患者は医者をよく騙す

「先生、全く痛みがとれません」

先週、先々週と2回ほど膝の関節内注射を行った患者がやってきて私にいきなりこう伝えた。


私はこう言われると間髪を入れずこう質問する。

「注射した直後も全く痛みがとれませんでしたか?」

「とれません」


私は注射液の中に必ず表面麻酔剤を少量混ぜて注射している。その理由はいろいろあるが、表面麻酔剤を入れることによってさまざまな診断を正確に下せるからだ。そして私はこう続けた。


「私は注射したとたんに痛みがとれるように表面麻酔剤を入れて注射しているんです。よくお酒飲んでいる人は麻酔が効きにくいなんてことを言う人がいますけど、それは真っ赤な嘘で、表面麻酔剤を使えば痛みはどんな人でも消えるんですよ」

「じゃあどうして痛みが取れないんですか?」


患者は私のセリフが気に入らないとみて、怒った表情で私につっかかってきた。

「その理由は二つしかありません。私が注射のミスをしたか、膝の病気じゃないかのどちらかです。」

こういうと患者は私が注射ミスをしたのだと決定付けたような顔をして

「そんなことを言う先生は信じられません」

と私をさげずむように言ってきた。


「そうですか? 自分のミスを潔くミスだと認める医者と、ミスしたことが自分でわかっていてもにこやかな顔をして治療を続ける医者と、あなたはどちらを信用するんですか?」

「そりゃあ、ミスを認めてくれる医者だけど…」


もちろん、こういう会話の流れで患者が私に不信感を持つのはよくわかる。だが私が普通の医者とは違うところは、患者にバカにされることなど全く無視して、とにかく診断し治療することにだけ全力だというところだ。患者にどう思われようが私のプライドは全く動じない。しっかり治療するのみだ。

「それではもう一度お訊ねします。痛いのはどこですか?」

「この辺が痛いんです」


と患者は膝の裏あたりを触った。しかし患者はそう答えながらもさらに不信な顔をする。私が「膝の病気じゃないかもしれない」などと言ったからだろう。「私は膝が痛いんです」と主張しながら触っている。


「その辺の痛みが腰から来る神経痛の場合もあるんですよ」

「でも私は膝が痛いんです。腰は全く痛くありません。」

患者は「この医者は何をバカなことを言っているんだ」という顔をあからさまにしてきた。怒りがさらに増してきたようだ。きつい語調になっている。


「わかりました。ならばもう一度だけ膝の注射をさせてください。100%確実に膝の中に注射しますから、それで痛みがとれないのなら腰のレントゲン写真を撮らせてください」


さすがにこう言われれば患者も引き下がるしかあるまい。まずは膝に注射をした。私は注射器の抵抗で確実に関節内に入った場合はそれを認識できる。今回は100%確実に膝に入れた手ごたえを感じた。


「さきほど私は膝に注射をしても痛みが残る場合、二つの理由しかないといいましたよね。一つは私の注射ミス。しかし、今回は確実に入っているので、これで注射が効かないなら別の病気だということですよ」私は念を押した。


「さあ、立ってみてください。痛みはとれましたか?」

「そんなに早くわかるもんですか?」

「もちろんすぐに分かります。注射が入っていればどんな人でも痛みがすぐに取れます。さあ立ってみてください」

患者は言われたとおりに立ち、そこで軽く屈伸運動をした。

「痛いです。」

「そうですか、ならば腰の写真を撮りに言ってください」


普通の町医者なら、お金儲けのためにレントゲンを何枚も撮るということを行う。それは患者もよく知っている。私も同じようにそういう悪徳医者だと見られているようだ。唯一そういう悪徳医者と違うところは、私の全ての言動と行動に自信があふれ、発言がゆるぎないところだろう。私には「患者のために最善を尽くす」という大儀があるので患者にどう思われようといっこうに動じない。そういう迫力に気押されするから患者はすんなりレントゲン撮影に行く。


患者が戻ってきてレントゲン写真を見て驚いた。腰椎の二つがずれていて階段状になっていて、すさまじく変形も強かったからだ。一通り患者にレントゲンを説明し

「多分、その膝の痛みは腰が原因の神経痛だと思いますよ」と言った。

「でも腰は痛くありません」

ここまで説明してもまだ患者は折れなかった。


「わかりました。じゃあ一つだけ腰に注射させてください。それで結果がわかりますから。」

患者は納得していなかったがとりあえずうつぶせになってくれた。


さあ、ここで私が得意な神経ブロックをする。損傷を受けているであろう神経の部位をレントゲンから推測し、その神経めがけて表面麻酔剤を注射する。皮膚の上から神経を狙うことは神技に等しく、普通はレントゲン透視を行いながら出なければ不可能だ。しかし私はそれを使わず手探りで行うことが出来る。とても難しい手技だが、それは私の特技だ。

ものの数十秒で注射をし、そしてこう言った。

「では、立ってみてください。痛いですか?」

「あれ、痛くありません」


患者は驚いていたが、しかしそれでも痛みがとれたことを認めたくないような素振りだった。なにせさんざん私をバカにしていたのだから。膝が痛いのに腰の写真を撮るヤブ医者だというような目でさっきまで見ていたのだから。


「これでその痛みが腰から来ている神経痛だということが確定しましたね」

「は、はあ~」

この患者…まだ認めようとしていない…。まあいい。そんなことは関係ない。どう思われようと最善を尽くして治療する。それ以外に私は興味ない。患者はとにかく嘘つきだ。