第六話 霊障除去の初体験

私のクリニックには筋萎縮性側索硬化症(ALS)の診断がついた難病の方が来られます。延髄レベルで上位運動ニューロンが破壊されていく病気であり、この診断がついた方は五年以内に90%が死亡するという恐ろしい病気です。私はこの病気を治すために延髄の血行増進をはかる上頚神経節ブロックというものを行うことのできる希少な医師であるため患者が全国から訪れます。
S県から妻のALSを治すために週1回ペースで中年夫婦が私の元へ来院していました。私のブロックは効果がありましたが効果の持続が数日しかなく、このままでは進行を防ぐことができないと私は感じていました。この夫婦のご主人は開業医でした。土曜日午後を休診にして妻と伴に新幹線で通院していました。西洋医学を専攻している医師が妻を私の診療所に通院させるということは、この病気がどれほど西洋医学では絶望的であるかがわかると思います。
ALSはかなり進行しており、呂律がまわりにくく、車いすからのベッド移動も補助が必要なレベルでしたから、治療はとても慎重に行う必要があり時間がかかります。 ものもてあました診療時間の合間に私はそれとなくMy奥様のこれまでの話をしました。尼僧の先生に触られてからいろんな超常現象が起きることや火を見てトランス状態になったことなど・・・、少しでも超自然現象の世界に興味を持ってもらうためです。 この時期はまだ私のブロックが十分に効果を発揮していましたから、私から祈祷の話を進めても理解してもらえないだろうと考えた私なりの気配りでした。
しかしながら、反応はその逆でした。開業医の夫はMy奥様から尼僧の先生の治療を積極的に聞き出し、大変興味を示して「ぜひお願いします」と奥様に相談してきたのです。意外すぎます・・・。ただ、夫は受けさせたい気があったのですが妻は奥様によると自分や子どもが病気になったことは霊障が関係しているとうすうす気が付いているものの、過去からあれやこれやといろいろ繰り返している夫の事の対処の仕方に不満があるようで、今回の尼僧のご祈祷に「うん」お願いしますとうなづいているものの少し身構えているとのことでした。
問題はそれだけではなく、治療場所です。尼僧の先生のお寺の場所がI県にあり、私の診療所からさらに2時間もかかるということ。ALSで歩けない患者をそこまで移動させることは簡単ではありません。その辺を全てクリアしてようやく、超自然現象治療とのコラボ治療が実現します。
「大丈夫、尼僧の先生が東京まで来てくれるらしいから」 「えっ! わざわざ来てくれるの? それはありがたいことだけど、よく承知してくれたね」 なんと奥様はすぐさま尼僧の先生と連絡をとって話をつけてくれました。ちなみにこの先生はそうそうたやすく出張治療されるほどエコノミーな先生ではありません。奥様の説得あってこその実現であることはいうまでもありません。

尼僧の先生が祈祷に来て下さる日は東京マラソンの日でした。都心部は交通規制があって車では移動ができません。奥様は尼僧の先生と待ち合わせの場所へ電車で行き、そして開業医夫妻の宿泊しているホテルの一室へと向かいました。私は家でお留守番です。
帰ってきた奥様に向かって私は一言 「どうだった?」 「はじめてなのによくできたってほめられた」 「えっ? はじめてって何が?」 「いろいろとお手伝いしたんだけど」 「お手伝いって何をお手伝いしたの?」 と、まあ、ここから先は奥様から聞いた話をまとめますと・・・
最初は先生をホテルの部屋にご案内して、奥様はロビーで待機していようとしたそうなのですが、「あなたも来なさい」と言われて部屋まで行くことになったそうです。 部屋に行くと先生がいきなりご主人の方を見て 「うわああ、すごい」と言って直視できないご様子 病気の妻よりも夫の方に極めて強い霊?波動?を感じると言います。ここまで強いのはそうそうないといい、先生は本当に鳥肌が立っていたそうです。
さっそく先生が念仏を唱え始めると先生にご主人の亡くなったお母様が入ってきたそうです。世間でよく言う降霊・霊降ろしというやつです。霊が入ってくる直前に先生はMy奥様に向かって 「話しかけたり何かしなさい」 といきなり言い出すものですから、My奥様はとまどったそうです。それはそうでしょう。いきなり降霊を目の前で見せられただけで普通の人は驚くというのに、その降霊した媒体である先生に向かって話しかけなさいというのですから、何を話せばよいか打ち合わせもしておらず、普通なら棒立ち状態でしょう。
しかし、My奥様は感性がとても鋭いお人なので 「先生は開業なされて立派に頑張っておられます。奥様のことはご心配だと思いますが私どもがこうしてお支えして、誠心誠意治療をしていますのでどうかどうかご安心ください」 と降霊したお母様を説得、そして成仏?させたそうです。 お母様が納得されたのかはわかりませんが、その話しかけの後、先生の体から抜けていき、先生が元に戻られたということです。
霊降ろしは極めて精神力を使う作業ですので一度に何度もできるものではありません。ですから、今回は夫の方についていた霊を成仏させるのみで終わってしまいました。結局、妻の霊障を取り除くことはできなかったようです。 夫の方は「お母さんを降ろしていただきありがとうございました」と大変感謝していましたが、本題は残したままでした。 「一度じゃとても無理ね」と先生はいいましたがMy奥様に向かって「はじめてなのによくできましたね。私を支えて役に立ってくれました。そう簡単にできないんですよ。助かりました」と大変感心されたそうです。 My奥様、霊障払いの助手、初体験でした。