第十一話 帰りの車で降霊分析 

目の前に起きた現象があまりも衝撃的すぎて、私はただただ驚くばかりでした。住職が母が奥様を気に入っていること、何かを伝えたがっていたこと、奥様は巫女として霊に自分の体という「器」を貸してあげるメッセンジャーだということ、そして、「器」には器にしかわからない苦労や心労、命を削るとてつもない体の疲れ、使命を抱えた者の宿命的な生き方や注意すべきことなどを教えていただいて、私も奥様もたいへん有難ったのは確かです。奥様はへとへとになりながらもやっと少し落ち着く区切りができたと安堵した様子でお寺をあとにしました。


お寺の帰りに私は奥様に降霊体験を興味津々で訊ねます。「トランス状態に入った時ってどんな感じ?」「半分は自分の意識があるけど半分はない。まるで体を半分預けているような感じ。」「入ってくるって感じはあるの?」「うん。うなじのあたりからズーンって重たいものが入ってくる来る感じで、グーンって目が開けられなくなるくらい目の奥が痛くなってくるの。出ていくときは喉の奥の方から蛇が出ていくって感じだった。」「へえ~~すごいなあ。」「すごくうれしそうだったよ。お母さんってとても活発だね。」「そうだな。いつも先頭にたっていろいろしてたからなぁ。そうか・・・後ろで見守っていたってことなのかなあ。」「そうだよ。そう思うよ。ずっと行動を伴にしてきたんだと思う。」「成仏してないのかなあ。お墓も立ててないし・・・」「ずっと見守ってきた存在をわかってほしかったんだと思うよ。私もびっくりしたけどよかったね。お母さんの気持ちわかって一緒に泣いちゃったよ。これからもきちんと供養しましょうね。」



「そうだな。住職は修行を積むと伝えたい人言葉をしっかりしゃべるようになるって言ってたけど、これからAになにが起きるんだろうね。」「実はね、住職のお経・・・嫌がってたよ。お母さん。何かうるさいって感じで。」「へえ~っ、そうなんだ。それって、お経をあげても供養になってないってことだろうね。」「うん、確かに言葉になってなかったけど、住職に答えるのを嫌がってたみたい。」「なるほど。霊の方も人を選ぶのかもね。答えたい人とか、答えたくない人とか。でもさ、器が大きくなると、後ろに隠れている神クラスが出てくるって言ってたよね。もちろん、まだまだ修行がたりないんだろうけど。」「そうね。どうなんだろ?ほんとに神さまが降りてくるのかな?そんなに簡単に?信じられないけど一体私の後ろに誰がいるんだろう?」「天女とか、そっち系かなあ??」


とまあ、霊と交信した奥様の正直な感想でした。なにせ、今日が初めての降霊体験ですから、奥様はまだまだ初心者です。降りてきたものが霊?だとしたら、それには漠然とした意思があることだけはわかりました。そして奥様は自分の体を半分貸すことで意思を理解し意思を言葉にすることができる。それが母だとしたら母は私に「おまえは一人じゃない」ということをずっと教えたかったに違いないと確信するのです。


長い年月、私は常に孤独に生きてきましたが、おそらく私を見守っている母にとって、その考え方が一番悲しかったのだと思います。私が見えない母の存在に気づいたことは母にとって最大の供養になったのだと思いました。人間の意思は死んだからつながりが終わるという単純なものではないと奥様はいいます。私は奥様に心から感謝しました。ただ、体に入られた後は、ほんとうにたとえようもない疲労感が襲われるそうで奥様はとても疲れることだということが身をもってわかったようです。


しかし、母が伝えたいことを言葉にすることで住職のお経が供養になっていないことまで判明してしまうのには参りました。それは住職を卑下しているわけではなく、真の供養は「お経を唱えてもらう」ことにあるのではなく、私の行いにあるのだと教えてくれたように思います。私が心から神仏を敬い、心から一緒になってお経をあげれば、その姿を見て母が安心し、供養になるのかもしれません。形式的なお経、形式的な仏事では先祖はうかばれないかもしれないという厳しい現実も垣間見たような気がします。