ステロイドの副作用調査中に偶然発見した医学的タブー

タブーを語る前に

私は難治性の神経痛、関節痛その他、「手術をしなければ治らない」と宣告された患者をメインに治療することを10数年前から行ってきた。難治性の患者を改善させるためには、場合によってはステロイドを使うことがあった。 しかし、ステロイドの安全性が確立されていないので、リスクが少ないであろう「微量の」ステロイド使用を試行錯誤してきた。 ステロイドは副腎抑制という重大な副作用があるので、それを起こさない分量、使用間隔を調査したのだが…中にはほんのわずかなステロイド使用でACTH(副腎皮質刺激ホルモン)が激減した症例にでくわした。
2ヶ月半前にわずかな量のケナコルトを使用し、2ヶ月半、ステロイドを一切使用していない患者の採血をするとACTHが0に近い状態であったため、私はそれがステロイドのせいであるとはどうしても思えなかった。ベースに副腎過形成でもあるかもしれないと思い、内科受診させたのだが過形成などはなく、2週間後にはACTHが正常値付近まで上昇していた。
ならば少量のステロイド使用が原因で、その後3か月間ACTHが0という下垂体機能低下症を起こしていたということになる(その症例報告を後述する)。 内科の医師は「ステロイド使用でそういうこともある」と簡単に言い放ったが、もし内科の医師のセリフが真実であった場合、それはたいへんなことを意味する。 なぜなら、ステロイドは薬として投与しなくても、体内から普通に分泌されているものである。患者にストレス(風をひく、睡眠不足が続くなど)がかかると、ステロイドが分泌されるが、ストレスが長引けばその体内ステロイド分泌によって下垂体機能低下症を起こす可能性があるからだ。 それはこの患者の特異体質であるのかもしれないが、ならば、何が原因でそういう特異体質ができあがってしまったのかという疑問にもつながる。
この患者は一見元気そうで、ACTHを調べるという特殊な採血をしない限り、下垂体機能低下は見えてこなかった。もしかすると下垂体機能低下予備軍の患者は他にもたくさんいるのかもしれないと考えるようになった。 ステロイドが原因ではなく、ステロイドはきっかけにすぎない。ささいなステロイドで下垂体機能低下が起こる体質…その正体は何なのか? それが本文を書くきっかけである。正体をさぐるほどに医学のタブーに近づいている気がしている。

持続型ステロイド少量では健常人では副作用が現れない

私はステロイドを使う際、ケナコルトという2~3週間効果が持続するものを少量だけ用いる。用量・用法は2週間に10mgであり、プレドニン換算で12.5mg、1日平均1mg以下という少量のステロイドを投与している。そのような少量の中、以下のような事件が起こった。

ACTH異常低下の特殊な症例の検討

79歳女性、右膝痛を主訴で月に1回の頻度でTCA10mgの膝関節内注射を6か月間で計5回受ける。TCAの最終投与後2.5カ月後にACTHを計測したところ、ACTH<1と低値を示した。副腎の過形成などを疑い内科を受診させたところ、その2週後にはACTH6.6、コルチゾル9.4、3週後にはACTH6.6、コルチゾル9.6とほぼ正常値に近づいていた。

考察

本症例ではTCA10mgを月に1回「少量を間欠的に投与」したにもかかわらずACTH異常低下が8.5か月続いた可能性があるという話である。 これはステロイドが下垂体に対してネガティブフィードバックを起こし、汎下垂体機能低下症が長期間持続したと考えてよいのだろうか。よいのであれば大きな社会問題となる。
1か月にTCA10mgはプレドニン換算で12.5mgという極めて少量のステロイドである(1日当たり平均してプレドニン換算で0.42mg)。これほどの少量ステロイドで長期に下垂体機能低下が起こることがあるならば、我々はもはやアトピー性皮膚炎の患者にステロイド軟こうさえ処方できなくなる。また、ステロイド軟膏を処方するのなら全患者にACTH検査は必須にしなければならなくなる。
加えて、下垂体機能低下症の治療にはステロイドを使用するが、このステロイドが下垂体をさらに機能不全にさせる可能性があり、治療が本末転倒になるということにもつながる。
1991年のアトピー学会の発表に興味深い記事がある。それはステロイド軟膏を多量に使用している患者ではACTH低下が約3割に認められ、ステロイド軟膏を中止してからも1か月はACTHの低下が回復しなかったとある。
ステロイドが下垂体機能低下を招くであろうことは、若い女性にケナコルトを使用すると、少量でも排卵抑制が来ることでほぼ明らかである。ステロイドはACTHだけを低下させるだけではなく、FSHにも影響があるから排卵抑制がおこるのだろう。よってステロイドは、汎下垂体機能低下を生じさせると考えるが、もしかしてこの領域の話を論ずることはタブーなのだろうか。
なにせステロイドはあらゆる科で使用され、「大量に長期使用で」様々な副作用が出ると信じられているが、そうではなく「少量でも下垂体機能低下のおそれあり」となるわけであるから、ステロイド使用がさらに難しくなるからだ。
問題はそれだけではない。ステロイドは体内から分泌されているホルモンであるから、本症例のような少量ステロイドに過敏に反応する患者では、ささいなストレス(風邪を引くなど)を受けると、自分の体内から分泌されるステロイド(コルチゾール)で長期間下垂体機能が低下し、やがて汎下垂体機能低下症へと移行することも十分にある。高齢者が理由なく食欲などが激減して衰弱する例は全国に多々あるが、その原因は体内ステロイドによる下垂体機能低下かもしれないという話である。

高コレステロール血症が原因で下垂体機能低下が起こりうるか?

私はさらに念入りにステロイド使用患者の血液動態を調査することにしたのだが、すると高コレステロール血症の患者では有意にACTH低下、コルチゾール低下を起こすことを発見した。しかも、高コレステロール治療薬を服薬しても低下に歯止めが効かないことも発見した(ステロイド使用をさらに低くすれば高コレステロール治療薬で歯止めが効くこともわかったが)(「ケナコルトの安全性と副作用に関する調査」を参)。
つまり高コレステロール血症があるとそこに少量のステロイドを投与しただけで下垂体機能、副腎皮質機能が低下する可能性が高くなるようなのだ。 それに加えて高コレステロール血症罹患者が高齢者人口の5割を超えるのであれば、誰もが下垂体機能低下症に罹患する可能性があることを示している。 このようにステロイド使用で下垂体機能を長期間抑制する症例があることを考えると、皮膚科や耳鼻科、婦人科、膠原病内科ではやっかいなことになる。ステロイドが常に使用されているからである。

下垂体機能、副腎皮質機能が低下すると高熱がでやすい

下垂体機能、副腎皮質機能の低下があるとコルチゾール(ステロイド)の分泌が低下し、風邪などをひいたときにその炎症を抑える役者がいないため高熱が出現しやすくなると推測される。つまり症状が重くなるということだ。肺炎などにも弱くなり、普通ならば治る肺炎で死に至ることもありうる。
ただし、病気にかからなければ何事もない。だから普段は下垂体機能が低下していても何も感じないと思われる。  この状態を脱するためには高コレステロール血症を改善させることが一番よいと思われるが、高コレステロール治療薬を服薬してコレステロール値を正常に保っていても完全には防ぎきれないと思われ、正常化には食事療法によってコレステロール値を下げるしかない。
これがもし事実であれば、高コレステロール治療薬の売り上げは失速する。多くの人々が薬ではなく食事療法で高コレステロールを治療しようとするようになるからだ。よって社会に与える反響は大きくなる。だからこの事実はタブーなのかもしれない。。
高コレステロール血症と下垂体‐副腎機能低下の関係を証明するにはさらなる調査が必要で、大騒ぎするのはまだまだ早いと思われるが、どちらにしてもコレステロールの過剰摂取は体によくないのだから、高齢化社会では低コレステロール食を推進するCMを流すべきであろう。