。
彼女のような甘えた患者を捨て置くことは簡単だが、自分に課す試練として、これからも積極的にかかわっていこうと思っている。私はこんなことでくじけない。
よし、もしも彼女に訴えられたら、正々堂々表に出て責任を償おう。おおげさだがそう決心して帰った。無論、その後に私は訴えられてもいないし、彼女の病状が悪くなったという話も聞かない。彼女を私に紹介した人は臆することなく私の外来にいまだ通ってきている。