骨粗鬆症治療薬で顎骨壊死を引き起こすの真偽

ことの発端

歯科治療で抜歯などの処置をした後に患者が顎骨壊死(露出)を起こすことは以前からしばしばあった。顎骨壊死のリスクは感染・免疫不全・糖尿・喫煙などが言われているが、最大のリスクファクターは当然ながら侵襲的(乱暴な)手技であろう(ただしこれを口にすることはタブーである)。
歯科医たちは目の前の治療患者に顎骨壊死が発生した時、「この患者はなぜこんなに長期間、顎骨壊死が治らないのだろう?」と原因を探った。そこで患者の既往歴を調べたところ共通点があった。注射剤のビスフォスホネート(以下BPという)を使用していることだった。2003年にこのことがMarxらによってはじめて報告された。
この顎骨壊死とBP使用の関連は歯科医の間でたちまちトピックスとなった。「BPのせいで顎骨壊死が起こる。BPを使っている患者には抜歯をするな。BPの使用をやめさせろ。」と一斉にBP叩きが始まったのである。 オーストラリアではこの話にマスコミが食いつき、BP不使用キャンペーンがわき起こり、一時BP製剤は全く処方されなくなった。
ところが、それ以降オーストラリアでは高齢者の骨折率が上昇に転じ、「顎骨壊死のリスクはあっても、骨折を防ぐ方が優先されるべきである」という世情になった。この世情を反映し、今ではオーストラリアでもBPが使用されている。と、同時に口腔外科学会の提唱には根拠があるのかと疑いの目がかけられるようになり、医師の間から次々と反対論文が出されるようになった。この歯科医対医師のBPをめぐる論争はいまだに決着はついておらず歯科治療現場では混乱が続いているのである。
この混乱は主に患者と薬剤師に大きな混乱を招いている。薬剤師は医師にBPをやめるべきかの助言をするかしないか、歯科医に助言をするかしないか、患者に助言をするかしないか、全く正解がないからである。患者も同じように振り回されている。 医師・歯科医師は患者のことも薬剤師のことも眼中にない。医師はBP処方を中止しないし、歯科医師は積極的な歯科治療を放棄するという対応である。困るのはもちろん患者である。

顎骨壊死という単語の不当性

まず顎骨壊死という単語が正当ではないことがもっとも最近のポジションペーパーでも指摘されているということを知っておく必要がある。 壊死ではなく骨髄炎であろうと指摘を受けている。 この「医学用語の不正使用」には意味があると考えるべきである。なぜ2003年Marxらが故意にこの用語を用いて発表したのかを考えなければならない。
骨髄炎と発表すれば原因は「乱暴な手技・感染・免疫低下・不衛生」と推測されてしまうからである。Marxらは骨髄炎がBPのせいであると強調したいがために、意図的に顎骨壊死という「BPとの因果関係を強く推測させる言葉」を用いたと思われる。
決してMarxらを非難しているわけではない。第1発見者はそのくらいの鼻息の荒さ(反社会性)がむしろ必要であると考える。だが、現在、BP関連顎骨壊死に本当にBPが原因となっているのかという疑惑がかかっている。こうなると顎骨壊死という単語自体が不当ではないかと思われても仕方がない。

高齢者の骨折は癌よりも怖い

まず、一般的にあまり知られていない事実として、骨粗鬆症により椎体骨骨折を起こした高齢者は5年以内に約80%が死亡する(大腿骨近位部骨折では1年以内に20%が死亡)。この死亡率の高さは超悪性の癌並みである。
BP製剤は椎体骨骨折を防ぐ薬の最高峰であり、この薬を服薬していると椎体骨骨折の41~70%を防ぐことができるとされる。よってBP製剤は命の存続に関わる重要な薬として位置づけられる。 この重要な薬を「顎骨壊死が少し増える」くらいのリスクで中止するわけにはいかないというのが世界の医師たちの統一見解になってきた。
BP製剤は製薬会社の稼ぎ頭であるから、このキャンペーンも少しおおげさであると考えるべきであろう。製薬会社が整形外科医をたきつけ、BP薬の重要性を誇大に宣伝させている傾向も否めない。 よって現在、この歯科医と医師の論争では医師が優勢になり、BPをやめる必要などないという方向に収束しつつある。
そしてオーストラリアでもBPが使用されている。だが、歯科医は今も尚、BPを使用していると3か月間休薬し、積極的治療はしないという強硬姿勢を示す者が少なくない。その被害者は患者である。消極的な治療のおかげで感染が拡大し、結局顎骨壊死のリスクを上げてしまうという本末転倒なことになっていないだろうか心配である。

BRONJ論争は非常に激化している

BRONJとはビスフォスホネート関連顎骨壊死の略語である。BRONJを語る前にBRONJの診断基準がそもそも妥当なのかという疑問を抱かなければならない。診断基準の概要をいうと「8週間以上続く骨の露出(壊死)などの症状がありBPを使用していて、顎骨への放射線治療をしておらず、悪性腫瘍など他の疾患を除外したもの」である。
この診断基準の不当さに気付かなければならない。8週間以上というのは重症度の指標である。「BPを使用すると壊死が重症化する」と勝手に決め付けているところがそもそも不当である。 なぜならば、重症度を決める要因は、BPよりも患者の免疫力や年齢の高さ、不衛生さによるところの方が大きいと考えられるからだ。
顎骨壊死の程度が重症であってもBPを服用していない人もいれば、軽症だがBPを服用している人もいる。この診断基準では、そういう人たちが全て無視される。そして「BPを使用すると重症化する」という「深く因果関係を調査しなければ判明しない議論個所」をさらりと定義化してしまっている。
BRONJの診断基準がそもそも不当だということは、私が言わなくともすでに他の医師(BRONJ委員会:宋圓氏)も指摘している。 だがよく考えてみてほしい、歯科医たちが作った診断基準を医師たちが「それはおかしい」と指摘しているということは、医師が歯科学会の面子を傷つけるに値する。診断基準の否定は歯科の権威を否定するに等しい。それはちょっとした喧嘩に等しい。それほどこのBRONJに関して医師たちが歯科学会に不信感を持っているという状況をまず理解しなければならない。
この論争に決着はついていないが、医師は歯科医師にBRONJへの対応につき不信感を持っている状況だといえる(日本だけでなく世界レベルで)。

統計学の誤用

人間は意外と単純である。顎骨露出が8週間以上続いた人をピックアップし、その人たちにBP使用の共通点(関連性)を見出したとき、重症化はBPのせいであると考察してしまうのは単純すぎるという意味だ。
そもそもBPを使うことと、高齢は相関関係にある。高齢と、骨密度が低いこと、骨代謝が異常であること、合併症を多く持つこと、他に種々の薬を服用していること、口腔内が不衛生なこと、免疫力が低いことなどとも相関がある。
高齢と顎骨壊死の重症化には当然相関があるだろうから、顎骨壊死の重症化はBP以外にも数々の条件と相関を持つことが統計学的に証明される。よってBPと顎骨壊死の重症化にも正の相関が出るのは当たり前である。
顎骨壊死の重症化をBPのせいだと決めつけるためにはもっと多くの証拠が必要になる。最低でも「BPを休薬すれば顎骨壊死は起こらない」という(自然発生率と同じであればよい)証拠、そして顎骨以外でもBPの使用で骨髄炎が重症化しやすいことの証拠が必要になる。この証拠がない限り重症化をBPのせいと発表するのはあせりすぎである。
そして、確証のない段階での判断をしてはいけないのに、すでに欧米豪の歯科学会が先走ってしまっているのである。もちろん医師たちはこの「歯科学会の証拠不十分な理論暴走」に反感を持っている者が多く、各国の歯科学会もその攻撃を受けて迷走しているようだ。

2012年ポジションペーパーの混迷

日本のBRONJ検討委員会が統一見解を作成している。その中で松本歯科大学の田口明氏は「BP製剤の休薬がBRONJ発生を予防するという明らかなエビデンスは得られていない」と言う一方、「BP製剤の休薬が可能な場合、その期間が長いほど、BRONJの発生頻度は低くなるとの報告があり」と、同じ文章の中で反対のことを述べている。
また同、田口氏は「侵襲的歯科治療を行うことについて、投与期間が3年未満で、他にリスクファクターがない場合はBP製剤の休薬は原則として不要であり」と言う一方、「骨のリモデリングを考慮すると休薬期間は3か月程度が望ましい」と反対のことを述べている。
これらの微妙な言葉遊びは明言を避けたいという意志がリアルに伝わるが、ポジションペーパーという「日本の治療指針を先導する論文」でこのような分裂した文章を書くことがどれだけ現場の歯科治療方針を混乱させるか考えてみるべきであろう。これでは彼らが不信感を持たれてもやむを得ない状況である。私の患者(骨粗鬆症治療の)の中には、この分裂的ポジションペーパーのおかげで1年間歯科治療を保留された患者が実際にいる。

BPの休薬には意味がないとする理論

整形外科・リウマチ科医の馬渡氏の論文によるとBPは一旦骨ハイドロキシアパタイトに沈着すると10年以上残存するといわれており、休薬がBRONJ予防に有効であるというエビデンスはないと述べている。これも極論ではある。なぜならば残存と作用は別次元だからである。10年残存しこれが骨代謝に効果を発揮するのであれば、一度服用してしまえば10年間休薬してもよいわけで、残存と作用を混同することは極論である。ここではBPの副作用についての議論であり、残存の議論にすりかえてはいけない。
彼の理論は極論ではあるが、確かに休薬がよいとするエビデンスはない(前出の田口氏はエビデンスを示した報告があると述べているが…)。 経口BP薬は、1日1回服用から月に1回服用まで種々あるが、1日1回の薬は作用が1日だから毎日服薬するのである。よって「作用時間」を基準として休薬を考えるなら、1日休薬でよいのである。作用時間が1週間ならば、休薬1週間である。作用時間が1か月なら休薬1か月である。だからもしも休薬について論議するのなら、作用時間の違う薬毎に検討しなければならず、一律3か月は理論的ではない。
作用ではなく、「問題は残存である」とするならば、馬渡氏の理論が正当である。「問題は作用時間である」とするならば3か月休薬はおかしい。どちらにどう転んでも3か月休薬の3という数字には正当性がない。

論文や統計学は証拠にはならない

我々は論文の信用度を示す時に、統計学を用いるしか手段がない。つまり統計学は病気の原因と症状を結びつけるためのデータとして用いられるわけだが、本来、統計学は「因果関係について述べてはいけない」ことが原則の学問である。そのことは学識者ならば知っていて当然なのだが、統計学以外に信用度を示すことができるものがないという状況から、統計学で相関を証明すれば「因果関係について語っても許される」ことが暗黙の了解になっている。暗黙の了解は非科学的であり「やってはいけないこと」なのであるが世界中の学識者がやってしまっている。
私は自分の研究でこんなことを経験した。 ステロイドを使用すると下垂体機能が抑制され、ACTHが下がるということのデータをとっていた。すると高コレステロール治療薬を服薬している人がACTHが有意に下がりやすいという関連を偶然見つけてしまった。
この発見は一大事だと思った。なぜならコレステロールを下げる薬で下垂体機能が低下するリスクを高めるからだ。これは薬害の一つに違いないと思った。 ところが、その後の私の追加研究で、コレステロールが高い者が有意にACTH低下が起こることを発見した。コレステロールが高い者は治療薬を服薬する。だから薬を飲んでいる人とACTHが低下するのだと誤解していたのだということに気づいた。
つまり、薬のせいでACTHが低下しているのではなく、コレステロールが高いことでACTHが低下すると判断するに至った。薬害ではなかったのだ。むしろその逆である、高コレステロール治療薬を休薬したほうがACTHが下がるリスクが増える。
これと同じことがBP製剤にも言える可能性がある。BP製剤を用いているから顎骨壊死が重症化するというのが実は間違いで、そもそも骨代謝に異常があることが根本原因で顎骨壊死が重症化しているというのが真実かもしれない。 なぜなら、骨代謝異常がある者ほどBP製剤を服用しているのだから。統計学はこれほど誤解を招く学問となっている現状がある。統計学を純粋に研究している数学者に申し訳ない。

BPは注射製剤でBRONJが起きやすいという誤解

BRONJが最初に報告されたのは注射製剤BPの使用との関連だった。実はこのことがさらに多くの誤解と間違った憶測を招いた。BP製剤は注射薬ではBRONJが起こりやすく、経口薬では起こりにくいという誤解である。 BPの製薬会社の販売促進員(MR)は「BRONJは注射薬で起こることだから経口薬ではまず起こらないですよ」というような口調で医師たちに吹聴していたからだ。
確かにBRONJ発現頻度は注射薬で1~12%(2009年米国ポジションペーパーによる)、経口薬で0.01~0.04%(Mavrokokkiら豪州)と言われており、この数字だけを見れば注射薬で100倍から1000倍の発生頻度となることがわかる。 だが、統計学を正しく考察すると以下のような推測をする。
そもそもBPの注射製剤を使用する患者には共通点がある。それは骨代謝が極度に悪化しているという共通点である。注射製剤は癌の骨転移や多発性骨髄腫など骨代謝がきわめて異常な患者にのみ用いられている。注射BP製剤の使用患者をピックアップするということは、重症骨代謝異常者を抽出していることとほぼ同じであり、重症骨代謝異常者に顎骨壊死が起こりやすいというデータを単に見ているだけかもしれないのである。
当然ながら経口BP薬投与患者は軽症骨代謝異常者を意味し、顎骨壊死の発生頻度が低くなる。単にそうしたデータを意味しているだけなのかもしれない。それが統計学である。 もしも、注射BPが原因でBRONJが多く発生すると言いたいのであれば、骨代謝異常の程度が同じ患者で注射薬と経口薬を投与し、発生頻度を比べなければならない。しかし、それができていないから「BRONJ発現頻度は注射薬で1~12%、経口薬で0.01~0.04%」というデータは全く信用に値しないのである。信用に値しないデータを国家レベルでポジションペーパーに記載していると歯科医全体の威信が落ちかねない。
さらに言うと、BRONJの診断基準がおかしいことは前に述べた。おかしい診断基準でデータを採取しても、おかしいデータしか出ない。 ちなみに我が国のBRONJに占める注射薬と経口薬の割合は57.8%と39.5%(2011年Uradeら)、米国では96%と2.5%とあまりにも異なるデータである。こうしたデータの著しい差はデータそのものの採集方法に問題があることの証拠にはなる。
どういう症例に注射薬を使うかにデータ依存しているからこそこれほどの差が出る。このデータはBRONJが薬に依存しているのではなく症状(骨代謝異常)に依存していることを推測させる。 つまり、注射製剤だからBRONJが増えるのではなく、骨代謝異常の程度が重いから顎骨壊死が重症化しやすいということに理論が収束する。
この理論を裏づけるように、米国FDAでは「同じBP製剤の経口用と注射用製剤の効果と有害事象発生を検討した結果、効果に差がなく顎骨壊死の頻度にも差が認められなかった」としている。 注射薬ではBRONJの発生頻度が経口薬の100~1000倍であるのに、なぜFDAの調査では発生頻度に差がないのか。その理由は先ほど述べた条件設定によると思われる。FDAの調査ではおそらく骨代謝異常の程度の差が均等な集団を調査し、歯科学会の調査では骨代謝異常の程度に大きな偏りがある集団を調査した可能性がある。
今、ここに挙げた例は全て、BRONJはBP薬が直接原因ではなく、骨代謝異常に原因があるのではないかと推測させるものばかりである。 今一度述べる。「注射BP薬と経口BP薬の効果と有害事象は差がない!」(by FDA)。

BRONJの矛盾は年々次々と発見されている

「BP製剤を服用すると顎骨壊死が重症化しやすい」というBRONJの概念には矛盾が次々と発見されている。 例えば、BPを休薬してもBRONJ発生率が下がらないという矛盾(対論Saad Fら2012年もあるが)、小児のBP使用ではBRONJが起こらないという矛盾、BPではなく作用機序の異なるデノスマブでも同じ頻度で顎骨壊死が起こるという矛盾、顎骨以外では骨壊死の報告がない矛盾、注射薬で発生頻度が100~1000倍になるというがFDAの調査ではそういう事実がないとする矛盾、注射薬:経口薬のBRONJ発生件数比が国によって大差がある、などである。
BPが原因でBRONJが起こると仮定するとこれほどいろいろと矛盾が起こる。これを「骨代謝異常が原因で顎骨壊死が起こる、BP薬は直接の因果関係が少ない」と仮定すると全ての論文がむすびつき丸くおさまる。
よって医師たちはBRONJという疾患の存在自体に懐疑の念を持っている。サッカーの試合にたとえると後半のロスタイム突入で0対9で医師側が勝っているようなものである。歯科学会の提唱する論文は論拠が乏しいものが多い。 だが、世間も医師たちも、おとなであるから、名指しで歯科学会を批判したりはしない。あくまでBPを休薬しない理由は「リスクベネフィットの観点から、BP薬を継続したほうが望ましいからである」という歯科学会に配慮した言い方をしている。なぜならさらに10年後はもしかすると歯科学会の理論が逆転勝利する可能性もあるからである。学問とはそれほどいい加減なものである。

統計学では反対論も正論になる

統計学がいい加減であると述べた理由は他にもある。統計学ではp<0.01などと「pが起こりうる確率は1%未満だから、そんなことは偶然では起こらない→関連には法則がある」とする学問である。だが、同じ研究をする者が世界に100人いれば、その一人には1%の確率で起こる現象が100%近い確率で起こる。P<0.05ならばもっと出る。 つまり、100人の学者がいれば必ず正反対の結果を出す学者がいる。これも統計学的に証明される。問題はこの反対論者の理論を採用する者とそうでない者同士の理論が対立してしまうことである。
歯科医であればBPを休薬するとBRONJが減るとする論文を採用し、医師であればBPを休薬してもBRONJが減らないという論文を採用し対立する。 先ほど述べた2012年ポジションペーパーの混迷は、そうした反対の結果を出した論者の論文とそうでない方の論文を両方とも採用した結果である。だから支離滅裂の論文を生む。しかしその支離滅裂なものがポジションペーパーとして配布されていることが問題なのである。しっかりまとめられる編集長がいれば問題ないが、どんぐりのせいくらべであればお互いの論文を尊重しあうためにこの支離滅裂な文がそのまま公表される。

BRONJの発生機序は何もわかっていない

私は何もわかっていないのだから「BPでBRONJになると言うべきではない」とは言わない。原因が何もわかっていなくとも被害が甚大であるならば、可能性があるものは排除した方がよいだろう。 ただ、わかっていないということは認識しておくべきだと述べておく(2012年現在で)。「破骨細胞の活動が抑えられるためであろう」と推測されているが、それがなぜBRONJとなるのかは結びつけられる証拠がなにもない。
他の作用機序の骨吸収抑制剤(デノスマブ)でも顎骨壊死を増加させるという論文もある(Saad Fら2012年)。BPとデノスマブの共通点は破骨細胞の抑性であるから、原因は破骨細胞の抑制であると推測する者もいる。 破骨細胞の抑制とBRONJが関係ありとすれば、なぜ顎にだけ起こるのかという疑問が起こる。人工膝関節や人工股関節の手術を受けた人でもBP服薬の患者は有意に骨髄炎(骨壊死)が起こりやすいというのなら話はわかるが、そういう報告はない。
この疑問に対する釈明は「顎骨は感染しやすいからである」と述べているが、ならばBPを休薬するのではなく、感染に注意して治療しようという話に終わってしまう。BPの影響は些細であり感染が原因のほとんどであるという推測につながる。 整形外科領域でも手術後に骨髄炎が起こることは少なくないことである。骨髄炎が起こるということはすでに感染が起こっているということであり、整形外科手術後の骨髄炎もBP使用で重症化する傾向がなければ嘘である。
よってBPがBRONJを起こすというのなら、整形外科手術後の骨髄炎を世界レベルで調査し、BP使用で骨髄炎が遷延するかどうかを調べなければならない。その上で、BPを使用していると本当に整形外科術後に骨髄炎が遷延しやすいというデータが出れば、BPでBRONJが起こるということに信用性が生まれる。
近畿大学整形外科・リウマチ科の宗圓氏の論文には「非感染性壊死の場合、BP製剤の投与で骨変形の進行を抑制できることから考えると、BP製剤が骨壊死を直接的に引き起こすとは考えにくい」と述べ、BRONJの存在そのものに不信感を抱いている。彼の見解はBRONJは感染が遷延化している骨髄炎であり、BPが関与しているとは考えにくいと述べ、口腔外科学会の考え方に真っ向対立している(彼はBRONJ検討委員会のメンバーである)。

米国歯科学会は事実上負けを認めた?

2011年に米国歯科学会は骨吸収抑制薬服用患者のケアに関して、骨吸収抑制薬に関連した顎骨壊死は高い最大推定頻度で0.1%であり、骨吸収抑制薬による有益性は低リスクである顎骨壊死発症を上回ること、BP製剤の中止により顎骨壊死のリスクを低下させる可能性はなく、低骨量患者に対する治療に悪影響を及ぼすと宣言した。
これは「特にリスクがなければ歯科医が何と言っても、BPをやめる必要はないですよ」と事実上宣言したことを意味する。だが、その後に改訂されて発行された2012年BRONJに対するポジションペーパーでは上述したように「3か月の休薬が望ましい」などと書かれている。論者(松本歯科大学、田口氏)が世界情勢を読めていないだけなのか不明である。
さらに、上記の近畿大学整形外科・リウマチ科の宗圓氏は「休薬は必要ない派」であり、松本歯科大学、田口氏の見解は休薬推奨派で対立しているのに、同じ2012年ポジションペーパー編集に携わっており、BRONJ委員会内部で統一見解が得られていない。 お互いのプライドと世界の迷走した論文と、世界情勢、米国歯科学会の情勢などが複雑にからみあい、患者利益よりも意地の張り合いでガイドラインが作成されている感が否めない。

BP使用で顎骨以外に骨壊死を起こすか?

BP使用で骨壊死・骨髄炎が遷延するのかどうか?ということがこの論争の争点である。「顎骨に限り」という条件付きで論じようとする時点で歯科医の論点がぼやけてしまっている。顎骨は特別だといいたいようだが、骨髄炎を起こすのは顎骨だけ専売特許ではない。術後の骨髄炎、そして無菌性の骨髄炎も全て含め全ての骨髄炎で論じなければBPの副作用について語ってはいけない。
BPは全身の骨に作用するのだから。その点において、語ってはいけないことを語ってきたためBRONJではさらに信用を失った感じがする。物事は一部だけを見れば間違ったことでも真実にされてしまうが、全体像を通して見れば真実がようやく見えてくる。顎骨を特別扱いすると真実からかけはなれやすい。真実を追究するには全ての骨髄炎症例についてBPと関連付けてその遷延化のあるなしを研究することが望ましい。
さて、BPの副作用として顎骨壊死だけを見ていたのでは、これまた真実が見えなくなる。今のところ問題提起されているBP関連事項として非定型大腿骨骨折がある。 BPの長期使用で大腿骨転子化から骨幹部にかけて誘因なく骨折する例があり、BPとの関連疑惑が持たれている。しかし2011年の日本での骨粗鬆症委員会の調査では関連を立証できずという結果であった。一応、今のところBP関連の有害事象はBRONJと非定型大腿骨骨折のみである。

リスクがあればBPを休薬

そろそろまとめに入る。実際のところどういう歯科治療でBPがどのような休薬方針となっているかを述べる。理論はどうであれ実情は以下のようである。嘆かわしいことに、ガイドライン自体があいまいに作られ、どうにでも解釈できるように作成されてしまっている。
  1. BP投与3年未満でリスクファクターなしなら休薬しない。
  2. BP投与3年以上、またはリスクファクターありで骨密度が高いなら休薬

このガイドラインでは2における骨密度の低い人の場合どうすればよいのかが記されていない。もともとBPを服薬しているのは、骨密度が低いからであり、骨密度の低い人を無視したこのガイドラインは意味をなしていない。これでは歯科医が迷走する。ましてや歯科医に骨密度を測定する機材は置いていない。
またリスクファクター(悪性腫瘍、透析、低ヘモグロビン、糖尿、肥満、骨ページェット、ステロイド使用、喫煙、飲酒など)の全てを調べることも容易ではない。加えて、未発見のリスクファクターはもっともっとある。コレステロール値、尿酸値、甲状腺、下垂体の影響などなど関連が発見されていないリスクファクターは五万とあるだろう。つまりリスクファクターの有無では患者をまもりきれない。
また、リスクファクターや骨密度を調べるには整形外科医との連携が必要であるが、整形外科医はBRONJについて歯科医に不信感を多分に持っており、協力が得られにくいという現状がある。整形外科医はそもそもBRONJの存在に対して疑問を持っている。まさに骨抜きのガイドラインである。

BRONJは治療技術の未熟さが最大原因か?

2008年Grbicらによるこれまでもっとも症例数の多いゾレドロン酸とプラセボを比較した7714例の試験では両群ともに1例ずつ顎骨壊死が報告されたのみで有意差はなかった。この報告からは私はBRONJの存在自体に疑問を持つ。なぜならばBPを服薬していても「ほとんど顎骨壊死が発生しなかった」からである。この調査はBPがBRONJを引き起こす可能性がほぼないことを示している。
一方、2009年Sedghizadehらによると米国でアレンドロン酸を数年服用していた患者208人のうち、抜歯などで9人(4%)に顎骨壊死が発症したと報告したが、両者を対比させて考えると、後者は前者の200倍近くの顎骨壊死の発生率である。この大差は普通に考えるなら風土病ではなく人為的なものである。この結果を受け、顎骨壊死は技術の未熟さにもっとも依存するのではないか?と推測する。

BRONJに関心があるのは歯科医のみ、困るのは患者

歯科医の間ではBRONJは「間違いなくある」ものであると思われている。整形外科医の間ではBRONJに懸念はあるものの「BPで骨髄炎遷延化は可能性が低い」とBRONJの診断基準におおいなる不信感を持っている。 現在、整形外科医にとって骨粗鬆症の治療分野は高齢化社会を反映しドル箱であり儲け頭である。患者の歯科治療に関心はなくBPを休薬することを「歯科医のたわごと」くらいにしか思っていない者が多い。どちらの考え方にも一理ある。
だが、実際に困っているのは高齢者である。BPを服薬していると歯科医からは姑息的な治療しかしてもらえなくなるからである。う歯になり膿がたまっていても「抜歯はするな」が彼らの原則である。BPを服薬していれば積極的な治療を拒否されてしまう現状がある。 BPの休薬するしないは整形外科医の判断であるが、歯に積極的治療をするしないは歯科医の判断である。さしあたって歯が痛い患者にとって休薬うんぬんよりも積極的歯科治療拒否のほうが患者にとっては不幸である。
BPを休薬することは患者にマイナスとなるから、「休薬はしなくてもいいよ」と米国歯科学会は言っている。しかしその裏で米国歯科学会では「BP使用者には積極的(侵襲的)な治療をするな」と述べている。
整形外科医はこの点を軽視してはいけない。「歯科医のたわごと」と無視しても医師に害はないが患者は歯科治療の際にいやな思いをする。その点を整形外科医は無視してはいけない。 つまり、骨密度が低い患者に対してBP製剤を勧めるのであれば、きちんと「歯科医はBP製剤に否定的な意見を持っている」ことを教えてあげなければならない。BPを長期服用していると、場合によっては3か月間治療待機をさせられることを説明しておいた方がいい。患者のことを思うのであれば、歯科医から問い合わせがあれば、可能な限りリスクについてアドバイスしてあげることを願う。そうでなければ患者がかわいそうである。

BP製剤は安全かどうかを考える

生命というものを普通に考えると、破骨細胞の活動を抑えて骨吸収を防ぐという治療法は体のどこかに負担をかけるだろうと考えるべきである。 痛みがあるから神経を切断しましょうという考え方と同じである。神経を切断すれば痛みは止まる。しかしその負担は必ず来る。何をやっても痛くないので組織の破壊が進むのはいうまでもない。痛みがないから様々な反射が起こらなくなり、緊急事態が起こったときに致命傷となるかもしれない。
骨粗鬆症治療も同じである。薬とは「どこかの仕組みを断ち切る」ものがほとんどである。BPは破骨細胞の活動を断ち切る。しかしその影響が必ずどこかに行くはずである。それが、骨髄に感染が起こると「感染を修復する能力が低下する」というしわよせなのかもしれない。 私は口腔外科学会の推論が、全ていい加減だとは思わない。BPによる副作用が必ずなんらかの形で体に起こるのが当然とみている。
ただし、歯科医の論文はあまりにも自分たちに都合がよいものばかりである(まあ仕方ないが)。もともとBRONJは骨密度低下と関係が深い。BRONJは高齢による免疫力低下と関係が深い。BRONJは未熟な歯科治療技術と関連が深い。BRONJは糖尿や歯の不衛生など他の要因と関連が深い。これらの関連の深さと、BPとBRONJの関連の深さと、どちらが関連が深いのかを調査して我々に教える義務が歯科医にはある。その「核心に触れる部分を研究をしない」から我々医師に不信感を持たれるのである。

BPの過剰は何らかの副作用を起こす

非定型大腿骨骨折がBPの投薬がきっかけで起こる可能性があることは前に述べた。破骨細胞の活動性を抑制すれば骨細胞のターンオーバーが当然ながら延長する。ターンオーバーの延長は骨細胞の平均寿命を上昇させ、骨細胞の平均年齢がアップする。つまり高齢の骨細胞が増える。BPは骨細胞を高齢化させるわけだが、その高齢化も少しなら問題は生じないが寿命が倍以上に延びるようなら、何らかの高齢化に伴う障害が出てきて当然である。
よって、BPの投薬もほどほどにしなければならないと思われる。そのほどほどを超えれば顎骨壊死も起こるし、非定型大腿骨骨折が起こっても全く不思議ではない。 要するに適量を考えて使わなければならない。
しかし、現在の整形外科では、骨塩量が急激に上昇した場合「上昇しすぎですから薬を減らしましょう」などと調節する医師が皆無である。これは問題ではないだろうか。私から言わせれば調査研究が甘すぎるとしかいいようがない。 適量は個人個人のホルモンバランスに応じて異なると思われるが、BP製剤は一律同じ量である。こうした怠慢から修正していくべきだろう。そうしなければ歯科医から批判されてもやむなしである。

BP投与中の患者に対する今後の歯科医のあるべき姿

厳しいようだが、顎骨壊死(骨髄炎)の最大要因はBPでも感染でもステロイド使用でもない。治療者の技術であることを認めることである。卓越した技術を持つ歯科医は合併症をほとんど起こさない。リスクの高い患者でも起こさない。治療前処置から清潔度を保つための治療後の指導まで全ての事象において卓越した技術と指導が行き届いている。BRONJの発生頻度の真実はおそらくBPよりも技術のほうが強い因果関係を持つ。BPは技量不足に比較すれば些細な関連事項ではなかろうか。
BP使用の患者に対し気を張り、集中力を高めて治療に専念することは決して悪いことではない。そうあってほしい。BPが顎骨壊死のリスクの一つかどうかよりも自分の治療技術を上げることに執心してほしい。 抜歯が最良であると思われる患者がBPを服用していた。その時どうするかは決まっている。抜歯が最良なら行うべきであろう。BPを理由に治療の手を抜き、悪化したら患者が悲惨である。 よってポジションペーパーのガイドラインに沿って治療方針を決めるのではなく、最低限患者にBPのリスクを説明した上で、抜歯かそうでないかを選択させてあげるくらいのことをしてもらいたい。
骨粗鬆症、高齢化社会の実情からすると、BP製剤の投薬が今後減少していくことはまずないであろう。それどころかますます増えていく。ならば、もしもBP使用の有無で患者に不利な治療待機、姑息治療などをするようでは、今後外来患者の数がどんどん減っていくことになりメシを食っていけなくなるだろう。 BPを服用しているから「腕に自信がある私が治療してさしあげましょう」という前向きな姿勢を強く望む。そういう前向きさがあれば整形外科医も理解し、歯科医に協力の手を差し出すことを惜しまないだろう。

歯の治療中患者に対する今後の整形外科医のあるべき姿

現在整形外科医は歯科医に対する配慮があまりにもなさすぎである。BPが歯科治療に及ぼす悪影響に関心を持っていない(今は2014年だが、少し関心が出てきたようだ)。 整形外科医の特に劣っている点として昔から指摘されていることではあるが、患者の全身を診ないことである。高齢者は骨粗鬆症だけでなく、糖尿、高血圧、不整脈、高コレステロール血症などなど内科的疾患を数多く合併している。その合併を考えずステロイド治療や消炎鎮痛剤、血管拡張剤、そして骨粗鬆症治療薬など、気軽に出しすぎている。 もちろんこの傾向は整形外科医のみではなく、マイナーと呼ばれる科の医師たち共通の欠点である。
BP製剤もそうであるが、どんな薬でも副作用の全ては絶対に判明しえない。ある症状に抜群の効果を発するものはある症状を悪化させるのが普通である。そうした意識を持って患者の全身を診るべきである。 患者の幸せを願うのであれば、BPを投与中に歯科医にかかれば、患者がいやな思いをすることを知っておくべきだろう。BPの事実関係ではなくBPの使用で患者は歯科医に嫌悪の視線をかけられることを考えてあげてほしいのである。 「休薬なんて必要ない」と一蹴するのではなく、患者と歯科医の立場で物事を考えるゆとりを持ってほしい。

BP論争は休薬しない方向に収束している

世界の情勢を見誤ってはいけない。BP使用が正しいか間違っているかという問題ではなく、世界情勢がBP使用を認める方向に動いている。歯科医にとっては理不尽な思いかもしれないが、その実情にどうか逆らわないでほしい。 この実情は歯科学会の提唱しているBRONJ自体が、存在していない架空の疾患かもしれないことを反映してのことである。つまり雲行きが怪しくなってきているのである。よって歯科医が強硬姿勢を貫くことは得策ではない。米国口腔外科学会が姿勢を軟化させているのはそうした理由によると思われる。
BRONJが架空の疾患であろうとなかろうと歯科医の治療が特に変わることはない。感染のリスクを減らすことと乱暴な手技を行わないことに集中する、腕を磨くということ以外にないのである。それは過去も未来も何一つ変わらない。 確かにBPには得体の知れない副作用があるかもしれない。それは研究されるべきであるが、骨折を防ぎ、死亡率を低下させるためにBPは休薬しない方針に舵がとられていることを認めざるを得ないだろう。 しかしながら依然として歯科医たちが、ポジションペーパーを参考にし、BPを拒絶する傾向を見せている。それは私の担当患者が歯科医に3か月から1年間治療を待機させられていることで実際に経験している。この論文が世論となって事態の収束を早めてくれることを期待する。

参考文献

  • 浦出雅裕:骨粗鬆症と歯科治療~ビスフォスフォネート製剤服用患者における顎骨壊死について~日本歯科医師会雑誌 Vol.63 No.1 2010
  • 宋圓聰:ビスフォスフォネートの功罪 骨粗鬆治療 Vol.10 No.3 2011
  • 宋圓聰:骨粗鬆症治療薬としてのビスフォスフォネート製剤の役割 Astellas Square No.46 2012 Vol.8 No.5
  • 馬渡太郎:BP継続を検討すべきである Clinical Calcium Vol.20. No.11,2010
  • 高岡一樹ら:ビスフォスフォネート製剤使用中の歯科治療時の注意点 歯科展望 Vol.120 No.5 2012-11
  • ビスフォスフォネート関連顎骨壊死検討委員会:ポジションペーパー2012文