同意書の意味、理解できますか?

今や多少でもリスクの伴う検査や治療には同意書に患者のサインをさせることは常識になっている。私は治療に腰部硬膜外ブロック、神経婚ブロックを多用しているが、こういう治療に突っ込んだ多少リスクのある注射をするに当たって患者に同意書を読んでもらい、サインしてもらったほうがよいことは心得ている。
しかし、本来なら同意書は薬を処方するだけでもとらなければならない。肩が凝って筋肉に注射をうつときでさえ同意書をとったほうが望ましい。それが現代の医療の法的解釈になる。なぜならたかが痛み止めの飲み薬の副作用にさえ、再生不良性貧血など不治の病に相当するような副作用が報告されているからだ。そんな副作用が出ることも承知で痛み止めの薬を飲みますという同意書をとったほうがいい。おおげさだがどんな薬でも得たいの知れない巨大な副作用が隠れていることもある。
日本では医者や病院を相手に訴訟する人はまだまだ少ないが、アメリカでは弁護士が医者の周辺をうろついて、訴訟して金銭を巻き上げることの出来そうな医療ミスを自らの足で探し回っている。医療ミスは弁護士にとって甘い蜜。だからそういったやくざ顔負けの弁護士から身を守る手段として同意書が生まれざるを得なかった。
もちろん日本でもその傾向になってきている。医療ミスを許さないとする患者の意識の高まりとともに訴訟の件数も増えてきている。 おかげで医者にはリスクのある治療をしないでおこうとする心構えが世界的に広がっている。
効果の出る治療にはリスクがつきまとう。したがって医者は効果があまりない安全な治療しかしない傾向になるがその保守的な、消極的姿勢は多くの医者の共通した姿勢だろう。もちろんそれでは患者を救うことは出来ない。だから多くの高齢者はすでに医者に言っても治らないとあきらめているものだ。 しかし、私はリスクを承知で手厚い治療を全員に全力を尽くす。
そしてリスクある硬膜外ブロックをする時は患者にそれを口で説明するが、なにせ相手はほとんどが高齢者。耳が遠く、しかも言葉もしっかり理解できない人が多い。ボケが進んでいる人もいる。そういう患者を治療するのが私の仕事。だから同意をとりたくても実際にはできない。「私に任せてくれますか?」という同意のとりかたしかできないというのが現実だ。
家族を呼ぼうにそういう高齢者の多くは一人暮らし。だからほぼ全ての医者はそういう患者に硬膜外ブロックをそもそもしない(しかも変形が激しい高齢者は難易度が極めて高くリスクも若い人と比べてはるかに高いため禁忌とされている)。
しかし、最低限どんな治療をしてどういう心がけがいるのかという説明くらいは書面でしておきたい。だから私は硬膜外ブロックについて「この注射がどういうものか?」ということをわかりやすく説明をするための同意書を作った。
「何かこの同意書で不十分なところがあったら訂正しておいてください」と言ってその書面を婦長に渡しておいた。 何が事故があれば病院にも迷惑がかかるので同意書を私が作成したわけだ。
1週間後訂正された同意書が私の手元にやってきた。私はそれを見てびっくり仰天した。私が書いた文章は一つもないといっていいほど原型をとどめず、事務側が他の病院の同意書をそのままコピーしたものを持ってきたからだ。
同意書にはこんなことが書かれている。 ・注射の必要理由…各種疼痛の緩和 待ってくれ、私は疼痛を緩和するために注射するのではない。病気の治療のためにやっている。これでは痛みの一時しのぎのごまかしのために注射をすると誤解される。
・期待しうる効果…疼痛の軽減 いや、違う。私は痺れや筋力低下、おしっこの回数が多い。歩行ができなくなる。などの治療の改善のために注射を行っている。痛みをとるためだけにやっているのではない。
改めて他の病院でやっているブロック治療の消極的さがわかるというもの。つまりブロックは耐えがたい激痛のある人が対象だということ。痺れ、歩行困難、我慢できる痛みにはブロックなんかしないという態度がありありとこの同意書に表現されている。
・危険および合併症…注射液によるショック、硬膜外膿瘍、神経損傷 確かに理論上はそういう合併症は存在する。麻酔薬がカラダに合わずにショック、硬膜外にばい菌が侵入して膿がたまる、神経を損傷して後遺症が残るなど…確かに理論上は存在する。
しかし、はっきり言って私が20年以上医者をしていて、私の周囲でそういうことが起こったのを見た事がない。ましてや私が何千人とそういうことをしても一人もそんなことは起きていない。
だが、この同意書を見る限り、そういうことが「普通に合併症として起こる」のか「1億分の1くらいの確率なのか?」見えてこない。見えてこない状況でこんなありえない合併症が起こり得るということに同意させてサインさせるというのか?
ショックとは何か?硬膜外膿瘍がどのようにして発生するのか?神経損傷とは具体的にどういうものがあるのか?詳しく説明すれば軽く30分はかかるだろう。それともコンピューターソフトの同意書のように、読みもしない、意味も理解しない患者にサインだけさせておくというのだろうか?
そもそも起こりもしないこういう合併症を30分かけて説明して、患者が喜んで治療を受けるとでも思うだろうか?ありえない…。それはそもそも患者をあまりにもバカにしている。そして医療ミスは「私の責任ではない」といわんがばかりの同意書。私はこれを見て久々に憤慨した。
私の作成した同意書には本当に患者が知りたいことを書いていた。 まず、どこに注射液を入れるのか? そしてどんな注射液を入れるのか? この注射が単に痛みをとるためのものではなく、人生の質を向上させるための治療目的であること。そして起こり得る合併症でもっとも起こりやすいものと、めったに起こることではないことを書いた。
もっとも起こりやすい合併症は注射液によるショック、硬膜外膿瘍、神経損傷のどれでもない。針が硬膜外を破って貫通した場合に、脊椎麻酔がかかってしまい、そこから2~3時間は足が動けなくなることだ。血圧も不安定になる。我々はこれをタップと呼んでいる。未熟な医者がやればタップは5人に一人くらいの割合でおこしてしまうほどその確率が高い。高齢者の脊椎の場合、脊椎手術後の患者の場合、熟練した医者でさえ高確率でミスをする。もちろん私の同意書にはそういうことが中心に書かれている。
さらに起こりやすい後遺症として、注射後のめまいやふらつきだ。これが次の日も続くことがある。また、注射後半日くらいたって痛みが強くなることもマレにある。マレというのは3%未満という感じだ。
患者にはあり得ない事故を説明して同意書にサインさせるのではなく、ありうることに同意してもらうのが本当だろう。私の場合、さらに注射がどのくらい痛いのか?ということまで説明して同意をとっている。
当然だろう、注射が痛いものなら誰もやりたくないし、同意をしたくないのだから。注射の痛さこそがもっとも起こり得る合併症ではなかろうか?さらに料金がどのくらいかかるのか?というのも患者にとっては同意するかしないかの重大なポイントだろう。
これらのことを詳しく説明した私の同意書はクチャクチャポイとされ、わけのわからない他病院の同意書を持ってこられて、怒らないほうがおかしい。私はこの小さな医院でここまで信用してもらえていないのか?と愕然とした。
小さな医院でも患者の行列が出来るほどにし、地域では立派に名が通るところまでこの医院を盛り立てたというのに…わかってもらえない。
それよりも、この同意書では患者治療の妨げになる。この同意書を作成した人を呼びつけて、なんとしてでも説教しなければならない。それが院長であろうと、理事長であろうと…誰であろうと…。私はさっそく婦長に「これを書いた人を呼んでください」と指示した。